おしあわせに

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    ベッキー(34)・巨人軍 片岡治大コーチとの結婚発表! 原辰徳監督「前途洋々 いい家庭を」(2月13日 プライムニュースイブニング)

    https://www.fnn.jp/posts/00424220HDK

     

    ベッキーよく知らんからゲス不倫のイメージしかないけど、もう結婚したらしい。最近では環境団体グリーンピースのオラウータン守る活動に協力しており、昨年末に「ランタンの物語」て動画がアップされていた。

     

    タレントのベッキーさんがナレーションに協力!『ランタンの物語』(YouTube)

    https://www.youtube.com/watch?v=xD7IbQEhcBA

    私の部屋にランタンがいるの。どうしたらいいかわからない。私のくまさんで遊んだり、くつを勝手に使ったり。植物も全部こわしちゃってずっと大きな声でさけんでいるの。私のチョコレートを投げつけて、シャンプーをにらみつけている。私の部屋にランタンがいるの。いつまでここにいるつもりなの?だからいたずらランタンに言ったの。どこかに行ってよ!

     

    greenpeace - kitkat - Ask Nestlé CEO to stop buying palm oil from destroyed rainforest(YouTube)

    https://www.youtube.com/watch?v=1BCA8dQfGi0

    オランウータンの住かおびやかしているといえばネスレ社「キットカット」なのだが、下のサイトを読んだらネスレの方針はもう転換されているのかなとも思った。マガジン9は故・毛利子来が発起人に名をつらねるなどロハスとも関係が深い護憲のサイトで、カエルの被り物しているのは鯨肉の宅配便を持ち去ったので有名な佐藤潤一である。

     

    ネスレを変えたグロテスクなビデオ(マガジン9 2012年10月10日)

    http://www.magazine9.jp/kaeru/121010/

    「気持ち悪い…」 「こんなことして良いの?」という声が聞こえてきそうです。
    このビデオは、2010年に世界最大の食品・飲料会社のネスレグループに対して、インドネシアの森林破壊につながるパーム油を買わないように訴えたグリーンピースのキャンペーンビデオです。
    森林伐採に関与していた企業からネスレがパーム油を購入し、誰もが知っているキットカットの材料として使われていた(注:生産国によって使用する油は違う)ことから、キットカットを食べることが、インドネシアのオランウータンを脅かしていることと同じだと伝えたわけです。
    このビデオはすぐにネット上で話題になりました。さらにネスレがFacebookやyoutubeで、このビデオや関連コメントを削除要請したことから、火に油を注ぐことになり、2か月間で合計150万回以上も再生されます。
    その結果、世界中から30万通を超える消費者のメッセージがネスレに届くことになり、2か月後にネスレは、森林破壊をしてつくられた原料を使用することをやめ持続可能な原料に切り替えるとの画期的な調達ポリシーを発表するのです。

    ・・・

     

    2018/11/13 グリーンピース調査:「オレオ」製造メーカーとインドネシアにおけるオランウータンの生息地破壊のつながりが明らかに

    https://www.greenpeace.org/archive-japan/ja/news/press/2018/pr20181113/

     

    今インドネシアのオランウータンおびやかしているのはキットカットではなくオレオなのかもしれない。そんなインドネシアだが今ネスレ社が発売する麦芽飲料「ミロ」のかき氷が熱い。

     

    インドネシア、「ミロ」のかき氷ブーム(2018年9月12日 サンケイビズ)

    https://www.sankeibiz.jp/macro/news/180912/mcb1809120500001-n1.htm


    サンマークチルドレン

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      「おなかの赤ちゃんとお話ししようよ」著者の葉祥明と池川明先生が出てる本やイベントもあるらしい。ママを選んで生まれてきました。て、元池袋連合などのオサーンが赤ちゃんぶってるのがもっとも抵抗あるけど、お子さん本人が証言してるのもそれはそれでどうせ言わされてるんだろうと思ってしまう。

       

      https://www.amazon.co.jp/dp/4763193015/

       

      https://www.amazon.co.jp/dp/4313660518/

       

      https://www.amazon.co.jp/dp/4576070355

       

      https://www.amazon.co.jp/dp/4872907671

      内容紹介

      「おなかの中の赤ちゃんとお話する……」

      特別な能力や方法は何も必要ありません。
      私たちが本来もっている力で自然に話すことができるのです。

      おなかの赤ちゃんとお話できるとしたら、
      いろいろなことを聞いてみたいと思いませんか?
      たとえば、おなかの中に来てくれた赤ちゃんは、
      どんなことを思って、あなたを選んだのでしょう。
      生まれてこようと決めた理由は? あなたをママに選んだ理由は?
      そんなことを実際に聞けたら楽しいと思いませんか?

      わが子を愛したいと思う世の中のママは、みな「対話師」です。
      おなかの赤ちゃんは、ママのことをよくわかっているので、
      ママにたくさんのメッセージを送っています。
      対話の方法を知れば、あなたが知りたいことを、
      きっと赤ちゃんが教えてくれますよ。
      出版社からのコメント

      10年間で約3000人の対話実績を持つ著者の
      あふれる愛と幸せに満ちた対話のすすめが詰まった1冊です。

      「ママを助けるためにきたよ」
      「人生をもっと楽しんでね」

      人生にとって大切なことを、赤ちゃんは伝えています。
      それに気づけたら、妊娠中の一日一日が、
      もっと愛しく幸せなものになるでしょう。

      取材を通して、おなかの中の赤ちゃんと対話をしていた
      お母さんたちにも話を聞きましたが、

      私に必要なことはみんな教えてくれたんです」
      「生まれてからも、子どもの気持ちがわからない、
      通じない、ということはありません」

      など、その後の育児も愛に満ちたものになっているようです。

      ぜひお中の赤ちゃんとの対話の方法を知り、
      かけがえのない妊娠・育児の時期を
      楽しんで欲しいと思います。

       

      ↑おなかの赤ちゃんと話すオールスターズ。生まれてから本人に直接聞いたらよくないかえ。

       

      https://www.amazon.co.jp/dp/490717506X/

      商品の説明
      内容紹介

      幼児から聞くお腹の中での記憶。お腹に入るまえの記憶。
      中絶、流産、死産、自死された子供たちのからの愛あるメッセージ。
      内容(「BOOK」データベースより)

      中絶・流産・死産・人口死産・病気・障がい・自死…の子どもたちの存在…。胎内記憶やたいわと命のメッセージを通して、命のつながりや生まれてこられた理由と使命に触れる。

       

      しかし映画「かみさまとのやくそく」にも出演した南山みどりというたいわ士の表紙見ると胎話でなく「たいわ」とひらがな表記になっているし、池川医師の推薦文に「死後の世界からのメッセージ」と書かれてるあたり、胎児というよりも亡くなってたり障害があったりと話すことのできない事情のあるお子さんと話をするってことなのかもしれない。そういう事情で出産や子育てについて自分を責める母親に対し、癒しや生まれたこと肯定するメッセージを子どもの声として代弁していると推察される。

       

      https://www.amazon.co.jp/dp/4828415521/

      内容紹介

      「インディゴ・チルドレン」とは、1970年代以降に生まれた新しいタイプの子どもたちのこと。直観力に優れ、自分の人生に使命感を持っていますが、しばしば気性が激しく、強い個性と飽きっぽいなどの特徴をもつことがあり、親からは「育てにくい」と、なかなか理解されにくいといいます。また、「インディゴ・チルドレン」は子どもだけではなく、“傷ついたインナーチャイルド”を持つ大人にもあてはまります。

      著者の南山みどりさんは、自身の経験から、親子関係や人間関係のトラブルの背景として、この「インディゴ・チルドレン」をテーマにあげて活動しています。本書では胎内記憶で有名な「池川クリニック」でのセッションにおけるさまざまな事例を中心に、人間関係に悩むすべての人への解決策を提案していきます。
      内容(「BOOK」データベースより)

      インディゴ・チルドレンは、「子ども」だけではありません。人はみな、傷ついた内なる自分“インナーチャイルド”を心に抱いています。癒されず大きくなった「大人」にも、“インディゴ・チルドレン”は多いのです。「生きづらさ」を感じているすべての人に贈る愛のレッスン。

       

      https://www.amazon.co.jp/dp/4828419977/

      内容紹介

      「生きづらい」と感じているすべての人に贈る愛のレッスン。
      ありのままを認められず、受け入れられないまま成長をした「あなた」
      心の奥深いところにある本当の思いを感じてみませんか?

      「インディゴ・チルドレン」とは、1970年代以降に生まれた新しいタイプの子どもたちのこと。直観力に優れ、人生に使命感を持っていますが、
      しばしば気性が激しく、強い個性と飽きっぽいなどの特徴をもつ。親からは「育てにくい」と、なかなか理解されにくいと言います。
      生きづらさの元をたどると「自身の悲しみや怒り」があります。
      傷ついた自身やインナーチャイルドを抱きしめながら読んでください。


      親子の絆をつなぐ「たいわ」とは?
      新版まえがき 決して自分をあきらめない
      はじめに あなたはあなたのままでいい
      第1部 愛と光の戦士"インディゴチルドレン"
      第2部 世界を変えるインディゴチルドレン
      新版終わりに インディゴチルドレンがかかわるすべての人へ
      解説 宇宙チルドレンによせて 池川明(池川クリニック院長)

       

      南山氏は古く2009年には「宇宙チルドレン」という池川医師との共著があり、その時点ではたいわ士ではなく胎話士と漢字表記なので、おそらくおなかの赤ちゃんと話すことに重点が置かれていたとみられる。あと「インディゴチルドレン」て言い回し聞いたことあるなー。と思って検索してみると、やはりニューエイジでそういう概念があるんだそうだ。

       

      インディゴチルドレン(Wikipedia)

      https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%B4%E3%83%81%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%AC%E3%83%B3

      インディゴチルドレン(英:Indigo children)はニューエイジの概念[1]であり、特別で変わった特徴を持ち、時には超自然的な能力[2]を持つとされる子どもたちのことである。クリスタルチルドレン[3]、スターチルドレン[4]と呼ばれることもある。

      この概念は、1970年代にナンシー・アン・タピー[5]が言及したのが始まりで、後にジャン・トーバーとリー・キャロルが発展させた。やがて1990年代後半に発刊された数々の本によりインディゴチルドレンの概念は広まり、続く10年間でいくつかの映画も作られ、その性質と能力に関する会議も開かれた。

      彼らの特徴は、テレパシーなどの超常現象的な能力を持ち、人類の進化における次のステージを示すというものから、同年代の子供たちより共感的でクリエイティブだとするものまで幅広く存在する。

      ・・・

       

      クリスタルチルドレン(バーンズ勇気)

      https://www.youtube.com/watch?v=mkfZkO3vJis

      上記引用のWikipediaによるとインディゴチルドレンは別名を「クリスタルチルドレン」言うらしく、そういえばだいぶ前みんなのうたにクリスタルチルドレンてあったよな。と思い出した。

      地球にイルカ・・・と、冒頭からニューエイジ炸裂。たいわ士はインディゴチルドレンを「の戦士」と形容しているようだが、やはりクリスタルチルドレンでも地球で満たすを持って生まれた。と唄われている。

      胎内記憶のお子さんがたよく反戦メッセージ発してるし、戦争嫌がったり胎内記憶覚えてることがクリスタルチルドレン(インディゴチルドレン)の特徴と思われる。

       

      CRYSTAL CHILDREN(Wikipedia)

      https://ja.wikipedia.org/wiki/CRYSTAL_CHILDREN

      「CRYSTAL CHILDREN」(クリスタル チルドレン)は日本の歌。作詞はめけてとにせん、作曲はめけて。2008年4月からNHKの歌番組『みんなのうた』で放送された楽曲。

      概要

      歌詞は戦争やいじめなどに反対する内容を子供にもわかりやすいように書かれている。怒りは歯を食いしばり飲み込み、憎しみも涙にかえて許せる美しい命だと歌っている。

      クリスタルズはこの曲を歌うにあたって結成された小学生から高校生までの総勢37人(結成当初は34人)のグループである。作詞を担当した「めけてとにせん」のにせんはメンバーの1人。

      『みんなのうた』ではクリスタルズによる踊りの映像とホッチカズヒロの制作によるアニメーションを合成したものを使用している。

      CDの初回出荷は1000枚だったが、YouTubeへのアップロードなどで人気を博し、2008年6月現在、3万枚以上を売り上げている。同年4月-5月のNHKメロディの着信メロディダウンロード件数ではこの曲が全体の73パーセントを占めた[1]。
      批判
      前述のように、この歌は非暴力を訴えているが、水島総は「歌詞の内容が非暴力・無抵抗をうたっている。これは社民党など左派が主張する非武装中立論であり、このような政治的メッセージが強い曲を不偏不党の立場を守るべきNHKの子供向け番組で流すべきではない」と批判している[2]。

       

      たいわ士や絵本作家ではなくお子さん本人がママを選んで生まれてきました。など胎内記憶を証言するケースとしては現在「神さまは小学5年生」が人気大爆発のサンマーク出版、同社からすみれさんのかなり前にもいんやくりおくんって子がクリスタルチルドレンよろしく反戦メッセージ発してた記憶があるのだが、今検索したところによるとりおくんは311で避難した沖縄で音楽の才能が開花し三線の奏者になっている。お父さんの印鑰智哉はモンサントの種子がどうたら言う運動やってて、お母さんのいんやくのりこも辺野古の本を出しているなどいんやく一家はロハス系なようだ。

       

      https://www.amazon.co.jp/dp/4763132016

       

      https://www.amazon.co.jp/dp/4329004968

       

      サンマーク出版は中島ばおくんって子も発掘してた。これは胎内記憶じゃなくて自己啓発らしい。

       

      https://www.amazon.co.jp/dp/4763134779/


      うつぶせvsあおむけ

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        評価:
        日野原 重明,川島 みどり,丸川 征四郎
        ベストセラーズ
        ¥ 12,095
        (2005-11)

        添い寝授乳で赤ちゃん死亡か「助産師の指導に過失」と両親が告訴状提出(2018年12月28日 ライブドアニュース)

        http://news.livedoor.com/article/detail/15803854/

        ・・・

        告訴状によりますと、去年12月に東京・中央区の聖路加国際病院で30代の母親が男の赤ちゃんを出産し、担当の助産師が赤ちゃんと添い寝をして授乳するよう指導し、出産から3日目の未明に赤ちゃんを母親の胸の上でうつぶせに近い姿勢でタオルで固定したということです。2時間半後、母親が異変に気付き、その後に赤ちゃんの死亡が確認されました。両親は「原則しないはずの添い寝での授乳をさせるなどして窒息死させた」として、業務上過失致死罪で助産師への告訴状を警視庁に提出しました。警視庁は受理するかどうか検討するとしています。両親によりますと、病院は「調査の結果、死因は乳幼児突然死症候群の可能性が高い」と説明したということです。病院はANNの取材に対し、「現時点でのコメントは差し控えたい」としています。

         

        先日このニュースを「助産師・・・母親の胸の上でうつぶせ・・・授乳・・・乳児死亡・・・」と適当に読んだために、早期母子接触「カンガルーケア」かと思ってたのだけど、今しがた上の引用記事で確認したところ出産から3日目と生まれてからけっこう経ってからの事故らしい。そもそも添い乳って生まれたて赤ちゃん胸の上に乗せてタオル固定するもんなのか?という疑問を含め、聖路加病院のやりたかったことや乳児の死因は読んでもよく分からないのであった。

        ついでなのでカンガルーケアを検索してみると、母子の絆や母乳育児を促進すべく出産直後30分以内に2時間程度胸の上に赤ちゃんを置くそうで、初乳を赤ちゃんに吸わせることもあるらしい。しかしおそろしいことにカンガルーケアと検索に打ちこんだらサジェストで一番に「事故」が出てきた。

         

        https://www.amazon.co.jp/dp/B00817L2RO/

         

        https://www.amazon.co.jp/dp/4093798672/

        内容紹介

        生まれる病院で発達障害は5倍違う

        「先生の病院で生まれた子に発達障害児がいない」--
        関係者から聞かされた一言に著者である久保田医師は驚かされた。そしてあるデータを目にする。
        福岡市立のある3施設で集計された統計データによると25年前に比べ発達障害児は20倍以上に増加していた。さらに生まれる病院によって発達障害児の発生率が5倍違ったことがわかった。その原因の一因は国が推奨してきた「カンガルーケア」と「完全母乳」にあると久保田医師は指摘する。実際、「カンガルーケア」と「完全母乳」が推奨されるようになった年と発達障害児が急増する年は一致していた。
        「久保田産婦人科麻酔科医院」の開業から30年間、1万5000人を超える赤ちゃんを取り上げ、出産のゴッドハンドと言われる久保田医師が、現代の誤った出産常識を変えるために意を決して訴える警世の書である。

        内容(「BOOK」データベースより)

        生まれる病院で発達障害は5倍違った!2万人の赤ちゃんを取り上げた出産のゴッドハンドが意を決して訴える「間違いだらけの現代のお産」

         

        産直後カンガルーケアの是非 母子の絆深める目的の半面、事故で訴訟も(2011年6月20日 m3.com)

        https://www.m3.com/open/sanpiRyouron/article/138199/

        カンガルーケアは母親が新生児と肌を合わせて抱く行為を指す。出産後におなかに乗せてお互いに接触し、母親が子供に声をかけたり、自然に母乳を飲ませたりして、母子の絆を強めようという目的がある。母乳中心とした育児に移行させるきっかけとして行われる場合が多い。日本では、2003年にWHOからカンガルーケア実践の手引書が発刊されたのを契機に、母乳育児を目的とした出産直後のカンガルーケアが急速に広まった。

        カンガルーケアを巡る議論として関心が高まっているのは、健康な正期産児の場合に、出生直後20分から1時間ほどの段階で実施するか否かという点。カンガルーケアを実施したケースで、チアノーゼや呼吸停止などの事故が報告されているからだ。

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        むしろ黒須氏はカンガルーケアのポジティブな側面に注目している。

        理由は、母子の愛着形成と母乳育児の確立に大きな役割を果たす点があると考えられるからだ。出生直後に、母親と新生児が密着することで、お互いが相手を感じる。母親は子供を胸やおなかに乗せてしぐさを感じることで、子供の理解を深めることができる。2007年から2009年にかけて発表されたシステマティックレビューで、カンガルーケアに伴い、初回授乳の成功率や母乳育児の継続のほか、子供の体温保持やなく回数、母親の愛着行動などで好ましい効果があると報告されている(Cochrane Database of Systematic Reviews 2007,Issue 3.Art.No.:CD003519.、Pediatr Int. 2010 Apr;52(2):161-70.)。

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        タイミングと継続時間について「早期にできるだけ長く」がポイント。ガイドラインの指針では、「出生後30分以内から、出生後少なくとも最初の2時間、または最初の授乳が終わるまで、カンガルーケアを続ける支援をする」と記載している。安全性の確保については、「今後研究や基準の策定は必要」と示す。

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        「カンガルーケアは新生児の低体温を招くため危険。出生直後のカンガルーケアは即刻中止すべきだ」。久保田産婦人科麻酔科医院(福岡市)の久保田史郎氏はこう説明する。

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        久保田氏は、カンガルーケア中のチアノーゼや心肺停止は、出産直後の低体温症が引き金になっていると日本母乳哺育学会(2009年)で報告している。胎児は38度前後の温かい子宮内で過ごし、分娩を境に25度前後の分娩室に生れて、約13度の環境温度差で、寒冷刺激を受ける。

        久保田氏は、「放熱抑制のために末梢血管が収縮し、産熱亢進んために啼泣(筋肉運動)をする。そうしてカロリー(糖分)消費量が増大する。末梢血管収縮とカロリー消費の増大が、子供を低血糖症に陥らせ、自律神経機能不全や脳神経発達に障害を引き起こす危険性がある」と話す。経口的に栄養摂取がまだできない段階は低血糖症に陥りやすい。

        さらに、高インスリン血症の小児にとっては重大となる。久保田氏は、胎児の中には、母親が妊娠糖尿病でなくても、血糖値を下げる高インスリン血症の胎児が6人に1人(20/120人)いるという成績を発表している。分娩前には、どの新生児が高インスリン血症児か分らない。「症状が表に出なくても、中等度の低血糖症が長時間に及ぶと、脳神経発達に永久的な障害を引き起こす恐れがある」と久保田氏は懸念する。

        「カンガルーケアの問題点として、心肺停止事故だけでなく、無症候性低血糖症の新生児を増やし、原因不明の発達障害児を増やす危険性があることがある。福岡市では、カンガルーケアが普及し始めた頃から、発達障害児が増加した」と、久保田氏は産後の対応と小児の発達が無関係ではないと見ている。

        ・・・ 

         

        上の引用文によるとカンガルーケアは2003年に世界保健機関WHOが良き。言い出して急速に広まったらしい。WHOといえば1989年にユニセフと「母乳育児成功の10箇条」も出している。

         

        1. 母乳育児についての基本方針を文書にし、関係するすべての保健医療スタッフに周知徹底しましょう
        2. この方針を実践する為に必要な技能を、すべての関係する保健医療スタッフにトレーニングしましょう
        3. 妊娠した女性すべてに母乳育児の利点とその方法に関する情報を提供しましょう
        4. 産後30分以内に母乳育児が開始できるよう、母親を援助しましょう
        5. 母親に母乳育児のやり方を教え、母と子が離れることが避けられない場合でも母乳分泌を維持できるような方法を教えましょう
        6. 医学的に必要でない限り、新生児には母乳以外の栄養や水分を与えないようにしましょう
        7. 母親と赤ちゃんが一緒にいられるように、終日、母子同室を実施しましょう
        8. 赤ちゃんが欲しがるときに欲しがるだけの授乳を勧めましょう
        9. 母乳で育てられている赤ちゃんに人工乳首やおしゃぶりを与えないようにしましょう
        10. 母乳育児を支援するグループ作りを後援し、産科施設の退院時に母親に紹介しましょう

         

        日本でカンガルーケアが広まった2003年といえばエコの祭典である愛・地球博をひかえキャンドルナイトやら打ち水大作戦が始まったりほっこり雑誌が創刊され出した時期であり、そんな日本ほっこり化の気運に乗って自然なお産界もラマーズ法以来の人気爆発期だったのではないだろうか。ちかごろやけに自然なお産および胎内記憶ゴリ押されてんな?!と私が思ってたのは、ちょっと後の2010年前後だが。

         

        https://www.amazon.co.jp/dp/4576840436/

         

        高橋悦二郎著「胎児からのメッセージ―赤ちゃんは胎内でなにを訴えている?」(1984)というちょっと胎内記憶入ってそうな本にも、カンガルーケアって名前こそ出てきてないもののすでにカンガルーらしき動物が出産した写真の次のページにママさんが胎脂のついた赤ちゃんを腹の上に抱く写真が掲載されている。普及したのがここ10年程度とはいえ、少なくともラマーズ法全盛期にはすでにカンガルーケアが日本に紹介されていたようだ。

        さらにさかのぼること1970年代初めにジョン・ケネルとマーシャル・クラウスという小児科医によって早期母子接触の重要性が説かれたのがカンガルーケアのおこりと思われる。また現在のカンガルーケアはどうか知らないのだが、抱くにあたって赤ちゃんの胎脂ついたままなのが良きらしい。

         

        さて、このヌルヌルの胎脂に包まれた生まれたばかりの赤ちゃんを、なんのためらいもなくすぐに抱きしめたり、お乳をのませようとするお母さんもけっこう多いものです。

        そんなお母さんに話を聞いてみると、

        「生まれたての赤ちゃんを抱くことで、母親としての自覚がわいてきました。ヌルヌルはほとんど気になりません」

        とよくいわれます。そういう親子を追跡調査してみると、気持ちが悪いといって抱こうとしなかったお母さんにくらべて、その後の親子関係がうまくいっているケースが多いようです。

        もちろん、すべてそうだとはいえません。あとからでも親子関係はちゃんと修復できますが、やはり母と子の最初の出会い、接触がたいせつであることは否定できないと思います。

        その意味で、アメリカの病院などでは、生まれた瞬間のへその緒のついた赤ちゃんを、ちょっと汚れをふいただけでお母さんの胸に抱かせてあげるといったやり方を実行しているところが多いようです。日本でも見習って実行している産院がふえているようです。

        生まれてからほんの1〜2時間といっても、このとき、赤ちゃんはわりに覚醒した状態にあるといわれます。ですから、この貴重なときに、お母さんと赤ちゃんが肌を触れ合わせることは、とても意味があることなのです。

        (「胎児からのメッセージ」100〜102ページより)

         

        井深対談

        http://www.sony-ef.or.jp/sef/about/pdf/taidan24.pdf

        ・・・

        井深
          で、お産のあと赤ちゃんは分離?  
        見城
          それも希望なんです。  
        井深
          ああ、それは大分進歩したな。  
        見城
          ですから産んですぐにもう抱きましたし、洗ってきてからは、彼もすぐ抱きましたし、うちの彼はラマーズ法は二度目です。
        井深
          赤ちゃんを洗っちゃった?  
        見城
          洗う前に抱かしてくれるんです。胎脂がついてる状態で。だからほんと、つるつるしてるのね。ラマーズ法で産むと余りいきみませんから、出血が少ないので赤ちゃんに血がついてないんです。きれいに生まれてくるんです。最近はわりにお医者さんの方がせっかちになるというのか、どうしても会陰切開をしてしまうんですね。生まれるときにじっくりと時間をかけていれば、赤ちゃんの頭がそのまま出てくるわけですよ。ところがそれをじっくりやらないで、膣のところをハサミで切ってしまうわけです。

        ・・・

         

        上の井深対談の見城とはアナウンサーの見城美枝子であり、ソニー創業者井深大との対談の中で3人目は愛育病院で産んだと言っているのだが「胎児からのメッセージ―赤ちゃんは胎内でなにを訴えている?」著者の高橋悦二郎もまた愛育病院の小児科医である。同病院は秋篠宮家の悠仁さまがお生まれなったとこらしく、この愛育病院と生後3日の赤ちゃんを胸の上にタオルで固定して訴えられた聖路加病院、芸能人多い山王病院がブランド出産御三家なのだそうだ。

        また愛育病院の大島先生がラマーズ法うんぬん〜って言ってるくだりもあり、それ大島清じゃないかと思って検索してみたのだが検索したかぎりでは愛育病院という経歴は見つからなかった。ただ「十分に甘えさせなかった子は自立が遅れる!抱き癖を心配すると情緒不安定の子に育つ!」の内藤寿七郎が愛育病院の院長だったそうで、内藤先生が顧問だったラマーズ法「お産の学校」にケンケンも毎週だんなさんと通っていたらしい。

         

        井深対談

        http://www.sony-ef.or.jp/sef/about/pdf/taidan12_13.pdf

        大島
          僕は日本のあちこちを回っていますが、今、うつぶせ寝をやっている人たちがいるんです。うつぶせ寝は、進化の過程での四足歩行の時と姿が同じで、そのほうが2ヵ月ぐらい早く首もすわる・・・。
        ・・・
        大島
          それをおばあちゃんや母親は、うつぶせに寝かせると吐くとか、窒息するとか心配するけど、それは絶対にないですね。
        井深
          ふわふわの布団にするからいけないんでしょうね。  
        大島
          ふわふわは危ないです。ふとんは固いほうが絶対にいい。  
        井深
          昭和35年前後の頃、アメリカ式のうつぶせ寝をやって、事故が続出したんです。それでぱたっと止まった。
        ・・・
        井深
          幼児開発協会は、うつぶせとあおむけを、うまく組み合わせてくださいと、お母さんにお願いしている。あおむけのほうが手が自由に動くから。どうやら、日本人の手が器用なのは、あおむけ寝とかかわりがありそうですので。
        大島
          手を自由に動かせるから?  
        井深
          それから、お母さんの目と赤ちゃんの目を合わせるのが楽。背中からだと目が合いにくい。  
        大島
          うーん、目と目をね。  
              そうすると、コンビネーションがいいんですね。  
        井深
          ええ、幼児開発協会はコンビネーション寝です。  
              そのせいか、この頃は奥行きの長い、いい頭の格好の赤ちゃんが増えてきましたね。 
        大島
          うつぶせ寝の赤ちゃんを見ると、まず頭の形が明らかに違う。全部、楕円形、それで、夜泣きしない。これはデータがあります。
              そうか、日本人の手先が器用というのはそういうことか。それは本当にそうなのかな。  
        井深
          うつぶせ寝の子は背筋がとっても強くなるみたいですね。ところが手遊びができませんよ。  
        大島
          ああ、そうですね。第一、動物は手が器用じゃないものね。  
              そうか、日本人の手先が器用なのは、あおむけ寝をしているからか!

         

        以前読んだ1951年2月号の婦人雑誌↓からうつぶせ寝は頭の形がよくなるとかで戦後アメリカ式育児法として伝来したけど、そのうちアメリカ式が見直されるにつれすたれていったぐらいに思っていたのだが、井深対談(80年代か?)を読むとうつぶせ寝はふとんが柔らかくなければ大丈夫だし首が座るのも早いみたいな話になっている。対談によるとうつぶせ寝は昭和35年ごろに事故が多発してたということだ。

         

         

        井深氏がうつぶせ寝の事故が多発したという時期から少し後の昭和41年に出た日本語版「スポック博士の育児書」では確かにスポックがうつぶせ寝良き。ってかいてるのに、発行元の暮らしの手帖がわざわざ「日本のふとんは柔らかいので赤ちゃんが窒息死することもあった」って注意書きしてあったので昭和35年うつぶせ寝の事故多発した説はガチと思う。やっぱりうつぶせ寝や赤ちゃん独りで寝かせるアメリカ式育児は世間一般にいわれてるようなスポック博士によってではなく、それ以前にGHQからゴリ押されてたし添い寝やおんぶなど日本の子育て軽視して病院出産や粉ミルクありがたがる風潮もGHQの陰謀だったのだろう。

         

        アメリカでは赤ちゃんをうつ伏せにねかせるようですが、日本ではあおむけにねかせる習慣です。おちちを吐くときは顔を横にしなければなりませんが、ふつうの健康な赤ちゃんならば、私は日本の習慣のように、上をむかせてねかせた方がよいとおもいます。アメリカの赤ちゃんのベッドはかたいので、うつ伏せにねかせても、顔がふとんにうまる心配がありませんが、日本のふとんはやわらかいので、顔がうまって、窒息死した赤ちゃんもありました。

        (「スポック博士の育児書」229ページより)

         

        うつぶせ寝が柔らかいふとんによって事故多発しすたれた証言は前述の高橋悦二郎著「胎児からのメッセージ―赤ちゃんは胎内でなにを訴えている?」にもあった。聖路加病院の事故もおそらくうつぶせ寝との関係が疑われてると思うのだが、自然なお産かいわいでは、やわらかいふとんでなければという条件つきで比較的うつぶせさせたい意向が見受けられる。

        それよりも80年代時点で、首が座るのが早い、寝返りが早い、ハイハイが早い、おむつがとれるのが早い、こういう成長が早い方が賢くて偉いみたいな風潮が今よりかなり強そうだ。おむつが早くとれるのは当時布だったことを考えると利点も大きかっただろうが、首すわるとかハイハイ早かろうが遅かろうがどっちでもよくないか。

         

        戦後アメリカから、赤ちゃんはうつぶせに寝かせるべきだという強い主張が日本に伝わりました。西洋人はだいたい牧畜民族ですから、ひょっとすると動物の寝相を見てヒントを得たのでしょうか。

        ところが、日本でうつぶせ寝が流行すると、蒲団がフカフカでやわらかすぎるため、鼻をふさがれて窒息死の危険があるとされて、やがてブームも下火になりました。

        赤ちゃんをフカフカの蒲団に寝かせるというのも、いかにも日本人らしい、赤ちゃんをとてもかわいがる、見方によっては過保護の傾向のあらわれともいえます。

        あまりにフカフカすぎる蒲団は、あおむけに寝かせたときに脊椎を曲げてしまうおそれもあります。おとなになってもすすめられないのに、脊椎がまだやわらかい赤ちゃんにはけっしてよいことではありません。

        最近は、そういう知識が普及してきたためでしょう、ベビーベッドの上にさらにフォームラバーのマットレスを敷くというお母さんもぐっと少なくなりました。赤ちゃん用の蒲団はうすいものでじゅうぶんなのです。

        (「胎児からのメッセージ」200〜201ページより)

        うつぶせ寝の効果は、赤ちゃんがさかんに首を持ちあげようとするために、首や背中の筋肉がきたえられるのか、心もち早く首がすわることです。あおむけにばかり寝ていては、このトレーニングの機会が少なくなりますから、どうしても首のすわりが遅れがちになります。

        また、手足を突っぱってからだを浮かせるトレーニングにもなりますから、寝返りやハイハイが早くなります。あおむけに寝かせておくと、ハイハイの準備をするためには寝返りをうたなくてはなりませんから、そのぶんだけでも遅れるわけです。

        一般に、うつぶせで寝かせたほうが1〜2ヵ月寝返りやハイハイが早くなるといわれています。

        うつぶせ寝は、生まれてすぐからはじめてもかまいません。お乳を吐きやすい赤ちゃん、泣き虫や顔をまっかにしていきむ赤ちゃんなどは、うつぶせ寝のほうが落ち着きます。

        (「胎児からのメッセージ」202ページより)

         

        また「胎児からのメッセージ」の巻末に杉山四郎著「うつぶせ寝赤ちゃんはスクスク育つ」の広告もあった。杉山四郎の著書を見ると「いい妊娠いいお産―うつぶせ寝のすべてと男女生み分け法」「最新・男女児生み分け」「男女は生み分けられる―シェトルズ博士からの成果」「家庭でできる女の子・男の子の生み分け」「男と女の生み分け法―あなたが望む家族をつくるために」「最新決定版 男女は生み分けられる―妊娠の確率、生み分け成功率、飛躍的にアツプ」「新常識 男の子・女の子が生み分けられる―幸せを生む感動の計画出産」「女の子・男の子生み分け法―幸せあふれる夢の家族づくり」「最新版 女の子男の子 赤ちゃんの生み分け法」「夫のための男女児生み分け法―成功率81%の驚異」など、うつぶせ寝よりも生み分けへの情熱がすごいのだが、杉山氏以外にも「大関早苗のうつぶせ寝育児法―O脚、デカ顔、絶壁頭よ、さようなら」「小児科医からみた赤ちゃんのうつぶせ寝とあおむけ寝―新生児の超適応能力」といった本が出てるあたりから推察するに、1960年ごろ事故が多発して下火になりスポック博士の育児書にも注釈がつけられたうつぶせ寝がやや意外ながらも80年代には再評価される動きがあったということであり、この気運については柳沢慧著「いま赤ちゃんが危ない―サイレント・ベビーからの警告」(1990年)においてもけっこうページが割かれている。

         

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        わが国の最近の育児文化の大きな特徴は、うつぶせ保育がはやりだしたことです。欧米では比較的多く行われているこの保育方法は、日本ではむしろあまり行われないものの一つでした。しかし、わが国の産科医が積極的にうつぶせ保育の導入に力をいれ、さらにこれに美容家まで加わり、今ではほぼ日本全国に普及しています。この2,3年で私の外来にも、うつぶせ保育の赤ちゃんがたくさん訪れるようになりました。

        この頃から、私は赤ちゃんの顔つきが皆同じなのに気づき、ある新聞の読者欄に投稿したことがあるくらいです。

        その顔つきというのは、横から押さえつけられた前後に長いもので、目と目が近寄り、わずかに頬は下ぶくれとなり、日本人の赤ちゃん独特の丸い顔ではないのです。一見して判明できる独特の顔貌は、全てのうつぶせ保育の赤ちゃんに共通した個性の少ないものとなり、両親や兄姉(うつぶせ保育ではない時)に似ない顔つきとなります。むしろうつぶせ寝の赤ちゃん同士が、きょうだいのように似ています。

        ・・・

        私はうつぶせ保育の赤ちゃんは、あの赤ちゃん独特の丸みのある目と目の離れた愛らしさがなく、全体として可愛らしさに欠ける顔にされてしまうのが、残念でしかたありません。

        小さい赤ちゃんには、母性をわき立たせる条件の一つとして、可愛いということが大切です。顔が可愛いという条件には普遍性が見られます。私は看護学生100人に、丸と楕円を黒板に描き、どちらが可愛いかと聞きましたら、全員が丸の方を指摘しました。すなわち、丸顔は可愛いという普遍性を持っていることになります。

        うつぶせ保育の良いところも、もちろんあります。中でも赤ちゃんが安心したようによく寝ることでしょう。そして、未熟児や呼吸障害のある新生児では、うつぶせ保育の方が心肺の機能がうまく保てることは、医学的にも証明されています。しかし、普通の赤ちゃんには、うつぶせ保育にしなければならないほどの理由はないようです。

        (「いま赤ちゃんが危ない―サイレント・ベビーからの警告」106〜109ページより)

        さて、わざわざ赤ちゃんの時に必要な可愛さを犠牲にしてまで、うつぶせにする利点があるのでしょうか。医学的にも育児学的にも、うつぶせ保育とあおむけ保育の利害についての、一致した意見はありません。巷にはうつぶせ保育を推奨する美容の本まで出版されていますが、無責任なことです。今の日本人の顔のどこに、白人に劣るところがあると言うのでしょうか。白人コンプレックスが育児の領域まで浸透したとなれば、ゆゆしき問題です。

        私は、うつぶせ保育にするか、あおむけ保育にするかは、これまで述べてきたことを参考にして、両親が選択すべきものであると思います。しかし、産科医が決めることではないはずです。現代の医学で特に要求されている「説明と同意」が必要です。すなわち、産科医はお母さんに、うつぶせ保育の利点と欠点をよく説明し、両親の同意を得てからどちらの保育を選ぶかを決めるべきなのです。

        (「いま赤ちゃんが危ない―サイレント・ベビーからの警告」110〜112ページ)

        古い子育ての方がいいとは言いませんが、新しいものがすべてよいとも限らないので、どちらにしようか迷う時には、今まで行われてきた方法を選ぶ方が無難です。育児学的に見て明らかに誤りでない限り、経験的に行われてきたものの方が安心できます。

        たとえば、うつぶせ保育にするか、あおむけ保育にするか迷った時には、わが国の伝統的な育児の方法であるあおむけ保育を選んで下さい。しかし、お母さんがうつぶせ保育に強い魅力を感じるのであれば、その長所と短所を把握した上で選択すればよいと思います。

        (「いま赤ちゃんが危ない―サイレント・ベビーからの警告」90ページより)

        うつぶせ保育の子の頭や顔が長く扁平に変形するのは、その原因の一つに寝具があります。うつぶせ保育では、うつぶせた時に窒息を予防するために、固めの敷布団を使用するためです。このことは本場の米国でも問題になっていますが、ふとんの固さには十分注意が必要です。

        赤ちゃんはあいている自分の手で遊びます。うつぶせではこれができません。そして、視野が狭いのも欠点です。いつも一方のみを向いていますから、あおむけ保育の乳児に比べて、お母さんの顔を見る機会も少なくなりがちです。夜間の寝る時以外は手足の自由がきくあおむけに寝かすことをおすすめします。

        うつぶせ保育の赤ちゃんは発達が早いといわれます。首をもたげるのもあおむけ保育より、少しばかり早く、寝がえりも(この場合はうつぶせからあおむけになる)早いことが少なくありません。しかし一年後には、あおむけ保育の赤ちゃんとほとんど同じ発達域に到達します。ですから、発達や発育の面ではこの二つには差がないと考えればよいのです。

        では、うつぶせ保育とサイレント・ベビーとはどのような関連性があるのでしょうか。まず、うつぶせ保育の赤ちゃんは先にも少し触れたようによく寝ます。地球をだっこしているのですから、安心しているのでしょう。

        しかし、このことがお母さんとのコミュニケーションを少なくする原因ともなるのです。赤ちゃんからのサインが少なくなるために、お母さんがつい赤ちゃんと語り合う時間を逃してしまいがちです。

        ・・・

        うつぶせ保育の赤ちゃんはあまり泣きません。赤ちゃんは泣くことも大切なサインなのです。泣かないことをいいことにして、赤ちゃんとのコンタクトが希薄にならないように注意しましょう。

        あおむけ保育が悪くない方法であることは、日本の過去の実績が物語っています。サイレント・ベビーにしないためにも不必要にうつぶせにせずに、なるべく視野を広げる意味でも、手足を活発に動かす意味でも、あおむけにする時間を多く作ってやりたいものです。

        うつぶせ保育と赤ちゃんの突然死との関連性がよく話題になります。赤ちゃんの突然死として報道されるものには、うつぶせて死んでいたものが少なくありません。だからこそ、今もって乳幼児突然死症候群とうつぶせ保育との関連性が問題になるのです。確か、横綱千代の富士関のお嬢さんも、死亡時にはうつぶせていたようです。最近の小児学会(平成元年5月 新潟市)でも、乳幼児突然死症候群の七例中六例がうつぶせ保育だった、と報告されています。「うつぶせ保育は窒息しない」というのはいまでは神話になり、むしろ突然死との関係がとりざたされることの方が多いようです。

        ・・・

        (「いま赤ちゃんが危ない―サイレント・ベビーからの警告」112〜115ページより)

         

        これ引用してる途中で、千代の富士の娘って松田優作の息子の嫁さんよな?と思ってついWikipediaで確認してしまったのだが、千代の富士の娘は秋元梢といい妹さんがうつぶせ寝が原因でか?はともかくとして1989年にわずか4カ月で突然死したのだという。また同じ本でこれまたカンガルーケアという言葉こそ出てこないものの、生まれた直後の母子接触と母乳育児の関係について言及されていた。

         

        お母さんと赤ちゃんの絆は、人間の中では最も強いものだといわれます。赤ちゃんはお母さんのおなかの中で大きくなり、生まれてからもお母さんのささえがなければ生きていけないのです。

        ・・・

        この母子の絆は、生後早い時期に結ばれます。動物ではこの時期を過ぎても母子の絆が結ばれなかった場合には、親が子を殺すこともあります。人間ではこのようなことはありませんが、その後の子供の精神発達に影響することがあります。この時期(臨界期)はヤギでは生後5分以内、人では12時間以内といわれています。

        ソーサらの研究によれば、生後すぐにお母さんに抱かれた赤ちゃんは母子の絆が強く結ばれるので、そうでない赤ちゃんに比べて、母乳で育てられる機関が2倍以上長かった、といいます。

        また、出産後退院するまでの間、母児同室(出産後、赤ちゃんはお母さんのベッドのそばで寝る)だった場合と、母児同室の場合を比べてみました。すると、退院後2か月たって母乳で育てている割合は、前者で77パーセントで、後者では27パーセントであったといいます。

        すなわち、生まれた直後にお母さんと子どもが接触したかどうかは、その後の保育にも影響を与えるのです。日本の一部の産科医院での産後退院まで赤ちゃんをお母さんから離しておき、授乳の時だけ一緒にさせる習慣は、母子関係にとって好ましいものではありません。

        ・・・

        まず、赤ちゃんが生まれるとすぐお母さんの胸に抱かせることは、多くの産科でも行われています。産まれた直後の赤ちゃんは短時間ですが、意識がはっきりしている時があり、この間のことはよく覚えているといわれます。ですから、この時に結ばれる母と子の絆は一生続くものと思われます。

        ・・・

        (「いま赤ちゃんが危ない―サイレント・ベビーからの警告」118〜120ページより)


        平成終わっちゃう

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          平成たださえ災害多すぎなのに新年早々震度6とか幸先わる。かの2011年に1月に新燃岳噴火、2月にカンタベリー地震で日本人28人も亡くなるなどあいついで今年こわ・・・。と、胸騒ぎしてたら311に東北でしゃれならぬ大災害が起こったので地震ひとつでさえ不吉きわまりなく思う。

           

          熊本県熊本で震度6弱の地震 津波の心配なし(1月3日午後6時10分)

          https://www.fnn.jp/posts/00408974CX

           

          4月あたりに平成終わるらしく、2018年は平成最後の○○って言い回しもよく聞かれた。だから国民は心の準備できたけど次の元号はまだ決まってない。

          でもよく考えると、1989年も年開け昭和64年はじまたよー。てなった1週間後ぐらいに終わったので、昭和64年のカレンダー丸一年使ったんだろう。今日が昭和だと明日もきっと昭和でそんな日々が続いてく気しかしなく、崩御されたからといって64年も続いた昭和をいきなり今日から平成ね。って言われても国民は戸惑ったことと思うが、同年に紀子さまの婚約内定が報じられ翌1990年には秋篠宮さまとケコーン、その後も眞子さま生まれ皇太子さまもケコーンされ佳子さまが生れ・・・とくしゅくしゅソックス時代にかけ毎年ペースで皇室はおめでたいニュースがあいついだために、わりにすぐ昭和バブル気分から平成浮かれ気分に切り替わったのではないだろうか。

          しかし1995年にルーズソックス時代に入るとくしゅくしゅ時代の平成浮かれ気分が嘘のようにやたら災害があいつぐし、皇室も問題が山積した。そして昨今の濡れ黒髪と太眉と落ちない赤口紅とくしゅくしゅソックス人気、またさくらももこ死去や貴乃花引退、芸能人の新宗教騒動、眞子さま(1991年生まれ)の結婚報道などを見るにつけ「平成はくしゅくしゅに始まりくしゅくしゅに終わる」との思いを新たにした。

           

          https://www.amazon.co.jp/dp/4062197081

           

          「日本の宝失った」皇后さま弔問、石牟礼道子さん送る会(2018年4月15日 朝日新聞)

          https://www.asahi.com/articles/ASL4D5KJZL4DTIPE02V.html

          水俣病で父親を亡くした熊本県芦北町の漁師緒方正人さんは、原因企業チッソの責任を問ううち、自らも自然を損なってまで利便性を追求する社会の一員であることに気付いて苦悩したと振り返った。その姿を見た石牟礼さんは「命の世界に、よう帰ってきたですね」と声をかけてくれたという。「今の制度社会からこぼれ落ちるものをすくい取る慈愛の人だった」

          ・・・

          会に先立ち、交流があった皇后さまも会場を弔問に訪れた。石牟礼さんの遺影を見つめ、白い花一輪を捧げて深く一礼した。長男の道生(みちお)さんに「お悲しみが癒えないでしょうね。慈しみのお心が深い方でした。日本の宝を失いました」と声をかけたという。

          さらに皇后さまは、社会学者の鶴見和子さんの名をあげ、石牟礼さんと初めて会ったのが、2013年7月の鶴見さんを追悼する催しだったことに触れた。同年10月、天皇陛下とともに熊本県水俣市を訪れた際、胎児性患者2人にひそかに面会したのは、石牟礼さんから「胎児性患者に会ってやって下さいませ」との手紙を受け取ったことがきっかけだった。

          道生さんは皇后さまに「患者さんに会ってくださり、母が感激していました」と伝えたという。

           

          美智子さま「異常事態」に心痛も、ご静養中に元気づけれられた4つの出来事(2018年3月13日号 週刊女性)

          http://www.jprime.jp/articles/print/11787

          ・・・

          翌日の午前10時ごろに御用邸を出発した両陛下は、鎌倉市内に住む料理研究家・辰巳芳子さん(93)の自宅を訪問された。

          「料理研究家の母親から料理を学び、病苦に苦しむ父への介護食“いのちのスープ”に代表される家庭料理の大切さを多くのメディアで伝えています」(グルメ誌ライター)

          辰巳さんの自宅に足を運ばれるのは今回が3回目で、交流のきっかけは美智子さまだったという。

          私の著書を美智子さまがお読みになったことがきっかけで、ご連絡をいただきました。

          当日は、とある農業高校の生徒たちが育てた大豆で作ったお豆腐を召し上がっていただきました」(辰巳さん)

          自分たちで作った大豆を豆腐店に売ってお金にすることで、“学校施設が豊かになり、農業に誇りを持てる”と話したという辰巳さん。

          「私が約15年前から始めた、全国の小学生が大豆の種をまいて育てる“大豆100粒運動”のお話もたいへん喜んでいらっしゃいました。

          こんなに喜んでいただける方は今までいなかったので、日本のことをとても愛していらっしゃると感じましたね。

          お帰りの際には、その高校の生徒たちが育てた大豆をお土産としてお持ち帰りいただきました」

           

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          鶴見和子や辰巳芳子のファンなあたり美智子さまロハスへの造詣が深いし眞子さま佳子さま姉妹も国際基督教大学に進学してるあたり、美智子さま・秋篠宮家ラインと水俣病の原因になったチッソ社長を祖父に持つ雅子さま・皇太子さまご夫妻とのあいだに距離感ありそうな気がする。皇室行事の積極性をもって美智子さまリスペクトし雅子さま批判するといったネトウヨもけっこう多いのだが、別にロハスは右翼ではないし鶴見和子が研究していたエコロジー(生態系の意)のはしりである生物学者の南方熊楠も昭和天皇にマッチ箱に入った粘菌を献上したのが伝説となっていた。

          また鶴見和子・俊輔姉弟のいとこにあたりやはり思想の科学やべ平連にかかわっていた鶴見吉行が秋篠宮さまに影響を与えているという話もある。下の引用文は高野孟(津村喬の兄)によるものだが、そういえば秋篠宮さまナマズ、清子さまは鳥、天皇陛下は魚、そして前述の昭和天皇の粘菌など、皇室そのもののみならず生態系をガチに研究する文化がロハスとの接点を生んでいるのかもしれない。

           

          生き物文化誌が「鶴見良行」特集/懐かしかった!(2007月03月13日 高野孟の「極私的情報曼荼羅」)

          http://www.the-journal.jp/contents/takano/mb/post_96.html

          私も会員になっている「生き物文化誌学会」の会報『ビオストーリー』第6号が「歩く学問・鶴見良行の眼」を特集している。

          鶴見さんは、『バナナと日本人』(岩波新書)、『なまこの眼(まなこ)』(ちくま学芸文庫)などの名著で知られるアジア学者で、『鶴見良行著作集』全12巻がみすず書房から出てもいる。鶴見俊輔さんの従弟で、1926年に米国に生まれ19歳で終戦を迎えるまで米国に育って米国籍も持っていた。が、戦後、日本国籍を選んで帰国して、やがて東京・麻布の国際文化会館のスタッフをやりながら、鶴見俊輔、吉川勇一、武藤一羊の各氏らと共に「べ平連」を作ってベトナム反戦と脱走米兵支援の活動に取り組んだ。75年にベトナム戦争が終わると、アジアの民衆生活に根ざした学問をやろうと、吉川・武藤両氏らと共に「アジア太平洋資料センター(PARC)を創設、そこを拠点に独特の“足で歩く学問”を展開した。

          私は、師匠の山川暁夫氏が彼らと親しかった関係から、PARCが出来たときから出入りし、ボランティアでそのニュース発行を手伝ったりし、後にはPARCの事務所があった神田神保町のビルの1つ下のフロアが空いたというのでそこにインサイダーの事務所を移してPARCの人たちといろいろなことを一緒にやったので、談論風発止まるところを知らない鶴見さんからも多くのことを教わった。

          ・・・

          『ビオストーリー』は、小長谷有紀さん(国立民族学博物館教授)が編集長、編集委員には秋篠宮文仁さんも入っている。書店もしくは発行元の京都「昭和堂」(075-706-8818)で注文できる(1500円)。また生き物文化誌学会の活動にご関心ある向きは下記を参照のこと。

          ・・・

           

          https://www.amazon.co.jp/dp/4416114540

           

           

          「大嘗祭は宗教色強い」秋篠宮さまが国費に異議(2018年11月30日 中日新聞)

          http://www.chunichi.co.jp/article/front/list/CK2018113002000085.html

           

          かなり質素だった「佳子さま」キャンパスライフ実況中継(週刊新潮2015年10月22日号)

          https://www.dailyshincho.jp/article/2015/10230800/?all=1

          ・・・

          夏前のこと。議論好きの学生が食堂に集まり、意見を戦わせていたという。

          「すると、知り合いがいたのか、佳子さまも“話を聞かせて〜”みたいな感じで、そこに入っていかれたんです。私も横で聞いていたら、何だか“天皇制という言葉はコミンテルンが付けた名称だ”“そんな名前を使うべきではない”みたいなややこしい話をしていたんですが、佳子さまは“うんうん”と頷くように、話に耳を傾けていたんです。ああ、やっぱり普通の学生に見えるけど、皇室がみんなにどう思われているか、関心がおありなんだな、と。初めて佳子さまに“皇族”を感じた瞬間でした」(同)

          議論の是非はともかく、周囲との距離がずいぶんと縮まっていることが窺えるエピソードなのである。

          ・・・

           

          高麗神社参拝の天皇陛下を「反日左翼」と呼ぶ人たち(週刊朝日2017年10月6日号)

          https://dot.asahi.com/wa/2017092700011.html?page=1

           

          皇国史観、差別に抗い、天皇や司馬遼太郎に 大きな影響与えた〜上田正昭(現代の理論)

          http://gendainoriron.jp/vol.08/serial/se01.php

           

          「陛下は靖国を潰そうとしてる」靖国神社トップが「皇室批判」(9月30日 NEWSポストセブン)

          https://www.news-postseven.com/archives/20180930_771685.html


          自然が一番

          0

            テレビは大スポンサーの「香害」に切り込むべき 柔軟剤や芳香剤による被害は受動喫煙と同じ(12月13日 WEZZY)

            https://wezz-y.com/archives/61964

            人工香料による健康被害を訴える人が急増しています。その原因物質は、年々種類と使用量が増え続ける合成ムスク類です。

            合成ムスク類とは、麝香(じゃこう)に似た香りを持つ人工香料の総称で、柔軟剤や芳香剤、ローション、脱臭剤、香水、化粧品などの身体手入れ用品や洗剤のような家庭用品でも広く使われています。

            麝香は古くから高級香料として利用されていましたが、20世紀初期に代替物の合成ムスク類が開発され多くの製品に使われるようになりました。しかし、合成ムスク類のニトロムスクという物質には強い毒性があることが分かり、ニトロムスクに代わって、HHCB、AHTNなど「多環ムスク」と呼ばれる合成化学物質が開発され、現在に至っています。

            ところが今、このHHCB、AHTNの毒性が確認され大きな問題になっています。2005〜07年に行われた熊本大学・佐賀大学の共同研究では、日本人の母乳や脂肪組織に合成ムスク類の「HHCB」と「AHTN」が蓄積していることが明らかになっています。生活排水などから水、大気中にも合成香料が排出され蓄積し、新たな環境汚染物質として問題となっています。

            世界市場で流通している合成香料は約500種類、そのうち日本では約320種類を製造しているので、真剣に考えないといけない問題です。

            ・・・

            しかし、大手メディアは合成ムスク類で健康被害が続出していることを大きく取り上げません。P&G、花王、ライオンといった大スポンサーの顔色を窺ってのことなのは明らかです。各メディアはなぜ、合成ムスク類による健康被害、いわゆる「香害」が起こるのかを報道する責任があると思います。

            ・・・

             

            ここ数年ほど自分と違う考えを「ハラスメント」「価値観の押しつけ」と形容して加害者性や強制力を理由にみんなでこらしめるような事例が異様に多い。このブログでも過去デカパイ強調したアニメ絵がセクハラ言われてたり、絵本作家ののぶみが訳わからん歌書いて炎上したとき母親に訳わからん価値観を押しつけている。て言われてたのには、デカパイのアニメ絵やのぶみの歌などはときたま視界に入ってくる一部の女や母親にとっての不快な情報群でしかなく、強制性ということでいえばそれを撤回させるほどにこらしめてしまうほうにあるとの考えから疑問を呈した。

            そして柔軟剤の香りのきつい「香害」、またぎゃくに体臭や口臭など人間本来の臭いが周りの人に苦痛を与えてるとするデオドラント業界の創出した「スメハラ」言うのも、それぞれに臭みを発する加害者、それを無理やりまわりの人にかがす強制性をほのめかしているという点において非常に今日的な問題提起である。確かにデカパイのアニメ絵よりはキティさんみたいな誰からも愛される絵のほうがいいし、のぶみより完成度高い歌書ける人いるだろうと同じように、体臭や香水がくさい者よりは無臭の人がいいに決まってるのだけど、自分の好みにかかわらず世の中には香水の楽しみとか、デオドラントや手術ではどうにもならぬわきがの人もいるわけで、そいつらが「悪臭をふりまき人々に苦痛を与えたる」と思っているならともかくとして、簡単に「ハラ」「害」などと加害者にしたてあげる現代の風潮には抵抗をおぼえてしまうのだった。

            私が「香害」初めて聞いたのは昨年のこと、昭和の時代よく三一新書で合成洗剤や食品添加物の悪を告発、本当のことしか言わない医療評論家・船瀬俊介も輩出し今では憲法9条とか子宮頸がんワクチンとか言ってる日消連こと日本消費者連盟が相談窓口「香害110番」設置したときで、20年ぐらい前「買ってはいけない」が人気大爆発したアベ政治許さない系出版社「金曜日」から岡田幹治著「香害 そのニオイから身を守るには」が出たのと時ほど同じくして週刊金曜日でも「香害最前線」特集が組まれ、おそらく合成洗剤で川めっちゃ汚れてた時代石けん運動してたであろう無添加「シャボン玉石けん」なども香害運動にくわわってたことから、わがロハス史においては2017年を香害元年と定めている。郡司和夫はスポンサーに遠慮して香害を全然取り上げないと大手メディアを批判しているけど、私からしたらむしろ「香害110番」設置時ニュースに取り上げられまくってたのでいったい何のステマです?!と思ってたぐらいなのでスポンサーに遠慮して香害を全然取り上げない説を断固として否定したく、シャボン玉石けんが朝日新聞と毎日新聞に香害の全面広告出したとか地上波で放送された時の証拠となる画像やURLを貼っとくことにした。

             

            【香害】人工香料は立派なスメハラ!あなたは大丈夫?香料不使用な体臭対策(8月20日 メディアKING)

            https://media-king.net/archives/1149.html

            「日本に新しい公害が生まれています。その名は『香害』」

            これは無添加せっけんなどを扱うシャボン玉せっけんが、朝日新聞・毎日新聞に掲載した全面広告の一文。

            広告にはいかにもキツイ香りがしそうな薔薇が描かれた柔軟剤ボトルから、体に悪そうな煙が黙々と出ている様子が描かれています。

            ・・・

             

            においでの体調不良を相談、「香害110番」を設置(2017年7月6日 日本経済新聞)

            https://www.nikkei.com/article/DGXLASDG06H07_W7A700C1CR0000/

             

            頭痛、吐き気、めまい…“香りブーム”の裏で深刻化する「香害」(1月29日 AERA dot.)

            https://dot.asahi.com/wa/2018012600005.html
             

            街にあふれる「香害」で体調不良に 「誰もに起こり得る」化学物質過敏症に注意(7月31日 産経新聞)

            https://www.sankei.com/premium/news/180731/prm1807310003-n1.html

             

            「香害」知っている? 柔軟剤などで体調不良に 沖縄市で勉強会(12月7日 毎日新聞)

            https://mainichi.jp/articles/20181207/rky/00m/040/008000c

             

            https://www.amazon.co.jp/dp/4906605036/

             

            https://www.amazon.co.jp/dp/4837922481/

             

            しかし郡司和夫って食品添加物かと思ってたので香害のことも書いてること初めて知った。和夫氏の父親は昭和の時代に三一新書とかで食品公害を告発していた郡司篤孝である。

            食品公害とか香害など公害を思わせるよなネーミングは、三一新書の全盛期に公害すごかったのでその名残りだと思う。しかし昭和も昭和で今の柔軟剤以上に化粧品とか臭かったはずなのだが。

            洗剤といえば先日美健ガイドでもおなじみ真弓定夫先生の最初期著作と思われる「自然流育児のすすめ」(1987)今年に入って新装改訂版出てたのを思い出して本屋でチラ見したら石けんをお勧めするとこでABSの危険性が説かれてた。ABSってライポンで野菜洗いしてたような大昔の合成洗剤でありライポン誤飲して亡くなった人もいたので、この本が出た30年ぐらい前でさえすでに使われてなかったし、あと1956年に占領軍がパンをゴリ押し〜みたいなことも書いてたけど1956年もう占領終わってると思った。

            ただ私も「パンと昭和」て本などを参照に昭和30年くらいからアメリカがパンをゴリ押してきたって歴史認識だったのが最近になり占領軍の時代からゴリ押してた気がしてきたので、もしかするとまた歴史修正するかもしれない。真弓先生の本を出してる地湧社って文字列にすごい見覚えあるのでさてはニューエイジ系。と思ってサイトを見たところ、やはり山尾三省、おおえまさのり、吉村正、福岡正信、青木宏之、布ナプキン、シュタイナー、チベット、気功、ホメオパシー、自宅出産、母乳、玄米、憲法、水俣、山川夫妻が翻訳・・・といった感じのラインナップで、シャーリー・マクレーン著「アウト・オン・ア・リム」などけっこう有名な本もあった。

             

            https://www.amazon.co.jp/dp/4885032504/

            内容紹介

            いま、子どもが危ない。大人にできることは? 投薬や注射をせずに病気を治す、ユニークな町のお医者さんが語る、心身共に健康な子どもを育てる秘訣。 近年激増している子どもの成人病やアレルギー疾患は、食生活や環境から自然が失われてきたことが大きな原因になっている。子どもの体に自然を取り戻すために、小児科医として豊かな経験を持つ著者が、平易に語る子育ての智恵。 大きな子どもは体が弱い、子どもに牛乳は必要ない、薬で熱を下げてはいけない、体温の低い子は要注意等々、子育ての常識をくつがえしながら、丈夫な子どもに育てる食べ物、安心な熱の見分け方、様々な病気への対処の仕方などを、具体的にアドバイスする。 自然流子育てのバイブルとして35年のロングセラー。 新装改訂版に寄せて、薬を使わない薬剤師の宇多川久美子さんの文章を収録。

             

            https://www.amazon.co.jp/dp/4885032512/

            内容紹介

            超ロングセラー、自然流子育てシリーズの2冊目の新装改訂版。
            子どもを持つお母さんにとって最も大切な気配りは、子どもの育つ自然環境を整えること。それにはまず、家の内外で日常的に関わっている自然=水、空気、火、土とうまくつきあっていくこと、それらを健全に保つことが肝心である。
            子どもの健康をグローバルな視点からとらえて指導している著者が、水と体の関係、腹式呼吸の健康への効用、また太陽熱と人工の火の違いや原発の問題、そして土の上を歩くことの大切さなど、健康生活へのカギを具体的に語る。
            真弓定夫先生のドキュメンタリー映画「蘇れ生命の力」の岩崎靖子監督の、「新装改訂版に寄せて」収録。

             

            帯を見た感じ真弓先生の映画を記念して新装改訂されたのであろうか。本屋には1冊しかなかったために、このシリーズ1と2があることを今アマゾンで知ったし、私が立ち読み・・・というか2,3分チラ見したのが1と2のどっちなのかよく分からないのだが、本の中で宮田雪監督「ホピの予言」、また先日このブログでも言及した「いのちの祭り」とおぼしき原発に関する記述があったので、おそらく2と思われる。

             

            https://www.amazon.co.jp/dp/4864712387/

             

            真弓定夫先生の本を推薦している薬を使わない薬剤師宇田川久美子さんを検索すると、「睡眠薬 その一錠が病気をつくる」「薬なしで血圧を下げる! 」「それでも「コレステロール薬」を飲みますか?」「薬が病気をつくる ~薬に頼らずに健康で長生きする方法」「それでも薬剤師は薬を飲まない--食事が変わると、健康になる」「薬で病気は治らない」「その「1錠」が脳をダメにする」「薬剤師が教える 薬の害がわかる本」「薬剤師は薬を飲まない」「薬剤師は抗がん剤を使わない」「薬を使わない薬剤師の 断薬セラピー 薬をやめれば、病気は治る」「薬剤師の私が実践する 薬に頼らず健康に暮らす27の習慣」「薬を使わない薬剤師の「やめる」健康法」「日本人はなぜ、「薬」を飲み過ぎるのか?」「長生きするのに薬はいらない」「その「1錠」が脳をダメにする―薬剤師が教える薬の害がわかる本」「薬が病気をつくる 〜薬に頼らずに健康で長生きする方法の著者【講演CD:クスリが病気をつくる〜クスリは「身体の声」に蓋をする〜】」などの著作があり、タイトルだけで絶対に薬を使わないという強い意志を感じた。薬害ってのもあったし、くわえてこれほどまでに衛生が向上してなお薬がそこまで必要なのか、また人類は今まで勝手に生まれ死んできたのに現代社会では生死を近代医療(病院)が管理するようになったという点において、薬、ワクチン、病院出産にかんする問題意識はつながってると思われる。


            本場フランス

            0
              評価:
              英 隆,コリーヌ・ブレ
              集英社
              ---
              (1983-04)

              ソニー創業者の井深大と脳生理学者の大島清の対談を読むと、フリースタイル分娩や水中出産など妊婦が主体のアクティブ・バースにかんする話題があった。この対談がいつおこなわれたものか分からないのだが、話の内容からするとラマーズ法全盛期よりけっこう後なのかもしれない。

              大島氏はラマーズ法で有名な三森助産院の出産ビデオの監修もしていた。それが90年代くらいになると妊婦さんの好きな呼吸や姿勢で産んだらよいって話になってきて、ヒッヒッフーが形式化したラマーズ法はすたれてったと思われる。

               

              井深対談

              http://www.sony-ef.or.jp/sef/about/pdf/taidan12_13.pdf

              井深
                前に南フランスの方で...。  
              大島
                オダン。  
              井深
                ええ、そうです。自然な形の分娩、それも妊婦さんがどういう形でお産をしたいということが選べる。それで、家族が一緒にそこに住めるというような...。
              大島
                選ばして、あおむけにお産をすると言った人は1000人のうち2人しかいなかった。みんなほかにプールでお産するとか、それからいわゆる座産、立ち産を希望したんです。それで、だんなさんに支えてもたいたいと。いなきゃオダン先生で結構ですと。
              井深
                お父さんがお産に立ち会うっていう運動を起こすべきですね。いろんな意味で。  
              大島
                大変うれしいお話です。井深さんがそう言ってくだされば、ぼくなんかはすごくありがたい。  
              井深
                母乳の次にはそれを言わなければね。  
              大島
                まことにそう思いますよ。  
              井深
                病院側が寄せつけないから、そういうことになるわけなんですよね。 

              ・・・

              井深
                このごろ、だんなさんを入れるとか、お母さんを入れることは少し動き出したみたいですね。
              大島
                国立とか大きな病院はだめ。たとえば関西なんかの個人病院でホテル式でっていうのはあります。そういうことを売り物にして患者さんに与えている。ところが、大きなところはまだまだ。いわゆる医療出産のことをフランスの人たちは暴力的出産だと言っている。医者がハサミを持って生まれるまで待っているという話が漫画に書いてあります。

              ・・・

              大島
                水中産はいろいろやっているところがあって。  
              井深
                クリミア半島の近くの海でしているようですが、実際のビデオもあるんですよ。クリミア半島で、もともとソ連の人たちがやっていた方式を、フランス人がフランスで今やっている。
                    水中お産をして、そのまま海や水の近くで生活させるんですよね。もちろん、住むのは陸上ですけれども、しょっちゅう水の中に入れるようにすると、すぐにイルカみたいにきれいな泳ぎになっちゃうんです。
              大島
                生まれてからずっと水中生活ですか。もちろん出たり入ったりしているわけですね。  
              井深
                ええ。そうすると、赤ちゃんが少なくとも5分間は入ったままで平気なんです。  
              大島
                赤ちゃんというのは0歳ですか。  
              井深
                もちろん、0歳です。
              長い子は15分間も平気でもつようになるんだそうですよ、全然、息をしないで。
              きっと、それは胎内の延長のようなものなんでしょう。
              ・・・


              オダン先生というのは水中出産で有名なフランスの産科医で日本では「バース・リボーン―よみがえる出産」が1991年に訳されているが、オリジナルは1984年に出てるようだ。画像検索すると日本版の帯に「 “ラマーズ法” “暴力なき出産” を生んだフランスからまた自然出産法が登場した」って書いてて、確かにいわれてみるとラマーズとかルボワイエってフランスの産科医だし、オリーブ誌のリセエンヌ路線しかり30年ぐらい前はフランスが最先端だったのか、オリーブ少女が中年にさしかかった2000年代に主婦のほっこり丁寧なくらしとしてニューエイジは復興したのだった。

              フランスのジャック・マイヨールというイルカ好きな素潜りの達人がリュック・ベッソン監督「グラン・ブルー」て映画(1988)になってて、おそらく同作品がくしゅくしゅソックス時代のイルカブームに強大な影響与えてるのだが、マイヨール氏はオダン先生とも親交があった模様。水中出産自体が、昔人間が水中で生活してたとかイルカ実はすごい頭いいししゃべれるって思想にもとずいてると思われ、夫立会いのラマーズ法どころかイルカ立会いっていうのもあったはず。

               

              映画「プルミエール 私たちの出産」予告編(YouTube)

              https://www.youtube.com/watch?v=zQIHHQtTr1M

               

              プルミエール 私たちの出産(Wikipedia)

              https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AB%E3%83%9F%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%83%AB_%E7%A7%81%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%81%AE%E5%87%BA%E7%94%A3

              『プルミエール 私たちの出産』(プルミエール わたしたちのしゅっさん、原題:Le Premier Cri)は、2007年のフランスのドキュメンタリー映画。
              概要

              文化・人種・環境が全く異なる10カ国の出産事情を監督ジル・ド・メストルが追った、ドキュメンタリー作品。出産を皆既日食と結びつけ、神秘的なものとして扱っている。ディズニー・ネイチャー・プロダクションの第1回作品。キャッチコピーはあなたのために生きていく。

              2007年、セザール賞最優秀ドキュメンタリー賞にノミネートされた。

              日本ではPG-12指定。

              監督のメストルは男性で、自国フランスで出産を扱ったドキュメンタリーのテレビ番組を担当したことから出産に興味を持ち、今回の映画の製作に至ったという。
              内容

              アメリカ:ヴァネッサ(32歳)
                  医療機関に頼らず、自宅での自然分娩を選択。
              タンザニア:ココヤ(約40歳)
                  マサイ族の女性の出産を初映像化。
              日本:由起子(31歳)
                  愛知県岡崎市にある吉村医院で昔ながらの生活をしながらの出産。
              ベトナム:ツーズー病院
                  1日に120人以上が生まれる、世界最大の産院に密着。
              フランス:サンディ(28歳)
                  臨月まで舞台に立ち続けたダンサー。
              ロシア・シベリア:エリザベート(21歳)
                  マイナス50度の極寒の環境での出産。
              メキシコ:ガビー(30歳)&ピラー(32歳)
                  イルカと共に水中分娩に挑む。
              ブラジル:マシュトンリ(21歳)
                  アマゾン川流域に住む先住民族カポヤ族の出産。
              ニジェール:マニ(25歳)
                  トゥアレグ族の砂漠での出産。
              インド:スニータ(35歳)
                  極貧生活の中での出産。

               

              https://www.amazon.co.jp/dp/4768433774

               

              https://www.amazon.co.jp/dp/4062760622

               

              https://www.amazon.co.jp/dp/B0051CEPFI

               

              水中出産結社に入会する道はじつにさまざまである。まず水中で出産した母親たちがいる。水の世界に対する人間の適応力に強い関心をよせている人たちがいる。『イルカと、海へ還る日』の著者であるジャック・マイヨールもその一人だ。彼は酸素ボンベをつけずに水深100メートル以上も潜れる稀有なダイバーである。マイヨール自身、モスクワのチャルコフスキーのもとを訪れたり、人間と水についての番組を制作するために、日本のテレビクルーをつれて、ピティヴィエ病院を訪れたりしている。またイルカへの関心がきっかけになった人たちもいる。水中出産結社のメンバーの一部には『リバーシング』というセラピーを行っているセラピストたちがいる(リバーシングとは、意図的な通常とは異なる呼吸をすることで、「退行状態」や「変性意識」を引き起こす方法であり、そのプロセスは、誕生のような過去の体験が刻印されている脳の原始的部分を活性化するものと考えられている)。そのほかには、『水中出産結社に接することによって人生が大きく変わってしまったジャーナリスト、作家、プロデューサーたちがいる。また、ヨーロッパ、アメリカ合衆国、ニュージーランド、オーストラリア、南アフリカでは、勇敢にも家庭における水中出産を介助してきた助産婦たちがいる。さらに医師たちのなかにさえ、水中出産結社に加わってくる人たちがいる。

              (ミシェル・オダン著「水とセクシュアリティ」48ページより)

               

              景山民夫、鯨に逢いに行く。ライアル・ワトソン、坂本龍一、他。(YouTube)

              https://www.youtube.com/watch?v=hrPeRhvlDMk

              「ヒトはどこから来たのだろうか。多くの命がこの地球に生まれ育った。ある者は地に住み、ある者は風に舞い、水に泳いだ。クジラは海に戻り、すばらしい知性をはぐくんだ。しかしヒトはどのようにして知性をはぐくんだのだろうか」

              ライアル・ワトソン「人類の進化の歴史の中には600万年の空白があります。そこに何か秘められた謎があると私は思っています。私たちの遺伝子の90%まではいまだにゴリラやチンパンジーと同じものです。この謎の時代にゴリラやチンパンジーに起こらなかった何かが私たちに起こったのです。言葉を持つ2本足の動物になり、体毛も失ったのです」

              「1000万年前、地球を覆っていた氷河が溶け始めた。氷河期の終焉は地球を温暖化し、水面は200mも上昇した。地上は乾燥して砂漠の出現となった。ヒトの祖先は森を捨てて水辺へ。さらに食べ物の豊かな水の中へと入った。水中生活はヒトに何をもたらしたのか。私たちはクジラと同じように体毛を失った。そして水中での生活が2本の足で立つことを容易にした。新生児たちはまったく水を怖がらず、本能的に水の中でのふるまい方を知っている。やはり私たちは水の中で暮らしたのだろうか」

               

              水生類人猿説(Wikipedia)

              https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E7%94%9F%E9%A1%9E%E4%BA%BA%E7%8C%BF%E8%AA%AC

              アクア説(アクアせつ、英: Aquatic Ape Hypothesis: AAH, Aquatic Ape Theory: AAT)とは、ヒトがチンパンジー等の類人猿と共通の祖先から進化する過程で、水生生活に一時期適応することによって直立歩行、薄い体毛、厚い皮下脂肪、意識的に呼吸をコントロールする能力といった他の霊長類には見られない特徴を獲得したとする仮説である。

              ・・・

              概要
              霊長類においてはヒトにのみ見られるとされる特徴のいくつかが水棲哺乳類・水棲鳥類では一般にみられることが、この説の根拠となっている。およそ500万年より以前の人類の祖先の化石が発見されていないミッシングリンクと呼ばれる時代におけるヒトにつながる進化の過程について提唱されている仮説のひとつ。

              ・・・

              「ワトソン博士の仮説に導かれてわれわれはロサンゼルスへ向かった。ロサンゼルスのナチュラルチャイルドバースセンター。この産院はもっとも自然な出産のひとつとして水中出産を指導している。1960年代ソビエトのツワルコフスキー博士によって広められたこの出産に賛同者は多い。母親の体は楽で生まれてくる子どもにもよいというのはその理由だ」

              「このナチュラルバースセンターでは胎教にも力を注いでいる。ペンシル型のスピーカーで胎児に音楽や自然音を与え聴かせているのだ。その胎教育のひとつにクジラの鳴き声がある。クジラとヒトの思わぬ出逢いである。はたして胎児はクジラの声にどのような反応をしめすのか」

              イゴール・スミルノフ博士「通常胎児は妊婦のお腹の中では手や足を縮めて身を守るような格好をしているんですが、クジラの声を聴いているときの胎児はまるで水の中を泳いでいるような動作をします。クジラの声の中にはいろんな情報が入っていてきっと胎児に水の中にいるんだということを伝えているんだと思うんです」

               

              オダン著「水とセクシュアリティ」(1995)の訳者は赤ちゃんじつは病院出産嫌がってるの根拠になってるルボワイエ「暴力なき出産 子どもは誕生をおぼえている バースサイコロジー」(1991)と同じくホリスティック教育の中川吉晴同志社大学教授である。前述したように大島清はラマーズ法のビデオ監修してたこともあったし、井深対談の中でも夫の立会いについてふれられているが、意外なことにオダン先生は夫立会いを疑問視していたと経血コントロールでおなじみの三砂ちづるが言うてた。

               

              三砂 出産時の夫の立会いについてもいろいろな議論があります。ミシェル・オダンという水中出産を広めたことで有名なフランスの産科医は、出産時の夫の立会いを肯定的に見ていないようです。

              ・・・

              彼は、自然なお産の世界ではカリスマ的存在です。そのオダンが、90年代の終わり頃にブラジルに招かれて講演をし、「出産の場に男はいらないと思う」といってしまったのです。ブラジル側で彼を招待した自然なお産を推進していたグループの人たちは、人間的な出産の第一歩として、夫の出産時の立会いを推進していたものですから、物議をかもすことになりました。

              お産にかかわっていると、出産の場に男がいることは不自然だと気づきはじめるということはわかるような気がします。オダンも長い間自然なお産に向き合ってきて、やっぱり女性がこういう状態のときには、そもそも男はいない方がいいんだと思ったということでしょう。

              お産が近づいてくると、エンドルフィンと呼ばれる、ほわーっと幸せになるようなホルモンが出ているのだそうです。お産の前には陣痛がきて痛いときと、その波がおさまる間歇期が繰り返されるのですが、「間歇期に引き込まれるように眠くなる。なんだか幸せになる」というような話を女性から聞きます。つまり、エンドルフィン・ハイの状態ですね。自然の痛み止めともいえるでしょう。

              このエンドルフィンがハイのときというのは、恋に落ちるのと同じような状態になるそうです。つまり、周りの人を好きになってしまうような状態。これはきっとほんとうは、生まれてくる子どものためにあるのではないでしょうか。生まれてきたその子にもう無条件に恋してしまう。「もう、この子だけでいい」と思い込むような、そういう仕組みかもしれません。

              辻 なるほど、なるほど、よくできている。

              三砂 だからこそ、オダンは「出産の場に男はいらない」といったのでしょうね。男がいると、赤ちゃんに向かうべき気持ちが男の方に行ってしまう。まあ、夫がそばにいると夫への愛も深まるわけですから、それはそれで意味があることなのですけれどもね。

              ・・・

              現実に、多くのお産の場で、夫の立会いは認められるようになっています。ただ、病院では、マスクと帽子とうわっぱりをつけさせられて、ただ立っているだけの夫の「立会い」もまだ多いようです。助産所ではほとんど立会い分娩をやっていますが、「立会う」どころではなく、夫は産婦を支えたり、マッサージしたり、どんどん能動的にやることが求められていて、「立会う」などというのんきなものではありませんね。まさにいっしょに産んでいるという感じです。

              また、日本の助産所では、夫だけでなく、子どもも立会えるところが多いですね。これはあまりほかの国では聞いたことがありませんが、子どもにはとてもいい体験になっているようです。自然なお産はおどろおどろしい場ではなく、おだやかで、よい雰囲気ですから、2,3歳の子どもでもお母さんをかいがいしく世話しますし、分娩の様子を真剣に見守っています。家族みんなで分娩を見守る、これは、日本の助産所ならではのことでしょう。家族出産ですね。

              ・・・

              (辻信一・三砂ちづる「だきしめてスローラブゆるやかにしなやかに男と女の性と愛」50〜55ページより)

              産科医院にプールを設置する利点について訊ねられるとき、私はいつも「それは重要な問いを導き出すためですよ」と答えている。現在までのところ、出産は、私たちの社会のなかで二つの問いを導きだしてきた。最初の問いは「出産はどのように管理できるか」というものだ。これは医師たちにとって最優先の問いである。この問いのために、産婦たちはあおむけに寝かしつけられることになった。そして出産が大病院に集中するようになり、分娩監視装置が現代の産科医療のシンボルになった。この問いのおかげで、出産のように自然な性的営みに属している出来事を観察したり管理すると、その自然なプロセスが抑えられてしまうということが、医師たちにはわからなくなってしまったのだ。

              二つめの問いは、「お産をしている女性をどのように援助できるか」というものだ。この問いのおかげで、女性たちは、あるべき出産の仕方を他人から教えてもらうことになった。フェルナン・ラマーズは、女性が読み書きや泳ぎ方を習うように、出産の仕方も習得しなくてはならないと言った、アメリカでは、ロバート・ブラッドレーが、女性も男性も出産時にそれぞれ果たすべき役割があり、男性にはコーチ役がつとまると考えた。ここでの問題点は、出産というものを、意識ではコントロールできないプロセスとして捉えることから、ますます遠ざかっていくということだ。意識でコントロールできないプロセスを援助することなど、そもそもできるものではない。それをやろうとすれば、かえって妨げとなるのが、せきのやまである。

              ・・・

              その問いの答えは、人間以外の哺乳動物たちが教えてくれる。哺乳動物にとって、出産は孤独な営みである。出産まじかになると、彼らは仲間から離れて独りになる。ふだんは群れをなしている羊は群れを離れて出産し、夜行性の動物である野ネズミは昼間に出産する。日中草を食べてくらす馬は夜間に出産する。出産をするメスにとって一番重要なのは、天敵を避けることではなく、同じ種の仲間から自分をまもることなのだ。

              ・・・

              プライバシーの必要性という点からみると、とりわけ病院のような環境においては、産婦はプールに入ることによって、独りになり、無用な刺激から身をまもる機会が得られることになる。また、広くて落ち着かない部屋にあるバスタブより、狭い個室についているシャワーのほうが、出産のプロセスを促進する効果があるということも、プライバシーという点から説明がつくだろう。最後にもうひとつ、水には、イライラした介助者たちを落ち着かせたり、せかせか動きまわろうとする気持ちを静めてくれる効果があるということも忘れてはならない。

              (ミシェル・オダン著「水とセクシュアリティ」39〜42ページより)


              ヒッピー祭り

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                評価:
                南正人
                キングレコード
                ¥ 1,050
                (2012-10-03)

                「木を植えましょう」著者の正木高志も出演していた反原発イベント「いのちの祭り」がヒッピー大集合だった。もともと1988年に開催されたのが最初で、諏訪之瀬島や無我利道場のコミューンにいた山田塊也も実行委員だったらしい。

                 

                いのちの祭り2012ーNO NUKES ONE LOVEー

                https://clubberia.com/ja/events/198163-2012-NO-NUKES-ONE-LOVE/

                【いのちのフォーラム】
                「いのちの宣言」メインミーティング9月16日(日)11:00 @RAINBOW STAGE
                「いのちの宣言」発表9月17日(月/祝)15:00 @RAINBOW STAGE 発表人:おおえまさのり
                経産省前テントひろばから 9月17日(月/祝)@RAINBOW STAGE
                呼びかけ人:原発いらない福島の女たち
                子どもの命と健康を守る「福島診療所建設基金」への呼びかけ
                「いのちの文明」トークセッション @NO NUKES ONE LOVE CAFE
                ナビゲーター:谷崎テトラ
                ゲスト:9月14日(金)辻 信一
                9月15日(土)鎌田陽司
                9月15日(土)田中優
                9月16日(日)正木高志

                ・・・

                『いのちの祭り2012』

                富士山麓の豊かな自然の中で、カウンターカルチャーを体現する、
                すべての若者が集まる4日間のキャンプイン・フェスティバル

                『いのちの祭り2012』が開催されます。

                『いのちの祭り』は、1988年に八ヶ岳に約1万人を集め、当時のマスコミから和製ウッドストックなどと呼ばれた野外フェスの元祖です。1969年の『ウッドストック音楽祭』は、1960年代の意識革命で目覚め、オルタナティブな生き方を探して都市を脱出し、全米各地や世界中に散った人々の同窓会でもありました。同様に、チェルノブイリ原発事故を受けて「No Nukes One Love」をテーマに掲げた『いのちの祭り1988』は、1960?70年代、都市を離れてコミューンをつくり、ヒッピーやニューエイジと呼ばれ、オーガニックなライフスタイルを模索した日本のカウンターカルチャーの担い手たちが、一堂に会した「フェス=お祭り」でした。

                その12年後のミレニアムには、『いのちの祭り2000』が開催され、長野県鹿島槍に約7,000人が集まりました。このときは、ロック世代からトランス世代への継承のお祭りでもありました。『いのちの祭り1988』の関係者や参加者が、1990年代のレイブシーンや野外フェスブームの中心だったこともあります。音楽ジャンルの違いは問題ではありません。そこで継承されたのは、近代合理主義を越えた、ポストモダンで、ニューエイジな、水瓶座の時代の意識であり、感性であり、生き方でした。

                そして、2000年からさらに12年後の今年、富士山の麓で『いのちの祭り2012』の開催されます。テーマは再び、「No Nukes One Love」。日本が、そして世界がアフター・フクシマの時代に突入した今、24年前から引き継ぐこのテーマが、ますます重みと輝きを増し始めています。『いのちの祭り』で会いましょう!

                 

                いのちの祭り(1988)

                http://www.champloose.co.jp/champloose02/1220.html

                今でも語り継がれる、80年代ニューエイジムーブメントの大きな山といえるイベント「いのちの祭り」も実は昌吉の提唱によるものである。
                昌吉は八八年をとても重要な年と位置付け、70年代後半から88年8月8日に祭りを興すことを目標に、保坂展人氏や友人たちとともに早くから動いていた。
                その昌吉の念願の祭りの会場が長野県八ケ岳に決定し、祭りのタイトルも「八ケ岳、いのちの祭り」に決まった。88年8月8日に八ケ岳の8も加わり五つの八の祭りになったのだ。
                「NO NUKES ONE LOVE」を掲げて実行委員会が結成され「自然と生命の尊さを考える」という主題のもとに八月一日から八日間にわたって行われた。
                出演者も、喜多郎、カルメン・マキ、山口富士夫、上々颱風、吉田日出子、星川淳、広瀬隆、ナナオサカキや、科学者、住民運動家から役人まで多岐にわたった。アメリカインディアン・ホピ族のトーマス・バニヤッカも参加し、ホピの予言、原爆、原発についてのメッセージを送った。チェルノブイリの原発事故以降、危機感を募らせていた人々の思いも集中し、全国から8888人(主催者発表)といわれる観客動員があった。

                 

                1979年アメリカのスリーマイル島で事故が起き、野草社の雑誌「80年代」で広瀬隆や中尾ハジメが原発の記事書いてたくらいが反原発運動で主流なロハスのはしりで、その後1986年のチェルノブイリ原発事故を受けて広瀬隆が著した「危険な話」(1987)が一部で話題沸騰し、運動の規模もこのときに相当大きくなったと思われる。いしだ壱成が少年時代に伊方原発の出力調整実験に抗議してほびっと村の人とかと四国電力の座り込みしてたってブログで回想してたのも、いのちの祭りと同じ1988年でこれまた「80年代」の執筆陣だったミュージシャン喜納昌吉も参加していた。

                1988年のチェルノブイリに対し、2012年のいのちの祭りは福島の原発事故を受けての開催だったのだろう。辻信一や正木高志が出演するトークのナビゲーターが谷崎テトラとなっているが、この人は安倍昭恵さんのスピ友達だったかと思う。

                 

                谷崎テトラ(Twitter)

                https://twitter.com/tetra_/status/617628942501941248 ‏

                安倍昭恵 総理夫人が日本古来の伝統文化である麻づくりを鳥取県の認可のもとすすめている智頭町を訪ねました。以下は智頭町の取材記事です。 60年ぶりに麻栽培が復活。伝統的な麻づくりの現場

                http://colocal.jp/topics/think-japan/tsukuru/20140902_36143.html …
                2:39 - 2015年7月5日

                 

                森永自然シリーズ

                 

                10年ぐらい前に谷崎氏がTOKYO FM出演してしゃべってたのがニューエイジすぎて、その番組名思い出したいけど全然出てこないのでWikipedia見てみたところ、構成しているTOKYO FMの番組「アース」「ピース」「キャンドルナイト」「apバンク」「木を植えましょう」みたいなのオンパレード、音楽関連では「PBC名義でティモシー・リアリーとの共作による『バルドソドル〜チベット死者の書ジョン・C・リリーのREMIX作品『ECCO』(サンフランシスコ/サイレントレコード)をリリース」とかよくわからないけどとりあえずニューエイジすぎて昭恵さん大麻畑で微笑むのも無理ないと思った。そういえば初めて服部みれいの存在知ったのも谷崎氏が構成してたTOKYO FMの番組である。

                 

                野外フェスの元祖「いのちの祭り」:脱原発と日本のカウンターカルチャーのクロニクル(2012年11月30日 WIRED)

                https://wired.jp/2012/11/30/inochinomatsuri/

                ・・・

                88年8月1日から8日の8日間、八ヶ岳のスキー場で開かれた「いのちの祭り」には、述べ約1万人が、キャンプインで集まった。それだけの数の人間が、野外でキャンプしながらひとつの場所で、1週間以上も生活するなんていうイヴェントはそれまでなかった。

                しかも、単なる音楽フェスティヴァルではなかった。祭りが掲げたテーマが、「No Nukes One Love」。2年前の86年に世界を震撼させた、チェルノブイリ原発事故をきっかけに激化する反原発運動の、それは新しいひとつのかたちでもあった。

                会場では、環境汚染や自然農法が語られ、「No Nukes」な社会を目指すためのシンポジウムが連日行われた。気功や瞑想、マクロビや自然エネルギーに関するワークショップが開かれ、『ホピの予言』のようなメジャーが配給しない映画が上映された。パスポートを持たずに来日したネイティヴアメリカンのメディシンマンがステージで祈りを捧げ、オープニングセレモニーでは神道の大地の神が降ろされ、神楽が奉納された。

                それは、破滅へと突き進む持続不可能な消費文明とは別の、新しいライフスタイルの実験場であり、ショールームであり、束の間に現れた「ONE LOVE」の理想郷であり、日本のカウンターカルチャーにとっては、歴史的なギャザリングであった。

                ・・・

                 

                このホピの予言って映画見たことないけどけっこう有名なので何を予言してたのかなど今しがた検索してみたところ、ホピ族っていうのはネイティブアメリカン、つまり白人が入植する前からアメリカに住んでいた先住民のインディアンであり、彼らの住んでいたフォーコーナーズは長らく不毛の地とみなされていた。やがてウラン鉱脈が見つかってそこで採掘されたウランで広島長崎の原爆も作られたのだが、ウランについて「母なる大地から心臓をえぐり出してはいけない」、原爆について「灰のつまったひょうたん」だとかいって、すでに核の汚染がホピ族のあいだで予言されていたのだという。

                ノストラダムスの1999年人類滅びるみたいで懐かしい。ていうか、ホピの予言の監督である宮田雪(きよし)の関わった水木しげるの漫画に「ノストラダムス大予言」もある。

                 

                https://www.amazon.co.jp/dp/4886411061/

                 

                宮田雪(Wikipedia)

                https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E7%94%B0%E9%9B%AA

                大学卒業後、映画監督鈴木清順に師事し助監督の道へと進むも、その後大和屋竺の薦めで脚本家に転じる。1987年ごろまで数多くのドラマ、アニメ、劇画などの脚本を手がける。一方でブーム前夜にあったニューエイジ・スピリチュアルの世界にも身を置き、1973年のインド旅行をきっかけに、日本山妙法寺の活動に加わるようになる。

                1978年からアメリカインディアンのホピ族に接触し、ホピ族らの文化に傾倒。8年がかりで1986年に記録映画を完成させるなど、彼らの文化の紹介に務める他、反原発運動などにも関わる。水木しげるとは1970年頃から師弟関係にあり、漫画原作の提供や、水木をホピ族の村に招くなどしている。

                 

                上の引用記事にある日本山妙法寺、コミューン時代の1975年にヒッピー大集合の「花祭り」が開催されていたようで、13年後のいのちの祭りと山田塊也や南正人など関係者もかぶってる。記録映画「花まつり」監督の藤枝静樹は同時期に上野圭一が部族(っていうコミューン)を撮った「スワノセ・第四世界」(1976)のスタッフで、YMO、甲斐バンド、りんけんバンド、鼓童などおもにミュージシャンの映画に関わっていたらしい。

                 

                花祭り1975  final cut(YouTube)

                https://www.youtube.com/watch?v=AITgGWOcLZ8

                (1975年04月20日 御殿場・日本山妙法寺)「ミルキーウェイ・キャラバン75・花まつりコンサート」

                演奏­:アケト、ジョン、タシ、アシッド・セブン・ファミリー・バンド、久保田麻琴と夕焼け楽団、CCCマントラバンド、ジュゴン、裸のラリーズ、南正人グループほか。

                この日の模様は「花まつり」(藤枝静樹監督、16ミリ、約75分 1975)という記録映画に。以下は監督の 藤枝静樹氏談。

                1. 約60分の上映時間のうち、ラリーズの演奏場面(「The Last One」)は2、3分。

                2. 照明なしで、ステージのストロボだけで撮影しているため、姿はストロボが光った時にち­らちらと見えるだけ。

                「裸のラリーズと言えば1曲30分以上で延々と続く演奏がすごいが、ここでの収録はご­く短い。ラリーズだけを期待すると、飽きてしまうかも」との話。 この映画はプリントが3本あるが、

                (1)1本は会場の日本山妙法寺にある仏舎利塔の中(「入れっぱなしのため、とっくに­色などが飛んでおり、見れないだろう」)

                (2)もう1本はオランダに渡った

                (3)残りの1本は藤枝監督自身が持っている 藤枝監督所有分は、日本のコミューン周辺などの要請で数年に1度上映してきたという。

                今のところ次の上映予定は決まっていないが、そのうち何らかの形で上映するようだ。

                具体的にこのフィルムが現在どこにあるのか藤枝監督自身はっきりしないが、「おそらく­自宅のどこかにあるのでは」とのこと。 ビデオ化の予定は今のところない。

                 

                確かこの花まつりと同じころの雑誌で宮田雪がラム・ダス「ビーヒアナウ」を解説していたのを見たことがある。当時の宮田氏はいのちの祭りの実行委員長でもあるおおえまさのりとオーム・ファウンデーションとかいう団体?を設立していた。

                 

                おおえまさのり(Wikipedia)

                https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E3%81%8A%E3%81%88%E3%81%BE%E3%81%95%E3%81%AE%E3%82%8A

                おおえ まさのり(1942年 - )は、日本の作家、翻訳者、映像作家。

                来歴

                徳島県鳴門市に人形製作者大江巳之助の長男として生まれる[1]。京都学芸大学(現・京都教育大学)特修美術学科卒業。

                1965年より1969年まで、ニューヨークで映画を制作する。1971年、インドを旅しチベット仏教を知り、「チベットの死者の書」を翻訳し出版する[2]。以後、精神世界やニューエイジに関わる様々な企画・出版・学塾に従事する。

                1988年8月に八ヶ岳で開催された「いのちの祭り」[3]、2000年8月に長野県大町市で開催された「いのちの祭り2000」の実行委員長を務めた[4]。いちえんそう主宰。

                 

                「ホピの予言」宮田雪監督と関係ある漫画家は水木しげるのほかに真崎守がいて、真崎氏は野草社のコミューン雑誌「80年代」で表紙や山尾三省の詩にイラストをつけていた。「ホピの予言」についての書籍「ホピの太陽の下」も野草社から出ており、宮田氏が「80年代」誌に寄稿していたこともあったそうだ。

                 

                https://www.amazon.co.jp/dp/4787705814

                 

                未来へ続く道 2018(3)製作ノートより

                https://www.landandlife.org/2018/02/21/%E6%9C%AA%E6%9D%A5%E3%81%B8%E7%B6%9A%E3%81%8F%E9%81%93-2018-3-%E8%A3%BD%E4%BD%9C%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88/

                2月11日に行われた「未来へ続く道 2018」イベントでは、記録映画『ホピの予言」製作ノートのごく一部をみなさんにご紹介しました。

                これは宮田雪が書き記し、1982年11月1日発行で、、当時隔月誌だった『80年代』No.18に寄稿した文章です。

                ここで第1章の一部をあらためて。全体は5,000〜6,000字。

                当時、宮田37歳。
                ちなみに、No.18のタイトルは「文明の光と影」
                表紙は、漫画家真崎 守氏。

                ・・・

                 

                映画「ホピの予言」(監督・宮田雪 ランド・アンド・ライフ)をめぐって

                http://d.hatena.ne.jp/siniaimacoco/20100505/1273025643

                「・・・再び宮田雪に出会ったのは73年、71年にインドを旅してきて、

                『チベットの死者の書』の翻訳・出版作業をしているときだった。

                そして74年、東京都国立市に、彼と共に『オームファンデーション』を開いた。

                時代の中には、自己の変容を賭けながら、新しい文化の潮流を花咲かせたいという激しい胎動があった。

                心や魂や精神、あるいは霊性といったもの源流から、

                再びホリスティック(包括的)な生命の潮流を汲みだし、

                自己と社会の変容を実現してゆこうとする多様な運動、

                今日ニューエイジとも呼ばれる潮流の、その胎動である。

                オーム・ファンデーションもまた、そうした人と時代の欲求の中で生まれてきた。

                精神世界の開示と、それを生きることの作業として。

                そして次第に、アメリカ西海岸でニューエイジを体験してきたり、

                インドから帰ってきた人たちの、コンミューン的な出会いの場となっていった」


                そこでの活動の中で、

                宮田は部族の山田塊也や後に屋久島に移り住む詩人の山尾三省などと知り合った。

                この時のつながりは、映画「ホピの予言」の全国上映の時に生きる事となる。

                宮田は同時期平行して、青年誌で売れっ子だった漫画家、真崎守の原作を数多く手がける。

                真崎は宮田にとって、仕事を越えた関係だったらしい。

                真崎の仏教への傾倒は、かなり宮田にも影響を与えたようだ。

                その頃のことを宮田は「真崎守選集13環妖の系譜」(ブロンズ社・刊)の後書きでふれている。

                「長い間シナリオを書く仕事をしてきた私の旅が、

                真崎さんとの出会いと仕事を通して印度という世界観、具体的には印度の、

                その底流に保ち続ける仏教の世界観に向かって旅をし始めた時期だったと記憶している」

                ・・・

                映画「ホピの予言」の上映で初めて出会った時に、

                インド行きのことを宮田は私にこう語った。

                「インドへ行ったら、パスポートとお金を盗まれてしまった。

                三日食事ができなくてやっと日本山妙法寺にたどり着くことが出来、

                ああこれでやっと飯が食えると思ったら、その日から一週間断食が始まった。」

                インドへ旅立って、宮田を待っていたのは「日本山妙法寺」の「藤井日達上人」だった。

                宮田は日達上人を通じて法華経の世界と深く出会う。

                ・・・

                後に、映画「ホピの予言」の中の「ホピ平和宣言」の翻訳を縁に

                宮田と「ランド・アンド・ライフ」を立ち上げる北山耕平(注36)は、当時のことを振り返る。

                吉福伸逸さんが主宰していたC+Fコミュニケーションズというグループがあって、

                アメリカで起こり始めたいろいろな運動とか勉強する会で、

                宮田さんに会ったことがあるというくらいだった。

                宮田さんはその頃既に、シナリオライターとしてかなり実績があった。

                僕は「宝島」というシティボーイのための雑誌を作っていた。

                そういう雑誌を作るというのが面白かった時期もあっただけど、

                76年、ほとんど逃げるみたいに日本から出ていった先がロサンゼルスだった。

                放浪している間にたまたまローリングサンダーという人に出会って、

                アメリカインディアンの事を学ばされた。

                76年から82年頃まで、ちょうどアルカトラ島の事件が起こった直後で、

                アメリカインディアンの権利回復運動が起きた期間にたまたまアメリカにいたから、

                そのことを日本に伝えなければ・・・と思ったことがたくさんあり、

                吉福さんに相談に行ったりしていたんですよ。

                あれは熱海に住んでいた頃、

                映画「ホピの予言」ができる一年半前頃、宮田さんの方から電話してきた。

                「ホピ平和宣言」の翻訳をしてほしいということだった。

                僕はその頃、ローリングサンダーの本を出した頃だった。

                宮田さんもそれを読まれたんだと思う。

                インディアンの人達について伝えるという仕事だったら、なんであれ引き受けるつもりだったし。

                その時にはもう、フィルムは取り終わって編集段階だった。」

                ・・・


                ママえらんだ系

                0

                  今のぶみが有名だけども、胎内記憶の絵本自体は前からあった。神様は小学5年生でおなじみサンマーク出版から出た葉祥明著「おなかの赤ちゃんとお話ししようよ」が2000年3月と私が確認したなかではもっとも古い。

                   

                  https://www.amazon.co.jp/dp/4763193015

                  出版社からのコメント

                  妊娠中のおかあさんに贈る胎教のための絵本」 本書は2000年3月に発売以来、出産を間近に控えた女性たちのあいだで、静かなブームを呼んでいる絵本です。 絵本としては異例の売れ行きで現在3万部を突破、およそ40人に1人の妊婦の方がこの絵本を読まれたことになります。(2000年12月現在)

                  読者の方から編集部宛に届いたお便りの中からいくつか紹介させていただきます。

                  「いままで胎教の本をいろいろ読みましたが、途中で涙が出た本は初めてです。本文中、ありがとう、私をママに選んでくれて、のところです。ワァーっと高ぶってしまって、涙が止まりませんでした」

                  「まるで自分のおなかの赤ちゃんに語りかけられているようで幸せな気持ちになりました。私の母も私を産んでくれたときはこんな気持ちだったのかなと思うと、涙が出てきました」

                  「めちゃめちゃ感動しました。現在妊娠7か月で日々胎動を感じているので、涙が出そうになりました。絵もきれいでかわ!いくて大好きです。文は短いけれど奥が深い」

                  「赤ちゃんを産むことが怖かったけど、なんか勇気がわいてきた気がする」

                  作者はメルヘンチックな作風で女性に人気の絵本作家、葉祥明さん。きれいな絵とやさしい言葉が心にやすらぎとうるおいを与えてくれます。

                  赤ちゃんを授かることのありがたさに、あらためて気づかせてくれる、感動の絵本。プレゼントにも喜ばれる絵本です。

                   

                  この本かなりヒットしたのかこの後サンマーク出版が展開する葉祥明の育児絵本「生まれた赤ちゃんとお話ししようよ」(2000年10月)「生んでくれて、ありがとう」(2001年3月)「子どものこころを感じてみようよ」(2002年1月)「育ててくれて、ありがとう」(2002年9月)とシリーズ化しており、絵本でありながらなぜか子どもではなく母親向けであり、赤ちゃんが「ママを選ぶ」といった言い回しもすでにこの時点で出てきている。見た感じ80年代の胎教は優秀な子供を育てる側面が強く、その優秀が学力のみならず超能力もたぶん入ってるのだが、この絵本シリーズは障害がテーマになってることもあるようで、そういえば2010年ごろの胎内記憶ブーム創出のさいも障害(高齢出産、羊水検査)について言及されることが多かった。

                  高齢出産になると障害児が生まれやすく、また出生前診断で何らかの先天的な異常が見つかったばあいほとんどの人が中絶を選ぶという。女性運動が中絶の権利を主張してきたのに対し、自然なお産や胎内記憶をとりあげたテレビドラマは障碍児の可愛さ強調することで「命の選別」の是非を問い、また胎教や胎内記憶によって胎児は人間未満の生命体なのではなくすでに頭良いしママを選んでこの世にやってくることを既成事実化し暗に中絶しずらくしようとしているとも思えるのだが、池川先生は例によって赤ちゃんは中絶選んでるとか言っておりそのへんどうなってるのかよくわからない。

                   

                  生んでくれて、ありがとう(サンマーク出版)

                  https://www.sunmark.co.jp/detail.php?csid=9370-4

                  子どもを一生懸命に育てる母親と、これから赤ちゃんを産む、勇気ある女性に、そして、自分の人生の意味を考えはじめたすべての人に、この絵本を贈ります。
                  わが子が健康であってほしいと願うのは、親であれば、当然のことです。しかし、人生には思いがけない試練が、ときに訪れます。自分の赤ちゃんが、なんらかのハンディキャップをかかえている、ということを知ったとき、多くの人たちががくぜんとし、途方に暮れてしまうことでしょう。人は誰でも、ハンディキャップをどこかにかかえながら、生きています。人が気づき、学べることがあるのは、そのおかげです。人は誰かをささえ、誰かにささえられることで、人生のいとなみの深い意味を理解することができる……。本書は、そんなシンプルな真実をさりげなく気づかせてくれる心温まる絵本です。

                  本文より
                  うまくいえないけど、このカラダは、ボクじしんがのぞんだものなんだよ。だから、ママは、もうじぶんをせめたりしないでね。むしろボクは、ありがとうって、いいたい!こんなふうにうんでくれたママに、こころから、ありがとうって……。

                  つらいときには、そこからすこし、はなれてごらん。そうすると、みえなかったものがみえてくるよ。くるしみのなかにも、よろこびややすらぎがあり、うつくしさだって、すくいだってあるよ。しんぱいしないで。すべてはなるようになっていくからね。

                   

                  https://www.amazon.co.jp/dp/4062815311/

                   

                  ストーリー - 映画「うまれる」 - うまれる ずっと、いっしょ。

                  http://www.umareru.jp/umareru/story/

                  哲(あきら)・直子夫婦は、医療によって、18トリソミーという障害を持って産まれた愛称・虎ちゃん(8カ月)と出会うことができた。

                  18トリソミーは染色体異常による重い障がいで、うまれること自体が難しく、うまれても90%の子どもが1年以内に亡くなる。

                  妊娠8カ月のときに18トリソミーの可能性を知った松本夫婦は、産むかどうかの選択を迫られたが、迷わず産むことを選んだ。そして、うまれた虎ちゃんは数ヶ月、NICUに入院した後、奇跡的に病院を退院し、家族との生活が始まった。

                  しかし、立つことも歩くことも話すことも出来ない我が子。。。
                  虎ちゃんは実際、自分で食事を摂ることができず、チューブで直接、栄養分を胃に送っている。

                  松本夫婦は、どのように、いつ終わるかわからない虎ちゃんの命と向き合おうとしているのか?

                   

                  生まれる。(Wikipedia)

                  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%9F%E3%81%BE%E3%82%8C%E3%82%8B%E3%80%82

                  『生まれる。』(うまれる。)は、TBS系列の金曜ドラマ枠(毎週金曜日22:00 - 22:54[1]、JST)で2011年4月22日から6月24日まで放送された日本のテレビドラマ。主演は堀北真希。

                  ・・・

                  林田 愛子(はやしだ あいこ)〈51〉
                      演 - 田中美佐子
                      4人兄妹の母。新平の妻。1959年12月1日生まれ。新平の死後、51歳で妊娠するが、自身や家族のさまざまな問題を乗り越え、三男・結人(ゆいと)を出産。太一の実母・文恵は高校時代の友人。

                  ・・・

                  西嶋 萌生(にしじま ほうせい)〈9〉
                      演 - 高井萌生(第5・6・8・9・最終話)[2]
                      丸子の弟。ダウン症で、言葉の最後を「以上です」と締めくくる口癖があった。一緒に遊びに行った時に公園で愛美が落とした手帳を見つけた事がある。

                  ・・・

                  八坂 朋子(やさか ともこ)〈41〉
                      演 - 生稲晃子(第4話)
                      会社員。妊娠15週で12歳の子供がいる。
                      一人目の時には羊水検査を受けなかったが、今回は受ける予定。
                  鶴野 理子(つるの りこ)〈39〉
                      演 - 伊藤つかさ(第4話)
                      専業主婦。不妊治療を受けてやっと授かり現在妊娠14週。
                      羊水検査を受けるよう姑に勧められるが、受けない予定。
                  北条 仁美(ほうじょう ひとみ)〈40〉
                      演 - 浅香唯(第4話)
                      専業主婦。妊娠16週で、6歳の長男・耕太はダウン症。夫に羊水検査を受けてほしいと言われ、受けるかどうか悩んでいた。
                      取材の時点で既に検査を申し込んでおり、陽性が出たら堕ろしてほしいと夫から言われていた。しかしその後、検査を取りやめる。

                  ・・・

                  芦沢 千穂(あしざわ ちほ)
                      演 - 友近(第9話)
                      インテリアショップを営む。2年前の夏に妊娠するが、妊娠18週で近藤からお腹の子がポッター症候群だと宣告される。夫は中絶を勧めたが、赤ちゃんがきてくれたことに意味があるという近藤の言葉を聞き出産を決意。男の子を出産し、光一と名づけたが、生まれてから1時間で亡くなり、その時に近藤が自分の妻を亡くした辛い経験を話してまで慰めてくれた。現在妊娠5カ月。

                   

                  「ママへのちょっと早めのラブレター」鈴木おさむが書いた絵本が泣けると話題

                  https://grapee.jp/54646

                  皆さんは「ママへのちょっと早めのラブレター」という絵本を知っていますか?

                  放送作家、鈴木おさむさん作の絵本で、高齢出産をテーマにしたドラマ「生まれる。」の作中で反響を呼び商品化された一冊です。

                  妻の大島美幸さんが出産直前ということで「もっと多くの方に読んでほしい」と、鈴木さんは絵本の内容すべてをブログで公開し、話題になっています。

                  大切なことがギュッと詰まっており、母親学級で朗読されることもあるそうです。

                  全文ご紹介します。

                      今日はお腹の中からママへ早めのラブレターを書きます。

                      ちょっと早いけど僕はママのことを愛しています。

                      なぜなら、ママが僕のことを 沢山愛してくれそうだからです。

                      だから僕も愛してます。だから僕はママのところに来たんです。

                      僕はママに会えるのを楽しみにしています。

                      もし万が一、会う前にお別れしちゃったとしたら、それは僕がママを幸せに出来る自信がないからです。

                      その時はもう一回、ママを幸せに出来るようになって、ママのところに来るね。

                      もしこのままママに会うことが出来たら、ママを全力で愛すよ。

                      ママはもしかしたら、僕に会ったら、ガッカリすることもあるかもしれない。

                      他の友達よりも、格好悪かったり、色んな事がゆっくりだったりするかもしれない。

                      だけど、僕は僕なりに頑張ってみる。

                      ママを幸せに出来るように頑張ってみる。

                      たまにママは寂しそうだよ。辛そうだよ。だからママのところに行くね。

                      ママ、ちょっと早いけど、好きだよ。愛してる。

                      ママ、ちょっと早いけど、ずっと好きだよ。ずっとずっと愛してる。

                   

                  こういう絵本「やさしそうだからママをえらんできたんだよ♡」って、生まれる前か生まれたてホヤホヤ赤ちゃんが言ってる設定だけど、じっさい赤ちゃんがそんなこと言ってる確証ないばかりか元池袋連合やスピリチュアルのおっさんが想像でママママ言うてるだけと思うとあんまり可愛くない。「おなかの赤ちゃんとお話ししようよ」著者の葉祥明はこのほかイルカたんとか反戦の絵本があるし、葉氏のデザインしたキャラクターがいっときNHKや環境省(小池百合子)が世界が感嘆する日本古来の精神性って感じでキャンペーンしてた「MOTTAINAI」のTシャツにも起用されていたらしい。

                   

                  https://www.amazon.co.jp/dp/480476111X

                   

                  この「わたしにふれてください」て本は読んだことないけど、訳者の三砂ちづるには「タッチハンガー」「抱きしめられたかったあなたへ」などの著書もあり、一貫して身体のふれあいが重要視されている。また正木高志著「木を植えましょう」の絵も葉祥明で打ち水大作戦の仕掛け人である元博報堂の池田正昭の代表作が「木を植えています。私たちはイオンです。」で、その元ネタがこの本なんじゃないかと勝手に思っているのだが、じっさい池田氏と坂本龍一が関係する森林保全団体「more trees」の支援者に正木氏も名前をつらねている。

                   

                  https://www.amazon.co.jp/dp/4931376673

                  カスタマーレビュー
                  5つ星のうち5.0

                  新しい時代を創るための思想の書
                  投稿者石窯男2006年9月30日
                  形式: 単行本
                  初めて著者の正木高志氏に出会ったのは、もう20年余り前のことだ。当時正木氏は、『80年代』(野草社)という雑誌に“聖母地球の首飾り”という連載を書かれていたのだが、大学卒業を前にして教師になるべきかどうか悩んでいた僕にとって、新しい文明のあり方や、教育の原理、非暴力、平和などについて自身のインドでの体験をもとに書かれているその一連の文章は、衝撃的な力を持っていた。

                  ・・・

                  正木氏は、娘さんとの会話をもとに教育や文明のあり方に力点をおいた『スプリング・フィールド 〜新しい時代意識の目覚め〜』を90年に上梓、そしてこの『木を植えましょう』に続き、実践の書『出アメリカ記』を2003年にまとめられ出版されている。特に生き方に悩む若い人たちに、ぜひしっかりと読んでほしいと願っている。(了)
                  41人のお客様がこれが役に立ったと考えています

                   

                  正木高志「生命平和憲法」& Oto @三宅洋平選挙フェス@福岡(YouTube)

                  https://www.youtube.com/watch?v=WtVVBNe3CgE


                  からだ好き

                  0

                    ロハスの本「意識の○○」「地球の○○」みたいな言い回し多いってのは前から書いてるが、そういえばわが歴史観においてロハスな価値観が完成されてくるとされる1980年ごろ意識や地球に負けないレベルの頻度でタイトルに身体もしくはからだ入れるの人気爆発してたと↓の表紙画像見て急に思い出した。著書の1人である豚まるごと一頭食べるでおなじみ東京賢治シュタイナー学校の鳥山敏子による初期の著書も「イメージをさぐる からだ・ことば・イメージの授業」(1985)「からだが変わる授業が変わる」(1986年)「からだといのちと食べものと」(1986)といったぐわいである。

                     

                    https://www.amazon.co.jp/dp/4811806212

                     

                    津村喬も同時期に野草社から「しなやかな心とからだ」「からだの言いぶん」って本を出してるので気功とも関係あるかもしれないし、やはりロハス草創期に脚光を浴びてたラマーズ法のような呼吸もしかりと思われる。しかしなんといってもロハスの身体人気大爆発に強大な影響を与えているのが演出家の竹内敏晴だった。

                    1975年まず思想の科学社から出た「ことばが劈かれるとき」がロハス界における名作であろう。タイトルからだって書いてないけど、Wikipediaの竹内敏晴「著書」を参照すると、「劇へ からだのバイエル」(1975年)「からだが語ることば α+教師のための身ぶりとことば学」(1982)「子どものからだとことば」(1983)「からだ・演劇・教育」(1989)『「からだ」と「ことば」のレッスン』(1990)「ことばとからだの戦後史」(1997)「教師のためのからだとことば考」(1999)『思想する「からだ」』(2001)「待つしかない、か。二十一世紀身体と哲学」(2003)『からだ=魂のドラマ 「生きる力」がめざめるために』(2003)「生きることのレッスン 内発するからだ、目覚めるいのち」(2007)『セレクション/竹内敏晴の「からだと思想」全4巻』(2013〜14)とからだオンパレードとなっており、「からだ」だけではなく「ことば」「いのち」がくっついてきたり、教育をテーマにしているのは鳥山敏子と共通している。

                     

                    https://www.amazon.co.jp/dp/478360083X

                     

                    ETV2001 竹内敏晴 「からだ」をめぐる対話 (2 鳥山敏子) 子どものからだを取り戻す 〜教師・鳥山敏子〜

                    https://www2.nhk.or.jp/archives/chronicle/opl/detail.cgi?0001000000000000%40000000000000000000000029%2D6A%2D0700000000000000000600

                    放送日時     2001年08月07日     チャンネル     教育テレビ
                    番組内容     演出家の竹内敏晴さん(75)は、少年時代に重度の聴覚障害に苦しんだ体験をもとに、「からだ」と「ことば」を目覚めさせるための独自のレッスンを続けている。このシリーズでは、からだについて実践の現場で考え続ける2人を、竹内さんが訪問して対談する。
                    2回目は、フリースクール「賢治の学校」代表の鳥山敏子さん(58)。鳥山敏子さんは、彼女自身のつらい体験をもとに、ストレスに苦しむ子どもの身体をいかにして生き生きと甦らせるか、30年にわたって子供と向き合ってきた。竹内さんが「賢治の学校」に鳥山さんを訪ねて語り合う。

                     

                    鳥山敏子(太郎次郎社エディタス)

                    http://www.tarojiro.co.jp/author/3849/

                    1941年、広島県に生まれる。64年、東京都で小学校教師に。60年代の教育科学運動のなかで、地球・人間の歴史の授業や鉄づくり・米づくりの授業といった先駆的な仕事を生みだす。それらは『ひと』誌(太郎次郎社)に公表された。さらに、そうした実践を超えるために、70年代、竹内敏晴らの「『からだ』と『ことば』の会」に参加、「こんとんの会」で真木悠介と出会う。80年代をとおして、「奇跡的」といわれるいきいきとした授業内容を、子どもたちとの空間に次々と切り拓いてきた。その内容は著書および映画「鳥山先生と子どもたちの一ヶ月間 からだといのちと食べものと」(グループ現代、1985)などに記録されている。現在、「賢治の学校」代表。

                     

                    竹内敏晴の仕事――からだとことば

                    http://www.hiu.ac.jp/library/daigaku-ronsyu/15-02.pdf

                    竹内敏晴は当時、演劇の世界では先鋭な演出家として有名な存在だった。また、声に関する専門家としても一部の教育者のあいだでは知られていた。竹内敏晴の名を広く知らしめることになったのは彼の自伝的著書である『ことばが劈かれるとき』である。1975年に思想の科学社から出た。

                    『ことばが劈かれるとき』はチヨコちゃんという、新潟の心身障害児の療育施設にいる 女の子の話から始まる。彼女は当時小学校3年生である。チヨコちゃんは声は出るがことばを話せない。肉体的にはまったく異常はない。担当教員のつるまき先生はチヨコちゃんにあいうえおの発音から教えていく。その方法は竹内敏晴からヒントを得たものである。

                    ・・・

                    ある日のレッスンで、二人の男女が砂浜に入る。女は砂浜に入るとしばらく立ったままぼうっとしていたが、やがて足元の砂を払うかのような動作をしたかと思うとかがみこんで掘り出した。男も砂浜に入り、そばでじっとその様子を見ている。どうやら大きな穴らしきものが掘れたらしい。女はそこに向かって「おーい」と呼びかける。何度かそれが繰り返される。男が何か風のような動作をすると女はその腕のなかに抱きとめられ、号泣していた。ここで竹内敏晴が待ったをかける。しばらく休んだあと、竹内はその女性と話をし、何が起きていたのかを聞く。

                    ・・・

                    彼女は竹内敏晴と問答をしながら これまでの自分が本当の自分ではなかったことに、そしてそれまで知らなかった自分に気 がつく。この女性の名は鳥山敏子。彼女は小学校の教師である。子どもたちを教えること に何の疑問も持たず、自他ともに認める、いわゆる「熱心な、いい先生」だった。しかし、そのうちに、自分のからだには本当に子どもたちの豊かな感性に応えられるだけのものがあるのかどうか疑問を抱くようになり、縁あって竹内のレッスンを受けることとなった。その経緯、そしてからだが変わってからの授業がどんなものであったかは『からだが変わる 授業が変わる』ともう一つの著書『イメージをさぐる』 (太郎次郎社)に詳しい。からだの変化で生き方が変わり、教え方が変わり、授業でいかに命に満ちた豊かな空間を子どもたちと作りだしていったかが具体的かつ鮮明なことばで語られている。驚異の記録である。後者には「スイミー」や「スーホの白い馬」の授業の記録も含まれ、読む者は教師の、そして子どもたちのことばに対する感性の発露に圧倒される。また、レッスンで鳥山を抱きとめた男性は真木悠介(見田宗介)である。真木は、以後、新進気鋭の社会学者として教育者として東京大学で独創的な仕事を展開していく。

                    ・・・

                     

                    「担当の教員のつるまき先生」とは「からだとことばの会」主宰で「からだぐるみのかしこさを―新たな人間関係の創出へ向けて」(1981)や「〈身心〉(からだ)とコトバ―くらしの中の声・話す・伝える」(1987)の著書があるつるまきさちこで、発売元の野草社は80年代に雑誌「80年代」、また山尾三省や津村喬などの著書を出していた出版社である。そして「80年代」の編集委員だった社会学者の真木悠介は竹内敏晴のレッスンで鳥山敏子と出会った。

                     

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                    私の歴史観においては野草社「80年代」と鳥山敏子「賢治の学校」がだいたいロハスの源流なのであり、ヤマギシ(コミューン)ビートニク(詩の朗読)と並び、竹内敏晴(からだ)も重要な気がした。竹内敏晴、鳥山敏子なき今、からだとか身体とかいうと経血コントロールの三砂ちづるが思い出されるが、この西早稲田『セレクション・竹内敏晴の「からだと思想」』(全4巻)完結記念 トークイベント「竹内敏晴さんが問い続けたこと」告知↓てのもあり、発行元の藤原書店はイヴァン・イリイチなどを出していた新評論の編集者が設立した出版社だそうで竹内敏晴のほかには「苦海浄土」石牟礼道子の出版物も多く幕内秀夫の日本人パン食べちゃだめの根拠になっている鈴木猛夫著「「アメリカ小麦戦略」と日本人の食生活」も藤原書店である。

                     

                    http://fujiwara-shoten.co.jp/main/news/archives/2014/07/974.php

                     

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                    きものであなたのからだが変わる!
                    楽しい、うれしい、気持ちいい。実践的「からだにやさしいきもの生活」のすすめ

                    きものは、日本の気候や暮らしのなかから生まれた衣服。日本人が快適に暮らすために、「理に適った」服なのです。夏は適度に風を通し、冬にはあたたかく、からだ冷やさない。一見窮屈だけど、実はとても動きやすく、走ることだって! でも着付けが大変? それもちょっとしたコツを身につければ、問題なし。そして何より、きものを着ることで、あなたのからだはいきいきしてくる。きものの暮らしを取り戻すことで、からだが変わるのです。

                     

                    三砂ちづるが着物なのは南方熊楠研究や内発的発展論で著名な鶴見和子(鶴見俊輔の姉)の影響な気がする。上に貼ってる竹内敏晴著「ことばが劈かれるとき」が思想の科学社って出版社から出ているけど、もともと思想の科学は鶴見姉弟が創刊した雑誌でロハス全盛期にスローライフやキャンドルナイト提唱していた人類学者の辻信一も全然有名じゃない1980年代初頭から転向ってテーマで記事を寄稿していたはず。

                     

                    思想の科学(Wikipedia)

                    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%80%9D%E6%83%B3%E3%81%AE%E7%A7%91%E5%AD%A6

                    『思想の科学』(しそうのかがく)は、1946年から1996年まで刊行された日本の月刊思想誌。命名者は上田辰之助。

                    概要
                    1946年、鶴見俊輔、丸山眞男、都留重人、武谷三男、武田清子、渡辺慧、鶴見和子の7人の同人が先駆社を創立し『思想の科学』を創刊した。

                    ・・・

                    共同研究「転向」
                    次に鶴見らが取り組んだのは、戦前に自由や平和を唱えていた知識人たちは一体なぜ戦争に反対しなかったのか、という問題だった。10数名の学生たちと8年がかりで調べ、その成果をまとめたのが『共同研究「転向」』である。「転向」とは一般に共産主義者らが権力の弾圧を受け、その思想を放棄すること、とされていた。しかし鶴見は転向を「悪」としてみるのではなく、「権力によって強制されたために起こる思想の変化[9]。」と定義した。共同研究では、共産主義者だけでなく、様々な思想を抱くおよそ50人の人物を取り上げ、なぜ「転向」したのかを調べた。鶴見は共同研究「転向」の意義を「転向の事実を明らかに認め、その道筋をも明らかに認めるとき、転向体験はわれわれにとっての生きた遺産となる[10]。」

                    ・・・

                     

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                    さらに、南方熊楠と出会った時期が鶴見にとって絶妙だったのは、石牟礼道子から依頼されて参加した水俣病調査と重なったことである。1976年1月に鶴見は水俣を訪れ、その後「近代化論再検討研究会」が中心となって不知火海総合学術調査団が組織されて、水俣での本格的な調査を開始する。しかし、苦しむ患者を前にして、学者が集まってきて調査するといっても、何を調査できるのかという無力感から、調査団のメンバーたちは夜ごと激論を闘わせたという。その一方で、外部からの介入ではなく、患者たちと地元でそれを支援する人たちの「内発的」な努力こそが、地域の再生をなし得るのだという確信も、鶴見の中では大きなものとなっていった。

                    20世紀初めの紀伊半島にあって、神社合祀反対運動というかたちで地域の環境保全に努めようとした南方熊楠への圧倒的な共感は、こうした鶴見の水俣体験から生まれたものであった。『地球志向の比較学』の後半には、生態系を研究するエコロジーを標榜し、神社の統廃合による森林伐採をやめさせようとした南方の行動が活写されている。南方のこの運動を「エコロジーの立場に立つ公害反対」と呼び、高度成長期の日本の公害問題と結びつけた議論はやや性急なところはあるものの、この時期の鶴見の水俣での苦闘を考えれば無理からぬところがある。鶴見自身、「南方熊楠への関心もふくめて、その後のわたしのすべての仕事の原点となったのが、水俣体験である」(『鶴見和子曼荼羅此拑欧隆、406頁)としている。

                    (藤原書店刊「南方熊楠の謎 鶴見和子との対話」26〜27ページより)

                     

                    あと斎藤孝というテレビでよく見る学者もたぶん竹内敏晴の影響を受けている。教育テレビ「にほんごであそぼ」の番組監修も手がけている斎藤氏、かって「賢治の学校」誌に寄稿してただけあって宮沢賢治推しだ。

                    教育とか宮沢賢治ってのも80年代のロハスにはよくある奴で、思いつく例をあげると1985年に設立されて反原発の本を出してた七ツ森書館の七ツ森、高尾山にトンネル彫らないででおなじみ虔十の会の「虔十」とかが宮沢賢治由来である。でも宮沢賢治って名前は聞いたことあるけど学校で習った注文の多い料理店しか読んだことないので何でそんなにロハス界で人気爆発なのか私には正直よくわからない。

                     

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                    失われた身体技法

                    0
                      評価:
                      南伸坊,黒川創,富岡多恵子,海老坂武,塩沢由典,森まゆみ,安田常雄,吉岡忍,粉川哲夫,酒井隆史,上野俊哉,川本隆史
                      青土社
                      ¥ 1,620
                      (2015-09-14)

                      日本人は何をめざしてきたのか 知の巨人たち 第6回 石牟礼道子(YouTube)

                      https://www.youtube.com/watch?v=UA35VnzZ-3Y

                      「海と空のあいだに」と題され雑誌「熊本風土記」に連載された原稿。それがのちにまとめられ昭和44年に「苦海浄土」として出版されました。この雑誌の編集者だったのが渡辺京二さんです。渡辺さんは初めて石牟礼さんの原稿を目にしたときその才気あふれる文章に驚きました。そして編集者として支えることを決めました。それから半世紀にわたって渡辺さんは石牟礼さんとの交流を続けています。渡辺さん自身も石牟礼さんとともに歩むように執筆活動をしてきました。代表作の「逝きし世の面影」では日本が近代化で失った文明の姿を描きました。自然の営みや人々の暮らしの中から言葉を紡ぎ出す石牟礼さんは日本近代文学の中で他に例を見ない作家だと渡辺さんは考えています。

                       

                      https://bookmeter.com/books/405796

                       

                      「逝きし世の面影」渡辺京二著

                      http://feb27.sakura.ne.jp/book_n_h06.html

                      『逝きし世』とは何か、著者は冒頭の三行目に提起している。

                      「日本近代が古い日本の制度や文物のいわば蛮勇をふるった清算の上に建設されたことは、あらためて注意するまでもない陳腐な常識であるだろう。だがその清算がひとつのユニークな文明の滅亡を意味したことは、その様々な含蓄もあわせて十分に自覚されているとはいえない。十分どころか、われわれはまだ、近代以前の文明はただ変貌しただけで、おなじ日本という文明が時代の装いを替えて今日も続いていると信じているのではなかろうか。つまりすべては、日本文化という持続する実態の変容の過程にすぎないと、おめでたくも錯覚して来たのではあるまいか。

                      実は、一回かぎりの有機的な個性としての文明が滅んだのだった。それは江戸文明とか徳川ぶんめいとか俗称されるもので、十八世紀初頭に確立し、十九世紀を通じて存続した古い日本の生活様式である。」

                      最近、江戸時代の見直しが始まっている。明治維新は、江戸時代の否定に始まった西洋化運動である。西洋化によって失われてしまった江戸文明の姿を、欧米人の日本見聞記などを丹念に分析することによって復元している。

                      江戸時代の日本は、人口 三千萬人の世界有数の大国であった。しかも、生活必需品は自給自足で賄われており、社会の隅々までリサイクルが行われていた。また、美しい自然と共生している時代でもあった。


                      この本は、多くの西洋人によって「エデンの園」ではないかと感嘆せしめた、人々の礼儀正しさ、風景の美しさなどが、丹念に描き出されている487頁にも及ぶ大作である。

                       

                      キャンドルナイトやブータン幸せ説を世に広め最近では江戸東京博物館でソーヤー海などと江戸の知恵語ってるらしいナマケモノ倶楽部の辻信一も、スローライフとか言う前に水俣病の本を出していた。これ↓は中身ほとんど水俣病認定申請患者協議会会長だった緒方正人の語りだったと思う。

                       

                      https://www.amazon.co.jp/dp/490638840X

                       

                      日本人は何をめざしてきたのか 知の巨人たち 第6回 石牟礼道子(YouTube)

                      https://www.youtube.com/watch?v=UA35VnzZ-3Y

                      昭和50年。水俣病をめぐる新たな問題が起こりました。水俣病の認定を申請している人のなかには補償金目当てのニセ患者が多いと熊本県議会の議員が発言したのです。これに認定を申請していた人たちが猛反発します。県議会に出向き謝罪を求めました。そのときの混乱で申請者と支援者4人が逮捕されました。

                      緒方正人さん61歳。逮捕された4人のうちの1人です。当時みずからの認定を申請していました。緒方さんは不知火海で代々続く漁師です。

                      緒方さんは6歳のときに網元だった父親を劇症の水俣病で亡くしました。甥と姪は胎児性水俣病です。みずからも手足のしびれに悩まされていました。当時父親のかたきを討ちたいと患者運動の先頭に立って活動していました。石牟礼さんと最初に出会ったのは逮捕後、公判手続きで裁判所に入ろうとしたときでした。

                       

                      https://www.amazon.co.jp/dp/4087813436

                      辻 それにしても、あの『逝きし世の面影』に出てくる子どもの姿は印象的ですね。日本人の子どもほど幸せそうな子どもは見たことがないという外国人訪問者たちの感慨がいっぱい描かれています。いつもニコニコとうれしそうに笑っている子どもがいる。そして、もう一方に、根っからの子ども好きの大人たちがいる、という構図。ぼくには、そんな男の姿もすごく印象的でしたね。とにかく、男たちが、子どもといっしょにいることをすごくよろこんでいる。

                      ところが、いまはどうでしょう。大人、とくに男たちは、まったく子どもに目を向けませんね。電車の中でも、住宅街の路地でも、目を合わせることもしない。そういう環境で育っているから、いまの日本の子どもたちというのは、もう何物にも反応しなくなっているんです。コミュニカティブな身体じゃなくなっているんですね。自分からは発信もしないし受信もしない。

                      身体レベルでのコミュニケーションがないんですね。江戸しぐさというのが本などで話題になりました。どんな社会にいても、ぼくたちは、身体からいろんなメッセージを発信しながらコミュニケートしているわけじゃないですか。言葉にならなくても、小さな会釈であったり、目つきや視線であったり……。

                      ところが、いまの子どもたちはもちろん、けっこう高齢の大人たちに至るまで、みんな、身体がまるで目に見えない膜に覆われているみたいになっている。あれは、満員電車で鍛えられるのかな。満員電車の中でいろんなコミュニケーションが発信されていたら、まずいことになりますからね。一時的に、コミュニケーションしない身体を作らないといけないわけで……。

                      (辻信一・三砂ちづる「だきしめてスローラブゆるやかにしなやかに男と女の性と愛」178〜179ページより)

                       

                      スローライフなどをテーマにした本をハイペースで出してるのは2000年代のロハスブーム以降であり、検索で分かる限りでは1977年より北米に渡り、80年代初頭には辻信一というペンネームの名付け親である鶴見俊輔の雑誌「思想の科学」に寄稿しており、1984年に思想の科学社からたぶん初めての著書「ヒア・アンド・ゼア 北米大陸ホーボー通信」を出している。何か書いてたかはまったく覚えてないけど、80年代ごろの辻氏は在日をけっこう前面に出していたように思う。

                      80年代は指紋押捺反対とか在日2世を中心とした民族運動がさかんだったし、辻氏と関連の深い鶴見氏やデビッド・スズキ(セヴァン・スズキの父親)が戦争中に収容所に入っていたことをふまえると、昔は環境より民族や国籍がテーマだったのかもしれない。Wikipediaによると鶴見俊輔はカルロス・カスタネダを日本に紹介したり、ヤマギシ会の協力をえてベトナム戦争の脱走兵かくまってたとかだけど、そういえば公害原論の宇井純もヤマギシ支持してたってな話があった。

                       

                      『農業が創る未来 ヤマギシズム農法から』の読後感想

                      http://logos-ui.org/book/book-18review.html

                      渡辺 操  

                      師走に入り、そのしめくくりに『農業が創る未来 ヤマギシズム農法から』村岡 到様の御著書、お贈りくださいましてありがとうございました。早速、まえがきとあとがきを拝読して、感動して一気に一冊を拝読しました。理想社会をつくる農業の立場から「人間の根源的営みである」とのこと。かつて1960年代に思想の科学やユートピアの会で鶴見俊輔様が全人幸福社会づくりの一かんとしてヤマギシ会の中で文章が書ける人がいるでしょう、その人に書いてもらって世の中へ出したら良いと言われていました。村岡様がその役割をになってくださり大変たのもしく感じました。

                       

                      第4章 昭和元禄のサイケブーム 1968

                      http://amanakuni.net/pon/hippie/5.html

                      意識革命の最強にして神聖なる武器であるLSD(アシッド)を、日本に持ち込んだゲイリー・スナイダーは、「部族」のメンバーをテストし、パーティのガイドを任せられる人物を何人か選んだ。
                      LSD教祖ティモシー・リアリーから日本用に預かった“LSD 25”は、ホフマン博士伝来のオーガニックな半合成で、緑色の粉末だった。ゲイリーはそれを薬剤用カプセルに詰め分けた。京都のゲイリー宅でその作業を手伝った私は、満タンのものから微量のものまで、相当量のカプセルを貰い、そのLSDを使ってコミューンの仲間たちと、数多くのアシッド・パーティを催した。

                      ・・・

                      鹿児島での祭りの後、私は再び諏訪之瀬島へ戻ったが、ベトナム戦争から脱出した3人の米兵が一緒だった。
                      ベトナム戦争は泥沼と化し、アメリカ国内ではヒッピーのフラワーパワーが爆発、日本でも「ベ平連」が組織され、積極的な平和運動を展開していた。しかし「部族」をはじめ、わが国のヒッピーたちは「ベ平連」のデモには参加せず、政治的次元での運動を極力避けて、文化的ラディカルを追求していた。
                      「部族」と「ベ平連」との関係は、ゲイリー・スナイダーと鶴見俊輔氏との個人的友情によるもので、脱出米兵を諏訪之瀬島に匿う件も、いわば「義理と人情」次元での協力だった。
                      ・・・

                      積極的な反戦運動はしなかったが、私たちにも殺戮を拒否して脱出した米兵に対する敬意はあった。ところが匿った3人は反戦思想など持ち合わせがなく、上官暴行でやむなく脱出したゴロツキだった。だから腹がへれば台所をうろつき、肉が食いたくなれば包丁を持ってニワトリを追いかけ回した。ひどい連中だった。

                      こんなガキ共のために日本中の活動家たちが、身ゼニを切って救援活動しているのかと思うと、心底あほらしくなった。彼らに同伴したベ平連の活動家阿奈井文彦氏も同意していた。もちろん我々の所へ来た3人が最悪で、中には良い連中も沢山いたようだが。
                      ・・・
                      新宿騒乱のニュースを聞いて諏訪之瀬を出た私は、信州へ行く途中、京都のゲイリー宅に立寄り、初めて鶴見俊輔さんに会い、同志社大学の「ベ平連集会」に誘われた。あまり気は向かなかったが、「何でも一度はやってみよう」という主義なので、参加を約束した。

                      ・・・

                       

                      上記引用によればビート詩人ゲーリー・スナイダーと鶴見俊輔の個人的友情により、脱走兵が3人ほど「部族」にかくまわれていたこともあったらしい。LSDを日本に持ち込んだゲーリー・スナイダーと日本初の大麻取り締まられた山尾三省この2人の詩人は諏訪瀬島でコミューンをやっていたしもちろん地球も好きだった。

                       

                      https://www.amazon.co.jp/dp/4787713825/

                       

                      水俣病の写真↑で超有名なユージン・スミスの本を翻訳していた中尾ハジメはWikipediaに「写真家・反核運動家のアイリーン・美緒子・スミス(ユージン・スミスの妻だった)は元妻」って書いてて、この3人どういう関係なんだろう。と疑問に思った。中尾ハジメの弟はゲーリー・スナイダーの本などを訳していた詩人の片桐ユズルである。

                       

                      片桐 ユズルさん|証言|NHK 戦争証言アーカイブス 戦後日本のあゆみ

                      https://cgi2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/postwar/shogen/movie.cgi?das_id=D0012100085_00000

                       Q:「思想の科学」にですね、最初関心持たれて、どういう活動といいますか、なにかサークルに入られたんですか?

                      あのね、鶴見俊輔さんがね、その頃東京工業大学で研究室がありましたね。俊輔さん、そこで教えてた。それで、そこで「思想の科学」の研究会の、何の会だか、毎月かなんかありましたね。そこへ行きました。

                      それまでね、日本の学会っていうのはね、ドイツふうの考えが多くて、あるいは文学界はね、フランスふうの考えが多くてね、それでドイツ語とかフランス語からの発想が多かったわけですよ。私は、うちの親父が英語の教師をしていたということもあったり、わりにそういうんじゃなくて、英語のほうから入ったというか、英語だと分かりやすいんですよね。それで、そうすると「思想の科学」は、アメリカから来たじゃないですか。だから英語系の考え方なんですよね。それが私にはとっつきやすいと思った。というか、そういうものを求めてたわけ。ドイツでもなくて、フランスでもなくて、それで日本は駄目だから。これは駄目に決めてたから。

                      Q:日本は駄目っていうのはどういうことですか?

                      だから天皇制とかさ、なんとか、それまで戦争、めちゃめちゃなことをやってきた、そういうのがいわゆる日本精神とかさ、大和魂とかさ、日本の伝統とかさ、そういうものが戦争にずっと私たちを引っ張り込んでいったと思ってましたから、だから日本は駄目なの。非常にシンプルに考えていました。

                      だから日本は大バツ、だったんです。ところが、それに転換が起こったのはね、鶴見さんなんですよ。鶴見さんがね、柳田國男のことを紹介した。それで柳田國男がいろいろ研究した、それはやっぱり日本のいいことだったりするわけでしょう。そうか、というわけで、見直しはそのへんから始まったわけですけど、私にとって。

                       

                      逃亡する高橋克也容疑者のカスタネダとチベット死者の書 --- 島田 裕巳(2012年06月10日 アゴラ)

                      http://agora-web.jp/archives/1463506.html

                      オウム真理教の高橋克也容疑者は、10日朝の時点でも逃走中である。報道では、彼の部屋から防犯ビデオにかんする本が出てきて、いかに逃げ通すか周到な準備をしていたと伝えられているが、もう一つ、彼の部屋から発見されたものがあった。これについては一部でしか報道されていないが、彼のこころのうちを考えるには重要な資料になりうるものである。

                      それは、精神世界に関連する数冊の書物である。具体的には、カルロス・カスタネダの『呪術の体験』、『夢見の技法』、そして『チベット死者の書』の解説書などである。私もまだ、どういった本を彼が持っていたのか、すべてを掌握しているわけではない。
                      カルロス・カスタネダは、ブラジル生まれの人類学者で、1968年に刊行された『呪術/ドン・ファンの教え』が、彼がいたアメリカだけではなく、世界的にヒットし、とくに当時勢いをもっていたカウンター・カルチャーの運動に多大な影響を与えた。日本では、カスタネダのことについては、最初に哲学者の鶴見俊輔氏が紹介し、社会学者の見田宗介氏(真木悠介の名で)、宗教学者の中沢新一氏がその著作で取り上げ、高く評価したことから広く知られるようになった。

                      カスタネダは、オルダス・ハックスリーがLSD体験を記した『知覚の扉』を読んで幻覚性植物への関心をもつようになり、UCLAの人類学の学生として行ったフィールド・ワークのなかで、メキシコのヤキ族の呪術師で、カスタネダがドン・ファンと呼ぶ人物と出会い、そのもとで修行を行うようになる。ドン・ファンは、幻覚性植物などを用いることによって、カスタネダをさまざまな神秘体験に導いていく。

                      ・・・

                      逃亡中の高橋が、オウムの教団や麻原に対してどういった考えを持っているか、現状においてはまったく分からない。だが、彼が、精神世界や神秘体験について関心を持ち続けていることは間違いないであろう。あるいは1958年生まれという年齢からすると、20代に精神世界の運動に関心を持ち、そこからオウムに入信したのかもしれない。

                      ・・・

                       

                      そういえば全然関係ないけどドンファンの愛犬ラブちゃんの死因ってけっきょく何だったんだろうか。カスタネダを著書で取り上げた真木悠介もまた野草社の雑誌「80年代」編集委員であり、ブタまるごと一頭食べるでおなじみ鳥山敏子と津村喬が90年代に出していた「賢治の学校」にも寄稿していた。

                      「賢治の学校」誌には、セヴァンスズキ伝説のスピーチの訳者としてすでに辻信一の名前も出ている。2000年代以前は辻氏もセヴァンスズキもそこまで知られた存在ではなかったと思うが。

                       

                      https://www.amazon.co.jp/dp/4811806212

                       

                      真木悠介『気流の鳴る音――交響するコミューン』

                      http://sekibang.blogspot.com/2009/08/blog-post_1411.html

                      見田宗介の真木悠介名義(日本の社会学界でこのように名義を使い分けている人は、この人ぐらいなのか? まるでエイフェックス・ツインみたいである)での代表作を読む。一九七七年の作品。最初の刊行からすでに三〇年以上も経っているが、今なお「鋭い……」と思わせられる作品であった。冒頭、ヤマギシ会について言及している部分があるが、これをほとんど好意的な感じで捉えているのも興味深い。ヤマギシ会といえば、いまやほとんどカルト扱い。基本的には批判的な文脈においてでしか登場しないものかと思っていたのだが、当時はそうでもなかったのだ、と思ってしまった。私自身、ヤマギシ会の存在を知る機会となったのは、学生時代のある授業においてであり、そこではやはり「人間の主体性を奪ってしまう洗脳的なカルト」というような感じで紹介されていた。一九七〇年代後半には、まだコミューンというものが存在しており、希望として捉えられていたのか、と思うと感慨深いものがある。

                      ・・・


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