熟女時代

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    神田うの話す言葉なし、19年前ハワイで平手打ち(12月9日 日刊スポーツ)

    https://www.nikkansports.com/entertainment/news/201712090000076.html

    プロ野球ヤクルトや阪神で監督を務めた野村克也氏(82)の妻でタレントの野村沙知代(のむら・さちよ)さんが8日午後4時9分、都内の病院で死去した。85歳だった。

    98年1月に米ハワイで沙知代さんに平手打ちされたタレント神田うの(42)はこの日、沈黙した。うのは当時、野村氏が率いたヤクルト石井一久投手と破局直後で、美川憲一と旅行中だった。ショッピングセンターで偶然、沙知代さんと対面。理由は不明だが、別れ際に右手でほおをたたかれた。野村夫妻は2人の交際に否定的だった。うのは“騒動”後も沙知代さんと交流はなく、関係者によると訃報に接しても、話す言葉が見つからなかったという。

     

    当ブログでは1995年ごろ日本人の価値観が激変しギャルが時代の主役となっていく過程をたびたび回想しているのだが、ルーズソックス時代の次であるルーズソックス第二世代(90年代後半〜2000年代初頭)となるといまひとつ印象に残っていない。1995年前後はドラマやバラエティ、流行歌などビデオ3倍録画、深夜起き出し闇の中ですごい小ちゃい音でエッチな番組見るなど今テレビ見るのとは比較にならない集中力だったのでけっこう記憶にも残っているのだが、ルーズソックス第二世代に入ると第一世代のパラダイムを維持しつつ90年代前半のカオスやハレンチぷりはかなりおちついてしまったので、私も若人が好きこのむテレビや雑誌、服装、歌とかに興味なくなっていたし、今もあんまり興味ないのでもしルーズソックス時代以降の若者文化について論じようとすればまた1から調べなければいけないレベルである。

     

    ミッチー・サッチー騒動(Wikipedia)

    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%81%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%83%E3%83%81%E3%83%BC%E9%A8%92%E5%8B%95

     

    ネットで検索したところ先日亡くなった野村克也の妻、沙知代が失脚したのはルーズソックス第二世代である1999年、今から20年ちかく前のこととあるから、今の若いもんはサッチーと言ってもわからないはずだ。発端はミッチーこと浅香光代とのバトル、ちょうど今の貴乃花vsモンゴル人チームのような感じで、熟女芸能人がミッチー派とサッチー派に分かれて罵り合う様子をマスゴミが逐一報じており、私は当時年のわりに若人の文化ちんぷんかんぷんだったけどワイドショーなど婆の見るような番組はそこそこ見ていた。

    90年代末はテレビの中で熟女ブームだったのか、「怪傑熟女」「愛する二人別れる二人」のようにトラブルを抱えた一般人がスタジオ出演し熟女芸能人軍団がバッサリ切るといった番組において、サッチーをはじめとする1930年代生まれ(当時60代ぐらい)の化粧とキャラ濃い婆がブームを牽引する存在であった。例に出した2番組はいづれともデヴィ夫人が出演しており、おそらく今のようなタレント活動するようになったのもこの時期の熟女ブームからだったし、他にちょっとしたおもしろ熟女枠で落合信子、鈴木その子、橋田寿賀子、カイヤなどもいた。

     

    サッチー vs デヴィ夫人(YouTube)

    https://www.youtube.com/watch?v=NLrZW2KerGc

     

    また熟女ではなく熟男なのだが、中尾彬が本業の俳優ではなく毒舌マフラーねじねじのイメージが定着したのもこの時期以降だろうし、みのもんたは軽妙な話術で熟女をとりまとめその支持も熱かった。熟LGBT?の美川憲一は、石井一久との交際をめぐってサッチーと犬猿の仲だった神田うのの親友なのでミッチー派だっただろう。

    熟女ブームは90年代末突然に起こったわけではなく、くしゅくしゅソックス時代である80年代末〜90年代前半からその伏線はあった。おたかさんブーム(土井たか子)、田嶋陽子が出演したニッセンのCM「見てるだけ」、漫画と実写の「オバタリアン」など、夫をぞんざいに扱ったり厚かましい婆が元気印で面白いのだっていう風潮があり、私が思うに、それまでの婆は白髪に着物で長年のアナログな家事によって腰のまがったガチの婆さんだったのが、バブル期あたりから民主主義やパンやゆたかな栄養、専業主婦業とそのコンテンツ(ワイドショー、女性週刊誌)を享受し夜にはネグリジェ着てカーラー巻いてお面みたいなパックしていた30年代生まれあたりが婆となったことで世代交代が起こり、戦後育ちの若々しくて強い熟女が当時目新しかったのかもしれない。

    また前述した女じゃないけど熟女ブームの構成員だったみのもんた、美川憲一もそれぞれくしゅくしゅソックス時代に「おもいっきりテレビ」の司会、キンチョー「もっとはじっこ歩きなさいよ」CM、おそらくそういったオバタリアン的文脈でブレイクするまで、現在のような地位ではなかったと思われる。というか、おもいっきりテレビの生電話こそ90年代末の熟女番組におけるスタジオ出演した一般人を熟女(熟男)芸能人がバッサリ切る、の電話バージョンであった。

     

    午後は○○おもいっきりテレビ 1995/5/18(YouTube)

    https://www.youtube.com/watch?v=qYuTDZlQeAg

     

    というわけで、90年代はコギャルにしろオバタリアンにしろ、女たちは老いも若いも「か弱い」「清楚」といった女らしいイメージの真逆を逝っていたのだったが、2000年代ルーズからハイソックスへの移行期に入るとサッチーは逮捕、ギャルのあいだでもモテやロリや愛されの需要が高まってきて、90年代に爆発した粗暴な女カルチャーは終結した。みのさんも地上波には出ていないようだし、おもいっきりテレビもヒルナンデスにリニューアルされ、サッチーも先日亡くなるまでほとんど忘れ去られた存在だったのである。

     

    昔この映画↑見たとき、サッチー思い出した。岡田茉利子=サッチー ジョー山中=ケニー野村 岩城滉一=カツノリ


    2017年服装

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      流行語大賞ノミネート30語 なぜ「このハゲーッ!」は選ばれなかったのか 事務局に聞いた(11月24日 産経ニュース)

      http://www.sankei.com/premium/news/171124/prm1711240003-n1.html

       

      謎の左翼用語とかがノミネートして馬鹿にされるのが年の瀬の風物詩だった流行語大賞も、今年はわりと妥当なラインナップだった。個人的に「モリカケ」「えだのん」とかが入ってくると思ったのだが。

       

      【今年の流行ワードは!?】マイナビティーンズ「2017年ティーンが選ぶトレンドランキング」を発表! (11月15日 PR TIMES)

      https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000826.000002955.html

       

      上の記事は、今年若い娘さんに流行した「コトバ」「コト」「モノ」「ヒト」のランキングで、私のような老いぼれにはほとんど何が何やらだが、「TTポーズ」「チーズタッカルビ」「電球ソーダ」「3CE」「TWICE」は韓国である。何回も言っているように、TTポーズがブームというのはTWICEが日本デビューするにあたってマスゴミが創作したにすぎず、韓国系ポーズではどっちかというと親指と人差し指で花くそ丸めてるようなハートのほうが人気あったと思う。

      7年前にKARAや少女時代やマッコリをゴリ押してきたときは吉本を中心にお笑いたちがK-POP大好きアッピールしていたけど、今年のゴリ押しはユーチューバーなどに韓国製品を紹介させるケースが多かった。3CEもそのうちの1つであろう。

      そんなわけで韓国はけっこうゴリ押しなので、何が真実なのか?どこまでがガチなのか?見極めるのが難しく、TTブームなんて嘘っぱちと言い続けている私も、韓国ブームをすべて否定しているわけではない。前から言っているように、やはり全体的に見て韓国や米国の後追い傾向は続いているし、靴下はくしゅくしゅするし、SMAPは解散するし、安室奈美恵も引退するしで、2018年もますます脱ルーズソックス化は進行していくものと予想される。

      それにともない、このブログで服やギャルのことを書く機会も減っちまった。しかし、とりあえず今年流行した(させようとした)装いを記録だけはしとこうと心に誓った次第である。

       

      キャスケット

      キャスケットというのはベレーにつばがついた、もしくはハンチングがふくらんだような形の帽子で、90年代のくしゅくしゅソックス時代にも流行した。帽子の流行の主流はベレー帽で今年はとくにかぶっている人が多いが、そこそこ定番化していたベレーに比べ、今年に入って多く出回り出したという点ではキャスケットであろう。

       

      グレンチェック

      ここ何年か、ヒョウ柄やネコグッズ、スカーフなど、3,4年前に流行らせた物を再び流行らせようとする謎の傾向があるのだが、今年の秋冬から多く出回っているグレンチェック柄もやはり3,4年前に出回っていたはずだ。私もそのときに買ったグレンチェックの服がボロボロになってきててもう着るのやめようかと思ったけど、今年も着ることにした。

       

      カラシ色

      今年の夏の流行色。若い娘さんの服装が抜け感になって以降、ピンクとか可愛い色はあんまり流行ってない。

       

      ガウン

      羽織り、またボタンを全部しめてロング丈のワンピースにもなる、丈の長いペラペラのガウンが昨年秋から出てきたが、それが春夏に大量に出回り、尻を隠せるからかけっこう年増の人が着ているのも見かけた。私もこれは良いと思いTシャツとズボンの上から羽織ってみたら、風を受けたときに正義の味方のマントかってくらいなびいてうざかった。

       

      サッシュベルト

      アパレルが流行らせようとしたけど斬新すぎていまいち流行らなかった気がする。前述のガウンについてきたので私も持っているのだが、長さの調節ができなく食べ過ぎたときに苦しそうだと思って一回もつけてない。

       

      コルセット

      サッシュベルトしかり、最近は腹を締め上げるような装い、またウエスト部分にリボンがついたズボンなども多く見受けられる。Tシャツの上から着るキャミソール、レース下着ぽいインナーなど、下着のような服が人気。

       

      カットオフ

      最近多い太いシルエットのジーパンはときおりすそが切りっぱなしになっており、白い糸がビロビロと出ていたりする。私はこのタイプを去年買い「このズボン素敵なのにすごいほつれてるなぁ〜」と、ビロビロをよくハサミで切っていて、もう祭り縫いしちまおうかくらいに思っていたのだが、今年に入ってこれが最先端オシャってことに気づいた。

       

      ぬきえり

      おそらくオフショルと同じ方向性で、最近はシャツとかジャンパーもはだけて着る人がいる。ぬきえりを最初に見たときは、なんだこの花魁のような着方?と戸惑ったけど、じっさい着てみたところ簡単に憧れの抜け感を獲得できた。

       

      後ろ前

      最近の服は2WAYといって後ろ前にも着れたりするらしく、たとえばカーディガンのボタンしめるほうやセーターの襟首のあいたほうを背中側に着てもいいということになっていたりする。いくらこれが最先端のオシャって頭ではわかっていても、そんな着方してる人いたら、私は前後ろ間違えてまっせと思ってしまう。

       

      ミュール

      ルーズソックス時代にも人気爆発したミュールだが、今年の春夏に出回ったスエード素材で厚底のそれは90年代とは見た目がだいぶ違う。90年代のはもっと華奢なデザインであり、普通のサンダルと比べてかかとに引っかけるヒモがないぶん安定感がなく階段とかだとヒールがカツーンカツーンて鳴っていたものだ。

       

      コカコーラ

      なんかやたらコカコーラのロゴが入ったTシャツや小物が出回った。サブリミナル効果でコーク飲みたくなった。

       

      ロックT

      ロックバンドのTシャツが出回ったが、ロックとか洋楽全く聞かないので誰やねんとなった。

       

      ベルスリーブ

      最近の女の服は袖がベルのように広がっていたりと、デザイン性が高いものが多い。
       

      化粧のトレンドはよくわからないのだが、イガリメイク、クボメイクときて、その次は誰メイクだったんだろうか。サロンモデルは堀北真希の妹につづき、今年はこのトリンドル玲奈に似ているしばちゃんというハーフの娘が人気出た。

      ジャンパー部門ではMA-1が中にボアのついた温かい冬仕様などもあって老若男女に人気継続中だが、去年アパレルが流行らそうとしたスタジャン、スカジャンは今年消えたぽい。あとプリーツスカートとヒョウ柄もなくなった。

       

      2018人気出る物(予想)

      ハット

      今人気のある帽子は、ベレー、キャスケット、つばが曲がったタイプのキャップで、2,3年くらい前に出回ったハットは全然見かけなくなった。しかし先ほどもちょっと言ったけど最近のアパレルは3,4年くらいで流行を使い回している(スカーフ、猫グッズ、ヒョウ柄等)ので来年あたりまたハットに人気が戻ってくる。

       

      ピンヒール

      今は厚底でボリュームのある靴が主流だ。しかし女の靴はまたきゃしゃなデザインに人気が戻ってくる。

       

      ジャージー

      くしゅくしゅソックス時代にはジャージをカーディガンのように羽織る若人がけっこういた。今のファッションがくしゅくしゅソックス時代の使い回しであることを考えると、また上着として人気出るだろう。

       

      白いヘアバンド

      くしゅくしゅソックス時代からルーズソックス時代への過渡期に一瞬だけ流行った。そのためジャージと同じ理論で再び人気出る時期に来てると予想。

       

      下衣失踪

      丈の長いシャツに短パンを合わせて下はいてないように見える韓国ファッション。私が流行る流行る言い続けて全然流行らないのだが、韓流ゴリ押し期に入った今こそ人気出る。

       

      水玉

      今水玉にはまっているので人気出てほしい。


      サプリやだ

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        <健康>サプリ過剰摂取は副作用の恐れ(12月2日 毎日新聞)

        https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171202-00000022-mai-soci

         

        わが歴史観においてサプリメントなる物が市民権得たのは鉄骨飲料やCCレモン、ザカルシウム、c1000タケダなど栄養を添加した(もしくはコーンフレークやカロリーメイトのごとく食事がわりをうたう)菓子類が多く出回りだしたくしゅくしゅソックス時代=90年代初頭くらいからで、当時は大塚のネイチャーメイドぐらいしかなかったような気がして検索したところ、下の引用記事によればやはり記憶どうり1993年からの発売となっている。アメリカが本場のマルチ商法ならば市販品に先がけてサプリの扱いはあったと思うが全体として市場は大きくなく、おそらく種類もカルシウムやビタミンといったベーシックなラインナップであったろう。

         

        日本のサプリ文化を作ったネイチャーメイド(All About)

        https://allabout.co.jp/gm/gc/65379/2/

        −−−ネイチャーメイドというブランドはいつ頃作られたのですか?

        ネイチャーメイドというブランドは、1971年(約40年前)に、アメリカのファーマバイト社が立ち上げたものです。ですから元々は、サプリメントの先進国であるアメリカで作られたブランドです。大塚製薬はこのファーマバイト社と資本提携しており、日本では1993年にネイチャーメイドの製品を導入し、ドラッグストアなどでの販売を開始しました。

        −−−1993年と言えば15年以上前ですよね。当時は粒状のサプリメント自体が珍しかったのでは?

        当時は、健康食品といえば高齢者向けの健康茶や食品などが中心で、粒状のビタミンサプリメントは、まだまだ少ない状況でした。ですから、1999年に発売したネイチャーメイドのマルチビタミンは、日本のドラッグストアで初めて売られたマルチビタミンになったんですよ。

        ・・・

         

        しかしいつのまにかサプリメント市場は大規模になっており、カルシウムとかビタミンCとか鉄分くらいなら私のような無知にもそれらが骨や肌や血にいいのだろうとイメージがわくけど、イチョウ葉だのセサミンだのノコギリヤシだの言われても日本語でおk。となっちまう。テレビなどで広告を目にする限り、ダイエットに敏感なおなごや体の不調が慢性化している年寄りなどをターゲットにしていると考えられる。

        しかし過去イソフラボンとか酵素とかいろんな成分が手を変え品を変えもてはやされたけど、それらが含まれる食べ物、例えば大豆なんか昔からあるわけで、別に今まで人類が摂取しなかった完全に新しい栄養素ではないだろうし、逆に未知の栄養素だったとしたら人体にどんな影響があるのだか分からなくそれはそれで食べたくないので、私はどっちにしろそんな腹のたしにもならない物をわざわざは食べたくない気がした。いやそれに、昔からある食べ物だったとしたって記事にもあるようにサプリで特定の栄養を大量摂取したときの副作用的な影響も考えられ、たとえば先ほどの例にした大豆だって個人的には大豆アレルギーなどを誘発するとも限らないことを心配し、豆乳や豆菓子などを好きこのんで食べることはあっても、体にいいとかいう理屈で積極的に摂取するのは考え物である。

        その点でニッポンだーいすき(by美健ガイド)みたいに、日本人ならパン、牛乳、肉などやめて米食えってのが一理あるのは、パンとか牛乳の歴史が浅すぎてまだ日本人の体質にどんな影響があるのか分からない(それいいだしたら白米の歴史も浅そうだしハーフはどうなるんだよって話だが)し、添加物や白砂糖、それらを使った大量生産品も同様で、もしかしたらもしかすると、そういう戦後になって広まった近代的で目新しい食べ物、目新しい生産方法、目新しい食べ方が、アトピーやアレルギーといった現代病と関係してる可能性も、なくはないかもしれない。それら今日的な問題が現代医学で解決しないかぎり、ニッポンだーいすきやマクロビオティックにみられるホリスティックな思考を完全にしりぞけることは私にはできないのだった。

        サプリメントや健康食品が一般化する以前だと、ビタミン剤が高度経済成長期に宣伝されたようで、当時アリナミンやアスパラで元気出したモーレツ社員が今イチョウ葉とかノコギリヤシ飲んでるにちがいない。フッ素危ないや予防接種危ないの先駆けだった高橋晄正も特にアリナミンをピンポイントで批判していて「アリナミン」ていう著書もあったはずなのだが画像が出てこなかった。

         

        https://www.amazon.co.jp/dp/B000J9NF2M/

         

        でもこの商品を特定しロゴをズラリと並べた表紙がまた、いかにも昔の三一新書って感じでレトロ怖いと思ったけど、よく見たらこの本三一新書じゃない。というか今フッ素危ないや予防接種危ないがニューエイジ系のような霊的な力信ずる人々と同一視されてそうな気がするが、もともとはそうなのではなく予防接種の副反応ほかスモン、サリドマイド、エイズと連続する製薬会社や厚生省に対する薬害の運動であり、高橋医師はビタミン剤に対する二重盲検をうったえ、その後代替医療として一般的だったと思われる漢方薬も効かないと批判するなどむしろスピリチュアルとは対極だったのである。


        ダイソー大好き

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          100均で買うと、むしろ高くつく物は何か(11月27日 ダイヤモンドオンライン)

          http://diamond.jp/articles/-/150812

           

          私は雑貨や菓子などどうでもいい物の多くはダイソーで買っているのだが、100均で買うと高くつく物なんてあるのだろうか。疑問に思って記事を読んだところ、記事で上げられているペットボトルや食品は確かにスーパーで100円以下のもので売っているけど、ジュースの定価は150円くらいするはずだし、むしろ菓子はスーパーの方が高いことが多い。

          駄菓子も2つで100円、3つで100円の物をスーパーで買おうとすると、50円もしくは33円以上していたりするので物によって100均の方がお得なのだ。そのかわりばら売りはしてくれないので、多めに買わなくてはいけないのだが。

          また私は韓国コスメとか使い出す前は100均の化粧品ですませていたけど、100均以外の店で100円の化粧品を見たことがないし、化粧品以外の雑貨も文具などをのぞいてはまずなかなか100円の商品自体がない。だから100均で高くつくものそんなにってないんじゃないだろうか。

          きっと多いのは高くつくってよりも、100円ですませようとしたけど品質が粗悪すぎ、普通に500円の奴かっときゃよかった。みたいになるケースだ。最近の100均は品質がよく日本製が多いのでそんなガラクタも少ないかもしれないが、とりあえず私がダイソーで買えるおすすめグッズを君だけにソっと教えよう。

           

          むき甘栗

          ダイソーのはどんなむき甘栗よりも量が多い。かって甘栗はカネボウフーズ社がむいちゃうまで殻つきのまま売っているのが普通だったし、きっと100円では売ってくれなかった。

          それを一個一個、親指の爪で殻に割れ目を入れて、たまについてくる薄皮をはがし、ようやく食べれた。今じゃ中国は天津の方々がすでにむいてくれ、100円でこんなにたくさん・・・と、袋から直接口に流し込みほお袋いっぱいに甘栗をつめこんでそのほっこりとした素材本来の甘みをぞんぶんに楽しみたい衝動にかられることもある。

           

          ナッツボン

          落花生の入った飴で、食感が楽しい。やはり定価がわからないのだが、ナッツボン含め基本的に飴はスーパーとかで150円くらいしているので100均で買うのがお得だ。

          飴といえばダイソーPBのノンシュガーキャンディも、ロッテの板ガムみたいに味が濃くておいしい。ガムはアゴが疲れるし味が消えるので歯を犠牲にしてでも飴派なのである。

           

          ピーラー

          種類が多いので個体差はあろうが、私が持っている物は持ちやすく切れ味がたいへんよい。刃物はその他に包丁、糸切バサミ、布用ハサミ、鼻毛ハサミ、爪切りを持っているが、この中で包丁はそこそこ切れ味が悪く、野菜をぶつ切りにするぶんにはとくに問題ないものの、千切りに不便を感じたり、カボチャを切るさい、バラバラに壊れるのではないか?というスリルを味わっている。

           

          靴下

          短い靴下は運動靴の中で脱げてつま先で丸まったりするが、ダイソーでつま先とかかとにすべり止め加工がしているのがあって、それはめったに脱げないし特に生地が薄いとかもない。その他の靴下もまったく問題ないのにストッキングは粗悪で、こればかりはアツギとか福助じゃないと駄目なのだと悟った。

           

          樹液シート

          デトックスできる湿布。寝る前に足裏に貼って朝起きると毒素がベッタリついてくる。

           

          ダイスキン

          モレスキンというブランド物の手帳・・・に似せたダイソーの手帳。だが昨年、ダイスキンよりページ数の多い同じタイプのノートをフライングタイガーという雑貨屋で見つけてからはそっちに乗り換えた。

           

          積み重ねできる箱

          かって無印良品で300円くらいで買っていた小物用の収納。ダイソーに素材も大きさも全く同じ物が売っており、もちろん無印バージョンに積み重ねることも可能である。


          徳川家康左翼説

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            そこが聞きたい 憲法9条の存在意義 ルーツは「徳川の平和」 思想家・柄谷行人(11月27日 毎日新聞)

            https://mainichi.jp/articles/20171127/ddm/004/070/020000c

            10月の衆院選で与党の自民、公明両党に希望の党、日本維新の会を加えた「改憲勢力」が3分の2を上回る議席を獲得したことで、今後、国会での憲法改正論議が本格化しそうだ。焦点は平和憲法の代名詞となってきた9条。安倍晋三首相は自衛隊の存在を明記したいと考えている。私たちは9条の恩恵を受けてきたのか、それとも束縛されてきたのか。9条の存在意義を思想家の柄谷行人さん(76)に聞いた。【聞き手・南恵太、写真・宮本明登】

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            −−9条が日本人の無意識の中に根付いているのはなぜですか。

            確かに9条は連合国軍総司令部(GHQ)に押し付けられたものです。当時、GHQのマッカーサー元帥は天皇制を維持しなければ日本で大きな反抗が起こると思っていました。(象徴天皇制と国民主権を規定した)憲法1条を制定するため、当時のソ連などに「日本は変わったのだ」という説得材料としての9条でした。

            しかし、9条がGHQに強制されたことと、日本人がそれを自主的に受け入れたことは矛盾しません。実際、GHQが憲法の改定を言ってきたのに当時の吉田茂首相はそれをしりぞけました。まず、外部の力による「戦争の断念」がありました。それが良心を生み出し、それが「戦争の断念」を一層求めたのです。その意味で9条は日本人による自主的な選択です。いわば「文化」です。

            −−日本の歴史の中に9条を生み出す土台があったのでしょうか。

            長い戦国時代の後、戦争を否定する徳川幕府体制が生まれ、国内だけでなく、東アジア一帯の平和が実現されました。「徳川の平和」と呼ばれています。武士は帯刀しましたが、刀は身分を表す象徴であり、武器ではなかったのです。徳川の文化こそが9条の精神を先取りした「先行形態」です。ところが、明治維新後に日本は徴兵制を始め、朝鮮半島を植民地化し、中国を侵略しました。9条が根ざしているのは、明治維新以後、日本人がやってきたことに対する無意識の悔恨です。

            付言すれば、憲法1条のルーツも徳川時代に始まっています。徳川家康は天皇を丁重に扱いました。天皇を否定したら、他の大名が天皇を担いで反乱を起こすに決まっていたからです。徳川は天皇を祭り上げて、政治から隔離した上で徳川幕府体制の中に位置付けました。それは戦後憲法における「象徴天皇」の先行形態だと言えます。

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            近年、高橋史朗っていう慰安婦の運動とかしてる右翼系の人がチャンネル桜で江戸しぐさとか、日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行った「日本を解体する」戦争プロパガンダWGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)うんぬんと言ってるらしいが、前にも言ったように江戸しぐさこそが「日本を解体する」戦争プロパガンダWGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)なのであり、おとついの毎日新聞(上引用)にも江戸時代が憲法9条のルーツって書いてる。なぜならば江戸しぐさの提唱者がGHQでアルバイトしており、その関係で江戸しぐさが占領政策に採用された(って設定になってる)のだ。

             

             1986年に、「江戸の良さを見なおす会」名義で出版された最初の「江戸しぐさ」関連書籍『今こそ江戸しぐさ第一歩』の234頁には、つぎのような呼びかけが掲載されている。

                 
                マッカサー元帥の功績を顕彰し感謝の記念碑を建てましょう。そう呼びかけられた“江戸っ子wさん”の親類の方を探しています。昭和20〜1年ごろのことです。東京・日比谷のGHQ(連合国軍総司令部)を表敬訪問されたwさん(当時)の言い分は、明治以来80年の長きにわたって、江戸(東京)を占領し続けた軍人どもを打ち破り見事に東京を解放して、江戸っ子に返してくれたマッカサー閣下は、私どもにとっては永遠の恩人です。この大恩人に感謝し、再び弓をひく(戦争をする)ことのないように、子孫のために遺言を刻んだ顕彰碑を建たいということだったと思います。wさんの御親類か、ご存じの方がいらしたらご一報くださいませ。

                 

                この「江戸っ子wさん」という人物については不詳だが、当時「江戸の良さを見なおす会」を主宰していた芝がこの人物に共感し、マッカーサーを江戸っ子の恩人とみなしていたことがうかがえる。

                (「江戸しぐさの正体」132〜133ページより)

             

            というわけで豊臣の時代には朝鮮に出兵し耳を切ったり陶工を拉致ったりと朝鮮人に酷いことしてたのだが、徳川がもう戦争なんてこりごりだぜ。と、憲法9条を先どり、江戸の人々は平和な世の中で韓流ブーム(朝鮮通信使)や自由なエロ(春画)を謳歌し江戸しぐさと言ったマナーも発達するなど日本史上すごい良い時代でまたエコ(FUROSHIKIや打ち水を利用した持続可能な社会)でもあった。明治になって武士が天皇をうやうやしくフィーチャリングし富国強兵、朝鮮も植民地支配や差別や虐殺されてたけど、日本がアメリカとの戦争に負けると、マッカーサーは昭和天皇が小ちゃく見えるツーショット写真撮り、祭日や皇紀や教育勅語をやめ憲法9条を押しつけ、「日本を解体する」戦争プロパガンダWGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)によって日本軍性格悪っ!という戦前のイメージを植えつけ、ふたたび江戸のような民主的な国に戻すことに成功したと言う訳である。

            これは江戸しぐさ右翼説を否定するためにあえて単純化した歴史観であり、左翼がみんな天皇や戦前を否定しているわけではないのだが、それをふまえても上の毎日新聞記事のような、豊臣(悪い)→徳川(いい)→戦前(悪い)→戦後(いい)→今(悪い)がありがちな見解だ。きっと高橋史朗はじめ右翼は「左翼は昔の日本をすべて否定してる」って思い込みによって、じっさいは左翼の陰謀である江戸ブームを誤解している。

             

            朝鮮通信使「世界の記憶」登録祝う 韓国・釜山(11月26日 静岡新聞)

            http://www.at-s.com/news/article/topics/shizuoka/430393.html

            【釜山共同】韓国南部の釜山で25日、朝鮮王朝が日本に派遣した外交使節「朝鮮通信使」の関連資料が、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界の記憶」に登録されたことを祝う記念行事が行われた。登録を韓国側と共同で推進した静岡市の小長谷重之副市長をはじめ、長崎県対馬市や山口県下関市など日本側の関係者らが多数参加。日本の踊りも披露された。
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            記念行事に出席した小長谷副市長は「徳川家康公が築いた平和の礎を、若者の日韓交流などを通じ未来につなげていきたい。朝鮮通信使の精神を生かした自治体や民間の交流を大事にしていきたい」と話した。

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            大きいのが好き

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              秋元康,後藤次利,萩田光雄,カラオケ
              日本コロムビア
              ¥ 3,250
              (1994-02-21)

              食品のサイズが縮むわけは?(11月20日 yahoo!ニュース)

              https://news.yahoo.co.jp/byline/inosehijiri/20171120-00078375/

              ふだん食べているお菓子やチーズ、缶詰などの大きさが、いつの間にか小さくなっていた――。こんな経験をした人は最近多いのではないだろうか。一見、これまでと同じ大きさでも、気持ち小さくなった気がし、調べてみると確かに容量が減っている。でも値段は前と同じ。ネット上では「だまされた気分」「実質的な値上げでは」との声も相次ぐ。こうした現象は、英語のシュリンク(縮む)にちなんで「シュリンクフレーション」とも呼ばれる。なぜ今、シュリンクフレーションが起きているのか。

              ・・・

              ツイッター上では今、「くいもんみんな小さくなっていませんか日本」というハッシュタグへの投稿が盛り上がりをみせている。これもそう、あれもそうという情報が、証拠の写真やデータと共に、数多く寄せられている。

              俎上に載った食品は、クッキー、ガム、チョコレートなどの菓子類から、チーズ、マーガリン、牛乳、アイスクリームなどの乳製品、ウインナー、ハムなどの食肉加工品、カップ麺、カップスープなどのインスタント食品、缶詰、調味料にいたるまで、枚挙にいとまがない。どれも消費者になじみのある人気ブランドばかりだ。

              容器ごと小さくなった商品もあれば、10個入りだったのが8個入りになるなど、中身の数が減った商品もある。容器の大きさは変わらないが、開けたら中がスカスカになっていたという投稿もあった。

              投稿者のコメントには、「悲しい」「切なくなる」といった悲哀を漂わせるものもあれば、「だまされた」「ひどい」と怒りをあらわにするものも。いずれにせよ、財布を直撃された消費者のショックは相当大きい。

              ・・・

               

              「いつの間にか小さくなった食べ物」を共有するハッシュタグがせつない(10月19日 exciteニュース)

              https://www.excite.co.jp/News/smadan/E1508400884049/

               

              前は2-3人前だったのに! 「#くいもんみんな小さくなってませんか日本」まとめ(10月19日 ニコニコニュース)

              http://news.nicovideo.jp/watch/nw3025660

               

              先月下旬あたりから盛り上がっているらしいTwitterのハッシュタグ「くいもんみんな小さくなっていませんか日本」、語尾に日本つけるネーミングに日本死ね的左翼臭感じて投稿を見てみたところ、幾人かがアベノミクスとか言ってたので警戒心を抱いた。くいもんみんな小さくなってく現象は「実質値上げ」「値段据え置き」とか呼ばれ、ここ何年かでいっせいに行われる傾向があるため、値上げ前にニュースになることも多いはずであり、何で今さら話題にするんだという点もいささか疑問である。

              食品の実質値上げ(値段据え置きで内容量が減る)が各社いっせいに行われ、またそれがニュースになるのは10年ぐらい前からではなかっただろうか。ガソリンとかもすごい高かった気がするので原油高はあったと思うけど、原因が何だったのか検索したところ、干ばつによるオーストラリアの小麦不作だったようである。

               

              食品値上げ相次ぐ、森永、雪印、ニチロ、六甲バターなど(2007年12月14日)

              http://www.nikkeibp.co.jp/news/biz07q4/555379/

              森永乳業、雪印乳業、ニチロ、六甲バターは、それぞれ2008年以降に一部食品を値上げすると発表した。乳製品、冷凍食品を対象に、販売価格の引き上げや、実質値上げとなる容量削減を実施する。いずれも海外から輸入する原料の価格高騰などが要因。

              森永の値上げは2008年3月出荷分より実施する。販売価格の引き上げはアイスクリーム「エスキモー MOW」をはじめとする54品目。値上げ幅は3―20%。容量の削減は「クラフトスライスチーズ8枚」など21品目。減量率は4―20%とする。このほか家庭用チーズ2品目は10%減量したうえで価格を8―9%引き上げる。飲料/ヨーグルト12品目は価格を8%程度引き上げるなどして新商品として発売する。なお森永は2007年9月にも家庭用チーズ22品目を平均10%値上げしている。

              雪印は2008年2月より値上げする。「とろけるナチュラルチーズ使い切りタイプ」など41品目で価格を6―20%引き上げる。容量削減は「とろけるナチュラルチーズ ピザ用」など17品目を対象に2月以降順次行う。減量率は10―20%。

              ニチロは2008年2月より「あけぼの」ブランドの冷凍食品で価格を4―11%引き上げる。六甲バターは同月より「Q・B・Bチーズ」ブランドの業務用商品でプロセスチーズの価格を10―41%、ナチュラルチーズの価格を8―48%値上げする。

              また明治乳業も2008年3月より乳飲料/チーズ/マーガリンなど84品目を3―25%値上げすると発表している。

               

              子供に人気「駄菓子」がピンチ 個数減らし、小さくして実質値上げ(2008年7月21日 JCASTニュース)

              https://www.j-cast.com/2008/07/21023553.html?p=all

              小麦粉や食用油といった原材料の高騰で、製品値上げが当たり前のようになっている食品業界だが、安さが命の駄菓子はそう簡単に値上げができない。しかし現状では売れば売るほど赤字。安くておいしいと、子供たちに夢を与えてきた駄菓子業界が、追い詰められている。
              ・・・

                  「大手は値上げし、それ以外も小さくしたり、中身を減らしたりするなどして実質ほとんどが上げている」

              と話すのは、静岡市で駄菓子屋を営む女性だ。10円から買える駄菓子は、少ないお小遣いでもたくさん買える。子供たちに人気なのは昔も今も同じで、店にも100円玉を握りしめて学校帰りに集まってくる。子供たちの味方である駄菓子も、近年の原材料高のあおりを受けている。

                 小さいドーナツが4個入った「ヤングドーナツ」を製造する宮田製菓(岐阜県各務原市)は2008年6月から店頭価格を31円から42円に値上げした。発売を開始して以来23年間同じ値段を守ってきたが、初の値上げに踏み切った。同社の担当者によると、前年に比べて小麦粉が35%増、食用油は2倍、砂糖は15%増と、主原材料価格のほとんどが上がった。もう限界といったところだった。値上げを検討する際に、「1個減らして価格は据え置く」「1個増やして50円にする」といった別の選択肢も考えたが、取引関係がある問屋の意見も取り入れて決めた。

                ・・・

                 「秋にも実質的な値上げをする」と話すのは、20円のスナック菓子を製造しているメーカーだ。卸値は変えずに中身を13gから10gに減らす。ここでも原材料費は値上がり前に比べて2倍近くになった。もっとも厳しいのは、同社のような中規模の製造会社だという。大手は最新の高速マシンを導入して生産効率を上げ、人件費を減らすといった対策をしている。一方、中規模では設備投資する資金がない上に、生産量もそれなりに多いため人手がかかるのだ。1日あたり35万個の駄菓子を生産しているという同社の工場では約50人を雇っている。「価格を上げたいのが本音だが、50円や100円になっては駄菓子とは言えない」と話していて、減量は苦渋の決断だった。値上げに踏み切らない理由はもう1つある。

                  「競合がいる商品は値上げすると売れなくなる。どこまでもちこたえられるか、我慢比べだ」

                 10円スナック菓子の代表格「うまい棒」を製造するやおきん(東京都墨田区)も、「駄菓子は子供たちの夢である」という考えから、グラム数を減らして若干細くすることで価格を維持している。

               

              上の引用記事を見ていただいても、やはり小麦、油、砂糖などが高騰していた2008年に有名な食品の値上げが相次いでおり、これが実質値上げブームのはしりだったと記憶している。このときの値上げはよく覚えており、「これは一時的なもので、また大きく太くなる」と信じてた食べ物が、オーストラリアとか言わなくなってからもいっこうに元どうりにならなかったうえにむしろ実質値上げが常態化しているため、いまだになんやねんとは思っている。

              だがくいもんみんな小さくタグに反発するのは何か左翼臭ぇということだけでなく、それらに取り上げられている大手メーカーの食品などはスーパーで値引きされるので値段があってないようなもんだし、カントリーマームとか別にそれ食べなきゃいけないもんじゃないだろっていうのもある。企業はいかにバレずに小ちゃくするかで苦労しているだろうが。

              私はポッキーやルマンドは100円といったように「このレベルの菓子は○円にならないと買わない」とか「なんとかの店が一番安いからそこで買う」という決まりが多く、大手企業の菓子を定価で買うことはまずない。だからこういう内容で絶対、カルビーのポテトチップスは昔いっぱい入ってたのに今ほとんど空気!って言われるけど、ポテトチップスはけっこう60円台とかで売ってる(定価不明)から別にそこまで高くはないっていうか個人的にお得感があるほどだ。

               

              https://www.youtube.com/watch?v=l-AcOqJCf48

               

              https://www.youtube.com/watch?v=xMirtlLR9rw

               

              空気ばかりとよく値上げの象徴として取り上げられるカルビーポテトチップス(1975年発売)。1977年のCMでは「100円で、カルビーポテトチップスは買えますが、カルビーポテトチップスで100円は買えません。あしからず」と言っているように、当時90gで100円、袋に値段を記載しているうえ中身が透け透けで空気はあまり入っていない模様。

              1980年生まれの私はこの透けバージョンは見たことがなく、またいかなる変遷を辿ってきたか詳細は不明だがWikipediaによれば2007年時点で定価が145円にもなっており、内容量は90gが85gに減量され、前述の2008年の実質値上げブームの際には158円まで値上げされていたそうだが2010年に148円に値下げ、しかしその後東日本大震災に被災して値段据え置きで70gに減量、今公式サイトでポテトチップスの画像を見ると60gと表示されているのでここ10年で30gも減っていることになる。

              定価が2007年に90gあたり100円が145円になっていることを考えると、藤谷美和子がCM出演していた40年前と比較にならないほどの値上げである。だが60gのレギュラーサイズ、定価が150円だかいくらか分からないけども、少なくともスーパーではだいたいその半額以下で売っているはずなので税込み75円と仮定すると100gあたり約125円、1977年に定価で買うのより100gあたりで15円程度高くなったという感じで、私は40年のわりにはそこまで変わっていないと考えるが、これを高いとみるか安いとみるかは貴方次第である。

              というのも田舎では昔、スーパーやディスカウントやドラッグストアのような、菓子を特売で買える店は少なかった。意外に駄菓子屋などというものもなく、「よろず屋」というのか、ちょっとした菓子パンやアイスやジュースや酒や野菜や文房具や洗剤を売っているようなこじんまりした商店が多くもちろん定価だったので、90年代ごろまでさかのぼった場合は菓子の量が多かったからといってけっして今より安かったとは言いがたいのである。

              今菓子をたらふく食べたいと思ったら韓国やマレーシアの怪しい輸入品などもよくあるけども、当時はそんな選択肢もなかったのだ。そのかわり田舎の商店は店のおばちゃんが顔見知りなため、忘れ物をしたり急にフィリックスガムが食べたくなったときなどは手持ちのお金がなくてもつけ払いできたのでけっこう重宝したのだが。

              また実質値上げは小分け包装も原因の1つとしてあるだろう。これもいろんな菓子を少しづつ食べたいし湿気は許されぬという小分け原理主義者の私からいうと、値上げしてでもいいから小分けにしてほしいと願っているし、ダイエットに敏感なおなごや食の細い年寄りには特にそういう需要があると思われ、ポテトチップスも60g程度なほうが食べきれてむしろ丁度良いくらいである。

              それにしても温暖化がゴリ押しされていたころは、市販の菓子が安いのはガーナとかで子どもの労働力を買いたたいているからで、現地の子どもたちはチョコレートを食べることさえもできないのだ。と言われ、むしろ左翼によってフェアトレードなど割高な商品がもてはやされていたのに、同じ左翼でも「くいもんちいさくなってませんか」などと、かっての三一新書の原価厨みたいな問いかけがいまだになされることにも驚いたし、一番上の引用記事によれば俎上に載ったのもクッキー、ガム、チョコレート、チーズ、マーガリン、牛乳、アイスクリーム、ウインナー、ハム、カップ麺、カップスープ、缶詰、調味料とロハスからすると不健康極まりない食品ばかりだ。で何で温暖化が南北問題と関係あるかというと、温暖化ちゅうのは先進国がエネルギー使いまくってるのに、海面上昇したり熱帯雨林切り開かれたりと、環境破壊のしわ寄せの多くが後進国に逝ってるってとこからきてるので、ロハスに多い国産を食べようってのも、ニッポンだーいすきとか身土不二といったスピリチュアルな見地だけではなく、本来は世界中で搾取し環境破壊し体に悪い物作っている多国籍企業への抵抗という社会的な意味合いも強かったのである。


              私が選ぶ名曲

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                小室哲哉が天才だと思う楽曲ランキング(11月7日 gooランキング)

                https://ranking.goo.ne.jp/column/4633/

                 

                小室哲哉は80年代から活躍してたけど、私は幼女だったためTMネットワークはカメリアダイヤモンドのCMソングくらいにしか知らなかったしどっちかというと宇都宮隆のほうが人気あった気がするので、やはり年齢的には小室氏が勢いずいていく1995年前後、このブログで言うくしゅくしゅソックス時代からルーズソックス時代にかけての楽曲群がもっとも印象深く記憶に残っている。ずっと前にも書いたようにくしゅくしゅソックス時代はチャゲ飛鳥とか浜田省吾とかユーミンとか、ベテランでなおかつあまりテレビ出ないような歌手がドラマの主題歌とか歌って大ヒットすることが多かったし、若い女に向けた歌といえばとにかくドリカムだった。

                この時代は歌詞を見る限り嫁入り前の大学生〜社会人あたりが繰り広げる恋愛模様であり、中高生にむけて10〜20代前半くらいの若くて化粧の濃い女が結婚を前提としていない恋愛を歌う、今では普通となった歌手の売り出し方は当時まったくなかったように思う。それがルーズソックス時代以降は、くしゅくしゅ時代から芸能活動していた安室奈美恵や華原朋美、hitomiなどが小室氏に新たに命をふきこまれコギャルの新しい生きざまを体現するようになった。

                そういうわけで、小室サウンドは女子中高生に熱狂的に支持されたのだが、歌詞が支離滅裂でやかましいこともあってそれ以上の年齢の人のリアクションは「訳わからねぇ」というのが大半だった。これはルーズソックス第二世代から小室ファミリーにとってかわった宇多田ヒカル、浜崎あゆみ、椎名林檎あたりといった女の歌手が若人以外からもそこそこ支持されていた(少なくとも意味不明ではなかった)のとは対照的である。

                 

                SHAKE YOUR BODY FOR ME(1992年 観月ありさ)

                先ほども書いたように90年代前半はあまりテレビ出ないようなベテランのシンガーソングライターがドラマやCMタイアップ等で人気大爆発することが多く、歌謡曲って感じの歌唄うアイドルはというとモーニング娘。が出てくるまで(厳密にはモー娘。に後藤真希が加入するまで)完全に廃れていた。そんななかでも東京パフォーマンスドールとか桜っ子クラブとかリボンとかココといった、乙女塾出身者などで構成されたアイドルグループは存在したし、また宮沢りえや西田ひかるのようなCMアイドルが歌を出し健闘することはあったものの、ヒットソングの主流ではなく天下のジャニーズさえ光GENJI以降は低迷していたほどである。

                だがそんなくしゅくしゅソックス時代(1989〜94年)におけるアイドル冬の時代こそが小室全盛期の伏線であった。私がもっとも初めに感銘を受けた小室ソングは宮沢りえ「ドリームラッシュ」(1989)なのだが、Wikipediaによるとこれが小室氏がトータルプロデュースを手掛けた最初の楽曲だそうである。

                TMネットワークになじみのない私にとっては、90年代アイドルプロデュースこそが小室氏の本領発揮であり、朋ちゃんはじめルーズソックス時代以降に活躍した小室ファミリーの女たちの多くがすでに芸能界で活動歴があったり、小室氏の初婚の相手がキララとウララとかいうB級アイドルの片割れだったのもそのことを示唆しているように思う。さて前置きが長くなったが、観月ありさ「SHAKE YOUR BODY FOR ME」はフジテレビ系で放送されていたぼくたちのドラマシリーズ第一弾「放課後」の主題歌だった。

                「放課後」は尾道で高校生の男と女が入れ替わる映画があったと思うがあれと同じ話であり、観月氏の相手役はいしだ壱成だった。同じドラマに当時いしだ氏とともに「フェミ男」と呼ばれた武田真治も出演しており(こちらはどっちかというと同時期放送されていたナイトヘッドって深夜ドラマで頭角を現した)、また同じく観月ありさの援助交際ドラマで初めて見た袴田吉彦などは今まで見たことのないタイプの俳優で、くしゅくしゅソックス時代前期には織田裕二、加勢大周、吉田栄作、くわえてちょっと個性的なのに江口洋介や萩原聖人がいたけど、その誰とも違う新しい時代を感じたし、ぼくたちのドラマシリーズは嫁入り前の女が繰り広げる浮ついた恋愛模様などでもなければ学ランやセーラー服でもない、ブレザー(必然的にスカート短い&非ヤンキー)の学園ドラマというのも非常にくしゅくしゅ的だったのである。

                観月ありさの楽曲で小室プロデュースといえば同年に発表され同じアルバムにも収録されている「TOO SHY SHY BOY」、キリンシャッセという瓶に入ったフルーティーな微炭酸ジュースのCMを思い出される方が大半だろうが、有名曲なだけあって私にはいささか大衆的すぎるというか、格好良さでは断然「SHAKE YOUR BODY FOR ME」だ。いづれにせよ手つなぎやキッスでドキドキするといった学生さんらしい爽やかな恋愛ではなく、男をリードしどことなくコギャルをも感じさせる強気な少女、そういう歌詞を92年時点でアイドルに提供しちまうところに小室さんの先見性が垣間見える。

                 

                キスは少年を浪費する(1993年 東京パフォーマンスドール)

                東京パフォーマンスドールは解散後に篠原涼子や市井由理が在籍したことで有名になったアイドルグループで、活動中は吉本興業などのお笑い番組でよく見かけた気がする。この曲を知ったのも確かダウンタウンの番組だった。

                この曲は作詞が売野雅勇なので小室氏の歌詞とはまた違う、ちょっと妖しい世界観が小室ソングの中では新鮮なのにくわえ、やけにノリノリで東京パフォーマンスドールの楽曲の中でもひときわ異彩を放っている。のちに元メンバーの篠原涼子が独りで歌った「恋しさとせつなさと心強さと」(1994年)が人気大爆発したことが小室時代の幕開けとなった。

                 

                寒い夜だから(1993年 trf)

                この曲を初めて聞いたのは、フジテレビがHEY!HEY!HEY!の前に一瞬だけやってて飛鳥の怒りを買ったことでも有名な古館伊知郎司会の歌番組「MJ」であったと思う。この年にデビューしたtrfはアップテンポの「EZ DO DANCE」がすでに有名だったが、本格ブレイクしたのはこの曲以降であり、もしかするとTHE BOOMの島唄みたいにMJの放送がきっかけになって売れたのかもしれない。(WikipediaによればMJがヒットさせたのはBOOMと橘いずみだけだそうだが)

                この曲を聴くと本当に1993年の冬がフラッシュバックするようである。trfは小室時代初期にヒットを次々と飛ばし、MJに変わって始まったHEY!HEY!HEY!にも初めのころはしょうっちゅう出演していた。

                 

                CANDY GIRL(1995年4月 hitomi)

                この曲は制服の女子高生が出演するコダックの使い捨てカメラのCMソングだった。プリント倶楽部が出てくる直前でもあり、すでに盛り上がっていた自撮り文化が爆発せんとする頃である。

                まだ始まって半年くらいのHEY!HEY!HEY!で、すごいミニスカートのハレンチな女が私に声かけてきてねとか歌ってるのを聴いたときはとってもびっくりした。その時の動画あるんじゃないかと今しがた確認したところ、hitomiはミニスカートではなく韓流アイドルばりのショートパンツをはいていたのだったが、とにかく脚の主張がすごくてさすがサーファー雑誌のモデルだっただけありコギャルの生足感覚を先どりしていたと思う。

                小室作品の中では地味ながらhitomiによる歌詞も秀逸で、この曲によってルーズソックス時代が幕開けしたといっても過言ではない。ちなみにhitomiってこの前にも何か曲出してたような気がして調べたところ2曲出しており、そっちも小室作曲でポケベルのCMソングだったそうだ。

                 

                Feel Like dance(1995年8月 globe)

                前述の「寒い夜だから」以降trfが人気爆発し、1994年「survival dAnce 〜no no cry more〜」「BOY MEETS GIRL」1995年「CRAZY GONNA CRAZY」と順調にヒットを飛ばし続けたが、1995年2月発売のカメリアダイヤモンドCMソング「マスカレード」から「ん?」となってきた。そして同年8月、この「Feel Like dance」でglobeがデビューすると、その曲を初めて聴いた者たちは皆trfが歌っているものと思って疑わなかった。

                倉木麻衣がデビューしたとき誰もが宇多田ヒカルと思ったように、矢井田瞳がデビューしたとき誰もが椎名林檎と勘違いしたように、globeの第一印象は完全にtrfだったのである。しかしglobeがtrfの上位互換であることに気づくと、皆は一瞬でtrfを忘れ去った。

                小室さんがglobeに力入れるぜ!ってなったとたんtrfが目に見えておざなりになってきて、今思うとその予兆が「マスカレード」だったのだろう。篠原涼子も、朋ちゃんに力入れるぜ!ってなったため提供曲が雑になり、trfと篠原涼子は小室全盛期を決定ずけた二大巨頭でありながらもルーズソックス時代の荒波を生き抜くことはできなかった。

                そういう点では「CANDY GIRL」同様、trf・篠原体制のくしゅくしゅソックス時代に終止符を打ち、華原朋美や安室奈美恵など小室ファミリーが第二世代に刷新するうえで非常に意義深い曲だったのである。ただglobeは他のファミリーに比べると比較的コギャル色(仲間たちとか街じゅうさすらうとか何が正しいか分からないといった価値観)は希薄だった。

                 

                keep yourself alive(1995年9月 華原朋美)

                華原朋美のデビュー曲で、この時点ですでになぜか小室さんの彼女と知れ渡っていた。Wikipediaによると華原朋美の生き様を小室氏が詞にしたということだが、傷を抱え刺激や欲望うずまく街じゅう彷徨う若い私だけどいつか素直な自分を誰かに見せたい(管理人要約)・・・みたいなルーズソックス感満載の歌で、そのさすらってた街じゅうで誰か(小室さん)に出会えた感動と素直な自分を必ず(小室さんに)知ってもらうという決意を(小室さん作詞で)歌ったのが「I'm proud」と考えられるので、2曲同時に聴いて華原朋美の半生に思いをはせていただきたい。

                keep yourself aliveを出した時点ではまだ朋ちゃんはテレビ出てなく、少なくとも私はミュージックビデオの一部を見ただけだったため、不思議な化粧をし真剣な表情で蛍光灯を持つ姿に引きつけられた。キティーちゃんだつゆだくだというキャラが判明したのはおそらく「I BELIEVE」以降と思うが、歌の内容や服装もさることながらその生き方が飯島愛と並びルーズソックス世代の先輩格だったと思う。

                 

                安室奈美恵さんのベストアルバム 5日間でミリオンセラーに(11月14日 NHK)

                http://www3.nhk.or.jp/news/html/20171114/k10011222411000.html

                 

                というわけで以上が私の名曲セレクションだが、小室プロデュースあるいはルーズソックス第一世代の代名詞存在でもある安室奈美恵の歌は入っていない。安室氏が小室プロデュースになったのは1995年10月発売の「Body Feels EXIT」以降であり、その前にすでに安室氏は「TRY ME」「太陽のSEASON」「Stop the music」といったユーロビトの楽曲群ですでにルーズソックス化していたため、小室プロデュースに関してはいつの間にか切り替わってた・・・って感じで、他の歌手に比べてあんまり記憶になく、どっちかというと「TRY ME」が出たときの方が強く印象に残っているのだ。

                先々月に引退を表明し、店内音楽でもよく安室氏が流れるようになり、このCD売れない時代に8日発売のベストアルバムが100万枚突破したということで、引退はまだだいぶ先ながら安室フィーバーが起こっている。ベスト盤は全盛期の小室プロデュース作品はもちろんのこと、コーンフレーク全盛期下のシリアルアイスCMソング「ミスターUSA」(1992年)や同じくロッテのCMでもっとも最初期に安室氏を世に知らしめた「愛してマスカット」(1993年)、また人気がウナギのぼりになっていったユーロビートなど、くしゅくしゅソックス時代から混迷のルーズソックス時代にいたる代表曲すべてが、現在の本人による歌唱で収録されているとのことで、感慨深いなー。と、聴いてもないのに思った。

                しかし途中で小室ファミリーの時代が終わったにもかかわらず、いかにして安室氏はここまで来たのだろうか。1997年の初めに「CAN YOU CELEBRATE?」が大ヒットしたのだが、これは小室氏の才能が衰えるギリギリのタイミングだった。

                しかし小室さんが飽きられつつあったことも手伝ってか、この頃になると安室ちゃんも調子乗ってるとかやる気ないとか言われ、そのテンションの低さから叩かれることもそこそこあったように記憶している。それが10月の結婚妊娠発表をさかいに祝福ムード一色に変わり、その後産休から復帰後も家族の不幸がありながら淡々と頑張る姿に皆が心打たれ、のちに子育てしながらマイペースに活動、その衰えを知らぬ可愛い容姿もアンチエイジングの時代に合致し大人女子となったルーズソックス世代のあこがれの存在であり続けたという訳である。

                 

                安室奈美恵、小室哲哉と再会の握手 16年ぶりコラボ曲「How do you feel now?」で“渋谷ジャック”(11月15日 モデルプレス)

                https://mdpr.jp/news/detail/1727934
                 

                またこのアルバムに小室ソング「How do you feel now?」も収録されているという。CMで流れる部分を聴いた限りでは「あの時代熱かったよね」と激動のコギャル時代を振り返る、押切もえの姿が何故か脳裏に浮かんだ。


                在りし日の中国

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                  幕内秀夫の関連人物の帯津良一が肥満にもかかわらず粗食の本を出しているのを見て、粗食って何なんだ。と疑問を抱き、本屋で帯津先生の本ありそうなコーナーで視界に入ってきた奴を立ち読んだ。なのでタイトルとかは覚えてないし詳細までは読んでないのだけど、食べ物について語ってるページで帯津先生は好きな物を楽しんで食べるのが一番いいみたいな感じで、けっきょく粗食が何なのかよくわからなかった。

                  そこで粗食を画像検索してみたのだが、粗食というのは和食であり基本的にはご飯と味噌汁と漬物、それに魚や卵をつけたりといったものもあるが、私的にはそういう動物性たんぱく的な品をつけると豪華な感じがし粗食っていうより普通の和食な気がする。幕内氏が食事をブログにアップしているのを見ても、やはり魚や卵のおかずがあるためにあまり粗食って感じはしなかった。

                  というか実際和っていうところがポイントな気がして、美健ガイド社の白砂糖は麻薬!みたいな本見ても和菓子だって白砂糖使ってると思うけど描かれているのはケーキだったりチョコだったり炭酸飲料だったりと戦後ひろく食べれるようになったような菓子ばかりで、小麦も同様にカップラーメンのような不健康な物を除いてはアジアのイメージのある麺類よりもっぱらパンばかりがやり玉にあがる傾向にある。基本的にニューエイジでは欧米が悪なので、アメリカから伝来した食べ物はもちろん、科学的な見地からたんぱく質やビタミンなど栄養成分を特定しそのバランスを整えるというよりは、おそらく中国四千年あたりで言い伝えられてそうな体を冷やすとか温めるとかいうほうのバランスを重視していると考える。

                   

                  陰陽五行思想(Wikipedia)

                  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%B0%E9%99%BD%E4%BA%94%E8%A1%8C%E6%80%9D%E6%83%B3

                   

                  とりあえず参照としてWikipediaを貼ってみた↑けど、私には何書いてるかさっぱり分からぬ。でニューエイジ的には欧米が悪なので、東洋で昔から言い伝えられている知恵とか、白人に迫害された歴史のインディアン(ネイティブアメリカン)などがもてはやされる傾向にあり、必ずしも日本でなければいけないわけではない。

                  というか私が記憶しているかぎり、日本はすばらしいとか、ほぼ和食であろうマクロビオティック、またマクロビから派生した可能性が考えられる白砂糖、牛乳害悪論などがポピュラーになったのはここ10年くらいの話で、90年代までは日本消費者連盟や三一新書(あぶない化粧品)や週刊金曜日(買ってはいけない)といった左翼系グループによって添加物の害や原価などを告発するほうが圧倒的に多かったし、牛乳も高温殺菌か低温殺菌かとかいう議論はあったけど、飲んではいけないってのは聞いたことなかった。昔からあるマクロビオティックも今みたいにスイーツな女たちが健康法として取り入れるってよりは、ほびっと村とかのガチな人々とかサブカル野郎みたいな、左翼の中でも変わり者のあいだで昭和50年代ごろから細々と実践されていたにすぎなかったと思われる。

                  で2000年代以降の傾向はというと、トヨタのハイブリッド車をアッピールするべく愛地球博あたりを契機に2008年ごろまでテレビや小池百合子などによってエコの重要性がさかんにうたわれた時期があって、その大部分がニューエイジや左翼の思想にもとずいたものだったのだが、そのころからマクロビだけではなく、江戸の知恵とかMOTTAINAIとか古民家とか地産地消とか産婆さんによる幸せなお産といったように、GHQ(もしくは明治維新)以前の日本こそがガチのエコみたいな話になってきて、右翼とか左翼とかいうのもあんまり関係なくなってきた感がある。最近こういうエコや健康がニッポンだーいすき(by美健ガイド社)化する前ってどんなんだったっけ。と思い出そうとしているのだが、日本消費者連盟のような対大企業の消費者運動とはまた別に、西洋よりも東洋の方が偉いっていうニューエイジ枠では日本よりも中国四千年のほうが断然はばをきかしていたように思うのだ。

                  だからほっこり系(北欧)よりもひとまわりかふたわりくらい年齢層が高いと思われるマガジンハウスの「クロワッサン」誌では、別冊などでよく漢方やツボなどが特集されているし、かっては中国茶や薬膳や霊芝など中国に対しておぼろげに健康のイメージがもたれていた。昔のYouTubeとか見てると不良やYMOがチャイナ服着てたりするし、ジャッキーチェンがすごい人気だったし、日本の子供向けもドラゴンボールやらんま、魔法少女ちゅうかなぱいぱい、またNHKで人形劇三国志やシルクロード、映画「敦煌」「ラストエンペラー」など、とくに80年代に中国関連のコンテンツが多い。(ラストエンペラーは日本の制作ではないけど坂本龍一が出演と音楽を担当していた)
                  その起源は1972年の日中国交正常化におけるパンダブームやブルースリーあたりにまでさかのぼる気もするが、とりあえず日テレのドラマ「西遊記」あたりじゃないかとWikipediaを読んでみると「1978年は日中平和友好条約が調印された年であり、当時としては画期的な中国ロケが中華人民共和国中央広播事業局の協力のもと行われた」って書いてたので、日中平和友好条約にともない今の韓流ブームのようなゴリ押しが当時あったのかもしれないと思った。といってもカンフー映画=香港は当時イギリス領だったが。

                  2007年からテレビで中国は急激な経済成長の裏で環境破壊で不健康で反日で弾圧でパクリでマナー最悪っていう報道が多くなされるようになり、日本人に中国の文化がリスペクトされる機会はめっきり少なくなった。帯津氏の本を読んでいると気功にそのページがけっこう割かれていたためそんなことに思いをはせるようになったが、ある時期まで中国の人や食べ物に対して何か四千年の歴史に裏打ちされた不思議な力が宿っているイメージは確かにあったのだ。

                  ヨーガもサリン事件があったのでしばらくタブー視されてたけど、その後2000年代におけるエコという名のニューエイジ解禁時代から意識高い系の体操として復権した。その点が気功やツボみたいなのが帯津氏やクロワッサン誌といった年配のファンが愛好するにとどまっているのとは対照的で、なぜ中国四千年はインドのようにスイーツ化できなかったかについていづれ気が向いたときに考察してみようと心に誓った。


                  トランプの夢

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                    今豆菓子をポリポリかじるのにハマっており、この菓子もてっきり中に落花生が入ってるものと思って買ったのだが何も入ってなくてがーんてなった。カンパンで有名な三立製菓なだけあり、しょうゆ味の乾パンという趣である。

                    しかしなぜこれがトランプなのだろうか。「トランプの中にひろがる夢を見ました やさしいハート じょうひんなスペード おだやかなクラブ おしゃれなダイヤ こんな夢を軽やかな歯ざわり 素朴な風味にたくしてあなたにお届けします」とだけ書かれており、日本語でおk。となった。

                    カンパンは黒ゴマの風味がほんのりだが、こちらはあおさの香りがトランプの中にひろがる夢をたくされている。


                    くしゅ字

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                      10年ぐらい前に畠山鈴香って人が自分の子供とその友達を殺害し、連日ニュースで騒がれていた。私自身は殺人事件とかあんまり関心なかったが、それよりネットで見かけた卒業文集の寄せ書き画像に目を奪われた。

                      畠山鈴香は1972年度の早生まれ(1973生まれ)のようなので、卒業文集は1991年の3月である。全部文字が同じなので畠山が自分で書いたんじゃないかとも書かれてたけど、脱丸文字し始めた4,5年間の女子高生の字ならばこんなもんだ。

                      たまに男の文字があったり丸文字を書く人もあるが、ハネが大きかったりタテ棒が長いのがくしゅくしゅソックス時代特有の文字であろう。また手書きではない文字にもくしゅくしゅ時代の流行があった。

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                      こういう音楽関係のジャケット等において、カクカクした切り絵みたいな読みにくい文字を80年代後半から90年代前半のごく限られた時期によく見かけた。この字はやはり95年あたりをさかいに消え、それに変わったのが下画像のソックタッチや篠原ともえのCDみたいな文字である。(ソックタッチのデザインはおそらく20数年以来変わっていない)


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