新たな試み

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    「ああこれはラブライブだ」 TWICEが新曲MVでアニメ化、京極監督の演出にファンにやつく(1月12日 ねとらぼ)

    http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1801/12/news065.html

     

    このほど公開された、日本でも史上空前人気大爆発の多国籍K-POPガールズグループTWICEの新曲「Candy Pop」のミュージックビデオ貴方はもうごらんになっただろうか。今作品は日本で発売される曲としては3曲め、日本語オリジナルとしては韓国でヒットした「TT」をのぞいて2曲めかと思う。

    ビデオは「ラブライブ」の監督が手がけたアニメとなっている。K-POPでアニメのミュージックビデオといえば反日作品として一部に有名な2NE1「Hate You」やT-ARAの「TARGET」が思い出されるが、これらが全編アニメだったのに対し「Candy Pop」は実写のシーンもあり、絵と本物それぞれの可愛さを楽しめた。

     

    TWICE「Candy Pop」Music Video(YouTube)

    https://www.youtube.com/watch?v=wQ_POfToaVY

     

    私はアニメとか全然わからないのでラブライブも見たことないのだが、かねてよりメンバーのモモが日本人だからか同作品の「にっこにっこにー」というセリフを持ちネタにしていたために、以前からTWICE経由で聞いたことはあった。もともとK-POP番組「週刊アイドル」にて、日本のアニメに造詣の深いと思われる司会のヒチョルにアニメ声でにっこにっこにーを実演して喜ばれたのが持ちネタ化するきっかけだったと思う。

     

    TWICE ももりんのにっこにっこに〜🌟(YouTube)

    https://www.youtube.com/watch?v=9mClet_bKkM

     

    Heechul's Love House Revealed For the First Time! [4show] ep.15 4가지쇼 시즌2 15화(YouTube)

    https://www.youtube.com/watch?v=gkpQAkYztbg

     

    そういう経緯もあって、日本デビュー曲でもある「TT」のイントロではTTポーズの陰でモモのダンスににっこにっこにーも取り入れられているのだが、日本語バージョンではサブリミナル効果か?ってくらい一瞬しかにっこにっこにーをやらないので、きっとラブライブに無断で振りつけしたから権利にうるさい日本ではにっこにっこにーがばれないように踊ってるのだ。と思っていた。しかし今回TWICEがラブライブ化したことにより、モモのにっこにっこにーもラブライブ公認なのだということに、いちおうはなったのだろう。

     

    TWICE(트와이스) "TT" M/V(YouTube)

    https://www.youtube.com/watch?v=ePpPVE-GGJw

     

    それにしてもこのビデオ、最初見たときなんで男役がこんなにブスに描かれているのだろう。と不思議に思ったのだが、コメント読んで所属事務所の社長↓だと言うことに気づいた。社長はすきあらば自分も映ろうとしている。

    J.Y. Park "Still Alive(살아있네)" M/V(YouTube)

    https://www.youtube.com/watch?v=pJc2ypdWvEI


    しかしやっぱりK-POPはビデオも曲も韓国バージョンにかぎるのだった。曲は「私の写真にいいね押しなさい」と唄う、SNSを題材とした歌詞に今日的な趣を感じさせる「LIKEY」、ビデオではミニスカートがトレードマークのTWICEには珍しく往年の少女時代を彷彿とさせるいかにも韓国モテっぽい上下ピチピチのオルチャンファッションが可愛すぎる「Heart Shaker」に心奪われた。

    TWICE "Heart Shaker" M/V(YouTube)

    https://www.youtube.com/watch?v=rRzxEiBLQCA


    ロハスと薬害

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      薬、フッ素、ワクチン、食品添加物、界面活性剤(一般的な洗剤、化粧品、シャンプー)とからへん嫌いな人がもはやロハス野郎同然みたいに思われる風潮があり、そういうのが批判されるのを見るたび、でも昔はそういう運動もスピリチュアルと関係なかったと思われ。と、幼き日の記憶を回想するうち三一新書や日本消費者連盟の存在を思い出した。三一新書と日本消費者連盟にかんしては何度か書いているので省略するとして、なぜ反「薬、フッ素、ワクチン、食品添加物、界面活性剤その他」が精神世界や自然派と関連付けられるようになったかを考えるうえでわが歴史観ではなんとなく80年代が分岐点な気がしている。

      三一新書とかでアリナミンやフッ素や予防接種やマイルーラを批判していた高橋晄正も、やはり三一新書で洗剤とか化粧品が危ないって本出してた日本消費者連盟と途中まで歩調を合わせていたのが、下記引用によれば80年代に入ったころから日本消費者連盟が「素朴自然主義」におちいっているとして批判しはじめ、両者はやがてたもとを分かったという。素朴自然主義って言葉が意味するところは、科学的検証をへず自然とか昔の生活に近いといった要素を判断基準とする、現在自然派と呼ばれる人々にも受け継がれる反近代的思考であろう。

       

      高橋晄正の薬効の科学的検証と『薬のひろば』の活動

      http://www.r-gscefs.jp/pdf/ce10/ma01.pdf

      日本消費者連盟を批判するようになったのは、彼らが81年に出版した『食・農・医―生命 ― いきるために』という書籍が、自然物なら安全だという「素朴自然主義」に依拠していたこと、さらには竹内ら創立に関わった人たちの世代交代があったことなどによると述べている。

      国内の消費者運動は自然食などへの志向が強かった。化学的生成によらない自然物なら安全だという感覚的な判断を、高橋は科学的根拠に裏打ちされていない「素朴自然主義」という言葉で批判した。自然食を評価するには生物学・医学という個別科学の習得が必要だが、それがなされていないと指摘する。それは、科学への不信あるいは科学論争は難解で自分たちには判らないという態度によるものだと高橋はいう。消費者運動で科学的検証が重要視されなくなった。そのかわりに、反近代イデオロギーが消費者運動を主導するようになり、それ以前のものとは質的に異なっていったという。その帰結が「素朴自然主義」だと指摘する(杣津 1985 : 表紙3) 。

      他方、77年頃には「薬を監視する会」の里見宏(専門は公衆衛生学。国立予防衛生研究所などに勤務していた)が、 会員から運動が専門的になり過ぎたという批判があることを述べている。医師や科学者、ジャーナリストではない一般市民の一部は、自分たちから問題を提起できず、言われた通りに動くのみであるのを不満に思っていたという。科学偏重主義だという批判もあった(竹内ほか 1977 : 17) 。

      「薬を監視する会」を主宰した高橋は薬批判を展開する際に、薬効の科学的検証という方法に依拠した。高橋は、人体にとって「薬は原則的に毒である」という立場であった。そのため、厳密な科学的手続きによって治療が必要な患者を2つのグループに分け、一方には治療薬を、もう一方には偽薬を処方する二重盲検法をおこない、得られた結果を統計処理して薬効の有無を科学的に検証する「二重盲検のもとでの対照試験のデータの統計的解析」を生涯にわたって強く推奨した。薬剤が人体にとって少なからず害作用を及ぼすなら、投与する際には害作用があって もそれを上回る薬効がある確証を科学的に得なければならないと考えた。高橋はプラシーボ効果について以下のような見解を示している。

       

      「プラシ(ママ)ーボー(にせ薬)であろうが何であろうが、病気がよくなるならそれでいいではないか」という人がある。もちろん、医師が意識してプラシーボーを治療に利用することはありうることである。しかし、それは、 患者が心理効果の十分に期待されるような状態のもとにあり、それよりも良い治療法のない場合に限って“意識的”に使用することの許されるべきものであろう。それが“意識的”にではなく“無知なるがゆえに”用いられているときには、しばしばもっと有効な方法を見のがしていたり、あるいは有害であることを知らずに使っていたりすることだってありうるのである。(高橋 1969 : 241 - 2)

       

      臨床経験で得た経験値に医師が頼る「使った、治った、効いた」の「三た論法」による治療を、高橋は強く否定する。疾病が治癒したとしても、生体の自然治癒力によるものか、薬効によるものかを明確にできないからだ。科学的確証に基かない治療は、患者の人権をないがしろにしていると主張する。高橋が薬効の科学的検証を生涯にわたって推奨した意図の一つは、患者の安全を確保するためであったといえる。 また、高橋は日本消費者連盟と70年代には同調していたが、80年代初めには袂を分かち、 「素朴自然主義」に陥っていると同連盟への批判を繰り返した。

       

      素朴自然主義に陥る理由に、薬害運動などにおいて二重盲検など科学的検証を重視する高橋晄正および薬のひろばの論争が専門的すぎてよく分からないといった点があげられている。そして今でも自然派にかぶれるのは科学的リテラシーの欠如(科学とか難しいのでノリに走る)によるものと一般には信じられている。

      しかし当時と決定的に違うのは、科学的検証を重視する人々が高橋晄正および薬のひろばのような反薬害ではなく、むしろそのような運動をニューエイジ臭い素朴自然主義と同一視する傾向が非常に強くなったとこであり、かって左翼の専売特許だったはずの嫌韓がいつのまにかネトウヨと同義になっているのと同じレベルのややこしい逆転現象が時間の経過とともに起こっているのだ。ただそうした相違点がありつつも、同じ左翼的な考えを持つであろう人々が科学派と自然派の二手に分かれる現象はこの高橋晄正と日本消費者連盟の決別あたりに起源が求められると私は考えている。

      そして高橋氏が日本消費者連盟に見切りをつけた原因の1つが世代交代だったことについて、もしかして世代交代して出てきたのが船瀬俊介なのかしらん。と思った。船瀬氏はフリーメーソンとか波動医学とか不食とか言っている人で、もともと昭和50年代に日本消費者連盟で執筆活動していたらしい。

      また日本消費者連盟から買ってはいけないに通じる消費者運動とはまた違う、ミュージシャンや広告関係の影響力が強い今自然派の主流ヒッピー〜ロハスほっこり丁寧なくらしの系譜においては、反(近代的な)医療と密接に関係する反原発運動もやはり同じころに存在した。時期的に1979年スリーマイル島の原発事故が契機になったと思われるが、運動がある程度の規模になるにはチェルノブイリ原発事故の起こる1986年まで待たなくてはならなかっただろう。

      あれから数十年、今じゃ予防接種などにおける科学不信の論争が過熱しつつあるが、原発事故前だと同じたぐいの論争は原発容認か反対かってな話ばっかりで、そこでもニューエイジ的な人々が科学的知識が薄弱だとして問題視されていたものの、当時あまり医療は注目されていなかった。10年ぐらい前に薬害エイズで有名な川田龍平が出馬したとき左翼オールスターズだったけど、支援者に毛利子来なんかもいたのはとくに話題にのぼらなかったのである。

       

      川田龍平を応援する1分マニフェスト 毛利子来さん(YouTube)

      https://www.youtube.com/watch?v=LuiOvvN2Pig

      もう検査のしすぎ、病名のつけすぎ、薬の使いすぎ、予防のしすぎ。これでずいぶん大勢の子供や大人たちが被害を受けている。川田さんの時代よりもっとひどくなっていると思います。その典型がインフルエンザに対するタミフルですね。

       

      川田龍平ヒストリー後半 History of Ryuhei Kawada (2/2)

      https://www.youtube.com/watch?v=1EEi-_7OVIs

       

      くしゅくしゅソックス時代においてホモ、セックル感染だったエイズおよびHIVが薬害のイメージに変わったのは1995年に川田龍平が実名公表してからだろう。YouTubeを見るかぎり当時の支援者もやはり左翼オールスターズで、この10年後にロハスブームの中心的人物となる坂本龍一の姿も映像におさめられていた。

      Wikipedia見るとミドリ十字って製薬会社は731部隊とか右翼とか書かれてたし、厚生大臣として謝罪したのが菅直人ってとこからも、薬害エイズって右翼vs左翼ってな面もあったと思われる。ちなみに当記事は前に書いた「80年代」の続きなのだが、本題から話しそれてきたのでこの続きはまた今度書く。


      笑ってはいけない人権

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        浜田さん、顔面黒塗り 「人種差別」と批判 米紙報道(1月7日 東京新聞)

        http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201801/CK2018010702000120.html

         

        大みそかに放送されたガキの使いの特番「笑ってはいけない」にて、ダウンタウンの浜田雅功が顔面を黒塗りして黒人に扮した企画が人権問題に発展した。私は黒人の人権とかよく分からないけども、この炎上がきっかけとなってか、そもそもこの番組で人を叩いたりしているのはどうなんだというところまで議論されているようである。

        日本の笑いがすぐに変なこと言った奴叩いたりするのはいわゆる「どつき漫才」の伝統のような気がして検索したところ、どつき漫才のパイオニアは松竹芸能の正司敏江・玲児だそうで、Wikipediaにも「漫才におけるツッコミがボケを叩く、いわゆる『どつき漫才』の第一人者」って書いていた。同コンビはオバタリアン世代にあたり結成は1963年、少なくとも私が子供の頃にも普通にテレビ出てたような漫才師なので、ツッコミがボケを叩く漫才って思ってたほど歴史はなさそうだし、また「ハリセン」といった扇子のような道具で人を叩くのもやはりオバタリアン世代で正司敏江・玲児と同じ年に結成された吉本興業のチャンバラトリオが考案したとのことである。

        わが歴史観においては1930年代生まれ(広義では1920年代後半〜1940年代前半)オバタリアン世代が現在のテレビに多大な影響を与えており、戦後すぐはともかく現在マスゴミで左翼や自虐史観が強いのもウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムなどというぎょうぎょうしい陰謀じゃなくせいぜいオバタリアン世代に左翼が多かっただけにすぎぬと決めつけているのだが、やはり漫才やお笑いといえば暴力がつきもののお笑い界もオバタリアン世代の影響下から抜け出せないということであろうか。近年吉本興業によるアメリカでの新喜劇や漫才の公演が好評と一部に伝えられているが、それを聞いたとき、はたしてどつきカルチャーのないであろうアメリカで人を叩いたり、ブスな女を突き飛ばしたりするような芸風が本当に受け入れられているのかと耳を疑ったものである。

        今回の笑ってはいけないにおける黒人差別や暴力にかんする批判が喚起するのはおそらく、ちかごろの人権うるさい風潮によってお笑いが委縮しちまうという議論であろう。私はエンタの神様って番組けっこう見てた以外ではかれこれ20年程度ろくにお笑い見ていないのだが、くしゅくしゅソックス時代にあたる小学校から中学校くらいにかけてはよく見ており、その頃人気のあったビートたけしやダウンタウン、とんねるずなどの冠番組はいじめや暴力に繋がりかねないシーンがけっこうあったように記憶している。

        というか前にも書いたけど、くしゅくしゅ時代は人権や性に関して規制らしい規制がなく、今では放送できないであろう享楽的かつ下劣な番組が多かった。それがルーズソックス時代に入ると、オウム事件や阪神大震災などで不謹慎ってことになったのか、まずオカルト番組がなくなったし、オウム事件や阪神大震災と関係ないと思うけどじょじょに女のおっぱいとか尻も見かけなくなって、ルーズソックス第二世代に入るころにはその手の番組はいったん滅んだ。

        だがそのかんでさえダウンタウンおよび浜田雅功による、人を叩く芸風はとくに批判の的になることはなかった。正司敏江・玲児以降にどつき漫才というスタイルが市民権をえていたろうし、くしゅ時代当時まだギリギリ若手のポジションだったダウンタウンに失礼なことを言われたり叩かれたりするのは大御所芸能人など目上の人々であり、そのふてぶてしさがおもしろかったのである。

        ルーズソックス時代に人気を集めた歌番組「ヘイヘイヘイ」によって、ダウンタウンにいじられるのが新人の歌手など目下の人々に変わったのだが、浜ちゃんに叩かれることでブレイクする人もいたためか、そこでもまたやはりイジリは「おいしい」ものとして正当化されることとなった。そして当初、本来はペコペコしなければならないはずの大御所の芸能人をイジるという、緊張感のあったダウンタウンの暴力が、ダウンタウン自身が大御所になるにつれ、後輩に「おいしい」思いをさせるための「イジリ」それはいじめではないのだという、つまらぬ空気を読まなくてはいけなくなった気がする。

        だからこの程度でクレームしたらお笑いが委縮しちまう。ってことではなく、若い時のダウンタウンがそうだったように、今度はフレッシュな芸人がダウンタウンをイジるなり古い笑いを否定するなりしてお茶の間にガチなスリルを提供し、新しい笑いに世代交代したほうがいいように思うのだった。なんというか、日本の芸能界はいつまでも福山とキムタクがイケメンとか安室ちゃん可愛いとか、タモリやとんねるずの冠番組とか、ようやく人気が落ちたり引退したりといった変化が起こっているものの、20年前から顔ぶれがあんまり変わってない気がする。


        拉致今年解決キボンヌ

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          ミサイル発射準備か 今週後半にも(1月3日 毎日新聞)

          https://mainichi.jp/articles/20180104/k00/00m/030/071000c

           

          去年ロケットマンがお騒がせしていたニュースの影響か、北朝鮮のミサイルが頭上に落ちてくるという縁起悪すぎな初夢だった。その夢の内容は今でもよく覚えており、空一面がオレンジ色に染まったかと思うと上空で変な雲が見え、人々はとくにキャーとかも言わず「北朝鮮のミサイルが落ちてきたようだね」と普通な感じで話していたし、逃げ場所がないので私も「平成はたださえ災いが多かったけど、まさか最後をミサイルでしめくくるとは」と、ただしみじみするだけだった。

          というわけで久々に映画「めぐみ」のDVDを引っ張り出して見た。小川宏ショーっていうのは私は知らなかったけども、おそらく昭和の時代にオバタリアン世代(1930年代生まれ)の主婦が見ていたワイドショーであろう。

          たずね人のコーナー。横田夫妻若い。

          めぐみさんが拉致されたのが1977年とのことでかれこれ40年もたっており、中学生だっためぐみさんももうとっくに孫のいるおばあちゃんだし、近年は父親の横田滋さんの体調がかんばしくなくめぐみさんの弟(後ろに写っているメガネ坊や?)が活動するなど家族会も世代交代が進んでいるほどなのである。この映画は離れ離れになった親子の絆を思えば涙なしに見れぬが、正直なところ増元さんの選挙シーンでちょっと萎えた。

          拉致された年に歌われた合唱曲でのソロ部分慣れし故郷を放たれて〜♪って歌詞怖すぎ。


          お正月をうつそう

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            おととしくらいからマスゴミが「TTポーズが若人に人気大爆発」とかと同じ要領で「写ルンですが若人に人気大爆発」て情報を繰り返し植えつけようとしていたのだが、わざわざ使い捨てカメラなんて買いたくないからアプリにすればいいのに。といった感想を抱いていたところ、やはり写ルンです加工アプリは実在したらしい。無料だったのでさっそく使ってみたところ、本当にeggかhiromixかという仕上がりになり、現在のインスタ映えにも匹敵するガーリーフォト全盛期を知るルーズソックス世代にはその高画質ともSNOWともプリクラとも違うアナログな写りを懐かしく感じた。

            しかもこんにちの若い娘さんがたはたださえギトギトに黒光りしたシースルー前髪に白塗りに太眉に食事しても落ちない真っ赤な口裂けメイクなので本当に25年くらい前の人みたいに写ること間違いない。帰省中の貴方もお正月は「HUJI」で90年代風家族写真を撮ってみてはいかがだろうか。


            世代別老人服

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              サンモニ谷口真由美「拉致被害の話はもう分かってる、この局面で出すなよ!」トランプ国連演説を批判

              http://ksl-live.com/blog11201

               

              先日書いた熟女の記事を自分で読んでて思い出したのが、谷口真由美という学者である。2010年代初頭より「日本おばちゃん党」を立ち上げて脚光を浴び、サンデーモーニングなどテレビで見かけることもあるのだが(関口宏の事務所所属らしい)、全身ヒョウ柄の派手な服装と大阪弁といった庶民的な風貌で憲法とか語る面白さが左翼の間で人気爆発した。

              しかし日本人出っ歯メガネレベルのステレオタイプなおばちゃん観と肌の若さに強い違和感をおぼえ生年を確認したところ1975年で内田有紀と同い年、私の歴史観ではくしゅくしゅソックスはいていたような世代であった。なのでいくら大阪のおばちゃんといっても1975年生まれでこんなオバタリアンファッソンありえないし、そういう不自然な芸風を庶民の代表であるかのようにもてはやすのはやめたまへと願う。

              私が子供の頃の婆は、確かにオバタリアンであった。しかしいっぽうでオバタリアンとは別にサザエさんのフネ、ウメ屋雑貨店、ぽたぽたやき(せんべい)の袋にえがかれている婆など、頭をおだんごに結い、和装でかっぽう着という、ステレオタイプな婆像が存在しており、当時から「こんな婆マンガでしか見たことないよ」と思っていた。

              YouTubeとかで昔の映像見てると、着物の婆は1980年くらいまでは健在な姿で出てくるし、同様に爺も同じころまで波平とかいささか先生みたいに普段着で着物着た人がいる。それらをふまえると、松本清張(1909〜92)くらいが着物最終世代ではないだろうか。

              1992年に82歳で亡くなったという時期を考えても、90年代育ちの私が着物の爺や婆を見たことないのとつじつまがあう。とりあえずわが歴史観においては松本清張を基準に着物は1910年生まれくらいから着なくなったと仮定しておこう。

              さすがにこのタイプ(戦前着物型)の爺や婆は見かけなくなって30年程度は経っているだろうから、もうステレオタイプに使われることはないと思うのだが、比較的若々しく足腰も丈夫であろう戦後育ちのオバタリアンだって滅んだとはいかないまでももはや絶滅期に突入しており、青汁やコンドロイチンを飲んでなんとか生きながらえている。また1800年代生まれまでさかのぼると、着物のみならずヒゲを伸ばした爺っていうのもけっこういそうな気がした。

               

              https://www.amazon.co.jp/dp/4313880089


              2017化粧

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                先日2017年の服装を振り返り、そういえば化粧は何が流行したのか知らないと思った。よく考えたら服は道行く人々や店頭を見れば動向がつかめるけども、化粧は広告や使い方まで見なければ何がしたいか分からないのである。

                若人の雑誌読んだところで、日本のマスゴミのことだからここ1年はオルチャンだ3CEだと、韓国化粧品の広告と化しているにちがいない。というわけで先日、ドラッグストアにハンドクリームやトイレットペーパー買いに逝ったついででいかなる目新しい化粧品が売られているかも見てきた。

                 

                じゅわじゅわ

                去年かおととしくらいに、このブログでもうじゅわ時代終わるって数回ほど書いた記憶があるのだが、カネボウ化粧品売り場で見た新発売と思われる頬紅のポスターで「じゅわっと生ツヤ」と書いていたので、じゅわじゅわもけっこうしぶといなと思った。このポスター画像だけではじゅわがツヤにしか言及していないように思えるが、モデルの長澤まさみが心なしか赤ら顔に見えCM動画を確認したところ「じゅわっと血色、じゅわっと生ツヤ」とナレーションしていたので、やはり血色もじゅわじゅわする化粧品のようだ。

                 

                グラデリップ

                じゅわじゅわ黎明期にリップ&チーク(頬にも唇にも使える赤いクリーム)をヒットさせるなど、トレンド先どりという点ではキャンメイクと双璧をなし若人からの支持も熱いプチプラブランド「ヴィセ」からグラデリップ用の口紅が発売されていた。グラデリップといえば韓国であり、韓国コスメのように濃淡2トーンの口紅が韓国以外の化粧品からも発売されていたが、この透明のリップの中に口紅が入っているタイプは初めて見た。

                ただコンセプトは同じで、ティントみたいにぼかさなくても口紅を塗り塗りするだけで内側だけに濃い色がつくからグラデーションが簡単ってことなのだと思う。ティントやグラデリップはむずかしい・・・と、オルチャンをあきらめていた貴女もこれで内側からにじみでる憧れの血色じゅわ〜んなおちょぼぐちをゲット。

                 

                ひと塗りアイシャドウ

                これ↑はマスカラの老舗メイベリン社から新しく出ていたスティック状のアイシャドウで、グラデリップ用口紅と同様、濃淡2トーンなのでひと塗りでグラデーションが可能という訳だ。メイベリンは韓国コスメのようなグラデリップ口紅も出していたけど、やはりこのタイプのアイシャドウは韓国のラネージュってブランド(↓下画像)が元ネタだったりする。

                 

                眉ティント

                パックのように液を塗ってはがすと何日間か茶色が定着して麻呂にならないという韓国発の眉墨「眉ティント」。これまたブログですぐブーム終わるって書いたのに、前述のメイベリンからも新発売されていた。

                ふとこれいろんな会社から出てるけど全部同じ工場が作ってたりして。と原産国を見たらやっぱり韓国だったし、日本の会社ぽい「フジコ眉ティント」って奴の原産国も見てみたら韓国だった。上に貼った2トーンのアイシャドウは中国製のようだけども、去年かおととしあたりに人気爆発したクッションファンデーションも各種有名なブランドとかから出てるのにどれも韓国製だったりして韓国の会社から出てなくてもじつは韓国コスメってケースは枚挙にいとまがない。

                 

                豪華付録

                雑誌の豪華付録はだいたいポーチとかカバンのような袋だったけど、最近はそれにくわえてアイシャドウのパレットや口紅など化粧品一式つけるのが流行している。それも一冊の付録で何色も入っていたりするらしい。

                化粧品の付録は、ぶんか社のギャル雑誌「ランズキ」とそのお姉さん格「JELLY」がネイルポリッシュをつけだしたのがそのはしりだった。なんで知っているかというと、ギャルに興味を抱いてこれらの雑誌を読んだりしているとき、最初は付録つけていなかったのに途中からついてくるようになり、私も最初にJELLYにエモダのネイルポリッシュがついたときに色がかわいいし本のおまけにしてはお得だと思って買ったのである。

                けっきょくそれは気に入らなくて全然使わなかったのだが、その号の売れ行きがよほどよかったのか、当時でも珍しく全然付録をつけずに本で勝負していたJELLYがエモダコスメ付録を乱発するようになって、最初はポリッシュ程度だったのがだんだんアイシャドウとかグロスとかめっちゃ豪華になってきて、もともとはどっかのデパートとかでも売ってたらしいエモダコスメはもはやJELLYの付録のイメージしかなくなった。

                やがてぶんか社以外の雑誌も化粧品の付録をつけてるようになったというわけだ。いまどきは色気ずいたJSやJCがおもちゃみたいな付録の化粧品セットを使い、憧れユーチューバーの動画を参照して日々マスカラやじゅわじゅわチークの練習をしているにちがいない。

                 

                まとめ

                全体として、リップ以外にも「ティント」を売りにした製品など、今年もクッションファンデーションの時代から続いて韓国コスメのトレンドが継続しているように見受けられた。化粧品のみならず、シースルー前髪やハートマーク、過去にはセルカ棒やウェブ漫画など、韓国発のトレンドは複数あるだろうにもかかわらず、日本のマスゴミはそっちは報道せず「TTポーズ」「チーズタッカルビ」など流行ってない物ばっかり流行ってるって言い張るので気色悪い。


                80年代

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                  評価:
                  村上 春樹
                  新潮社
                  ¥ 1,000
                  (2009-05-29)

                  90年代末からプリウス、ソトコト、エンデの遺言とロハスブームの伏線は存在していたものの、オウム事件の影響で下火になっていたであろうニューエイジがエコや健康の名目でよみがえり急速に形になったのは2003年と思われる。2年後の2005年に愛・地球博をひかえていたし、打ち水やキャンドルナイトが始まったのも小池百合子が環境大臣になったのもほっこり雑誌の先駆けであるクウネルが創刊したのもピラティスとかいうヨガぽい体操が紹介され出したのもこの年で、2000年代をとうしてキャンドルナイト、スローライフ、ハチドリのひとしずく、ブータン幸せ説などあらゆるキーワードを提供し続けた辻信一の著書がハイペースで出版されるようになったりロハスという言葉が出てきたのもやはり同じ頃だ。

                   

                  打ち水やキャンドルナイトがはじまった”2003年”に何があったの?真田武幸さん×鈴木菜央のムーブメント談義 [ソーシャルアクション元年への旅](2013年7月23日 greenz)

                  https://greenz.jp/2013/07/23/social_action/

                   

                  私はたぶんその頃あんまりテレビとかニュース見てなく、国やマスゴミの環境政策に左翼臭を感じたのは愛・地球博の後ぐらいなので最初期のゴリ押しがどんなだったのかリアルアイムでは知らない。そのため愛・地球博にも逝ってないのだが、同イベントは時代的にニューエイジ要素は相当入っていただろうと推察される。

                  この時点で温暖化だのNPOのていねいな暮らしだのと社会的に素晴らしいかのようにもてはやされていたロハス(ニューエイジっぽいライフスタイル)が浸透した結果、気がつくと予防接種や砂糖や牛乳を否定したり夏でも靴下を何枚も重ねばきしてる危ない奴ってイメージのほうが定着していた。10年ほど前にエコを売りにテレビなどの露出も多かった高樹沙耶がヒッピーになっててしかも大麻で逮捕されたのはその象徴的なできごとであっただろう。

                  そのかんにマスゴミのゴリ押しが環境問題を急にやめ自然な(幸せな)お産や胎内記憶、冷えとり、布ナプキンといった女性の体にシフトしていったし、またロハスは反原発運動とほぼ重複しているので2011年の原発事故の影響もあった。そのためロハスすぎて危ないとこまで逝った奴っていうのは、特に子を持つ母親がその非難の対象になることが多い。

                  しかし2000年代半ばのニューエイジはまだ女性および母子の健康問題ってよりちょっと温暖化についての意識を高めようよってくらいのイメージだったため今ほどは叩かれてなかったというか、原発事故におびえるロハスをゼロリスク神話とか言ってバカにしていたような人々でさえ温暖化の恐ろしさを説くことが原発推進に有効だからとエコブームを許容していたくらいなので、今でも打ち水とかキャンドルナイトが左翼・反原発・ヒッピー・ニューエイジといった魑魅魍魎とは無関係のちゃんとしたイベントと考えている人もいるのだろう。私からすると連動しているのだが。

                  なんでそんな歴史をふりかえったかというと、何かのきっかけで三一新書や日本消費者連盟などを思い出していくうち、昔はこうじゃなかったはずだけどいつからこうなったんだろう。と、石けんとか原価とか資生堂とか合成洗剤とか低温殺菌牛乳とか言ってたはずの消費者運動もしくは薬害の運動(ロハス前の90年代においては週刊金曜日「買ってはいけない」や薬害エイズ)が、いかにして予防接種や病院出産や砂糖や牛乳を否定し夏でも靴下をめっちゃはいてるスピリチュアルな母親たちってなイメージとなっていったか、その過程を整理してみようとさっき心に誓ったのだ。とりあえず現在私の歴史観においてこういう自然派ぽいライフスタイルの源流が出てきたのは昭和50年代であると考えている。

                  考えるにあたってとくに本とかで調べたわけではないのが、ネットで検索したりウィキペディアとか読んでるかぎり、低温殺菌牛乳の運動とか気功とかが出てきたのがそのくらいだし、例えば大地を守る会にしても気功の紹介者である津村喬にしてももともと左翼の運動家である。またすでにヒッピーのような人はいて、メディアとしては野草社「80年代」や「自然食通信」って雑誌があったのは確認している。

                   

                  http://order.mandarake.co.jp/order/detailPage/item?itemCode=1042572933

                   

                  特別付録ソノシート「80年代」喜納昌吉とチャンプルーズが気になってYouTubeで検索したけど特に何も出てこなかった。創刊号の巻頭で喜納昌吉と対談しているのは元社民党で現世田谷区長の保坂展人である。

                  そのほか執筆者として予防接種危ない界で有名な毛利子来、オウム問題で失脚していたらしいけどよみがえって先日も富岡八幡宮を解説していた宗教学者の島田裕巳、喫茶「ほんやら洞」の片桐ユズル・中尾ハジメ兄弟、あと新島淳良って人が毛沢東思想で有名な人らしいのだが、同じく執筆陣の津村喬も毛沢東だし、この雑誌には載ってないけどのちに反原発運動に傾倒しロハスとも関連の深い坂本龍一も曲の中で毛沢東の詩を引用していたりする。なので80年代の中国ブームは日中平和友好だけでなく毛沢東思想の影響もある気がした。

                   

                  千のナイフ(Wikipedia)

                  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%83%E3%81%AE%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%83%95

                  千のナイフ Thousand Knives 9分34秒 坂本のヴォコーダー(KORG VC-10)による毛沢東の詩(1965年に毛沢東が井岡山を訪問したときに作成)の朗読で幕を開け、印象的な響きの和音が平行移動するイントロへとつながる。イントロ後の速いパッセージ部分のメロディーの音色は大正琴のシミュレート。坂本自身はレゲエや賛美歌、ハービー・ハンコックの「Speak Like A Child」にもインスパイアされたと発言している。ギターソロは渡辺香津美。後にYMOもライブで演奏しており、1981年発表のYMOのアルバム『BGM』にてセルフカバーしている。また、“トリオ・ワールド・ツアー・1996”ではピアノ三重奏のアレンジで演奏。2002年にリリースされた『US』では冒頭の詩の朗読とフェードアウト部分がカットされている。2005年9月28日に発売された坂本のアルバム『/05』ではピアノ連弾にアレンジされたヴァージョンが収録されている。2011年5月28日にリリースされた花井悠希のアルバム『譚詩曲〜11stories on Violin』には鈴木豊乃編曲による楽曲が収録されている。

                   

                  東風 (曲)

                  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E9%A2%A8_(%E6%9B%B2)

                  坂本龍一の代表作の一つ。初収録は1978年にリリースされたイエロー・マジック・オーケストラ(以下、YMO)のアルバム『イエロー・マジック・オーケストラ』。 坂本が北京交響楽団をイメージして書いた曲である。当時文化大革命後に毛沢東の詩に曲をのせたレコードを購入し、その中に気に入った曲があり、参考にしている[1]。

                   

                  中国女 (曲)

                  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E5%A5%B3_(%E6%9B%B2)

                  初収録は1978年にリリースされたイエロー・マジック・オーケストラ(以下、YMO)のアルバム『イエロー・マジック・オーケストラ』。
                  高橋幸宏が断片的に作曲してきたメロディーに細野晴臣と坂本龍一がアレンジを施した。
                  ・・・
                  曲のタイトルはジャン=リュック・ゴダール監督の映画『中国女(La Chinoise)』から取られている。詳細は「ゴダール3部作」を参照。

                   

                  6月13日(土)新島淳良氏と緑のふるさと運動そして私の関係(2009年6月13日 島田裕巳の「経堂日記」)

                  http://hitorigurashi.cocolog-nifty.com/kyodo/2009/06/613-1bcd.html

                  村上春樹氏の『1Q84』の発売を通して、新島淳良氏のことがふたたび取り上げられるようになるとは思わなかった。中国で文化大革命が起こったときには、それを熱烈に支持し、その後、幸福学園運動を提唱してヤマギシ会に入り、ふたたびそこを抜けたことは、あの時代を知る人なら、承知しているかもしれない。ニュースにもなったし、本人がいろいろ書いていたので、それを読んだ人もいただろう。村上氏がちょうど早稲田大学に在籍していた時代、新島氏のヤマギシ会入りが報道されたはずだ。村上氏がそれをどのように受け取ったのか、そして今受け取っているのかはわからないが、明らかに新島氏をモデルにした人物を小説に登場させたのだから、それなりに関心があったのだろう。中国ということも、両者の共通する関心かもしれない。

                  新島氏は、ヤマギシ会を出る前に、「緑のふるさと運動」を提唱した。これは、ヤマギシ会を含め、日本の共同体運動全般に呼びかけてはじまった運動で、より開かれたコミューンを作るということが目的になっていた。資金や人材を提供したのはヤマギシ会だった。

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                  6月14日(日)昨日の続きで新島淳良氏のその後を書いてみる(2009年6月14日 島田裕巳の「経堂日記」)

                  http://hitorigurashi.cocolog-nifty.com/kyodo/2009/06/614-2002.html

                  昨日の続きだ。緑のふるさと運動は、私を含め、元ヤマギシ会のメンバーのリハビリが終わると、しだいに衰退し、ついには自然消滅のような形になっていった。元メンバーは、それぞれが、実社会のなかに仕事場所、居場所を見いだすようになり、仲間との頻繁な集まりを必要としなくなっていった。たとえば、私の場合には、大学院生としての生活があり、またこれはヤマギシ会とも関連するが雑誌『80年代』にかかわったりして、出版の世界との関係もできていった。

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                  https://www.amazon.co.jp/dp/4880638501/

                   

                  引用が長すぎて読みにくくなったので続きはまた気が向いたときに書く。


                  熟女時代

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                    神田うの話す言葉なし、19年前ハワイで平手打ち(12月9日 日刊スポーツ)

                    https://www.nikkansports.com/entertainment/news/201712090000076.html

                    プロ野球ヤクルトや阪神で監督を務めた野村克也氏(82)の妻でタレントの野村沙知代(のむら・さちよ)さんが8日午後4時9分、都内の病院で死去した。85歳だった。

                    98年1月に米ハワイで沙知代さんに平手打ちされたタレント神田うの(42)はこの日、沈黙した。うのは当時、野村氏が率いたヤクルト石井一久投手と破局直後で、美川憲一と旅行中だった。ショッピングセンターで偶然、沙知代さんと対面。理由は不明だが、別れ際に右手でほおをたたかれた。野村夫妻は2人の交際に否定的だった。うのは“騒動”後も沙知代さんと交流はなく、関係者によると訃報に接しても、話す言葉が見つからなかったという。

                     

                    当ブログでは1995年ごろ日本人の価値観が激変しギャルが時代の主役となっていく過程をたびたび回想しているのだが、ルーズソックス時代の次であるルーズソックス第二世代(90年代後半〜2000年代初頭)となるといまひとつ印象に残っていない。1995年前後はドラマやバラエティ、流行歌などビデオ3倍録画、深夜起き出し闇の中ですごい小ちゃい音でエッチな番組見るなど今テレビ見るのとは比較にならない集中力だったのでけっこう記憶にも残っているのだが、ルーズソックス第二世代に入ると第一世代のパラダイムを維持しつつ90年代前半のカオスやハレンチぷりはかなりおちついてしまったので、私も若人が好きこのむテレビや雑誌、服装、歌とかに興味なくなっていたし、今もあんまり興味ないのでもしルーズソックス時代以降の若者文化について論じようとすればまた1から調べなければいけないレベルである。

                     

                    ミッチー・サッチー騒動(Wikipedia)

                    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%81%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%83%E3%83%81%E3%83%BC%E9%A8%92%E5%8B%95

                     

                    ネットで検索したところ先日亡くなった野村克也の妻、沙知代が失脚したのはルーズソックス第二世代である1999年、今から20年ちかく前のこととあるから、今の若いもんはサッチーと言ってもわからないはずだ。発端はミッチーこと浅香光代とのバトル、ちょうど今の貴乃花vsモンゴル人チームのような感じで、熟女芸能人がミッチー派とサッチー派に分かれて罵り合う様子をマスゴミが逐一報じており、私は当時年のわりに若人の文化ちんぷんかんぷんだったけどワイドショーなど婆の見るような番組はそこそこ見ていた。

                    90年代末はテレビの中で熟女ブームだったのか、「怪傑熟女」「愛する二人別れる二人」のようにトラブルを抱えた一般人がスタジオ出演し熟女芸能人軍団がバッサリ切るといった番組において、サッチーをはじめとする1930年代生まれ(当時60代ぐらい)の化粧とキャラ濃い婆がブームを牽引する存在であった。例に出した2番組はいづれともデヴィ夫人が出演しており、おそらく今のようなタレント活動するようになったのもこの時期の熟女ブームからだったし、他にちょっとしたおもしろ熟女枠で落合信子、鈴木その子、橋田寿賀子、カイヤなどもいた。

                     

                    サッチー vs デヴィ夫人(YouTube)

                    https://www.youtube.com/watch?v=NLrZW2KerGc

                     

                    また熟女ではなく熟男なのだが、中尾彬が本業の俳優ではなく毒舌マフラーねじねじのイメージが定着したのもこの時期以降だろうし、みのもんたは軽妙な話術で熟女をとりまとめその支持も熱かった。熟LGBT?の美川憲一は、石井一久との交際をめぐってサッチーと犬猿の仲だった神田うのの親友なのでミッチー派だっただろう。

                    熟女ブームは90年代末突然に起こったわけではなく、くしゅくしゅソックス時代である80年代末〜90年代前半からその伏線はあった。おたかさんブーム(土井たか子)、田嶋陽子が出演したニッセンのCM「見てるだけ」、漫画と実写の「オバタリアン」など、夫をぞんざいに扱ったり厚かましい婆が元気印で面白いのだっていう風潮があり、私が思うに、それまでの婆は白髪に着物で長年のアナログな家事によって腰のまがったガチの婆さんだったのが、バブル期あたりから民主主義やパンやゆたかな栄養、専業主婦業とそのコンテンツ(ワイドショー、女性週刊誌)を享受し夜にはネグリジェ着てカーラー巻いてお面みたいなパックしていた30年代生まれあたりが婆となったことで世代交代が起こり、戦後育ちの若々しくて強い熟女が当時目新しかったのかもしれない。

                    また前述した女じゃないけど熟女ブームの構成員だったみのもんた、美川憲一もそれぞれくしゅくしゅソックス時代に「おもいっきりテレビ」の司会、キンチョー「もっとはじっこ歩きなさいよ」CM、おそらくそういったオバタリアン的文脈でブレイクするまで、現在のような地位ではなかったと思われる。というか、おもいっきりテレビの生電話こそ90年代末の熟女番組におけるスタジオ出演した一般人を熟女(熟男)芸能人がバッサリ切る、の電話バージョンであった。

                     

                    午後は○○おもいっきりテレビ 1995/5/18(YouTube)

                    https://www.youtube.com/watch?v=qYuTDZlQeAg

                     

                    というわけで、90年代はコギャルにしろオバタリアンにしろ、女たちは老いも若いも「か弱い」「清楚」といった女らしいイメージの真逆を逝っていたのだったが、2000年代ルーズからハイソックスへの移行期に入るとサッチーは逮捕、ギャルのあいだでもモテやロリや愛されの需要が高まってきて、90年代に爆発した粗暴な女カルチャーは終結した。みのさんも地上波には出ていないようだし、おもいっきりテレビもヒルナンデスにリニューアルされ、サッチーも先日亡くなるまでほとんど忘れ去られた存在だったのである。

                     

                    昔この映画↑見たとき、サッチー思い出した。岡田茉利子=サッチー ジョー山中=ケニー野村 岩城滉一=カツノリ


                    2017年服装

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                      流行語大賞ノミネート30語 なぜ「このハゲーッ!」は選ばれなかったのか 事務局に聞いた(11月24日 産経ニュース)

                      http://www.sankei.com/premium/news/171124/prm1711240003-n1.html

                       

                      謎の左翼用語とかがノミネートして馬鹿にされるのが年の瀬の風物詩だった流行語大賞も、今年はわりと妥当なラインナップだった。個人的に「モリカケ」「えだのん」とかが入ってくると思ったのだが。

                       

                      【今年の流行ワードは!?】マイナビティーンズ「2017年ティーンが選ぶトレンドランキング」を発表! (11月15日 PR TIMES)

                      https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000826.000002955.html

                       

                      上の記事は、今年若い娘さんに流行した「コトバ」「コト」「モノ」「ヒト」のランキングで、私のような老いぼれにはほとんど何が何やらだが、「TTポーズ」「チーズタッカルビ」「電球ソーダ」「3CE」「TWICE」は韓国である。何回も言っているように、TTポーズがブームというのはTWICEが日本デビューするにあたってマスゴミが創作したにすぎず、韓国系ポーズではどっちかというと親指と人差し指で花くそ丸めてるようなハートのほうが人気あったと思う。

                      7年前にKARAや少女時代やマッコリをゴリ押してきたときは吉本を中心にお笑いたちがK-POP大好きアッピールしていたけど、今年のゴリ押しはユーチューバーなどに韓国製品を紹介させるケースが多かった。3CEもそのうちの1つであろう。

                      そんなわけで韓国はけっこうゴリ押しなので、何が真実なのか?どこまでがガチなのか?見極めるのが難しく、TTブームなんて嘘っぱちと言い続けている私も、韓国ブームをすべて否定しているわけではない。前から言っているように、やはり全体的に見て韓国や米国の後追い傾向は続いているし、靴下はくしゅくしゅするし、SMAPは解散するし、安室奈美恵も引退するしで、2018年もますます脱ルーズソックス化は進行していくものと予想される。

                      それにともない、このブログで服やギャルのことを書く機会も減っちまった。しかし、とりあえず今年流行した(させようとした)装いを記録だけはしとこうと心に誓った次第である。

                       

                      キャスケット

                      キャスケットというのはベレーにつばがついた、もしくはハンチングがふくらんだような形の帽子で、90年代のくしゅくしゅソックス時代にも流行した。帽子の流行の主流はベレー帽で今年はとくにかぶっている人が多いが、そこそこ定番化していたベレーに比べ、今年に入って多く出回り出したという点ではキャスケットであろう。

                       

                      グレンチェック

                      ここ何年か、ヒョウ柄やネコグッズ、スカーフなど、3,4年前に流行らせた物を再び流行らせようとする謎の傾向があるのだが、今年の秋冬から多く出回っているグレンチェック柄もやはり3,4年前に出回っていたはずだ。私もそのときに買ったグレンチェックの服がボロボロになってきててもう着るのやめようかと思ったけど、今年も着ることにした。

                       

                      カラシ色

                      今年の夏の流行色。若い娘さんの服装が抜け感になって以降、ピンクとか可愛い色はあんまり流行ってない。

                       

                      ガウン

                      羽織り、またボタンを全部しめてロング丈のワンピースにもなる、丈の長いペラペラのガウンが昨年秋から出てきたが、それが春夏に大量に出回り、尻を隠せるからかけっこう年増の人が着ているのも見かけた。私もこれは良いと思いTシャツとズボンの上から羽織ってみたら、風を受けたときに正義の味方のマントかってくらいなびいてうざかった。

                       

                      サッシュベルト

                      アパレルが流行らせようとしたけど斬新すぎていまいち流行らなかった気がする。前述のガウンについてきたので私も持っているのだが、長さの調節ができなく食べ過ぎたときに苦しそうだと思って一回もつけてない。

                       

                      コルセット

                      サッシュベルトしかり、最近は腹を締め上げるような装い、またウエスト部分にリボンがついたズボンなども多く見受けられる。Tシャツの上から着るキャミソール、レース下着ぽいインナーなど、下着のような服が人気。

                       

                      カットオフ

                      最近多い太いシルエットのジーパンはときおりすそが切りっぱなしになっており、白い糸がビロビロと出ていたりする。私はこのタイプを去年買い「このズボン素敵なのにすごいほつれてるなぁ〜」と、ビロビロをよくハサミで切っていて、もう祭り縫いしちまおうかくらいに思っていたのだが、今年に入ってこれが最先端オシャってことに気づいた。

                       

                      ぬきえり

                      おそらくオフショルと同じ方向性で、最近はシャツとかジャンパーもはだけて着る人がいる。ぬきえりを最初に見たときは、なんだこの花魁のような着方?と戸惑ったけど、じっさい着てみたところ簡単に憧れの抜け感を獲得できた。

                       

                      後ろ前

                      最近の服は2WAYといって後ろ前にも着れたりするらしく、たとえばカーディガンのボタンしめるほうやセーターの襟首のあいたほうを背中側に着てもいいということになっていたりする。いくらこれが最先端のオシャって頭ではわかっていても、そんな着方してる人いたら、私は前後ろ間違えてまっせと思ってしまう。

                       

                      ミュール

                      ルーズソックス時代にも人気爆発したミュールだが、今年の春夏に出回ったスエード素材で厚底のそれは90年代とは見た目がだいぶ違う。90年代のはもっと華奢なデザインであり、普通のサンダルと比べてかかとに引っかけるヒモがないぶん安定感がなく階段とかだとヒールがカツーンカツーンて鳴っていたものだ。

                       

                      コカコーラ

                      なんかやたらコカコーラのロゴが入ったTシャツや小物が出回った。サブリミナル効果でコーク飲みたくなった。

                       

                      ロックT

                      ロックバンドのTシャツが出回ったが、ロックとか洋楽全く聞かないので誰やねんとなった。

                       

                      ベルスリーブ

                      最近の女の服は袖がベルのように広がっていたりと、デザイン性が高いものが多い。
                       

                      化粧のトレンドはよくわからないのだが、イガリメイク、クボメイクときて、その次は誰メイクだったんだろうか。サロンモデルは堀北真希の妹につづき、今年はこのトリンドル玲奈に似ているしばちゃんというハーフの娘が人気出た。

                      ジャンパー部門ではMA-1が中にボアのついた温かい冬仕様などもあって老若男女に人気継続中だが、去年アパレルが流行らそうとしたスタジャン、スカジャンは今年消えたぽい。あとプリーツスカートとヒョウ柄もなくなった。

                       

                      2018人気出る物(予想)

                      ハット

                      今人気のある帽子は、ベレー、キャスケット、つばが曲がったタイプのキャップで、2,3年くらい前に出回ったハットは全然見かけなくなった。しかし先ほどもちょっと言ったけど最近のアパレルは3,4年くらいで流行を使い回している(スカーフ、猫グッズ、ヒョウ柄等)ので来年あたりまたハットに人気が戻ってくる。

                       

                      ピンヒール

                      今は厚底でボリュームのある靴が主流だ。しかし女の靴はまたきゃしゃなデザインに人気が戻ってくる。

                       

                      ジャージー

                      くしゅくしゅソックス時代にはジャージをカーディガンのように羽織る若人がけっこういた。今のファッションがくしゅくしゅソックス時代の使い回しであることを考えると、また上着として人気出るだろう。

                       

                      白いヘアバンド

                      くしゅくしゅソックス時代からルーズソックス時代への過渡期に一瞬だけ流行った。そのためジャージと同じ理論で再び人気出る時期に来てると予想。

                       

                      下衣失踪

                      丈の長いシャツに短パンを合わせて下はいてないように見える韓国ファッション。私が流行る流行る言い続けて全然流行らないのだが、韓流ゴリ押し期に入った今こそ人気出る。

                       

                      水玉

                      今水玉にはまっているので人気出てほしい。


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