ソックタッチ紆余曲折

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    女子高生「くしゅくしゅ」靴下が流行 スカート丈巡る攻防 生足見せで、足長効果?(8月23日 Yahoo!ニュース)

    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170819-00000001-withnews-soci&p=1

     

    ギャルが滅亡したので女子高生からパンとか洗剤の話題に移行したものの、ここ最近ネットの記事とかで女子高生の靴下の短さが話題にのぼるようになり、そういうの読むと何で今の服装がくしゅくしゅソックス時代(1989〜94年)の使い回しだと何回も言ってたのにくしゅくしゅソックス人気再燃を予測できなかったのかと、おのれの先見性のなさを嘆かずにはいられない。左翼は「今は戦争前夜に似てる」っていうけど、そんなの戦後つねに言ってるだろうからあてにならぬし、私に言わせれば今は戦争前夜なんかじゃなく第二次くしゅくしゅソックス時代なのである。

     

    「オバさんには若者が理解できない」女子高生のときの言葉が"ブーメラン"すぎて痛い(7月26日 HUFFPOST)

    http://www.huffingtonpost.jp/2017/07/26/jk-socks_n_17584434.html

    ■靴下事情は「ブーメラン」のように繰り返す…?

    女子高生の靴下の長さは、短くなったり長くなったり、時代によって流行を繰り返してきたようだ。

    それを如実に示すのが、靴下がずり落ちるのを防ぐために使う商品「ソックタッチ」だ。ソックタッチは靴下が長い時代には売れ、短くなるとに売れなくなる傾向がある。

    90年代は女子高生の間で、丈の長いルーズソックスが大流行したことで、ソックタッチも20年ぶりのヒットとなった。当時の新聞記事を引こう。

     

        七〇年代にヒットした液体靴下止め「ソックタッチ」が、再び女子高生に売れている。九〇年代になってから年間一万本ほどしか売れなかったのが、昨年秋から火がつき、今年になって百万本売れているという。女子高生の靴下のたけが長くなり、再び必要になったためらしい。

        「ソックタッチ」は白元(東京)が七二年に発売、ピーク時の七六年には年間一千万本売れた。しかし八〇年代後半以降は生産を中止、九二年まで在庫を年一万本のペースで細々と売っていた。

        ところが昨年秋から急に人気が復活、昨年だけで二十万本売れた。今年一月から生産を再開し、四月までに百万本を売っているが、生産が追いつかない状態だ。

        なぜ売れ始めたのか。同社の宣伝担当者は「女子高生の靴下の丈が長くなったため」とみる。「ルーズソックス」という、履いたときに緩くしわが残る長めの靴下が、昨年から流行している。レナウンによると「靴下を止める位置にこだわって、おしゃれをしているようです」という。

        (液体靴下止め「ソックタッチ」が再び人気(生活予報)|朝日新聞朝刊 1994年4月27日)

     

    決められた制服、決められた規則で過ごさなくてはならない多くの女子高生にとって、オシャレの余地はとても狭い。

    靴下は大切な自己表現のアイテムであり、前の世代と"違うスタイル"を模索し続けるためのひとつの象徴なのかもしれない。

     

    私はくしゅくしゅソックス時代に思い入れが強いため、記事そのものよりも引用されている1994年のソックタッチにかんする新聞記事を興味深く読んだ。ソックタッチは白元から発売されていた、靴下がずり落ちてこないように足に塗るロールオンタイプのサラサラした糊のことである。

    私のおぼろげな記憶によると、ソックタッチが再発されたのは学研から出ていた雑誌「レモン」の企画だった。もしかしたら同時期に同級生と回し読みしていた(自分では買ったことない)ルナティーンやエルティーンのような、エッチ系の雑誌だった可能性もあるが、いづれにせよ私は再発を特集した雑誌記事で初めてソックタッチの存在を知ったのである。

    記事にもあるように、三つ折りソックスの台頭により80年代後半には生産が中止されており、くしゅくしゅソックス時代は在庫を細々と売っていた。これが年1万本のペースで売れていた(最盛期である1976年の1000分の1)とのことだが、前述のレモンか何かにくしゅくしゅソックスを止めるために当時の女子高生はあまり出回っていないソックタッチを探すのに苦労していると書いてあり、私にはその在庫のスヌーピーの絵が可愛かったため印象に残っている。

     

    https://rakuma.rakuten.co.jp/item/f7654577759047205012

     

    検索するとフリマに出品されている画像が出てきた。20年以上前のソックタッチと紹介されていたが、まちがいなくこのデザインが再発前くしゅくしゅ時代に出回っていた在庫のはずなので、かれこれ30年物であろう。

    再発されたソックタッチはピンクを基調とした、ルーズソックス世代にはよく知られたあのデザインで、私はスヌーピーが好きだったため在庫の奴の方が可愛かったのに・・・。と残念がった。しかし1994年といえばくしゅくしゅからルーズへの過渡期、ソックタッチはバカ売れし、記事によると92年まで年1万本だったのが94年の1月に生産を再開し4月までたった4か月間に100万本を売り上げたというのだから、生産が追いつかなかったのも無理はない。

    前述の雑誌記事は、読者が白元の社長にソックタッチをまた売ってくれるよう直訴しに行くというもので、94年1月に生産が再開されたということは1993年なのだが、ルーズソックス時代にコギャルが消費文化の主役としておどり出るようになる前から、このように女子高生が商品の企画にたずさわったり、また女子高生のクチコミ(ウワサ)によって売れる商品などがよくあったようだ。たとえばクレヨンしんちゃんを見た女子高生が食べたいと言って本当に商品化されたというチョコビや、現在もよくある菓子の中に一つハート型を入れたような奴(見つけたらラッキー)の原型であろうコアラのマーチの「眉毛コアラ」などである。

    だからソックタッチがルーズソックスによって人気が再燃したというだけでは、くしゅくしゅ人気を受けて白元が「よしソックタッチをまたはやらすぜ」と、再び生産を再開し何か品薄商法でもやってるみたいに読めるが、そうなのではなく、当時くしゅくしゅブームなど知るよしもない大人たちがもうソックタッチなんてオワコンと思っているところに、そんなことないからとにかく売れや!と突然現れたくしゅくしゅJKにそそのかされ、半信半疑で作ってみたら本当に人気大爆発した・・・という経緯が重要なのだ。もちろんその筋書きも含めて白元の女子高生マーケティングだったと深読みできなくもないのだが、事実くしゅくしゅからルーズソックスにかけての女子高生は大人にとっては予測不可能な存在であり、やりたいことは自分たちで勝手に作るといったエネルギーに満ち溢れていたのである。

    写ルンですなんかも同様で、今写ルンですブームはフィルムメーカーや雑誌が先導して無理くりブーム創出している部分が少なからずあるのだが、オリジナルである90年代のカメラブームは、やはりくしゅくしゅJKが自分たちの日常を写真に収め始めたというところに起源があり、それがルーズソックス時代のプリクラ人気や写メール以降の自撮り文化にもつながっていく。エッグやカワイイといったギャル雑誌もコギャルが出始めてからけっこう後になって作られたのであり、ようはコギャル草創期は大人が仕掛けるより先に、女子高生が流行やウワサを作っていたという点において特異なのである。

     

    靴下を45年間とめ続ける「ソックタッチ」その波瀾万丈な歴史とは? 廃番乗り越えルーズで復活…いまは(7月31日 Yahoo!ニュース)

    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170728-00000002-withnews-bus_all

    一昔前は「紺ソ」、そのまた前はルーズソックス。靴下がずり落ちないように、多くの女子中高生たちが使っていた「ソックタッチ」。なんとこの商品、45年前からあるんです。プチソックスと呼ばれる短い靴下が流行しているいまは、知らない人も多いかもしれません。ソックタッチをつくるメーカー「白元アース」(東京)の担当者に歴史を聞きました。第3次ソックタッチブームも、近いかも?(朝日新聞記者・船崎桜)

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    ミニスカートが日本に上陸した70年代、若い女性たちが好んではいたのはハイソックスでした。当時は、ポロシャツにミニスカートにハイソックスという「ハマトラ(横浜トラディショナルの略)ファッション」が大ブーム。

    長い靴下が落ちてこないようにきっちりとめられるソックタッチはすぐに人気商品になり、年間1千万本も売れたこともあったそうです。
    一時は廃番、でもブームは再びやってきた

    80年代になると、ふくらはぎ丈の靴下を何回か折りたたんではく「三つ折りソックス」が流行り始め、第1次ブームは終わりを迎えます。ソックタッチは、廃番にまで追い込まれました。

    しかしその約10年後の1994年、ルーズソックスの大流行にあわせて、復活。第2次ブームがやってきます。
    竹内さんは「ルーズソックスをはく子の親が第一ブーム世代で、ソックタッチの存在を思い出してくれて、会社に問い合わせがたくさんあったようです」

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    2017年の今、街中を歩く女子中高生の足元は、足首ほどの短い紺や黒の靴下が多くなっています。それを伸ばさずに「くしゅくしゅ」させてはくのがおしゃれ、という人もいるようです。

    そうなると、なかなかソックタッチの出番はなさそうですね・・・。昨年春には、3色のパッケージのうち黄色がなくなり、2色になりました。

    竹内さんに聞くと「残念ながら、たしかにブームのころと比べると売り上げ個数もケタが違います」

    「でも、ファッショントレンドは移り変わります。粘り強く販売を続けていれば、第3次ブームがきてもおかしくないと思っています」

    余裕の笑顔です。

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    90年代は女子高生自身が茶髪やルーズソックス、細眉、汚い言葉遣いなど独自の文化を完成させてしまったのだが、ハイソックス時代にはまたマスゴミ主導になっていたように思う。そもそもハイソックスは、まだルーズソックスが主流の2000年頃から、マスゴミが「ルーズソックスはもう古くて次世代はハイソックス」とけっこう煽っていたのだ。

    くしゅくしゅソックスからルーズソックス時代にかけては、大人がどんだけ仕掛けたところで女子高生がそれに乗っかってくることはほとんどなかったために、ルーズソックスもいづれは廃れるときがくるだろうがまだまだ先のことだろうとたかをくくっていたら、思いのほか早くハイソックス時代が到来した。しかしそれでも、ミニスカートと長い丈の靴下(もしくはロングブーツ)、ジャストサイズか小さめの服、重ための黒髪より毛先を軽くした茶髪、眉や唇の色を押さえ目元を強調した化粧というバランスは10年以上変わることがなかったのである。

    それが変化したのは2010年代初頭だろう。今では靴下は短くなるし、ブーツもロング丈よりはショート丈、服はオーバーサイズに、目元より太眉や口紅の目立つ化粧が主流となった。

    今小さめの服を着ていたり、露出している人は若い人より30代が多いというのをどっかで読んだのだが、それは一理あるかもしれない。ルーズソックス時代にもソバージュやウエスト絞ったおばちゃんが馬鹿にされていたが、それと同じでいやブカブカの服とか赤い口紅なんて絶対バブリーでおかしいだろと若い時の感覚のまま全くやらないでいると取り残されてしまうので、ルーズソックス世代には難しい時代なのだ。

    さっきも言ったけど、今の服装はくしゅくしゅソックス時代の使い回しである。時代が20年代周期で回ってくることを考えると、2010年代からその兆候が出てきたのは何らおかしいことではなく、くしゅくしゅソックス時代にもやはり70年代ブームがあったのである。

    しかし、なぜくしゅくしゅが回帰するまでミニスカートと長い丈の靴下(もしくはロングブーツ)、ジャストサイズか小さめの服、重ための黒髪より毛先を軽くした茶髪、眉や唇の色を押さえ目元を強調した化粧というルーズソックス時代に確立された「イケてる女の子」のバランスは長らく変わらなかったのか。今思うと80年代のファッションが奇抜すぎて、20年をへてもアラレちゃんメガネ以外にあまり現代人に取り入れられるような物がなかったことが、2000年代にファッションが大きく変化しなかった一因のように思う。

    では今後、若い娘さんの服装や靴下はどうなって逝くのかだが、20年周期理論にもとずいてくしゅくしゅソックスがルーズソックスに巨大化するかというと、私はその線は低く、むしろもうソックス履いてないくらいが可愛くて最終的に肌色のストッキング履き出す(靴はローファーではなくスニーカー)と考えている。ストッキングはルーズソックス時代にはタブー視されるほど忌み嫌われたものだが、5年くらい前に一瞬だけ絵のついたストッキングが脚光を浴びたことがあり、おしゃれのためにストッキングを履く前例は一応あった。

    そしてだんだん細く見えるほうがいいということで、色は濃く、光沢のあるものかシアータイツが好まれるようになる。そのためソックタッチは残念ながらまたしばらく細々と在庫を売り続ける冬の時代を迎えることだろう。


    第二次くしゅくしゅソックス世代(仮)

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      ギャル滅亡にともなうネタギレのためにここ何ヶ月かは食べ物の話題でしのいでいたが、久しぶりに靴下の記事書こうと思ったのは先日ほとんど靴下をはいていないかのような(裸足ではなくスニーカーソックスをはいている)JKを見かけたからである。当ブログでは2016年ファッション予測記事において、JKの靴下の丈はほとんど見えないレベルで短くなると書いたこともあって、ようやく来たなこの時が・・・。と思った。

       

      女子高生ソックス事情 時代は「短め」「クシュクシュ」!(4月21日 AERA.dot)

      https://dot.asahi.com/wa/2017041900070.html

      女子高生の足元は、常に流行がつきまとう。よく目にするようになった、ソックスがくるぶしあたりにクシュッとたるんだ様子は、だらしないのではなく、どうやら「カワイイ」らしい。制服のスカート丈とのバランスもあるそうで……。女子高生ソックス事情を追った。

      駅のホームに立つ放課後JK(女子高生)。ふと足元に目を落とすと、紺のソックスがくるぶしあたりにクシュッとたるんだ状態になっていた。うららかな日のこと、部活終わりなどで単に暑いのか、はたまただらしないコなのか。

      そんなことを思っただけだったが、その後も街で幾度となく「下げてはく」JKを見るようになった。よく見れば、最初から短いソックスをはいているコもけっこういる。

      だらしないわけではない。これがカワイイからなのだ。

      1990年代なかば、爆発的に流行したルーズソックスの流行が一段落し、紺のハイソックスが定着。15年以上ゆるぎない定番ファッションかと思っていたが、JKソックス事情は微妙に変化していたよう。

      プリントシール機やスマホ向けアプリの開発などを行うフリュー社の「GIRLS’TREND 研究所」が昨年、JKを対象にした意識調査を行ったところ、「制服の靴下は何が流行(はや)っている?」という問いに対して、44.2%が「短め」、「くしゅくしゅ」が30.5%と、実に4分の3を占めた。ハイソックスと回答したのはわずか15.6%(グラフ参照)。同研究所の稲垣涼子所長は語る。

      「イマドキ女子高生は、紺ハイソックスをクシュクシュさせ、ふくらはぎの太い部分でとめるのが当たり前、という流行が数年前に生まれ、その後、たるませずに最初から短めのものをはくコも出始めました」

      短めソックス流行の理由は?

      「私服ファッションでの短めやクシュクシュソックスの流行に加え、制服のスカート丈の流行もあると思います。以前より少し長めのひざ丈がカワイくなった。そうすると、ハイソックスをはいたときに、脚が見える部分のバランスが悪くなってしまいます」

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      「短め」「クシュクシュ」支持の理由は、「脚が細く見える」「脚がキレイに見える」。または、「みんなはいてるから」。

      「ただ、紺のハイソックスが流行したときも、理由は『脚が細く見えるから』でした。ルーズソックスも、そのボリューム感で『細く見えるから』(笑)。見た目は違う流行なのに、理由が同じなのがおもしろいです」

      ベストセラー『東京女子高制服図鑑』シリーズなどの著者、森伸之さんはそう言う。

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      ソックスをたるませてはく流行は、90年代はじめ、ルーズソックスが流行する前の雰囲気に少し似ていると、森さんは言う。

      「当時、スポーツソックスをたるませてはくのがカッコいいと、青学(青山学院高等部)のコたちが始めたのが最初です。そのころの雰囲気に近い印象はありますね」

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      クシュクシュ流行りとはいえ、まさかのルーズソックス大復活とはなりにくいのではと森さんは言う。

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      最近のJKはハイソックスほど長くないけど別に短くもない、クルー丈というのか何かよくある長さの靴下で特徴がないためにあまりとりあげてこなかったのだが、上の週刊朝日の記事を読んで、もしかしてあれってもとがハイソックスなのをくしゅくしゅさせているからあんな丈なのか?とも思った。それとスカートの丈があまり短くないのが可愛いとあるように、私が見たくるぶしJKのスカートも膝丈で、ルーズソックス世代の私から見るとけっこう長いな・・・と感じた。

      思えば2015年の春先だったか、アパレル業界がノームコアとかガウチョパンツとかゆるくて地味な色合いの服流行らそうとしてた頃に、サンダルなどに白いくしゅくしゅソックスを合わす着こなしが雑誌などで激しく提案された。制服の靴下までくしゅくしゅ化していたということならば私服からの流れかもしれないし、スカートの長さが中途半端(ガウチョ化?)なのもまたしかりである。

      それにくわえ何度かこのブログでも言及しているように、ここ数年の服装のトレンドはくしゅくしゅソックス時代の使い回しであり、上記引用記事の森さんも「90年代初めの雰囲気に少し似ている」って言っている。90年代初頭の第一次くしゅはのちに巨大化してルーズソックスとなったが、ルーズは復活しないだろうとの森さんの見方にも賛同したい。

       

      【今どきレポート】制服には“くるぶしソックス”の女子高生 「脚見え面積は大きい方がいい」(2016年7月4日 ウートピ)

      http://wotopi.jp/archives/38328

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      そこでひしひしと感じるのが、女子高生の中でのブームの入れ替わりの早いこと早いこと。ついこのあいだまで女子高生だったはずの20代前半女子(私)でさえ、ジェネレーションギャップを感じてしまうことがあります。最近でいうと制服のバランス! なかでも靴下の丈についてです。

      アラサー世代が高校生の頃は、ギャルがピークを迎えていたのでルーズソックスが一番イケてると言われていましたよね。私たちの世代(20代前半)はふくらはぎからひざ下まであるハイソックスがかわいいとされてきました。それらに対し、今いちばん可愛いとされているのは「クルー丈」や「くるぶしソックス」などの短いソックスなんです。

      今も昔も、女子高生が靴下にこだわる理由はただ一つ、いかに脚をきれいに見せるか、です。私が現役女子高生だった5年ほど前は、ハイソックスとスカートの間に見えている肌の比率でもっともバランスのいいスカート丈はどのくらいなのか?と考えていましたが、今は「見えている肌面積が広い=脚が長く見える」という思想なのだそう。

      さらにこれは韓国の女子高生がやっているということも流行の理由みたいです。

       

      この記事を書いた20代前半女子さんは、私の歴史観においてはスマホが普及して日本JKのガラパゴス文化が廃れてきたスマホ世代(1993〜96生まれ)にあたり、ほぼハイソ派だったと思われる。アラサー世代が高校のときはルーズがイケてたとあるが、20代後半はそうでもなく、おおざっぱにいって2017年現在は20代がハイソ世代、30代がルーズ世代、40代前半がくしゅくしゅソックス世代で40代後半より上は調べたことないけどたぶん三つ折り世代である。

      脚を見せたほうが綺麗に見えるというのは確かに韓国の美的感覚であり、2010年以前に日本には存在しなかった価値観である。最初K-POPがゴリ押された2010年当時、日本の女たちはハイソックスやレギンスで足を包んでいたし、ショートブーツもアパレルが仕掛けたわりに流行らなかったので、少女時代らが踊る姿には脚の主張ぷりにびびった。

      ただ韓国の場合はズボンやスカートの丈も短いが、日本の場合2,3年前からミモレ丈やガウチョなどが人気となって、制服のスカートも長くなっているとのことで、やはり靴下の存在感がなくなったといっても韓国のようにショートパンツやミニスカートで脚を全部出してるって娘はあんまりいないんじゃないだろうか。とはいえ韓国は韓国で、プリーツスカートなど日本の制服に近いカワイイ系の服が人気になってきて、日韓の服装の差は年々縮まってきているようにも見える。

      それにしても長いスカートに短い靴下、という着こなしは長らくアニメオタクなどイケてない奴の代名詞(ルーズソックス時代においてはスカートの面積が小さく靴下の体積が大きい者ほど強い)だったのだが、ここ数年の黒髪やシースルーバング、落ちない口紅といったヘアメイクやアニメ映画の流行をふまえても、けっこうしぶとく残っていたアバヅレで盛れる者ほど強いという1995年以来のルーズソックス的パラダイムから完全に脱した感がある。私が高校生の時も70年代ぽいのがオシャだったことを考えると、ファッションはいつの時代も20年周期であって今のJKがくしゅくしゅ化しているのもわりと普遍的な現象なのかもしれない。

       

      「制服姿の素足好きだった」靴下はいた女子生徒の殺害予告、中高一貫校に脅迫電話48歳会社員逮捕 福岡(5月18日 産経新聞)

      http://www.sankei.com/west/news/170518/wst1705180029-n1.html

      「くるぶしまでの靴下をはいた女子生徒を見たら殺す」との電話を福岡県立の中高一貫校にかけたとして、県警宗像署は18日、威力業務妨害の疑いで、同県宗像市の会社員、白川堅太郎容疑者(48)を逮捕した。署によると「制服姿の女子生徒の素足が好きだった」と供述し、容疑を認めているという。

      ■フェチな指定「黒ロング不可」「タイツもダメ」

      逮捕容疑は、4月28日午後1時50分ごろ、公衆電話から宗像市の県立宗像中学校・高等学校に「くるぶしまでの靴下をはいた女子生徒を見つけたら殺すぞ。分かったな」との電話をかけ、職員に登下校の警戒に当たらせて業務を妨害したとしている。

      署によると、約1年前から同校を含む複数の学校に計数十回にわたり「黒いロングタイツをはかせるな」「タイツをはかせると襲うぞ」などと電話し、次第に内容がエスカレートしていったという。

      中学校の教頭(52)は「生徒に実害がなくて本当に良かった」と話した。


      ルーソ世代全盛期

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        当ブログでルーズソックス世代と定めている1977〜80年生まれの女たちは、茶髪や馬鹿キャラ、ルーズソックスなどギャル(コギャル)のイメージを確立させ、それまでのファッションに変革をもたらした。芸能人を引き合いにしてその変遷を振り返ってみると、1995年から2000年代半ばにかけての女の服装は間違いなくルーズソックス世代が牽引している。

         

        汚い化→1995年ごろ〜

        くしゅくしゅソックス時代(90年代前半)から兆候はあったものの、茶髪、細眉、黒肌、生足、ルーズソックス、男みたいな言葉遣いでギャーギャー騒ぐなどルーズソックス世代から女子高生の生き様が急激にハレンチで汚らしくなり、そんな意識の変化に合わせるかのようにeggやcawaiiなどギャル雑誌が創刊された。

        安室奈美恵(1977年生まれ)

        小麦肌と厚化粧と厚底ブーツと小室サウンドでコギャルたちの憧れの的だった安室ちゃんはルーズソックス時代の申し子だった。

        押切もえ(1979年生まれ)

        押切もえは絵にかいたような黒くて怖いコギャルだったのに、後述のデカ目・モテ時代を迎え女子力キャラになったし目も大きくなった。

        egg(1995〜2014年)

        cawaii(1996〜2009年)

        ランズキ(1998〜2016年)

         

        デカ目化→1999年ごろ〜

        ルーズソックス時代からギャルたちは厚化粧ではあったが、この頃からマスカラ下地とか眉マスカラ、チークなどが人気になって化粧が盛れてくるし、巻き髪も精巧になってくる。また高齢化(成人)したコギャルが赤文字系に逝かず、お姉ギャルというジャンルを確立した。

        浜崎あゆみ(1978年生まれ)

        小室さんの才能が枯渇し、朋ちゃんが精神的に不安定になり、安室ちゃんが産休に入りと、ルーズソックス時代が終わりを迎え、歌姫時代を迎えるタイミングですい星のごとく現れた浜崎氏はパッチリとしたお目目とお人形さんのような見た目で、それまでサーファーや辛口なセクシーの多かったギャルの服装に可愛らしい姫、盛り、美白の要素をもたらした。

        カリスマ店員

        109がギャルのファッションビルとして生まれ変わり、森本容子(1977年生まれ)、中根麗子(1979年生まれ)、植田みずき(1980年早生まれ)といったカリスマ店員はのちにお姉さん向けのマウジー、リエンダ、スライなどのブランドを立ち上げた。スライの植田氏は現在中年向けにエンフォルドというブランドを手がけているそうだ。

        Scawaii(2000年〜)

         

        モテ化→2000年代前半〜半ば

        ギャルは強め・細め一辺倒だったが、2000年代に入ると一部ロリータくらいでしか見かけなかったようなキラキラとかリボンとか女の子っぽいのが流行り出すし、フーミンやかとうれいこ以来あまり見かけなくなっていたグラビアアイドル業界がヅラやサラ金のCMで息を吹き返した。安室→あゆの流れにもうかがえるように、人々の顔の好みが童顔寄りになってきて、ロリを売りにした小倉優子とかミニモニも人気を博す。

        ルーズソックス世代の高齢化に合わせてか、女の強さが汚らしい化粧でギャーギャー騒ぐのから、お目目の大きさを偽りチークで頬をピンクに染めてかわいらしくお化粧し男にモテモテになるようなのに変化して(代表例→押切もえ)cancam誌がその受け皿を果たした。と思われる。

        矢田亜希子(1978年生まれ)

        私が矢田亜希子の可愛さに気づいたのは、フジテレビ系ドラマ「やまとなでしこ」(2000年)で、主演の松嶋菜々子もすごくよかったんだけども、とにかく女たちの可愛さがデカ目化、モテ化しているなかで、お目目がパッチリしてお嬢さんっぽい矢田亜希子はその後男女ともにすごい人気になった。でも刺青めっちゃ入ってる押尾学とのデートが撮られてから清楚なイメージが崩壊して、あんまり見かけなくなった。

        蛯原友里(1979年生まれ)

        結婚した矢田亜希子と入れかわるように出てきたエビちゃんは、2005年マクドナルドのえびフィレオのCMでブレイク。矢田亜希子の時代よりさらにブリブリした感じに進化し、同じcancamの看板モデルとして押切もえもセット売りされた。

        高島彩(1979年早生まれ)

        2003年よりめざましテレビの司会。高島氏はフジテレビの局アナだったが、その安定した実力から皆藤愛子のようなセントフォース系ブリブリアナウンサーの中心的役割を果たした。

        anecan(2006〜2015年)

         

        ここまでが1995〜2005年くらいの傾向だが、ルーズソックス世代がアラサーと呼ばれる2005年以降はアパレル業界のゴリ押しに従ったり、ゴムの入ったようなズボン、ダウン、チュニック、マキシスカート、ムートンブーツなど楽で年齢不問な服装、また2010年代は韓国の影響も入ってきて現在もそれらの傾向は続いている。そうした意識の変化とアパレルの不振、プチプラ化から、ルーズソックス世代の築いたジャンルや雑誌も今ではすっかり廃れてきているようだ。

        女たちが我が道を逝く最後のジャンルが小悪魔ageha(2005〜)のようなド派手なキャバ嬢で、注目されたのはルーズソックス世代よりもいっこ下の世代なのだが、キャバ嬢がドレスを着たり金髪頭を盛り盛りにしたりするのは少なくともagehaが出てくるよりもけっこう前(2000年代初頭)には見られたために、こうしたスタイルももしかしたらルーズソックス世代が始めたんじゃなかろうか。と思えてきた。前にも言ったけど90年代の水商売の女はスーツ着てた記憶もあり、このへんはお水業界に詳しい方からの情報提供を待ちたい。


        動くくしゅくしゅ

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          評価:
          谷口宗一
          EMIミュージック・ジャパン
          ¥ 980
          (1994-03-14)

          ルーズソックス 1994(YouTube)

          https://www.youtube.com/watch?v=uf-cDYw52oQ

          くしゅくしゅ時代末期の靴下映像をYouTubeで発見。服装からおそらく1994年の夏か秋で、くしゅくしゅとルーズの比率からも先日紹介したアクロス「ヘタウマ世代」と同時期と思われる。

          左がくしゅくしゅで右がルーズと混在している。先日言及した1995年2月の「学校では教えてくれないこと」動画では女子高生の靴下が完全にルーズだったのに、同じ1994年度でありながらもこの時点ではたるませる場所もおかしくまだルーズスタイルが完成されていない。

          なおこの番組はフジテレビ系「目覚ましテレビ」で、それまでウゴウゴルーガやポンキッキなどサブカル的な子供番組を放送していたフジ系の朝が1994年4月からワイドショーとなり、始まって早々にこんな特集を組んでいるというのがもはやルーズソックス化である。今思い出したけどくしゅくしゅ時代のポンキッキは山田のぼるっていう劇団員ぽい人がすごい苦手だった。

          バーバリーはのちに安室奈美恵が結婚会見ではいていたミニスカートも人気爆発していたが、くしゅくしゅ時代末期ですでにマフラーや傘など小物で取り入れられている。しかしこの程度のくしゅくしゅ(上画像)がルーズソックスとして紹介されているのが今考えるとすごくねぇか。

          ルーズ人気が高まるにつれ需要の高まったソックタッチは、私の記憶によれば雑誌「レモン」の企画で復活した。キティちゃんと思われるポーチやシャネルの口紅もチラリと映っている。

          カバンの中からのぞくルイビトンの財布。この頃は今みたいにプチプラという物はないも同然であり(ユニクロや鈴丹はあったがすごい微妙だった)ブランドやメーカーが物を言ったし、援助交際が脚光を浴びたのも通信手段の変化だけではなくこういう高価な品を買うためもあったと思われる。

          ルーズソックスも登場ずみだが、「ヘタウマ世代」によれば1994年当時まだ上野の丸井や横浜そごうなど限られたとこでしか売ってなかったようだ。こうした動画や本を総合する限り、東京では1994年度の秋冬にくしゅくしゅからルーズソックスへ一気に転換したと思われる。

          普通のハイソックスと比べてルーズソックスの方が細く見える。という実験のシーン。確かにハイソックスは紺とか黒でないと太く見えるし、ルーズソックスだとそれ自体の太さで相対的にふくらはぎが細く見えた。

          カバンのひものを片側だけ肩にかけるのは「ヘタウマ世代」でも言及されていた。靴下だけでなく、カバンの持ち方や襟の開け方、セーターの大きさなど全体的にルーズなシルエットとなるよう着崩している。

           

          ルーズソックス 1996(YouTube)

          https://www.youtube.com/watch?v=gUiGLAXNamo

          こちらはルーズソックスが普及しコギャルとしてのイメージが確立された1996年の目覚ましテレビのようだ。ルーズソックスエリア拡大図の色よく分からないのだけど、91年4月に関東、91年9月に東北、93年9月に北海道と中部と中国と九州、94年9月に関西と四国って感じか?

          でもこれは何を元にしているのか分からぬし当てにならん。だいいち同じ目覚ましテレビで1994年の東京でくしゅくしゅがまだ全然現役なのが映っているしEGスミスが貴重品だったってんだから、それ以前のルーズソックスなどただのくしゅくしゅソックスに決まっとる。

          くしゅくしゅソックスだけど、90〜91年にここまで長くなかったんじゃ?と思っていると・・・

          92〜93年にこんなクソ長いルーズソックスがあったと主張し出しびっくりぽん。まだくしゅくしゅ時代が終わって2年しか経ってない1996年時点でこの歴史認識とは、人の記憶というものはこんなにも当てにならないものなのか。

          しかし1996年(現在)っていうのだけはまだ信用していいだろう。ゴム抜きというのか、リブがなくソフトクリームみたいにとろけたシルエットになっている。

           

          90年代「コギャル」のシンボル、覚えてる?ルーズソックスの歴史|C CHANNELライフスタイル(YouTube)

          https://www.youtube.com/watch?v=DebTKNXm2v0

          もっとすごいのがこの動画だ。92年に50cmとか1996年の目覚ましの歴史認識よりもさらに10cm長いうえ、1994年の70cmにいたっては1996年のルーズソックスより10cm以上長く、96年は100cmだったと言うではないか。

          目覚ましテレビ動画や「ヘタウマ世代」の画像などで1994年のコギャルを見てもらうと分かるように、94年はルーズは出てきているけど1300円のしかなくて全然長くないし、売ってるところも少なかったので多くがEGスミスでもなんでもない普通の白靴下を多少くしゅくしゅさせているだけなのだよ。嘘はやめたまへ。


          ルーズソックスあらわる

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            以前くしゅくしゅソックス時代のJK(1989〜94に女子高生だった1973〜76年生まれの人々)は丸文字を書かなくなってやたらカクカクした文字書いてたと回想した当ブログだが、そのカクカク文字を「長体ヘタウマ文字」と名付けスポットを当てた本がアクロス編集室編「ヘタウマ世代」。この書が世に出たのはくしゅくしゅソックス時代末期の1994年7月、まさにルーズソックス時代に向けてJKの生き様が刻一刻と変態しているただ中であった。

            くしゅくしゅJKと彼女らの書く独特なタッチ(この書で言う「ヘタウマ」)の字やイラストがちりばめられた表紙カバー。やはりくしゅくしゅ時代なだけあってルーズソックスというには及ばないものの、人によってはスカートがすでに短く、靴下の丈もだいぶ長くなって、制服の着こなしがルーズソックス的シルエットに近くなっている。

            これ↓がくしゅくしゅ時代の文字。ルーズソックス時代に入ると、ここまでカクカクしなくなった。

            今見たところであまり特徴を感じないかもしれないが、80年代までイケてる字が丸文字だったことを考えるとじゅうぶん大きな変化だったのである。80年代における「ヤッダー」「ウッソー」「わかんなーい」と色付リップのおちょぼぐちでキャピってるカワユイ丸文字口調から、「うぜー」「だりー」「ちょームカツクー」といった外資系ブランド口紅塗っったくって悪態つくふてぶてしいカクカク口調への変化が、文字にもあらわれているということだ。

            このカクカク文字が出てきたのは90年くらいと推察していた。確かに皆がこぞって書き始めたのはそのくらいらしく、この本によれば早い子は87,8年頃から書いていたのだという。

            またカクカクJKはシャーペンやカラフルなペンを使いこなすと指摘されているのだが、その点について私はカクカク文字の発達が脱ぶりっ子、脱少女趣味であると同時にゲルインキボールペンの軽い書き味とも切り離せないと考えている。ゲルインキの登場がサクラクレパスのボールサイン(1984年)であり、カクカク文字が出てくるのがその3年後というとやはりタイミング的にゲルインキがカクカク書体を生んだという歴史観とも矛盾しない。

            もともとゲルインキがカラフルな色展開だったことにくわえて、ルーズソックス時代にはぺんてるハイブリッドの「ミルキー」がJKのあいだで人気大爆発したこともギャルの文字史を語るうえで重要である。ともかく芯の丸まった鉛筆とか油性ボールペンでは鋭利なカクカクは書きにくかったのだ。


            ムートン(あるいは安価なムートン風)ブーツは、アグというブランドを中心に2000年代後半ごろから出回り楽な靴の代名詞として現在もクロックスと双璧をなしているが、くしゅくしゅ時代もまたムートンブームだったらしく写真では現在よく見かけるタイプよりも丈が長い。履いているガングロおなごの雰囲気から、ムートンってもしかしてサーファーファッションなのか?と思い調べたところ、そのようである。

             

            シープスキンブーツ

            ムートンのシープスキンで内側がモコモコしたブーツ。LA派のブーツといえばウェスタンブーツが定番だったが、最近はもっぱらシープスキンが主流。ベージュのスェードのモッコリとした足もとは幼っぽく見え、派手すぎるメイクや茶髪を中和させている。

            (107ページ)

             

            またミジェーンとともにコギャル草創期に人気あったらしい「バハマパーティー」とはどのようなブランドだったのか画像検索したところ、バハマ諸島のパリピの画像しか出てこなかった。とほほ。

             

            バハマパーティー

            渋谷ファイヤー通りにあるLAファッションのショップ。他のところに比べ、パステルカラーが多く、スポーツテイストのジャージ素材ものが多い。この店の人気は商品だけでなく、ショップのビニール袋。制服編でも述べるが、巾着型で白地にパープルのロゴ入り袋をたすきがけに持つのが、まさにわかりやすいLAスタイル。

            (107ページ)

             

            また当ブログでは以前、渋谷109はルーズソックス時代までギャルにターゲットをしぼってなくパっとしないファッションビルであったと記したが、この本によれば地下には1994年当時ですでにLA系のショップが集まっており、ミジェーンをはじめ「ロッキーアメリカンマーケット」「アサヒ」などのショップが人気で平日の夕方はコギャルでにぎわっていた。とのことで、ロッキーアメリカンマーケットで検索してみたところちゃんと渋谷109と出てくるので、今もあるのか・・・と思いきや2015年の5月で閉店したそうな。

            店のTwitterで末期の写真を見ると、舞台衣装みたいな服ばかりで全くLAにもアメリカンにも見えないのだが、店自体は109ができる前からあって37年の歴史だったとのことだ。てことは、もともと70年代のサーフィンブームのときに始まったお店なのかもしれない。

            また池袋サンシャインシティYOUも地下1階と1階が93年にリニューアルし、サーフショップ「CCC」など109地下と並んでコギャルに人気を博したようだ。93年11月の聞き取り調査によれば「よく行くのは渋谷。自分と似た感じの恰好をしている人が多いし見てても楽しい。ピンクフラミンゴとか109によく行きます。池袋だとサンシャインにしか行かない。YOUにはイケイケの服のお店がかたまってるからここに来れば全部済んじゃうから」(103ページ)とのことである。

            ちなみに2013年ごろ韓国と日本で流行したMCMもコギャルのアイテムだったという。また以前ギャルという呼称はもっぱらオッサンが使うのみでギャル本人はギャルを自称しなかったという真偽不明の説をチラリとご紹介したが、それを裏づけるような記述もあった。

             

            ・・・いま彼女たちがいうLAは、茶髪のロングヘアで、ルーズロングセーターにスパッツ、足もとはシープスキンブーツ、またはストライプのパンツにリボンパンプスといったファッションだ。真ピンクの口紅に白いマニキュアなど派手なメイクで、まさにパラギャルとかコギャルとかいわれるスタイルなのだ。しかしこの呼び名、オトナが彼女たちの派手さ、遊び人ぽさをおもしろおかしく表している、というのを察知しているようで、自分たちではあまり使わないようだ。「この格好?まぁコギャルかなー(笑)」というように自嘲的には使っていたが。

            (102ページ)

             

            94年でマイメロは先見の明ありすぎ。ルーズソックス時代に入ってキティ風にリニューアルするまでサンリオショップにマイメログッズはほぼなかったように記憶しているので、このマフラーたぶん古着とかじゃないだろうか。

            丸文字が廃れたことからもおわかりいただけるように、くしゅくしゅJKは80年代のノリを否定し70年代にシンパシーをおぼえていた世代であるから、それまでのサンリオに乱立していたファンシー系、おもしろ系よりもキティちゃんみたいにスタンダードなキャラが再評価されるようになっていた。当時18歳のフレンチカジュアル系の女の子の証言では、たあ坊や座敷豚が人気爆発したけど中学に入ったら全然使わなくなったとある。

            とするとファンシー離れは89年あたりから進行していたと考えられるが、当ブログにおいてくしゅくしゅソックス世代は1989〜94年に女子高生だったという区分であるし、上に書いたように女子高生の文字がカクカクし始めたのもちょうどそれくらいってことですべてのつじつまが合う。この本によればキャラクターはサンリオよりもソニープラザが人気だそうで、確かにルーズソックス時代に入ってコギャル=キティちゃん、もしくはマイメロというイメージが確立されるまで、しばらくソニプラに取り扱っているバーバーパパとか欧米キャラの人気が高かった。

            ソニプラがアメリカンな雰囲気にリニューアルしたのが1988年とのことで、ルーズソックスの素になっていると一部で伝えられていた「スラウチソックス」もヒット商品として名前が上がっている。私も94年ごろというと中学生で、ソニプラに通いアメリカンな文具や雑貨、お菓子買ってたために当時の感じは全然思い出せるのだが、逆にアメリカン風味にリニューアルする前の時代はどういう店だったのか分からない。

            この本では、キティちゃんとミッキーが人気というJKの証言が多いが、ミッキーはもう普遍的すぎてあまり時代を感じないので(といっても2000年ごろの熊のプーさんブームなどディズニー系でもはやりすたりがあるようだが)やはりキティちゃんがもうこの頃からジワジワ来てたってとこに注目すべきだろう。またキティちゃんブームの前一瞬だけミッフィーというキティちゃん似た兎キャラも人気あったのだが、今思うとあれがくしゅくしゅ時代=欧米キャラ(脱ファンシー)からルーズソックス時代=キティちゃん(ガラパゴス化)への過渡期だったと思う。

            ルーズソックス時代以降は圧倒的なキティちゃん(とマイメロ)一強体制だったために、くしゅくしゅ時代をいろどったバーバーパパのほかピングー、エスパパ、シンプソンズ、ケンケンなどが一気に姿を消した感があったが、そうした欧米系以外にもギターを弾くレトロなタッチのキャラがいた。もう20年ほど全く思い出すこともなかったのだが、偶然くしゅくしゅ時代の吉川ひなのがそのキャラのカバンを持っている写真を見かけて、あれ何だったんだと気になりだした。

            その後「ヘタウマ世代」買ってふとコギャルの写真(上画像)に目をやると、またしてもカバンに見覚えのあるキャラ。ギターを鳴らす音からきているのか、その名前を「ポロリン」というようである。

            ひとまず名前分かったらググれるし良かった。しかしスタンダードな欧米系キャラや固定ファンの多いサンリオと違い、ポロリンやエスパパ、ミスタードーナッツの「おもちカエル」などはくしゅくしゅ時代に埋もれたまま誰にも思い出されることはないであろう。

            「バザールでござーる」「ポリンキー」など佐藤雅彦のCMやウゴウゴルーガのキャラクターの数々もくしゅくしゅJKに人気があった。ルーズソックス時代=キティちゃん時代にいたる脱ファンシーの流れの中でじつにさまざまなキャラが現れては消えて逝ったのだ。

            ルーズソックスは制服の着こなしでしか見かけなかったが(普段着はナマ足に厚底ロングブーツやミュール)、くしゅくしゅソックスはショートブーツからチラリとのぞかせるのも可愛かった。というかこのくしゅくしゅの履き方は、編み上げやサイドゴアのショートブーツが人気爆発しているここ数年でもよく見かける。

            やはりショートブーツからくしゅくしゅをチラ見せしているが、ウエスタンブーツやつっかけを履いた者もいる。くしゅくしゅソックスにつっかけの組み合わせは2015年の春先にもアパレルが流行らせた。

            しかしこれ半袖や網状の袋などを見るに、ブーツはいてるけどじつは夏なのではなかろか?またこの写真からシャツをズボンに入れるのがダサイって認識がすでに広まっていたことがうかがえる。

            そしてようやく本題。制服におけるくしゅくしゅ→ルーズソックスへの流れである。

            91か92年くらいからふつうの靴下をたるませてはくのがJKのあいだで人気となり、95年をさかいにルーズソックスが一気に普及するというのがわが記憶にもとずいた歴史認識だったのだが、この本で94年の写真を見るとほとんどくしゅくしゅではありながらもすでにルーズソックスと呼べるレベルの靴下をはいたJKがいる。たとえば上の写真(94年2月新宿)では、一番手前のJKの靴下がまだくしゅくしゅレベルであるいっぽう、後列にいる左から二番目と四番目のJKの靴下は完全にルーズ化しているのがおわかりいただけるだろうか。

            「ボリュームソックス大集合。くしゅくしゅどころかたるみが段になっている」と解説されているのだが、まさかこのたるみが段になったほうが長らくメジャーになるとは当時の人は思いもよらなかったにちがいない。ちなみに後ろにある山一證券って会社はルーズソックス時代に亡くなった。

             

            ラルフローレンソックス

            91〜92年に女子高生ソックスの主流を占めたのが、ワンポイント付きのショートソックス。ごく普通にくるぶしの上くらいでとめてはいていた。最近ではルーズタイプが人気だが、定価2100円とやや高め。

             

            ルーズソックス

            ソニープラザで3足1200円のアメリカ製ルーズソックス、色は白が定番。くるぶしのあたりで少したるませると足首のくびれがなくストンとしたサリーちゃん足になる。制服ではないが、93年夏は霜降りのルーズに健康サンダルをあわせるのが流行した。

             

            特大ルーズソックス

            横浜そごう、丸井上野店など限られたところでしか売っていないというもっぱらの噂の超厚手ソックス。アメリカのD.G.スミスというブランドで1足1200〜1300円。

            (139ページ)

             

            私がルーズソックスを初めて見たのはたぶん95年なので、94年にルーズってあったのか。と驚いたが、94年4月の証言では「このソックスはD.G.スミスというブランドのもので上野の丸井で1300円でした。たぶんここでしか売っていないと思う」(この本はEGスミスをDGスミス、くしゅくしゅソックスをぐしゅぐしゅソックスって書いてる箇所がけっこうあるけど気にしないでおくれ)とあるので、94年時点では東京のような大都会でもまだ貴重だったようでまだ写真も少ない。てことは田舎でルーズが手に入るようになったのは記憶どおり95年と考えてよさそうだ。

            しかしくしゅくしゅ時代より前、80年代って悪い奴といやカバンをペッチャンコにし、学生服の丈を詰め、ズボンやスカートにボリューム出すような改造し、先公に刃向ったりうんこずわってたと思うのだけど、くしゅくしゅソックス時代の高校って「ぼくたちのドラマシリーズ」や内田有紀、マンガ「天使なんかじゃない」などブレザーのイメージがかなり強い。男も剃りこみとかよりロン毛やモミアゲ伸ばしたようなのが格好良かった。

            ブレザーは学ランとちがい、ズボンやスカートに柄が入っていることもあってボンタンやロングスカートではさまにならぬ。てことは制服の着こなしをくしゅくしゅ化(スカート短く靴下が長く)させヤンキーを絶滅危惧種化させた原因のひとつがブレザーではないかと思うのだが、ブレザーがいつ増えたのかとか調べてないのでこれはまだ仮説だまりである。

            また制服の違いだけでなく、わがルーズソックス世代はあまり先生も厳しくなかった。話を聞くと昔はスパルだったけど、体罰とか問題になってキャラ変えたらしい。

            だからシンナーとか夜の校舎窓硝子壊してまわるよな管理教育を舞台とした尾崎豊的反抗に戸塚宏的暴力教師ってな対立構造ってよりは、学校に化粧ポーチや写ルンですやポケベル持ってくるなど学級崩壊的なゆるい荒れ方だった。そのへんが80年代セーラー型(ヤンキー・ぶりっこ・丸文字)から90年代ブレザー型(くしゅくしゅソックス・カクカク文字・ポケベル)にいたる意識の差であり、やがて95年にコギャル文化が大爆発する流れとしてくすぶっていたのだと思う。


            くしゅくしゅとともに去りぬ

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              朴騒動と韓国芸能界 ローバー・美々が語るK―POPへの影響(11月18日 東スポ)

              http://www.tokyo-sports.co.jp/entame/entertainment/618207/

              韓国音楽界に精通し“日韓のパイプ役”も務める「K―POPフィクサー」のローバー・美々(年齢非公表)が、朴槿恵大統領(64)のスキャンダルに揺れる韓国の様子を本紙にリポートした。朴政権は崩壊寸前だが、一方で人気の韓流アーティストらも「これからどうなるんだ…」と不安な心中を吐露しているという。歴史的な激動は、日本でも人気のK―POPグループにも大きな影を落としている。

              ・・・

              「K―POPは外貨獲得に向けて、国が事業を支援していました。国からバックアップを受けていたアーティストもいます。朴大統領のスキャンダル発覚を受け、バックアップなどの問題も含めて『これからどうなるんだ…』と泣き崩れたアーティストもいました。先行きが不安なのです」

               

              中でも日本市場は最も大きなターゲットだ。朴大統領のスキャンダルで政情は不安定となり、日韓関係改善もまだ先となりそうだ。それどころか、韓国国内の政治不信のはけ口が今後「反日」に転化しかねず、その結果として、K―POPが日本から消えてしまうことも考えられるという。

               

              ローバーは「朴大統領の謝罪があった日、生放送の歌番組『KBSミュージックバンク』では出演者みんなが暗い感じでした。司会者は涙を浮かべていました」と話す。

               

              日本で活躍する「BIGBANG」や「少女時代」などをはじめとする韓流アーティストにも、影響が出るのは必至とも。

               

              「実際に多くの韓流アーティストの来日が減っています。朴大統領のスキャンダルは歴史的な出来事なので、みんなが戸惑っています。そんな中でもK―POP界が必死に走り続けていることが切ない」とローバー。

               

              それでも「私は政治と文化は切り離して考えないといけないと思ってます。実は、韓国国内では『TWICE』という韓国、日本、台湾の混成女性グループがブレークしているんです。つまり、すでに文化が政治を超えている部分もあるということです」と温かい目を向けてはいるが、国の動向と同様にK―POPの先行きも不透明と言わざるを得ない。

               

              朴槿恵スキャンダルで北朝鮮勢力の活性化を心配するならともかく、日本人にとっちゃK-POPなんてどうでもよくないか?政治と文化を切り離して考えなくてはいけないのならむしろ国の支援などないほうがいいわけで、かえって反感を買いかねないエイベックスじこみのゴリ押し(雑誌表紙、日本レコード大賞)など願い下げ、反日で結構だ。

              それにしても韓国音楽界に精通し“日韓のパイプ役”も務める「K―POPフィクサー」のローバー・美々(年齢非公表)は初めて聞いた。いや、厳密にいうとK-POPフィクサーとしてではなく、パンツ丸出しタレントとしてなら20年ほど前からその名前は知っているのだが。

               

              ロバの耳そうじ 超秘蔵ロバ耳パンチラ豪華連続スペシャル(YouTube)

              https://www.youtube.com/watch?v=sHAqdRWLw2k

               

              こんばんは。ローバー美々です。さっそく今夜のトップニュースお伝えします。サーファー系の女の子はもとより、コギャルの必須条件となった茶髪ですが、女子高生のあいだでは、もともときれいな茶髪にしあげるにはウーロン茶が一番効果があるらしい。といううわさが広まっています。

               

              このローバー美々がパンツ見せていた深夜番組「ロバの耳そうじ」(日本テレビ)、ウィキペディアを参照すると1994年の10月に始まり96年の3月まで約1年半くらいやっていたらしく、当初メイン司会は大竹まこと、サブ司会が現在ひるおびで活躍する恵俊彰と岡本夏生だったのが途中から月曜から木曜に変わり、メインが峯竜太になったという。私は月曜時代見ていたけど、リニューアル後の峯竜太バージョンは記憶にない。

              しかも途中からエロがなくなっていたそうで、96年まで続いていたといっても時期的にはくしゅくしゅソックス時代末期、ルーズソックス時代過渡期の番組と位置ずけられよう。飯島愛がスターダムにかけあがったことからもわかるように、くしゅくしゅ時代は深夜じゃなくても、テレビでボディコンギャルがTバックとか巨乳を見せつけていた狂った時代であり、ロバ耳もそんなくしゅくしゅ時代のノリで始まっているのは明らかである。
              お色気の他にも心霊写真とかヨーガとか気功とか催眠術みたいなのもよく見たものだが、95年初頭に起こった阪神大震災やオウムのサリン事件の影響かテレビはお色気やオカルトをほとんどやらなくなり、女学生も性欲雑誌を読まなくなり、世の中はどよーんとしてヒット曲はシリアスや病んだ感じの歌詞が多くなっていった。あの享楽的な時代はどこに逝ったのか?というくらい日本のノリが激変したのが1995年だったのである。

              その後「ギルガメッシュナイト」(テレビ東京)「A女E女」(フジテレビ)がともに1998年3月28日で終わっているので、ルーズソックス第二世代(浜崎あゆみ時代)からは実質お色気の空白期間であったろう。乳や尻などの若い女の肉体が人々の関心を集めるのはその後、コギャル文化の落ち着いてきたルーズ・ハイソのハイブリッド時代(2001〜)でイエローキャブ、サラ金CM、ヅラCMなどのグラビアアイドルが活躍し出すまで待たなければならなかった。

              それにしてもウーロン茶で茶髪ってのはよく分からない。オキシドールで脱色するってのはあったが、そもそも当時セルフのヘアカラー売ってなかったんかいな?

               

              生ダラ巨乳ちゃんゴングショー(YouTube)

              https://www.youtube.com/watch?v=Yw843c0euM8

              くしゅくしゅソックス時代はかとうれいこや細川ふーみんなど巨乳がもてはやされた。(巨乳ブームのはしり自体はバブル期のAV女優らしい)生ダラの巨乳コンテストにすごい初期型コギャルがいたので思わず時期が気になったのだが、賞品のラジカセが1995年製なので一応ルーズソックス時代らしい。

               

              燃えるブンブン・T−BACKS.flv(YouTube)

              https://www.youtube.com/watch?v=4rMH5ZcScg8

              Tバックギャルブームのさなかマギーミネンコ「燃えるブンブン」をカバーしたガールズグループその名も「T-BACKS」(1993)。スタジオの雰囲気からして8時って朝の8時だと思うが、朝っぱらからこんな尻の映像流れているのがくしゅくしゅ時代クオリティだ。

              くしゅくしゅ時代はアイドル不遇ながら、CCガールズのフォロワーなのかギリギリガールズとかシェープアップガールズとか言うさまざまなガールズグループが存在しており、ハイレグやボデコンでセクシーを競った。TバックならぬT「フロント」のピンクサターン(下画像)ってのが一番ひどかったらしが、これは見たことない。


              自撮りの原点回帰

              0
                評価:
                Hiromix
                ロッキングオン
                ¥ 45,857
                (1996-09)

                前回カセット人気の記事を書き、そういえば今年に入って使い捨てカメラも若人に大人気とよく聞くので検索してみた。

                 

                健在「写ルンです」30歳…若者のおしゃれアイテム?(4月4日 読売新聞)

                http://www.yomiuri.co.jp/matome/20160329-OYT8T50000.html

                 

                「写ルンです」人気復活の理由 iPhoneより軽く、質感が魅力的(4月20日 livedoor NEWS)

                http://news.livedoor.com/article/detail/11436342/

                 

                インスタグラムも「写ルンです」 高まるフィルム人気(5月6日 日本経済新聞)

                http://style.nikkei.com/article/DGXMZO99961400S6A420C1000000

                 

                写ルンです 新しい活用法で若者も注目 発売30周年(6月17日 毎日新聞)

                http://mainichi.jp/articles/20160618/k00/00m/020/050000c

                 

                「写ルンです」で撮影しネットに投稿 若者はなぜ、わざわざそんなコトを?(6月26日 J-CASTニュース)

                http://www.j-cast.com/2016/06/26270460.html

                 

                発売30周年「写ルンです」が10〜20代から熱視線…「手間かかるのが新鮮」「どう写ってるか分からない楽しい!」(7月9日 産経ニュース)

                http://www.sankei.com/premium/news/160709/prm1607090025-n1.html

                 

                人気再燃 アナログだから楽しいこともあるんです(9月26日 産経ニュース)

                http://www.sankei.com/column/news/160926/clm1609260004-n1.html

                 

                若い世代にはアナログが新鮮に 富士フイルム株式会社『写ルンです』(9月27日 ZAKZAK)

                http://www.zakzak.co.jp/economy/ecn-news/news/20160927/ecn1609270830001-n1.htm

                 

                「写ルンです」のブーム再燃 淡い風合いの写真が「逆におしゃれ」(10月3日 livedoor NEWS)

                http://news.livedoor.com/article/detail/12097727/

                今年30周年を迎えた『写ルンです』(富士フイルム)がブーム再燃。4月に発売した5万本限定アニバーサリーキットは、3か月で即完売した。リバイバルヒットの秘密とは?  

                1986年7月、『写ルンです』は世界初のレンズ付フィルムとして誕生。カメラが高価だった時代に、手軽に写真が撮れる使い切り感覚がウケて、発売からわずか半年で100万本売れるヒット商品に成長した。しかし、デジカメの台頭により、1997年をピークにレンズ付フィルムの国内市場は縮小していく。

                「次々と他社が撤退していく中、我が社だけは売り続けていたんです」と、同社の築地紀和さん。

                「30周年を迎えるにあたりリサーチしていく中で、インスタグラムで『#写ルンです』と検索したら、昨年2万5000件ヒットし、今は7万件以上ヒットします。若い女性が『写ルンです』で撮影した写真をデータ化してSNSに投稿しているんです。スマホ全盛期の今、フィルムならではの淡い風合いの写真が、逆におしゃれで新鮮に感じるそうです」(築地さん)。  

                ファッション誌で人気の若手写真家やモデルが愛用して人気が拡大し、東京・原宿の直営店では例年の5倍の売り上げに。シャッターをカチッと押す感じ、現像するまでどんな写りかわからないワクワク感、久々に味わってみる?

                 

                何かJELLYあたりで煽ってそうなブームだと思う。データ化してSNSに投稿できるということは現像しなくてもよいということだろうか。

                それでもカメラ自体が1000円くらいしていたような気がするし、携帯やデジカメで撮ったっていくらでもフィルム風に加工するモードやアプリがあるだろうに。いやレコードとかカセットは昔の物があるからまだそれらを再生するのに使えるという点で全然わかるのだが、写ルンですは取り直しもきかないし使い捨てなのがもったいなく感ずる。

                というか写ルンですの人気復活の理由「iPhoneより軽く」って、iPhoneの代わりにはならんだろ機能的に。ただ昨今の流行がくしゅくしゅソックス時代の使い回しだということを考えると、使い捨てカメラってのも時代が一周回ってきたのかもしれない。

                 

                女子高生と写真というと、すぐに“Hな写真”を思い浮かべる人がいるかもしれないが、ここでいう写真は、ごくふつうのスナップ写真。じつは、女子高生はこんなふつうのスナップ写真が大好きなのである。

                93年6月、『流行観測アクロス』(螢僖襯魁砲東京・渋谷の交戦通りで100人の女子高生に対面調査をしたところ、なんと54パーセントもの女子高生が写真をもち歩いていることがわかった。

                写真の所有数もハンパではない。平均で7.6枚。なかには40枚もの写真をもち歩いている女子高生もおり、こうした写真をシステム手帳に挟むのがいちばんオシャレらしい。

                では、どんな写真をもち歩いているのかというと、友人(+自分)が写っている写真がいちばん多く(42人)、彼の写真は11人、芸能人の写真にいたっては5人しかいなかった。彼の写真をロケット(懐かしい!)に入れておく、なんてのはいまではまったくはやらないのである。

                なぜ、フツーの友人の写真をそんなに大切にもち歩いているのかと問えば、友人たちと見せっこするため。

                なるほど、彼女たちにとって、写真は大切な友人とのコミュニケーション・ツールというわけである。

                今日も“写るんデス”を使って、女子高生たちは“当たり前の日常”をパチリと撮っているはずである。

                (「花の女子高生ウフフ・・・の秘密」34ページ)

                 

                上の引用文はまだルーズソックス時代が熟する前に出た書物で、まだプリント倶楽部などは存在していないのだが、ルーズソックス世代のプロトタイプともいえるくしゅくしゅソックス世代から現代のセルカ・セルフィーに通ずる若い娘の自撮りカルチャーがじわじわと盛り上がってきていたことがうかがえる。今では一眼のデジタルカメラもあるし携帯の画質も綺麗なので普通の人が撮った写真も相当にクリアだが、ルーズソックス時代はピント合ってない(というかフラッシュで顔が白光り)くらいが盛れててオシャレくらいに思っていたし、パソコンに画像入れる習慣もなかったので写真屋に現像出し写真はポスカでデコって無印の無機質なアルバムに入れていたような気がする。

                そしてほんの一瞬だけ、プリクラと使い捨てカメラにセピアと白黒が人気爆発したこともあった。これらが明らかに女子高生用であることからも、とにかく古めかしくぼんやり撮れてるほうがいいという傾向はあったし、プリクラもシールになるというだけでなくぼんやり白光した写りが受けた面はあったろう。

                またコンパクトカメラ「ビッグミニ」で撮ったオサレ写真で人気を博したのが写真家のHIROMIXで、現在ミュージックビデオなどで有名な蜷川実花もこのブーム時に出てきたように記憶している。そういう女流写真家は渋谷系とか原宿系の文脈だったろうが、とにかくルーズソックスや茶髪やポケベルと同様、ジャンル関係なく90年代の女子高生文化を席巻したのが写ルンですやプリクラといった何でもない日常切り取る系写真だったことは間違いない。

                 

                ガーリーフォト(Wikipedia)

                https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%88

                技術的背景

                コンパクトカメラやレンズ付きフィルムの発達により、専門的な技術を持たなくてもある程度の写真が撮れるようになった結果、この時期の日本では女子高生らがそれらの機材を使用して写真を撮ることが一般的になった。またこれらのカメラは手軽に持ち歩くことが出来たので、身近で日常的なものを被写体とした作品が数多く撮影された。

                ブーム化

                1995年、当時19歳であったHIROMIXがキヤノン主催の「写真新世紀」でグランプリを獲得。またガーディアン・ガーデン主催の「ひとつぼ展」も蜷川実花を輩出している。この二つのコンテストはガーリーフォトの写真家をプロへと引き上げる登竜門となった。

                 

                コダックの使い捨てカメラのCMも当時流行りの女子高生マーケティングしていたようだ。この頃はくしゅくしゅとの過渡期だったしCMなのでさすがにルーズソックスではないのだが、スカートの丈はすでに短くなっている。

                 

                瀬戸朝香 CM 1995年 コダック 「見た目で選んで何が悪いの!」(YouTube)

                https://www.youtube.com/watch?v=c74VuIM6dwA

                 

                 

                CMソングはhitomiの「CANDY GIRL」(95年4月)。キャミソールへそ出しミニスカートで小室サウンドを生意気な歌詞に載せて歌いあげるその姿はルーズソックス時代の到来を体現していた。

                 

                CANDY GIRL hitomi—complete version(YouTube)

                https://www.youtube.com/watch?v=Gn3PuaotHKI

                 

                これが2000年代初頭になると、デジカメ持つ人が増えだし何より携帯電話の「写メール」が爆発的に普及した。もちろんそれが写ルンですを終わらした主因であろうが、女子高生における写真文化の盛り上がりとデジタル化のあいだに数年ほどすき間があってはっきりと切り替わったわけではなかったように思う。


                さらばRanzuki

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                  雑誌「Ranzuki」休刊を発表(8月6日 モデルプレス)

                  http://mdpr.jp/news/detail/1603621

                   

                  私がよく買っている「JELLY」の妹分的雑誌「Ranzuki」が本日発売の10月号をもって休刊するとのことだ。妹とはいっても、対象年齢が下(高校生向け)というだけの話だけであって、創刊は1998年とRanzukiのほうが8年ほど早い。

                  1998年というとまだギャル=女子高生の時代であるから、その後高齢化したギャル「お姉ギャル」の受け皿として同じ出版社から「JELLY」が出てきたということなのだろう。Ranzukiはもともと「ランキング大好き」という誌名だったそうだが、90年代当時のギャルはそんなにランキングが大好きだったのだろうか。

                  ↑拾った画像です。カリスマ店員とかの時代。

                  こっちはこの前今月号のJELLY(韓国特集)買いに行ったブックオフで見つけた私物。美健ガイドのマンガも含め、このとき10冊近く買ったのに盆に通りかかったら20%割引セールやってて損した気分になった。

                  左が2013年2月号、右が2014年2月号とちょうど1年しか違わないのだが、2013年12月号に脱ギャルすべく大幅リニューアルしたために雰囲気がだいぶ違っているのがお分かりいただけるだろうか。

                  リニューアル後はランズキの顔的存在になっていたちぃぽぽも2013年(2012年度)時点では化粧が濃かった。

                  ズシリと重たげなつけまつげ。この頃ちぃぽぽはまだ新入りでペーペーだったようだ。

                  当時のメインモデルはなつぅみだが「ナチュらるw」「ナチュ盛り」などと言っているように、2012年はすでにギャルのあいだでメイク(アイメイク)を薄くしようという機運が高まっている。

                  というかこの時点でなつぅみのメイクももはや原宿系に近く、ギャルの原型をあまりとどめていないように思う。

                  しかしまだ古式ゆかしい厚塗りギャルも健在で、厚化粧勢と薄化粧勢が拮抗している。

                  この年はヒョウ柄ブームだった。まだまだ昔ながらの悪そなギャル。

                  リニューアル後の2014年版はメイクの主役が赤リップとなり、横に大きくはみ出したようなバサバサのつけまつげはなりをひそめる。ちぃぽぽも今とほとんど変わらない雰囲気に。

                  かき上げ前髪もこの頃から出てきた。

                  前年のヒョウ柄から一転、この年は千鳥格子ブームでどのページを開いても半分近くが千鳥格子の写真だ。画像が小さくて分かりにくいが、上にある表紙のちぃぽぽは2013年にヒョウ柄の帽子、2014年に千鳥格子のシャツを着ている。

                  まぁ末期はギャルというカテゴリーでくくっていいかよく分からない感じの服装なのであるが、とりあえずちぃぽぽは卒業しお姉ギャル雑誌Sカワイイ(Sカワ)に移籍したらしい。私はランズキよりSカワの方が早くなくなりそうな気がしていたのだが、とにかくまたこれで一つギャル雑誌がこの世から去ることになる。

                  ギャル文化と雑誌文化の終焉によって休刊のうきめに見舞われる数々のギャル雑誌、ちぃぽぽくらいの人気者ならJELLYやSカワのような姉貴分の雑誌が引き抜いてくれるかもしれぬが、そうでもないモデルはどこに逝くのだろうか。もしかするとこのデジタル時代、出版社を介せずとも活躍の場をインスタグラムやYouTubeに移し、インフルエンサーとしてしぶとく情報発信していくのかもしれない。


                  ロリコンとJK

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                    現代のJKとルーズソックス時代(20年前)のコギャルでは、チヤホヤされる理由にかなりの隔たりがあるように思う。前者はその若さゆえ、青春を謳歌する姿が大人にうらやましがられたり、またはロリコン的な意味で男たちの性的欲望を喚起するのに対し、コギャルは既存のモラルに対する破壊者としての役割を期待されていた。

                    私の記憶の中でコギャルらしき存在が最初に注目された契機は、くしゅくしゅソックス時代における「ブルセラショップ」(使用済みのブルマーやセーラー服の店)であり、日本男性特有とおぼしき高校の制服にハァハァする風習は80年代あたりから形成されてきたと思うのだが、当時「ギャル」という語が高校生ではなく20歳前後を指していたことからもうかがえるように、コギャル自体は今のように子どもっぽくはなかったのである。ルーズソックス時代から20年を経た現在ではJKが学校で携帯を使ったり、多少メイクしてようと何とも思われないが、当時の基準からするとポケベルを持ち歩き、茶髪と糸のように細く整えられた眉毛、パンツ見えそうな丈のスカートで学校に通うというのはよくも悪くも高校生らしからぬ、そしてまったく新しい現象であった。

                    ↑近年は女子力あふれる知的キャラで売ろうとしている押切もえ。だがあぐらをかいて本を読む写真があるように、ルーズソックス世代らしく校内外で傍若無人にふるまっていたようだ。

                    当時は今ほど晩婚化も進んでいなく、またお姉ギャル(20歳前後のギャル)が出てくる前なのでルーズソックス世代より上は25くらいですでに見た目にも精神的にもオバサンくさかった。そしてバブルの置き土産である不景気で大企業さえも倒産し世間がどよーんとしていたので、大人を信じることも憧れることもできず、今のうちに仲間たちと若さを謳歌しておかないとすぐに婆になっちまう!という焦りがコギャルたちの爆発的なエネルギーになっていたと思われる。

                    それから20年を経た今もJKブランドがあるとすれば、新しい流行の担い手たる理解不能な女子高生像というルーズソックス世代以来のステレオタイプを引きづっているか、もしくはロリコン的見地から制服少女を搾取しようという、いづれも大人たちのハレンチな事情が働いているのではないか。そのへん大人の価値観を最大限無視して我が道を開拓してきたコギャルとは対照的に感ずる。

                    もちろんコギャルも「ブルセラ」「援助交際」と結びつけられていたという点でロリ的に搾取されていた面も否定できないが、先ほども述べたように今のJKほど幼い容姿ではなかった。日本の男は子供っぽい顔の女の子が好きとも言われるがそれはここ15年くらいの傾向であって、2000年代初頭にモーニング娘。とか小倉優子といった歌やグラビアのアイドルが出てくるまで、長らくそれらしいアイドルもいなかったのである。

                    そのモーニング娘。も12歳のメンバーがいたとはいえデビュー当時(90年代)は大人っぽくしていたのであり、露骨に子供やロリコンに受ける仕様になったのは2000年代に入ってからであろう。2005年になるとマスゴミが電車男とか秋葉原とかのまネコとかブログとか中川翔子とか言ってそれまで日陰者として無視してきたネットやオタクの世界に急に光を当て出し、同じころ(おそらくモー娘。を意識したであろう)AKB48が出てきた。

                    この2005年頃というのがアイドルのロリコン的な売り出し方とオタクが結びついておおっぴらに商業化される転換期で、ちょうどルーズソックスはいた女子高生を見かけなくなった時期でもあった。コギャルが否定してきた可愛くてファンシーな「少女文化」的なものが復権してきて、2010年代に入るとルーズソックス時代は時流に乗れてなかった秋元康がAKBのプロデューサーとしておニャン子クラブ以来再び表舞台に返り咲き、ギャル文化は死んだ。


                    少女文化の終焉

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                      http://renta.papy.co.jp/renta/sc/frm/item/2596/  

                      恐れを知らぬ女子高生は今日もパワー全開! “三種の神器”をカバンに忍ばせ、クチコミ噂で次々と流行を生みだすパワフル集団を大解剖! これじゃ天下を取られる日は近い?!


                      KAWADE夢文庫「花の女子高生ウフフ…の秘密―いまどきのコギャルは超すごい!」。出版された時期が1995年3月と、くしゅくしゅソックス時代からルーズソックス時代の過渡期だけあって、混沌とした初期のコギャル像をかいまみることのできる一冊だ。
                      だいたい読んだ感じでは、当ブログの女子高生カテゴリで既出であり、やはり私の記憶(というか私自身はギャルでなかったために調べ出して知ったことのほうが多いのだが)はそう間違っていなかったと思った。ちなみに肝心の「くしゅくしゅソックス」については本書の中でこう書かれている。
                       

                      爆発的に女子高生の間ではやったのが、足首のところでたるませてはく“ルーズソックス”。通称 “くしゅくしゅソックス” である(いまでもはいている女子高生は多い)。もともとは輸入雑貨店ソニープラザが米国シティソックス社から直輸入したものが元祖といわれる。
                      (38ページ)


                      このように過渡期なだけあって、ルーズソックスとくしゅくしゅソックスが同じ物として扱われている。私の記憶では1995年3月時点でルーズソックスはまだそこまで長くなかったし、表紙の絵のソックスもたるませ方が中途半端で、今われわれがイメージするルーズソックスよりはくしゅくしゅの方に近い。
                      ルーズソックスのブランドはEGスミスが有名で、シティソックスというのはよく分からなかった。また以前とある雑誌で「ルーズソックスの起源はソニプラのスラウチソックス」という記述があったため、英語表記slouch socksで検索してみたところ、こっちもルーズというほどたるんでなく、くしゅくしゅソックスぽい感じである。

                      ポケベル
                      くしゅくしゅソックス時代からすでにコギャルの必須アイテムだったポケベル。「ポケベルが鳴らなくて」(1993)というドラマと歌もあった。
                      さて本書によれば、このポケベルを若人が持つきっかけとなったのはレディース(暴走族)なのだという。まだ家電話の時代、レディースにかかってくる電話はろくな物ではなく、親がとりついでくれなかった。
                      そのためポケベルを使い出し、それが都会のチーマー野郎にも伝播したのだという。ポケベルは名刺と同様、広くも怪しい人脈を形成するのに欠かせなかったであろう。

                      女子高生の三種の神器→口紅、名刺、ポケベル
                      口紅のブランドはディオール、サンローラン、シャネルとのことだが、ローソンに売っていた300円の口紅「カリフォルニアカラーズ」も、確かピンクやベージュのような色合いでコギャルに人気あった。今ギャルの口紅といえばMACだ。
                      くしゅくしゅ当時の化粧は、黒い肌に青いアイシャドウやマスカラが格好良かったようだ。そういえば茶色で「目ヂカラ」を盛る化粧が常識となった2000年ごろから、青いアイシャドウをつけている女は今にいたるまでまったくといっていいほど見かけなくなったものである。

                      パラギャル

                      コギャルのファッションとしてLA系とパラギャルがあげられているが、両者の違いはよく分からない。以前からくしゅくしゅソックス時代のコギャルに人気のあったショップが何なのか気になっており、アルバローザかなと思っていたのだが、本書によると「ミジェーン」とのことである。
                      ミジェーンは当初、20〜25歳のギャルを客層に想定し都会のセクシーなリゾートカジュアルを提案していたそうで、パラギャル(おそらくコギャルと同義)の聖地になることをあまりよく思っていなかったとある。ミジェーンはその後コギャルを代表するブランドになった。

                      ギャルとコギャル

                      ここでは “ギャル” =高校を卒業した20歳前後の若い女性。 “コギャル” =現役バリバリの女子高生、と定義しておく。
                      制服を着ていれば、一発で “コギャル” とわかるが、これが私服で来るディスコとなると、そう簡単には両者を見わけることはできない。 “コギャル” とはいえ、体は一人前。化粧だってバッチリとなれば、 “ギャル” と会話の内容がそう変わらない昨今の “コギャル” は、なかなか見分けがつかないのである。
                      しかし、じつはひと目で “ギャル” か “コギャル” かがわかる方法がある。それは肌の色。 “コギャル” は、飯島愛よろしく、肌を真っ黒に焼いているのだ。
                      もちろん肌を焼くのは “ヒサロ” (日焼けサロン)。彼女たちにとって小麦色の肌は、カッコよくなるためのファッションの一部なのだ。
                      その点、 “ギャル” は小麦色の肌に未練はあるものの、20歳を過ぎるとどうしてもシミやソバカスが気になる。ゆえに、 “ギャル” は肌が白いことこそ美人の証明と居直り、 “コギャル” の黒い肌を一生懸命あざわらおうとする。
                      一方、 “コギャル” は、肌の白い “ギャル” を “オバン” といってバカにし、自らの若さをこれでもかというほど見せつける。両者は年齢こそ2〜3歳しか変わらないが、そこには大きな溝があるのだった。
                      (171〜173ページ)


                      今では高校生だろうと何だろうと、ギャルの服装した若い娘さんはギャルだ。しかし過渡期であるくしゅくしゅ当時、女子高生のコギャルと、とさか前髪のTバックなボディコンギャルは明確に区別されていた。
                      そのことを以前に当ブログでも言及したのであるが、とにかく女子高生というブランドはルーズソックス時代から顕著になり、当時20そこそこでオバン扱いされたくしゅくしゅソックス世代の女子大生が気の毒なほどである。そのため、ルーズソックス時代以降の女子高生が聴くような歌には、将来何が起こるか分からんしチヤホヤされるのは今だけだからやりたいことやろう。みたいな刹那的な価値観が垣間みえた。

                      雑誌

                      この頃人気の雑誌は「プチセブン」「セブンティーン」「オリーブ」「MCシスター」とのことだが、私はこの中ではオリーブを見たことがある程度で他の3誌はリアルタイムでは全然知らなかった。そのオリーブも、モデルが白人ばっかで可愛くねぇと思っていた。
                      ルーズソックス時代に入るとeggの創刊を皮切りに、Cawaiiやリニューアル版のポップティーンが後に続き、その後10年あまりにわたるコギャル体制が整うため、上記4誌のうちセブンティーン以外はあまり読んでいる人はいなかったのではなかろうか。私が読んでいた学研の「レモン」はおそらくもっとマイナーなのだが、レモンの別冊だった「東京ストリートニュース」がルーズソックス時代に人気爆発したそうである。
                      また性欲雑誌として「ユミィスペシャル」「ルナティーン」「エルティーン」「パステルティーン」が挙げられている。たびたび当時の少女向け性欲雑誌に言及している私も、ユミィスペシャルというのは初耳だ。
                      画像検索するとほしのあきが表紙でいっけんファッション雑誌っぽくしているが、中身のゲスさに反して表紙が普通なのは他の競合誌も共通していた。この手の性欲雑誌は享楽的なくしゅくしゅソックス時代の1ページを飾ったが、ルーズソックス時代には失速していたと思われる。

                      少女漫画を読まない
                      雑誌と対照的に女子高生に人気なくなっていたのが少女漫画だそうだ。私もコギャルではなかったものの少女漫画というかマンガ自体90年代初頭から読んでいないし、周りの友達も読んでいなかった。
                      これは世代的なものだったのか?ただ「花より男子」「白鳥麗子でございます」「天使なんかじゃない」あたりは人気あったので、読んでいる人は読んでいたと思うのだが。
                      当時は少女漫画家とルーズソックス世代の意識が乖離していた面もあったのかもしれない。ともかくくしゅくしゅ末期にもなってくると流行の変化がめまぐるしかったために、荒唐無稽な漫画やエッチよりもリアルなファッションの最新情報が求められるようになったと考えられる。

                      消えた丸文字

                      くしゅくしゅソックス時代に女子高生が丸文字を書かなくなり、そのかわりカクカクした文字を書くようになったことは、当ブログで以前にも言及した。このカク文字、「長体ヘタウマ文字」という名前があったらしい。
                       

                      “長体ヘタウマ文字” とは、丸文字とは正反対で、妙にカクカクして縦に細長い文体のこと。ためしに、ティーンズ雑誌の投稿ページを見れば、長体ヘタウマ以外の文字は、およそ見当たらないはずである。
                      かつて、女子高生はメルヘンチックなモノを好み、だから書く文字にも、丸みをおびた可愛らしさを求めた。
                      だが、「ウザッテー」「ムカツクー」などダーティーな言葉を発する彼女たちは、もはや、文字に可愛らしさなどを求めない。
                      むしろ、限りなくブッキラボーに見える(書いてる内容とお似合いな)、長体ヘタウマ文字を好むのである。
                      (69ページ)


                      長体ヘタウマ文字というのはパルコが出していたトレンド雑誌「アクロス」が名づけたもののようである。丸文字とカクカク文字が、80年代と90年代の女子高生それぞれのノリを色濃く反映していたというのは私もまったく同意見だ。
                      また文字と同時に、女子高生が描くイラストも丸みをおびたファンシーなタッチは見かけなくなった。ドラマ「悪魔のKISS」(1993)で主演の奥山佳恵(1974年生まれ=くしゅくしゅソックス世代)が書いていた文字や絵が、当時の女子高生が描いていたそれにけっこう近いので画像を貼っておく。
                      またカクカク文字を生み出した背景である80年代ブリッコ文化とのノリの違いだが、これは言葉の乱れにもあらわれている。コギャル全盛期にチョベリバとかMG5といった新語(個人的には聞いたことがないのだが)がとりざたされていたのも、コギャルのリアルが従来のボキャブラリーではカバーできなくなったためであろう。
                      本書で女子高生がよく使う言葉としてあげられているのは「うざったい」「むかつく」「うーわっ」「ざーっけんな」「すっげーカワイイじゃん」「○○系」「なんちゃって」だそうである。なんちゃってというのは冗談のあとに言うようなおどけた文句ではなく、モグリ(なんちゃって野郎)の意味で使われるほうのなんちゃってだ。
                      というか、コギャルが使いだすまでその用法のなんちゃってが存在しなかったことの方に驚く。その点「○○系」は今ではファッションや人間性を分類するときに普通に使われているが、昭和では「○○族」と名ずけられることが多かった。
                      かっては竹の子族やおたく族などいろんな族がいたけど、今は暴走族しか族を継承する者はいなくなり、族と言っただけで暴走族を指すことも普通である。あと本には載ってないけど「○○って感じ」という今ではなんてことない言葉も、くしゅくしゅソックス時代当時はいかにも若者の言い回しという感じであったし、実際50代以上は使わない気がする。
                      さてなぜくしゅくしゅ時代に「ウッソー」「ホントー」「ヤダー」みたいなブリッコのノリが淘汰され、「うぜぇ」「むかつく」といった汚い言葉やカクカクした文字が人気爆発するようになったかについて、90年ごろに宮沢りえや牧瀬里穂などアイドルが「ぶっとびー!」「冗談じゃねぇ」などといった言葉をテレビで使っていたためではないかと書かれているが、私個人の見解としてはCMアイドルがコギャルに与えた影響はあったとしても微々たるものだと思う。コギャルは基本的に旧世代(親や教師など30代以上の大人全般)を尊敬することがなく、かといって直接的に反抗するわけでもなく、見下したり利用したりするようなところがあった。
                      よって大人の期待を裏切り厚化粧でよからぬ仲間と遊びまくるヨゴレな女子高生ほどいちもくおかれていたし、それが援助交際や汚い言葉づかいにつながっていっていたというのがわが持論である。このことについて、本書では80年代女子高生が「カワユイ=少女文化」なのに対し、90年代女子高生が「ウザイ=アンチ少女文化」と分類されていて成程と思った。
                      90年代半ばのオリーブに「バッグの中を彼に見せてもOKな女の子になりたいね」とかいったキャプションを見つけ、コギャル全盛期にこのノリはさぞ時代錯誤だったのではなかろうか。と思ったことがあるが、あれこそカワユイ=少女文化の最たるものだろう。アンチ少女文化においてはむしろ、グチャグチャなバッグの中身を彼に見せてもOKなくらいだ。

                      不気味
                      80年代はファンシーな物が人気爆発したのに、くしゅくしゅソックス時代には死にかけ人形やトロール人形といった気色悪い人形や芋虫入りキャンディ、ドロムーチョなど虫のお菓子が女子高生に受けた。ドロムーチョ(土を模した粉々のチョコクッキーの中からミミズの形をしたグミをほじくって食べるらしい)は覚えていないが、死にかけ人形や虫入りキャンディは確かにあった。
                      トロール人形も髪の色によってそれぞれ霊的な力が宿るとされており、私は黄色を持っていた。金運アップか?

                      マーケティング

                      この頃から女子高生を消費者の最先端と見なす動きがあったようで、大阪だけで発売されていたつぶつぶいちごポッキーの希少性が話題となり、クチコミで人気爆発したとか。そういえば当時グリコは「つぶつぶいちごガム」「いちごキディ」などいちご製品を多く発売していた。つぶつぶいちごポッキーにかんしてはルナティーンの本にも記述がある。
                       

                      女子高生のネットワークである「ブームプランニング」が仕掛けたヒット商品は数々あるが、グリコの「つぶつぶポッキー」やロッテの「スティックパイ」などがそれ。いまや女子高生に見向きされない商品は、生きる道がないんだとか。
                      (「マンゴープリンとフルーツポンチ」156ページ)


                      とにかくつぶつぶいちごポッキーの人気が凄かったらしいのだが、個人的にはまったく記憶にない。ただポッキー四姉妹物語というCMのシリーズを展開しており、牧瀬里穂ら女優たちがそれぞれアーモンドクラッシュポッキーやマーブルポッキーなど多様化したポッキーをアッピールしていた。
                      つぶつぶいちごポッキーは末っ子役の今村雅美で、オスカー所属だったせいかくしゅくしゅ時代に多くの女子高生向け商品のCMにゴリ押されていた。今しがたYouTubeでCM動画を見てみたところ、「つぶつぶいちごってつぶやいてから食べると、願い事がかなうんだって」という今村氏のセリフを確認できたが、この頃はマーケティングの一種だったのかたんなる噂なのかコアラのマーチで眉毛コアラを見つけると願いが叶うとか、佐川急便の飛脚を触ると幸せになるとか、企業の商品やマスコットが霊的な力を持つかのように流布されていた。 今じゃ見つけたら幸せっとばかりにおまじないを捏造し、形の違うのを故意に1,2個入れたような菓子もあるが、そのはしりがこの頃のつぶつぶいちごポッキーであり眉毛コアラだったと思われる。このほかにコカコーラ社が高校生と開発した「島と大地の実り」の記述も両書で確認できる。

                      高校生が大手メーカーと組んで、商品を共同開発する。そんなケースが徐々に増えているが、94年3月、コカ・コーラと開発した「島と大地の実り」という飲料水もそんな一つ。この、パパイヤ果汁をベースにレモンとソーダをくわえた飲み物、開発したのは男子高生だったが、フタをあけてみると、女子高生にヒットしているというから面白い。
                      なぜ、女子高生にヒットしたのかというと、この「島と大地の実り」にはさっそく次のようなウワサが流れるようになったから。
                      いわく、パッケージに描かれている3人の女性のうち、1人がウインクしている絵柄の缶と出会えたらいいことがあるというもの。
                      なにせ、ウワサ好きの女子高生のこと、この“幻のウインク缶”のウワサはたちまち広がり、あっという間に商品の存在が女子高生の間で認知されたというわけである。
                      (52ページ)


                      というわけで「島と大地の実り」も、「ウインク缶を見つけると幸せ」というおまじないを作って女子高生に人気爆発したそうである。このほか「マンゴープリンとフルーツポンチ」では島と大地の実りと同じシリーズの「キスール アプリコット&ウォーター」、明治乳業「ちゃんとピーチ」宝酒造「レモンコロン」バンダイ「エルミーナDX」を女子高生の企画・開発商品として紹介している。
                      しかし私はこのへん全く記憶にない。また同書によれば、クレヨンしんちゃんの「チョコビ」も、当時マンガを見た女子高生がロッテに「チョコビ食べたい」と投書したのがきっかけで商品化されたのだという。

                      写ルンです

                      コギャルは自分や仲間の写った写真(校内での傍若無人ぶり等)をよく撮影した。この頃はフラッシュで顔が真っ白に光っていたり、ピンボケしたりした下手くそな写真の方が雰囲気があって好まれた・・・というかそもそも写ルンですにピント合わす機能はない。
                      今ではアプリで加工できるが当時はそんなもんないので、レンズにセロハンをかぶせてソフトフォーカスさせたり写真をポスカで落書きしたりとアナログに頑張った。 本書では芸能人や好きな男の写真をロケットに入れて大切に持ち歩くのではなく、自分たちの写真を仲間と見せあいっこするために大量に持ち歩くという点がすでに指摘されており、 この後95年7月に登場するプリント倶楽部が人気大爆発するのは必然だったといえよう。
                      写ルンですもプリクラもほんの一瞬だけ白黒とセピアが人気大爆発したが、ハイブリッドミルキー同様速攻で飽きられた。プリクラはスーパーとかにも置いてあり、スタンプ倶楽部という写真がハンコになる意味不明な機械もあった。

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