乳酸菌祭

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    韓国のスーパーやコンビニで菓子買った。だいたいハニーバター味とヤクルト味とナッツばっかりでパッケージもみんな似てるのでどれがどれだかよく分からない。

    おそらく火つけ役と思われるセブンのヤクルトシリーズ。このヤクルトゼリー、ジュースのかわりに飲もうと思ったらこんにゃく畑より硬くて誤嚥による死をも覚悟した。

    一連のヤクルト味はヨーグルト名乗ってるが、ラムネみたいのだけは本家ヤクルトと関係あるのかもしれない。ひと粒がヤクルトひと瓶に相当する乳酸菌?

    乳酸菌といえば日本未発売のスタバのギリシャヨーグルトってのがあるらしく、入れ物のビンが人気なのだけどたださえチュロスやドーナツやアイスやと甘い物買い食いしてたばかりにけっきょく食べれなかった。私は紙やプラスチックのパックに入ったヨーグルトしか食べたことないので、一度でいいからガラスのビンで食べてみたい。

    オレオは日本で見たことないピーナッツバター味とレッドベルベット味を購入。ピーナツクリーム箱の絵では牛乳に放り込んださいのしぶきで隠してるけどじつは半分がチョコクリームでしょぼーん。

    それにしても例のチーズタッカルビ、新大久保発祥の料理ってことで新大久保の各飲食店では目玉にしてるけど祖国では特にやってないようだ。そのかわり新大久保はヤクルト菓子とナッツはあんまり売ってなく、チーズタッカルビの他にはホットドッグのウインナーの部分がのびるチーズになったハットク?ってやつが屋台界で定番のホットク人気に並びつつある。

    甘いもの食べた後は歯磨きってことで歯ブラシも購入。物心ついたときからラークっていうじじいのヤニ取り歯ブラシを愛用してたこともあり、最近日本ではあまり売ってない奥歯みがきにくそうなヘッドが大きくて硬い歯ブラシで力まかせにゴシゴシしてエナメル質ごと歯垢を除去する。


    イルカ好き

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      評価:
      ケン・キース・ジュニア,Y・モンキー
      佐川出版
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      (1984-01)

      「ライトスタッフ」の米作家トム・ウルフさん死去(5月16日 朝日新聞)

      https://www.asahi.com/articles/ASL5J2D49L5JUHBI009.html

       

      米作家のトム・ウルフが88歳で亡くなった。読んだことないけど、とりあえず表紙の絵とタイトルからしてこれ↓はメリー・プランクスターズっていうLSD野郎のバスの本なのではないだろうか。

       

      https://www.amazon.co.jp/Electric-Kool-Aid-Acid-Test/dp/031242759X

       

      さて先日イルカの記事を書いたさい、ミュージシャン細野晴臣と宗教人類学者の植島啓司がイルカについて語らう動画を目にした。この番組はたぶんイルカ大好き博士のジョンCリリーが来日した1992年であり、その翌年には80年代に人気博した坂本龍一のテクノグループYMOが再結成したそうである。

       

      対談21世紀 TRANQUILITY イルカ・人・コミュニケーション(1/2)

      https://www.youtube.com/watch?v=fLra7Q5evqE

       

      植島啓司って人は知らなかったけど動画見ててどっかで見たことある名前だなー。「メディア・セックス」の訳者だったような気がするなー。と思って検索したらやっぱりそうだった。10年くらい前だったか関暁夫(スティーブン・セキルバーグ)の著書でサブリミナル効果に関心を抱きこの本も買ったのだが、SEXが隠されている広告写真見ても、私には上からペンでSEXSEXSEXってかいてるだけにしか見えなかったし、なんかサブリミナルって概念自体がニューエイジ臭い。

       

      https://www.amazon.co.jp/dp/4845703726/

       

      YMO - Technodon in Tokyo Dome (1993.06.10,11)

      https://www.youtube.com/watch?v=lZpJ4-9QyCc

      てなわけで1993年にYMOが再結成したさいアルバム「テクノドン」を発表したとのことだ。少なくともYouTube上にミュージックビデオなどはないようだが、東京ドームのライブはたまに映像が加工されてたり、後ろの画面にミュージックビデオ的な物が大写しになったりしている。

       

      テクノドン(Wikipedia)

      https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%82%AF%E3%83%8E%E3%83%89%E3%83%B3

      曲解説

      ・・・

      DOLPHINICITY

      細野が当時傾倒していた、イルカの声をサンプリングした環境音楽。「BE GOOD BOYS」の声はイルカの調教師のもの。男性の声は神経生理学者でありイルカ研究家でもあるジョン・C・リリー博士がイルカに向かって語りかけている声である。

       

      「Hi-tech Hippies」で使われてる60年代風のアニメには初期のカラフルなアップル社のロゴやホールアースカタログのような地球の絵がえがかれているし、そのタイトルからしてもヒッピーとコンピューターのことを歌っているのはまちがいない。あとWikipedia曲解説によればビート作家ウィリアム・バロウズの音声を使った曲もあるそうで、サリン事件前だったとはいえなんでくしゅくしゅ時代にこんなサイケな音楽だったのかよくは分からないのだが、坂本龍一はこの再結成くらいの時期にLSDを世に広めたティモシー・リアリーとも会ったそうである。

       

      ティモシー・リアリーとの出会い(反骨の音楽家、坂本龍一が若者に伝える「大人の言うことを信じるな」「とにかく自分で考えろ」の意味)

      https://logmi.jp/231831#subhead1

      坂本龍一氏(以下、坂本) 僕は60年代に高校生で10代で、サイケデリックとか音楽とかヒッピーズとか、そういうものにもろに影響を受けた世代なので、まさかね、その頃は自分がティモシーに会うことになるとは想像もできなかったけども。

      超有名なカルトの教祖ですよね。という感じでとても大きな関心を持っていたので、90何年か、92年か93年ぐらいかな。L.A.で会った時に本当に驚きましたよ。

      友達に連れてってもらったら、いた。そしたら「お前日本人か。日本人だったらJoi Itoを知ってるか」と言うから「知らない」。「すごいおもしろい日本人がいて、若い子で、ヴァーチャルリアリティのテーマパークみたいなものを作ろうとしてるから絶対会えよ」っておじいちゃんに言われて。それで記憶にあったの。
      ・・・
      林 僕からすると、坂本さんもそうだしティモシーもそうなんだけど。同じ大きな第一世代というか、あのベトナム戦争反対という流れがヒッピームーブメントとカルチャーになって、そこから音楽とか、ああいう生き方のコンセプトみたいな。それがスティーブ・ジョブズに伝わって、というか受け継がれて。 そういう次の流れが、ティモシーみたいな人とかJoiもそうだけど第二世代というか、次の世代というか。

       

      景山民夫、鯨に逢いに行く。ライアル・ワトソン、坂本龍一、他。(YouTube)

      https://www.youtube.com/watch?v=hrPeRhvlDMk

      この動画1時間半もあるから後で見るけど、やっぱり坂本龍一もクジラ好きなのだろうか。ライアル・ワトソンもクジラ大好きにくわえ100匹目の猿とか言っててうさんくささに定評がある。

       

      百匹目の猿現象(Wikipedia)

      https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BE%E5%8C%B9%E7%9B%AE%E3%81%AE%E7%8C%BF%E7%8F%BE%E8%B1%A1

      百匹目の猿現象(ひゃっぴきめのさる げんしょう、英: Hundredth Monkey Effect)は、生物学の現象と称してライアル・ワトソンが創作した物語である。疑似科学又はオカルトに分類されている(疑似科学#自然科学に関するもの)。

      宮崎県串間市の幸島に棲息する猿の一頭がイモを洗って食べるようになり、同行動を取る猿の数が閾値(ワトソンは仮に100匹としている)を超えたときその行動が群れ全体に広がり、さらに場所を隔てた大分県高崎山の猿の群れでも突然この行動が見られるようになったというストーリーであった。このように「ある行動、考えなどが、ある一定数を超えると、これが接触のない同類の仲間にも伝播する」という、実際には存在しない現象を指す。

      経緯
      ライアル・ワトソンが1979年の著書『生命潮流』 で述べ、1981年に出版されたケン・キース・ジュニア(1921年-1995年)の著書『百番目のサル』によって世界中に広まった。これが日本では船井幸雄の『百匹目の猿―思いが世界を変える』で紹介され、人間にも同様の現象が存在するのではないかということでニューエイジ関係で有名になった。

      ・・・

       

      https://www.amazon.co.jp/dp/4584182582

       

      七田眞=胎内記憶。基本的に「脳」「意識」とかいう語彙群はサイケ文化の産物と思われる。

       

      昔のCM 181 1993年 劇場版 遠い海から来たCoo(番宣)

      https://www.youtube.com/watch?v=qY5tEEwyVdo

      景山民夫はどっちかというとニューエイジっていうより新興宗教で有名な人だった。1993年公開の恐竜映画で角川文庫だったせいか、アニメであるにもかかわらず安達祐実のREXとものすごいイメージかぶってる。

      やはり1993年公開だったジュラシックパークに比べると遠い海から来たCooとREXはちょっと痛いと思ってたし、じっさい宣伝のわりにそんなヒットしなかったのではないだろうか。でもWikipediaであらすじ読んだら、パゴパゴ島のトンベルア酋長の許可をもらい、日本から移住した海洋生物学者の小畑徹郎とその息子である洋助フランスの核実験計画をめぐる同国諜報機関の暗躍を知り銃をとり云々と書かれてて、もしかしたらジュラシックパークより深い話なのかもしれない。


      地球好き

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        「カッコーの巣の上で」著者ケン・キージー率いるバスのコミューン「メリー・プランクスターズ」。「ホールアースカタログ」編集者として著名なスチュアート・ブランドもこのLSD軍団のメンバーだったという。

        ホールアースカタログ読んだことないっていうか読んだところで日本語でおk。としかならないだろうが、とにかくヒッピーのあいだですごい有名な雑誌だった気がする。Wikipediaによれば、1968年に創刊され表紙にはブランドが1966年にNASAに地球見せやがれと運動を起こして公開さした写真が使われているとのことだ。

        それ読んで、1966年ってまだ月面着陸してないだろ。と思って確認したところ、やはり月面着陸はその3年後だった。てっきり私はアポロが月面から地球を映像だか写真だかにおさめ、みんなそれで初めて地球見、とくにベトナム戦争とかで疲弊してたアメリカの人々に「地球ってひとつなんだ〜」ってな感動与えたと思ってたけど、1966年時点で地球の写真あったってことはすべて私の作り話だったようだ。

        ホールアースに影響与えてるのがバックミンスター・フラーが1963年ぐらいに提唱した「宇宙船地球号」らしいのだが、Wikipediaで宇宙船地球号読んだら月面着陸前の1968年「アポロ計画で撮影された地球の写真は、観る者に、もはや地球は無限大の存在ではなく、保護の必要な華奢な存在という印象を与えるようになった」って書いてたのでアポロうんぬんの私の作り話あながち間違ってないと思った。今では環境問題とかエコロジーいうと9割がた地球の絵(たまにイルカ)が使われ、とくに10年ほど前の温暖化ゴリ押し時などはそういうイメージ氾濫してるのを見るたびニューエイジみたいな奴ねじこんでくんのやめやがれ。って思ってたし、番組の名前に使ったトヨタ一社提供「素敵な宇宙船地球号」もすごいロハスでEMだんごを川にほうりこむ様子とか放送されてた。

        ホールアースカタログにのってた「ステイハングリー、ステイフーリッシュ」って標語は、元ヒッピーでアップル創業者スティーブ・ジョブズがスピーチで引用してたので、ジョブズ氏亡くなったときさかんにとり上げられてたのを聞いたことあるかたも多いのではないだろうか。今検索して確認するとジョブズの死没2011年だそうで、このちょっと前iPhoneが爆発的に普及したため関心度も高かったのである。

        没後すぐ自伝か何か発売され、私もいちおうヒッピー時代の部分だけ読もうと買ったが、すごい分厚くて重い本で持ちたくないと思ってるうちにどっか逝った。とにかくアップルみたいな大企業にも影響与えたホールアースカタログ、1969年には「部族」がやってた諏訪瀬のコミューンもヒッピーの聖地として紹介されてるんだって。

        初期の宝島誌は大橋歩画伯の地球の絵もまんま中身も全都市「カタログ」である。宝島は今付録つきファッション雑誌のイメージが強いけど、ルーツはヒッピー雑誌だったのだろう。

        同じくポパイ誌も初期は米西海岸の文化を紹介する雑誌であり、同誌を発行するマガジンハウス社に見られるカタログ的な誌面も「ホールアースカタログ」の流れと思われる。ロハス雑誌「ソトコト」編集長ももともとマガジンハウス社員だったし、初期のポパイ・宝島両誌にかかわっている北山耕平の著作は冷えとり服部みれいにも影響を与えた。

         

        https://www.amazon.co.jp/dp/4778311981/


        すっぴん好き

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          執務室に響き渡る”水かけ姫”の怒鳴り声 韓国警察が捜査へ(4月16日 FNN)

          https://www.fnn.jp/posts/00297440HDK

          チョ専務の姉は、4年前、ナッツの出し方に激怒し、離陸直前の大韓航空機を引き返させた「ナッツ・リターン」事件を起こした、あの趙顕娥(チョ・ヒョナ)氏。
          ”ナッツ姫”と言われる姉に対し、妹は「水かけ姫」とも呼ばれている。
          さらに今回、その”水かけ姫”のものとされる音声を、韓国のネットメディア「オーマイニュース」が報じた。

           

          前に大韓航空の娘がピーナッツがどうのこうのと難癖つけて飛行機を引き換えさせた事件があったが、今度はその妹が部下にギャーギャーわめいたり水をかけたりしたパワハラで先月からブレイクしている。しかし音声を報道したのがオーマイニュースだったため、そんなのまだあったんかい。と、そっちのほうに驚いた。

          もしかして私が知らなかっただけで、朴槿恵が大統領時代末期にヌルプム体操とかで炎上し次の大統領文在寅に!って機運が盛り上がってたのもオーマイニュースがたきつけていた部分があったんだろうか。そういうムーブメント日本でやりたかったのがモリカケ問題とかいう奴だと思う。

          保守の大統領引きづりおろすのにデモが盛り上がったりする韓国の情勢を日本の左翼は裏山と思っており、盧武鉉の時代に編集長が鳥越俊太郎、副編集長が青木理で日本版のオーマイニュースも存在したけど瞬時に消えた。青木理ははしかの予防接種なんてアホくさみたいなこと態度をとったために今炎上しかかってるらしい。

           

          Red Velvet、金正恩氏との会話の内容を明かす(4月4日 デバク)

          http://daebak.tokyo/2018/04/04/red-velvet-on-conversation-wth-kim-jongun/

           

          東方神起MVが物議 世界地図から日本を削除、事務所は謝罪(4月4日 J-CASTニュース)

          https://www.j-cast.com/2018/04/04325329.html?p=all

           

          レッドベルベットが金正恩にお会いできたとか東方神起のミュージックビデオに使われてた世界地図から日本が消えてたニュースがあいつぎ、この事務所は日本で荒稼いでるのに北朝鮮と結託し日本を消そうとしてるんかい?と、NCT2018とかいうのも訳わからなかったので、次NCT127の日本デビュー曲が反日ビデオだったりウィンウィンのパートなかったら嫌韓に転向しようと心に誓ったけど、先日公開された「Chain」がおもいのほか素敵だった。K-POPの日本語バージョンはあらかじめ韓国で発表された曲に無理くり日本語をはめこんでいるので不自然だったり、日本オリジナル曲ならば歌詞はよくても韓国のとテイスト違いすぎにされていることがほとんどで、しかもNCTなのでどうせパッとしない曲なんだろう。と、発表前は何ら期待してなかった。

          確かに曲自体はそんなパッとはしてないけど、日本オリジナル曲でありながら日本人に媚びずK-POP調つらぬいてるし、わずかながらではあるがウィンウィンが歌っているパートもあって、かねてよりK-POPの日本進出に否定的な私も彼らを応援したくなった。しかしウィンウィンせっかくイケメンなのにハズキルーペみたいのかけてて顔がよくわからん。

           

          NCT 127 'Chain' MV(YouTube)

          https://www.youtube.com/watch?v=28XC2KRE-DE

           

          [TH Sub] ベンベン GOT7 徴兵検査のくじ引き : ข่าวการเกณฑ์ทหารของแบมแบม GOT7 จากสำนักข่าวญี่ปุ่น(YouTube)

          https://www.youtube.com/watch?v=oL8uWh37V64

          私は知らなかったけど、先月GOT7のタイ人メンバー・ベンベンの徴兵検査が日本(たぶんTBSだけ)で報じられていたらしい。GOT7はTWICEの男版みたいなグループである。

          ベンベンってこんなにイケメンだったのか?!てことに衝撃を受けて何回も見てしまう。GOT7のミュージックビデオとか全然見たことあるのだけど、素顔で黒髪は初めてかもしれない。

           

          บรรยากาศ "แบมแบม GOT7" รายงานตัวคัดเลือกทหาร เขตสายไหม 09042018(YouTube)

          https://www.youtube.com/watch?v=sxUkmGCCkfg

          1人だけ細すぎ顔小さすぎ首長すぎ脚長すぎ。しかしここにうつってる検査に来た男たちやファンの女たち、本当に20代なのか?て目を疑うほどみんな太い。

          肥満大国なのだろうか。K-POPのタイ人みんな細くてハーフみたいな綺麗な子ばっかりだし、オカマも美人なのでもちょっと美男美女の国と思ってたのだが。

          身体検査で裸になるとつめかけたファンがキャーとなり、なぜか検査員がポーズとってた。しかしK-POPアイドル男なのにイケメンかどうか分からないレベルまでケバすぎて本当ああいう韓国特有の髪とか化粧はまったく理解できん。


          LSD全盛期

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            評価:
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            ワーナー・ホーム・ビデオ
            ¥ 998
            (2010-04-21)

            今でこそヒッピーは大麻のイメージだけど禁止される前の60年代はLSDであり、本場アメリカ西海岸ではメリー・プランクスターズっていうLSD軍団のサイケなバスが走っていた。Wikipediaによると、このバスはLSDの先駆者ティモシー・リアリー博士とも合流したことがあるのだという。

             

            https://www.amazon.co.jp/Magic-Trip-DVD-Import/dp/B005HI4LLO

             

            メリー・プランクスターズ(Wikipedia)

            https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%BA

            メリー・プランクスターズ(Merry Pranksters)は、1960年代に活動したケン・キージー率いるアメリカ合衆国のサイケデリック集団。団体名は、「陽気ないたずら者たち」という意味である。

            キージーの自宅農場があるカリフォルニア州とオレゴン州を中心に活動した。

            ・・・

            概要

            LSDが合法だった1964年にカリフォルニア州ラ・ホンダ(英語版)を出発し、全米を虹色に塗ったバス(ファーザー)に乗って、アシッド・テストをして回った[1]。ティモシー・リアリーとも合流したことがある[2]。その後、1966年と1969年にも同様のツアーを行った(ただし後者にはキージーは参加していない)。

            ビートルズの映画『マジカル・ミステリー・ツアー』のモデルとなったと言われている[3]。

             

            ビートルズの映画マジカルミステリーツアー(1967年)のモデルになったとのことでYouTubeでダイジェスト的な動画見たところ、確かにサイケぽいしバスが走っている。ビートルズはとくにボーカルのジョン・レノンとギター担当のジョージ・ハリスンがヒッピー文化と密接だったと思われ、あとイマジンって歌だったかたまにロハスや憲法9条で引用されてたり、ジョン・レノンの妻オノ・ヨーコがキャンドルナイトにメッセージを寄せたりしてるのを見たことがある。

             

            Magical Mystery Tour (HQ Version)

            https://www.youtube.com/watch?v=jIDEZ_frJBs

             

            「ビートルズに影響を与え世界初のコンセプトアルバムを産み出したLSD」〜ビートルズとスピリチュアルな世界 その2〜(TRINITY)

            http://www.el-aura.com/beatles20160831/

            幻覚を見ることでなにを得られるの? と思うかもしれませんが、古来から「シャーマンが幻覚剤を使って異なる世界にアクセスしていた」ことからもわかるように、通常では気づかなかった領域の情報を受け取ることが可能になります。

            MacintoshやiPhoneの産みの親である「天才スティーブ・ジョブズ」も、LSDを使用したことがあり、その時の体験を「人生の中で最も重要な体験のひとつ」だとしています。それは幻覚をみたというよりも、「自分自身のセンスを強化し、別のものの見方を与えてくれたことに起因している」ようです。

            そんなLSDによって得たインスピレーションから生まれた名曲として知られているのが「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」。頭文字をとると「LSD」になることから、当時はラジオで放送禁止になったこともあります。しかしながら、タイトルに関しては偶然であり、ジョン・レノンの息子であるジュリアン・レノンが保育園で書いたルーシーという友達の絵が元になっているというのが定説です。

            タイトルの略称からこの曲が有名となっていますが、ジョン・レノンはLSDを「天の恵み」と表現したほどであり、他にも「レイン」や「アイ・アム・ザ・ウォルラス」などもLSDの影響が強いものとして知られています。

             

            ジョージ・ハリスン(Wikipedia)

            https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%B3

            ジョージは60年代後半にはヒッピー・ムーブメントやサイケデリックなドラッグの影響もあり、ヒンズー教にこるようになった。1960年代半ばまでに、ハリソンはインドの宗教を他のビートルズに紹介し、インド文化と神秘主義の賛美者になっていた。ヘルプの撮影中、ビートルズのメンバーはバハマで、スワミ・ビシュヌ・デバナンダ(シヴァナンダ・ヨガの創始者)の会合に出席。彼は本に署名した「ヨガの完全なイラストレーション・ブック」を渡した。1966年の最後のビートルズツアーのころには、ヒンズー教のヨガの伝統に沿って、ハリソンは1960年代後半に菜食主義者になった。インドへ、ビートルズのメンバーやドノヴァン、ジェーン・アッシャー、ミア・ファーロー、マイク・ラヴらと旅行に行ったこともある。1966年にラヴィ・シャンカールによって様々な宗教的なテキストが与えられた後、彼はスワミ・ヴィヴェカナンダとパラマハンサ・ヨーガナンダのヨガと、ライターの教えの生涯にわたる支持者として残った(ラジャ・ヨガとヨギの自叙伝による)。 1969年中頃、彼はLondon Radha Krishna寺院のメンバーによって実行された、"Hare Krishna Mantra"のシングル盤を制作した。「マイ・スウィート・ロード」の曲中でも、クリシュナという歌詞が出てくる。

             

            メリー・プランクターズのリーダーが「カッコーの巣の上で」の原作者であるケン・キージーで、バス運転手であるニール・キャサディはビートニクの作家であるジャック・ケルアックの代表作「路上」の登場人物のモデルにもなっているらしい。またメンバーの1人として「ホールアースカタログ」のスチュアート・ブランドの名前もあげられている。

             

            Magic Trip Trailer(YouTube)

            https://www.youtube.com/watch?v=57OaoZZ61oM

            「路上」「禅ヒッピー」などの著書があるビート文学の代表的な作家ジャック・ケルアック。

            バス運転手ニール・キャサディ。ケルアックの代表作「路上」(1957年)の登場人物はキャサディほかアレン・ギンズバーグやウィリアム・バロウズなどビートニクの作家がモデルになってる。ってWikipediaに書いてた。

            アレン・ギンズバーグは日本ホリスティック医学協会名誉顧問・上野圭一のコミューン映画「スワノセ・第四世界」に出てくるらしくヤマハのレジャー開発反対運動の署名もやってたというので、山尾三省やナナオサカキらへんの「部族」と交流があったのだろう。このへんの話は山田塊也の本読んだら全部書いてそうだ。

            メリー・プランクスターズのリーダーであるケン・キージーが著した1962年のベストセラー小説「カッコーの巣の上で」。


            麒麟

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              キリン「午後の紅茶」PRが“女性蔑視”と炎上! 広報「親しみ感じてもらう意図だった」と謝罪(5月1日 サイゾーウーマン)

              http://www.cyzowoman.com/2018/05/post_182883_1.html

               

              「モデル気取り」に「仕切りたがり」 キリンビバレッジ、“午後の紅茶”のPRツイートイラストが女性蔑視と炎上→削除・謝罪へ(5月1日 ねとらぼ)

              http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1805/01/news055.html

               

              キリンビバレッジ社「午後の紅茶」のPRとして公式のTwitterに投稿された「みなさんの周りにいそうな #午後ティー女子」って絵が女性蔑視として炎上したという。それまで炎上というと、うさんくさい奴やスマホ時代でネットに新参してきたお調子者が飲酒したり店の冷凍庫に入ったりするのを皆でよってたかってこらしめる感じだったのが、ここ数年ほどは広告やのぶみの歌とかが女性蔑視を理由に問題視されるって例が多くなってきた気がする。

              女たちが怒りにうちふるえてるいっぽうで、2ちゃんねるなどネットの反応とか見るかぎり、男たちの多くはこのふざけた絵が自分にあてはまってしまうからコケにされたようで怒ってる。そんな解釈なようだ。

              しかし私はぎゃくに、この絵が何1つ当てはまらなすぎて女たちの神経を逆なでしたのではないかと思えてならない。たとえば上の「モデル気取り自尊心高め女子」は、セリフを読んでもどこがモデル気取りなのかさっぱり分からない(たいして太ってないくせに太ってる自称する女、いや男も含めそんな奴いくらでもいるしその程度でモデル気取りとか大げさ)し、そもそもこんなシースルーバングでタンバルモリでピチピチのテニススカートで短めソックスというK-POPアイドル(下画像参照)みたいなブリブリの服装しといてニヒルな笑みを浮かべたり「可愛い子にあこがれるけどストイック故に可愛いよりカッコイイと言われがち」って解説がついてたりしてまったく意味不明なのである。

              「目立っているのを分かってるので服や髪にめちゃくちゃ気を使っている」とあるので、これがモデル気取りポイントなのだろうか。しかし絵を見ても、何をもってこのモデル気取り女子が「目立つ」のかよく分からない。

              「ヌーディなシャドウを使いがち」ってことは化粧も薄いんだから、目立ちようがないではないか?じゃあこんだけダメ出しして私にこういうのが書けるのかというと書けないけど、こんなオルチャンじゃなくアメリカ人気取りで前髪をかきあげコントアーとかカットクリースのすごい化粧してでっかい輪っかのピアスしてちち出してるようなニヒルな女の絵だったら少なくとも何を揶揄したいのかまだ意味わかると思った。

              というわけでこのイラストに抱く違和感としては、えがかれている服装とキャラ設定があまりにもチグハグすぎるという点につきる。上の「ともだち依存系女子」は、自分の意見がなくまわりの顔色をうかがってるような奴なのだから無難な服やモテの服とかよさそうなところ、なぜか午後ティー女子4人の中でもっとも個性派であり、作者自身までもが「家族からそんな服で行くの?と言われがち」と解説するほどなのである。

              上のモデル気取りとともだち依存系、あともういっこある「仕切りたがり空回り女子」(これはまだ現実にいそうなので省略)はじっさいのファッション雑誌、4人中2人が去年アパレルが流行らそうとしてたプリーツスカートなので今っぽ感を出すために去年の雑誌を参考にしてそうだ。ともかく男たちがぱっとみ午後ティー女子を「あるある」と錯覚してしまう原因として、若い娘さんはスイーツで自分を持ってないという偏見にくわえ絵がそこそこ写実的な点があげられる。

              しかしこのミルクティーをイメージした「ロリもどき自己愛沼女子」は他の午後ティー女子3人に比べ服が適当すぎるのと體が宙に浮いてるので作者が独自に考えた服装、とくに「動画チャンネルで研究したアイドル風前髪」とあることからNMBの吉田朱里あたりをイメージしたものではないだろうか。YouTubeの検索で吉田朱里スペースを押すと4番目くらいに前髪って出てきたし、いくつかある前髪動画の中で一番目に出てきた奴がツインテールのロリもどき自己愛沼女子だった。


              LSD人気に嫉妬

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                いしだ壱成の叔父である星川淳、Wikipediaで著書や訳した本のタイトル一覧見て、この本全部読んだらニューエイジ博士になれると思った。しかし山尾三省にしろあがた森魚の母(助産婦)にしろ、なんでヒッピーのあいだでは屋久島人気大爆発なのだろうか。

                 

                https://www.amazon.co.jp/dp/4944075758

                 

                星川淳といえばロハスブーム(をマスゴミが創出してた)2000年代後半にグリーンピースの事務局長をつとめていた。ちょうどその頃、グリーンピースがクジラ肉を盗んだり、ザ・コーブってくじらたん野蛮な日本人に虐殺されてるって映画が話題になったり、シーシェパードの妨害行為が大きく報じられるなど、なぜかクジラ問題が炎上気味だった。

                私はクジラ肉なじみないし炭水化物大好き野郎なので、クジラは日本の文化とかなんとか議論されてるのすごいどうでもいいしクジラたんかわいそうだからもう食べるのやめたれくらいにしか思ってなかった。ただクジラたんイルカたん賢くて大好きみたいなこと言う奴はたいていニューエイジなのである。

                 

                Catch Up! J.C.Lilly Talking(YouTube)

                https://www.youtube.com/watch?v=5UgJrKFOdss

                イルカたんかしこくて大好きの根拠はジョンCリリー博士だろう。

                タンクに浮くうんぬんの実験はアルタードステーツって映画にもなった。

                1994年クジライルカ会議って書いてるから93〜94年ごろか。日本の皆さんクジラ食べないでとかLSDとか、今日本で放送されたらゑ?ってなりそうだけど、くしゅくしゅソックス時代はサリン事件の前でまだこういうのゆるかったんだと思う。

                 

                鯨イルカ・イデオロギーを考える(検法 宗.献腑鵝Γ叩Ε螢蝓爾両豺隋 

                http://luna.pos.to/whale/jpn_miura_lily.html

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                そもそも先にも述べたように、第一期イルカ研究も後半になるとリリーはLSD使用にのめりこんでいく。 幻覚剤を使うこと自体、アメリカ60年代から70年代にかけてのカウンターカルチャーの中で、外部世界に向けられていた革命の対象を内部世界に転じるといった意味付けがなされていたわけだが、50年代から一部で始まっていたようである。22) リリーもイルカ研究に手を染める前、50年代半ばに人間の精神を研究していた時代にすでに同僚から研究目的で LSD使用を勧められており、その時は断ったようだが23)、時代の流れも彼の体質を後押ししたわけだ。 もともと彼は脳や心に関心があってイルカに近づいたという経緯があり、ドラッグ使用を肯定的に捉えやすい体質があったと言える。 64年、イルカ研究中にドラッグで心が自分の肉体から離脱した状態を体験し、その状態がイルカによってプログラムされたのではないかとリリーは考えた。 しばらくはイルカ研究とLSD使用を並行して続けたが、結局はイルカからは離れて、LSD体験によって人間の心を研究する方向に回帰していった、と見るべきだろう。
                リリーはスタンフォード大学の催眠研究所やメリーランドの精神医学研究センター、そしてエサレン研究所を知る。 エサレン研究所とは60年代に設立されたセラピーのための施設で、タオやチベット密教など東洋系宗教をも含むさまざまなサイコテクノロジーの実践の場となっていた。 オルダス・ハックスリーやベイトソンもここに出入りし、やがてリリー自身も密接な関係を持つようになり、一時期ここで講師も務めている。24)
                60年代末からのリリーは仏教や禅に詳しいアラン・ワッツや、ヒンズー教やヨガに詳しいリチャード・アルパートや、さらにチリに住むオスカー・イチャーゾを尋ねてそこのグノーシス主義研究所に出入りし、スーフィズムや仏教や禅について独特の教義を学んだりして、この方面に深入りしていく。 この時期のリリーも複数の著書を出しており、邦訳されているものもある。25) イルカ・イデオロギーを扱う本論の目的からはずれるので内容についてここで検討することはしないが、要するに幻覚剤を用いての神秘体験やその方面の研究所での仕事について書かれている。 今から見れば、70年代にもてはやされたニューエイジ、およびその中のニューサイエンス26)という枠の中でリリーは動いていたと言えるだろう。 この時期、彼はいくつもの恋を体験しては愛に関する考察をも極めようとする。 しかし終始LSDを手放さなかった事実は押さえておかねばならない。  

                ・・・

                 

                https://www.amazon.co.jp/dp/4892031410

                 

                文中に出てくるヒンズー教やヨガに詳しいリチャード・アルパートって人はインドでさずかったラム・ダス(神の下僕って意味らしい)の名で出してるビーヒアナウっていう本が有名である。訳者の1人である上野圭一は日本ホリスティック医学協会副会長なので帯津良一との共著もあるし、70年代には監督として「スワノセ・第四世界」っていうナナオサカキとかアレン・ギンズバーグが出てくるらしいコミューン映画作ってた。

                 

                https://www.amazon.co.jp/dp/427232036X/

                 

                上野圭一や三砂ちづるとの共著(対談)もあり、ロハス全盛期の中心人物だった辻信一もナナオサカキと親交があったり著書の中で山尾三省の詩とか引用してるらしいので、こうしたつながりを見る限り部族などの60年代古参ヒッピーと2000年代のロハスは明らかに連続性がある・・・っていうか、精神世界とかニューエイジって言われてたの同じ物だけどやっぱりチベットとかグルとかLSDにオウムのイメージつきまとってたからロハスって格好良い名前変えただけなんじゃないだろうか。地産地消ってのもマクロビオティックの身土不二だし、食育って言葉もマクロビ用語なので、ロハス全盛期の2000年代に広まった言葉は基本的に目新しい概念などではなくきっと昔からあったニューエイジなのである。

                 

                ナナオは歩く(世話人・辻信一のコラム)

                http://www.sloth.gr.jp/library/tsuji/020122nanao.html

                 

                https://www.amazon.co.jp/dp/B000J94BQG

                 

                ビートニクを代表する詩人ジャック・ケルアックの「禅ヒッピー」のモデルは、山尾三省やナナオサカキとともに諏訪瀬のコミューンにいたゲーリー・スナイダーとのことである。ジャック・ケルアックはアレン・ギンズバーグのオススメで鈴木大拙って人の本読んで禅に心奪われた。

                しかし禅とかポエムとかLSDって60年代の文化であって、現在ロハスのイメージとはそこまで結びつかない。こういう文化が出てくる背景には、アメリカのイケイケぷりやベトナム戦争がビートニクや若人のあいだで逝ってよしとなり、インドやチベットや禅といった東洋の精神世界に走らせたのだと適当に解釈した。

                 

                ティモシー・リアリー博士の生涯 2 3(YouTube)

                https://www.youtube.com/watch?v=2vdtSnzD8YE

                LSD界の大御所ティモシー・リアリー博士のドキュメンタリー動画を発見。

                前述のリチャード・アルパート博士(ラム・ダス)やアレン・ギンズバーグも出てくる。


                ひさぶりだぜ

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                  この世からギャルは滅亡したと見なし、しばらくはまったく女子高生の記事など書いてなかったけど、先日書店で休刊したはずのギャル雑誌「egg」を発見した。今どきの女性誌にはめずらしく縄で縛ってなかったので中をチラ見したところ、茶髪に目元を盛った化粧とルーズソックスで渋谷とかGALとか言ってて、震災前っていうかスマホが普及する前の日本にタイムスリップしたかのような錯覚を覚えた。

                   

                  https://www.amazon.co.jp/LOVEggg/dp/B07BQPXRYS

                   

                  なんで最近の雑誌縄で縛ってるかというと、多色アイシャドウパレットや財布など豪華付録が真ん中へんに差し込まれているためである。そのような付録めあてに買う女たちがほとんどできっと中身は読まれてないけど、概して若い女たちに人気爆発を志向するエイベックスの歌手や韓国アイドルを表紙にあてがい、内容もそのような歌手や韓国文化(食、化粧、旅行)の広告、またメインのファッションページにおいてはAKBみたいなのに在籍するアイドルをモデルにしその顔や名前を女たちにも知らしめるという機能を果たしているようだ。

                  そうした付録とアイドルとファストファッションとチーズタッカルビに毒された現代の女性誌事情を憂い、シースルー前髪やグラデリップなんかより昔ながらの粗暴でハレンチで歯並び悪い茶髪ギャルが可愛いんだよ!というルーズソックス派の心の叫びを具現化したのが今回のegg復活なのであろう。ただ付録でついてくるパックは確か韓国コスメであり、元KARAのハラちゃんがブスな男におびえる差別的なテレビコマーシャルで一瞬炎上しかけたことがある。

                   

                  ギャル雑誌eggとagehaがコラボ、新雑誌「LOVEggg」発刊(3月5日 Fashionsnap.com)

                  https://www.fashionsnap.com/article/2018-03-05/ageha-egg-loveggg/

                  ビューティー誌「ageha(アゲハ)」が、ギャル雑誌「egg(エッグ)」とコラボレーションし、4月17日発売号から誌名を「LOVEggg(ラブジー)」へ変更する。

                  「LOVEggg」は、「ageha」の"盛り"と"女らしさ"、「egg」の"GALの流行をキャッチする早さ"と"リアルなライブ感"を融合させた18〜24歳のGALに向けたファッション&ライフスタイル誌。"ギャル魂"というマインドやコンセプトはそのままに、「ソーシャル時代という新しい価値観の中で生きる女のコ達の"今"を応援する」という。

                  ・・・

                   

                  上の記事によると、もともとagehaって雑誌があり、それとeggがコラボしたって形のようで、agehaのgとeggのggで「LOVEggg」っていう名前になったようだ。なおウェブ版のeggも今年にはいってできているが、そっちは女子高生とオリジナルのロゴを使ってるのに対し、雑誌のeggの対象年齢が18〜24歳といわゆるお姉ギャルであることから両者は無関係な気がする。

                   

                  egg公式サイト

                  https://eggegg.jp/

                  合成だけど109をバックに渋谷のスクランブル交差点でイケイケな感じの女子高生共。スカートのロング化と靴下のショート・くしゅくしゅ化が顕著な現代において、ミニスカートにルーズソックスもしくはハイソックスもしくはルーズソックスの中にハイソックスの二刀流で2010年ごろのギャルスタイルを踏襲する。

                  雑誌のeggとウェブのeggがあるのもまぎらわしいけど、調べてみると「LOVEggg」の前身となった「ageha」誌も「小悪魔ageha」誌とはまた別の雑誌であり、小悪魔agehaがトランスメディア社、agehaがメディアボーイ社、そのお姉さん格(アラサー?)である「姉ageha」が主婦の友社と、agehaだけで三種類あって出版社もバラバラだった。もともとeggとは別にハピーナッツっていうギャル雑誌が存在し、そのキャバ嬢バージョンとして増刊したのが小悪魔agehaなので、もはやその歴史は政党の分裂や合流ばりに訳わかめである。

                   

                  ギャル雑誌『小悪魔ageha』ライセンス問題で分裂か 読者やモデルも困惑「なんで2つあんの?」(2017年11月28日 ねとらぼ)

                  http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1711/28/news110.html

                   

                  Wikipediaで小悪魔agehaはファッションだけでなく、モデルが虐待やトラウマなど心の闇を披露することがある点が特異だと指摘されている。確かにいわれてみるとキャバ嬢てのも援助交際同様、それまでの水商売や売春とは異なるルーズソックス世代特有のトラウマ文化な気がしてきた。

                   

                  https://www.amazon.co.jp/dp/B079V9929Y/

                   

                  このbisって見慣れない雑誌が視界に入ってきて、そういえば昔JJの妹(女子高生)版にbisって雑誌があったな。と思い出したのだが、出版社もJJの光文社だった。しかし中身はまったく別物である。

                  今バージョンのbisは玉城ティナや八木アリサなどviviで見かけるモデルやAKB的なアイドル、しばちゃんや堀北真希の妹といった今どきサロンモデルが紙面に登場していた。服はガーリーで個人的にあんまりよく分からないテイストなのだけど、ラルムって雑誌に似てる印象で、じっさいラルムの編集長だった人が昨年bisを復刊させたそうである。

                  オリジナルバージョンのbisは、JJ読んでた流れでたまに読んでいた。表紙を飾っていたのは長谷川潤などのモデルで、そういったモデルの出ているファッションページもあったし、くわえてすでにテレビよく出ていたホリプロの浜口順子がモデルとして在籍するなど、その後木下優樹菜やAKBなどに見られる、テレビタレントから雑誌モデルってパターンのはしりだったのだが、あくまでメインはJAMなど神戸の読者モデルだった。

                  この拾いの表紙画像が一番JJbisぽいと思う。何かもっと頭金髪で盛り盛りなイメージあったけどそうでもなかった。

                  いちおう表紙に出てる人は関西の金持ち女子大生なのであるが、このドレス姿と髪型、化粧は当時のキャバ嬢に近い。Wikipediaによると小悪魔agehaの創刊は2005年となっており、それまでキャバ嬢は厚化粧や髪を巻くにあたってJJやJJbisの読者モデルを参照にしていたのではないだろうか。

                  そのせいかどうなのかJJbisはageha創刊の翌年に休刊するのであるが、今bisを復刊させた編集長はもともとagehaの編集者だったという。てことはbisは今でこそ少女趣味でロマンチックな感じにしておるけど、じつはイケイケのキャバ嬢DNAが流れている。

                   

                  https://www.amazon.co.jp/dp/B07BSXQMB1/

                   

                  この浜崎あゆみの表紙、現代なのに本人はもちろん背景や小物さえもガラケー感(スマホ普及前の雰囲気)が漂っていてすでに懐かしい。上の新生eggもじゅうぶん古めかしいけど、さすがにeggやagehaでも前髪73分け、頭頂部もっこり、ベージュ口紅はないんじゃないだろうか。

                   

                  https://www.amazon.co.jp/dp/B07B658B8D/

                   

                  この雑誌「アーユルヴェーダーの毒出しレシピ」が気になってチラ見したけど、中見たら昔の牛乳の共同購入の記事があり例によってパスチャライズとかノンホモとか書いてたので、昭和の生協だ。と思ってそっちを読んだ。毒出しレシピは服部みれいとの共著もある蓮村誠の奥さんによるものらしい。


                  おさな妻

                  0
                    評価:
                    喜納昌吉&チャンプルーズ,チャンプルーズ,喜納昌吉
                    徳間ジャパンコミュニケーションズ
                    ¥ 1,330
                    (1994-06-25)

                    飯村貴子、セクシービデオが嫌いな恋人・いしだ壱成は「私で十分と言っています」(2月3日 スポーツ報知)

                    http://www.hochi.co.jp/entertainment/20180203-OHT1T50077.html

                     

                    つい先日コミューン俳優のいしだ壱成が以前より交際していた24歳年下の女性と再再婚したとのことである。いしだ氏がここ何年か複雑な家族関係を売りにしており、父親の石田純一とバラエティ番組に出演しているのは知っていたが、ちゃんと見たことないので今どんな感じの顔なんだろうと画像検索したところ薄毛とK-POPアイドルばりの白塗りにびびった。

                    相手女性との結婚と妊娠を発表したのもAGAスキンクリニック広報室発毛大使就任記者発表会だったとのことで、今後は複雑な家族関係にくわえて薄毛も売りにしていくのだろう。奥さんはまだ19歳なだけあって可愛い感じの人で、ラマーズ法や畳の部屋でかどうかはわからないけどとりあえず元気な赤ちゃん生みそうな感じがした。

                    現代の若人からすると、このくたびれた爺いったい何なんだい?って思ってるかもしれないが、何度かこのブログでも言及したように四半世紀ほど前、デビュー当時のいしだ氏は新しい時代を感じさせられたものである。それまで格好良いとされていた吉田栄作や加勢大周のようなハンサムな奴らとは明らかに異質の存在で、ぼくたちのドラマシリーズで初めてその姿を見たときは衝撃を受けたし、ほどなくして俳優やファッソンリーダーとして売れっ子となった。

                    そのため石田純一の息子と認識されていたけど家族関係をオープンにすることもなかったし、むしろいしだ壱成が第一線なのに親父は俳優業よりワイドショーでばかり騒がれてちょっと格が落ちるくらいに思われていたはずだ。それがいろいろあって石田純一が東尾理子と結婚、また異母妹であるハワイ育ちのすみれがデビューして石田家に注目が集まった2010年代以降、親父に振り回されつつも同じ道を歩む息子って役まわりに活路を見出してる。

                    まずいしだ壱成は2001年にLSDと大麻で逮捕された。ここからが第一線俳優から現在の地位にいたる序章なのだが、芸能人に大人気の覚せい剤ではなくLSDと大麻ってセレクトがコミューンである。

                    しかし芸能界で薬物なんてあいさつがわりぐらいなもんだろうし、常連だった野島ドラマがヒットしなくなってたとはいえいしだ氏クラスなら普通に復帰もできたと思うのだが、何かその後決定的な不祥事あったような。とWikipediaを確認したところ、2009年川合千春と一緒に住んでたのに他の女性を妊娠させてしかも連絡をシカトしたので女性が自殺未遂と堕胎、川合に振られ事務所からも解雇されってなことがあったと書いてた。川合千春は小松千春とよく混同してしまったものの、くしゅくしゅソックス時代に売れっ子だったモデルさんで当時流行の口裂けメイクが似合いそうなおしゃ顔だった。

                    そういえばいしだ壱成は坂井真紀やとよた真帆などどっちかというと同世代か年上の女優と浮名を流していたはずで、43歳の今アラフィフ熟女行くかと思いきや今回は19歳ってとこが納得いかん。で川合千春との破局とプライベート安売りのあいだに一瞬だけコミューン育ちや反原発を売りにしてた時もあった。

                     

                    https://www.amazon.co.jp/dp/4905042399

                     

                    今だからみんなで考えたいこと。(2011年3月4日 Arrivals)

                    https://ameblo.jp/isseiishida/entry-10819818986.html

                    ・・・

                    たしか自分が11歳ぐらいの頃だった、二歳のとき両親が離婚したあと、母子家庭で当時は母と母の恋人と山のなかで三人で暮らしていた。

                    旧ソ連(現在のウクライナ)のチェルノブイリ原発が大爆発を起こしたわりとすぐ後、だったと記憶している。

                    当時通っていた、山梨県長坂町(現在の山梨県北杜市)の小泉小学校の校舎の窓からクラスメイトたちと曇る空を見上げながら『きっと死の灰が降ってくる』と不安を囁きあったものだ。

                    そしてその事故の同年か翌年に、四国の最西端に建つ伊方原子力発電所で、とある実験があった。

                    出力調整実験、という実験だった。

                    ・・・

                    それを技術がそこまでしっかりと追いついていないのに、そんな実験をするなんて、とさすがに小学生の僕でもとんでもないことだと感じた。というか、単純に恐怖だった。

                    そして、まさに、その出力調整中に、あのチェルノブイリは爆発したのだ。

                    母親からその話しを聞いたときは、ぞっとした。

                    それを、日本でやるという。

                    ついこないだチェルノブイリが同じ実験をしていて大爆発をしたというのに、やるという。

                    母たちは全国から仲間たちを募って、その実験を止めてもらう様、即刻四国電力に行くと荷支度を始めていた。自分も行く、と言った。そう言ったか、勝手に車に乗ったかよく覚えていないが、とにかくそのまま車で八ヶ岳から四国へ出発した。

                    学校は、休んだ。

                    全国から四国は高松にある四国電力本社前へ実験中止を訴えようと、数えきれない人たちが座り込みに集まっていた。

                    ・・・

                    そして、実験当日の実験開始時刻まであと一時間ほど。

                    現場がやはり、荒れ始めた。

                    声を荒げる人が増えはじめた。

                    自分の親たちも、慌しく荒々しく声を上げはじめた。

                    伊方が爆発する。

                    お願いだ、やめてくれ。

                    それが、やめろ、に変わり、恐怖と興奮と怒りとが入り混じった不穏な空気があたりを包みはじめた。一触即発の空気。

                    無論警察が介入、そしてなぜか機動隊が群をなして押し寄せて来た。

                    当たり前だが、生まれて初めてそのときに機動隊を生で見た。

                    人数は正確には覚えていないがこちら側の約200名から見ると多勢に無勢なのは明らかだった。

                    ・・・

                    やはり、武力による衝突が始まったのだ。

                    急いで起き上がるが、身体の小さい僕は圧倒的に非力だった。

                    あたりはカオス状態だった。

                    今度は機動隊員の膝蹴りを喰らった。

                    また冷たいアスファルトの地面に顔面から叩きつけられた。

                    ラジ!!と聴いたことのある声が聞こえた。ラジというのは、僕の洗礼名で、親たちにはこう呼ばれる方が多い。

                    顔を上げると、子供になんてことするんだ!!と僕を助けようと手を伸ばして叫んでいる西荻窪で無農薬野菜の八百屋を営む親(一括してそう呼びたいと思う、僕には沢山の親がいると思っている)がいた。一瞬だが、知った顔を見つけて安心した。

                    その矢先、機動隊の警棒が彼に叩きつけられ、彼は苦痛に顔を歪めてその場に倒れ込んだ。

                    あんなに優しい笑顔しか見たことのなかった人間が見知らぬ人間に殴られて、苦痛に顔を歪めている。

                    ・・・

                    そして、実験開始時刻。

                    突然、騒乱は収まった。

                    収まったというか、親たちが動きを止めて皆、一斉に地面に伏せたのだ。

                    無言の祈り。無音の時間。

                    そして実験は成功し、爆発は起こらなかった。

                    これが、僕が原発、というものに本格的に興味を持ったきっかけだ。

                    ・・・

                    読んで下さって、ありがとう。
                    愛ある日々を!!


                    No Nukes One Love.

                     

                    薪割りをしながら‥。(2007年6月2日 Arrivals)

                    https://ameblo.jp/isseiishida/entry-10035478240.html

                    ・・・

                    ん、あ、僕生まれたのは東京の世田谷区なのですが、育ったのは屋久島という島の山の奥深くなんです。っていうかジャングルのなか。
                    小学校の2年生くらいまでは東京にいて、いわゆる典型的な鍵っ子だったのですが、その後はずっと島っ子。母の『東京離れたいな〜』という突発的な(? 笑)衝動に『いいねー!』と乗っかるカタチで、作家をしている叔父、星川淳、といいます、の家族が住む屋久島に母と移住したのは小学3年に上がろうかという頃。
                    僕らが住む事になったのは、電気もガスも水道もない山のなかにぽつんと佇む木造の小さな小屋。
                    ・・・
                    とはいえ、それまで都会の生活を享受していた子供にとって、島での生活はカルチャーショックの連続。
                    先ほども書きましたが、まず電気が無い。夜なんかはいわゆるランプと蝋燭の生活です。あれほど、夜って怖いんだぁ、って思ったことはなかったです。森の木々がざわざわ揺れて、時にゴォッて音をたてて‥雨がざざぁって横殴りに小屋を揺らして‥。
                    当然、TVやらもある訳が無い。
                    やー、そうなったら読書です読書。あ、僕はもっぱら東京から持って行った漫画ばかりでしたケド(笑)
                    無論、ステレオなんぞもありませんから、音楽が聴きたくなったら夜な夜な集まって来る陽気な大人たちがお酒を酌み交わしながらアコースティックギターやパーカッションで奏でるメロディやリズム、それぞれの思いおもいの人生の唄を聴かせてもらう訳です。それも僕は何だか暖かくていいな、と思いました。だって自分たちで音を鳴らすしか無いんだもん。だけど、どこか心暖まる優しい風景。
                    ・・・

                     

                    てっきり東日本大震災に便乗して原発とかコミューン言い出したくらいに思ってたけど、今確認すると原発のことを長々語ってたブログ記事が地震の一週間前というすごいタイミングだったし、2007年時点でコミューンの話もしてた。記事読んで、そうそう福島の事故が起こるまで祝島とかめっちゃ言ってたし映画もあったなー。と記憶がよみがえったし、多島美とかいって瀬戸内の自然に脚光が当たり出したのも上関原発反対運動が関係していると当時ひそかに思ってた。

                     

                    上関原子力発電所(Wikipedia)

                    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E9%96%A2%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E7%99%BA%E9%9B%BB%E6%89%80

                    推進運動と反対運動
                    上関原子力発電所の計画に当たっては、賛成派・反対派で町内を二分するほどの激しい対立が続いている。2005年から2009年にかけて、中国電力は建設予定地での詳細調査を行い、2010年には予定地内の埋め立て工事に着手しているが、いずれの機会も反対派の町民や祝島漁民、「虹のカヤック隊」と称するシーカヤックに乗った活動家グループによる作業の実力阻止が試みられている。このこともあって、事業主体の中国電力では計画が浮上してから着工許可を国に上程するまで複数回の延期を繰り返している。

                     

                    祝島って震災以降とんと聞かなくなったので原発の計画も棚上げになったと思ってたけど、今Wikipedia↑読んだら2016年以降はまた工事着手への準備が進んでいるって書いててびっくりした。虹のカヤック隊ってネーミングはたぶんネイティブアメリカンの虹の戦士からとってると思う。(カヤックももとは先住民の船)

                    いしだ氏が参加したという四国電力の座り込みは、チェルノブイリ後に反原発運動がけっこう盛り上がってる時期だった。YouTubeで動画を見るとバブル期なのにヒッピー大集合してて、喜納昌吉やチェルノブイリ時にブレイクした広瀬隆も登場していた野草社「80年代」誌におけるコミューン主義との連続性を感じさせる。
                     

                    喜納昌吉 原発サラバ記念日&命の祭り 1988年(YouTube)

                    https://www.youtube.com/watch?v=7abXqj7YQr4

                     

                    洗礼名のラジという名で呼ばれ〜というくだりはおそらくキリストの教会でやる洗礼ではなく、ラジってくらいだからラジニーシってインド人からもらったサニヤスネームだと思う。でもWikipediaによるといしだ氏の叔父でラジニーシの訳者でもある星川淳のサニヤスネームがスワミ・プレム・プラブッダで、喜納昌吉がスワミ・プレム・ウパニシャッドとあり、それに比べるとラジって短すぎるので違う気もした。

                    西荻窪で有機野菜の八百屋を営む親(のような存在)ってのは、ほびっと村の長本兄弟商会と思われる。この八百屋にかんする本が1982年に出ているが、表紙の絵は山田真の本とかでよく見る柳生弦一郎画伯だろうか。

                    背景にはほんやら洞を示す看板もえがかれている。長本兄弟商会とはいうけど兄弟でやってるわけではないらしい。

                     

                    https://www.amazon.co.jp/dp/4794919735


                    流浪の民

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                      (2016-09-16)

                      ヤマギシ会はまだやっていた --- 島田 裕巳(2013年2月17日 アゴラ)

                      http://agora-web.jp/archives/1519621.html

                      ふと、ヤマギシ会はどうなっているのだろうかと気になった。ヤマギシ会は、日本で最大のコミューン、共同体であり、理想社会の実現をその組織の目的としてきた。創立は1953年のことで、ちょうど今年で60年になる。

                      私は、大学時代にヤマギシ会に関心をもち、宗教学のゼミでの調査をきっかけに、近づき、その運動に共鳴して、メンバーになったことがあった。今から40年近く前のことである。ヤマギシ会の共同体で生活していた期間は7カ月と短かったものの、その後も、ヤマギシ会を出てきた人間たちが中心になった、共同体つくりの運動に参加し、そのあいだはヤマギシ会ともかかわりをもった。


                      当時のヤマギシ会には、学生運動に参加した経験をもつ若い人間が多かった。ヤマギシ会は、1959年に「ヤマギシ会事件」を起こし、世間の注目を集めたが、それによって危険な団体とも見なされ、一時、運動は停滞した。ところが、学生運動崩れが多数参加することで、60年代の終わりから70年代のはじめにかけて、ユニークな運動体として注目を集めたのだった。

                      ・・・

                      私が抜けた後、ヤマギシ会は、農業産業の方向へ大きく舵を切った。若いメンバーは、朝から晩まで熱心に働くようになる。そして、都会の主婦層から、ヤマギシ会の農場で生産される卵や鶏肉が自然で安全な食品ということで需要が生まれ、共同体の規模は拡大していった。

                      ・・・

                      ところが、急激な拡大はひずみも生む。ヤマギシ会の共同体のなかで、子どもに対する体罰が行われているなどとして日弁連などによる調査が行われ、その事実が明らかになることで、ヤマギシ会は社会から激しいバッシングを受けることとなった。それは、オウム真理教の地下鉄サリン事件が起こってから、それほど経っていない段階でのことで、ヤマギシ会はオウム真理教と同様に危険なカルトであると見なされたことも大きかった。

                      ・・・

                       

                      おそらく1970年代の現象と思うのだが、雑誌「80年代」の執筆陣だった新島淳良、野本三吉、島田裕巳、野草社創設者の石垣雅設、また水俣病にとりくんでいた宇井純など、ヤマギシズムやってた人がけっこう多い。「コミューン」とかいう他人どうしの共同生活が一瞬脚光をあびたものと思われるが、私がJCぐらいの時分にはすでにヤマギシ危ない連中ってのが一般的なイメージだったことから、産婆やマクロビと違い左翼が発掘したけど人気定着しなかったパターンと思われる。

                      たぶんヤマギシの主力商品って卵とか牛乳だし公式サイトを見たら「ほんもの」を売りにしてたので、三一新書が食品公害を告発していたような時代にはオバタリアンから支持され生協みたいな存在価値もあったのかもしれない。ただ牛乳の殺菌が80℃と120℃なのであまり低温ではないようだ。

                       

                      東海アマブログ

                      http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-22.html

                      日本では、資本主義的競争価値観が孤立化家族を産み出したことはあっても、それに逆行する大家族共同体を結成し、その良さをアピールする民衆運動は極めて少なかった。
                      冒頭に述べた『新しき村』をはじめ、資本主義の弊害が目立ち始めた時代にアンチテーゼとして登場した大正デモクラシーや幸徳秋水・大杉栄らによる社会主義・アナキズム思想運動から、いくつかの試行錯誤が行われたにとどまる。
                      また、1960年代に、小規模ながら、ヒッピー運動から派生した「部族共同体運動」(榊七夫らによる)が長野県富士見町などで営まれたこともあった。
                      これらは、ただ一つの例外を除いて、ほとんど有力な勢力となりえなかった。

                      その「ただ一つの例外」こそ『ヤマギシ会』であった。
                      ヤマギシズムは、ちょうどイスラエルの入植者共同体「キブツ」が登場するのと時を同じくして1953年に登場し、この両者だけが、現在、数万人を超える参画者を有し、経済的に優位な自立的地位を獲得し、世界的に共同体として成功を収めている稀少な例である。(キブツは、現在では「工業共同体」に転化している)
                      すでにブログでも何度も取り上げているが、筆者は、ヤマギシ会の本拠地である伊賀市が近いこともあり、これまで大きな関わりをもって見守ってきた。

                      ・・・

                      ヤマギシズムは、当初、思想運動の側面が色濃く、分けても、1956年から伊賀市柘植の春日山実顕地で行われた「特別講習研鑽会」によって、明確に「私有財産を拒否する農業共同体」、当時で言う「コミューン」思想を主軸に据えていた。
                      1959年に「世界急進Z革命団山岸会」と改名し、非合法な監禁に近い洗脳工作を行ったとされ、マスコミなどから大規模なバッシングを受けることになった。
                      この事件以降、「アカの過激派団体」と見なされることが多くなり、ヤマギシズムは一時的な停滞に陥った。
                      筆者も、ヤマギシズムを初めて知ったのは1969年だったが、1974年に、この「特講」に参加している。
                      このとき、ヤマギシズムの代表を勤め、特講の最高幹事だったのが新島淳良であり、奇しくも、彼は筆者が毛沢東思想に傾斜していた時代の教師ともいえる存在であった。

                      実は、1960年代後半から燃え上がった「学園闘争・全共闘運動」のなかで、最期に赤軍派などの大量殺人が摘発され、一気に意欲消沈、運動が崩壊してゆくなかで、主役であった戦闘的な若者たちの多くが、こうしたコミューン運動に幻想を抱き、ヤマギシズムに共鳴して、参画していったのである。
                      思想的オピニオンリーダーの一人であり、日本を代表する中国革命思想研究者だった新島淳良は、早稲田大学教授の地位をなげうって、全財産をヤマギシ会に提供し、一家で参画したのだった。(本人は死去したが妻や子供たちは、まだ参画している)
                      当時、筆者も「ベ平連運動」に共鳴していた一人だが、ベトナム戦争での無意味な人殺しを拒否した在日米軍脱走兵などがヤマギシ会に匿われていたと記録されている。筆者自身は立川のローカル活動家であって、鶴見俊輔らと直接の交際はなかった。

                      ・・・

                       

                      上記引用にある榊七夫とは詩人のナナオサカキで、山尾三省が購入した長野県富士見町の山地に「雷赤鴉族(かみなりあかがらすぞく)」というコミューンを作っていた。同じ部族共同体運動でも国分寺や長野やトカラ列島などやたら拠点が分散していてよく分からないのだが、そういえばだいぶ前にNHKアーカイブス的な再放送で山尾三省が出演している古いドキュメンタリーを見かけたことがあり、そのときの山尾氏は与論島に住んでいたように記憶している。

                       

                      https://www.amazon.co.jp/dp/478770382X/

                       

                      https://www.amazon.co.jp/dp/4804760822/

                       

                      屋久島にも住んでいたのか?高樹沙耶はじめ今でもヒッピーって都会から入植してきて自然ゆたかな山の中や南の島で共同生活したり大麻やったりしてるけど、「部族」はそのパターンの先駆けだろう。

                       

                      https://www.amazon.co.jp/dp/B000J8GC8M

                       

                      にっぽんコミューンて本は1979年に出ており、ほびっと村やヤマギシのほかに奄美大島の無我利道場なんかもとりあげられているらしい。その無我利道場や前述の「部族」に詳しい動画がYouTubeにあった。

                       

                      アイ・アム・ヒッピー―日本のヒッピー・ムーヴメント’60(YouTube)

                      https://www.youtube.com/watch?v=iZVyM7lDdro

                      無我利道場の故・山田塊也を追った毎日放送のドキュメンタリー。山田氏による同じタイトルの本が1990年に第三書館(マリファナや辻元清美の著書を多く出してた会社)から出ているので、近い時期の番組と思われる。

                      スワノセってことはこれが「部族」の「バンヤン・アシュラマ」ってコミューンなのだろうか。検索したとこによると、1967年にはすでにナナオサカキなどが入植しLSDとかやっていたようだ。

                      70年代には国分寺を拠点にヤマハによる諏訪之瀬島観光開発計画の反対運動としてフリーコンサートを開催しており、そうしたコンサートの常連だったロックバンド「裸のラリーズ」は結成当初よど号メンバーの若林盛亮が在籍していた。若林氏も山田塊也と親交があったという。

                      しかしこの記録映画なんなんだろう。と思って検索してみたところ、1976年制作、監督が上野圭一、音楽が喜多嶋修、キャストはナナオサカキとアレン・ギンズバーグとのことである。アレン・ギンズバーグは村上春樹も訳したとかいうビートニクの詩人、喜多嶋修は喜多嶋舞の父親でDNA鑑定のときに光GENJIのことディスってた。

                       

                      アレン・ギンズバーグ(Wikipedia)

                      https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AE%E3%83%B3%E3%82%BA%E3%83%90%E3%83%BC%E3%82%B0

                      アーウィン・アレン・ギンズバーグ(Irwin Allen Ginsberg, 1926年6月3日 - 1997年4月5日)は、アメリカの詩人。ジャック・ケルアックとともにビート文学の代表者のひとり。

                      https://www.amazon.co.jp/dp/4309462987/

                       

                      今アレン・ギンズバーグを引用して、あれ?この人ってゲーリー・スナイダーって詩人とは別人なのか。と気づき、Wikipediaを確認したところ、ゲーリー・スナイダーのほうは山尾三省やナナオサカキとともに諏訪瀬のコミューンに住んでたらしい。ゲーリー・スナイダーには山尾三省との共著やナナオサカキ、片桐ユズルによる訳書がある。

                       

                      ゲーリー・スナイダー(Wikipedia)

                      https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%83%80%E3%83%BC

                      ゲーリー・スナイダー(Gary Snyder、1930年5月8日 - )は、アメリカ合衆国の詩人、自然保護活動家。20世紀のアメリカを代表する自然詩人。カリフォルニア州サンフランシスコ生まれ。

                      代表作の詩集『亀の島』ではピューリッツアー賞を、『終わりなき山河』ではボリンゲン賞を受賞。アレン・ギンスバーグやジャック・ケルアックなどとの交友関係は有名で、(しかし本人は、自身をビートと結び付けたがっていない)1950年代前半には「ビート・ジェネレーション」の詩人として活躍した。

                      1956年から1968年までの期間の大半は京都に滞在し、相国寺や大徳寺で臨済禅を学んだ。この時期には宮沢賢治の詩の翻訳も試み、「春と修羅」などの一連の作品の英訳が『奥地』(The Back Country)に所収されている。また、ナナオサカキ、山尾三省らと鹿児島県のトカラ列島に属する諏訪之瀬島にコミューンを作り、移住した。

                      ・・・

                      https://www.amazon.co.jp/dp/4787713825/

                       

                      なぜか旭日旗みたいなの持って爆走する全裸集団。この人々絶対ドラッグとか大麻やってる。

                      集団で歌うヒッピー。70年代のフィルム映像なのでかなり不気味。

                      無我利が問題になっていた頃の、ヒッピーは出ていけー!って行進してる映像もあるのだけど、これ当時どれくらい報道されてたんだろうか。都会から左翼が大挙してドラッグや大麻やったりテロリストかくまったりとなれば、むしろコミューンが僻地にとって本土資本や原発いやそれ以上のやっかいな存在だったにちがいない。


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