体にいい牛乳

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    「牛乳は超危険!」って本当? Google検索最上位に出てくる記事を検証してみた(9月13日 ねとらぼ)

    http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1709/13/news079.html

     

    コーンフレーク全盛期を回想していてふと、私が子供のころ牛乳が体に悪いなんて誰も言ってなかった。と思いだした。自然派などのあいだでは牛乳が悪いのではなく、ロングライフ牛乳が危険で低温殺菌が安全という説だったのだ。

    もしかすると現代の若人は牛乳はモー毒や戦後GHQによる日本人の健康をむしばむための陰謀を知っていても、ロングライフ牛乳危険説は聞いたことなかったりするんだろうか。これ「あぶない化粧品」「原価」みたいなもんで、2000年ごろにはほとんど聞かなくなっていたように思う。

    2000年ごろは日本消費者連盟および三一新書的な消費者運動が廃れ、大企業と闘わないという建前のロハスやニューエイジがマスゴミにゴリおされたため、自然派のイメージはオシャでスイーツな感じに変化した。私がマクロビオティックという食事法を知ったのもその頃であるし、乳製品とか白砂糖が否定されるのもけっきょくマクロビオティックが市民権を得た影響な気がする。(砂糖病=シュガーブルースの著者もマクロビ)

     

    【第15話】反対から創造へ《牛乳編》(大地を守る会)

    http://www.daichi-m.co.jp/history/2606/

     

    【第16話】反対から創造へ ―低温殺菌牛乳の実現!(大地を守る会)

    http://www.daichi-m.co.jp/history/2917/

     

    ロングライフ牛乳危険説、もはや検索してもあんまり出てこないのだけど、唯一第一を守る会のサイトは写真も多くてけっこう詳しい。で前の記事でパスチャライズ牛乳ってのはたまにあるけど低温殺菌の牛乳はあんまり見かけないって書いたが、どうもパスチャライズ牛乳が低温殺菌のことらしい。

    低温殺菌うんぬんと関係ないのはホモジェナイズの方だった。ホモジェナイズは液体の成分を均質化することで、その処理をしていないノンホモ牛乳は上のほうにクリームが溜まるということである。

    だからたぶん、パスチャライズかつノンホモが自然に近く理想的なのである。私はパスチャライズ牛乳全然飲んだことあるのだけど、普通の牛乳と変わらない味とすごく飲みにくいのがあって、後者だけを低温殺菌だと思っていた。

    この違いについて調べてみると、飲みやすいほうは72度15秒(HTST)、飲みにくいのは65度30分の殺菌(LTLT)だった。Wikipediaを読むとやはり厳密には後者のみが低温殺菌牛乳と定義づけられるらしい。

     

    低温殺菌牛乳(Wikipedia)

    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%8E%E6%B8%A9%E6%AE%BA%E8%8F%8C%E7%89%9B%E4%B9%B3

    殺菌方法

    低温保持殺菌(LTLT法)
        摂氏63〜65度で30分間加熱殺菌する方法(パスチャライズドという。フランスの細菌学者ルイ・パスツールが考案した加熱殺菌法であるパスチャライゼーションが由来)。72度前後で15秒間程度殺菌する方法を含む立場も見られるが、あまり一般的ではない。むしろ、この場合は高温殺菌方法に分類するのが一般的である。
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    それに対し普通の牛乳は120〜130度で2〜3秒(UHT)、ロングライフ牛乳は130〜150度で1〜3秒となる。ロングライフ牛乳は1976年、雪印の試験製造に始まり、翌77年には明治や森永が販売開始、1985年に法改正され常温保存できるようになった。

    反ロングライフ牛乳運動が盛り上がったのはこの1977から1985年のあいだのようで、ロングライフ牛乳が輸入され国内の酪農を脅かすと言われたり、「要冷蔵」規定の撤廃を阻止すべく厚生省前に座り込んだりや署名活動などが行われたそうだ。そして低温殺菌牛乳もこの頃で、日本初のパスチャライズ牛乳の木次乳業が1978年、大地を守る会は1981年とそれぞれ低温殺菌牛乳を商品化させている。

    というわけで、ロングライフ牛乳も低温殺菌牛乳も約40年ほどしかないようである。低温殺菌牛乳自体がロングライフ牛乳反対運動の中で生み出されていったものなので、もし飲むときはそんな歴史に思いをはせておくれ。

    このロングライフ牛乳反対運動関連と思われる書物には日本消費者連盟編「ほんものの牛乳がのみたい」(1980年)「ロングライフミルクここが問題―つぶすな日本の酪農」(1984年)高松修著「牛乳戦争!―ホンモノの牛乳を飲む法」 (1983年)「怖い牛乳 良い牛乳―お宅の牛乳は安全ですか」(1986年)小寺とき著「おいしくて安全な牛乳のえらび方」(1990年)森まゆみ著「自主独立農民という仕事―佐藤忠吉と「木次乳業」をめぐる人々」(2007年)などがある。やはり反対運動当時の本は日本消費者連盟だった。

    私が「そういえば昔の意識高い系って」と、90年代を回想するとき、必ず出てくるのが三一新書と日本消費者連盟だ。とにかくロハス以前の消費者運動といえば三一新書と日本消費者連盟なのである。

    日本消費者連盟はついこのあいだニュースになってたように「香害」、つまり柔軟剤の人工的なにおいがまるで公害のようだという概念を一部石けんメーカーや週刊金曜日とともに世に広めており、思いっきり商品名特定して大企業相手に○○は危ない!買ってはいけない!ってやってた昔に比べるとネタギレ感が否めないと思った。実際アマゾン検索してみると、最近日本消費者連盟の名前で出たのが「孤立し漂流する社会を生きる私」(2016年)とかいう憲法9条まもろう的な本しかないのだが、それが化粧品や洗剤と何の関係があるのだか表紙見ただけではまったく謎である。

    ちなみに上にロングライフ牛乳反対運動の参考としてurl貼ってる宅配の大地を守る会も左翼系であり、年逝ってる人には歌手の加藤登紀子と獄中結婚した学生運動の人がやってたってのでけっこう有名らしい。大地を守る会は2000年代にロハス化し、ホワイトバンドの人にロゴとかをオシャな感じにされてキャンドルナイトの呼びかけ人とかもやっていたので私にはそっちのイメージが強い。


    K-ナプ

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      韓国の女性たち、怒り心頭 生理用ナプキンに化学物質で健康被害(9月6日 ニューズウィーク)

      http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/09/post-8372.php

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      特に今回問題となっているリリアン生理用ナプキンは、製品の質もさることながら、「なぜか使うと生理期間が短くなる」「量が減る」といった効果があるということで、ネット上ではその"不思議な効果"が一部の使用者の間で話題となっていた。

      ある掲示板では2か月の間に200を超えるリリアンユーザーの声が集まり、なかには「3日で出血が止まったものの、別の商品に変えた途端またすぐに出血が始まった」という意見や、「使用後、数か月生理が止まった」という女性も現れた。その後、リリアン使用時の"不思議な効果"は"健康被害"と呼ばれるようになり他の掲示板サイトにも飛び火。多くの女性の体験談が今回の返金騒動にまで広がっていく。

      そもそも韓国の生理用品は日本に比べるとかなり高額である。2004年に韓国は生理用ナプキンを付加価値税の免税対象商品にしたにもかかわらず、1枚の価格平均は331ウォン(約32円)。日本やアメリカの約17円に比べ1.8倍も高額なのだ。2016年には、低所得層の女子学生達が生理用ナプキンが高くて購入できないため、仕方なく靴の中敷きをナプキン代わりにして使用しているというニュースが報道された。この出来事は多くの女性に衝撃を与え、SNSを通じてまたたく間に多くの人の間に広まっていった。

      そんな中、今回問題となっているリリアン製品は、比較的低価格で大型マートやコンビニエンスストアなどでは1+1(1つ購入するともう1つおまけで付いてくる)イベントを良く頻繁に行っていることで有名だった。高価な生理用ナプキンを安く購入しようと多くの女性が買い求めて使用しており、リリアンのシェアは生理用ナプキン市場全体の20%にも及んでいた。

      使用者たちからの多くの被害の声を受け、食品医薬品安全処はリリアン生理用ナプキンに対し品質検査を行った。その結果、下着とナプキンを固定するための接着部分に揮発性有機化合物(VOC)というペンキや接着剤、洗剤などに含まれている物質が発見された。これが原因だと言われているが、揮発性有機化合物(VOC)について、その成分分析方法が未だ確立されておらず、分析には時間がかかりそうだと発表した。

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      アンネちゃんが軽くなる(止まる)不思議なナプキンが、韓国にはあるのだという。私は茶のしずく事件が起きたときに「経皮毒は実在した!」と思ったが、やはり今回も同様の感想を抱いた。

      かねてよりの高額とこの健康被害により韓国女子はディーバカップを使うようになったとこの記事には書かれている。ディーバカップって奴よく便利ってなこと日本のネット記事も見かけるが、使う場所が場所だけに体の中入れちまう奴洗って繰り返し使いたくないし、私ならかりに使ったとして小心者ゆえ結局パンツにナプキンはっちまうと思った。

      しかし韓国女子がナプキンの代わりに使ってるという靴の中敷きって、汗くらいしか吸わなそうだしナプキンより高いんじゃないかと思うのだが、これも洗って繰り返し使えるんだろうか?そんなん貼るくらいなら、古着やボロタオルで布ナプキンでも作りなはれと思った。

      ちなみに美健ガイド社によれば生殖器の経皮吸収率は非常に高い。元ネタはたぶんステロイド軟膏の吸収率であり「ステロイド 吸収」を画像検索すると下と全く同じデーターの図が出てくるのであるが、腕の内側を1とした場合生殖器は42倍という数字からステロイドといってもアトピー自然療法みたいなのより、石油や化学物質の紙ナプキン危険ってな根拠に使われているのだ。

      美健ガイド社「出口のない毒経皮毒」より

       

      韓国の生理用品なんて使う奴いないから大丈夫と思うかもしれないが、確かよもぎ温座パットっていう、下半身に貼るカイロみたいなナプキンがあってそれが韓国起源だった。エレキバンの会社もよもぽかっていう類似商品を出すなど、日本でも人気が高いのである。

      かねてより靴下から生姜から「あたため」ブームに警戒していた私は、これを知ったときそんなとこまであたためるとは。と驚いたけど、今回の生理止まるナプキンのニュースを聞き、あたためうんぬんを別にもう韓国製自体に不信感が・・・韓国製化粧品の肌荒れ被害とかも全然報道されずむしろ最近おなごのユーチューバーがこぞってティントとかクッションファンデとか紹介しまくっててそんなに宣伝して本当に大丈夫なのかい?と韓国離れが進行している今日この頃であった。


      トニーの過去

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        コーンフレーク世代の私はケロッグといえばやたらアメリカンなノリと体型の虎が現れコーンフレーク食べたお子さん力が湧いてきてグーレイトォッ言うイメージが強く、子供心に全然可愛くなかった。しかしYouTubeで歴代のCM動画を見る限り、どうもあんなノリになったのはバブル期以降で、それより前の虎はもっと可愛らしい絵柄でトニーではなくとらチャンって名前だったようだ。

        そして私が子供の時のコーンフレークはだいたいプレーン(味なし)、フロスト(砂糖)、チョコ味、いちご味あたりのコーンフレークが鉄板だったが、とらチャン時代はシュガーポンやハニーポンといったシリアルが主力で、これはコーンフレークではなかったらしい。40代より上はあまりシリアル食べない気がするので、シュガーポン時代はまだシリアルが朝食としては根づいてなく、お菓子だったんじゃないかと思って調べてみると、やはり目新しさやおまけに釣られてごくまれに買ってもらう感じだったようだ。

        私が中学生くらいのときには普通に朝コーンフレークを食べることもあり、それはケロッグが子供番組でトニーのCMを流しまくって、シスコ以外にもいろんな国産シリアルが参入したことで、ルーズソックス世代あたりからシリアル文化が定着し購買層の年齢が上がるにつれ現在のグラノーラ人気に発展したと思った。またバブル期からくしゅくしゅ時代にかけては、今と違ってレンジでチンとかカロリーメイトみたいに、栄養を添加したような食品で軽く済ますほうが文明的って思われていた気がする。

        そのなかでも大塚製薬のザ・カルシウム、サントリーの鉄骨飲料がさかんに宣伝されていたように、骨粗鬆症の危険とカルシウムの重要性がうたわれていたのがこの時期だった。なので、コーンフレークがいくらお菓子だと言われようとも、牛乳をかけていることによってカルシウムが容易に摂取できていることを考えれば、私にとってこのうえない健康的な朝食だったのである。

        牛乳はモ〜毒(猛毒)とかGHQの陰謀と言われるようになったのは、わりと最近、ここ10年くらいか?の風潮で、私が記憶している限りくしゅくしゅ時代はコーンフレーク全盛期であると同時にカルシウム全盛期であり、牛乳や乳製品が体に悪いとは聞いたことなかった。意識高い系のあいだでは、LL(ロングライフ)牛乳が危なくて低温殺菌がいいっていうのはあったけど、これも「原価」「炭酸で骨溶ける」同様、最近あんまり聞かなくなった説だし、そもそもロングライフも低温殺菌もあんまりメジャーじゃない気がする(パスチャライズ牛乳てのはよくあるが)。

         

        【第15話】反対から創造へ《牛乳編》(大地を守る会)

        http://www.daichi-m.co.jp/history/2606/

        日本にLL牛乳が誕生したのは1976年。雪印乳業の試験製造に始まり、翌77年には明治、森永といった大手乳業メーカーも発売を開始した。その直後から消費者団体から批判の声が上がり始めるのだが、ここに生協運動の草分けと言われた兵庫県の大手生協が販売を始めたことによって、「よつば牛乳」の共同購入グループが猛反発し、以後、生産者(酪農家)・消費者を巻き込む形でLLミルク反対運動が広がっていった。

         

        背景をちゃんと説明すると長くなるが、当時は一大生産地である北海道の牛乳が、酪農の近代化(機械化と大型化)路線によってダブついていて、常温流通と長期保存可能な牛乳(=安い牛乳)によって販売を増やしたいとの大手乳業メーカーの思惑がはたらいたと言われる。また常温流通は牛乳の輸入に道を開くという指摘もあり、危機感を抱いた関東の酪農家による「缶詰牛乳(LLミルク)絶対反対!総決起集会」が開かれ、「牛乳の南北戦争」と呼ばれる事態にまで至るのである。

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        しかしアメリカから来ておまけで子どもたちの心を掴む手法、砂糖や牛乳まみれで、いかにもロハスから否定されそうな朝食であるにもかかわらず、これにかんしてはハチミツ同様、シリアルがとくに良いとか悪いとか言われてる様子がないのは不思議だ。おまけで子どもを釣ってアメリカンな食文化を刷り込むってのはマクドナルドだとすごいおどろおどろしく語られているのだけども、マクドナルドはパンや砂糖ではなく、もっぱら肉食の代名詞として否定されているのである。

         

        いいなCM ロッテ シリアルアイス 安室奈美恵 (SUPER MONKEY'S)

        https://www.youtube.com/watch?v=YP1hY44i3E4

         

        コーンフレーク全盛期にはシリアルアイスというコーンフレークのくっついたアイスもあり、CMではまだスーパーモンキーズだった安室ちゃんが「ミスターUSA」とこれまたアメリカンな歌を歌っていた。安室氏はマスカットガムなどブレイク前からロッテのイメージが強く、ルーズソックス時代以降もCMに出演していた。


        DAYONEその後

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          評価:
          木暮晋也,小泉今日子,DR.CHEEK,菊地成孔,かせきさいだぁ,中森泰弘,ハラミドリ,エリー・グリーンウィッチ,HICKSVILLE,朝本浩文
          エピックレコードジャパン
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          (1996-08-21)

          市井由理、約20年ぶりに公の場 キレキレのラップを披露(9月3日 Yahoo!ニュース)

          https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170903-00000546-sanspo-ent

          「DA.YO.NE」などのヒット曲で知られるEAST END×YURIの市井由理(44)が3日、男性4人組ヒップホップグループ、MAGiC BOYZの初アルバム「第一次成長期〜Baby to Boy〜」の発売イベントに登場。約20年ぶりに公の場に姿を見せた。

          市井は「DA.YO.NE」でNHK紅白歌合戦に出場するなど、女性ヒップホップアーティストのパイオニア的存在。絶頂期の1997年に英国への留学を機に芸能活動を休止していた。

          市井が参加したのは、マジボの新曲「パーリーしようよ」。マジボの4人から「ヒップホップのレジェンドから学びたい」とオファーされ、「私がデビューした頃と同じ年代の子たち。やってみようと思った」と活動再開の理由を説明した。

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          【MAGiC BOYZ×YURI】パーリーしようよ【MV】(YouTube)

          https://www.youtube.com/watch?v=WOmTcrk5bDY

          高校生3MCトーマ・リュウト・マヒロ、小学生1DJジョーからなるHIPHOPグループ MAGiC BOYZ  

          「パーリーしようよ」は、PES (RIP SLYME)プロデュースの楽曲で、いつまでも仲間と一緒にいたい・パーティーしていたいという、楽しい時間が終わってしまう少し切ない気持ちを夏の終わりに重ねて表現した、MAGiC BOYZ と同世代も市井由理と同世代も共通で、誰もが共感できる、ちょっぴりエモーショナルな楽曲。  

          ミュージックビデオは、新進気鋭の映像監督かとうみさとが手掛け、MAGiC BOYZメンバーのひと夏の思い出がぎっしり詰まった見所満載の映像に仕上がっており、彼らを優しく見守るような、市井由理20年ぶりの歌唱シーンも必見。

           

          EAST ENDプラスYURIというグループは、イーストエンドという男2人か3人組に元東京パフォーマンスドールの市井由理を迎え、ジョージベンソンをサンプリングした「DAYONE」というチャラい感じのラップで人気を博した。市井と親交のあるRIP SLYMEのPESが作詞作曲とあるように、ルーズ・ハイソのハイブリッド世代の人気グループだったリップスライムはイーストエンドの流れをくんでおり、現在大塚愛の夫であるSUやライムスターの宇多丸がDAYONEのミュージックビデオに出演しているし、市井氏もいっとき猿の絵のついた服屋のNIGO(現在牧瀬里穂の夫)と夫婦関係にあり、去年くらいにリップスライムの人がやってるラジオにイーストエンドのGAKU MCが出演していたのも聞いた。

          DAYONEが発売されたのはくしゅくしゅ時代末期の1994年の夏で、同じ東京パフォーマンスドール出身の篠原涼子による小室ソング「恋(いと)しさとせつなさと心強さと」とほぼ同時期、私の記憶によればいづれもいきなり人気が出たのではなく、ジワジワとクチコミで売り上げを伸ばしていったように思う。くしゅくしゅソックス時代はアイドルがパッとしない時代だったこともあって東京パフォーマンスドールにはヒットがなかったのだが、市井・篠原両氏だけでなく、穴井由子をバラエティでよく見かけるようになったり、大阪パフォーマンスドールのメンバーが今田耕司、東野幸治とともにDAYONEの大阪弁バージョン「SOYANA」を発表したこともあって東京パフォーマンスドールも一瞬だけ注目された。

          しかしルーズソックス時代に入るとロックバンドが復権、J-POPは街じゅう、欲望、仲間たち、本当の自分・・・みたいな、孤独や激しい衝動をテーマとした歌に人気が集中し、DAYONE以降もいい感じやな感じ、MAICCAなどくしゅくしゅ時代の軽薄さから脱却できなかったEAST ENDは、脱B級化著しいルーズソックス時代の荒波は生き残れなかった。また篠原涼子も小室さんが朋ちゃんにハマりだしたせいかかなり早い時期に小室ファミリーから外れたために恋しさ〜以降のヒットはなく、ルーズソックス時代にはごっつええ感じくらいでしか見かけなかったし、忌野清志郎とのデュエットで裸同然になったりキッスしまくるなどやけっぱちのように思えた。

          篠原涼子がその後女優でブレイクしたいっぽう、市井由理はNIGOとも離婚して本当に何をしているか分からなかったのだが、くしゅくしゅ時代再来のあおりでこのたび20年ぶりに公の場に姿を見せたのだという。EAST ENDはというと、ラップ担当のGAKUがミスチルの桜井和寿と親交が深く、小林武史がやっていたap bankっていうロハスな運動にも取り込まれてキャンドルナイトの歌なんかも歌っていたし、10年ぐらい前東京FMでロハスな人ばっかり出てくるラジオもやっててその番組で冷えとり服部みれいを知った。

           

          https://www.amazon.co.jp/dp/4902256398

           

          GAKU-MCの本にキャンドルナイトと関係のあるセヴァンスズキやマエキタミヤコの名前もあった。この本が出ているA-Worksって会社のもとになってるのがナカムラミツルの胎内記憶の絵本とか出してる「本を読まない人の出版社サンクチュアリ出版」。

           

          よくあるご質問(サンクチュアリ出版)

          http://www.sanctuarybooks.jp/q_a/q_a_sonota.php

          “A-Works”と“サンクチュアリ出版”の違いは?

              サンクチュアリ出版は、現・A-Works代表の高橋歩が、「自分の本を出して世の中に広めたい」という理由で1995年に立ち上げた会社です。しかし1998年、高橋歩が世界一周冒険旅行に旅立つのをきっかけに、サンクチュアリ出版は当時営業部長だった鶴巻謙介に譲り渡されました。そのままサンクチュアリ出版は存続。一方、2003年に「書籍だけではなく、様々な作品を自由に生み出していきたい」という高橋歩の新たな想いからA-Worksという別の会社が誕生しました。
              <A-Works>と<サンクチュアリ出版>はどちらも独立した会社であり、A-Works刊行物の営業・販売面をサンクチュアリ出版が代行している、という良きビジネスパートナーです。
              *A-Works→http://www.a-works.gr.jp/


          わがシリアル史

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            パンの特性上、主食として米と競い合うのはもっぱら朝食と給食であるが、朝食において現在パンや米をおどかしつつあるのがシリアルではないだろうか。パンがいくら欧米化と言われてもやはり明治もしくは広く食べれるようになった戦後以来の歴史があり、ラーメンのように日本人好みに進化して定着したのに比べ、シリアルはいまだにアメリカのイメージが強いし、どう考えてもお菓子とそんなに変わらないような食べ物なのに牛乳と組み合わせ「栄養」「食事」としてのメリットを強調されているのはアメリカ小麦戦略期におけるパンのゴリ押しをも彷彿とさせる。

            そんなシリアルは2010年代以降だろうか、売り場のほとんどをグラノーラを占めるようになった。私は味のないコーンフレークがけっこう好きなのだが、たまにケロッグの鶏の奴が置いてあるくらいで、そんな高いメーカー物いらねぇと思っても現在はプライベートブランドがフロストとチョコ味を出している程度で、味のない奴は香りの弱い柔軟剤を見つけるくらい困難な状況となっている。

            フロストやチョコは牛乳がほんのり甘くなるのが良いというファンがついてかろうじて生き残っているのだろうが、味のない奴だって余計な甘みがないぶんヨーグルトやパフェと食べたらちょうどよく、さくさくした軽い食感と素材本来の甘味がおいしいと、現代のお子様がたは思わないだろうか。グラノーラ全盛期によってコーンフレークがすみに追いやられた今、小中学生を過ごしたくしゅくしゅソックス時代(1989〜94)にコーンフレーク全盛期の洗礼を受けたコーンフレーク世代の私はこれ以上ない寂しさを覚えるのであった。

             

            ブラウンシュガーCM【チャーリー・ブラウン】1993 カルビー(YouTube)

            https://www.youtube.com/watch?v=gFHuCM0v1qo

            私がくしゅくしゅ時代にもっとも食べていたのはカルビーのコーンフレークである。YouTubeで動画を見ると1991年時点ではアメリカ意識したようなケロッグのでき損ないみたいなキャラがデザインされており、明石家さんまがCM出演していたことが確認できるが、そのバージョンは全く記憶にないのでおそらくこのスヌーピーにリニューアルしたことが現在のフルグラ人気にも通じるカルビー社製シリアルの地位を決定ずけたにちがいない。

            カルビーのシリアル=スヌーピーのイメージは根強く長年採用されていたが、あるときから外箱を廃した簡易包装となり、グラノーラと違って中身割れるだろ。と心配したものだが(そんなこと言ったらポテトチップスも外箱ないけど)、グラノーラ人気が決定的になると袋からスヌーピーの絵も消え「ブラウンシュガー」「トッピンチョコ」から「毎朝フレーク」とかいう味も素っ気もない名前になり、今やカルビーはコーンフレーク事業から撤退してしまった。CMを見ると5つの味を展開していたようだが、右2つの味のない奴とはちみつ&りんごはどうもスヌーピーの絵がついていないせいか?まったく記憶になくカルビー製のはブラウンシュガーやトッピンチョコ、いちご、またこの動画にはない「チョコパフィ」というチョコ味のポン菓子のような奴など、フルグラ全盛期の今見ると、お子様向けの味つけが多かったように思う。

            フルグラは2000年代初頭にフルーツグラノーラの名前で売り出し、その頃から私もこういう甘い菓子みたいなコーンフレークよりフルーツグラノーラ、ケロッグでは玄米フレークやオールブランなど歯ごたえのあるシリアルを好むようになり、トニーの出てくるようなCMも見かけなくなった。スヌーピーやトニーのコーンフレークで育ったルーズソックス世代が大人になるのとともに、シリアル市場も子供向け一辺倒から変化していったのかもしれない。

             

            【懐かしいCM】ケロッグ コーンフロスト(1988)|JAPAN commercial

            https://www.youtube.com/watch?v=6B1OD1FRqoI

            われわれルーズソックス世代にはなじみ深いのがケロッグのCMである。日曜の朝のイメージがあるので、ビックリマンだかタルルート君だかアニメの提供だったんじゃないかと思うのだが。

            ケロッグは虎の他に猿もいたけど、やたらアメリカンなウザいノリと絵柄で、スヌーピーと違いあんまり可愛いとは思わなかった。なのでケロッグにかんしてはお子様向けのよりも鶏の奴とか玄米フレークとかの方がなじみ深い。

             

            【なつかCM】1977年夏(1977/07-08)

            https://www.youtube.com/watch?v=tmSc2N6hTcg

            YouTubeで昔のCM動画を見てみると、全く同じ構図ながらアニメが水島新司なうえに虎の絵柄も非常に大味で私の知っているグーレイトォッ!ていうアメリカンなノリがウザいケロッグとは全く違うイメージだ。それよりこの動画、古いVHSを発掘〜って書いてるのけど、70年代ってまだ全然ビデオ普及してなく、機械はもちろんテープも高いので、家庭用のビデオがあったとして上から新しい番組録画されてたりCMがカットされてたりする(今見るとCMの方が貴重)もんなのに、CMめっちゃ録れててすごいと思った。

            70年代はハニーポンとかシュガーポンていうシリアルが主力だったようだ。いちおう90年代まで生きながらえていたらしいけど全然聞いたことない。

            これはおまけがついているなど完全にお子様向けだったようである。ポンって名前ついてるからポン菓子ぽい?見た感じ牛乳入れるとプカプカ浮く系シリアルと思うのだが。

             

            【懐かCM】1982年 Kellogg's ケロッグ コーンフレーク 〜Nostalgic CM of Japan〜(YouTube)

            https://www.youtube.com/watch?v=mAi99bbABgI

            おそらく鶏バージョンの奴と思うが、80年代はいっとき白人女性のパッケージになった時期があったらしい。着物のオッサンが「アメリカ式もいいが日本人は朝くらい・・・」と言いながらもコーンフレークをうまいっというCM。

            このオッサンくらいの世代だと朝シリアルを食べる習慣はまずないと思われる。当時は子供でも今ほどなじみがなかったんじゃないかと思うのだが、味のない奴はこうやって大人向けにも宣伝していたのだろう。

             

            懐かしいCM 永谷園 「ドラえもんシリアル」(YouTube)

            https://www.youtube.com/watch?v=vr4GNe6_uUQ

            現在のシリアル市場はおそらく本家アメリカのケロッグと、日本人好みのカルビーが二強で、あと老舗シスコーンブランドを守り続ける日清シスコが後を追うような感じに見受けられるが、コーンフレーク全盛期のくしゅ時代には永谷園製のコーンフレークが存在し、ドラえもんの絵がついていたためか可愛さ重視の私はスヌーピーの次くらいによく食べたように思う。お菓子メーカーはともかくふりかけという完全異業種の参入であり、フロストとチョコの二つの味がブレンドされていたり、ビスケットが入っていたりなどコーンフレーク界の異端児だった。

            ケロッグやカルビーがキャラクターを前面に出しながらも中身はただの甘いとうもろこしだったわけだが、ドラえもんシリアルはビスケットを入れさらにドラえもんの絵がついているなど芸が細かく、また牛乳で湿ったビスケットの食感がマックフルーリーやクッキークリームのアイスがなかった時代にはずいぶん新鮮に感じられた。そんな私はドラえもんシリアルなき今、オレオを一口サイズに砕いて牛乳をかけシリアルのように食べたりもする。

            まさに応募者全員サービスのこのボールで食べていたので、懐かしさはカルビーの比ではない。永谷園がコーンフレークを発売していたことなど誰もが忘れた頃、ケロッグのシリアルにドラえもんの絵が使われているのを見たときは、お前さんがケロッグに寝返っても永谷園のことは忘れないよと心の中でつぶやいた。

            永谷園といえばいわずとしれたふりかけとかお吸い物の会社であるが、ルーズソックス時代には「トッピー」という、パンにかけるふりかけも作っていて篠原ともえがCM出演していた。90年代の永谷園は、ふりかけとかお吸い物(つまり和食)はダサいぜ。とばかりに、シリアルやパンといったヤングで欧米な朝食にアプローチしていた時期だったのだろう。

             

            日清シスコ Ciscorn  原由子  1992 「眠れぬ夜の小さなお話」から「友達でいようね」(YouTube)

            https://www.youtube.com/watch?v=ziHINg-SrKc

            お菓子のチョコフレークも1968年以来の歴史があるということなので、シスコ社は国内シリアルの最古参メーカーと思われるのだが、私はシスコーンを食べた記憶がまったくない。90年代初頭のシスコーンは箱に絵がついてないようなので、他メーカーに比べると見劣りしたのだろう。

            そのかわり原由子がシスコーンのCMに出演していたのは覚えている。やたら可愛い声の歌をバックに「おいしいだけじゃないんだよ〜♡」と、やたら可愛い声のナレーション、それが原坊の声なんだと言われればそれまでだが、本人が出演しているので「この声と見た目が合ってないおばちゃんいったい何」と思っていた。

            そして四半世紀をへてYouTubeを介しふたたびこのシスコーンのCMを見たけど、やはり当時と感想は同じで、原坊本人が出演していることに強い違和感をおぼえる。また関連動画で見かけて知ったのだが、この頃日清シスコだけでなく日清製粉からもミッキーマウスの絵のついたコーンフレークが発売されていたらしく、日清という同じような2つの会社からコーンフレーク出しててややこしいなと思った。

            日清製粉にしろ永谷園にしろ、今ではシリアル作ってない大手が参入していたり、スナック菓子のイメージの強いカルビーがスヌーピーのシリーズで勢いずくなど、やはりくしゅくしゅソックス時代はコーンフレークが急成長した時期と考えられる。今ならば手をかけた和食で自分で漬物つけたり箸置きに箸置いて真上から撮ったようなのがていねいでオシャって思われてるけど、くしゅくしゅ時代は浮ついてるので、コーンフレークやカロリーメイトみたいに栄養添加したお菓子みたいなのを食事にするほうがアメリカ人のようで格好良いと思われてそうな気がした。


            ソックタッチ紆余曲折

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              女子高生「くしゅくしゅ」靴下が流行 スカート丈巡る攻防 生足見せで、足長効果?(8月23日 Yahoo!ニュース)

              https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170819-00000001-withnews-soci&p=1

               

              ギャルが滅亡したので女子高生からパンとか洗剤の話題に移行したものの、ここ最近ネットの記事とかで女子高生の靴下の短さが話題にのぼるようになり、そういうの読むと何で今の服装がくしゅくしゅソックス時代(1989〜94年)の使い回しだと何回も言ってたのにくしゅくしゅソックス人気再燃を予測できなかったのかと、おのれの先見性のなさを嘆かずにはいられない。左翼は「今は戦争前夜に似てる」っていうけど、そんなの戦後つねに言ってるだろうからあてにならぬし、私に言わせれば今は戦争前夜なんかじゃなく第二次くしゅくしゅソックス時代なのである。

               

              「オバさんには若者が理解できない」女子高生のときの言葉が"ブーメラン"すぎて痛い(7月26日 HUFFPOST)

              http://www.huffingtonpost.jp/2017/07/26/jk-socks_n_17584434.html

              ■靴下事情は「ブーメラン」のように繰り返す…?

              女子高生の靴下の長さは、短くなったり長くなったり、時代によって流行を繰り返してきたようだ。

              それを如実に示すのが、靴下がずり落ちるのを防ぐために使う商品「ソックタッチ」だ。ソックタッチは靴下が長い時代には売れ、短くなるとに売れなくなる傾向がある。

              90年代は女子高生の間で、丈の長いルーズソックスが大流行したことで、ソックタッチも20年ぶりのヒットとなった。当時の新聞記事を引こう。

               

                  七〇年代にヒットした液体靴下止め「ソックタッチ」が、再び女子高生に売れている。九〇年代になってから年間一万本ほどしか売れなかったのが、昨年秋から火がつき、今年になって百万本売れているという。女子高生の靴下のたけが長くなり、再び必要になったためらしい。

                  「ソックタッチ」は白元(東京)が七二年に発売、ピーク時の七六年には年間一千万本売れた。しかし八〇年代後半以降は生産を中止、九二年まで在庫を年一万本のペースで細々と売っていた。

                  ところが昨年秋から急に人気が復活、昨年だけで二十万本売れた。今年一月から生産を再開し、四月までに百万本を売っているが、生産が追いつかない状態だ。

                  なぜ売れ始めたのか。同社の宣伝担当者は「女子高生の靴下の丈が長くなったため」とみる。「ルーズソックス」という、履いたときに緩くしわが残る長めの靴下が、昨年から流行している。レナウンによると「靴下を止める位置にこだわって、おしゃれをしているようです」という。

                  (液体靴下止め「ソックタッチ」が再び人気(生活予報)|朝日新聞朝刊 1994年4月27日)

               

              決められた制服、決められた規則で過ごさなくてはならない多くの女子高生にとって、オシャレの余地はとても狭い。

              靴下は大切な自己表現のアイテムであり、前の世代と"違うスタイル"を模索し続けるためのひとつの象徴なのかもしれない。

               

              私はくしゅくしゅソックス時代に思い入れが強いため、記事そのものよりも引用されている1994年のソックタッチにかんする新聞記事を興味深く読んだ。ソックタッチは白元から発売されていた、靴下がずり落ちてこないように足に塗るロールオンタイプのサラサラした糊のことである。

              私のおぼろげな記憶によると、ソックタッチが再発されたのは学研から出ていた雑誌「レモン」の企画だった。もしかしたら同時期に同級生と回し読みしていた(自分では買ったことない)ルナティーンやエルティーンのような、エッチ系の雑誌だった可能性もあるが、いづれにせよ私は再発を特集した雑誌記事で初めてソックタッチの存在を知ったのである。

              記事にもあるように、三つ折りソックスの台頭により80年代後半には生産が中止されており、くしゅくしゅソックス時代は在庫を細々と売っていた。これが年1万本のペースで売れていた(最盛期である1976年の1000分の1)とのことだが、前述のレモンか何かにくしゅくしゅソックスを止めるために当時の女子高生はあまり出回っていないソックタッチを探すのに苦労していると書いてあり、私にはその在庫のスヌーピーの絵が可愛かったため印象に残っている。

               

              https://rakuma.rakuten.co.jp/item/f7654577759047205012

               

              検索するとフリマに出品されている画像が出てきた。20年以上前のソックタッチと紹介されていたが、まちがいなくこのデザインが再発前くしゅくしゅ時代に出回っていた在庫のはずなので、かれこれ30年物であろう。

              再発されたソックタッチはピンクを基調とした、ルーズソックス世代にはよく知られたあのデザインで、私はスヌーピーが好きだったため在庫の奴の方が可愛かったのに・・・。と残念がった。しかし1994年といえばくしゅくしゅからルーズへの過渡期、ソックタッチはバカ売れし、記事によると92年まで年1万本だったのが94年の1月に生産を再開し4月までたった4か月間に100万本を売り上げたというのだから、生産が追いつかなかったのも無理はない。

              前述の雑誌記事は、読者が白元の社長にソックタッチをまた売ってくれるよう直訴しに行くというもので、94年1月に生産が再開されたということは1993年なのだが、ルーズソックス時代にコギャルが消費文化の主役としておどり出るようになる前から、このように女子高生が商品の企画にたずさわったり、また女子高生のクチコミ(ウワサ)によって売れる商品などがよくあったようだ。たとえばクレヨンしんちゃんを見た女子高生が食べたいと言って本当に商品化されたというチョコビや、現在もよくある菓子の中に一つハート型を入れたような奴(見つけたらラッキー)の原型であろうコアラのマーチの「眉毛コアラ」などである。

              だからソックタッチがルーズソックスによって人気が再燃したというだけでは、くしゅくしゅ人気を受けて白元が「よしソックタッチをまたはやらすぜ」と、再び生産を再開し何か品薄商法でもやってるみたいに読めるが、そうなのではなく、当時くしゅくしゅブームなど知るよしもない大人たちがもうソックタッチなんてオワコンと思っているところに、そんなことないからとにかく売れや!と突然現れたくしゅくしゅJKにそそのかされ、半信半疑で作ってみたら本当に人気大爆発した・・・という経緯が重要なのだ。もちろんその筋書きも含めて白元の女子高生マーケティングだったと深読みできなくもないのだが、事実くしゅくしゅからルーズソックスにかけての女子高生は大人にとっては予測不可能な存在であり、やりたいことは自分たちで勝手に作るといったエネルギーに満ち溢れていたのである。

              写ルンですなんかも同様で、今写ルンですブームはフィルムメーカーや雑誌が先導して無理くりブーム創出している部分が少なからずあるのだが、オリジナルである90年代のカメラブームは、やはりくしゅくしゅJKが自分たちの日常を写真に収め始めたというところに起源があり、それがルーズソックス時代のプリクラ人気や写メール以降の自撮り文化にもつながっていく。エッグやカワイイといったギャル雑誌もコギャルが出始めてからけっこう後になって作られたのであり、ようはコギャル草創期は大人が仕掛けるより先に、女子高生が流行やウワサを作っていたという点において特異なのである。

               

              靴下を45年間とめ続ける「ソックタッチ」その波瀾万丈な歴史とは? 廃番乗り越えルーズで復活…いまは(7月31日 Yahoo!ニュース)

              https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170728-00000002-withnews-bus_all

              一昔前は「紺ソ」、そのまた前はルーズソックス。靴下がずり落ちないように、多くの女子中高生たちが使っていた「ソックタッチ」。なんとこの商品、45年前からあるんです。プチソックスと呼ばれる短い靴下が流行しているいまは、知らない人も多いかもしれません。ソックタッチをつくるメーカー「白元アース」(東京)の担当者に歴史を聞きました。第3次ソックタッチブームも、近いかも?(朝日新聞記者・船崎桜)

              ・・・

              ミニスカートが日本に上陸した70年代、若い女性たちが好んではいたのはハイソックスでした。当時は、ポロシャツにミニスカートにハイソックスという「ハマトラ(横浜トラディショナルの略)ファッション」が大ブーム。

              長い靴下が落ちてこないようにきっちりとめられるソックタッチはすぐに人気商品になり、年間1千万本も売れたこともあったそうです。
              一時は廃番、でもブームは再びやってきた

              80年代になると、ふくらはぎ丈の靴下を何回か折りたたんではく「三つ折りソックス」が流行り始め、第1次ブームは終わりを迎えます。ソックタッチは、廃番にまで追い込まれました。

              しかしその約10年後の1994年、ルーズソックスの大流行にあわせて、復活。第2次ブームがやってきます。
              竹内さんは「ルーズソックスをはく子の親が第一ブーム世代で、ソックタッチの存在を思い出してくれて、会社に問い合わせがたくさんあったようです」

              ・・・

              2017年の今、街中を歩く女子中高生の足元は、足首ほどの短い紺や黒の靴下が多くなっています。それを伸ばさずに「くしゅくしゅ」させてはくのがおしゃれ、という人もいるようです。

              そうなると、なかなかソックタッチの出番はなさそうですね・・・。昨年春には、3色のパッケージのうち黄色がなくなり、2色になりました。

              竹内さんに聞くと「残念ながら、たしかにブームのころと比べると売り上げ個数もケタが違います」

              「でも、ファッショントレンドは移り変わります。粘り強く販売を続けていれば、第3次ブームがきてもおかしくないと思っています」

              余裕の笑顔です。

              ・・・

               

              90年代は女子高生自身が茶髪やルーズソックス、細眉、汚い言葉遣いなど独自の文化を完成させてしまったのだが、ハイソックス時代にはまたマスゴミ主導になっていたように思う。そもそもハイソックスは、まだルーズソックスが主流の2000年頃から、マスゴミが「ルーズソックスはもう古くて次世代はハイソックス」とけっこう煽っていたのだ。

              くしゅくしゅソックスからルーズソックス時代にかけては、大人がどんだけ仕掛けたところで女子高生がそれに乗っかってくることはほとんどなかったために、ルーズソックスもいづれは廃れるときがくるだろうがまだまだ先のことだろうとたかをくくっていたら、思いのほか早くハイソックス時代が到来した。しかしそれでも、ミニスカートと長い丈の靴下(もしくはロングブーツ)、ジャストサイズか小さめの服、重ための黒髪より毛先を軽くした茶髪、眉や唇の色を押さえ目元を強調した化粧というバランスは10年以上変わることがなかったのである。

              それが変化したのは2010年代初頭だろう。今では靴下は短くなるし、ブーツもロング丈よりはショート丈、服はオーバーサイズに、目元より太眉や口紅の目立つ化粧が主流となった。

              今小さめの服を着ていたり、露出している人は若い人より30代が多いというのをどっかで読んだのだが、それは一理あるかもしれない。ルーズソックス時代にもソバージュやウエスト絞ったおばちゃんが馬鹿にされていたが、それと同じでいやブカブカの服とか赤い口紅なんて絶対バブリーでおかしいだろと若い時の感覚のまま全くやらないでいると取り残されてしまうので、ルーズソックス世代には難しい時代なのだ。

              さっきも言ったけど、今の服装はくしゅくしゅソックス時代の使い回しである。時代が20年代周期で回ってくることを考えると、2010年代からその兆候が出てきたのは何らおかしいことではなく、くしゅくしゅソックス時代にもやはり70年代ブームがあったのである。

              しかし、なぜくしゅくしゅが回帰するまでミニスカートと長い丈の靴下(もしくはロングブーツ)、ジャストサイズか小さめの服、重ための黒髪より毛先を軽くした茶髪、眉や唇の色を押さえ目元を強調した化粧というルーズソックス時代に確立された「イケてる女の子」のバランスは長らく変わらなかったのか。今思うと80年代のファッションが奇抜すぎて、20年をへてもアラレちゃんメガネ以外にあまり現代人に取り入れられるような物がなかったことが、2000年代にファッションが大きく変化しなかった一因のように思う。

              では今後、若い娘さんの服装や靴下はどうなって逝くのかだが、20年周期理論にもとずいてくしゅくしゅソックスがルーズソックスに巨大化するかというと、私はその線は低く、むしろもうソックス履いてないくらいが可愛くて最終的に肌色のストッキング履き出す(靴はローファーではなくスニーカー)と考えている。ストッキングはルーズソックス時代にはタブー視されるほど忌み嫌われたものだが、5年くらい前に一瞬だけ絵のついたストッキングが脚光を浴びたことがあり、おしゃれのためにストッキングを履く前例は一応あった。

              そしてだんだん細く見えるほうがいいということで、色は濃く、光沢のあるものかシアータイツが好まれるようになる。そのためソックタッチは残念ながらまたしばらく細々と在庫を売り続ける冬の時代を迎えることだろう。


              消費者今昔

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                評価:
                船瀬俊介
                イースト・プレス
                ¥ 1,620
                (2016-04-17)

                先日ちふれ化粧品が炎上したときに、そういえばそもそもちふれが安さを売りにしてたのって、大企業の製品(化粧品でいったらおもに資生堂)は広告費をかけまくっているから不当に値段が上乗せされているのであって、本当はもっと安く品質のいいものを作れるのだという、消費者運動のノリではなかったかと回想した。ちふれだけではなく80年代あたりに出てきたプライベートブランドもそんな感じで、西友のプライベートブランド「無印良品」(1980年)も初期の売り文句は「わけあって、安い」だった。

                20年以上前ワラ半紙でできたような無印の茶色い文房具がけっこう人気あったのだけど、それもノートは文字かけりゃ十分でコクヨなどのメーカー品みたいに真っ白い必要はないっていう発想だったんだと思う。広告費や見た目などブランドイメージにコストをかけるメーカー品に対する「無印」だったということなのだろう。

                しかしコスト削減のためであったとおぼしきワラ半紙や装飾を廃したシンプルさがゴチャゴチャしてなくてオシャと解釈された結果、ちふれ化粧品や暮らしの手帖がそうであったように、無印ももともとあった消費者運動的コンセプトがどっか逝き、いち雑貨屋としてスイーツ化した。また2000年代以降はダイソーやユニクロなど中国産あたりの安物がクオリティを上げてきたり、プライベートブランドがはんらんするようになり、今や安くて良い品を求める消費者に意識高い系のイメージはまったく持たれなくなっている。

                むしろ安物は海外で労働力を買いたたいたりなど安いなりの事情があるのであって、エシカル消費やフェアトレードなど、本当に品質が高く社会的に良いものはそれなりの値段なのだというのが、意識高い系のイメージになっているのではないだろうか。しかし90年代くらいまでは、安くて良いものを求めるのが賢い消費者で意識高いってノリが確かにあった。

                 

                https://www.amazon.co.jp/dp/4380800059/

                 

                http://www.watai.jp/mokuroku/sonota/shakai.htm

                 

                https://www.amazon.co.jp/dp/B000J9QX62/

                 

                三一新書で原価本を著している平沢正夫と大門一樹は、「化粧品の秘密」という共著もある。また平沢氏が予防接種やフッ素、マイルーラなどを告発していた高橋晄正と「薬・この危険な副作用―あなたは知らない」を出していたり(これは三一新書ではなくワニの本)、また大門氏の「原価の秘密」に「現金正価800円薬の原価12円50銭」と、高橋氏が批判していたアリナミンが表紙に載っているなど、原価系の著者がある部分で製薬や化粧品会社を相手にしていることがうかがえる。

                化粧品といえば日本消費者連盟の「あぶない化粧品」もあるし、高橋氏と日本消費者連盟は80年代ともにマイルーラを告発しており、化粧品、マイルーラといえば合成洗剤批判および石けん運動ともつながってくる話だ。そんな本ばっかり出していた三一新書も最近おとさたないが、少なくとも90年代まではあぶない化粧品系の本がド田舎の小さな書店でも普通に見かけたくらいポピュラーで、原価の話をする人も炭酸は骨が溶けるっていう人と同じくらい存在した。

                マルチやってる人もけっこう原価の話をしていて、今にしてみるとマルチの化粧品って上の方の人に吸い上げられるぶん大手企業以上にぼったくってるがな。と思うのであるが、本人的には広告してないからそれだけ良いものなのだっていう理屈だったのかもしれない。また石けん運動が言っていた合成洗剤が口や皮膚から血液に入り、肝臓、脾臓、腎臓などに障害を起こすってのもいつしか経皮毒と呼ばれるようになり、これまたマルチが大手企業を批判するときの根拠になるなど、無印やちふれがスイーツ化したいっぽうで、先鋭化した消費者運動のノリがもはや悪徳商法やオカルトのイメージと重なっているのは皮肉なことである。

                 

                ニュースキンのセミナーに行ってきた。(2009年4月25日 闘病日記)

                http://d.hatena.ne.jp/a_kaede2/

                ニュースキンの企業理念や、ビジネスモデルなどはいたるところでコンテンツにあがっているのでそちらを参照されたし。

                ディストリビューターのリーダー格のお宅で開かれたセミナーに参加してみた。

                入ると広いリビングには15人くらいの30歳〜75歳くらいまでの女性陣が思い思いに過ごしていた。ホームエステをしたり、

                雑談したり様々。

                私が着くと、10人くらいがテーブルを囲んでニュースキンの入門編的なセミナーが開始された。

                いろんなコンテンツで書かれている実験を織り交ぜた「アレ」である。

                ・製品に対する原材料費の割合について

                他社製品とニュースキン製品を比べると販売価格に対する原材料費の割合が全く違うという説明。

                資生堂のTSUBAKIを例にだして販売価格の大部分が広告宣伝費である(TSUBAKIに関しては初期宣伝費50億をかけ、100億を売り上げる目標)、『不良化粧品一覧―資生堂よ、反論せよ 平沢 正夫 (著) 』を手にし、18000円の美容クリームが

                材料費60円にも満たないことを説明。

                その点、ニュースキンの「リジューベネイティングクリーム(7707円)」を大手メーカーのルートに乗せて販売するとその販売額は20万円近くになるという説明。

                製品の原材料に対するこだわりと品質のよさをPRする内容。

                −疑問1 平沢氏の本の信憑性を確認する。

                −疑問2 材料費だけでなく人件費はフォーカスしないでよいのか?

                ・・・

                 

                検索して見つけたマルチの原価トーク、2009年時点でも相当古い三一新書を引き合いに出してマルチのクリームが大手メーカーのルートに乗せると20万円とかおもしろすぎる。日本消費者連盟からアムウェイ批判する本も出てるというのに、もともと左翼だったはずの三一新書や石けん運動がすたれてからというもの、原価にしろ経皮毒にしろ逆にマルチの大手企業批判、もしくは美健ガイドの「ニッポンだーいすき」的世界観にその姿を残すのみとなっている。

                美健ガイド社子ども法廷シリーズ4「出口のない毒 経皮毒 - 石けん・合成洗剤編」より


                合成洗剤史

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                  1932年P&Gから世界初の家庭用合成洗剤「ドレフト」が発売されて19年後の1951年、日本の合成洗剤が登場した。石けんvs合成洗剤の闘いは、1956年にライオン油脂から発売された台所用洗剤「ライポンF」にまでさかのぼる。

                  ライポンFが発売された1956年は「もはや戦後ではない」といわれ、高度経済成長期が始まったばかりくらいの時期である。当時アメリカ小麦戦略まっただ中、日本じゅうをアメリカ資本の入ったキッチンカーが砂ぼこりをあげながら爆走し、栄養士さんたちが日本人にもっとバランスよくおかずを食べよと、それまで辛い漬物だけでどっさりめしを食べていたノーおかずの日本人に動物性のたんぱく質や脂肪など栄養ゆたかな料理を伝導した。

                  そんな食生活の急激な欧米化から生野菜の寄生虫や農薬、油汚れへの対応が急務となり、業界新聞で行われた厚生省や洗剤メーカーの座談会をきっかけに、わずか3カ月のあいだに日本食品衛生協会の推奨第1号品として食器・野菜洗い洗剤ライポンFは世に出た。そんなある日、東京都衛生研究所臨床試験部長・柳沢文正(1912〜1985)は、胃腸の調子の悪いとのことでキャベツのしぼり汁(キャベジン)を飲むように言った女性が、その後胃腸の調子はよくなったけど肌が荒れ疲れやすくなったことを不思議に思った。

                  聞くとキャベツをひと晩ライポンFの溶液に漬け込んでいたというので柳沢先生がライポンFとは何ぞや、と買ってきて調べてみた結果、アルキルなんとかかんとか(ABS)がすごい体に悪いことが判明した。ちなみに柳沢先生は合成洗剤告発の他にガン患者の血液が酸性なのでアルカリ性食品の酢が体にいいっていう健康法の本を出す一面もあったようだ。

                  そして翌1962年には誤飲事故が起こった。YouTubeのCM動画で見たバージョンは液体だったけど、これは1959年に発売されたものでそれまで粉末のみだったようである。

                  この粉末状のライポンFを粉ミルクの缶に詰め替えていたため奥さんがミルクと間違えてライポンFを作ってしまった。それを赤ちゃんが間違えて飲むと思いきや、嫌がって飲まなかったのでおかしいと口をつけた父親が死亡した。

                  この誤飲事件は遺族が国とメーカーを訴えたけど、けっきょく1967年に合成洗剤が原因と認められないとの判決が出た。しかしそのかんに、合成洗剤排除運動がかなり過激化したらしい。

                  そうした運動の影響もあるのかどうか、70年代にはABS=ハード型洗剤はLAS=ソフト型洗剤にとってかわられるようになった。しかし今度は洗濯洗剤に含まれるリンと水質汚染(富栄養化、赤潮)の関係が疑われ、80年代からは洗濯洗剤の無リン化が進んだ。

                  ・・・というのが前回までのあらすじである。その後どうなったかというと、昔は公共広告機構あたりで水質汚染のCMとかよくやってたがここ20年ほどは環境といえば温暖化だし、石けん運動を盛り上げていた日本消費者連盟も香害とか共謀罪とか言っててネタギレ感が否めない。

                  だがそのいっぽう、石けん自体は安くて良いものだと自然派以外にもファンが多かったり、経皮毒、化学物質過敏症、胎盤からシャンプーの香りなど、真偽は不確かながら合成洗剤追放運動をベースにしたと思われる説がごく一部で既成事実化するなど、その影響が完全に失われたわけではないようだ。ただこの場合一部の助産院や美容院、ロハス野郎、マルチ商法などのあいだでクチコミ的に広がっているようで、その都市伝説感において三一新書あたりが表紙に洗剤の写真載せまくっていた60〜70年代の消費者運動に比べるとそのノリはやや異なる。

                  例として戦後は化学物質などで環境や人体が汚染されまくっているけど欧米化する前の日本はよかった、と、科学を否定し日本の精神性(お米、風呂敷、打ち水、モッタイナイ等)を礼賛するノリになっていくのはロハスにもありがちな奴である。今や三一新書の継承者はアべ政治許さない精神を炸裂させてる日本消費者連盟でも週刊金曜日でもなく、むしろ「ニッポンだ〜いすき!」な美健ガイド社なんだろう。

                   

                  環境汚染 合成洗剤(YouTube)

                  https://www.youtube.com/watch?v=9xOm1zQ4tjk

                  「私たちが、日常なにげなく使っている合成洗剤。その洗剤が自然を破壊し、人体にも被害を与えて、大きな社会問題にまで発展しています」

                  今にもふしぶしの皮が破れて出血しそうなすごい手荒れの写真にギャアアーとなった。しかし私、とある歴史あるオリーブ石けんが体に合わなかったので手洗いに使ってたとき、これに近い状態にまで荒れたことがある。

                  その前にもオリーブオイルで荒れたことがあるので、石けんというよりオリーブオイルが合ってないのかもしれない。なのでこんな怖い写真見ても、自然だから石けんだからお肌に優しいとは限らないョ。と思ってしまう。

                  瀬戸内海の赤潮!って、なぜかこのくだりだけ画面全体が赤くなって赤潮なのかどうかよくわからぬ。

                  「つぎの実験を見てみましょう。石けん50ppmが入っている水槽の中で、アユとフナは元気に泳いでいます。いっぽうの水槽ではLASを石けんの10分の1、5ppmのうすい濃度にしてアユとフナをはなしました。およそ1時間後、まずアユが呼吸不能になりました」

                  合成洗剤の水槽に入れられたお魚さんたちのあまりにも苦しく恨めしそうな断末魔の表情にガクブル。この2つの水槽にそれぞれ合成洗剤と石けんを入れてお魚さんたちを放つ実験はひろく石けんの優位性の根拠となっているらしい。

                  「本来、川や湖の中のリンや窒素などはバクテリアやプランクトンを増やし、それを魚が食べて育つ、いわゆる自然の浄化作用によって水を美しくたもっているのです。ところが最近住宅や工場が密集してきたため、合成洗剤のリンなどを含む栄養がある排水が増え、自然の浄化作用では浄化しきれない、いわゆる富栄養化となり、赤潮やアオコが発生し社会問題に発展したのです」

                  「そのためメーカー側ではいち早くリンを使わない無リンの合成洗剤を開発し、無リンは無公害であるかのようにテレビなどで大々的に宣伝しています」

                  60年代はライポンFなど食器洗剤のABSの人体に与える影響が柳沢先生から告発されたが、やがて使用されなくなり、今度は洗濯洗剤のリンが水質汚染の原因としてやり玉に上がるようになった。今でも細々と存在する合成洗剤を追放して石けんを使おうってな運動は、洗濯洗剤が無リンになる前の70年代にその起源が求められる。

                   

                  合成洗剤が引き起こす人体への悪影響 マウスの実験(YouTube)

                  https://www.youtube.com/watch?v=2-h5leeb_3g

                  「合成洗剤は口や皮膚から血液に入り、肝臓、脾臓、腎臓などに障害を起こします。このところ増えてきたアトピー性皮膚炎は遺伝的に出やすい体質とされていますが、合成洗剤による母親の肝臓の障害が原因ともいわれています」

                  合成洗剤が口や皮膚からしみこんで内臓に悪さするっていうのは、現代の経皮毒とか胎盤からシャンプーの香り説に受け継がれていると思われる。アトピーの原因も公式には分かってないと思うのだが、戦後に患者が増えたことから一部では合成洗剤や添加物との関係がほのめかされている。

                  「なかでもシャンプーは、ASがもっとも多く含まれています。皮膚に浸透する力が強いASを頭にすりこむのはどうでしょう」

                  どうでしょうと言われてもどうかわからんけども、ともかくこのシャンプーに恋コロンって書いてるのが気になった。あとこの前のシーンで閲覧注意な肌荒れ画像をバックに、おむつにしみこんだ合成洗剤がおむつかぶれを起こすので石けんにきり変え・・・みたいなくだりがあったので、この動画まだ布おむつの時代なんだな。

                  「一部の避妊薬には合成洗剤と同じ成分のものが使われています」

                  私はティセラ世代なので前述の恋コロンシャンプーは全く知らないのだけども、マイルーラはよく雑誌広告で見かけたので懐かしい。当時私が読んでいた雑誌、ぴょんぴょんとかレモンに避妊薬の広告が載っていたと思えないので、やっぱり回し読みだったエルティーンとかルナティーンみたいなエッチ系の雑誌だったんだろうか。

                  マイルーラはやっぱり三一新書あたりで二重盲検法の必要性やフッ素危険説を訴えていた高橋晄正が批判しており、2001年に製造中止になった。タンポンしかり、こういう女性器に何か入れる系って昔は結構ポピュラーだったと思う。

                  マイルーラと障害、流産の関連について私は分からないけども、三一新書あたりが告発していた高度経済成長期をピークとする公害や薬害は全体的に赤ちゃんの被害が目立つ。森永ヒ素ミルクが一番有名で、そのほかにも胎児性水俣病、サリドマイド児とかカネミ油症の黒い赤ちゃんとか、あとライポンFの誤飲ももとは粉ミルクの缶に洗剤を詰め替えていたのが原因だし、公害じゃないけど病院出産がポピュラーになり始めて取り違えが起こったりとか、日本が豊かさを享受するかげで多くの赤ちゃんも急激な変化のなか犠牲になった。

                  そんな時代があったからこそ、製薬、洗剤、化粧品メーカーはおのれの金もうけのためなら人体や青いお空を汚してもええんかいっていう、三一新書的市民運動も存在意義があったのだ。しかし今や、大企業を批判する奴は左翼ということにくわえて、何か怪しい陰謀論にとりつかれてるオカルト野郎やマルチ野郎くらいにしか思われていない。

                   

                  15年ぐらい前に避妊でマイル−ラを使っていましたが最近、売っていない様な気がします。もう売っていないのですかね?(Yahoo!知恵袋)

                  https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1118476991

                  ベストアンサーに選ばれた回答

                  backyard117さん

                  2008/8/1712:38:56

                  1983年5月の発売、2001年3月製造中止。になっています。

                  その経緯については

                  マイルーラは主成分をノノキシノール(ポリオキシエチレンノニルフェニルエーテル(非イオン系界面活性剤のひとつでいわゆる合成洗剤)とする膣用避妊薬で女性が性交渉前に膣に挿入し、侵入した精子を溶かして殺す殺精子剤です。女性週刊誌で大量宣伝し、手軽に入手できることから、女子高校生や中学生にも使用が及びました。1983年、日本消費者連盟と「薬を監視する国民運動の会」の高橋晄正さんがマイルーラの毒性を調査、告発し、朝日新聞に掲載され社会問題化しました。
                  ・・・
                  これらの問題はきれいな水といのちを守る合成洗剤追放全国連絡会や、厚生省交渉実行委員会などの運動に広がり、マイルーラの毒性を考える会が結成されるなど大きな社会運動に発展しました。しかし期待に反し、会社は強気で販売を中止しませんでした。
                  そんな中、1986年にアメリカでの殺精子剤裁判(ノノキシノールと同系列の非イオン界面活性剤であるオクトキシノールを使用し、口蓋裂、右手の異常、左手の欠如、左鎖骨形成不全、等を伴った女児が誕生し、製造販売をしたオルソ社を告訴。)で、地方裁判所も連邦裁判所も因果関係を認め賠償命令を出しました。
                  新たな問題として浮上してきたのが環境ホルモン作用です。主成分のノノキシノールは体内で代謝されノニルフェノールになります。これは化学工業製品や農薬に含まれる環境ホルモンとして知られていますが、体内で内分泌かく乱作用を示すなど大問題となりました。運動団体の指摘で当時の厚生省もようやく重い腰を上げ、大鵬薬品にマイルーラの主成分のノノキシノールの代謝実験を命じました。
                  市民運動や内部の労働組合の運動、殺精子剤裁判の判決、環境ホルモン問題などを通じ、最高の売上げがあった販売初期に比べ約3分の1に売上が落ちこみ、ついに大鵬薬品は2001年3月に坂売中止を表明しました。

                   

                  ところで先日ブログで紹介した日本消費者連盟の香害110番の続報、200件以上相談が集まりやはり行政やメーカーへ働きかけがなされるらしい。また合成洗剤を入れた水槽お魚さん死ぬって言ってたシャボン玉石けん社も同様のアンケートを実施していたとのニュースもついでに見つけたので、人工的を毒と見る石けん運動が柔軟剤ブームの今「香害」という概念に活路を見出していると思った。

                   

                  人工的な香料が原因で体調不良に 「香害」に切実な声(8月15日 ライブドアニュース)

                  http://news.livedoor.com/article/detail/13474417/

                  香り付きの柔軟剤が人気を博している。しかし、柔軟剤制汗剤などに含まれる人工的な香料が原因となり、体調不良になる人たちも増えているようだ。日本消費者連盟が7月26日と8月1日の2日間、香りに関する悩みを聞く電話相談「香害110番」を実施したところ、全国から213件の相談が寄せられた。9割以上が女性からの相談だった。
                  ・・・

                  人工的な香料が原因で体調不良を引き起こすことを「香害」と呼ぶ。誤解されがちな点だが、香害に体臭は含まれない。

                  ・・・

                  香害に悩む人たちにあらわれる症状は様々だが、頭痛、吐き気などの症状が持続するため、それまでの生活が困難になることもある。中には、化学物質過敏症と診断される人もいる。寄せられた相談には「これは公害問題だと知らせて欲しい」という訴えもあった。

                  日本消費者連盟は今後、行政、メーカーへの働きかけを行なっていくという。

                   

                  「香害」で吐き気や頭痛を経験したことがある人の割合は?(8月17日 exciteニュース)

                  http://www.excite.co.jp/News/column_g/20170817/Cobs_1660730.html

                  シャボン玉石けんはこのほど、「香りに関する意識調査」の結果を明らかにした。同調査は7月15日〜20日、20代〜60代の男女598人を対象にインターネットで実施したもの。

                  同社によると近年、「洗濯用洗浄剤の匂い」に対する相談が国民生活センターに多く寄せられているという。「香りで吐き気がする」「柔軟剤のニオイで気分が悪くなる」といった相談内容だが、このように人工的な香りによる健康被害(めまい・頭痛・吐き気といった体調不良など)が「香害」と呼ばれていることを知っているか尋ねたところ、61%が「知らない」と回答した。

                  他人のニオイ(香水や柔軟剤、シャンプーなど)を不快に感じたことはあるか聞くと、79%が「ある」と答えた。

                  これまでに人工的な香りをかいで、頭痛・めまい・吐き気などの体調不良を起こしたことがあるか尋ねると、51%が「ある」と回答した。

                  ・・・


                  疑惑検証

                  0

                    先日日本デビューも果たした、韓国で絶大な人気を誇る韓日台の多国籍ガールズグループTWICEが炎上だって?

                     

                    【炎上】日テレZIPにインチキアンケート疑惑が浮上(8月13日 netgeek)

                    http://netgeek.biz/archives/101129

                     

                    日テレ系の情報番組「ZIP」の放送において、渋谷の女子中高生にTWICE知ってる?ってアンケートとったら、80%が知ってるの方にシール貼ったという結果をフリップで示しているのだが、いっぽうで「TWICEのファンの方を探しています」と書いた札を持っているZIP取材班の姿が一般人に撮影されていたらしい。てことはつまり、無作為ではなくTWICEのファンだけにアンケートしたから知名度が80%にもなった、つまりヤラセである。というのが、この記事の言いたいところだと解釈した。

                    流行ってないTTポーズを唐突に人気大爆発って言い張ったあたりから私もやはり韓流報道に強い不信感を抱いてはいるのだが、いちいちアンケート取るのにファンだけ探すとか手間すぎるし、どうせヤラセするだったら最初からスタッフ自らシール8:2の割合で貼りなはれと思う。ていうか記事でほのめかしてる疑惑が事実として、TWICEのファンなのに「知らない」2割の奴っていったい何。

                    以上の疑問にくわえ、同じ番組でTWICEのファンにインタビューし、彼女らの魅力を熱く語っているところに本人登場→号泣。ってなドッキリやってたから、TWICEのファン探してたってのはそっちの企画な気がした。マスゴミ不信の私はその放送見て、このファンどうせ仕込みで加計学園関連のインタビューでも同じ人写ってましたって奴だろうが!とさえ思ってた、ネトウヨ達よりまだ一回り汚れた心の持ち主なので、本当にファン探してたほうに驚きを隠せない。

                     

                    170428 ZIP! TWICE(YouTube)

                    https://www.youtube.com/watch?v=WrlLisOFyWo

                     

                    上記urlが4分15分あたりからTWICEファンのドッキリ動画である。どうでもいいが私はジパングあさ6からのズームイン世代という古い人間なのでスイーツ化著しい日テレの情報番組には激しく抵抗を覚えざるおえない。

                    今月末にはカワイイ系でJ-POP風なTWICEに対するかっこいい系な王道K-POPでガールズグループ人気を二分するBLACKPINKも日本デビューする。さらなるゴリ押しによりネトウヨのテレビ離れが懸念される。


                    野菜洗い萎え

                    0

                      日本消費者連盟の表紙見ていて、洗剤の銘柄古いな〜。と思い、またしても昭和の洗剤動画探して見た。同連盟、今はダウニーなどと名指しせず香りのきつい柔軟剤としか言ってなかったけど、古きよき昭和の時代にはこの手の市民運動が本出すとワンダフル!ザブ!バリ!デイ!と、表紙におもっきし商品の写真載っけてた。

                       

                      https://7net.omni7.jp/detail/1100298061

                       

                      http://www.suruga-ya.jp/product/detail/BQ45641

                       

                      懐かしのCM - 花王 - ワンダフルK - 1966(YouTube)

                      https://www.youtube.com/watch?v=ZjwXBmxta_8

                      高度経済成長期、アメリカの資金で全国各地を走ったキッチンカー(動くお台所)など厚生省の栄養改善指導でそれまでちゃぶ台でどっさりめしを食べていた日本人は台所を改善し肉や乳やラードといった栄養ゆたかでフライパン使ったようなおかずを多く摂取するようになった。

                      そんな食生活の変化もあり、皿の油汚れを落とす合成洗剤の需要はグイグイ上昇していたにちがいない。合成洗剤は石油由来と思われるが、この頃は石油製品が増えた時代でもあろう。

                      化学肥料じゃなかったせいか野菜を食器洗い洗剤で洗っていた。果物は農薬を洗っていたのだろう。

                       

                      懐かしのCM - ライオン - ライポンF - 1962(YouTube)

                      https://www.youtube.com/watch?v=qGe2auZkj5g

                      ライオン社のライポンF。後発商品である上の花王ワンダフルKもそうなのだが、昔はスポンジで洗剤を泡立てて食器をこするのではなく、つけ置きしたあと手でこする使い方だったのだろうか。

                      「りんごもつやつや♡」

                      動画のコメントでこの野菜洗いが突っ込まれまくてるけど、今でもピジョンやコンビなど赤ちゃん用品の会社から出てる哺乳瓶用洗剤にはなぜか各社野菜洗いもアピっているし、たぶん普通の食器洗剤にもひそかに用途野菜洗いって書いてると思う。でもじっさい野菜や果物、洗剤で洗ってる人いたらめっちゃ引く。

                       

                      寄生虫や農薬・・・見えない汚れを除去 昭和30年代の日本の衛生環境の改善に大きく貢献した台所用合成洗剤「ライポンF」(ライオン)

                      http://www.lion.co.jp/ja/life-love/history/konjaku/1645

                      第二次世界大戦での敗戦後、日本は欧米文化の影響を強く受け、食生活の面でも大きな変化が見られるようになりました。キャベツ、キュウリ、トマト、白菜などの消費が昭和30年頃から次第に伸び始め、更に生野菜として食べるようになりました。また食用油脂の消費量も大きく伸び、昭和30年の一人当たりの消費量を昭和10年時点と比較するとバターで2.2倍、マーガリンで25倍となり、戦後に広まった欧米文化が、食卓の風景をも変えていきました。しかし、一方で洗浄方法は依然として変わらず、食器はクレンザー・石鹸で、野菜は水洗いのみで済まされていたため、野菜に付着した寄生虫の卵をそのまま口にしてしまうことも多く、当時は寄生虫保有率約30%、死亡者数年間6千人強という深刻な衛生状況にありました。また、人口増加に伴う農作物量産のための農薬も大量に使用され、その農薬が十分除去されていないことも多く、残留農薬も大きな問題となっていました。このような状況を救ったのが、『ライポンF』でした。

                       

                      発売のきっかけは、昭和31年5月に、ある業界新聞で行われた「洗浄運動」をテーマとした座談会です。厚生省(現:厚生労働省)や全国紙の新聞記者、ライオン油脂などの洗剤メーカー、クリーニング業界らが出席していました。このとき「現在厚生省で頭を悩ませているのは回虫の問題である。」との発言があり、野菜に付着した虫卵を除去する話題になりました。その場において、合成洗剤で食器や野菜を洗えば寄生虫の卵がよく取れるといった研究をライオン油脂が行っているといった話があがりました。厚生省は、6月には国立衛生試験所で寄生虫卵除去試験・急性毒性試験を実施し、中性洗剤溶液の除去効果と安全性の確認を行いました。行政の素早い対応にライオン油脂も開発を急ぎ、座談会の席上での話題が、わずか3カ月で「ライポンF」の発売という形で現実になったのです。

                      ・・・

                       

                      ライポンFが生まれたきっかけとなった1956年の厚生省とは、ちょうどアメリカ小麦戦略まっただなかである。上の記事で昭和30年ごろから生野菜が多く食べられるようになったとあるように、キッチンカーの栄養指導か?オシャなサラダも食べられるようになってきた(たぶんマヨネーズのサラダで、ドレッシングはちょっと後だと思う)ようだが、昔そのことについて年配の人と話してて、戦前にも生のキャベツをソースかけて食べてた。と聞いたような気がするし、きゅうりなども戦前から食べてそうなので、化学肥料や野菜洗いがない時代にもいちおう生で食べることはあったと思われる。

                      というか、海外ではまだそんなもんなんじゃないだろうか。寄生虫がいなくなってからアレルギーが増えた説も聞いたことあるし、衛生的な野菜ばかり食べているからこそ日本人が海外逝くとお腹壊すのだろう。

                      しかしこの時代、大気汚染や水俣病といった各種公害はもちろん、油の料理、農薬、それを落とすための合成洗剤、土に帰らない石油由来のごみ・・・と、経済成長の陰で急速に環境が悪くなってときに人体をもむしばんだ。その後70年代から80年代にかけてはアメリカが民主的で科学的で豊かで素晴らしいって時代の反省から、日本消費者連盟のような消費者運動にくわえてインドとか玄米とか漢方とか母乳がいいとか言い出す奴もけっこう増え今やロハスに発展した。

                       

                      【日本の石けん運動の歴史】合成洗剤追放運動のそもそもの始まり(石鹸百科)

                      http://www.live-science.com/bekkan/toba/rekishi/rekishi01.html

                      1961年(昭和36年)春、東京都衛生研究所臨床試験部長・柳沢文正のもとに、一人の中年のご婦人が訪れました。このご婦人の為に柳沢先生は職を追われ、他人から見たら一生を棒に振ったような結果になります。色恋沙汰ではないことは始めにお断りしておきましょう。

                      一見して胃腸に障害があることを見抜いた先生は、薬剤より食生活が大切な事を話し、キャベツ(ビタミンU)のしぼり汁に胡麻油を少し加えて朝夕コップ1杯づつ飲むようにすすめました(胃潰瘍の方は試してみてください・筆者注)。数週間後再び訪れたこのご婦人を見て、先生はびっくりしました。前と違って顔色が黒くなりシミが増え、疲れた様子でした。「先生のお話の通り、朝夕キャベツのしぼり汁を飲み続け、お蔭様で胃腸の調子はすっかり良くなりましたが、疲れやすくなり顔や手足にシミが増えました。」と言うのです。不思議に思って良く聞くと、「野菜には寄生虫や農薬が多いと言うので、前の晩からキャベツをライポンFの溶液に浸けておき、翌朝それをミキサーにかけ胡麻油を入れて飲んでいました。」と言います。

                      「ライポンFとは一体なんですか?」と聞いたら、その人はすぐ近くの雑貨屋へ行ってライポンFを買って来ました。先生はこの時始めて合成洗剤を知ったのです。その容器には、厚生省実験証明(1)回虫卵が簡単に除去される。(2)毒性がなく衛生上無害である。と表示されていました。その上厚生省の外郭団体である日本食品衛生協会の推奨までつけてあります。

                      便利なものができたものだと思ってよく見ると、その成分はアルキルベンゼンスルホン酸ソーダ(ABS)と書いてある。科学者として何故こんなものが無害なのか、疑問を持ちました。早速白ネズミで実験をしてみたら、確実に毒性があることが分かったのです。さらに様々な実験をして、合成洗剤が決して無害でないことを突き止め、同時に実験を始めた令弟の柳沢文徳・東京医科歯科大学教授の実験結果を併せて1962年1月14日、お茶の水医学会に『DBS※に関する研究』と題し「石油系の合成洗剤は決して無害ではない。従って家庭での使用は充分注意しなければいけない。」と発表したのです。これが世界で始めての合成洗剤に対する宣戦布告でした。その後、柳沢文正先生がどんな迫害を受けたかは、次にゆずります。

                       

                      https://www.amazon.co.jp/dp/B000JAF7OU/

                       

                      合成洗剤と闘った柳沢文正先生「台所の恐怖」(1964)。例によって商品特定しまくったレトロで味わい深い表紙。

                      帯に「現在日本で市販されているハード型洗剤は、昭和39年10月1日から、西ドイツでは法律によりその使用・販売を禁止されました」とあるように、下水処理が困難という理由で柳沢先生と市民運動が告発したハード型洗剤=アルキルなんとかかんとか(ABS)は、日本でも70年代にはとっくに使われなくなっているとのことで安心しておくれ。しかしその代わりに使われるようになったソフト型洗剤(LAS)も、水槽に入れて石けんでは死ななかったお魚さんたち合成洗剤ではめっちゃ死んでるっていう実験に使われているのでやっぱり合成洗剤は水を汚染させ人のいのちと健康をむしばむ元凶(by日本消費者連盟)なのかもしれない。

                       

                      【懐かCM】1983年 花王 ワンダフル 〜Nostalgic CM of Japan〜(YouTube)

                      https://www.youtube.com/watch?v=wmhcS7SJVVw

                      ライポンやワンダフルは洗濯洗剤もあったようだ。昭和の洗剤デカッ(たぶんこの頃は一回で使う粉の量が多い)

                      昭和50年代ごろの洗剤は「無りん」「低りん」をアッピールしている。昔の洗剤に含まれていたリンが赤潮を引き起こしたとして問題になり、石けん運動もその頃から始まった模様。

                      しかし日本消費者連盟の本に「あぶない無リン洗剤」(1980)ってのがあるので、石けん運動家による、無りんだろうと洗剤は体に悪い=粉せっけんで洗いましょうという主張が、読んではないけど表紙からうかがえた。あと先日香害110番のニュースでそういえば昔の洗剤って消臭や除菌や香りなんてひとことも言ってなかったよな。と、歴代の洗剤のCMも見たけどやっぱりファブリーズやレノアが出てくる前はバイオの働きでわんぱく坊やの泥汚れを落としたり白さが際立つばかりで、柔軟剤もファーファーがフカフカのタオルにダイブしたり冬場にパチパチ君が出てるようなのしかなかった。

                       

                      https://www.amazon.co.jp/dp/B000J86L1U/

                       

                      [4]合成洗剤v.s.石けん論争の経緯

                      http://www.detergent.jp/oya/x004.html

                      日本国産の合成洗剤は1951年に登場しました。その後、1953年にワンダフル(花王石鹸)、1956年に台所用合成洗剤ライポンF(ライオン)が発売されました。ライポンFには厚生省から衛生面から使用を推奨する文章が提出されました。そして、1962〜63年に合成洗剤と石けんは使用量において逆転することとなりました。このように、日本で合成洗剤が登場したのは1950年代で急激に普及し、1960年代初めに石けんと主役の座を交代することとなりました。

                      ・・・

                      ちょうど同年、ライポンFを誤飲した男性が死亡するという事件があり、大きく報道されました。この事件は日本におけるその後の合成洗剤有害説に決定的な影響を及ぼしました。この事件は遺族からメーカーと国を訴える裁判に発展したのですが、動物実験や種々の海外の誤飲事例などから合成洗剤が死亡の原因とは考えがたい点、また原告側が当初訴えていた「当該容器に厚生省の無害表示があった」との証言への事実関係上の矛盾点が指摘されたことなどを受けて、結果的には合成洗剤が死亡の原因であるとは認められないとの判決が1967年に出され、控訴もされませんでした。しかし、判決が出されるまでの間に、「合成洗剤は人を殺傷する毒物であるから排除すべき」との強い論調の意見が消費者グループに浸透し、当初はABS使用は注意すべきとの論調でABS危険説を主張していた柳沢氏らも消費者グループの先頭に立って引くに引けないABS排除論を唱えるようになってしまいました。

                      ・・・

                      1970年代は環境関連では合成洗剤に含まれる「リン」をめぐって大論争が巻き起こりました。特に琵琶湖での市民運動は有名で、合成洗剤メーカーに対して大変な圧力を加える原動力となりました。結果的には、合成洗剤メーカーは合成洗剤の無リン化を目指すこととなり、1980年に無リン合成洗剤が登場し、現在では日本の合成洗剤の大部分(硬度の高い沖縄を除く)で洗剤は無リンが当然であるという、世界的にも珍しい環境配慮型の洗剤組成が定着しています。

                      ・・・

                      1986年には石けん推進運動の中心的拠点とされる琵琶湖地区において、石けん運動が風化したという報道があり、1994年には石けんの原料である油脂採取のために熱帯林破壊や農薬問題等につながっているとの情報で消費者グループがショックを受けたとの報道がありました。1997年に日本生活協同組合連合会から発行された「水環境と洗剤」では、環境影響の面で、特に合成洗剤が石けんに比べて劣るものでないとするデータが示されました。このように、従来から科学的に洗剤を見ていこうとする専門家グループ、またその情報を直接的に受ける科学的レベルの高い立場の消費者グループ等では、合成洗剤を敵視する方針の運動は弱くなってきたといえるでしょう。

                      一方で、1990年以降、石けん製造・販売企業がリードするゲリラ的な合成洗剤有害説が幅を利かせるようになってきました。その特徴は、せっかく築いてきた洗剤に関する「市民科学」を打ち壊すようなレベルの低いもので、石けんの純分が高いものが安全性や環境面で優れているといった根拠のない情報や、石けんの有害性はゼロであるとする情報等、今までの洗剤論争の意味は何だったのかと落胆させるばかりの内容です。

                      ・・・


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