平成後期

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    評価:
    ねお
    角川春樹事務所
    ¥ 1,320
    (2019-08-01)

    前はギャルや若い娘さんの話題が多かったけど、いつのまにかギャルいなくなり雑誌も韓国コスメの広告と化した(ふろくがメインで雑誌の内容がない)ので今はとくに書くことがないし興味も失せてる。しかし2010年代と平成がちょうどダブルで終わった年なので最後の力をふりしぼって若い娘さんの10年を走馬燈のようにふり返って逝こうと心に誓った。
     

    2010年(KARA年)

    2010年は夏からKARAと少女時代を中心とするK-POPの激しいゴリ押しが始まっている。今でこそ韓国で日本人がアイドル活動し、また日本でもシースルーバングや韓国コスメ、オルチャンメイクが普及して日韓の差がちじまりつつあるけども、それは2015年以降の傾向で当時は韓国人の髪型や服装が違いすぎてしばらく目が慣れなかった。

    その違和感ってなんだったろうと思い返してみると、ズボンがハイウエストすぎ、脚が全部出てる、顔が白塗り、チークつけてない、眉毛が濃くてまっすぐ、髪が巻かれてない・・といったところだ。ほとんど今では主流となってしまったが、裏をかえせばそのころ日本でズボンといえば腰ばきが主流でハイウエストなど売ってなく、ミニ丈で脚を出したとしてもスパッツやタイツをはいているかロングブーツでふくらはぎがおおわれていて、まゆげは薄く角度がついていて、髪は巻いてることが多かった。ということである。

    2010年代においては最初の年からこのような韓国の服装や化粧の影響があったので、その前段階である2000年代後半からふりかえっておくと、ユニクロやファッションセンターしまむらなどファストファッションの存在感が年々ましてて90年代においては明確にあった、若い娘はこのブランド、○○系はこの雑誌・・みたいなカテゴリがだんだん希薄になりトレンド創出もマスコミ主導になってた。もともとパギンスとか言うてズボンの柄をプリントしたスパッツがあったのにくわえ、この年はユニクロからレギパンが発売されているのでスキニーはくのも苦しくなくなり、老いも若いもみんなチュニックやダウンジャケットやムートンブーツ・・といったカジュアルかつお求めやすい衣料、また若い娘さんのあいだではロリータなど一部マニアでしか見かけなかったリボンやハートやお花をモチーフにした少女趣味の服や化粧品が2000年代半ばから多くなっており、万人受けのモテな服装からお姫様みたいなのまであった。

    当時の人気歌手に西野カナがおり、ガーリーなワンピースに麦わらのカンカン帽・・みたいなイメージで、このころブレイクしたポップティーン出身のローラも最初はそういう服装だった。じっさい2010年に西野氏がカンカン帽かぶってる画像があって、すでに日本でiPhone売ってたのにガラケー使ってるのが10年前のギャルって感じだ。

    またK-POPと同じくしてAKBのゴリ押しも始まってきた時期で、雑誌の表紙や専属モデルにAKBが起用される例が2008年ごろから非常に多く、アイドルがファッション誌に進出してくる現象はたぶん今でも続いている。それより年齢層が上だと2000年代に隆盛をほこったグラビアアイドル界より、優木まおみ、ほしのあき、優香といった面々が若作りや体型維持のムードを牽引しており、サエコや梨花をファッションリーダーとする雑誌も多かった。

     

    2011年(震災年)

    東日本大震災が起こったこの年、きゃりーぱみゅぱみゅが脚光をあびた。デビュー曲PONPONPONのビデオを初めて見たとき、曲はperfumeとかすでにあったので何とも思わなかったものの、顔というか化粧のケバさがギャルやキャバ嬢とかわらんなぁ。という印象を抱いたのは今でも覚えている。

    雑誌で言うたらzipperとかケラみたいな系統、イガリメイクが流行する前から目の下に濃いチーク入れてたりメイクも個性派なイメージがあるのだが、PONPONPONのビデオは面白おかしい服やリボンを隠して顔面だけ見たら普通にギャルなことに意外性を感じた。それにしても2011年といえばもう原宿とかそういう時代でもなくなってたので、なぜここできゃりーぱみゅぱみゅだったのか。を考えたとき、露骨に外国人受けを狙ったコンセプトから、日本のKAWAII文化を世界にアッピール・・みたいな国策によって作られたスターだったのではないかという疑念は今でも強くある。

     

    2012年(涙袋年)

    というわけで、第一印象ケバッ・・だったきゃりーぱみゅぱみゅだが、翌2012年にはそうでもなくなってた。この年に発売されたきゃりーぼーんという著書の表紙を見ると、PONPONPONのときは目のまわりが黒ぐろとしてたのが涙袋とカラコンのナチュ盛りに変化しており、同じ傾向はギャルメイクにもあった。

    涙袋とは下まぶたのふくらんでる部分で、ここにキラキラと明るいアイシャドー塗ってツヤ出したらアイラインやつけまつげで黒ぐろと囲まなくとも目が大きくうるんで見えるという理屈だ。この年は韓国から伝来したというふれこみで突然に涙袋メイクの一大ブームが起こっていたけど、涙袋にキラキラ塗るのはそれよりずっと以前から日本にあるメイク法であり韓国ってよりギャル雑誌のモデルやってて整形疑惑もささやかれてたAKB板野友美のほうが涙袋のイメージが強く、板野氏のものまねメイクやってたざわちんはこの時期に有名になった。

    ルーズソックス時代以降、まつげをできるだけバサバサさせて目元を強調し眉毛やリップは色控えめっていう化粧のバランスは変わることなかったのに、涙袋ブームをさかいにデカ目命だったアイメイクが薄くなっていく。ぎゃくに口紅が濃くなってくるのだが、当時の板野友美を見るとまだ髪の色が明るく眉毛が薄くつりあがってて口紅も赤くない。

    しかしこの年に色落ちしないクレヨンリップが発売されてるしJELLYの表紙を見てみるとすでに赤い口紅塗ってる。眉毛はまだ薄いようなので、2012年はカラーレス・盛りのギャルメイクから太眉・赤リップへの過渡期だろう。

    涙袋メイクやものまねメイクといった点からも、この時期からおしゃれにおいてはファッションよりメイクの比重が高くなってきたのがうかがえる。今は読者モデルや芸能人がこぞってYouTuber参入してるけど服よりもメイク動画あげがちだし雑誌のふろくもここ5年ぐらいは化粧品ばかりなのだった。

    平成中期のほうが眼を大きく盛る化粧法やモテメイクなどの関心が高かったのではないか。と思われるかもしれない。しかしその当時はまだかろうじて○○系みたいなカテゴリがあったため、ギャルはギャルの服に合うギャルメイク、モテ子はモテそうな服に合うモテメイク、など系にふさわしい自己実現のため来る日も来る日も同じメイクしてたのに対し、現代の娘さんは服がシンプルで系の縛りがないぶん、デートの日は彼受けメイクだけど明日は韓国メイク・・のように、メイクの濃さや髪型、小物に工夫をこらし日によって違った雰囲気を演出するのが楽しいものと推測される。

    服はというと足もとのバランスが変わってて、それまで足露出するさいはスパッツやロングブーツはきがちだったのに、足の甲をおおうショートブーツやグラディエーターサンダルの人気が出てきて、大人たちや男たちにはすこぶる不評でなおかつ速攻で飽きられたタトゥーストッキングも人気爆発した。ここで重要なのは中途半端な丈の靴やストッキング、またメイクにおいては赤口紅など、ルーズソックス時代以降20年近く若い娘が身につけることをはばかられたものが、しだいに解禁されてきたという点である。

    過渡期としてはK-POPのゴリ押しが急になりをひそめ、夏には李明博が竹島上陸しそれまで賛美一辺倒でフジテレビデモなど嫌韓潮流をいっさい黙殺してたマスゴミが「韓国人じつは反日」みたいなことを言い出すようになり、新大久保にはもはや人っ子1人いないかのように伝えた。そのいっぽうで高校生にもスマホが普及してきて韓国のアプリが広まった。

     

    2013(かきあげ年)

    涙袋ブームによるアイメイクのナチュ盛り化やざわちんの台頭よって、盛り(目を大きく偽る、派手でイケてる女の子になる)一辺倒ではなく好きな顔に作り上げる超絶技巧としてのメイクに関心が高まり、半分だけメイクしてその違いに驚く「半顔メイク」がとりざたされたり、YouTubeのメイク動画が関心を集めるようになってきた。髪型としてはかきあげ前髪の人気が急上昇し、前年に創刊した大人可愛い雑誌「andGIRL」で見かけて可愛いなー。と思ってた中村アンとテラスハウスで名をはせたギャルモデル今井華がかきあげの代名詞的存在となる。

    カラーレスメイクから太眉・赤リップに移行しつつあり、くわえてかきあげ前髪ということで、ルーズソックス時代以降20年近く敬遠されてきただろう「大人の女」スタイルが復権してきて、翌年の資生堂マキアージュのキャンペーンにおいては「レディにしあがれ」とうたわれていた。JKではギャル雑誌「Ranzuki」がリニューアルしており、雑誌はけっきょくパッとしなかったのか廃刊してたけども中心モデルとなるちぃぽぽを見るとギャル感残しつつも髪の色がダークトーンにメイクもナチュ盛りになってスマホ世代のおしゃ顔がすでに完成されている。

    奇抜な服装のギャル「ネオギャル」がメディアでもてはやされたり、ネオンカラーやストライプ、ボタニカル柄の衣料が多く出回り、のちにガウチョやハンサムコーデなどジェンダーレスでコンフォータブルなゆるい雰囲気が主流になるのだが、その過渡において服が謎にド派手になった瞬間だった。千鳥格子も爆発的に流行してて、前年のタトゥーストッキングといい2012-13年ごろのファッションは迷走ぷりがはなはだしい。

    少女時代が日本で発売した曲のミュージックビデオ。出演してる皆さんの服装がネオンカラー、ストライプ、ボタニカル柄のスキニーなど今見るとよくわからないセンスなのだけど、2013年に売ってた服ほんとにこんな感じだった。

     

    2014(バーガンディ年)

    2012-13年のJKの大変化を見、ギャルが終わりつつある予感がした。ギャルに興味を抱き、モデルさんがかわいく、ふろくついてなかったのを理由にRanzukiのお姉さん格にあたる「JELLY」を読んでたら、途中からふろくがつきはじめた。

    それがEMODAのマニキュアで確か小ちゃいのが4本だか5本だか、今からするとちっともたいしたことないけど当時はメイク用品のふろくなんて見たことなかったしすごい豪華だと思った。この後JELLYのふろくはもっと豪華になってふろくだけでフルメイクできるレベルのセットになっててもはやEMODAコスメはJELLYのふろくってイメージしかない。

    マニキュアのうちのひとつが「バーガンディ色」だったのだけども、バーガンディっていう色の名前はこの年から聞くようになり5年たった今でも具体的にどういう色なのかよくわからん。とにかく深みのある赤ってことにはまちがいなく、この年はヴィセから出てたリップ&チークといってほほにも口唇にも塗布できる血色のクリームも大ヒットした。

    見たことないけどこの年に「失恋ショコラティエ」ってドラマやってた。女たちのあいだで石原さとみは男にモテそうで可愛いって評判になりだして、石原さとみバブルになったと思う。

    石原氏自体はかなり前からいて、ガッキーとか堀北真希とかあのへんと同じころ出てきたナチュラル系女優だったので化粧っ気がなく、眉マスカラで薄眉に仕上げるのが主流だった2000年代半ばにしちゃめずらしく黒ぐろした力強い眉毛があかぬけない印象をいだかたれていた。しかしいつのまにか眉毛も身体も細くなってて洗練された大人の女性になっており、垢抜けはさとみに学べ。という機運が高まったであろう。

    2012年のものまねメイク、2013年の半顔メイク、そして2014年の石原さとみの垢抜けメイクをもって、化粧で顔面は自由自在なのだ。と確信した女たちにより、2010年代のコスメブームが形成された。化粧だけでここまでできるのだということを指ししめすためにビフォーのブスな写真を並列したり「整形メイク」「詐欺メイク」と自虐したりもするところもあり、私のようなおばたんからすると若人はビフォーでも十分かわいく見え「べつにすっぴんも悪くないけど・・」と言いたいとこだが、たぶんこの人たちは「メイク前はこんなにドブスだったんだぁぁぁぁ」と驚かれることに喜び感じてる。

    上の画像は2013年のSカワイイのメイク本で、2000年代のギャルメイクとの相違点はアイシャドーが濃くないのでアフターもそこまでケバイ感じではなく、アイテープやカラコンやつけまを駆使してもとから二重で黒目が大きくてまつげが長いのだという印象を抱かせている点である。ただ髪の毛が2000年代のギャルみたいな色のせいか眉毛も薄眉に仕上げてるので、この時点では今井華みたいな黒眉派との2通り存在してたのかもしれない。

    形としては「困り眉」といって困った人のように眉毛をハの字に書くのが流行してて、さすがに変なので一瞬ですたれたけどこのへんで眉毛をつり上げなくなったのだろう。写真のギャルはメイク動画もアップしてたのだが、動画といえば2014年は電車男以前の2ちゃんねるばりにアングラ感あったユーチューバーという存在が周知されだした時期で、ヒカキンやマックスむらい、メイク動画では佐々木あさひなどが「好きなことで生きていく」とCMして渋谷に大きく広告を出しヒカキンの事務所UUUMもこの年に設立されてる。

    最初は携帯で録画したような低画質の動画アップしてて、メイク動画だって本当に自分の手持ちの愛用品を紹介してたと思うのだけど、だんだん画質もあがりサムネイル作るようになって提供や新商品のレビュー、韓国コスメ韓国ラーメン韓国通販サイト韓国旅行のPRが多くなって露骨に収益ありきな感じになってきた。前はYouTube見てても企業CMなんてめったに流れなかったのが、私ふくめ人々がテレビ見ないのでここ数年はCMもむちゃくちゃ流れてしかも芸能人まで参入してくるのでもはやYouTubeがテレビ・芸能界みたいになってきてる。

     

    2015(ガウチョ年)

    すでにファストファッションのブランドが出そろってるなか、ユニクロの弟ぶんであるGUが安くトレンドをふんだんにとりいれたヤングファッションで頭角をあらわしだす。前年からミモレスカートやゆるずるシルエットなど2000年代には忌避されてたようなオーバーサイズや半端な丈を提案してたアパレル各社がガウチョパンツというめちゃくちゃ太いズボンのブームをしかけるのだが、2010年代前半のズボンといえばレギパン以来ゴムのきいたスキニーみたいなのが主流で、あまりの太さに女たちは当初とまどいを隠せなかったしガウチョって名前もふざけてんのかと思った。

    そんななか安くて種類もあったGUから試す人は当時多かった。ガウチョだけではなくズボンは太いのが主流になっていくのだが、じゃここでスキニーが時代遅れになったのかというと別にそういうわけでもなく今でも普通に見る。

    ただ前年からオーバーサイズはじめ全身同じ色や全身デニム、ペアルックが提案されるなどファッションがダサさ紙一重になってきてた。ヘアメイクもまたしかりでイガリメイクやウエットヘア、芸能人では小松菜奈や藤田ニコルなど個性的な顔だちの娘さんがスマホ時代の可愛いを体現することとなる。

    スマホといえば「インフルエンサー」という言葉を初めて見たのがこの年のJELLYだった。確かeggとか出てるコギャルだったMEGBABY、その友達で「やーよ」を流行らそうとして流行らなかったGENKINGが写真サイトのインスタグラムで人知れずすごい影響力を持っているというわけだ。

    GENKINGだけではなく「とまん」「こんどうようじ」といったジェンダーレス男子の面々など、今にいたる「LGBT」「インスタ映え」の萌芽はこのときにゴリ押されている。2015年のJUJU歌唱「プレイバック」のミュージックビデオがまさにそんな感じで、GENKINGや友人でおねえのヘアメイクさん「ジュンジュン」、またJELLYなどで活躍するハーフモデルたちが出演しインスタ撮影術を紹介する内容となってるのだが、ジュンジュンは今年コカインで逮捕された。

    ジュンジュンは意外にそうでもなかったけどジェンダーレス男子は韓国コスメを宣伝することも多かった。韓国コスメはKARAの世からIKKOやはるな愛などおねえが宣伝する謎のならわしだったものの、前述した李明博竹島上陸のちょっと前あたりからゴリ押しのターゲットが米国に移されてて江南スタイルがヒットしてるとか言われてたときはわが国で韓国のトレンド情報を聞くことも少なくなってたのが、2015年にはいると雑誌・SNSといったネトウヨの目につきにくい場でシースルーバングやドファサルメイクなどまたぞろ若い娘さんの関心をひきつける韓国文化をねじこむようになってきた。

    それまで韓国から伝来したファンデーションはBBクリームやCCクリームだったけど、この年にスポンジの入ったコンパクトにリキッドファンデーションをじゅわ〜んとしみこませたクッションファンデがフランスの「ランコム」より発売されたのを皮切りに非韓国企業からも参入があいついだ。ただ原産国はたいてい韓国だった。

    2015年はガウチョをはじめとするオーバーサイズの服装やそれ系のトレンドに強いプチプラ服のGU、インスタグラムやYouTubeで活躍するインフルエンサー、手に届きそうで届かないファッショニスタたちが紹介する韓国ビューティー、ハロウィンおよびハロウィンメイク、それらを実践するためのメイク道具をお得にそろえれる雑誌付録・・などが若人に浸透しはじめる時期である。韓国ではTWICEがデビューして防弾少年団が売れ出して・・と、2010年代後半的パラダイムはこの年にだいたいの方向性がさだまったといってよい。

     

    2016(ジャンパー年)

    「君の名は」「ポケモンGO」が人気爆発した。なぜかこの年は肩やカバンに巻くスカーフやねこグッズ、ヒョウ柄など若人の服装が迷走してた2012-13年のトレンドが使い回されている。

    2012年にBOYって書いたキャップが多く出回ってて、この年もキャップ流行したのだけどBOYはつばがまっすぐだったのに2016年のキャップはつばが曲がってるタイプなどわずかな相違点もあった。

    ボアつきやスカジャンなどジャンパーもよく見かけるようになり、何年も前からアパレル業界に押されつつも今ひとつパッとしなかったMA-1がこのへんで普及しだす。MA-1はもともと米軍のフライトジャケットでアルファ社のがガチと思われるがそんなん着てる人はいなく、ベージュとかロング丈とかボアつきとかさまざまにアレンジがこらされてた。

    2015年にランコムからクッションファンデーションが、資生堂からグラデリップ用の口紅が発売されてたのにくわえて、この年にお求めやすい価格とトレンド感が若い娘さんに大人気のキャンメイクでリップティントが発売され化粧品の韓国化が一気に進行した。当時すでにリップは赤など濃い色をつけるのが主流だったけど、折からのグラデリップブームやその落ちなさからティントはすぐに娘さんがたの支持を集めたことであろう。

    落ちない系では塗ると自分だけの色に発色する口紅もあった・・というか昔からあるのが再ブレイクしてたのだが、塗ってみるまでどんな色になるのかわからない口紅買うとかチャレンジャーすぎる。またイガリメイクに端を発する○○メイク(○○の中にメイクさんの苗字が入る)ではクボメイクのブルーグロスがクボ売れしており、ブルーのほかにも黒や黄色など口紅の上に重ねて色のトーンをちょっと変えるグロスや薄づきのリップがよくあった。

     

    2017(TWICE年)

    この年からJKの靴下が短いことを指摘するサイトをたまに見かけるようになった。当ブログで2015年の年末にJKの靴下が極限まで短くなることを予測しているのでその時点ではまだ短くなる途中だったと思われる。

    てことは2016年のあいだに短くなったのだろうか。JKが〜靴下が〜ってブログ書いてたくせによくわからん。

    ルーズソックス的パラダイムにおいて短い靴下は(私服のさいのスニーカーソックスを除き)禁忌であったが、2013-14年ごろからミモレ丈やガウチョ、ショートブーツなど中途半端な丈の衣料や靴が主流になったため制服にも同じシルエットがとりいれられたのかもしれない。また制服の靴下短いのは韓国人も同じだった。

    幼き日にKARAを聴いて韓国文化に慣れ親しんでたJKにたいしては2015年ごろより雑誌ですでに韓国特集されていたものの、TWICE日本デビューを機にステマが本調子になってきてユーチューバーなどスマホ世代のインフルエンサーたちがこぞってTWICEのファンを自称しだし、テレビではTTポーズやチーズタッカルビが人気大爆発と報じられた。指原莉乃が総選挙でつけててキラキラ可愛いと評判になったアイシャドウの「クリオ」、メイク配信のユーチューバーが全員?使ってたコンシーラー「ザセム」はいづれも聞いたことない銘柄だったが今じゃドラッグストアでも見る。

    韓国コスメでは眉を一週間ぐらい染める眉ティントも話題に。このころはマスタードカラーが人気で、ガウンやブラウスといった服のみならず黄色のチークまで出てきてた。

    テラスハウスで今井華が出てきたとき昔ながらのギャルって印象いだいたが、その後に出てきたみちょぱやゆきぽよもそんな感じで、ゆきぽよの肩書が「カリスマ動画クイーン」となってるように私はYouTubeの「ちっぽよTV」で初めて見た。「ち」にあたるこれまた昔ながらなギャルの相方いたはずだけどいつのまにかいなくなってる。

    Wikipediaによるとゆきぽよは2012年からegg出てるとのことで思ってたより古参のギャルだった。ギャル滅亡してるも同然だけど、同時にこういう昔ながらのノリは根強い人気があるようで、eggかなんかの動画チャンネル見ると抜け感なき金髪ギャルがベージュリップ塗ってたりしてびっくりする。

     

    2018(ハットク年)

    めちゃくちゃ暑い年で、あまりの異常気象ぷりにここで人々は東京オリンピック本当に開催できるのか不安にかられた。新大久保の屋台でしか売ってないハットクという揚げ物がかじったときにチーズびろ〜んと伸びるインスタ映えで有名になったけど、韓国のアイドルグループ防弾少年団は紅白有力視されてたにもかかわらず原爆Tシャツで失脚。

     

    2019(タピオカ年)

    平成最後の年はタピオカバブルでしめくくられ、とある元ギャルの芸能人はタピオカで失脚した。私のようなおばたんは大粒のタピオカ飲み込むのが苦手で、また食感も四半世紀前のナタデココの衝撃に比べたらそこまででもない。

    しかしあまりにも店が多すぎる。かってのナタデココのようにバブル崩壊後は第三世界でタピオカ投資しすぎたキャッサバ農家自殺みたいなことになってくるんだろうか。

    韓国はかねてからの徴用工とホワイト国除外で反日活動大活発、不買運動に日本人観光客への暴力、前年にデビューし紅白も有力視されてた秋元プロデュースのK-POPグループIZONEは不正選挙で失脚、約10年前にK-POPブームを牽引しこのほど日本での芸能活動を始めたとこだった元KARAのハラがみずから命を絶ち・・と、日韓の絆が崩壊しつつあるさなか、李栄薫「反日種族主義 日韓危機の根源」が両国でベストセラーに。前年に引き続き暑かったので韓国発の充電式ハンディ扇風機も2014年のセルカ棒以来の大ヒット商品となった。

    2019年のポップティーン。ふろくのメイクパレットについてるウサギの絵は韓国キャラだし、IZONEも秋元プロデュースなだけあって不正選挙が発覚する前は各誌で特集ページが割かれていた。

    ふろくは依然としてアイシャドーやリップが一式入ったお得なパレットが多い。ぎゃくにドラッグストアなどで販売されてる低〜中価格帯のアイシャドウは今まで3〜4色のセットが多かったのに最近の新発売は一色ずつになってきてて、たぶんその流れに先鞭をつけたのは「エスプリーク」「ヴィセ」などコーセーから発売されてたシングルシャドウと思われる。

    またイエローベースやブルーベースといった概念でその人のお肌に似合う色を提案するのが流行なようだ。ユーチューバーが雑誌に掲載されたり、スタイルブックというのかファッション性の高いタレント本を出したりする例もみられる。

     

    あとがき

    JKの話題をブログで書きだしたのはかれこれ5年ぐらい前、もうギャルがいなくなってきてるのでその消えるさまを記録しておこう。というのが動機だった。最近JKカテゴリ更新してないとはいえ年に1回はトレンドふりかえってたので2010年代の後半は正確かと思うけど、前半はとくにJKに注目してなかったこともあり思い出せないことも多い。


    続き

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      満足印良品。セブンティーンに載ってる女たち、1994年初旬にJKてことは1976年4月〜1979年3月生まれの現在39〜42歳、このとき高1だった1978年4月〜1979年3月生まれはコギャルブームにギリ滑り込めたとみられる。

      ほかの学校やジモティーの友達、そして彼との連絡には欠かせない。ポケベルを家に忘れた日は、マジで早退しようと思ったもん。テレメッセージの黒いやつはおやじっぽいから、シールでかわいくしてるんだ

      女子高生のコミュニケーションは『通信』がすっごく大切。絶対になくてはならないものは電話。毎日会っている友だちなのに、それでも毎日電話して1時間以上話すのって当たり前よね。だから自分専用の電話を部屋に引いてるコもいるし、そんなにお金がないって場合は親子電話にしてる。暇なときはテレクラに電話したり、男のコにイタ電したり、電話も一種のゲームマシンね。

      ・・・

      携帯電話が安くなったらその方がいいかもしれないけど、相手の声が聞こえないぶん、ポケベルの方がおもしろいかも。東京はTTM(東京テレメッセージ)の方がNTTより安いからポピュラーだけど、日本のってダサすぎる。「アメリカには透明なポケベルがあって、すっごくかわいいんだよ」って情報もあり。ま、しかたないから、シールをベタベタ貼って、よしとしよう。

      (「女子高生噂の法則」145ページより)

      私たちの生活に無くてはならない物は数々あれど、『ポケベル』はその最たるものかもしれない。でも営業マン使用の真っ黒ボディは超ダサ。だから、私たちのあいだでは『じじポケ』とか『オヤジポケベル』と呼ばれているんだ。基本的に『じじポケ』はバツ!最高譲歩して、メッセージの入るタイプなら許してあげよう。

      (「女子高生噂の法則」より)

      地元の人間こと「ジモティー」って言うの、もうちょっと後かと思ってたがコギャル言葉としては初期からあるらしい。ポケベルそのものや暗号よりも休み時間になると公衆電話にJKが列をなしすごい速さで番号打ちまくってたってほうが、私にはくしゅくしゅソックス時代らしい面白味が感じられる。

       

      【懐かCM】Jリーグポケベル 辻香緒里(2パターン)

      https://www.youtube.com/watch?v=67e86mKoUn4

       

      売春目的や暇つぶしでテレクラ遊びやってるJKも珍しくなかったこともあり、くしゅくしゅ時代の通信を考察するにあたってはポケベルと同じくらい公衆電話やテレカも重要なのではないか。テレカは通話するとどんどん穴が空いていって使えなくなるのだけどもイラン人が路上で売ってるテレカが無限に使えるってのをテレビかなんかで見て、素敵・・。と、年頃なわりに東京やポケベルやルーズソックスに興味なかった私も偽造テレカだけはうらやましかった。

       

      新しいテレカで電話するときは、仲良しの友だちや好きな人に使うのがいいんだって。きらいな人にかけたテレカは縁起がよくない。すごくいいのは、残り度数の末尾が7のテレカ。それで好きな人のうちへ電話すると、想いが伝わるんだって。だからテレカを使うときは末尾が7になったらストップしておくように気をつけているんだ。

      (「女子高生噂の法則」19ページより)

       

      イランのテレホンカードなくなる? かつて日本でも話題に、真相は…(2016年08月10日 withnews)

      https://withnews.jp/article/f0160810002qq000000000000000W03510101qq000013745A

      「イラン」「テレホンカード」と聞けば、連想して「上野公園」、あるいは「代々木公園」をキーワードとして思い出す人も、30代後半より上の世代には多いのではないでしょうか。そんなイランで「テレホンカードがなくなる」と報じられました。真相を探ってみると…。(朝日新聞テヘラン支局長・神田大介)

      そもそもテレホンカードと言っても、若い人は知らないかもしれません。小銭を使わなくても公衆電話から電話をかけられる磁気カードで、クオカードのような形をしています。この使用済みカードのパンチ穴にテープを貼るなどし、再び使えるようにした変造カードが現れ、大きな問題になりました。  

      過去の朝日新聞記事をたどると、変造が初めて見つかったのは1989年。その後、変造カードの売り子にイラン人が目立つようになりました。彼らが多く集まっていたのが、上野公園や代々木公園。日本は92年、それまでイラン人に認めていたビザなし渡航をやめましたが、その一因になったとも言われています。

      ・・・

       

      昔、無限使用可能なテレカをイラン人から路上で買ってと言われた事はありますか?(Yahoo!知恵袋)

      https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1339444948

      ベストアンサーに選ばれた回答

      2010/4/13 21:37:25

      報道特集でみた記憶はあるけど、

      現物はない。

      正直、当時はほしいと思った。

      確かに、磁器に細工してテープ貼っていたと

      記憶してます。

      カリフォルニアカラーズっていうJKに人気爆発した300円の口紅、ローソンに売ってたのは見たことあるけどダイエーでも扱っていたようだ。マニキュアまであったとは全然覚えていない。

      制服だろうとなんだろうと、私たちのくちびるの色は赤かピンク。色つきリップなんて子供っぽいのは使わずに、ルージュをきちんと持っている。制服のときは口紅だけ、私服になったらアイシャドウも入れるというふうに、女子高生はメイクのTPOもきちんとしているのだ。

      「ソニプラで売ってる『メイベリン』のシリーズや、コンビニに置いてある『カリフォルニア カラー』は、安くて色もいっぱいあっていいよぉ」

      と女子高生御用達ブランドも数多く出現。

      私たちの必須アイテムは口紅だけじゃない。マニキュア、マスカラ、アイシャドウと、メイク道具のほとんどは制覇。そしてコレクションしているだけではなく、フルに活用してキレイに磨きをかけている。

      これらはどれも、一つだけをずっと使うのではなくて、たくさんあるなかから選んで使うんだ。口紅なんかでは50本以上持っているコさえいるほど。ブランドもたくさんチェックしていて、さっき書いたほかに「クリスチャン・ディオール」「ブルジョワ」資生堂の「レシェンテ」「クレージュ」などが人気。海外みやげや誕生日プレゼントとしても大事なアイテムよ。

      (「女子高生噂の法則」211ページより)

      この写真のルーズ、まだ多くのJKが普通の靴下をくしゅくしゅとたるませるだけだった1994年初旬時点ではかなり長い。アクロス編集室編「ヘタウマ世代」(1994年7月)でもこの雑誌と同時期やはり同じくらいボリュームがある靴下をはいたJKの写真が掲載されていたが、「完全予約制」「売り切れ店続出」と書いていることからスミス製はスヌーピーソックタッチとともにかなり入手困難だったようだ。

      取り扱っているのが横浜そごうと丸井っていうのも「ヘタウマ世代」の記述と一致している。ただ制服ではなく私服にまでルーズソックスを合わせてしまうあたりがまだくしゅくしゅ時代って感じだ。

      5年くらい前からだったか、「くるりんぱ」という、一つ結びを2つにさいたところに毛束をクルっと通すヘアアレンジが人気爆発したとき、これくしゅくしゅソックス時代に一瞬だけすごい流行ってたし専用の道具があったよな?とずっと思っていた。それがこの「トプシーテイル」で、くるりんぱ人気にともないこの道具もふたたび見かけるようになった。

      こんなプラスチックの棒ごとき1500円もしたそうだが、今は100均にも売っている。本当に昔は雑貨は高かった。

      ダウンタウンがCMしていたロッテの筒状菓子「ポポリ」、上画像によれば当時のJKのほとんどが修学旅行のときポポリのカレー味を持参してたというくらい人気爆発だったらしいのだが、この雑誌と同じ1994年にチョコレートを入れた「トッポ」が出てくるやルーズソックスがくしゅくしゅソックスを駆逐したくらいの速さでポポリは忘れ去られたのだった。なお韓国においてトッポはペペロ=ロッテ版ポッキーの一種という位置づけである。

      当時ロッテは「シリアルチョコ」という菓子も出していて、制服向上委員会やパッとしなかった頃のSMAPや工藤静香などがそれぞれCMしていた。これもおそらくくしゅくしゅ時代とともに消えた(韓国ではまだ売ってる)のだが、四半世紀の時を経てCMに出演していた木村拓哉と工藤静香が結ばれその娘がモデルデビューにいたったことを思うと感慨深い。

      現在のトレンドはくしゅくしゅソックス時代の使い回しなため、携帯やデジカメという文明の利器ありながら若い娘さん写ルンですに夢中てことになってる。私は写ルンです1000円くらいかと思っていたけど、雑誌に載ってるスーパー800が1900円なことにトプシーテイル(くるりんぱ製造棒)の1500円よりびっくりした。

      トプシーテイルは1本でじゅうぶんだからまだ100歩ゆずって1500円でもいいけど、写ルンですって現像もしなくてはいけなくて画質よくないし撮り直しもできない消耗品なのに「修学旅行に5,6個はあったりまえ」だというではないか。その後の写メールやデジカメ、リアルタイムでシェアをへてきたわれわれ未来人からするとくしゅくしゅの世を原始人ぐらいに感じるが、この頃はそんなもんないので不便どころか、写ルンですってどこでも買えてすごい便利だから1900円くらいたいしたことなかったのだろう。

      若いアマチュアのカメラということだけでいえば80年代にはアイドルブームもあって性欲を原動力にカメラ小僧、アクションカメラ、投稿写真なども一部で盛り上がっていたのかもしれぬが、プリント倶楽部を含め娘さんが日常を切り取るという現在のJKの自撮りカルチャーはくしゅくしゅ時代の写ルンですに起源が求められる。それ以前だと観光地でピースするくらいで枚数も多くなかったと思う。

      キティバブルの前までは脱ファンシー化の中で大味な舶来品が好まれたために、くしゅくしゅソックス時代のヒット商品は靴下や文房具や輸入菓子などソニープラザ起源の雑貨が非常に多いのだが、その代表格がサベックスだった。外国のリップなのでけっこうにおいがついてるのだけど、おいしくて保湿力も確かだったので私は今でもたまに使ってる。

      雑誌には使い終わったジャーをピアス入れに使ってるとあるように、スティックが普通だった時代にこのリップクリームらしくないデザインにも心奪われた。若い娘さんがピアスの穴をあけ始めるのもこの頃からで、折からのうわさブームもあって穴から糸が出てきてそれを引っ張ると失明するなどとまことしやかにささやかれたものである。

      親にもらった身体に穴をあけるなんて……などと思ってしまうのは、年取ってる証拠よ。私たちのあいだではすでにピアスはジョーシキ。耳もとのおしゃれはポイントだから、ピアスじゃなくてもイヤリングはみんなしてる。イヤリング派とピアス派はちょうど半々かな。まだあけてない人のなかでも、いつかはあけたいと時期を狙ってる人も大勢いる。

      (「女子高生噂の法則」39ページより)

      ピアスの穴をあけると8年5カ月、寿命が縮むらしい。

      (「女子高生噂の法則」40ページより)

      すっごい美人で有名だった先輩がピアスの穴あけに失敗。あけてはいけないところをあけちゃって、よだれが止まらなくなってしまったという話。こんなことを聞いたら、もう恐ろしくてピアスはあけられない。私は美人じゃないけど……

      (「女子高生噂の法則」41ページより)

      ピアスの穴をたくさんあけすぎて、穴がどんどんつながって、しまいには耳が裂けちゃったコがいるんだって。ピアスの穴をたくさんあけると、耳の感覚が麻痺してくるから、痛みはぜんぜん感じなかったらしいけど。

      (「女子高生噂の法則」42ページより)

      乾燥肌でいつも困ってたのですが、ピアスの穴をあけたらお肌がツルツル!自分でもびっくりしてるんだけど、理由はピアスしか考えられないの。

      (「女子高生噂の法則」42ページより)

      ピアスだけでなく、若い娘が茶髪を楽しみだしたのもくしゅくしゅ時代からであろう。ただこの頃はまだ、耳に穴をあけるとか、髪を脱色するとかいった行為に「不良」「自分の体を痛めつける」といったイメージがつきものだったし、もちろん校則でも禁止されていた。

      しかし厚化粧や売春行為もそうだが、くしゅくしゅからルーズソックスにかけてのJKは、自分の体が傷つくとかそんなのどうだってええんじゃい。という、昭和の非行とは異なるエネルギーに満ちあふれており(小室さん言うところの「荒らぶり」)、それが新しい時代を切り開いてきた側面もあった。そのため売春はともかく、ミニスカートやメイク、ピアス、髪のカラーリング、今ではそんなものはおしゃれとしてまったく珍しいものではなくなっている。

      ただこの頃はヘアカラーというものがなかったのか茶色くなればいいという思考なのか、上の記事でもただのブリーチ剤が紹介されているし今と違ってツヤや微妙な色味がなく茶髪もあまりきれいなものではない。くわえてブリーチ剤さえ使わず、オキシドールで脱色するとか卵でヘアパックするとかそのへんにあるものでヘアケアしたりする例も多いように思う。

      茶髪にしたのは高校に入ってから。アイドルのコが茶髪にしてるって雑誌に書いてあったのを見て、マネしてみようかなと思ったの。最初は色がつくムースをつけていたけど、つけすぎると髪の毛が少しゴワゴワするので、最近はスプレー・タイプのブリーチをかけています。おすすめのムースは『パルゴレッタ』。ブリーチは『フレッシュライト・ブリーチ』。

      (「女子高生噂の法則」195ページより)

      3カ月に一度くらいブリーチしてたら、髪がバリバリになっちゃった。もう、ビニールみたいになってんの。最初のうちはトリートメント剤やハチミツパックなんてのもしてたけど、どうにもならない。いまじゃすっかり開き直ってマス。最近これがいい暇つぶしになるんだ。なにをするかって言うと、枝毛探し。毛先が5つぐらいに分かれたものや、髪がわっかになってるのもあるんだよ。それは定期入れに保存してある。すごいでしょ。

      (「女子高生噂の法則」199ページより)

      この雑誌は1994年のはじめということで1993年度なのであるが、ナタデココバブルも1993年だった確か。この時期流行の流れが凄い早いし人気爆発しすぎたので1994年度にはもうナタデココやばいみたいなことになっててナタデココ農家も破産したとか聞いたのだがいつの間にか復活してた。

      ナタデココの左側に写っているのは不二家で売ってたチーズケーキらしいのだが、これは大阪のりくろーおじさんではないか。不二家のサイトを見たところ、このりくろー型チーズケーキ今では売ってないようである。


      セブチ

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        1994年のセブンティーン誌。表紙にNo4・5 2/1って書いてていったい何月號なんだ。と思ったけど、どうもセブンティーン誌は月に2回で、これは2月号かつ4号と5号の合併号という意味らしい。

        しかし2月にもうすでに4冊も5冊も出てるんかいな?と、結局どういうしくみなのかよく分からないのだが、とにかく1993年度の三学期、くしゅくしゅソックス時代も末にさしかかり、来たる1995年のコギャルパラダイムに向けJKの目新しい消費動向、言語感覚、コミュニケーション、貞操観念の希薄などに注目が集まり、くしゅくしゅが巨大化=ルーズソックス化し始めているさなかである。それでいてルーズソックス世代とはやや異なる趣であり、赤くて落ちない口紅や濡れ髪、編み上げのショートブーツが人気だったりとファッションなどは今(2013〜現在くらい)に近いものも多い。

        コギャル雑誌が出てくる前なこともあり、セブンティーン誌はかなり一般的だったらしいのだが、私はレモンの読者だったので読んだことなくモデルもケツメイシと結婚してた石川亜沙美とロハス化した田辺あゆみ以外誰か分からない。むしろ全然世代じゃない鈴木えみ、木村カエラ、榮倉奈々から北川景子が出てくるあたりまでのセブンティーン読んでた。

        JKのヒット商品を100個紹介するページ。満足印良品とはおそらく無印良品をもじっているのであり、当時脱ファンシーいちじるしく舶来品のソニープラザ(現プラザ)と並び無印良品のシンプル雑貨も人気が高まっていたように思う。

        記念すべきエントリーナンバー1「セレブ洗顔フォーム」は牛乳石鹸社が発売していた洗顔で、使ったことはないけど当時見てたお笑い番組「生生生生ダウンタウン」にてきまって流れる「セレブで洗ったら♪パックした後のように♪さっぱりすべすべミルクと卵の♪セレブです♪」て印象深いCMソングはくしゅくしゅ時代の思い出の壱ページだ。わが国ではいつからセレブを洗顔ではなく富める者を意味するようになったのだろうか。

        パッケージがかわいいから、つい買ってしまうのが輸入モノお菓子。『ホールズ』や『オレオ』みたいに日本製があっても、わざわざ輸入のを買っちゃう。形がかわいいグミも輸入モノならではだよね。かわいいパッケージに入っていると、すっごく嬉しいけど、ときどき味に当たりはずれがあるのが困る。

        (「女子高生噂の法則」186ページより)

        プリングルスは確かにこの時期の発売であるが「ソニプラに逝くと絶対買う!」て書かれてるあたり、最初は輸入ものだったのかもしれない。ルーズソックス時代以降のキャラはキティーちゃん(とマイメロ)一極集中するけどくしゅ時代はピングーやミスターフレンドリーなど欧米のキャラや雑貨が人気だったために、プリングルスも当初は日本の菓子にはないそのポップなデザインがJKに支持されたことであろう。私もソニプラ逝くといつも熊のクッキー(たぶんナビスコのテディグラハム)買って一人でボリボリ全部食べたものだった。でもプリングルスみたいな成形ポテトは味も形も人工的すぎていまいち好きになれない。

        JKカテゴリではルーズソックスが出始めた経緯に言及することが多く、過去このスヌーピーソックタッチ↑を取り上げたこともある。高2の「なかなか売ってなくて」というコメントもあるように、JKの靴下短かった時期が長かったせいかルーズソックスが人気爆発するまで白元はソックタッチ製造していなかったのだ。

        くしゅくしゅソックス時代に今売ってるのと同じ形状のリップグロスがすでにあったとは知らなかった。当時、コギャルの源流である日焼け肌の飯島愛ふうギャルはすでにベージュぽい色合いの口紅つけてただろうけど、どっちかというと多くは吉田美和がCMしてたみたいな赤くて落ちないマットな口紅で、リップグロスというのはルーズソックス時代をさかいに急に女たちが真っ赤っかの乾いたクチビル気色悪っ!てことになり流行したという認識であった。

        基本的にルーズソックス時代というのはルーズってなだけあって、赤い口紅にとどまらず、黒髪、ストッキング、パンプス、ロング丈スカート、ウエストインなどフォーマルや大人の女性を感じさせるファッションはすべて禁忌となり、汚らしくてハレンチなぐらいがこなれてて格好良い、そんな不真面目な女を演出するために髪を茶色に脱色して生足とキャミで男たちを誘い我が世の春とばかり傍若無人に振る舞ったのである。きっとこのボディショップって店がおらが村にはなかったので知らなかったのだが、人気爆発し始めた当初のリップグロスはジャー(軟膏の容器みたいなのに入った固形油脂を指や筆で塗布し唇に艶を与える)タイプが多く塗ってもそこまでテカテカにならなかった。

        学校では『ボディショップ』のリップクリームが人気。アプリコットなんて香りもあって、すごくおいしそーなの。くちびるも荒れないし。でも冬になると、なんとなくメンソレータムの薬用リップの方が効くって思って変えちゃうなぁ。口紅は学校ではしないけど、放課後に駅のトイレで口紅を塗ってる。もう、身だしなみってカンジで、ないと不安なんだぁ。

        (「女子高生噂の法則」213ページより)

        ボディショップとやらがなかった田舎にもさすがに資生堂は売ってたし油ギッシュだったのでニキビ用のエルセリエは使っており、写真のパウダーも何回詰め替えたか分からない。とはいえあんな色もついてないてんかふん同然の粉が1500円とは、プチプラコスメ全盛の今見ると高すぎて驚く。

        あと右下にあるカロリーメイトダイエットっていうのも聞いたことあるけど、これ栄養が添加されてるから短期間に食事がわりにできるってことであって、おやつにしちまったら痩せないんじゃなかろうか。この頃のダイエットはダンベルとか杜仲茶とかりんごとか痩せる石けんとかがあり、ディオールのスヴェルトはちょっと後だった気がする。

        毎日リンゴしか食べないリンゴ・ダイエットって、ダイエット初心者が必ずやる方法ね。3日間から1週間、リンゴだけしか食べないの。リンゴじゃなくて、パイナップルとか、グレープフルーツとか、トマトとか、バリエーションがいろいろあるんだけど、成功したっていうコがいないの。たいてい途中で胃がおかしくなったり、ふらふらして倒れちゃったりするんだって。

        (「女子高生噂の法則」207ページより)

        いま、ポイント高いと評判なのがカロリーメイト・ダイエット。クッキータイプのをおやつがわりに食べるの。とくにチョコレート味が人気で、薬局で買いだめしてるコもいるよ。私は缶入りのニューカロリーメイトっていうのが好き。ココアの味がして、1本飲むとお腹がいっぱい、とまではいかないけれど、けっこう満足感があるの。

        (「女子高生噂の法則」207ページより)

        近年ウエストゴムのスカートやカップつきキャミソールなど女の服装がどんどん楽になっていく中で冬の定番商品ともなっていたムートンブーツ、第一次ブームがこの頃だったようで、アグではなくホーキンス、ムートンではなく「シープスキン」と呼んでいることが多い。このブーツ厚底全盛期のルーズソックス時代には見かけなかったように思うが、機能的ながら特徴ありすぎな形状ゆえ流行ったりすたったりを繰り返しているのかもしれぬ。

        スケジュール帳にはもらった名刺を入れておく。名刺を持ってるのはジョーシキだけど、みんな100枚くらい作るみたい。学校名、名前、住所、電話番号を入れてね。

        (「女子高生噂の法則」174ページより)

        おらが村には東急ハンズなどなかったので透明手帳なんて見たことも聞いたこともないけど、イラストレーターがゴチャゴチャと絵やセリフ書きこんだような80年代的ファンシーグッズから、こうした透明手帳とか無印とかみたいなシンプルな文具を自分でアレンジする傾向にはあった。あとエビアン、この当時の水に対する意識では蛇口ひねったら出るのにわざわざ買う、それも異国の地の水とかオシャすぎるし、こんなペットボトルで飲み物飲むこともなかった。

        クッキークリームのアイスは2000年ごろ、ハーゲンダッツのカップが一般的になるにしたがい食べられるようになったものと思っていたが、この時代すでに存在していて、しかも本家オレオを使用した商品も雪印から発売されていたという。確かに私はこのころ金持ちの友達の家でクッキークリームのアイスを初めて食べ、富める者はこんな素敵な物くうとんのかい・・・!と、驚いた記憶があるので、もしかするとあれハーゲンダッツだったのかもしれない。

        いつのまにか韓国産になり今年3月に日本での販売も終了してしまったウイスパーだが、この頃だと第一線で活躍する女たちが静寂の中でドライメッシュシートの素晴らしさ解説するいかにも外資系ぽいCMがよく流れており、ナプキンの代名詞的存在だった。今では普通のくるくる巻いてテープで留める袋はルーズソックス時代に芳本みっちょんが更衣室で「こうやって捨てれるんだよ♪」てやってるロリエのCMで初めて知ったので、てっきり花王さんの技術かと思ってたけどウイスパーが一番早いようだ。

        他社もドライメッシュシートみたいなのが多かったことを考えると、当時はウイスパーがナプキン界をリードしていたものと思われる。吸収体を覆うポリ袋みたいな素材が水吸わないせいか表面サラサラってことになってたけど、すごい通気性悪くてその後不織布のシートを使った安価なナプキンが出てくると全然使わなくなった。

        不織布は使い捨てマスクなんかも出しているユニチャーム社の得意とするところと思われ、真ん中吸収を売りにしていたセンターインも資生堂が手放してからユニチャームが作っているし、タンポンも今はユニチャーム一社だ。くしゅくしゅソックス時代にさまざまなメーカーが競って進化を遂げたのに、いつのまにか3社くらいの独占的な事業になっていたという生理用品メーカーの経緯は、シリアル大手やコンビニ大手とも共通している。

        生理用品はウイスパープラスという超薄型が人気。ウイングつきだと長時間安心というのはホント。でも買うのは恥ずかしいから母親に頼んじゃう。クラスの大半はナプキン派で、タンポンを使っているコって少ないみたい。ナプキンはポーチか布のキンチャクに入れるけど、サンリオの「コップ袋」が便利って知ってるコはまだ少ない。

        (「女子高生噂の法則」170ページより)

        このブログでも言及したことのあるスイスエミー果実頃はなんといっても大きなフルーツが贅沢で嬉しかったものだ。フルーツ入りがめづらしくない今見るとどうか分からないが・・・

        スイスエミーのムースヨーグルトも果実頃と同じくらい好きだった。果実頃はもうとっくに売ってないけど、近年もパルテノという美味なヨーグルトで乳製品界をリードし続けている森永乳業さんにこれからも着いていこうと心に誓った。


        ソックタッチ紆余曲折

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          女子高生「くしゅくしゅ」靴下が流行 スカート丈巡る攻防 生足見せで、足長効果?(8月23日 Yahoo!ニュース)

          https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170819-00000001-withnews-soci&p=1

           

          ギャルが滅亡したので女子高生からパンとか洗剤の話題に移行したものの、ここ最近ネットの記事とかで女子高生の靴下の短さが話題にのぼるようになり、そういうの読むと何で今の服装がくしゅくしゅソックス時代(1989〜94年)の使い回しだと何回も言ってたのにくしゅくしゅソックス人気再燃を予測できなかったのかと、おのれの先見性のなさを嘆かずにはいられない。左翼は「今は戦争前夜に似てる」っていうけど、そんなの戦後つねに言ってるだろうからあてにならぬし、私に言わせれば今は戦争前夜なんかじゃなく第二次くしゅくしゅソックス時代なのである。

           

          「オバさんには若者が理解できない」女子高生のときの言葉が"ブーメラン"すぎて痛い(7月26日 HUFFPOST)

          http://www.huffingtonpost.jp/2017/07/26/jk-socks_n_17584434.html

          ■靴下事情は「ブーメラン」のように繰り返す…?

          女子高生の靴下の長さは、短くなったり長くなったり、時代によって流行を繰り返してきたようだ。

          それを如実に示すのが、靴下がずり落ちるのを防ぐために使う商品「ソックタッチ」だ。ソックタッチは靴下が長い時代には売れ、短くなるとに売れなくなる傾向がある。

          90年代は女子高生の間で、丈の長いルーズソックスが大流行したことで、ソックタッチも20年ぶりのヒットとなった。当時の新聞記事を引こう。

           

              七〇年代にヒットした液体靴下止め「ソックタッチ」が、再び女子高生に売れている。九〇年代になってから年間一万本ほどしか売れなかったのが、昨年秋から火がつき、今年になって百万本売れているという。女子高生の靴下のたけが長くなり、再び必要になったためらしい。

              「ソックタッチ」は白元(東京)が七二年に発売、ピーク時の七六年には年間一千万本売れた。しかし八〇年代後半以降は生産を中止、九二年まで在庫を年一万本のペースで細々と売っていた。

              ところが昨年秋から急に人気が復活、昨年だけで二十万本売れた。今年一月から生産を再開し、四月までに百万本を売っているが、生産が追いつかない状態だ。

              なぜ売れ始めたのか。同社の宣伝担当者は「女子高生の靴下の丈が長くなったため」とみる。「ルーズソックス」という、履いたときに緩くしわが残る長めの靴下が、昨年から流行している。レナウンによると「靴下を止める位置にこだわって、おしゃれをしているようです」という。

              (液体靴下止め「ソックタッチ」が再び人気(生活予報)|朝日新聞朝刊 1994年4月27日)

           

          決められた制服、決められた規則で過ごさなくてはならない多くの女子高生にとって、オシャレの余地はとても狭い。

          靴下は大切な自己表現のアイテムであり、前の世代と"違うスタイル"を模索し続けるためのひとつの象徴なのかもしれない。

           

          私はくしゅくしゅソックス時代に思い入れが強いため、記事そのものよりも引用されている1994年のソックタッチにかんする新聞記事を興味深く読んだ。ソックタッチは白元から発売されていた、靴下がずり落ちてこないように足に塗るロールオンタイプのサラサラした糊のことである。

          私のおぼろげな記憶によると、ソックタッチが再発されたのは学研から出ていた雑誌「レモン」の企画だった。もしかしたら同時期に同級生と回し読みしていた(自分では買ったことない)ルナティーンやエルティーンのような、エッチ系の雑誌だった可能性もあるが、いづれにせよ私は再発を特集した雑誌記事で初めてソックタッチの存在を知ったのである。

          記事にもあるように、三つ折りソックスの台頭により80年代後半には生産が中止されており、くしゅくしゅソックス時代は在庫を細々と売っていた。これが年1万本のペースで売れていた(最盛期である1976年の1000分の1)とのことだが、前述のレモンか何かにくしゅくしゅソックスを止めるために当時の女子高生はあまり出回っていないソックタッチを探すのに苦労していると書いてあり、私にはその在庫のスヌーピーの絵が可愛かったため印象に残っている。

           

          https://rakuma.rakuten.co.jp/item/f7654577759047205012

           

          検索するとフリマに出品されている画像が出てきた。20年以上前のソックタッチと紹介されていたが、まちがいなくこのデザインが再発前くしゅくしゅ時代に出回っていた在庫のはずなので、かれこれ30年物であろう。

          再発されたソックタッチはピンクを基調とした、ルーズソックス世代にはよく知られたあのデザインで、私はスヌーピーが好きだったため在庫の奴の方が可愛かったのに・・・。と残念がった。しかし1994年といえばくしゅくしゅからルーズへの過渡期、ソックタッチはバカ売れし、記事によると92年まで年1万本だったのが94年の1月に生産を再開し4月までたった4か月間に100万本を売り上げたというのだから、生産が追いつかなかったのも無理はない。

          前述の雑誌記事は、読者が白元の社長にソックタッチをまた売ってくれるよう直訴しに行くというもので、94年1月に生産が再開されたということは1993年なのだが、ルーズソックス時代にコギャルが消費文化の主役としておどり出るようになる前から、このように女子高生が商品の企画にたずさわったり、また女子高生のクチコミ(ウワサ)によって売れる商品などがよくあったようだ。たとえばクレヨンしんちゃんを見た女子高生が食べたいと言って本当に商品化されたというチョコビや、現在もよくある菓子の中に一つハート型を入れたような奴(見つけたらラッキー)の原型であろうコアラのマーチの「眉毛コアラ」などである。

          だからソックタッチがルーズソックスによって人気が再燃したというだけでは、くしゅくしゅ人気を受けて白元が「よしソックタッチをまたはやらすぜ」と、再び生産を再開し何か品薄商法でもやってるみたいに読めるが、そうなのではなく、当時くしゅくしゅブームなど知るよしもない大人たちがもうソックタッチなんてオワコンと思っているところに、そんなことないからとにかく売れや!と突然現れたくしゅくしゅJKにそそのかされ、半信半疑で作ってみたら本当に人気大爆発した・・・という経緯が重要なのだ。もちろんその筋書きも含めて白元の女子高生マーケティングだったと深読みできなくもないのだが、事実くしゅくしゅからルーズソックスにかけての女子高生は大人にとっては予測不可能な存在であり、やりたいことは自分たちで勝手に作るといったエネルギーに満ち溢れていたのである。

          写ルンですなんかも同様で、今写ルンですブームはフィルムメーカーや雑誌が先導して無理くりブーム創出している部分が少なからずあるのだが、オリジナルである90年代のカメラブームは、やはりくしゅくしゅJKが自分たちの日常を写真に収め始めたというところに起源があり、それがルーズソックス時代のプリクラ人気や写メール以降の自撮り文化にもつながっていく。エッグやカワイイといったギャル雑誌もコギャルが出始めてからけっこう後になって作られたのであり、ようはコギャル草創期は大人が仕掛けるより先に、女子高生が流行やウワサを作っていたという点において特異なのである。

           

          靴下を45年間とめ続ける「ソックタッチ」その波瀾万丈な歴史とは? 廃番乗り越えルーズで復活…いまは(7月31日 Yahoo!ニュース)

          https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170728-00000002-withnews-bus_all

          一昔前は「紺ソ」、そのまた前はルーズソックス。靴下がずり落ちないように、多くの女子中高生たちが使っていた「ソックタッチ」。なんとこの商品、45年前からあるんです。プチソックスと呼ばれる短い靴下が流行しているいまは、知らない人も多いかもしれません。ソックタッチをつくるメーカー「白元アース」(東京)の担当者に歴史を聞きました。第3次ソックタッチブームも、近いかも?(朝日新聞記者・船崎桜)

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          ミニスカートが日本に上陸した70年代、若い女性たちが好んではいたのはハイソックスでした。当時は、ポロシャツにミニスカートにハイソックスという「ハマトラ(横浜トラディショナルの略)ファッション」が大ブーム。

          長い靴下が落ちてこないようにきっちりとめられるソックタッチはすぐに人気商品になり、年間1千万本も売れたこともあったそうです。
          一時は廃番、でもブームは再びやってきた

          80年代になると、ふくらはぎ丈の靴下を何回か折りたたんではく「三つ折りソックス」が流行り始め、第1次ブームは終わりを迎えます。ソックタッチは、廃番にまで追い込まれました。

          しかしその約10年後の1994年、ルーズソックスの大流行にあわせて、復活。第2次ブームがやってきます。
          竹内さんは「ルーズソックスをはく子の親が第一ブーム世代で、ソックタッチの存在を思い出してくれて、会社に問い合わせがたくさんあったようです」

          ・・・

          2017年の今、街中を歩く女子中高生の足元は、足首ほどの短い紺や黒の靴下が多くなっています。それを伸ばさずに「くしゅくしゅ」させてはくのがおしゃれ、という人もいるようです。

          そうなると、なかなかソックタッチの出番はなさそうですね・・・。昨年春には、3色のパッケージのうち黄色がなくなり、2色になりました。

          竹内さんに聞くと「残念ながら、たしかにブームのころと比べると売り上げ個数もケタが違います」

          「でも、ファッショントレンドは移り変わります。粘り強く販売を続けていれば、第3次ブームがきてもおかしくないと思っています」

          余裕の笑顔です。

          ・・・

           

          90年代は女子高生自身が茶髪やルーズソックス、細眉、汚い言葉遣いなど独自の文化を完成させてしまったのだが、ハイソックス時代にはまたマスゴミ主導になっていたように思う。そもそもハイソックスは、まだルーズソックスが主流の2000年頃から、マスゴミが「ルーズソックスはもう古くて次世代はハイソックス」とけっこう煽っていたのだ。

          くしゅくしゅソックスからルーズソックス時代にかけては、大人がどんだけ仕掛けたところで女子高生がそれに乗っかってくることはほとんどなかったために、ルーズソックスもいづれは廃れるときがくるだろうがまだまだ先のことだろうとたかをくくっていたら、思いのほか早くハイソックス時代が到来した。しかしそれでも、ミニスカートと長い丈の靴下(もしくはロングブーツ)、ジャストサイズか小さめの服、重ための黒髪より毛先を軽くした茶髪、眉や唇の色を押さえ目元を強調した化粧というバランスは10年以上変わることがなかったのである。

          それが変化したのは2010年代初頭だろう。今では靴下は短くなるし、ブーツもロング丈よりはショート丈、服はオーバーサイズに、目元より太眉や口紅の目立つ化粧が主流となった。

          今小さめの服を着ていたり、露出している人は若い人より30代が多いというのをどっかで読んだのだが、それは一理あるかもしれない。ルーズソックス時代にもソバージュやウエスト絞ったおばちゃんが馬鹿にされていたが、それと同じでいやブカブカの服とか赤い口紅なんて絶対バブリーでおかしいだろと若い時の感覚のまま全くやらないでいると取り残されてしまうので、ルーズソックス世代には難しい時代なのだ。

          さっきも言ったけど、今の服装はくしゅくしゅソックス時代の使い回しである。時代が20年代周期で回ってくることを考えると、2010年代からその兆候が出てきたのは何らおかしいことではなく、くしゅくしゅソックス時代にもやはり70年代ブームがあったのである。

          しかし、なぜくしゅくしゅが回帰するまでミニスカートと長い丈の靴下(もしくはロングブーツ)、ジャストサイズか小さめの服、重ための黒髪より毛先を軽くした茶髪、眉や唇の色を押さえ目元を強調した化粧というルーズソックス時代に確立された「イケてる女の子」のバランスは長らく変わらなかったのか。今思うと80年代のファッションが奇抜すぎて、20年をへてもアラレちゃんメガネ以外にあまり現代人に取り入れられるような物がなかったことが、2000年代にファッションが大きく変化しなかった一因のように思う。

          では今後、若い娘さんの服装や靴下はどうなって逝くのかだが、20年周期理論にもとずいてくしゅくしゅソックスがルーズソックスに巨大化するかというと、私はその線は低く、むしろもうソックス履いてないくらいが可愛くて最終的に肌色のストッキング履き出す(靴はローファーではなくスニーカー)と考えている。ストッキングはルーズソックス時代にはタブー視されるほど忌み嫌われたものだが、5年くらい前に一瞬だけ絵のついたストッキングが脚光を浴びたことがあり、おしゃれのためにストッキングを履く前例は一応あった。

          そしてだんだん細く見えるほうがいいということで、色は濃く、光沢のあるものかシアータイツが好まれるようになる。そのためソックタッチは残念ながらまたしばらく細々と在庫を売り続ける冬の時代を迎えることだろう。


          第二次くしゅくしゅソックス世代(仮)

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            ギャル滅亡にともなうネタギレのためにここ何ヶ月かは食べ物の話題でしのいでいたが、久しぶりに靴下の記事書こうと思ったのは先日ほとんど靴下をはいていないかのような(裸足ではなくスニーカーソックスをはいている)JKを見かけたからである。当ブログでは2016年ファッション予測記事において、JKの靴下の丈はほとんど見えないレベルで短くなると書いたこともあって、ようやく来たなこの時が・・・。と思った。

             

            女子高生ソックス事情 時代は「短め」「クシュクシュ」!(4月21日 AERA.dot)

            https://dot.asahi.com/wa/2017041900070.html

            女子高生の足元は、常に流行がつきまとう。よく目にするようになった、ソックスがくるぶしあたりにクシュッとたるんだ様子は、だらしないのではなく、どうやら「カワイイ」らしい。制服のスカート丈とのバランスもあるそうで……。女子高生ソックス事情を追った。

            駅のホームに立つ放課後JK(女子高生)。ふと足元に目を落とすと、紺のソックスがくるぶしあたりにクシュッとたるんだ状態になっていた。うららかな日のこと、部活終わりなどで単に暑いのか、はたまただらしないコなのか。

            そんなことを思っただけだったが、その後も街で幾度となく「下げてはく」JKを見るようになった。よく見れば、最初から短いソックスをはいているコもけっこういる。

            だらしないわけではない。これがカワイイからなのだ。

            1990年代なかば、爆発的に流行したルーズソックスの流行が一段落し、紺のハイソックスが定着。15年以上ゆるぎない定番ファッションかと思っていたが、JKソックス事情は微妙に変化していたよう。

            プリントシール機やスマホ向けアプリの開発などを行うフリュー社の「GIRLS’TREND 研究所」が昨年、JKを対象にした意識調査を行ったところ、「制服の靴下は何が流行(はや)っている?」という問いに対して、44.2%が「短め」、「くしゅくしゅ」が30.5%と、実に4分の3を占めた。ハイソックスと回答したのはわずか15.6%(グラフ参照)。同研究所の稲垣涼子所長は語る。

            「イマドキ女子高生は、紺ハイソックスをクシュクシュさせ、ふくらはぎの太い部分でとめるのが当たり前、という流行が数年前に生まれ、その後、たるませずに最初から短めのものをはくコも出始めました」

            短めソックス流行の理由は?

            「私服ファッションでの短めやクシュクシュソックスの流行に加え、制服のスカート丈の流行もあると思います。以前より少し長めのひざ丈がカワイくなった。そうすると、ハイソックスをはいたときに、脚が見える部分のバランスが悪くなってしまいます」

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            「短め」「クシュクシュ」支持の理由は、「脚が細く見える」「脚がキレイに見える」。または、「みんなはいてるから」。

            「ただ、紺のハイソックスが流行したときも、理由は『脚が細く見えるから』でした。ルーズソックスも、そのボリューム感で『細く見えるから』(笑)。見た目は違う流行なのに、理由が同じなのがおもしろいです」

            ベストセラー『東京女子高制服図鑑』シリーズなどの著者、森伸之さんはそう言う。

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            ソックスをたるませてはく流行は、90年代はじめ、ルーズソックスが流行する前の雰囲気に少し似ていると、森さんは言う。

            「当時、スポーツソックスをたるませてはくのがカッコいいと、青学(青山学院高等部)のコたちが始めたのが最初です。そのころの雰囲気に近い印象はありますね」

            ・・・

            クシュクシュ流行りとはいえ、まさかのルーズソックス大復活とはなりにくいのではと森さんは言う。

            ・・・

             

            最近のJKはハイソックスほど長くないけど別に短くもない、クルー丈というのか何かよくある長さの靴下で特徴がないためにあまりとりあげてこなかったのだが、上の週刊朝日の記事を読んで、もしかしてあれってもとがハイソックスなのをくしゅくしゅさせているからあんな丈なのか?とも思った。それとスカートの丈があまり短くないのが可愛いとあるように、私が見たくるぶしJKのスカートも膝丈で、ルーズソックス世代の私から見るとけっこう長いな・・・と感じた。

            思えば2015年の春先だったか、アパレル業界がノームコアとかガウチョパンツとかゆるくて地味な色合いの服流行らそうとしてた頃に、サンダルなどに白いくしゅくしゅソックスを合わす着こなしが雑誌などで激しく提案された。制服の靴下までくしゅくしゅ化していたということならば私服からの流れかもしれないし、スカートの長さが中途半端(ガウチョ化?)なのもまたしかりである。

            それにくわえ何度かこのブログでも言及しているように、ここ数年の服装のトレンドはくしゅくしゅソックス時代の使い回しであり、上記引用記事の森さんも「90年代初めの雰囲気に少し似ている」って言っている。90年代初頭の第一次くしゅはのちに巨大化してルーズソックスとなったが、ルーズは復活しないだろうとの森さんの見方にも賛同したい。

             

            【今どきレポート】制服には“くるぶしソックス”の女子高生 「脚見え面積は大きい方がいい」(2016年7月4日 ウートピ)

            http://wotopi.jp/archives/38328

            ・・・

            そこでひしひしと感じるのが、女子高生の中でのブームの入れ替わりの早いこと早いこと。ついこのあいだまで女子高生だったはずの20代前半女子(私)でさえ、ジェネレーションギャップを感じてしまうことがあります。最近でいうと制服のバランス! なかでも靴下の丈についてです。

            アラサー世代が高校生の頃は、ギャルがピークを迎えていたのでルーズソックスが一番イケてると言われていましたよね。私たちの世代(20代前半)はふくらはぎからひざ下まであるハイソックスがかわいいとされてきました。それらに対し、今いちばん可愛いとされているのは「クルー丈」や「くるぶしソックス」などの短いソックスなんです。

            今も昔も、女子高生が靴下にこだわる理由はただ一つ、いかに脚をきれいに見せるか、です。私が現役女子高生だった5年ほど前は、ハイソックスとスカートの間に見えている肌の比率でもっともバランスのいいスカート丈はどのくらいなのか?と考えていましたが、今は「見えている肌面積が広い=脚が長く見える」という思想なのだそう。

            さらにこれは韓国の女子高生がやっているということも流行の理由みたいです。

             

            この記事を書いた20代前半女子さんは、私の歴史観においてはスマホが普及して日本JKのガラパゴス文化が廃れてきたスマホ世代(1993〜96生まれ)にあたり、ほぼハイソ派だったと思われる。アラサー世代が高校のときはルーズがイケてたとあるが、20代後半はそうでもなく、おおざっぱにいって2017年現在は20代がハイソ世代、30代がルーズ世代、40代前半がくしゅくしゅソックス世代で40代後半より上は調べたことないけどたぶん三つ折り世代である。

            脚を見せたほうが綺麗に見えるというのは確かに韓国の美的感覚であり、2010年以前に日本には存在しなかった価値観である。最初K-POPがゴリ押された2010年当時、日本の女たちはハイソックスやレギンスで足を包んでいたし、ショートブーツもアパレルが仕掛けたわりに流行らなかったので、少女時代らが踊る姿には脚の主張ぷりにびびった。

            ただ韓国の場合はズボンやスカートの丈も短いが、日本の場合2,3年前からミモレ丈やガウチョなどが人気となって、制服のスカートも長くなっているとのことで、やはり靴下の存在感がなくなったといっても韓国のようにショートパンツやミニスカートで脚を全部出してるって娘はあんまりいないんじゃないだろうか。とはいえ韓国は韓国で、プリーツスカートなど日本の制服に近いカワイイ系の服が人気になってきて、日韓の服装の差は年々縮まってきているようにも見える。

            それにしても長いスカートに短い靴下、という着こなしは長らくアニメオタクなどイケてない奴の代名詞(ルーズソックス時代においてはスカートの面積が小さく靴下の体積が大きい者ほど強い)だったのだが、ここ数年の黒髪やシースルーバング、落ちない口紅といったヘアメイクやアニメ映画の流行をふまえても、けっこうしぶとく残っていたアバヅレで盛れる者ほど強いという1995年以来のルーズソックス的パラダイムから完全に脱した感がある。私が高校生の時も70年代ぽいのがオシャだったことを考えると、ファッションはいつの時代も20年周期であって今のJKがくしゅくしゅ化しているのもわりと普遍的な現象なのかもしれない。

             

            「制服姿の素足好きだった」靴下はいた女子生徒の殺害予告、中高一貫校に脅迫電話48歳会社員逮捕 福岡(5月18日 産経新聞)

            http://www.sankei.com/west/news/170518/wst1705180029-n1.html

            「くるぶしまでの靴下をはいた女子生徒を見たら殺す」との電話を福岡県立の中高一貫校にかけたとして、県警宗像署は18日、威力業務妨害の疑いで、同県宗像市の会社員、白川堅太郎容疑者(48)を逮捕した。署によると「制服姿の女子生徒の素足が好きだった」と供述し、容疑を認めているという。

            ■フェチな指定「黒ロング不可」「タイツもダメ」

            逮捕容疑は、4月28日午後1時50分ごろ、公衆電話から宗像市の県立宗像中学校・高等学校に「くるぶしまでの靴下をはいた女子生徒を見つけたら殺すぞ。分かったな」との電話をかけ、職員に登下校の警戒に当たらせて業務を妨害したとしている。

            署によると、約1年前から同校を含む複数の学校に計数十回にわたり「黒いロングタイツをはかせるな」「タイツをはかせると襲うぞ」などと電話し、次第に内容がエスカレートしていったという。

            中学校の教頭(52)は「生徒に実害がなくて本当に良かった」と話した。


            ルーソ世代全盛期

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              当ブログでルーズソックス世代と定めている1977〜80年生まれの女たちは、茶髪や馬鹿キャラ、ルーズソックスなどギャル(コギャル)のイメージを確立させ、それまでのファッションに変革をもたらした。芸能人を引き合いにしてその変遷を振り返ってみると、1995年から2000年代半ばにかけての女の服装は間違いなくルーズソックス世代が牽引している。

               

              汚い化→1995年ごろ〜

              くしゅくしゅソックス時代(90年代前半)から兆候はあったものの、茶髪、細眉、黒肌、生足、ルーズソックス、男みたいな言葉遣いでギャーギャー騒ぐなどルーズソックス世代から女子高生の生き様が急激にハレンチで汚らしくなり、そんな意識の変化に合わせるかのようにeggやcawaiiなどギャル雑誌が創刊された。

              安室奈美恵(1977年生まれ)

              小麦肌と厚化粧と厚底ブーツと小室サウンドでコギャルたちの憧れの的だった安室ちゃんはルーズソックス時代の申し子だった。

              押切もえ(1979年生まれ)

              押切もえは絵にかいたような黒くて怖いコギャルだったのに、後述のデカ目・モテ時代を迎え女子力キャラになったし目も大きくなった。

              egg(1995〜2014年)

              cawaii(1996〜2009年)

              ランズキ(1998〜2016年)

               

              デカ目化→1999年ごろ〜

              ルーズソックス時代からギャルたちは厚化粧ではあったが、この頃からマスカラ下地とか眉マスカラ、チークなどが人気になって化粧が盛れてくるし、巻き髪も精巧になってくる。また高齢化(成人)したコギャルが赤文字系に逝かず、お姉ギャルというジャンルを確立した。

              浜崎あゆみ(1978年生まれ)

              小室さんの才能が枯渇し、朋ちゃんが精神的に不安定になり、安室ちゃんが産休に入りと、ルーズソックス時代が終わりを迎え、歌姫時代を迎えるタイミングですい星のごとく現れた浜崎氏はパッチリとしたお目目とお人形さんのような見た目で、それまでサーファーや辛口なセクシーの多かったギャルの服装に可愛らしい姫、盛り、美白の要素をもたらした。

              カリスマ店員

              109がギャルのファッションビルとして生まれ変わり、森本容子(1977年生まれ)、中根麗子(1979年生まれ)、植田みずき(1980年早生まれ)といったカリスマ店員はのちにお姉さん向けのマウジー、リエンダ、スライなどのブランドを立ち上げた。スライの植田氏は現在中年向けにエンフォルドというブランドを手がけているそうだ。

              Scawaii(2000年〜)

               

              モテ化→2000年代前半〜半ば

              ギャルは強め・細め一辺倒だったが、2000年代に入ると一部ロリータくらいでしか見かけなかったようなキラキラとかリボンとか女の子っぽいのが流行り出すし、フーミンやかとうれいこ以来あまり見かけなくなっていたグラビアアイドル業界がヅラやサラ金のCMで息を吹き返した。安室→あゆの流れにもうかがえるように、人々の顔の好みが童顔寄りになってきて、ロリを売りにした小倉優子とかミニモニも人気を博す。

              ルーズソックス世代の高齢化に合わせてか、女の強さが汚らしい化粧でギャーギャー騒ぐのから、お目目の大きさを偽りチークで頬をピンクに染めてかわいらしくお化粧し男にモテモテになるようなのに変化して(代表例→押切もえ)cancam誌がその受け皿を果たした。と思われる。

              矢田亜希子(1978年生まれ)

              私が矢田亜希子の可愛さに気づいたのは、フジテレビ系ドラマ「やまとなでしこ」(2000年)で、主演の松嶋菜々子もすごくよかったんだけども、とにかく女たちの可愛さがデカ目化、モテ化しているなかで、お目目がパッチリしてお嬢さんっぽい矢田亜希子はその後男女ともにすごい人気になった。でも刺青めっちゃ入ってる押尾学とのデートが撮られてから清楚なイメージが崩壊して、あんまり見かけなくなった。

              蛯原友里(1979年生まれ)

              結婚した矢田亜希子と入れかわるように出てきたエビちゃんは、2005年マクドナルドのえびフィレオのCMでブレイク。矢田亜希子の時代よりさらにブリブリした感じに進化し、同じcancamの看板モデルとして押切もえもセット売りされた。

              高島彩(1979年早生まれ)

              2003年よりめざましテレビの司会。高島氏はフジテレビの局アナだったが、その安定した実力から皆藤愛子のようなセントフォース系ブリブリアナウンサーの中心的役割を果たした。

              anecan(2006〜2015年)

               

              ここまでが1995〜2005年くらいの傾向だが、ルーズソックス世代がアラサーと呼ばれる2005年以降はアパレル業界のゴリ押しに従ったり、ゴムの入ったようなズボン、ダウン、チュニック、マキシスカート、ムートンブーツなど楽で年齢不問な服装、また2010年代は韓国の影響も入ってきて現在もそれらの傾向は続いている。そうした意識の変化とアパレルの不振、プチプラ化から、ルーズソックス世代の築いたジャンルや雑誌も今ではすっかり廃れてきているようだ。

              女たちが我が道を逝く最後のジャンルが小悪魔ageha(2005〜)のようなド派手なキャバ嬢で、注目されたのはルーズソックス世代よりもいっこ下の世代なのだが、キャバ嬢がドレスを着たり金髪頭を盛り盛りにしたりするのは少なくともagehaが出てくるよりもけっこう前(2000年代初頭)には見られたために、こうしたスタイルももしかしたらルーズソックス世代が始めたんじゃなかろうか。と思えてきた。前にも言ったけど90年代の水商売の女はスーツ着てた記憶もあり、このへんはお水業界に詳しい方からの情報提供を待ちたい。


              動くくしゅくしゅ

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                評価:
                谷口宗一
                EMIミュージック・ジャパン
                ¥ 980
                (1994-03-14)

                ルーズソックス 1994(YouTube)

                https://www.youtube.com/watch?v=uf-cDYw52oQ

                くしゅくしゅ時代末期の靴下映像をYouTubeで発見。服装からおそらく1994年の夏か秋で、くしゅくしゅとルーズの比率からも先日紹介したアクロス「ヘタウマ世代」と同時期と思われる。

                左がくしゅくしゅで右がルーズと混在している。先日言及した1995年2月の「学校では教えてくれないこと」動画では女子高生の靴下が完全にルーズだったのに、同じ1994年度でありながらもこの時点ではたるませる場所もおかしくまだルーズスタイルが完成されていない。

                なおこの番組はフジテレビ系「目覚ましテレビ」で、それまでウゴウゴルーガやポンキッキなどサブカル的な子供番組を放送していたフジ系の朝が1994年4月からワイドショーとなり、始まって早々にこんな特集を組んでいるというのがもはやルーズソックス化である。今思い出したけどくしゅくしゅ時代のポンキッキは山田のぼるっていう劇団員ぽい人がすごい苦手だった。

                バーバリーはのちに安室奈美恵が結婚会見ではいていたミニスカートも人気爆発していたが、くしゅくしゅ時代末期ですでにマフラーや傘など小物で取り入れられている。しかしこの程度のくしゅくしゅ(上画像)がルーズソックスとして紹介されているのが今考えるとすごくねぇか。

                ルーズ人気が高まるにつれ需要の高まったソックタッチは、私の記憶によれば雑誌「レモン」の企画で復活した。キティちゃんと思われるポーチやシャネルの口紅もチラリと映っている。

                カバンの中からのぞくルイビトンの財布。この頃は今みたいにプチプラという物はないも同然であり(ユニクロや鈴丹はあったがすごい微妙だった)ブランドやメーカーが物を言ったし、援助交際が脚光を浴びたのも通信手段の変化だけではなくこういう高価な品を買うためもあったと思われる。

                ルーズソックスも登場ずみだが、「ヘタウマ世代」によれば1994年当時まだ上野の丸井や横浜そごうなど限られたとこでしか売ってなかったようだ。こうした動画や本を総合する限り、東京では1994年度の秋冬にくしゅくしゅからルーズソックスへ一気に転換したと思われる。

                普通のハイソックスと比べてルーズソックスの方が細く見える。という実験のシーン。確かにハイソックスは紺とか黒でないと太く見えるし、ルーズソックスだとそれ自体の太さで相対的にふくらはぎが細く見えた。

                カバンのひものを片側だけ肩にかけるのは「ヘタウマ世代」でも言及されていた。靴下だけでなく、カバンの持ち方や襟の開け方、セーターの大きさなど全体的にルーズなシルエットとなるよう着崩している。

                 

                ルーズソックス 1996(YouTube)

                https://www.youtube.com/watch?v=gUiGLAXNamo

                こちらはルーズソックスが普及しコギャルとしてのイメージが確立された1996年の目覚ましテレビのようだ。ルーズソックスエリア拡大図の色よく分からないのだけど、91年4月に関東、91年9月に東北、93年9月に北海道と中部と中国と九州、94年9月に関西と四国って感じか?

                でもこれは何を元にしているのか分からぬし当てにならん。だいいち同じ目覚ましテレビで1994年の東京でくしゅくしゅがまだ全然現役なのが映っているしEGスミスが貴重品だったってんだから、それ以前のルーズソックスなどただのくしゅくしゅソックスに決まっとる。

                くしゅくしゅソックスだけど、90〜91年にここまで長くなかったんじゃ?と思っていると・・・

                92〜93年にこんなクソ長いルーズソックスがあったと主張し出しびっくりぽん。まだくしゅくしゅ時代が終わって2年しか経ってない1996年時点でこの歴史認識とは、人の記憶というものはこんなにも当てにならないものなのか。

                しかし1996年(現在)っていうのだけはまだ信用していいだろう。ゴム抜きというのか、リブがなくソフトクリームみたいにとろけたシルエットになっている。

                 

                90年代「コギャル」のシンボル、覚えてる?ルーズソックスの歴史|C CHANNELライフスタイル(YouTube)

                https://www.youtube.com/watch?v=DebTKNXm2v0

                もっとすごいのがこの動画だ。92年に50cmとか1996年の目覚ましの歴史認識よりもさらに10cm長いうえ、1994年の70cmにいたっては1996年のルーズソックスより10cm以上長く、96年は100cmだったと言うではないか。

                目覚ましテレビ動画や「ヘタウマ世代」の画像などで1994年のコギャルを見てもらうと分かるように、94年はルーズは出てきているけど1300円のしかなくて全然長くないし、売ってるところも少なかったので多くがEGスミスでもなんでもない普通の白靴下を多少くしゅくしゅさせているだけなのだよ。嘘はやめたまへ。


                ルーズソックスあらわる

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                  以前くしゅくしゅソックス時代のJK(1989〜94に女子高生だった1973〜76年生まれの人々)は丸文字を書かなくなってやたらカクカクした文字書いてたと回想した当ブログだが、そのカクカク文字を「長体ヘタウマ文字」と名付けスポットを当てた本がアクロス編集室編「ヘタウマ世代」。この書が世に出たのはくしゅくしゅソックス時代末期の1994年7月、まさにルーズソックス時代に向けてJKの生き様が刻一刻と変態しているただ中であった。

                  くしゅくしゅJKと彼女らの書く独特なタッチ(この書で言う「ヘタウマ」)の字やイラストがちりばめられた表紙カバー。やはりくしゅくしゅ時代なだけあってルーズソックスというには及ばないものの、人によってはスカートがすでに短く、靴下の丈もだいぶ長くなって、制服の着こなしがルーズソックス的シルエットに近くなっている。

                  これ↓がくしゅくしゅ時代の文字。ルーズソックス時代に入ると、ここまでカクカクしなくなった。

                  今見たところであまり特徴を感じないかもしれないが、80年代までイケてる字が丸文字だったことを考えるとじゅうぶん大きな変化だったのである。80年代における「ヤッダー」「ウッソー」「わかんなーい」と色付リップのおちょぼぐちでキャピってるカワユイ丸文字口調から、「うぜー」「だりー」「ちょームカツクー」といった外資系ブランド口紅塗っったくって悪態つくふてぶてしいカクカク口調への変化が、文字にもあらわれているということだ。

                  このカクカク文字が出てきたのは90年くらいと推察していた。確かに皆がこぞって書き始めたのはそのくらいらしく、この本によれば早い子は87,8年頃から書いていたのだという。

                  またカクカクJKはシャーペンやカラフルなペンを使いこなすと指摘されているのだが、その点について私はカクカク文字の発達が脱ぶりっ子、脱少女趣味であると同時にゲルインキボールペンの軽い書き味とも切り離せないと考えている。ゲルインキの登場がサクラクレパスのボールサイン(1984年)であり、カクカク文字が出てくるのがその3年後というとやはりタイミング的にゲルインキがカクカク書体を生んだという歴史観とも矛盾しない。

                  もともとゲルインキがカラフルな色展開だったことにくわえて、ルーズソックス時代にはぺんてるハイブリッドの「ミルキー」がJKのあいだで人気大爆発したこともギャルの文字史を語るうえで重要である。ともかく芯の丸まった鉛筆とか油性ボールペンでは鋭利なカクカクは書きにくかったのだ。


                  ムートン(あるいは安価なムートン風)ブーツは、アグというブランドを中心に2000年代後半ごろから出回り楽な靴の代名詞として現在もクロックスと双璧をなしているが、くしゅくしゅ時代もまたムートンブームだったらしく写真では現在よく見かけるタイプよりも丈が長い。履いているガングロおなごの雰囲気から、ムートンってもしかしてサーファーファッションなのか?と思い調べたところ、そのようである。

                   

                  シープスキンブーツ

                  ムートンのシープスキンで内側がモコモコしたブーツ。LA派のブーツといえばウェスタンブーツが定番だったが、最近はもっぱらシープスキンが主流。ベージュのスェードのモッコリとした足もとは幼っぽく見え、派手すぎるメイクや茶髪を中和させている。

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                  またミジェーンとともにコギャル草創期に人気あったらしい「バハマパーティー」とはどのようなブランドだったのか画像検索したところ、バハマ諸島のパリピの画像しか出てこなかった。とほほ。

                   

                  バハマパーティー

                  渋谷ファイヤー通りにあるLAファッションのショップ。他のところに比べ、パステルカラーが多く、スポーツテイストのジャージ素材ものが多い。この店の人気は商品だけでなく、ショップのビニール袋。制服編でも述べるが、巾着型で白地にパープルのロゴ入り袋をたすきがけに持つのが、まさにわかりやすいLAスタイル。

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                  また当ブログでは以前、渋谷109はルーズソックス時代までギャルにターゲットをしぼってなくパっとしないファッションビルであったと記したが、この本によれば地下には1994年当時ですでにLA系のショップが集まっており、ミジェーンをはじめ「ロッキーアメリカンマーケット」「アサヒ」などのショップが人気で平日の夕方はコギャルでにぎわっていた。とのことで、ロッキーアメリカンマーケットで検索してみたところちゃんと渋谷109と出てくるので、今もあるのか・・・と思いきや2015年の5月で閉店したそうな。

                  店のTwitterで末期の写真を見ると、舞台衣装みたいな服ばかりで全くLAにもアメリカンにも見えないのだが、店自体は109ができる前からあって37年の歴史だったとのことだ。てことは、もともと70年代のサーフィンブームのときに始まったお店なのかもしれない。

                  また池袋サンシャインシティYOUも地下1階と1階が93年にリニューアルし、サーフショップ「CCC」など109地下と並んでコギャルに人気を博したようだ。93年11月の聞き取り調査によれば「よく行くのは渋谷。自分と似た感じの恰好をしている人が多いし見てても楽しい。ピンクフラミンゴとか109によく行きます。池袋だとサンシャインにしか行かない。YOUにはイケイケの服のお店がかたまってるからここに来れば全部済んじゃうから」(103ページ)とのことである。

                  ちなみに2013年ごろ韓国と日本で流行したMCMもコギャルのアイテムだったという。また以前ギャルという呼称はもっぱらオッサンが使うのみでギャル本人はギャルを自称しなかったという真偽不明の説をチラリとご紹介したが、それを裏づけるような記述もあった。

                   

                  ・・・いま彼女たちがいうLAは、茶髪のロングヘアで、ルーズロングセーターにスパッツ、足もとはシープスキンブーツ、またはストライプのパンツにリボンパンプスといったファッションだ。真ピンクの口紅に白いマニキュアなど派手なメイクで、まさにパラギャルとかコギャルとかいわれるスタイルなのだ。しかしこの呼び名、オトナが彼女たちの派手さ、遊び人ぽさをおもしろおかしく表している、というのを察知しているようで、自分たちではあまり使わないようだ。「この格好?まぁコギャルかなー(笑)」というように自嘲的には使っていたが。

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                  94年でマイメロは先見の明ありすぎ。ルーズソックス時代に入ってキティ風にリニューアルするまでサンリオショップにマイメログッズはほぼなかったように記憶しているので、このマフラーたぶん古着とかじゃないだろうか。

                  丸文字が廃れたことからもおわかりいただけるように、くしゅくしゅJKは80年代のノリを否定し70年代にシンパシーをおぼえていた世代であるから、それまでのサンリオに乱立していたファンシー系、おもしろ系よりもキティちゃんみたいにスタンダードなキャラが再評価されるようになっていた。当時18歳のフレンチカジュアル系の女の子の証言では、たあ坊や座敷豚が人気爆発したけど中学に入ったら全然使わなくなったとある。

                  とするとファンシー離れは89年あたりから進行していたと考えられるが、当ブログにおいてくしゅくしゅソックス世代は1989〜94年に女子高生だったという区分であるし、上に書いたように女子高生の文字がカクカクし始めたのもちょうどそれくらいってことですべてのつじつまが合う。この本によればキャラクターはサンリオよりもソニープラザが人気だそうで、確かにルーズソックス時代に入ってコギャル=キティちゃん、もしくはマイメロというイメージが確立されるまで、しばらくソニプラに取り扱っているバーバーパパとか欧米キャラの人気が高かった。

                  ソニプラがアメリカンな雰囲気にリニューアルしたのが1988年とのことで、ルーズソックスの素になっていると一部で伝えられていた「スラウチソックス」もヒット商品として名前が上がっている。私も94年ごろというと中学生で、ソニプラに通いアメリカンな文具や雑貨、お菓子買ってたために当時の感じは全然思い出せるのだが、逆にアメリカン風味にリニューアルする前の時代はどういう店だったのか分からない。

                  この本では、キティちゃんとミッキーが人気というJKの証言が多いが、ミッキーはもう普遍的すぎてあまり時代を感じないので(といっても2000年ごろの熊のプーさんブームなどディズニー系でもはやりすたりがあるようだが)やはりキティちゃんがもうこの頃からジワジワ来てたってとこに注目すべきだろう。またキティちゃんブームの前一瞬だけミッフィーというキティちゃん似た兎キャラも人気あったのだが、今思うとあれがくしゅくしゅ時代=欧米キャラ(脱ファンシー)からルーズソックス時代=キティちゃん(ガラパゴス化)への過渡期だったと思う。

                  ルーズソックス時代以降は圧倒的なキティちゃん(とマイメロ)一強体制だったために、くしゅくしゅ時代をいろどったバーバーパパのほかピングー、エスパパ、シンプソンズ、ケンケンなどが一気に姿を消した感があったが、そうした欧米系以外にもギターを弾くレトロなタッチのキャラがいた。もう20年ほど全く思い出すこともなかったのだが、偶然くしゅくしゅ時代の吉川ひなのがそのキャラのカバンを持っている写真を見かけて、あれ何だったんだと気になりだした。

                  その後「ヘタウマ世代」買ってふとコギャルの写真(上画像)に目をやると、またしてもカバンに見覚えのあるキャラ。ギターを鳴らす音からきているのか、その名前を「ポロリン」というようである。

                  ひとまず名前分かったらググれるし良かった。しかしスタンダードな欧米系キャラや固定ファンの多いサンリオと違い、ポロリンやエスパパ、ミスタードーナッツの「おもちカエル」などはくしゅくしゅ時代に埋もれたまま誰にも思い出されることはないであろう。

                  「バザールでござーる」「ポリンキー」など佐藤雅彦のCMやウゴウゴルーガのキャラクターの数々もくしゅくしゅJKに人気があった。ルーズソックス時代=キティちゃん時代にいたる脱ファンシーの流れの中でじつにさまざまなキャラが現れては消えて逝ったのだ。

                  ルーズソックスは制服の着こなしでしか見かけなかったが(普段着はナマ足に厚底ロングブーツやミュール)、くしゅくしゅソックスはショートブーツからチラリとのぞかせるのも可愛かった。というかこのくしゅくしゅの履き方は、編み上げやサイドゴアのショートブーツが人気爆発しているここ数年でもよく見かける。

                  やはりショートブーツからくしゅくしゅをチラ見せしているが、ウエスタンブーツやつっかけを履いた者もいる。くしゅくしゅソックスにつっかけの組み合わせは2015年の春先にもアパレルが流行らせた。

                  しかしこれ半袖や網状の袋などを見るに、ブーツはいてるけどじつは夏なのではなかろか?またこの写真からシャツをズボンに入れるのがダサイって認識がすでに広まっていたことがうかがえる。

                  そしてようやく本題。制服におけるくしゅくしゅ→ルーズソックスへの流れである。

                  91か92年くらいからふつうの靴下をたるませてはくのがJKのあいだで人気となり、95年をさかいにルーズソックスが一気に普及するというのがわが記憶にもとずいた歴史認識だったのだが、この本で94年の写真を見るとほとんどくしゅくしゅではありながらもすでにルーズソックスと呼べるレベルの靴下をはいたJKがいる。たとえば上の写真(94年2月新宿)では、一番手前のJKの靴下がまだくしゅくしゅレベルであるいっぽう、後列にいる左から二番目と四番目のJKの靴下は完全にルーズ化しているのがおわかりいただけるだろうか。

                  「ボリュームソックス大集合。くしゅくしゅどころかたるみが段になっている」と解説されているのだが、まさかこのたるみが段になったほうが長らくメジャーになるとは当時の人は思いもよらなかったにちがいない。ちなみに後ろにある山一證券って会社はルーズソックス時代に亡くなった。

                   

                  ラルフローレンソックス

                  91〜92年に女子高生ソックスの主流を占めたのが、ワンポイント付きのショートソックス。ごく普通にくるぶしの上くらいでとめてはいていた。最近ではルーズタイプが人気だが、定価2100円とやや高め。

                   

                  ルーズソックス

                  ソニープラザで3足1200円のアメリカ製ルーズソックス、色は白が定番。くるぶしのあたりで少したるませると足首のくびれがなくストンとしたサリーちゃん足になる。制服ではないが、93年夏は霜降りのルーズに健康サンダルをあわせるのが流行した。

                   

                  特大ルーズソックス

                  横浜そごう、丸井上野店など限られたところでしか売っていないというもっぱらの噂の超厚手ソックス。アメリカのD.G.スミスというブランドで1足1200〜1300円。

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                  私がルーズソックスを初めて見たのはたぶん95年なので、94年にルーズってあったのか。と驚いたが、94年4月の証言では「このソックスはD.G.スミスというブランドのもので上野の丸井で1300円でした。たぶんここでしか売っていないと思う」(この本はEGスミスをDGスミス、くしゅくしゅソックスをぐしゅぐしゅソックスって書いてる箇所がけっこうあるけど気にしないでおくれ)とあるので、94年時点では東京のような大都会でもまだ貴重だったようでまだ写真も少ない。てことは田舎でルーズが手に入るようになったのは記憶どおり95年と考えてよさそうだ。

                  しかしくしゅくしゅ時代より前、80年代って悪い奴といやカバンをペッチャンコにし、学生服の丈を詰め、ズボンやスカートにボリューム出すような改造し、先公に刃向ったりうんこずわってたと思うのだけど、くしゅくしゅソックス時代の高校って「ぼくたちのドラマシリーズ」や内田有紀、マンガ「天使なんかじゃない」などブレザーのイメージがかなり強い。男も剃りこみとかよりロン毛やモミアゲ伸ばしたようなのが格好良かった。

                  ブレザーは学ランとちがい、ズボンやスカートに柄が入っていることもあってボンタンやロングスカートではさまにならぬ。てことは制服の着こなしをくしゅくしゅ化(スカート短く靴下が長く)させヤンキーを絶滅危惧種化させた原因のひとつがブレザーではないかと思うのだが、ブレザーがいつ増えたのかとか調べてないのでこれはまだ仮説だまりである。

                  また制服の違いだけでなく、わがルーズソックス世代はあまり先生も厳しくなかった。話を聞くと昔はスパルだったけど、体罰とか問題になってキャラ変えたらしい。

                  だからシンナーとか夜の校舎窓硝子壊してまわるよな管理教育を舞台とした尾崎豊的反抗に戸塚宏的暴力教師ってな対立構造ってよりは、学校に化粧ポーチや写ルンですやポケベル持ってくるなど学級崩壊的なゆるい荒れ方だった。そのへんが80年代セーラー型(ヤンキー・ぶりっこ・丸文字)から90年代ブレザー型(くしゅくしゅソックス・カクカク文字・ポケベル)にいたる意識の差であり、やがて95年にコギャル文化が大爆発する流れとしてくすぶっていたのだと思う。


                  くしゅくしゅとともに去りぬ

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                    朴騒動と韓国芸能界 ローバー・美々が語るK―POPへの影響(11月18日 東スポ)

                    http://www.tokyo-sports.co.jp/entame/entertainment/618207/

                    韓国音楽界に精通し“日韓のパイプ役”も務める「K―POPフィクサー」のローバー・美々(年齢非公表)が、朴槿恵大統領(64)のスキャンダルに揺れる韓国の様子を本紙にリポートした。朴政権は崩壊寸前だが、一方で人気の韓流アーティストらも「これからどうなるんだ…」と不安な心中を吐露しているという。歴史的な激動は、日本でも人気のK―POPグループにも大きな影を落としている。

                    ・・・

                    「K―POPは外貨獲得に向けて、国が事業を支援していました。国からバックアップを受けていたアーティストもいます。朴大統領のスキャンダル発覚を受け、バックアップなどの問題も含めて『これからどうなるんだ…』と泣き崩れたアーティストもいました。先行きが不安なのです」

                     

                    中でも日本市場は最も大きなターゲットだ。朴大統領のスキャンダルで政情は不安定となり、日韓関係改善もまだ先となりそうだ。それどころか、韓国国内の政治不信のはけ口が今後「反日」に転化しかねず、その結果として、K―POPが日本から消えてしまうことも考えられるという。

                     

                    ローバーは「朴大統領の謝罪があった日、生放送の歌番組『KBSミュージックバンク』では出演者みんなが暗い感じでした。司会者は涙を浮かべていました」と話す。

                     

                    日本で活躍する「BIGBANG」や「少女時代」などをはじめとする韓流アーティストにも、影響が出るのは必至とも。

                     

                    「実際に多くの韓流アーティストの来日が減っています。朴大統領のスキャンダルは歴史的な出来事なので、みんなが戸惑っています。そんな中でもK―POP界が必死に走り続けていることが切ない」とローバー。

                     

                    それでも「私は政治と文化は切り離して考えないといけないと思ってます。実は、韓国国内では『TWICE』という韓国、日本、台湾の混成女性グループがブレークしているんです。つまり、すでに文化が政治を超えている部分もあるということです」と温かい目を向けてはいるが、国の動向と同様にK―POPの先行きも不透明と言わざるを得ない。

                     

                    朴槿恵スキャンダルで北朝鮮勢力の活性化を心配するならともかく、日本人にとっちゃK-POPなんてどうでもよくないか?政治と文化を切り離して考えなくてはいけないのならむしろ国の支援などないほうがいいわけで、かえって反感を買いかねないエイベックスじこみのゴリ押し(雑誌表紙、日本レコード大賞)など願い下げ、反日で結構だ。

                    それにしても韓国音楽界に精通し“日韓のパイプ役”も務める「K―POPフィクサー」のローバー・美々(年齢非公表)は初めて聞いた。いや、厳密にいうとK-POPフィクサーとしてではなく、パンツ丸出しタレントとしてなら20年ほど前からその名前は知っているのだが。

                     

                    ロバの耳そうじ 超秘蔵ロバ耳パンチラ豪華連続スペシャル(YouTube)

                    https://www.youtube.com/watch?v=sHAqdRWLw2k

                     

                    こんばんは。ローバー美々です。さっそく今夜のトップニュースお伝えします。サーファー系の女の子はもとより、コギャルの必須条件となった茶髪ですが、女子高生のあいだでは、もともときれいな茶髪にしあげるにはウーロン茶が一番効果があるらしい。といううわさが広まっています。

                     

                    このローバー美々がパンツ見せていた深夜番組「ロバの耳そうじ」(日本テレビ)、ウィキペディアを参照すると1994年の10月に始まり96年の3月まで約1年半くらいやっていたらしく、当初メイン司会は大竹まこと、サブ司会が現在ひるおびで活躍する恵俊彰と岡本夏生だったのが途中から月曜から木曜に変わり、メインが峯竜太になったという。私は月曜時代見ていたけど、リニューアル後の峯竜太バージョンは記憶にない。

                    しかも途中からエロがなくなっていたそうで、96年まで続いていたといっても時期的にはくしゅくしゅソックス時代末期、ルーズソックス時代過渡期の番組と位置ずけられよう。飯島愛がスターダムにかけあがったことからもわかるように、くしゅくしゅ時代は深夜じゃなくても、テレビでボディコンギャルがTバックとか巨乳を見せつけていた狂った時代であり、ロバ耳もそんなくしゅくしゅ時代のノリで始まっているのは明らかである。
                    お色気の他にも心霊写真とかヨーガとか気功とか催眠術みたいなのもよく見たものだが、95年初頭に起こった阪神大震災やオウムのサリン事件の影響かテレビはお色気やオカルトをほとんどやらなくなり、女学生も性欲雑誌を読まなくなり、世の中はどよーんとしてヒット曲はシリアスや病んだ感じの歌詞が多くなっていった。あの享楽的な時代はどこに逝ったのか?というくらい日本のノリが激変したのが1995年だったのである。

                    その後「ギルガメッシュナイト」(テレビ東京)「A女E女」(フジテレビ)がともに1998年3月28日で終わっているので、ルーズソックス第二世代(浜崎あゆみ時代)からは実質お色気の空白期間であったろう。乳や尻などの若い女の肉体が人々の関心を集めるのはその後、コギャル文化の落ち着いてきたルーズ・ハイソのハイブリッド時代(2001〜)でイエローキャブ、サラ金CM、ヅラCMなどのグラビアアイドルが活躍し出すまで待たなければならなかった。

                    それにしてもウーロン茶で茶髪ってのはよく分からない。オキシドールで脱色するってのはあったが、そもそも当時セルフのヘアカラー売ってなかったんかいな?

                     

                    生ダラ巨乳ちゃんゴングショー(YouTube)

                    https://www.youtube.com/watch?v=Yw843c0euM8

                    くしゅくしゅソックス時代はかとうれいこや細川ふーみんなど巨乳がもてはやされた。(巨乳ブームのはしり自体はバブル期のAV女優らしい)生ダラの巨乳コンテストにすごい初期型コギャルがいたので思わず時期が気になったのだが、賞品のラジカセが1995年製なので一応ルーズソックス時代らしい。

                     

                    燃えるブンブン・T−BACKS.flv(YouTube)

                    https://www.youtube.com/watch?v=4rMH5ZcScg8

                    Tバックギャルブームのさなかマギーミネンコ「燃えるブンブン」をカバーしたガールズグループその名も「T-BACKS」(1993)。スタジオの雰囲気からして8時って朝の8時だと思うが、朝っぱらからこんな尻の映像流れているのがくしゅくしゅ時代クオリティだ。

                    くしゅくしゅ時代はアイドル不遇ながら、CCガールズのフォロワーなのかギリギリガールズとかシェープアップガールズとか言うさまざまなガールズグループが存在しており、ハイレグやボデコンでセクシーを競った。TバックならぬT「フロント」のピンクサターン(下画像)ってのが一番ひどかったらしが、これは見たことない。


                    自撮りの原点回帰

                    0
                      評価:
                      Hiromix
                      ロッキングオン
                      ¥ 45,857
                      (1996-09)

                      前回カセット人気の記事を書き、そういえば今年に入って使い捨てカメラも若人に大人気とよく聞くので検索してみた。

                       

                      健在「写ルンです」30歳…若者のおしゃれアイテム?(4月4日 読売新聞)

                      http://www.yomiuri.co.jp/matome/20160329-OYT8T50000.html

                       

                      「写ルンです」人気復活の理由 iPhoneより軽く、質感が魅力的(4月20日 livedoor NEWS)

                      http://news.livedoor.com/article/detail/11436342/

                       

                      インスタグラムも「写ルンです」 高まるフィルム人気(5月6日 日本経済新聞)

                      http://style.nikkei.com/article/DGXMZO99961400S6A420C1000000

                       

                      写ルンです 新しい活用法で若者も注目 発売30周年(6月17日 毎日新聞)

                      http://mainichi.jp/articles/20160618/k00/00m/020/050000c

                       

                      「写ルンです」で撮影しネットに投稿 若者はなぜ、わざわざそんなコトを?(6月26日 J-CASTニュース)

                      http://www.j-cast.com/2016/06/26270460.html

                       

                      発売30周年「写ルンです」が10〜20代から熱視線…「手間かかるのが新鮮」「どう写ってるか分からない楽しい!」(7月9日 産経ニュース)

                      http://www.sankei.com/premium/news/160709/prm1607090025-n1.html

                       

                      人気再燃 アナログだから楽しいこともあるんです(9月26日 産経ニュース)

                      http://www.sankei.com/column/news/160926/clm1609260004-n1.html

                       

                      若い世代にはアナログが新鮮に 富士フイルム株式会社『写ルンです』(9月27日 ZAKZAK)

                      http://www.zakzak.co.jp/economy/ecn-news/news/20160927/ecn1609270830001-n1.htm

                       

                      「写ルンです」のブーム再燃 淡い風合いの写真が「逆におしゃれ」(10月3日 livedoor NEWS)

                      http://news.livedoor.com/article/detail/12097727/

                      今年30周年を迎えた『写ルンです』(富士フイルム)がブーム再燃。4月に発売した5万本限定アニバーサリーキットは、3か月で即完売した。リバイバルヒットの秘密とは?  

                      1986年7月、『写ルンです』は世界初のレンズ付フィルムとして誕生。カメラが高価だった時代に、手軽に写真が撮れる使い切り感覚がウケて、発売からわずか半年で100万本売れるヒット商品に成長した。しかし、デジカメの台頭により、1997年をピークにレンズ付フィルムの国内市場は縮小していく。

                      「次々と他社が撤退していく中、我が社だけは売り続けていたんです」と、同社の築地紀和さん。

                      「30周年を迎えるにあたりリサーチしていく中で、インスタグラムで『#写ルンです』と検索したら、昨年2万5000件ヒットし、今は7万件以上ヒットします。若い女性が『写ルンです』で撮影した写真をデータ化してSNSに投稿しているんです。スマホ全盛期の今、フィルムならではの淡い風合いの写真が、逆におしゃれで新鮮に感じるそうです」(築地さん)。  

                      ファッション誌で人気の若手写真家やモデルが愛用して人気が拡大し、東京・原宿の直営店では例年の5倍の売り上げに。シャッターをカチッと押す感じ、現像するまでどんな写りかわからないワクワク感、久々に味わってみる?

                       

                      何かJELLYあたりで煽ってそうなブームだと思う。データ化してSNSに投稿できるということは現像しなくてもよいということだろうか。

                      それでもカメラ自体が1000円くらいしていたような気がするし、携帯やデジカメで撮ったっていくらでもフィルム風に加工するモードやアプリがあるだろうに。いやレコードとかカセットは昔の物があるからまだそれらを再生するのに使えるという点で全然わかるのだが、写ルンですは取り直しもきかないし使い捨てなのがもったいなく感ずる。

                      というか写ルンですの人気復活の理由「iPhoneより軽く」って、iPhoneの代わりにはならんだろ機能的に。ただ昨今の流行がくしゅくしゅソックス時代の使い回しだということを考えると、使い捨てカメラってのも時代が一周回ってきたのかもしれない。

                       

                      女子高生と写真というと、すぐに“Hな写真”を思い浮かべる人がいるかもしれないが、ここでいう写真は、ごくふつうのスナップ写真。じつは、女子高生はこんなふつうのスナップ写真が大好きなのである。

                      93年6月、『流行観測アクロス』(螢僖襯魁砲東京・渋谷の交戦通りで100人の女子高生に対面調査をしたところ、なんと54パーセントもの女子高生が写真をもち歩いていることがわかった。

                      写真の所有数もハンパではない。平均で7.6枚。なかには40枚もの写真をもち歩いている女子高生もおり、こうした写真をシステム手帳に挟むのがいちばんオシャレらしい。

                      では、どんな写真をもち歩いているのかというと、友人(+自分)が写っている写真がいちばん多く(42人)、彼の写真は11人、芸能人の写真にいたっては5人しかいなかった。彼の写真をロケット(懐かしい!)に入れておく、なんてのはいまではまったくはやらないのである。

                      なぜ、フツーの友人の写真をそんなに大切にもち歩いているのかと問えば、友人たちと見せっこするため。

                      なるほど、彼女たちにとって、写真は大切な友人とのコミュニケーション・ツールというわけである。

                      今日も“写るんデス”を使って、女子高生たちは“当たり前の日常”をパチリと撮っているはずである。

                      (「花の女子高生ウフフ・・・の秘密」34ページ)

                       

                      上の引用文はまだルーズソックス時代が熟する前に出た書物で、まだプリント倶楽部などは存在していないのだが、ルーズソックス世代のプロトタイプともいえるくしゅくしゅソックス世代から現代のセルカ・セルフィーに通ずる若い娘の自撮りカルチャーがじわじわと盛り上がってきていたことがうかがえる。今では一眼のデジタルカメラもあるし携帯の画質も綺麗なので普通の人が撮った写真も相当にクリアだが、ルーズソックス時代はピント合ってない(というかフラッシュで顔が白光り)くらいが盛れててオシャレくらいに思っていたし、パソコンに画像入れる習慣もなかったので写真屋に現像出し写真はポスカでデコって無印の無機質なアルバムに入れていたような気がする。

                      そしてほんの一瞬だけ、プリクラと使い捨てカメラにセピアと白黒が人気爆発したこともあった。これらが明らかに女子高生用であることからも、とにかく古めかしくぼんやり撮れてるほうがいいという傾向はあったし、プリクラもシールになるというだけでなくぼんやり白光した写りが受けた面はあったろう。

                      またコンパクトカメラ「ビッグミニ」で撮ったオサレ写真で人気を博したのが写真家のHIROMIXで、現在ミュージックビデオなどで有名な蜷川実花もこのブーム時に出てきたように記憶している。そういう女流写真家は渋谷系とか原宿系の文脈だったろうが、とにかくルーズソックスや茶髪やポケベルと同様、ジャンル関係なく90年代の女子高生文化を席巻したのが写ルンですやプリクラといった何でもない日常切り取る系写真だったことは間違いない。

                       

                      ガーリーフォト(Wikipedia)

                      https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%88

                      技術的背景

                      コンパクトカメラやレンズ付きフィルムの発達により、専門的な技術を持たなくてもある程度の写真が撮れるようになった結果、この時期の日本では女子高生らがそれらの機材を使用して写真を撮ることが一般的になった。またこれらのカメラは手軽に持ち歩くことが出来たので、身近で日常的なものを被写体とした作品が数多く撮影された。

                      ブーム化

                      1995年、当時19歳であったHIROMIXがキヤノン主催の「写真新世紀」でグランプリを獲得。またガーディアン・ガーデン主催の「ひとつぼ展」も蜷川実花を輩出している。この二つのコンテストはガーリーフォトの写真家をプロへと引き上げる登竜門となった。

                       

                      コダックの使い捨てカメラのCMも当時流行りの女子高生マーケティングしていたようだ。この頃はくしゅくしゅとの過渡期だったしCMなのでさすがにルーズソックスではないのだが、スカートの丈はすでに短くなっている。

                       

                      瀬戸朝香 CM 1995年 コダック 「見た目で選んで何が悪いの!」(YouTube)

                      https://www.youtube.com/watch?v=c74VuIM6dwA

                       

                       

                      CMソングはhitomiの「CANDY GIRL」(95年4月)。キャミソールへそ出しミニスカートで小室サウンドを生意気な歌詞に載せて歌いあげるその姿はルーズソックス時代の到来を体現していた。

                       

                      CANDY GIRL hitomi—complete version(YouTube)

                      https://www.youtube.com/watch?v=Gn3PuaotHKI

                       

                      これが2000年代初頭になると、デジカメ持つ人が増えだし何より携帯電話の「写メール」が爆発的に普及した。もちろんそれが写ルンですを終わらした主因であろうが、女子高生における写真文化の盛り上がりとデジタル化のあいだに数年ほどすき間があってはっきりと切り替わったわけではなかったように思う。


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