新生児の世界

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    わが国のカンガルーケアは90年代半ばに堀内先生によって行われたのが初ってな記述をどっかで見、カンガルーケアとはほんらい未熟児の抱っこのことだったのがその前からやってた未熟じゃない生まれたてホヤホヤ赤ちゃん抱くのまで混同されるようになったのではないか。と、思いはじめた。じっさい未熟じゃない生まれたてホヤホヤ赤ちゃん抱くのは「早期母子接触」と呼ばれ区別されてるようだが、「カンガルーケアと完全母乳で赤ちゃんが危ない」の久保田先生によるとどうもこの区別が行われるようになったのは2012年とかなり最近らしいのが不可解だ。

     

    カンガルーケア と呼ばないで

    http://www.s-kubota.net/kanri/120917.html

    報道(朝日新聞)によると、日本周産期・新生児医学会は生まれた直後は体調が急変しやすく、ケアの有無にかかわらず、脳障害や死亡につながることもある、と発表した。しかし、学会は脳障害や死亡につながる原因を解明しようとしないどころか、今度は、いままで推奨してきた分娩室での「カンガルーケア」を「早期母子接触」と呼ぶ、と発表した。その背景には、NICUでのカンガルーケアは安全、出産直後の「早期母子接触」は危険である事を訴えたいのであろう。そして、早期母子接触中の事故(心肺停止・脳障害)は、ケアの有無にかかわらず起こっているから、事故原因は医療側ではなく、赤ちゃんと母親側に問題点があると、医療側の責任逃れともとれる今回の発表である。

    国立成育医療センターの久保隆医師は、全国585施設の6割がケアを行い、21件の急変例が報告されたと発表しているが、21件の内訳を公表すべきである。例えば、出産直後のカンガルーケアと完全母乳・母子同室を遵守する「赤ちゃんに優しい病院(BFH)」で何例、BFH以外の施設で何例と発表すべきであった。厚労省・学会が、「赤ちゃんに優しい病院」に事故が多発している事を隠し続ける限り、事故は繰返され、心肺停止事故・脳障害・発達障害児は増えるであろう。

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    下肢が冷えると何故危険か、低体温予防(保温)がなぜ重要か、日本の助産師は母乳育児を学習する前に、新生児の低体温症・低血糖症・低栄養(飢餓)の危険性を学ぶべきである。産直後の母親の下腹部にアイスノンをのせ、赤ちゃんは “3日分の水筒と弁当” を持って生れてくる、科学的根拠の無いこの俗説を刷り込まれた助産師が大勢いる限り、赤ちゃんは「冷え」と「飢餓」に苦しみ、低体温・低血糖・低栄養(飢餓)による事故を繰返す。NICUが安全な理由は、NICUのナースは科学的根拠の無い精神論より、科学的根拠に基いた医療を優先するからである。一方、助産師は科学より自然主義と精神論を優先するところに両者の違いがある。科学が育たない所に事故が増えるのは当たり前である。

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    まづカンガルーケアは1979年ボゴタの病院でうんぬん〜と、その起源にまで言及されてるのに早期母子接触は何ら説明がないのだった。なんならカンガルーケアが途中から未熟じゃない児にまで広がったと思われてるのだが、早期母子接触はラマーズ法をはじめとする80年代の自然なお産ブームのさいクラウスとケネルのボンディング理論(生まれたてホヤホヤのヤギ母と引き離すときずなが形成されないし人間も同様に赤ちゃんだっこし目と目を見つめあいおっぱいをあげることで母性愛が深まるけど人工栄養ではそうはいきません)を根拠としカンガルーケアに先がけて行われていたはずだ。

    80年代の自然なお産ブームは病院出産嫌がってるし目も見えてる。と、新生児の知られざる能力に注目が集まり出してるので、その「生まれたてホヤホヤの赤ちゃんだってじつはわかってる」なノリが自然なお産やら3歳児神話やら早期教育やら胎内記憶やらサイレントベイビーにつながってくるとみられる。3歳児神話の命名者でボンディング批判の本を訳してる大日向雅美の著書によれば「母子の絆胎内からのスタート」ていうボンディングな番組が1986年NHKで放送されてて、その中で早期接触中の生まれたてホヤホヤ赤ちゃんがお母さまの目を見つめているって解説されてたらしい。

    番組と同じ年に日本で出版されたクラウス博士の本↓はサイレントベビーの参考文献にもあげられている

     

    https://www.yomitaya.co.jp/category/item/page/2188/

     

    だからひよこが最初に見た奴を親と思い込むがごとく、母子の絆を形成するのは生まれたてホヤホヤのタイミングが重要であるから抱っこだけではなくおっぱいから母乳(愛のメッセージ)を努力してでも与えなくちゃいけないし、赤ちゃんは目ー見えてて母の愛も理解してるので授乳時も見つめあうべしというわけなのだろう。そもそも生まれたてホヤホヤの抱っこ=早期母子接触は母乳哺育の成功率を高めることを目的として行われているのである。

    発達障害の原因かどうかさておいて早期母子接触には事故も多いと言われているからやはり危なっかしい印象を受けてしまう。日本母乳の会など早期母子接触を支持するお医者さんたちの調査によれば、新生児はもともと不安定であり早期母子接触をしてもしなくても危ない状態になる赤ちゃんの割合は同じかむしろ少なくなるといわれているようだ。

    てことは母乳の成功だけではなく事故リスクの軽減効果まであるのだろうか。私はそんなに粉ミルク悪いと思ってないので新生児が不安定ならなおさら早期母子接触やらないほうがいい気がしてしまったのだが、事故の原因についてはお医者さんたちのあいだでも評価が分かれている。

    というか上に貼った「カンガルーケアと呼ばないで」を読んでて思ったけど、未熟児と未熟じゃない児のケアが混同されているのが問題なのだろう。だいたい「母性愛神話」のたぐいはヤギなど哺乳類のあるべき自然の姿にくわえ、未熟児や孤児のように新生児もしくは乳幼児期に母親との愛着形成がうまくいかなかった。てとこに端を発してることが多いようで、カンガルーケアも未熟児だし「母乳神話」だって未熟児が粉ミルクを消化できないってとこから、それが粉ミルクでも何ら問題ないはずの赤ちゃんにまで拡大されるにあたって適切に管理されたNICUではないぶん危険性が高まるのだと。

    あと “3日分の水筒と弁当” を持って生れてくる、科学的根拠の無いこの俗説〜ってくだりがあるように、母乳あんまり出ないお母さまが赤ちゃんは3日ぐらい何もやらなくても大丈夫って指導され「完全」母乳のために粉ミルク足さないことを久保田先生はたいへん危険視している。というか「3日分の水筒と弁当」未熟児医療の先駆者である山内逸郎もまったく同じこと言ってたのだけど、もしかして山内先生発祥の説なのだろうか。

     

    お母さん、生まれたばかりの赤ちゃんに必要なものはなんだと思いますか?

    まず酸素、温度、初乳、それに愛。これだけあれば十分です。

    第一の酸素ですが、大きなうぶ声をあげて元気に呼吸している赤ちゃんなら、酸素が足りなくなる心配はありません。

    第二に温度、つまり保温ですが、お母さんと一緒に寝ていれば特に温める必要はありません。だっこされるだけでいいのです。生まれたばかりの赤ちゃんの脂肪組織は、電気毛布のように熱をつくってくれるからです。湯たんぽや、こたつでの保温は不要です。冷えないようにしてあればそれで十分です。

    第三には初乳です。出はじめたころの母乳、つまり初乳には、生まれたての赤ちゃんに必要なすべての成分が入っています。初乳はほんの少しずつしか出ません。にじみ出る程度です。だから何回でも赤ちゃんに吸わせるのです。一日に十回を超えても構いません。しっかりふくませて吸わせてください。なにしろ、初乳は最初の三日間はたくさん出るわけではないので、「こんなに少ししか出ないのなら、赤ちゃんは干上がってしまう」と心配するお母さんが多いのです。でも心配ご無用です。生まれたての赤ちゃんは、干上がったり、餓死したりしないように、巧妙な自然の“仕掛け”を持っているのです。つまり、母乳がどんどん出はじめるまでしのげるように、“お弁当と水筒持ち”で、お母さんのおなかから出てくるのです。このことを知らないで、赤ちゃんがひもじいから、のどがかわくからなどと、白湯や、ぶどう糖液や、粉ミルクを与えるのはよくないのです。

    最後に第四の愛ですが、これこそ一番大切なものです。愛といっても抽象的な愛ではありません。行動をともなった愛でなくてはなりません。温かくそそぎかけるまなざし、やさしく語りかける睦言、温かい抱擁、そして子守歌……それが赤ちゃんに人の心を植え込むのです。

    (山内逸郎著「母乳は愛のメッセージ」61〜62ページより)

     

    3日弁当水筒説だけではなく、久保田先生は出生直後の低体温症が赤ちゃんの脳に危険という説をとっているので、ここでも赤ちゃんの脂肪組織は電気毛布なのでだっこされるだけでいいっていう山内先生と真逆なのだった。山内先生は生まれたて赤ちゃんに必要なものとして子守歌をあげているが、子守歌といえば小林登先生が「日本子守歌協会」ていうのにかかわってて、三つ子の魂百までといわれるように幼児期の成長過程において親子の絆がうんぬん〜と、子守歌での情操教育をおすすめしている。

    さて久保田先生は山内逸郎の強い影響にある「赤ちゃんに優しい病院」および同病院を認定している日本母乳の会も批判しているのだが、いっぽう産科医や小児科医よりも助産師界にある自然信仰を問題視しているとこもある。桶谷式のマッサージ有名なせいか助産師がお産や乳児の扱いにおいて怪情報発してるってのはけっこう広く知られた話らしく、「母乳神話」と結びつけられることも多い。

    そこには医療行為できない助産師にヒッピー的な「反医療」のイメージを植えつけんとする意図を感じてしまうのだが、完全母乳やボンディング理論(早期接触や目と目の見つめあいで母子の絆)を支持するお医者さんは普通におり、もともとヒッピーが助産院でやってたラマーズ法の立ち会い出産が病院で積極的にとりいれられてた過去もあるようなのでとくに助産師だけがどうって話でもないような気がする。いや助産師だけではなく液体ミルクに記載された「母乳は最良の栄養です」が物議をかもしたとき、お医者さんのあいだでも一般的に言われてることなのに何でミルク作ってる会社だとここまで責められるんだという不可解さはあった。

     

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    商品の説明
    内容紹介

    【売れています! 早くも2万部突破! 全国のママ&保育士&助産師から大好評! 】

    ママの声「月齢ごと、年齢ごとの具体的なアドバイスがとても役立ちました。ほほ笑みかけるだけで、子どもはこんなに変わるんですね」
    保育士の声「読んで、子どもたちへの接し方が変わりました。保育に関わる全スタッフに知ってほしい1冊です。」
    助産師の声「長年の経験則が、科学的に説明されていてびっくり。1人でも多くの母親、父親に伝えたい内容です」

    体と心を動かす「脳」は、3歳までに約80%完成する!

    ・思いやりがある、他人を信頼できる、上手に人間関係が築ける……etc
    ・前向き、ストレスに強い、我慢強い、感情や想像力が豊か……etc

    行動も性格も3歳までの環境次第!?
    最新の+こころの科学「3歳児神話」を解明!

    小児科医師として25年にわたり、4万7000人以上の新生児、2万2000以上の家族と接してきた著者によるはじめての1冊。
    医療関係者のみならず、助産師や保育士、教育関係者からも熱望されていた、待望の書。


    【「はじめに」より抜粋】
    たとえば、クーラーのきいた部屋で育った子どもは、体温調節が苦手になることがわかっています。汗をかくための能動汗腺の数は、2歳半までにいかに暑さを経験したかによって決まるからです。同じように、たくさん抱っこされ、心地よさを与えられて育つと、自身も他者と触れ合い、心地よさを与えることができるようになります。
    私たちの「心」が育まれる作業も、がつくられる胎児期のごく初期から始まり、3歳ごろまでにほぼその基盤が出来上がるといえるのです。

     

    しかし「3歳児神話」大日向雅美という学者さんによって命名され、生まれたてホヤホヤあるいは乳幼児期における母性愛こそがきずな形成および脳の発達にとって重要なのだ。ていう、自然なお産や早期教育の「科学的根拠」をフィクションとして否定的なニュアンスが含まれている言葉だと思うのだが、上の本の概要見たら良い意味でも使われてるらしい。レビューを見ると自然なお産、カンガルーケア、母乳、抱っこなどをおすすめしてる子育て本なようで、母性愛を「科学的に」うらずけるにあたって脳とかいってるようにやはりオキシトシンとかエンドルフィンとかもけっこう定番なようだ。

    賢いお子さんを育てるうえで脳や新生児および胎児期に注目する傾向は、おそらく時実利彦「脳の話」(1962)あたりにルーツがありのちに胎内記憶にも発展してくる話だと思う。ネットで適当に検索したかぎり榊原洋一「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」という本に3歳児神話の系譜が詳しく書かれてそうな感じだった。

     

    http://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000201314

    「幼稚園では遅すぎる?」「井深大氏の幼児教育論」「生まれてからでは遅すぎる?」「生まれたときの記憶」「誕生時の記憶の非科学性」「胎児の能力と早期教育」「インプリンティングの発見」「インプリンティングの臨界期」「狼少女カマラ」「三歳児神話」「ボールビーの愛着関係論」「ハーローの針金の母ザル」「クラウスの新生児愛着理論」「ヤギの母子関係」「刷り込み現象は人間にもあるか」「クラウスはなぜ番外か」「早期教育の有効性と弊害の可能性」「脳の発達と早期教育─あとがきに代えて」「脳科学でどこまで分かるか」

     

    ここしばらく早期接触で母子のきずなはクラウス博士のボンディング理論という前提で話すすめてるのだけど、病院出産よくない説や胎内記憶の根拠になってる「暴力なき出産」のルボワイエ「胎児は見ている」トマス・バーニーにも生まれたてホヤホヤの赤ちゃん抱いて母子のきずなを深める話が出てきてたはずなので、けっきょく誰が最初に生まれたてホヤホヤ赤ちゃんじつはかしこくて目が見えててお母さま認識してるから抱いてあげるなどと提案しだしたのか、どこで母乳や初乳の話がくっついてくるのか正直よくわからない。とりあえず1979年ボゴタの病院で未熟児を抱く、真の意味での「カンガルーケア」はラマーズ法や胎教の隆盛よりまだ後になって出てきた話だというのが私の見立てである。


    NICU

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      明治の母乳サイエンスに申し入れしてた3団体がちょうどそうなのだけど、わが国の「母乳神話」を形成してきたのはだいたい小林登系、山内逸郎系、助産院系に分類されるのだと思う。くわえてラ・レーチェ・リーグてかなり古くからの国際団体もあって、日本支部の代表者はマタニティヨガとかやってるインストラクターのようだ。

      ヨガってことはスピリチュアルみたいなのも入ってるのかもしれないけど、それはよくわからなかったので1992年「母乳をすすめるための産科医と小児科医との集い」に出席してるラ・レーチェ・リーグの女性を検索したところ、別のサイトでは肩書が「日本母乳の会」運営委員になってたり「赤ちゃんに優しい病院」で母乳の講演してたりするので、やはり山内逸郎の影響は少なからずある。というか「母乳をすすめるための産科医と小児科医との集い」自体が山内先生の呼びかけなのだろうし、この前年には山内先生の岡山国立病院が赤ちゃんに優しい病院第一号に認定されている。

      そして小林登系、山内逸郎系、助産院系の3系列はきれいに分かれてるわけではなく、小林先生が桶谷式の本を監修してたり、日本母乳の会の堀内勁聖マリアンナ医科大学名誉教授と「おっぱいとだっこ」て本を監修してるのが自然育児の山西みな子だったり、また山内逸郎と関係の深い脳科学者の大島清がラマーズ法の出産ビデオ監修してたりと相互に影響してて、前述の「母乳をすすめるための産科医と小児科医との集い」には自然なお産で超有名な故・吉村正も参加していた。吉村医院は妊婦に薪割りとか雑巾がけさしてたイメージが強すぎて母乳についてとくに何か主張していた記憶はないのだが。

      小林登と大島清の研究からは「胎内からの○○」みたいなタイトルで80年代に胎児や新生児の知られざる能力が注目されだしたようで、胎教そして脳科学にもとずいた早期教育や池川先生が有名にした胎内記憶に発展してる。胎内記憶という四字熟語を最初に使ったと思われる本の著者の1人が右脳開発の早期教育で著名な七田眞で、七田チャイルドアカデミー出身の飛谷ユミ子がかみさまとのやくそく〜あなたは親を選んで生まれてきた〜っていう胎内記憶映画にも出演してた。

      母乳すばらしいの根拠となっている研究はだいたいヤギとかサルなどの動物たちが多いのだけども、未熟児や孤児など生まれたてホヤホヤもしくは乳幼児期に母親の愛情をじゅうぶん浴びれずに過ごさねばならなかったことでのちに精神を病んだ人間・・の例もその次ぐらいに多い。なので冷蔵庫マザー説にも顕著なように、自閉症とかサイレントベビーの原因が母親の愛情不足ってことになってたりする。

      前述した日本母乳の会の堀内勁聖マリアンナ医科大学名誉教授がサイレントベイビーの本出してたり、また母子の絆を深める母子早期接触「カンガルーケア」の第一人者といわれてるのだけど、検索したとこによると堀内先生が最初にカンガルーケアを実施したのは1995年12月、本格導入したのは1996年のことなのだそうだ。しかし少なくともその10年ほど前には生まれたてホヤホヤ赤ちゃんを胎脂がついたまま抱くっていうのはすでに行われてたはずで、「3歳児神話」の命名者である大日向雅美の著書にも1986年にNHK「母子の絆〜胎内からのスタート」って番組で生まれたてホヤホヤ赤ちゃん胸の上に抱くシーンが放送されたって書いており、この番組に限らずクラウスとケネルの母子相互作用(生まれたてホヤホヤのヤギ母と引き離すときずなが形成されないし人間も同様に赤ちゃんだっこし目と目を見つめあいおっぱいをあげることで母性愛が深まるけど人工栄養ではそうはいきません)などと並列して紹介されていたのだ。

      ただそういう80年代にラマーズ法で生まれたてホヤホヤ赤ちゃん抱くようなのは全然カンガルーケアとは呼ばれてなく、いつからカンガルーが出てきたのか疑問には思っていた。たぶんカンガルーケアとは1979年にコロンビアの病院でやり出したのを起源とし、わが国においては堀内先生が90年代半ばより始めた未熟児の抱っこのことであって、たぶん未熟じゃない児を抱くのにかんしてはクラウスのボンディング(母子のきずな)理論を根拠としカンガルーケアより先だって行われていたってことなのだと思われる。

      検索して出てきたカンガルーケアの歴史読んだら90年代から始まったカンガルーケアが2000年代に入って未熟じゃない児にまで広まった・・とあるけど、堀内先生がカンガルーケア始めたのと同じ年にWHOが「正常出産のガイドライン」にて早期の母子接触としてのカンガルーケアを推奨してたそうなので、厳密には90年代に未熟児の抱っこだけではなくその前からやってた未熟じゃない児を生まれたてホヤホヤの時に抱くのまでがカンガルーケアって呼ばれるようになったのではないだろうか。その経緯で混同されたという歴史観であれば、起源がコロンビアの病院なのかボンディング理論なのかよくわからなかったりヤギのくせにカンガルーて名前だったりとややこしいかったのもつじつまがあうのだが。

      そのカンガルーケアに異議をとなえているのが久保田史郎で、端的にいうとカンガルーケア自体も危ないし母乳だけで育てたいからとなかなかミルクやらないので新生児の状態が不安定になり、それが発達障害の原因になっているって話だったかと思う。久保田先生への反論としてはラクテーションコンサルタント協会のQ&Aにて、母乳だけで育った子は発達障害どころかむしろIQが高いことが多くの研究で高い根拠が示されている。と、「母乳神話」「3歳児神話」の科学的な正当性が裏ずけられているようなことも書かれていた。

      あと「母乳神話」の科学的根拠ってことでいえば、授乳中に分泌される「愛情ホルモン」ことオキシトシンとか、コンドンの「エントレインメント」(引き込み現象)とかいろいろあり、ソーサって人の研究では生まれたてホヤホヤ赤ちゃん抱くと母子のきずな固く結ばれて母乳で育てられる期間が2倍以上長く、ヤギでは生後5分で人間は12時間とか具体的な数字まで出してる。母乳神話って言い回しには客観的な科学と対をなす迷信という含みが感じられ、ミルクはじめベビー用品の質が向上したり赤ちゃんの生態が分かるにつれ母親が偏見や重圧から解放されるかのような錯覚を抱かしてるのだが、科学が母親に寄りそってくれるとは限らないわけで、たとえばもし原因がわからなかった子どもの病気が母親の愛情不足もしくは母乳不足で引き起こされてると今後「科学的に立証」されたらどーすんだ。と思うことも、ないわけではない。

      なにしろ今時点でさえ「母乳神話」は昔を美化する老害や金に目がくらんだヤブ医者、オカルト助産師といった悪者が若いお母さまがたをいじめるために思いつきで考え出したような荒唐無稽な迷信なのではなく、数多く母乳や未熟児を診た実績のあるお医者さんたちのあいだでさえ生まれたてホヤホヤ12時間以内に抱っこすることが母子のきずなを形成したり粉ミルクより母乳のほうがIQ高くなることが「科学的に立証」されているために、医学や出産について無知な一般人は母乳の優位性を受け入れるしかない状況だ。3歳児神話に関して命名者の大日向雅美の言う「科学的な虚構」もしくは「科学的な研究であれば純粋に客観的な手法によって得られた疑いようのない事実を提供しているはずだという幻想」もおそらくそのへんに問題意識がある気がした。

      さて母乳育児の権威である「母乳は愛のメッセージ」故・山内逸郎先生が未熟児医療の先駆者であり、未熟児の運命は母乳が左右する。てとこからかなり強硬な母乳推しなのでここでもやはり未熟児なのである。すごい名医で1976年の日本初の五つ子誕生のさいに医師団を指導したのも山内先生だった。

       

      医療の未来を見つめるジャーナリストの視点(総合南東北病院)

      http://www.minamitohoku.or.jp/up/news/southerncross/2011-64/top.htm

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      朝日新聞に入社して、初任地は岡山の支局でした。警察回りもしたし、事件、事故報道もした。しかし、朝日の同期では唯一の理系記者であり、岡山赴任から3カ月後に朝日新聞の全国版に初めて書いた記事は医療に関するものでした。
      685グラムの未熟児が国立岡山病院で誕生し、無事退院した。その当時の日本記録です。それをスクープした。今では400グラム台まで進んでいますが、低体重になると失明や虚弱などの問題が起きてくるので小さな子供を育てたという競争はもう止んでいるけど、その当時はまだあった。
      そこで気づいたのは医療には差があるということ。病院によっても、都道府県によっても、医師によっても。これは厳然たる事実だということです。医療は決して均一ではない。それが私の医療ジャーナリストとしての出発点です。
      その未熟児の主治医は山内逸郎という小児科の権威でした。後に話題になった五つ子の顧問医として知られますが、当時は国立岡山病院の小児科部長でした。
      岡山県は当時未熟児医療のメッカで、岡山の小児科は新生児死亡率をはじめとする三つの指標で三冠。全国でトップの成績でした。

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      https://www.amazon.co.jp/dp/B000J8W8VM

       

      日本初 五つ子(YouTube)

      https://www.youtube.com/watch?v=IVhVEmRoubk

       

      山下さん 五つ子誕生(NHK名作選)

      https://www2.nhk.or.jp/archives/tv60bin/detail/index.cgi?das_id=D0009030145_00000

       

      [昭和51年5月] 中日ニュース No.1166 2「五つ子東京へ」(YouTube)

      https://www.youtube.com/watch?v=L0DZDxMNJvk

       

      [昭和51年10月] 中日ニュース No.1185 1「五つ子元気で退院」(YouTube)

      https://www.youtube.com/watch?v=G9uMXGIGGPk

       

      [昭和51年12月] 中日ニュース No.1198 1「ますます元気に」(YouTube)

      https://www.youtube.com/watch?v=52fa6KIle7w

       

      [昭和52年2月] 中日ニュース No.1203 2「元気に満一歳」(YouTube)

      https://www.youtube.com/watch?v=02QGgoE6SI0

       

      NHK特集 五つ子 一年(NHK名作選)

      https://www2.nhk.or.jp/archives/tv60bin/detail/index.cgi?das_id=D0009010213_00000

       

      [昭和52年5月] 中日ニュース No.1217 2「チビッ子の休日」(YouTube)

      https://www.youtube.com/watch?v=88s4xofkOJc

       

      [昭和52年9月] 中日ニュース No.1233 1「五つ子京都へ」(YouTube)

      https://www.youtube.com/watch?v=Xn-tQScmMno

       

      [昭和53年1月] 中日ニュース No.1251 2「五つ子、もうすぐ二歳」(YouTube)

      https://www.youtube.com/watch?v=bgfSzGWINeg

       

      [昭和53年2月] 中日ニュース No.1255 1「五つ子 元気に満二歳」(YouTube)

      https://www.youtube.com/watch?v=ihHN94wea0M


      [昭和54年1月] 中日ニュース No.1303 2「五つ子 元気にお正月」(YouTube)

      https://www.youtube.com/watch?v=_gSXdnXPQYM

       

      [昭和54年2月] 中日ニュース No.1308 2「五つ子 かわいい誕生日」(YouTube)

      https://www.youtube.com/watch?v=RfppG1EX5IE

       

      [昭和54年10月] 中日ニュース No.1343 2「五つ子 元気に運動会」(YouTube)

      https://www.youtube.com/watch?v=n2VLB29_8l4

       

      [昭和55年2月] 中日ニュース No.1360 2「五つ子 元気に満四歳」(YouTube)

      https://www.youtube.com/watch?v=aF1_Q8VSUfQ

       

      [昭和57年4月] 中日ニュース No.1427 3「五つ子、元気に一年生」(YouTube)

      https://www.youtube.com/watch?v=mLY42AMOX5A

       

      五つ子 小学1年生に(NHK名作選)

      https://www2.nhk.or.jp/archives/tv60bin/detail/index.cgi?das_id=D0009030184_00000

      五つ子の女の子は壊死性腸炎にかかり、体重も1200グラムとかなので手術は無理だったにもかかわらず初乳を飲んでたために自力で回復することができた。母子の絆はカンガルーに学べ。ということわざがあるように(ないけど)初乳の大切さは1グラムの未熟児で生まれて無事育つカンガルーから学んだ、とは山内先生の弁である。

      昔は初乳は何の意味もなくそのあとから出てくる白い母乳がガチなので捨てたほうがいいぐらいに言われてたらしい。山内先生はそうではなく初乳にこそグロブリンAやラクトフェリンといった免疫がすごい入ってるのでありそのおかげで新生児が大腸菌などの悪い菌の影響を受けなくてすむと強く主張していたのだった。

      かくして五つ子はすこやかに成長した。そのフィーバーぷりはすさまじく退院時の人出がご成婚パレードかってレベルだし、その後少なくとも小学校入学まで密着され続けてるのでもしかすると山下家が大家族スペシャルの元祖なのだろうか。

       

      壊死性腸炎(日本小児外科学会)

      http://www.jsps.gr.jp/general/disease/gi/55v9rc

      壊死性腸炎とは,腸への血液の流れが障害され,それに細菌などの感染が加わることにより腸が壊死になる病気です.

      ほとんどは生まれてから30日未満(特に1週間以内)の赤ちゃんにみられますが,時に生後30日目以降にみられることもあります.妊娠週数が32週以下の早産児や生まれた時の体重が1,500g未満の赤ちゃん,なかでも1,000g未満の赤ちゃんにおこる危険性が高く,全体の80%は体重が1,500g未満の赤ちゃんにみられます.最近の新生児医療の進歩により体重の小さな赤ちゃんの命が助かるようになってきたため,壊死性腸炎の発生が増加しているといわれています.

      その原因は,まだ完全にはわかっていませんが,小さな赤ちゃんの腸の未熟性,血液の流れの障害,細菌感染がその要因となります.腸の免疫(めんえき)や運動が未熟なために腸の中で細菌が異常に増えます.これに加えて,血液の流れが障害されて腸の壁に傷ができると,その細菌が腸の壁のなかに入り込みやすくなり壊死をおこすと考えられます.お母さんのお腹の中にいる時や出産の時に,赤ちゃんの体の血液の流れが一時的に悪くなり酸素が少なくなる状態(仮死,呼吸の異常,循環の異常,先天性の心臓病など)や子宮内や出産時の感染が加わると発症する危険性が高くなることがわかっています.また人工栄養(人工ミルク) も壊死性腸炎を引き起こしやすいと考えられていますので,できるだけ母乳をあたえることが,その予防につながるといわれています.

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      科学から神話へ

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        先日ベッテルハイムの冷蔵庫マザー説うんぬんて書いてたけど、どうも冷蔵庫という形容を使ったのはレオ・カナーという医師のようで、Wikipediaによれば同氏はアメリカで初めて児童精神科医を名乗りまたハンス・アスペルガーとともに自閉症研究の基礎となったとのことである。ベッテルハイムの「自閉症・うつろな砦」を日本語に訳した神戸大学名誉教授の故・黒丸正四郎がカナーも訳していてなおかつ「三歳児」(1966)という著書もあるので、もしかするとこの黒丸先生がわが国における「三歳児神話」とやらに影響をおよぼしているのかもしれない。


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        「三歳児神話」とは心理学者の大日向雅美による命名だそうで、てきとうにネット検索して見てたら小林登先生や高橋悦二郎先生など80年代に小児科医から激推しされてたクラウスとケネルの「ボンディング」および「母子相互作用」(だっこして目と目を見つめあいおっぱいをあげることで母子のきずなが深まるみたいな説)を批判しているアイヤーという学者がいることを知ったのだが、大日向氏がアイヤーを訳した「母性愛神話のまぼろし」て本もある。ネットで三歳児神話とは何なのか検索するとボウルビィという学者の説ってことになってるのだけど、もしかすると本当はボンディング理論のことをいってたのだろうか。

         

        https://www.amazon.co.jp/dp/4469264326

        商品の説明
        メディア掲載レビューほか

        「幼少期は母親が育児に専念しないと,子どもは健やかに成長できない」という「母性愛神話」の虚構を暴く
        女性の生き方はいつの時代も,その時代の要請によって操られてきた。社会が深刻な問題に直面して大きな転機を迎えると,複雑な利害が交錯する社会問題の解決の方策として,「女らしさ」や「母らしさ」という女性の特性を強調するキーワードが巧みに利用されてきた。

        本書はそうした女性に対する社会的操作の過程を多面的に分析し,生物学的ではなく,社会的につくられた性役割の通念を批判した挑戦の書。本書の特色は,今日の社会において女性の人生を操作する黒幕を「科学」と断定し,その科学の魔性を批判している点にある。

        とりわけ,母親が常に子どもの傍らにあって愛情を注いで育児に専念することを重視した,「ボンディング理論」が徹底的に批判されている。本書には,このボンディング理論の影響で育児の責務を過大に科せられ,プレッシャーに苦しんでいる米国の母親たちの現実が随所に紹介されている。

        家族や親子のきずな,父親の役割を考えるうえで,日本人にとっても示唆に富む,重要な視点を提供してくれる本だ。 (ブックレビュー社)
        (Copyright©2000 ブックレビュー社.All rights reserved.)
        -- ブックレビュー社
        内容(「BOOK」データベースより)

        「子どもが3歳になるまで育児は母親の手で」をはじめとする母性愛神話はいかにして形成され、いかにして母親たちを追い込んでいったのか?その虚構を鋭く暴き、真に開かれた親子関係のあり方を考える。

         

        ただ母子相互作用について書かれた本見る限りでは、生まれたてホヤホヤの赤ちゃんが母親とスキンシップしたりおっぱい飲むのがすごい重要で、そこ間違うとのちのちまで影響を及ぼす・・て話であり、三歳児みたいにもう全然赤ちゃんじゃない時期のことについては言及されていなかったように思うのだが。その生まれたてホヤホヤの時分が重要っていう理論によって新生児がトラウマになる病院じゃなく畳の部屋で産婆さんや家族に囲まれて分娩、胎脂がついたままお母さまの胸の上に寝かす、おなかすかして泣いてんのにおっぱい出るまで頑張る、といった危なっかしい出産法がとられているのだと。

         

        https://www.amazon.com/dp/B000Z57AFS

         

        生まれたてホヤホヤ赤ちゃん抱くっていうのは今ではカンガルーケアという名前で呼ばれることが多く、1979年よりコロンビアで未熟児のために行われていた方法がルーツとされているが、1976年にはクラウスとケネルによる「マターナル・インファント・ボンディング」て本がすでに出ているので70年代半ばには母子の早期接触がガチな絆を形成するって説はすでにあったろうし同じ年にはルボワイエ著「暴力なき出産」も日本語に訳されてた。その後、生まれたてホヤホヤどころかおなかにいるときから赤ちゃんは母をわかってるみたいな話になってて1982年に小林登によってトマス・バーニー著「胎児は見ている」がわが国にもたらされ胎教や胎内記憶に発展したという認識だ。

         

        作為の有無は別として、研究が社会的情勢の要請に応える形で行われたり、知見が導入されるという実態は、低成長期における三歳児神話強調の時期においてはいっそう顕著にみられる。この時期は母子相互作用研究が一世を風靡した時期である。母子相互作用研究とは、母子関係は母子の双方が生来的にもち合わせている特性が寄与しあって両者の絆を形成するという視点に立った研究であり、厚生省(当時)も母子相互作用研究班に全面的なバックアップをしている。

        従来は母親が子どもを養育するという一方向の視点から研究がなされてきたことに比べて、絆の形成に母子双方の関与を認めた視点は画期的なものではあった。しかも研究は小児医学や心理学およびその近接領域が加わって学際的に行われ、手法も最新機器が用いられて「科学的」という印象を与える点でもホスピタリズム研究の比ではなかった。一例をあげると、超音波を用いることによって胎児期にまでさかのぼり母子の絆を探る研究など、科学的な手法を駆使して母子の絆の特別な意味の解明が進められた。そうした母子相互作用研究は、出生後間もない時点の子どもの成長が母と子の生理学的特性によって保障されている仕組みを解明した点で、一面では意義の大きいものではあった。

        しかし、当時の母子相互作用研究の中には研究手法や結果の解釈において、当初から母子関係の特性を強調する方向に偏在したものも少なくなかった。たとえばネズミやヤギの母親行動が、分娩後の一定期間のホルモン分泌に規定されている知見にヒントを得て、人間も分娩後の三日間、新生児とより濃密な接触をもった母親のほうが半年後、一年後の母性行動が優れているとした研究(クラウスとケネル、1979)が日本にも紹介され、大きな話題を呼んだ。新生児と母親が別室に置かれたそれまでの母児別室制が急遽母児同室制に移行されるなど、産院に与えた影響も少なくなかった。

        たしかに産後の母児の接触がスムーズに行われれば、その後の母子関係も良好なものとなるであろう。しかし同時にそこには夫や周囲のサポート、子どもを育てようとする母親自身の意欲、さらには生まれてきた子どもの個性など、多くの要因が複雑に関与しながら人間の子育ては長期にわたって展開されていく。そうした諸要因を捨象するほど強力に分娩後の短期間のホルモンの影響力を過大視するのは、この研究を実施したクラウスにとっても本意ではなかったようである(アイヤー、2000)。それにもかかわらずあたかも出生直後の母子の絆が育児の大半を決定するかのような論調でこの研究が紹介された点では、ホスピタリズム研究導入時と類似したものがあった。

        しかも母子相互作用研究のなかには、実証的な研究という枠をはみ出すくらい過剰に、母と子の一体感を強調する勇み足的な過ちを犯したものも散見された。たとえば母子相互作用班の一部が登場したテレビ番組「母子の絆〜胎内からのスタート」(NHK、1986年5月12日)では、出生直後の新生児を分娩台上の母親の胸に抱かせるシーンを放映したが、母親に抱かれた新生児は泣き声を止め、母親の顔を必死に見つめる様子が映しだされて印象的であった。しかもその場面に対して「生まれた直後から赤ちゃんはお母さんがわかるのですね」と男性研究者らが感慨深げに語り、そのうちの1人は「だからこそ母親は産後は、できるだけ側にいてあげてほしい」というコメントをつけた。しかし、この場面を助産師さんたちに見てもらったところ、この赤ちゃんは出生直後に、口の中のものを吸引してもらえずに母親の胸に抱かれた状態で、おそらく息苦しさから泣き声を出せなくなり、目を「しろくろ」させているという解釈であった。赤ちゃんが産声をあげる現象は体外に出てきて肺呼吸に切り替えた証拠で、泣かないのはかえって心配だという助産師らの指摘は的確である。

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        (大日向雅美「母性愛神話の罠」83〜85ページより)

         

        上記引用によると、1986年にNHKで放送された「母子の絆〜胎内からのスタート」て胎内記憶風味なタイトルの番組でカンガルーケアのシーンがあったそうだ。当ブログで何回か引用もした高橋悦二郎著「胎児からのメッセージ―赤ちゃんは胎内でなにを訴えている」(1984)の表紙にも「NHK『胎内からの出発』でも大反響!」て書いてるので、80年代NHKなどが今科学が発展して赤ちゃんのことがここまでわかりますた。みたいなドキュメンタリーを複数回やってたと思われる。

        でも80年代ってラマーズ法で自然に産んだ赤ちゃんを胎脂がついたまま抱き〜みたいなこと言ってても、カンガルーケアって言葉は使ってないような気がする。赤ちゃんに優しい病院を選定してる「日本母乳の会」監事の堀内勁聖マリアンナ医科大学名誉教授がわが国におけるカンガルーケア研究の第一人者ってよくいわれてるのだけど、堀内先生には「サイレント・ベイビーからの警告―子どもたちはなぜ壊れるのか」という著書や、自然育児友の会に影響を与えた桶谷式の故・山西みな子助産師と「おっぱいとだっこ」て本を監修してたりする。

         

        https://www.amazon.co.jp/dp/4198609632

        商品の説明
        内容(「BOOK」データベースより)

        子育てに自信をなくした親に!泣かない騒がない子どもが、コミュニケーション不全症候群の始まり=これを「回復する」=「受容」と癒しの「ダッコ」育児法を。
        内容(「MARC」データベースより)

        泣かない騒がない「サイレント」な赤ちゃんが増えている。彼らは後々「壊れて」社会問題になりかねない。小児科の現場から育児法の誤信を正し、大きくなってからの「回復」の可能性を提言する。

         

        以前記事にした明治の粉ミルク「母乳サイエンス」に意見を申し入れたのが小林登(母学、子ども学)と山内逸郎(母乳は愛のメッセージ)および赤ちゃんに優しい病院と関係の深い「日本母乳の会」、あともう1つが「日本ラクテーションコンサルタント協会」ってのは知らなかったのだけど今調べたところ自宅分娩や水中出産もとりあつかう助産院のようで、公式サイトの「カンガルーケアと完全母乳で赤ちゃんが危ないって本当?」という項目を読んだかぎりではやはりカンガルーケアを推進しているように読める。カンガルーケアを行うと母乳哺育の成功率が高まると言われているのだった。

        私が思うに母乳サイエンスに申し入れした小林先生、日本母乳の会、助産院という3つのラインが、ラマーズ法とかが注目されてくる80年代あたりから「科学的根拠」にもとずきおっぱいや母子のきずな(クラウスとケネルのボンディング理論)を激押しした結果が俗にいう「母乳(母性愛)神話」であり、赤ちゃん生まれたてホヤホヤの時分におけるお母さまのアクションが重要という価値観において自然なお産や早期教育や胎内記憶とつながってるし大日向雅美が言うところの「三歳児神話」(幼稚園では遅すぎるby井深大)もまたしかりであろう。サイレントベビーは柳沢慧といってまた別の小児科医の説だけど、例によって参考文献にクラウス「新生児の世界」トマス・バーニー「胎児は見ている」井深大「0歳からの母親作戦」大島清「胎児教育」などがあげられてて、端的にいうと生まれたてホヤホヤの時分にだっこやおっぱいや目と目で通じあう母子相互作用がうまくいかないと静かな赤ちゃんになっちまうっていう警告であり、お母さまがたにはできるだけ動物園に逝ってパンダサルなど動物の母子を観察するようすすめている。

        「三歳児神話」を広めたとされるボウルビィの時代より赤ちゃん生まれたてホヤホヤの時分が重要なのはネズミやヤギやパンダやサルといった動物行動学にもとずいてるところが大きそうなのだけど、脳科学っていうのもよくあって脳科学自体がやはり動物たちの行動原理をよく引き合いに出している印象だ。天才脳を育てる0歳児教育〜みたいな本をいっぱい出してる久保田競京都大学名誉教授はオオカミに育てられたオオカミ少女の例を出してたようなのだが、Wikipedia情報によればオオカミ少女って信憑性低いらしい。

         

        名著『幼稚園では遅すぎる』著者で ソニー創業者の井深大氏は、 なぜ『赤ちゃん教育』を絶賛したのか? 久保田競:京都大学名誉教授・医学博士  久保田カヨ子:脳科学おばあちゃん(2015年7月4日 ダイヤモンドオンライン)

        https://diamond.jp/articles/-/73966

        ソニー創業者で、子育ての名著として名高い井深大さんの『幼稚園では遅すぎる――人生は三歳までにつくられる!』は、1971年に出版されました。
        井深さん(1908〜1997)が、なぜ「幼稚園では遅すぎる」と考えられたのでしょうか。

        名著の「まえがき」に、はっきりとこう書いておられます。

        ――最新の大脳生理学は、「人間の脳細胞の発達は三歳までに七〇〜八〇パーセントを終える」という衝撃的な研究結果を報告しています。――

        脳を刺激したりしながら脳の働きを調べる研究分野が「大脳生理学」で、1870年ごろからはじまっています。

        脳の働きを、神経線維や神経細胞の働きから調べて明らかにする研究分野が「神経生理学」で、1935年ごろからはじまっています。

        井深さんの名著が書かれたころの私は、前頭前野のワーキングメモリーのメカニズムを細胞レベルで明らかにして、それなりの神経生理学者になっていました。

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        https://www.amazon.co.jp/dp/439665006X

         

        サイレントベビーの参考文献見てて「乳児はなんでも知っている」(1987)て本もあることを知った。赤ちゃんはなんでも知っている、胎児は知っている、胎児は見ている、胎児は天才、胎児からのメッセージ、胎内からのメッセージ、胎内からのスタート・・とかもうわけわからんし赤ちゃん別に頭よくないだろ正直なところ。


        変性意識で生れ直す

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          親とくに母親が子どもの人格形成に悪影響をおよぼすことはじっさいにありうる話だとしても、赤ちゃんのときに抱っこされなかったとか目と目をじゅうぶんに合わせなかったとか、おっぱいじゃなくて粉ミルクを哺乳瓶だった、はたまた病院での出産が不自然すぎてバーストラウマ・・・みたいなのが原因となりうるとはとても信じがたいし、乳幼児期に限らず親に適切な愛情を注がれなかったことによる心の傷がさまざまな問題を引き起こしてるみたいな思考パターン自体が非常にスピリチュアル的と感じる。バーストラウマを癒すセラピーとしてはリバーシングってのがあるみたいだ。

           

          リバーシング

          https://www.fili.co.jp/therapy/40/detail

          リバーシングとは、再誕生という意味である。この言葉通り、リバーシングのワークショップでは出生時の体験を再体験することが多い。
          1970年代にレオナルド・オーによって広められたセラピーということで有名だが、彼が入浴中に偶然リバーシングを体験したことはあまり知られていない。風呂好きの彼は、その日もいつものように湯船でリラックスしていた。浴室は蒸気に包まれている。すると、自然に過呼吸が始まり、出生時の体験がよみがえってきた。それが、リバーシングがブリージング(呼吸法)の一種として広まっていった発端であった。
          現在のワークショップでも、リバーシングの基本は、深くて速い呼吸(過呼吸)である。リバーシングを行なうには、床に寝ころぶドライという方法もあるが、より出生を思い出しやすい環境を作るために、温水プールなどにつかるウェットという方法もある。個人セッションもあるが、だいたいのワークショップが、10人程度の参加者で行なわれる。時間は2時間前後である。

          リバーシングでは、なぜ出生体験を再び思い出させる必要があるのだろうか。それには、フロイトの弟子であるオットー・ランクの思想が基本となっている。オットー・ランクは、いろいろな人生パターンを決定しているのはバース・トラウマ(出生外傷)だと説いている。
          バース・トラウマには精神的トラウマと肉体的トラウマがある。妊婦が精神的に不安定な状況にいたり、タバコを吸っていたりすると、胎児に悪影響があるということはよく知られている。しかし最近では、胎児は受胎した瞬間から感受性をもつといわれ、外界からの刺激を記憶している例があることも明らかにされている。
          両親が否定的な感情をもっていたり、出産前後に胎児にとって苦痛となる医学的取り扱いがあると、生まれてくる子どもの人生は深刻な影響を受ける。
          たとえば、両親が男の子を期待していたのに、女の子が生まれたとする。そこで両親が失望すると、それは胎児に伝わり精神的トラウマとなる。生まれてきた女の子は、ありのままの自分では愛されないと思うようになり、男の子のような行動をとるようになったり、自分は厄介者で誰も自分を受け入れてくれないという敗北感を抱いて、一生を送ることになる。また、分娩室のまぶしすぎるライトや、出産直後にへその尾をすぐ切られてしまうことは、赤ん坊にとって肉体的トラウマとなり、自分は愛される資格がない、世間は自分を歓迎していない、人生は怖いものだ、という人生に対する否定的な態度を植えつけることになる。
          バース・トラウマは無意識のレベルで一生その人を操作し、その多くがマイナスに作用すると考えられている。

          リバーシングの目的は、出生体験を再体験することによって傷を消していく(トラウマを解放する)ことと、参加者のマイナスの人生パターンを変えるきっかけを作ることである。
          ワークショップの最中には、子宮に浮いている体験をする人や、暗闇の向こうに光を見る人がいる。また面白いことに、男性で子どもを産む体験をした人もいる。過去世を体験することもあり、リバーシングによっておこる精神状態は「ドラックなしのトリップ」ともいわれる。
          これらの体験を通してトラウマから解放された人たちは、いきいきと人生を歩むようになるという。リバーシングは、物事を楽天的に考える能力を開花させることができる。
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          リバーシングを考案したレナード・オァ、著書のamazonページ見たら「シンプルで重要な基本書・インナーチャイルドに興味のある人必読!」てレビューがついてた。1970年代というと、新生児は病院出産いやがってるの根拠になってるルボワイエ「暴力なき出産」と同じころくらいなのかもしれない。

           

          https://www.amazon.co.jp/dp/4903821501

           

          過呼吸で出生時を再体験するっていうの、ホロトロピックブレスワークっていうのもあってリバーシングと私にはちがいがよくわからない。YouTube検索したら動画が出てきて、激しい音楽と過呼吸で錯乱状態になってるとこからたぶんこれホロトロピックセラピーだと思うけども。

           

          退行催眠呼吸法(ブレスワーク)

          https://www.youtube.com/watch?v=dJhsFsY4gFI

          「今さまざまな分野で人間の意識の世界を掘り下げようという試みが生れています。アメリカで生まれたこの呼吸法は意識の変化を体験し魂の世界や自分の過去の世界を追体験させようとするものです」

          深くて速い深呼吸、すごいボリュームの音楽によって、人間はそれまでに体験したことのない意識の世界をかいまみることができます」

          「呼吸がピークにたっすると信じられないような光景がくりひろげられます。自意識が解放され、日常生活でためこまれたストレスを全部吐き出します。こうして心身症のような病気になることを防ぐことができるというのです」

           

          ↑錯乱状態のなかで前世(ドイツ人?)に帰ってるぽい人もいる。

          リバーシングのレナード・オァって人はよくわからんのだけど、ホロトロピックセラピーを考えたスタニスラフ・グロフはニューエイジの代表的な人物であり、著書を訳した吉福伸逸と菅靖彦もトランスパーソナル心理学関係で有名な人だ。グロフの提唱したBPM (基本的出生前後のマトリックス)は胎内記憶理論の基礎になっている。

           

          スタニスラフ・グロフ(Wikipedia)

          https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%8B%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%95%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%83%AD%E3%83%95

          サイケデリック体験の解釈

          LSDから得られた膨大なデータの中で、グロフは特にBPMの領域に注目した。グロフによれば、BPM領域の体験は「胎児が子宮から産道を経て、出生に至るまでのプロセス」によるものであり、この子宮を選択してから誕生するまでの間の感情の流れが、その後の人格形成の中核になる要因であると考えた。具体的な解釈は以下のようになる。[7][8]

              BPM1

          出産が始まる前の、胎児が快適に子宮にいる状態に対応した体験。母親に完全に身をゆだねており、安心感に浸っている状態。

              BPM2

          子宮の収縮が始まる初期の状態に対応したもの。胎児が四方から締め付けられ、出口なしの閉塞状態に陥る体験。

              BPM3

          胎児が狭い産道の中に押し込められ、窒息に苦しみながらも、再生のために産道を通過しようとしている状態。強制的に外に連れ出されるトラウマ的な体験。

              BPM4

          出産が完了し、新しく生まれた自由と開放を感じる段階。へその緒が切られ、母親との肉体的分離が完了する。

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          ホロトロピック・ブリージング

          ホロトロピック・ブリージングとは、深く速い呼吸法に、情動喚起的な音楽、ボディーワークを組み合わせて、参加者を変性意識体験(とくに超個的な体験)に導くセラピーである。ホロトロピック・ブリージングでは、LSDによるサイケデリック・セラピーとほぼ同様の効果が得られるとされる。

           

          アメリカの先住民のあいだでメスカリンを含むサボテンのペヨーテを使った儀式が行われていたのが1937年までに禁止されたけど1938年にはアルバート・ホフマンがLSDの合成に成功した。LSD文化はメスカリンによるサイケデリック体験をつづったオルダス・ハクスレー「知覚の扉」(1954)がひとつの契機になっており、その後メキシコのインディアンにペヨーテ教えてもらう「ドンファンの教え」て本も人気あったけど内容的には嘘だという話である。

          グロフは知覚の扉の2年後の1956年にはLSDを使ったセラピーの実験を開始しており、ヒッピーの総本山であるエサレン研究所で研究員だったこともあった。また1994年にはハクスレー生誕100年を記念した「子どもは私たちの究極の投資」て国際会議でハクスレーの妻であるローラ・ハクスレーが「コンシャス・バース」とやらを提唱してたり胎内記憶みたいなこと言ってるはずなのだけど検索しても何も出てこない。

           

          https://www.amazon.com/dp/0890879702

           

          オルダス・ハクスリー(Wikipedia)

          https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AB%E3%83%80%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%AA%E3%83%BC

          1963年11月22日11時45分に[7]、ハクスリーはその死の床で、話すことが出来なかったため妻ローラに対して「LSD, 100 μg, i.m」(LSDを100マイクログラム筋肉注射して欲しい)と書いて渡した。彼女はそれに応えた。30分ほどたって彼女は効いてきたかと尋ねたが、ハクスリーはどんな薬品でも本当に強い効果が現れるまでは「効いていない」と答える性分だったため、ノーと答えた。その後2時間前の注射時と比べて多少の変化はあったが、ローラは2度目のLSD注投与を決意する。この2度目はあくまでも妻ローラの意思であって、ハクスリー本人に伝えると渋々了承したようである。その後、ハクスリーの足は次第に冷たくなり鬱血したような紫色に変化してきていた。最後の数週間、ハクスリーと妻ローラは寝る前の時間に「光り」や「解放」の話をよくしていたこともあり、妻ローラは旅立たんとするハクスリーに「あなたは真っすぐ前にそして高みに向かっている。光に向かって自分の意志で。美しく喜びに満ちて光りへと向かって進んでいる。今まで感じたこともないような大いなる愛へと向かって。」というようなことを最後の3時間から4時間のあいだ語りかけ続けた。看護師や医者や友人は病室内にいたが、ハクスリーのベッドからは離れていた。そして妻ローラが「私の声が聞こえる?」と問いかけると、ハクスリーはローラの手を握り返した。呼吸は次第にゆっくりになり、遂に17時20分に平穏に旅立った[7]。同日に発生したケネディ大統領暗殺事件のため、ハクスリーの死は影が薄くなった。

           

          書籍紹介:『多次元に生きる:人間の可能性を求めて』(2011年1月2日 トランスパーソナル学会)

          https://transpersonal.jp/2184/

          『多次元に生きる:人間の可能性を求めて』
          (オルダス・ハクスリー著、片桐 ユズル訳、コスモス・ライブラリー刊)

          小林 真行(本学会常任理事)

          二十世紀の前半から中盤にかけて活躍したオルダス・ハクスリー(1894-1963)は、人間の意識に関する幅広い探究を行った作家として知られており、『すばらしい新世界』『島』を始めとする小説のほか、自らを実験台にして変性意識を追究した『知覚の扉』、古今東西の英知を取り上げた『永遠の哲学』など、多くの著作があります。彼は1930年代の末にJ・クリシュナムルティと出会い、晩年にはアメリカの西海岸を中心に起こったヒューマン・ポテンシャル・ムーブメントとも関わりを持ち、エサレン研究所の創立者であるマイケル・マーフィーや、後に西洋世界に瞑想を広めることになるラム・ダスなど、様々な人々との親交がありました。その意味では、トランスパーソナル心理学の原点にきわめて深い影響を与えた人物であると言えます。本書『人間の可能性をもとめて』は、そんなハクスリーのエッセイや講演録をまとめたものです。

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          母親が原因で

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            昔ブックオフで買った美健ガイド社のマンガもうどこ逝ったかわからないけど、抱きぐせなど肌のふれあい軽視するアメリカ式育児がすでに否定されてたのにマッカーサーが日本を弱体化さすためにおんぶや抱っこや添い寝を奪った。みたいなこと書かれてて、ほんとかよ?!と思ったのが戦後の育児や母乳について調べ出すきっかけだった。ベトナム戦争の時代ならまだしも日本汚な。とばかりにDDTぶっかけたり下肥が禁止されるような時代にアメリカがアメリカをかえりみるような価値観がはたして存在しえたのかどうか疑わしかったのである。

            「母子相互作用」クラウス博士や「ドゥーラ」「母乳哺育」のダナ・ラファエル(マーガレット・ミードの弟子)など英米の学者によっておっぱいやおんぶが良いと言われ出したのとスポック博士が日本に訳されたりミルク育児がピークだった時期ってたぶん同じぐらいだと思うので、マッカーサーの時代ではないということにすれば美健ガイドの歴史観もあながち間違ってはいないのかもしれない。それに1940年代に母子のふれあいが少ないことによって子供が自閉症になるという「冷蔵庫マザー」説がすでにアメリカであったらしいので、そっちのことを言っている可能性も否定できない。

             

            https://www.amazon.co.jp/dp/B000J9WG22/

             

            「自閉症は生まれつきだから改善できない」というデタラメに踊らされる人たち(2017年6月26日 KID ACADEMY)

            https://kid-academy.jp/column/137/

            冷蔵庫マザーとは、ハグや抱っこなど、母親が体温を赤ん坊に分け与えるようなスキンシップが少なかったことで子供が自閉傾向になってしまうという仮説を主張する際に使われた言葉です。

             

            つまり、冷蔵庫マザー仮説というのは、「肌と肌の触れ合う体温を直接感じられるスキンシップが少ないと、自閉傾向になる」という主張です。

             

            これが転じて、「自閉症の子供を育てる母は、抱っこなどをしない冷たい母で育児で失敗している」と行った解釈が成立し、多くの親を悩ませました。

             

            これを受けて、反対意見として上がったのが1977年のRutter氏の双生児研究です(1)。

            ルターが21組の自閉症の双子を調べた結果、自閉症の症状が現れる遺伝による影響はおよそ92%と結論づけました。

             

            この報告が世界的に広まってからは、「自閉症は親のスキンシップ不足ではなく、遺伝だから予防も改善もできない」という主張の根拠に使われるようになりました。

            ・・・

             

            amazon見てたらベッテルハイムの冷蔵庫マザーを訳した精神科医で神戸大学名誉教授の故・黒丸正四郎は1966年に「三歳児」という著書もある。それと関係あるかどうかは不明なのだけど、子どもが三歳まで母親が子育てに専念すべきとする「三歳児神話」というのもあったそうでWikipediaによればこれはイギリスのボウルビィという精神科医の説であり冷蔵庫マザーのちょっと後のようだ。

             

            3歳児神話を検証する2〜育児の現場から〜(日本赤ちゃん学会)

            https://www.crn.or.jp/LABO/BABY/SCIENCE/OHINATA/02.html

            ご承知のように、育児に悩みや苛立ちを募らせている母親、中には虐待に走って子どもの命を奪う事件も後を絶ちません。そうした現実があるにもかかわらず、なぜ「育児の適性は母親にあるのだから、母親が育児に専念すべきだ」といった考え方を人々は改めることができないのでしょうか。

            この点を考えるためには、そもそも母子関係や「母と子の絆」とは何なのか、どのような視点から捉えるべきかを再検討する必要性を指摘したいと思います。

            ・・・

            しかしながら、近年、この母子関係に関して、生物学的な側面を強調する動きが再び活発化しているのではないかと思います。例えば、少し古いものでは、母体のホルモン分泌の変動がもっとも大きい分娩後の一時期が子どもに対するマターナル・アタッチメントを生じさせる一番敏感な時期(感受期)だとしたクラウスとケネル(Klaus,M& Kennell,J.H. 1976)の研究があります。新しいものとしましては、例えば、哺乳類にだけに見られるゲノムインプリンティング現象に関係した育児遺伝子が発見されたという指摘、あるいは授乳のときに赤ちゃんがおっぱいを吸いますが、そのときの吸啜刺激が起爆剤となって、下垂体から分泌されるプロラクチンとオキシトシンが母性行動の中枢を興奮させてスイッチオンの状態とするという考え方もあります。いずれも「科学的」と称するデータを根拠として、母親が育児に専念する重要性を強調しています。

            母子関係のごく初期に、母親固有の生物学的な特性が有効性を発揮することは認められるだろと思います。しかし、ネズミやヤギ、サルなどの動物を被験体として、そこから得られた知見をもって直ちに人間関係を推論することに関しては、その限界に留意する必要があると思います。少なくともそのような研究が「科学的」だと称されて、母親が育児に専念する重要性が過度に強調されることに対しては、大いに危機感を覚えます。

            ・・・

             

            上記引用は「三歳児神話」を名づけた大日向雅美恵泉女学園大学教授の文章で、文中に母子相互作用などボンディング(きずな)理論を提唱したクラウスの名前も出てくる。動物を被験体として人間関係を推論することに対しては確かに、ヤギが生れたばっかりのときに引き離すと親子と認識できなくなる、イルカのメスが出産を介助、そういうのがもっぱらカンガルーケアやらドゥーラやら母子のきずな形成および母乳成功の「科学的根拠」になっているのだが、科学に明るくない私からしたらヤギやイルカを参考にする意味がわからんしはたしてそこまでしてあげなくちゃいけないんだろうか母乳って。

             

            3歳児神話を検証する2〜育児の現場から〜(日本赤ちゃん学会)

            https://www.crn.or.jp/LABO/BABY/SCIENCE/OHINATA/04.html

            ☆科学に幻想を持ちすぎる危険性
            最後に、3歳児神話を論じる際の第4の留意点。これはただ今の第3点と関連することですが、概して子育て論とは、誰が担当すべきか、どのように行われるべきかを含めて、極めてイデオロギー性が高いということを自覚すべきだと考えます。

            先にも申し上げたように、母性愛の強調や3歳児神話は近代以降の社会的、政治的、経済的な要請に基づいて作られたイデオロギーです(大日向雅美『母性愛神話の罠』日本評論社、2000年、参照)。

            例えば母子の絆の重要性を指摘したボンディング理論がありますが、ボンディング理論の形成過程をつぶさに研究者アイヤー(Eyer,D.A.)は、母子関係の強調は、科学的な虚構だと指摘しています(大日向雅美・大日向史子訳『母性愛神話のまぼろし』大修館書店、2000年、参照)。もっとも医学や心理学の研究者が故意にイデオロギーの操作に荷担したとは私は考えておりません。むしろ、大半は善意でしょう。子どものためという善意です。しかし、結論を急ぎ過ぎると、見えやすいものを使って因果関係を説明してしまうのではないでしょうか。例えば、母親が幼少期に育児に専念したか、しなかったかという変数は見えやすいものです。しかし、それだけで子どもの発達は単純にいえないということは、既に申し上げた通りです。

            アイヤーの指摘も科学そのものを否定したものでは決してありません。誤解のないように申し上げますが、アイヤーは「科学に対して私たちが持っている幻想」を否定したのだと思います。「科学的な研究であれば、純粋に客観的な手法によって得られた疑いようのない事実を提供しているはずだという幻想」を持ちすぎることに警鐘をならしているのです。この学会が「育児を科学する」というサブタイトルをつけて開催されていますので、あえて科学に過度な幻想を持たない大切さを申し上げたいと思います。

            ・・・


            上記引用によればボンディング理論を否定してる学者もいるようだ。ちなみに引用元である日本赤ちゃん学会なるサイト、クラウスの研究に懐疑的なわりには小林登先生のチャイルド・リサーチ・ネットが運営を応援しているそうで、チャイルド・リサーチ・ネット所長で小児科医の榊原洋一による三歳児神話の解説もあった。

             

            3歳児神話 その歴史的背景と脳科学的意味 榊原洋一 東京大学医学部小児科(日本赤ちゃん学会)

            https://www.crn.or.jp/LABO/BABY/LEARNED/SAKAKIBARA/index.html

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            この意味での3歳児神話のきっかけを作ったのはイギリスのBowlbyであることはよく知られている。Bowlbyは1951年に世界保健機関(WHO)の委嘱でおこなった第2次世界大戦による戦争孤児の調査報告書(1)の中で、孤児や家族から引きはなされた子どもの精神発達に遅れが生じることを報告した。医師としてBowlbyは障害児の医療にかかわる中から、家庭環境が子どもの社会適応にかかわる能力に大きな影響を与えることを実感していた。家庭環境の中でももっとも顕在化できる現象として母性剥奪(母性的養育喪失)に着目したBowlbyは、すでにSpitzらによって報告されていた施設収容(ホスピタリスム)による分離が、上記調査であきらかになった発達障害の大きな要因であることを強調した。親子分離によって障害が起こるのは、子どもに生得的に備わっている母親と絆を結ぼうとする行動が阻害されるためだろうとBowlbyは考えた。彼はその行動の動機として母親が乳児の生存に必須な母乳の与え手であるからである、という二次的動因説(secondary drive theory)をとらなかった。その代わりにBowlbyが採用したのが、急速に発展しつつある動物行動学(ethology)からのアイディアであった。Bowlbyは動物行動学者のLorenzが見い出した、一部の鳥類が孵化してはじめて目に入る動く対象物を母親とみなすインプリンティング行動によって、母性剥奪理論を説明しようとした。さらに、Harlowらによるストレス下の赤毛サルの乳児がミルクは出るが針金でできた親サル人形よりも、ミルクのでない柔らかな布でおおわれた母サル人形を好んでしがみつくという観察実験によって、Bowlbyの理論はさらに強化された(2)。おなじ哺乳動物であるヒトも、母乳が与えられるという二次的な動因ではなく一次的な理由によって、母親とのスキンコンタクトを求めているというのである。

            ・・・

            Klausは、出生直後の母子密着の理論的根拠を、ヤギなどの哺乳動物の母子関係に求めた。ある種のヤギの母親は、出産直後に仔ヤギを数時間引き離しておくだけで、戻されたわが子を受容しなくなってしまうことが分かっていた。Klausらは、同じ哺乳動物である人の出産直後の密着が、進化論的に人にも同様の効果を持つはずだと考えたのであった。わが子であることを認識する期間は、ヤギの場合数時間という短さであるが、Klausはそれが人にもあてはまると考え、「生後数分から数時間の感受期に、後の子どもの発達が最適となるために、母親と父親が新生児と緊密な接触(close contact)をとることが必要である」と著書の中で述べている。Klausらは、この感受期が乳児と母親の両者にあると考えた。乳児の感受期の中で特に強調されているのが、生後1時間以内に見られる「静的覚醒状態」で、この約40分続く覚醒状態の間に、乳児はあたかも両親との出合いに備えてきたかのように、顔を見つめたり声に反応したりするという。母親にもヒト特有の「母親の感受期」があるとし、それを支えるいくつかの研究を紹介している。

            ・・・

            1980年代、アメリカの大人達は子どもの学力低下や、増加する問題行動に頭をいためていた。教育関係者や政治家の心を引き付けたのが、脳科学に支えられたこうした実験結果であった。子どもはシナプス選択が盛んで臨界期(敏感期)にあるうちに、適切な刺激のある環境(豊かな環境)で育てられなければならない。そしてそのための方法論として、急速に発展している脳科学がある、というのである。そういった社会的な背景の中で、「1歳から3歳まで(Zero to three)」などの早期に子ども達に適切な刺激をあたえようという趣旨のキャンペーンが生まれてきた。我が国でも「幼稚園では遅すぎる」などの著書で知られている井深などによって、脳科学と結びついた早期教育運動などが開始されたのである(16)。

            ・・・

            形態や理論はどうあれ、Greenoughらが示したラットの生育環境が脳発達に与える影響についての実験は、初期の脳の生育環境の重要性を実証する実験であると考えられていた。しかしその結果の人への当てはめには大きな問題があるのである。Greenoughが実験対象としたラットは実験開始時の日令は21〜24日であり、異なった環境下で30日育て、最終的に脳の解剖を行ったのは日令50日であったのである。ラットは通常日令45日で性的に成熟して繁殖可能になる動物である。つまり、豊かな環境と乏しい環境という異なった環境下で育てられたのは、ラットにとっては乳幼児期でも小児期でもなく、少年期から成人するまでの全期間になるのである。さらに、Greenoughは後に成熟したラットや1歳というラットとしては老年にあたる年齢でも、異なる環境下での生育によってシナプス形成に差がでることも明らかにしている(19)(図3)。現在でもGneenoughの実験は、生育環境と脳機能の関係を見る上で重要なものであるが、乳幼児なり少年期なりヒトの生育の特定期間の脳への影響を考察する上で有用なモデルとはかならずしも言えないのである。インプリンティングやさえずりと同様、種が異なる動物の実験結果を人に当てはめるには、注意しなければならないという教訓が得られたのである。

            ・・・

             

            カンガルーケアの理論的根拠がカンガルーじゃなくてヤギってのが納得いかん。それにしてもふと思い出したのは、このブログに健康優良児の記事を書いてるとき、ミスコンテストやマッスルコンテストならまだしも先天的要素しかないお子さんの発育具合を「審査」するなんて。と、昭和の人権感覚に驚いたのだけども、どうもあれは先天的ではなく、お子さんが健康かつ優良なのはお母さまがたの育て方に秘訣があるって感じの文脈もあったらしい。

            お子さんが健康や優良に育ったり、反対にサイレントベビーや自閉症になったりすることがもっぱらお母さまの育て方に起因しており、それは分娩方法や母乳まで関係してくるというのははたして本当なのだろうか。また赤ちゃんじゃなくてもアダルトチルドレン、10年ぐらい前から「毒親」って言葉もはやってるらしく、それらは母親と娘の関係がクローズアップされることが多いようなので母親しだいで子に悪影響が出るという考えはおそらく相当に根強い。

            こうした傾向は子に何らかの悪影響が出たときお母さまが自分を責めたり、また子どものほうが「自分がこんななったのは母親の育て方のせいだった」て思考におちいるといった影響が考えられ、ややもすると母親に抑圧されてきた「本当の自分」やら「内なる子供」やらを解放するセラピーみたいなのにはまってしまう素地になりうるようにも思われる。ワクチンでよく名前の出てくる「ちお」は左翼だからか母性を重んずる小児科の風潮をすごい批判してて、山田真は母親のことまで考えてる育児書は松田道雄と毛利子来だけって何かで言ってた。

             

            https://www.amazon.co.jp/dp/B000J8F3LO/

             

            サンマーク出版(Wikipedia)

            https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%AF%E5%87%BA%E7%89%88

            久徳重盛が提唱した母原病が1981年当時の流行語になり、サンマーク出版の名を知らしめた。また、サンマーク出版の出版物はこの他にも、1995年に春山茂雄の著作で410万部を売り上げてベストセラーとなった『脳内革命』や、江本勝『水は答えを知っている - その結晶にこめられたメッセージ』などの書籍もある。なお、母原病、脳内革命、江本の水の理論には、全て疑似科学という批判がある[2][3][4]。


            ボンディング

            0
              評価:
              大日向 雅美
              日本評論社
              ¥ 1,980
              (2000-04)

              グリコのアイクレオに続いて明治ほほえみからも液体ミルクが発売されたそうだ。確かアイクレオの容器はブリックパックだったがブリックパックの商標を持つはずの明治乳業が缶入りとはこれいかに。

              明治ほほえみといえば母乳サイエンスとやらを標榜しているのだが、胎内記憶の元ネタの1つであるトマス・バーニー著「胎児は見ている」の訳者でもある小林登先生など母乳育児を推進する団体から意見がついたことがあった。母乳サイエンスが商品名の一部だったのが撤回されたようである。

              JALCの声明(日本ラクテーション・コンサルタント協会)

              http://jalc-net.jp/data/p_seimei2008.html

              「母乳サイエンスミルクほほえみ」の名称変更を求める申入書
              日本ラクテーション・コンサルタント協会(JALC)は、2005年3月14日に明治乳業が母乳サイエンスミルクほほえみという名称の人工乳を発売するとの情報に対して、日本母乳哺育学会、日本母乳の会3者協同で下記のような申し入れを行いました。この申入書については、数日間で13団体および個人486名が賛同の意志を表明し、連名での申し入れとなりました。この結果明治乳業は名称を変更しました。

               

              株式会社明治乳業 御中 2005年3月10日


              「母乳サイエンスミルクほほえみ」の名称変更を求める申入書


              私たちは母乳育児の支援、研究に携わる専門家の団体です。
              私たちは貴社と同じく、赤ちゃんの成長・発育・発達のためには母乳が最良であると考えており、母乳育児の保護・推進・支援のために、WHOの「母乳代用品の販売流通に関する国際規準」(以下、国際規準)を支持しています。

              貴社が3月14日に発売予定としている「母乳サイエンスミルクほほえみ」の名称は、WHOの「国際規準」の第9条1,2および「不当景品類及び不当表示防止法の第4条第1項1号、消費者保護基本法第10条、第4条第1項に違反しており、私たちはその名称の変更を求めます。

              ・・・

              貴社は「母乳サイエンスミルクほほえみ」の宣伝文において、同人工乳が「栄養学的に母乳に限りなく近づいた」と記載しています。しかし、栄養学的側面以外、たとえば免疫学な側面においては人工乳が母乳に劣っていること、人工乳の使用により赤ちゃんや母親に様々な病気のリスクが高くなるという人工乳と母乳についての正確な科学的事実の記載はまったくありません。

              消費者(母親)がその使用にあたって知っておくべき正確な事実を明らかにせず、「栄養学的に母乳に限りなく近づいた」という宣伝しながら、人工乳に「母乳サイエンスミルク」という名称を冠することは、消費者に「母乳サイエンスミルクほほえみ」が栄養学的側面以外においても母乳に近づいたという誤解を与えてしまうものであります。
              人工乳の名称において「母乳化された」(humanized, maternalized)という言葉が使われたことがありました。しかし、この表現は人工乳が母乳になったわけではなく、不正確であるという理由で国際規準においても使用が禁止されています(9条2)。

              「母乳サイエンスミルクほほえみ」の名称も同様に、「母乳サイエンス」という名称をつけることであたかも「科学的研究」の結果、人工乳が母乳と同じものとなったという誤った印象を消費者に与えるものです。

              以上より私たちは、赤ちゃんと母親にとって最良のものである母乳と母乳育児を守るため、貴社に「国際規準」を遵守することを求め、新しい人工乳の名称から「母乳サイエンス」の言葉を削除し、その名称を変更することを求めます。

              私たちの求めに対し、2005年3月17日までに文書でご返答をいただくことを要望いたします。
              (ご返答の宛先は、〒065-0023 札幌市東区北23条東1丁目7番5号 日本ラクテーション・コンサルタント協会事務局までお願いいたします。)

              日本母乳哺育学会     理事長     小林登
              日本母乳の会     運営委員長     橋本武夫
              日本ラクテーション・コンサルタント協会     代表     越山茂代
              (五十音順)         


              以上の申し入れに賛同する13団体および個人486名(名称は省略)

               

              声明を出した日本母乳の会は「母乳は愛のメッセージ」の山内逸郎先生と関係が深く、BFH(赤ちゃんに優しい病院)の審査もおこなっている。日本ラクテーション・コンサルタント協会は検索したところによると代表が助産師のようだ。

              こういうのを読むと小林登先生や山内逸郎先生など一部小児科医はとにかく母乳育児ゴリ押しな印象を受けるのだが、じつは同じ小児科医なのに母乳が出なかったらさっさとミルクにして気に病むな。と言っていることもある。今母乳の優位性としてはお母さまの免疫とかが入ってるみたいな話が主流なのだけど、母乳推進系小児科医のあいだでは成分うんぬんよりも赤ちゃんを抱っこし目と目を見つめ合いながらおっぱいからお乳をあげることによって母性や「母子のきずな」が深まる「母子相互作用」を重視しているのであり、むしろ栄養的にはミルクでも問題ない・・てことのかもしれない。

              自宅や助産院の自然なお産やカンガルーケアなど、赤ちゃん生まれたてのタイミングが重要という思考は1980年代にポピュラーになったと思われ、ラマーズ法という呼吸法が脚光を浴びたこともあった。私などは、どうせ生まれたばっかりのときのことなんて忘れるんだからどこで産もうがミルクだろうが母乳だろうがどうでもよいだろ。と思えてしまうのだが、サルの赤ちゃん生まれてすぐ引き離すと親がわからなくなり〜みたいな動物の実験がよく引き合いに出されているので、ひよこちゃんが生れて初めて見た奴を親と思うような生態をそのまま人間にあてはめている可能性が高い。

              あと1980年代というとなんちゃらヨットスクールてのがあったように、10代の暴力や登校拒否の問題が表面化した時期と思われるから、そういう問題児が出てきた原因が抱き癖などのスキンシップ回避やミルク育児などに求められてたかもしれない。それでは母乳推進の小児科医や助産師が「母性」「きずな」を強要し母親ひとりに子育ての負担を敷いているのかというと、ラマーズ法が夫の立会いを打ち出してたようにいちがいにはいえないところがある。

               

              第4章「母と子のきずな―母子相互作用−1」(チャイルド・リサーチ・ネット)

              https://www.crn.or.jp/LIBRARY/KOBY/KOSODATE/cbs0023.html

              今からもう四十年近くも前になりますが、私はイギリスのロンドン大学の小児病院で腎臓病と関係して小児免疫学の研究をしていました。当時の私はいわゆる子どもの難病の原因を明らかにする研究に血道を上げていて、育児の問題にはあまり関心がありませんでした。
              ところが、ちょうど留学中に息子が生まれたのです。身近な問題として育児に直面したわけですが、そのころ、子どもの行動問題を研究しているイギリス人の同僚のひとりが、「日本では赤ちゃんをオンブして育てるそうだが、ほんとうか」ときくので、「いやぁ、もう日本も先進国になったから、あまり赤ちゃんをオンブしなくなって、乳母車に乗せているお母さんが多いよ」と答えたのです。赤ちゃんをおぶっているなんて、野蛮と考え恥ずかしく感じたのです。
              ところが、「それはもったいない。赤ちゃんをオンブするというのは、接触面が大きくお母さんと子どものスキンシップが十分にできるし、お母さんのにおいもわかるし、温かいし、いろいろ利点がある。そういうのはなるべく残したほうがいいんだよ」というのです。
              そのときは、その同僚がなぜそういうことをいうのか、よくわかりませんでしたが、その後、イギリスの小児医療の現場の問題をいろいろと見聞きしているうちに、その理由がわかってきました。
              というのは、当時イギリスでも、親が乳幼児を虐待して骨折させるとか、外傷を負わせてしまうといったケースが多くなっていて、小児科医の多くが社会的な問題として育児のあり方をあらためるべきだと考えはじめていたのです。
              イギリスでも、と書きましたが、じつはアメリカではもっと早くから「親のわが子に対する虐待」は大きな問題になっていたのです。私はイギリスに留学する前にアメリカに留学して四年半勉強しました。1954年(昭和29年)からですから、今から45年以上もになります。当時、自分でははっきりと気づいてはいませんでしたが、そのころすでにアメリカでは、虐待の問題がクローズアップされつつあったのです。
              ・・・
              そして、虐待される子どものなかには未熟児で生まれた子どもが、未熟児でない子のなん倍も多いということに気づいたのです。なぜ、未熟児で生まれると親から虐待されやすいのか? そこから、さまざまな分析と実証的な研究がはじまりました。
              そして、ひとつの結論として、「赤ちゃんが生まれた直後から、赤ちゃんと母親との人間的ふれあい、つまり頬ずり、抱っこ、添い寝、オンブといったスキンシップ豊かな子育て交流(インタラクション)が充分ないと、母親が母親になりそこなうことがある。生みの母親であっても、そういう濃厚なスキンシップのやりとりをとおしてはじめて、自分が生んだ赤ちゃんをかわいく思えるようになるし、愛情(母性愛)も湧いてくる。そういう体験がもとになって、はじめてゆるぎない母と子のきずな(母子結合:マザー・インファント・ボンド)ができあがる。もちろん、子どもは母親に対して愛着(アタッチメント)をもつ」という学説を導きだしたのです。
              ミシガン州立大学のM・H・クラウス教授のグループはこのことを母子相互作用(マザー・インファント・インタラクション)と名づけました。相互作用は上述の交流と同じ、と私は理解しています。その結果できる母と子のきずなは、相互作用による母と子のお互いの愛情の確立によって出来上がるという考え方です。
              ・・・
              さて、未熟児は生まれるとすぐにインキュベーター(保育器)に入れられます。そうしないと生命が危険だからです。ところが、母親はガラスごしに赤ちゃんをみるだけで、なかなか抱っこできません。何週間かのちには母親の胸にもどされるのはもちろんですが、スキンシップをはじめる時期が遅れるぶんだけ、母親は自分の赤ちゃんになかなかなじめないのではないか。そしてそういうぎこちなさがつづいて、ますますふつうのスキンシップの回数が減り、接触の密度もうすく、したがって愛情も深まらない。それが子どもの虐待につながっているひとつの大きな要因だと考えられるようになったのです。
              ・・・
              今では、母と子のきずなの「きずな」という言葉は、国際的(?)にもなっているようです。最初に「母と子のきずな」を提唱したクラウス博士も、私の友人で世界的に有名な小児科医ブラゼルトン博士も「キズナ、キズナ」と日本語で表現するようになりました。英語では、「きずな」を「ひも」とか「接着剤」を意味する「タイ」とか「ボンド」ということばで表現するのですが、「キズナ」という日本語のほうがはるかに余韻の残ることばで響きもよいし、人間らしい結びつきをあらわすのに最適だと思うのです。


              このシリーズは「育つ育てるふれあいの子育て」(小林登著・風濤社 2000年発行)の原稿を加筆、修正したものです。

               

              上の引用文は小林登によるもので、何十年か前に赤ちゃんをおんぶするのを野蛮でおくれた文化のように考えていたくだりが出てくる。私がこういう母乳史とか調べ出したきっかけが美健ガイド社の子育てマンガだったのだが、それに戦後マッカーサーの陰謀で添い寝やおんぶ(抱っこだったかも?)など母子のふれあいが日本人から奪われたような描写があったし、昔の婦人雑誌で赤ちゃんは部屋で独り寝させるべきって記事も読んだことがある。

              抱きぐせという言葉もあったように、アメリカがありがたられてたであろう戦後何年かは日本のお母さまがやってきた子育て法が軽視されていた時期もあったのだろう。しかし抱っこして目と目を見つめ合いながらほ乳瓶ではなくおっぱいから直接与える、この授乳時の肌のふれあいが母乳の分泌をうながし赤ちゃんの情緒も安定さし母子のきずなを深めるという、双方の好循環マザー・インファント・インタラクション日本語で「母子相互作用」をM・H・クラウス教授が提唱し、きずなを英語で「ボンド」と言うらしいのだが確かにクラウスで検索するとそれらしいボンディングって本が出てきた。

               

              https://www.amazon.co.jp/dp/0201441985

               

              これは英語の本だけど、クラウスの著書は「親と子のきずな」(1985)「新生児の世界 そのすばらしい広がり」(1986)「マザリング・ザ・マザー―ドゥーラの意義と分娩立ち会いを考える」(1996)「親と子のきずなはどうつくられるか」(2001)など日本語版も出てて、だいたい竹内徹という小児科医が訳している。クラウス教授は「ドゥーラ」といって、雑務をこなして妊娠出産育児を補佐するような存在を提唱している。
               

              https://www.amazon.co.jp/dp/4840415846

               

              https://www.amazon.co.jp/dp/9072219147

               

              ↑のドゥーラの写真は助産師に見えるし、クラウス著「ザ・ドゥーラ・ブック」の副題も「短く・楽で・自然なお産の鍵を握る女性」となっている。上に貼ってる小林登の引用がベネッセの支援で設立された「子ども学」(チャイルドサイエンス)についての研究機関「チャイルド・リサーチ・ネット」のサイトからなのだけど、同サイトの「産前産後ケア(ドゥーラ)」のページでクラウスの訳者である竹内先生が語るとこによるとやはりドゥーラは産婆のような存在であるらしい。

               

              【ドゥーラ CASE編】第10回 日本における出産ドゥーラ導入の可能性:竹内徹先生(新生児科医)

              https://www.blog.crn.or.jp/lab/03/41.html

              竹内氏: こんなことに私が興味をもった背景には、「新生児というのは、お産からわからないと実際はわからない」ということがありました。私がイギリスに留学したのは1964〜65年で、当時イギリスの産科病棟では、母親の横にベビーコット(ベッド)を置いて、母子を分離しない母児同室が基本でした。帰国後は大阪市立小児保健センターに4年半くらい勤めましたが、当時の日本では、未熟児室の中で疾病新生児も取り扱うという形で、「新生児室に病気の子どもが送られて来ても、母親についての情報はほとんど得られない」という状態でした。その後、淀川キリスト教病院に移り、そこはアメリカ方式で、異常分娩など、とにかくおかしかったら小児科医が分娩に立ち会う、という形式でした。それで「新生児に興味をもつ小児科医は、その母親の分娩から立ち会う」ということが始まったわけです。当時、そういう病院は東京の聖路加病院くらいで、日本にはほとんどありませんでした。分娩に立ち会ったら、今度は分娩のことを知らないといけない、母親の妊娠中の歴史も知らないといけない、ということで段々、現在なら普通になっているような新生児科医に目覚めたということでしょうか。その頃にクラウス先生の本に出会いました。

              ・・・

              「ドゥーラ」の本でマーシャル・クラウス先生が特に関与している点としては、「良いお産経験が育児の基礎になる」ということです。産後1か月の母親と赤ちゃんの行動を観察した研究で、クラウス先生が参与しているようですね。ちょうどその頃にマーシャル・クラウス夫人であるフィリス・クラウス先生(注3)が、ドゥーラという、お産の伴走者のような人の働きを考え始めたようです(注4)。フィリス・クラウス先生は、「親と子のきずな」の執筆には直接参加されていなかったようですが、第3版「ボンディング」になった時には、親と子の関係がどのように形成されていくかということで、その中では奥さんがかなり貢献されていると思います。

              1990年の初めに"Mothering the Mother"という本が出ました。私はちょうど助産師学校の校長を併任しており、教員の皆さんと一緒にそれを翻訳して、私の退職記念として多くの方にお配りしたことを覚えています。この本は、まさにドゥーラの話です。この本では、フィリス・クラウス先生は第2著者になっていますが、内容は大部分が彼女によるものだと思います。2012年に出版された「ザ・ドゥーラ・ブック」の第3版には、新しいエビデンスがまた加わったそうです。

              私は「ドゥーラ」という言葉は、小林登先生がダナ・ラファエル氏の母乳育児の本を翻訳して出された時に聞いてはいました。その本では母乳哺育には産後が大事だということが強調点でしたが、フィリス先生らのアイディアは少し違って、妊娠の初期からお産を中心に継続してサポートしていくという、そういう趣旨のようですね。出産にはもっと先に準備期間があるわけですから、そこから始めなければいけない、ということもあったのではないかと思います。
              ・・・

              昔は、正常産は助産師、リスクが高い場合は産科の先生がやるというお産形式でした。自然出産を求めるお産革命が始まったのはイギリスだったと思います。お産の歴史をかなり詳しく冷静にメタ・アナリシス分析した英語の文献集、オックスフォードのコクラン・シリーズも読んだことがあります。ドゥーラが出てくる背景には、アメリカの産科学の歴史が大きく関与しております。助産師の制度ができても、どうしても医学的なリスク管理を優先する出産ケアが主体になりますから、ドゥーラという、正常・健康な部分に焦点を当てて、周産期だけでなく、妊娠初期から母親と一緒に生活の一部もお手伝いする、という形が補足的に生まれてきたのではないかと思います。

              ドゥーラは基本的に、日本の昔の産婆さんの形に似ていると思います。日本には古くから、家庭分娩をやり、その子の結婚式まで覚えているおばちゃん、というような存在で、生活にずいぶん密着した産婆制度がありました。日本にはそういう歴史があり、イギリス系の助産学を早くから取り入れたけれど、そのうちに医学がどんどん進歩したので、今度は助産師も科学的な根拠をもって最新の助産をやらなければ、と医学で武装した結果、医療的な出産という形になってしまったのではないでしょうか。

               

              クラウス教授の研究およびドゥーラについては故・高橋悦二郎愛育会総合母子保健センター保健指導部長(当時)著「胎児からのメッセージ」(1984)でも読んだことあった。なお同書は例によって小林先生が訳したトマス・バーニー著「胎児は見ている」の引用があったりおんぶや添い寝の効用などが説かれている。

               

              最近、フランスの産科医ラマーズが提唱した、ラマーズ法という出産法が話題になっています。

              これはヨーロッパやアメリカでさかんにおこなわれているもので、このところ日本でも採用する産院がふえてきました。

              西欧の社会でも、むかしは出産のとき、産婦と親しい女性たちが集まって、産婦を手助けしたり、勇気づけたり、適切な助言をして不安をとり除いたりしたものでした。

              このような女性たちを「ドゥーラ」といいますが、これは古代ギリシャ語で「手助けする人」という意味です。

              イルカのメスは、仲間が出産するときまわりに集まってきて、生まれたばかりの赤ちゃんを水上に持ちあげ、最初の呼吸をさせてやります。イルカにも「ドゥーラ」があるわけです。

              (「胎児からのメッセージ」86ページより)

              ・・・

              たとえば、アマゾンのジャングルに住むある部族は、妻のかわりに夫が産褥の床について、陣痛で苦しむそうです。妻のほうはそのおかげ(?)で、お産がとても軽く、赤ちゃんを産んでから一時間後にはケロリとしてふつうに働くという話もあります。

              これは多分に呪術的な影響もあるのでしょうが、お産への夫の積極的な参加の一例といえそうです。

              アメリカでは、クラウス博士が中心になって、自宅分娩をすすめる運動が盛んになってきています。消毒・殺菌技術の進歩したいまでは、異常分娩が予想されるときを除き、自宅でお産をしてもとくに感染の危険もなく、さしつかえありません。むしろ病院で産むより、家族にとりかこまれて分娩するほうが、心理的にも安定して、お産もずっと軽いはずだというわけです。

              ラマーズ法や自宅分娩運動は、近代医療へのひとつの反省といえます。これは今後の大きな課題のひとつです。

              (「胎児からのメッセージ」89〜90ページより)

               

              日本に紹介した竹内先生が産婆のような存在と言ってたようにドゥーラは基本的に女性である前提で、妊婦の母親や姑など出産を経験してきた家族がドゥーラになってもよいらしいのだが、こういう運動がさかんになってきた80年代には核家族化してたのでラマーズ法の立会いみたいに夫の存在が前面に出てくるのかもしれない。今ふつうに言われてるイクメンってのも10年ぐらい前に降ってわいたようにゴリ押しされた新語で、流行語大賞をうまれるって映画のナレーションしてたつるの剛士が受賞してたりと自然なお産との関連性が疑わしかった。


              目と目が合ったら

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                評価:
                山内 逸郎
                岩波書店
                ---
                (1992-09-21)

                アップリカが出している「育児の原理」内藤寿七郎もだけど、共著者である小林登の文章見てても「母乳は愛のメッセージ」山内逸郎の主張とほぼ同じだという印象を受けた。具体的には最初に母乳が出にくいのを努力によって克服する(母乳は誰にでも必ず出る)ことで母親に母性が赤ちゃんに達成感が生れる、授乳時に母子の視線が合うことが重要、人工栄養と違って母乳は濃度が変化するだとかいう点である。

                この3人の先生がたはソニー創業者の井深大と親交がある点でも共通しており、今サンマーク文庫から出ている「0歳からの母親作戦―子どもの心と能力は0歳で決まる」の著書もある井深氏は育児に関心が高かった。小林登によってトマス・バーニー「胎児は見ている」が訳されるなど、80年代ごろから病院出産がトラウマになってるし目ー見えてる、それどころか水の中入れたら泳ぎ出すなど赤ちゃんの知られざる能力が脚光あびだしている。

                そのため出産を含め胎児〜乳児期の育て方あやまる(病院で出産してすぐに母親と引き離すとか粉ミルクで育てるとか)とのちにアレルギーや非行の悪影響が出るといわれたし、胎教、母乳哺育、幼児開発などが重視されることとなったのだろう。出産法やら母乳やらそんな早い時期のことにこだわる意味わからんし非科学的と感ずる人も多いと思うけど、たぶんこういう「赤ちゃんじつはわかってる」は本来の野生の姿としてサルなど動物の生態を参照していると思われる。

                 

                母乳で育てよう(アップリカ育児研究所)

                https://aprica-childcare-institute.com/warm_heart/breast-milk.html

                <注釈>※母乳を与えながらのスキンシップ
                母子相互作用の立場から、母乳哺育をみると、母性の確立にとって大きな意義をもつことは明らかです。
                【吸啜刺激】母乳保育においてもっともたいせつなのは赤ちゃん自身の吸啜行動です。それは、母親のみが体験する吸啜の刺激に対する感覚、それにともなう泌乳反射(場合によっては射乳反射)によって引き起こされる感覚をあたえ、母親としての意識、すなわち母性を確立させ、母としての気持ちをよびおこします。そういう意味でも、赤ちゃんの吸啜はきわめて重要です。母乳哺育では、母親は子どもを胸に抱くので、顔と顔を向き合わせる体位をとります。これは赤ちゃんがその視力で母親の顔を十分認知することのできる距離でもあります。
                【視覚】母乳哺育においては視覚もたいせつな役割を果たしています。母と子はおたがいの顔の表情を見て、視線を合わせます。人間の乳房は胸部で突出しているので、赤ちゃんと母親は母乳哺育にさいして視線を合わせやすいのです。
                ・・・
                【味覚】人工栄養ではミルクの味は単一で変化がありませんが、母乳の味は月齢、個人差などによってその風味に変化があるものと考えられています。
                赤ちゃんが吸啜をはじめると母乳分泌量は急速に増えますが、この間には母乳中のタンパク質の濃度に変化はほとんどみられません。しかし、脂肪の濃度、母乳じたいのpH、さらに母乳のなかにふくまれるタンパク質以外の乾燥成分重量(母乳を乾燥させたときに残る成分で、タンパク質、脂肪、糖のほかにミネラルなど)は増加します。したがって、片側の乳房で行う一回の哺乳でも、その過程で母乳の風味が時間的に変化するといえます。

                 

                現在の母乳神話は内藤寿七郎、小林登、山内逸郎、ほかにも松村龍雄とか高橋悦二郎とかそういう母乳や赤ちゃんの秘められた力重要視する偉い先生がたが小児科界に強い影響をおよぼしてる結果なのではないだろうか。あきらかにその風潮は戦後しばらくミルクやアメリカ育児のほうが良いと言われた反動であるし、また母乳育児に対し「ミルクじゃだめっていうのかい?!」と一部のお母さまがたが過剰反応してしまうのも、母性は母乳を目を合わして与えることで確立される、母乳は誰にでも必ず出る、人工栄養は怠惰、・・・といった母乳主義に苦しめられた反動であるように見える。

                故・毛利子来もやはり小児科の学会は母性愛をすごい重要視してると言ってて、同氏はその反発からか母親は楽してもいい(息抜きの飲酒や喫煙)みたいなこと言って炎上したこともあったらしい。なので著書のタイトルも「ママは育児にあわてない」「よい親でなくても子は育つ」だったり、また「ちお」誌の追悼号の表紙には「母親は一生懸命にならない。ズボラでいいんです」という生前の言葉が引用されている。

                 

                母乳で育てられる赤ちゃんは、生まれてすぐ母親の胸に抱かれ、やさしい言葉をかけられながら、慈愛深い目で見つめられながら、目と目が見合って、やさしくなでられるスキンシップ。赤ちゃんにとって、こんな完全な安定感、温かさはほかにありません。そして、おなかがすいたときに母乳をもらい、空腹感から解放されるのです。赤ちゃんはこのようにしてお母さんを知り、お母さんへの愛着を生涯持ち続けていくのです。

                お母さん、イコール安楽椅子、あたたかい寝床、そしておなかのすいているときはいつも空腹感をいやしてくれるもの、そういうものと理解するのです。お母さんの表情も覚えます。そして母への信頼が生れるのです。

                ところが、人工栄養の哺乳びんではこうはいきません。お母さんに抱かれて哺乳びんをふくんでいるときは、赤ちゃんの顔はお母さんの方をむきません。赤ちゃんとお母さんの目と目は見合いません。赤ちゃんとお母さんの目と目が合うことによって心が通うのですから、これは大変なことです。

                (山内逸郎著「母乳は愛のメッセージ」 15〜16ページより)

                母乳を出す、母乳を飲むという、母子の涙ぐましい努力のなかで、赤ちゃんはお母さんの愛を感じます。赤ちゃんの、母の愛の受けとめは、お母さんにも伝わります。母と子の愛の表現、相互の愛の受けとめは、相乗して母子の愛を大きく育てます。こうして母子ふれあいの原体験は、赤ちゃんの心に深くきざみ込まれ、この原体験がすべてのものへの愛に育つのです。人間として欠くことのできない、すべてに愛を与えることのできる素養は、実は赤ちゃんのときに備わるのです。その愛を植えつけるのがお母さんなのです。

                そして、何度もいうようですが、母性愛は最初からどの女性にも備わっているものではありません。赤ちゃんを産みさえすれば、自然に母性愛がふくらむものでもありません。母子で苦労して母乳保育の作業を続けるから生まれてくるものです。おかあさんの体は母乳を乳房から飲ませることで、体内での内分泌の状態が変化します。プロラクチンという催乳ホルモンが血のなかにふえてくるのです。それで母性愛が出てくるのです。いいかえれば、お母さんと赤ちゃんが、二人で努力することで母性愛は生まれてくるのです。ですから、母性愛まで赤ちゃんは母親から引き出すともいえるのです。

                こうして母性愛は日を追って深まり、赤ちゃんもそれに応えます。こうしてお母さんと赤ちゃんの二人の母子のきずなは強く強くなり、母子の愛も大きくふくらんでいきます。

                ところが、人工栄養ではこうはいきません。お母さんの乳房が吸われる刺激で母性愛が生れてくるのですから、人工栄養では本物の母性愛はできません。お母さんが赤ちゃんを上手にだっこして、二人の目と目を合わせるようにしても、乳房が刺激されないとだめなのです。

                要するに、母乳を与える努力、母乳を吸い出す努力――この母子共同の作業、母子共通の努力をしないとお母さんの体内のプロラクチンはふえません。すなわち本物の母性愛は生まれてこないのです。ですから、完全な母と子の強いきずなも望めないのです。人工栄養では赤ちゃんに食べ物としてのミルクは入りますが、母の心は入りません。母の愛、とりわけ人を愛する心は入っていかないのです。

                「赤ちゃんに母乳を飲まそうとしたが、出なかった」――よく聞く言葉です。でも、それは、私にいわせれば努力不足の一部です。われわれの指導力も足りなかったのでしょう。上手に指導すれば、女性である以上、母乳は必ず出ます。私はいつも大きな声で反論しています。「出なかったのではない。出さなかったのだ……」と。

                お母さん、自信を持ってください。母乳は必ず出ます。だれでも、必ず出ます。

                生きとし生けるものすべてに、大きな愛を与えることのできる人間に育てるかどうか、それはお母さんの気持ちひとつです。母と子の人間関係を大切にするか、哺乳びんとの関係を大切にするか、お母さん、答えは決まっているはずです。

                女性は赤ちゃんを産めばもう母です。しかし、本当の母親にはだれでもなれるわけではありません。自分の子どもに、自分のおっぱいを飲ませ、自分の赤ちゃんを自分の母乳で育てて、はじめて、子を産んだ女性が本当の母親になるのです。

                (山内逸郎著「母乳は愛のメッセージ」28〜30ページより)

                 

                愛、努力、母性、きずな連呼にくわえ「ところが人工栄養ではこうはいきません」は大事なことなので2回言ったし「母乳は必ず出ます」はもっと大事なことなので3回も念押ししている。紀子さまなども母乳で育てたいとの思いから山内先生の指導をあおいでいたのだそうだ。

                出産されたのもたしか「十分に甘えさせなかった子は自立が遅れる!抱き癖を心配すると情緒不安定の子に育つ!」故・内藤寿七郎先生や「胎児からのメッセージ」故・高橋悦二郎先生の愛育病院で、そういう関係もあるのか「赤ちゃんにやさしい病院」ではないものの同病院は母乳指導にけっこう力入れてるらしい。それにしても山内先生や内藤先生をそこまで母乳にかりたてたのはいったい何だったのだろうか。

                 

                母と子の結びつきを深めるのは、触覚だけではありません。

                眼と眼の見つめあいも、たいせつな母子相互作用といえます。

                生まれてから一カ月ぐらいまでの赤ちゃんは、網膜はできていますが、中心窩が未熟なために、ものを精密に見ることはできません。

                それに30〜40センチくらいの距離しかよく見えないようですし、視界も45度くらいで、ほとんど顔の正面しか見えないようです。

                それでも、人間の顔はちゃんとわかるようです。生まれた直後の赤ちゃんに眼や鼻や口が正しい位置についた人間の顔と、でたらめについた福笑いのような絵を見せますと、ちゃんと人間の顔をした絵のほうに興味を示し、じっと見つめたという実験があります。

                その実験では最後に、眉毛や鼻や口を消して、横に並んだ二つの眼だけの絵を見せたところ、赤ちゃんはそれにも興味を示しました。

                考えてみますと、サルや人間の顔の特徴は、平面に真横に並んだ二つの眼です。おそらく人間の赤ちゃんには、真横に並んだ二つの黒い丸が人間の顔をあらわす特徴であるという認識が、脳のなかに刷りこまれているのでしょう。

                これを動物行動学では、インプリンティングといいます。

                ・・・

                さて、母と子が眼と眼を見合わせることは、母子の結びつきを強めるうえでとてもたいせつなのですが、これは授乳のとき自然にできることに気づかれましたか。

                お乳をふくませるとき、赤ちゃんの顔は自然に上を向き、お乳を飲むのを見守るお母さんの眼とだいたい正面から向きあいます。距離もちょうど30〜40センチですね。

                人工栄養では、哺乳ビンをななめ横からさし出さなければなりませんから、赤ちゃんの顔は少しそれてしまい、お母さんの視線と赤ちゃんの視線がうまく正面に向きあうというわけにはいきません。

                じっさい、赤ちゃんは乳首を吸っているとき、じっとお母さんの眼を見つめていることが多いのです。あるお母さんは、

                「あまり見つめられるので、気恥ずかしくなります……」

                ともらしておられましたが、ともかく人工栄養の赤ちゃんは、お母さんと眼と眼の見つめあいをする機会がどうしても少なくなってしまうようです。

                やむをえず人工栄養にされたお母さんは、できるだけその機会を授乳のとき以外にもつくるよう努力したほうがいいでしょう。

                ミルクを飲ませたあとしばらく、まっ正面に向きあうタテ抱きにして、赤ちゃんの眼をじっと見つめて、話しかけながらあやしてあげることです。

                また、母乳のお母さんも、授乳のときテレビに見とれて赤ちゃんの顔を見ないようでは、せっかくの自然の配慮も台なしです。せめて授乳のときぐらいはテレビを消しましょう。

                (高橋悦二郎著「胎児からのメッセージ」141〜144ページより)

                お乳を吸っている赤ちゃんは、常にお母さんの顔を見ています。それに対して、お母さんはやはり同じように赤ちゃんの目を見ています。お互いに目を見合っているのです。

                そうすることによって、母子の関係が深く密になり、母乳もたくさん出るのです。すなわち、哺乳には二つの大きな意義があるといえます。一つは母子相互作用(子母相互作用ともいえます)であり、もう一つはお乳の分泌の促進です。

                哺乳による母子相互作用はとても早い時期に成立するといわれています。お母さんからは、赤ちゃんの肌に触れ(スキンシップ)、目と目を合わせ、やや高い声で語り、赤ちゃんの反応には微笑みで応え(エントレインメント)、ゆっくりと時間をかけて母親の匂いと肌の温もりを感じさせます。どれをとってみても、赤ちゃんには安らぎを与えるものばかりです。

                赤ちゃんからお母さんへは、目と目を合わせ、泣き(哺乳中は泣きませんが)、赤ちゃん特有の匂いを出し、安らかな顔をして、時には微笑みます。

                このようなお互いの動作が母子相互作用を築きあげます。そして、赤ちゃんはお乳を吸う力が増し、お母さんはその刺激によって、お乳を飲ませようとする母性が湧いてきます。さらにこれに赤ちゃんの哺乳の刺激が加わって、お母さんのお乳の分泌促進の反射が生じ、いっそうお乳の出がよくなります。

                (柳沢慧著「いま赤ちゃんが危ない―サイレント・ベビーからの警告」124〜126ページより)

                 

                伝説の小児科医(2016年2月3日 Skywalker院長のブログ)

                https://ameblo.jp/tadashikjp/entry-12123915489.html

                ・・・

                山内逸郎先生

                (写真使用の許可はいただいてます)

                ご年配の方ならご存知かもしれません。

                僕が研修した国立岡山病院の先生でした。

                日本の未熟児・新生児医療のパイオニアと言えましょう。

                そして何よりも、母乳育児の大切さを世に広めた先生でもあります。

                ・・・

                山内先生の神エピソードは数多くありますが、有名なものとして「粉ミルク廃棄事件」があるでしょう。

                (伝聞なので事実なのかどうか分かりませんが・・・)

                かつて山内先生はミルクの研究家でした。

                時代は高度成長期で、いかに子供に多くの栄養を与えるかに重点が置かれていました。

                「ミルク至上主義」

                な時代だったんですね。

                そんな中で山内先生は、いかにして高栄養なミルクを作るかだけでなく、ご自身の専門とする未熟児医療に置いて、未熟児にはいったいどんなミルクがふさわしいのかを研究しておられました。

                未熟児の胃腸はもろく、ミルクを与えると穴が開いてしまい死んでしまいます。

                どうやったら未熟児の繊細な胃腸を傷つけないミルクが出来るか・・・

                そんな研究を日夜続けた結果、山内先生は「ミルクじゃなく母乳こそ最適なんだ」という結論に達したのです。

                ミルクの研究をしていて母乳の大切さに気付くとは面白いですよね。

                その夜、山内先生は病棟(NICU)に駆け込んで、

                「今からこの病棟から一切の粉ミルクを廃止する!」

                と宣言。

                病棟にあるミルクをすべて捨ててしまったそうです。

                「赤ちゃんにやさしい病院」第一号となる国立岡山病院の伝説の始まりです。

                ・・・


                街に生きる

                0

                  ジャパンマシニスト社の子育て雑誌「ちお」は予防接種だけでなく障害児の記事が多い。児童精神神経科医の石川憲彦、元「季刊福祉労働」編集委員の北村小夜、脳性麻痺の小児科医である熊谷晋一郎、社会学者の立岩真也立命館大学教授などが誌面に登場しており、もともと山田真の娘が障害を持っていて養護学校義務化反対など障害者運動にかかわっていた。

                   

                  http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480857217/

                   

                  上の本読んだことないけど毛利・山田両氏に並んで名前のある野辺明子は先天性四肢障害児父母の会(1975)によるロングセラー絵本「さっちゃんのまほうのて」(1985)共同制作者の1人である。たしか片手の指がない障害なのだが、野辺氏の文章で興味深かったのは70年代さかんだった石けん運動で奇形児が生まれるってやってるの見て不快感を覚えるくだりだった。

                   

                  https://www.amazon.co.jp/dp/403330410X

                   

                  野辺 明子

                  http://www.arsvi.com/w/na02.htm

                  ◆野辺明子 1993

                  「社会正義の中に潜む優生思想」 「…なにか変だなと思うときがある。「障害児」を産みたくないから運動するのか。
                  私が感じた疑問や違和感は、たとえば、合成洗剤追放集会や勉強会にでたりするうちに怒りに変わる。「合成洗剤は河川を汚すだけではありません。奇形児が生まれる可能性もひじょうに高いのです。みなさん、粉石けんに切りかえましょう」と、どこで入手するのか、マウスやラットをつかった動物実験のデータとともに、「奇形胎児」の写真がスライドで映しだされる。それを見ればだれだって、「ああ恐い。もし私の子どもがああいう奇形児だったらどうしよう……」と思わずにはいられないだろう。「ああいう奇形児」の「そういう奇形」をもった子の親としてみれば、スクリーンに映しだされるスライドの胎児は、私の子どもといっしょであり、「ね、ね、こんな子が増えてくるとし(p.220)たら恐いでしょ」という見本として引きあいにだされていくのを見るのはいたたまれないのだ。そこには先天異常をもって生まれてくる子どもへの連帯感などありはしないのだから。」(pp.220-221)
                  「農協の組織が制作した、『それでもあなたは食べますか』という、アメリカの農産物輸入自由化に反対するための宣言ビデオがある。… 深刻ぶったナレーションと音楽とによって引きあいにだされてきたのが、またしても先天性の障害児であったのだ。このビデオもまた、食品の安全性を求める人たちのあいだでテキストとして高く評価され、ダビングさ(p.221)れ流布していった。」(pp.221-222)

                   

                  それでもあなたは食べますか 制作:全国農村映画協会(YouTube)

                  https://www.youtube.com/watch?v=o3uqqaauaNk

                  引用に出てくる「それでもあなたは食べますか」の動画あった。出だしからおどろおおろしい。

                  このホルマリン漬け奇形児たちベトちゃんドクちゃんみたいなベトナムの枯れ葉剤らしい。そういえば遺伝子組み換えで悪名高いモンサントも枯れ葉剤作ってたからロハスに好かれる要素まったくない会社だと思った。

                   

                  確かにこのブログでロハス史ふりかえってたとき、食品公害や複合汚染を受けた70年代のオバタリアン環境運動が添加物で奇形児生まれる。合成洗剤で奇形児生まれる。って奇形児奇形児言いまくりなのが気になってた。私が子どもの頃、30年ぐらい前か?すでに奇形児じゃなく発がん性って言ってた記憶なので、上の記述見てやっぱりポリティカルコレクトネス化する時期に発がん性メインにした気がした。

                  ただ子どもじゃなくて野菜ならいいらしく、放射能の影響で奇形の野菜が。遺伝子組み換えの交配でバケモノのような野菜が。って感じのことは今でも言ってる。奇形野菜に関してはスーパーに並ぶ野菜が無駄にきれいすぎなだけの気もするけど、公害の時代には水質汚染で奇形の魚とかよくいたらしいし、水俣病、サリドマイドなど先天性の障害を持って生まれる子どももいたのでオバタリアン環境運動が奇形児言いまくってたのはそのへんの影響と思われる。

                  オバタリアン環境運動とはまだ環境運動がニューエイジ化する前の専業主婦(オバタリアン世代)による生協や石けん運動を勝手にそう呼んだ。オバタリアン環境運動に影響を与えたのが三一新書とかから出てた日本消費者連盟の本で、内容的には花王とかライオンの合成洗剤は川汚す→石けんを使いましょう。資生堂の化粧品は原価○円→石けんを使いましょう。て感じで、シャボン玉石けんなどの会社はその時代のなごりと思われる。

                  母親が摂取した毒で子どもが赤ちゃんが先天性の障害にみまわれてたので、真偽不明なシャンプー胎盤に蓄積されてる説なんかもおそらく石けん原理主義的オバタリアン環境運動の進化形であり、おととしあたりからは柔軟剤の芳香による「香害」って概念を打ち出してきて香害110番を設置した日本消費者連盟や石けん会社に続きジャパンマシニスト社も力を入れ出した。そもそも元日本消費者連盟代表の富山洋子もちおの編集委員で同連盟は予防接種運動にも関係している。

                   

                  山田真に聞く

                  http://www.arsvi.com/2000/071223b.htm

                  ・・・

                  ◆立岩:今日は僕は山田さんの話を一応わかった上で次の話みたいな感じで聞いてしまったのでね、むしろその本来であれば、最初の読み手にとってみれば知らない話を聞いてないわけじゃないですか。つまりさっきちょっと言いかけたけど、77年に全障連の大会に行ったその話に戻るんだけど、
                  一方で治りたい、もとに戻せって森永ミルクの被害者の人が言って、そんなこと言うなっていう人たちがいて、それって解ける話なのかどうかはわかりませんけれども、でも現実にそういう場に遭遇してしまうわけですよね。つまり医師っていうのは普通あんまりそういうとこにいないわけでしょ。でも問題はそういうとこに起こったりもするわけですよね。そのことはこの本の中には書かれてるけれども、同じことでもいいですし、なんかプラスアルファでちょっと思い出せることっていうの、その後のことも含めてね、もう少し足してお伺いしようと思うんですけども。
                  ◆山田:全障連大会へいったときというのは、森永のミルク中毒の被害者に関わっていて、一方で障害者の運動にも多少関わっていたから、だからだいたいそういう公害被害者運動とそれから障害者の運動だとかなんかっていうのが別々でやってるのがおかしいから、なんとか一緒にやれるようにっていう、後々は差別や共同宣誓とかなんかって言われたようなものを構想して、盛り込んでいったんだよね、私は。
                  言ってみれば、割合なんか障害者の運動っていっても狭くて、障害者のことやってるけど公害の被害者のことなんか知らないじゃないかっていう、それでそのことを啓蒙しなきゃいけないみたいな気分っていうのもどっかにあったりして、そのときに森永の被害者たちがたててたスローガンが“体をもとに戻せ”っていうスローガンだった。それを最初に森永の被害者が言った途端に、ものすごく糾弾の嵐になって、もとに戻せとはどういうことだっていう、だから、もとの体が良くて今の体は悪いっていうことかっていう話になって、それはもう全く予想もしないことだったから、そういう言われ方っていうのはほんとに初めて聞いたっていうことだったし。一緒に行った森永の被害者ってのは、まだ高校生だったから、とてもそれに答えられるような状況ではなくて、それからもう一日糾弾され続けていたというか、要するに、お前医者がどういう悪いことをしてきたか知ってるかっていうふうに言われて。
                  ・・・

                   

                  高度経済成長期においては水俣病やサリドマイドやカネミ油症やヒ素ミルクなど公害(薬害、食品公害)でお子さんが障害を負うケースが多かったし、障害児は絶対的に「不幸な子ども」だった。なので公害を起こした企業に、よくもわが子をこんな体に。と、怒りのぶつけどころがあったけど、そのいっぽうで公害とか関係なく生まれつきもしくは小さいときの事故や病気で障害を負っている人たちも存在している。

                  脳性麻痺の団体「青い芝の会」の映画「さようならCP」(1972年)も最初に公開されたのが宇井純の公害原論だったそうで、その意図するところは、障害者を生み出す公害って悪だよね。て感じだったのかもしれない。だが合成洗剤追放運動の「奇形児」もしくは森永ヒ素ミルクの「体を元に戻せ」だとかいって障害を怖がったり無くそうとする反公害の正義も、別に公害とか関係なく障害を生まれ持った人からしたら自分たちを排除する論理と受け止められているのだった。

                  また高度経済成長期といえばコロニーとかいって人里離れたところに障碍者だけの施設や町を作っていた。それも当時からしたら「不幸な子ども」およびその親御さんによかれと思ってやってるのだろうけど、70年代から青い芝の会とかが隔離政策だと批判し街にくりだして過激な運動を展開している。

                   

                  明るくないけど、変えることは不可能じゃない――「弱く」あることのススメ 立岩 真也×山田 真 2004/04/20 『[ちいさい・おおきい・よわい・つよい]子育て未来視点【ルビ:さきのみとおし】BOOK(下巻)――大人になるということ』ジャパンマシニスト社,pp.62-67

                  http://www.arsvi.com/ts/2004067.htm

                  ◆山田 ぼくは脳性まひ者の「青い芝の会」の初期の運動に対して尊敬の気持ちがずっとあって、いまの運動の変化ってつかみにくい。「青い芝」や全障連の運動には「正常ってなんだ」という問い返しがあったよね。
                  六〇年代初頭、障害者自身の運動のはじまりのころは、身体の障害を手術でなんとかしよう、「正常」に近づこうという流れがあったけれど、うまくいかなかった。

                  ■立岩 結局なおらないものはなおらないってことで、なかばそれをわかりつつ、かなり無理な発想で、あるいはともかくなんかやってみようってことで、いろいろやってみるんだけど、やはりうまくいかない。へたな手術なんかするとかえって後で二次障害がひどく出たりする。

                  ◆山田 そう。無理矢理ふつうの形にしても、その形のなかでバランスをとっていた本人にとっては「異常」な形になるわけ。「正常」に近づくために小さいうちからすごく苦労させられて、施設に入れられて、でもよくならなくて、という恨みみたいなものが、「正常ってなんだ」という問い返しになっていった。
                  全障連の第二回大会で、すごい糾弾を受けてね。当時、ぼくは森永砒素ミルク事件の被害者運動にかかわっていて、被害者のひとりといっしょに行った。そしたら「体を元に戻せ」というスローガンに対して、これはなんだ、障害者を排除する思想じゃないか、と。医者の犯罪性を一身にぶつけられたようで戸惑った。

                  ■立岩 障害者が「治ったほうがいいでしょう」といわれてカチンとくるのは当然です。治らないんだから。しかし、「もし治るなら」というのが現実性をもってくると、話はむずかしくなってくる。そこをどう考えるか。
                  まず、痛いとか苦しいというのは、少ないほうがいい。それはそうだと思います。でも、痛さを軽減するとか、治療をするために「支払う」ものがありますよね。手術の痛みだったり、療育の場に通うとその時間に遊べないとか。だから、得られるものと支払うものとを天秤にかけて考えなきゃいけない。ところが、この社会は、どうしても支払いのほうを軽く見ちゃう。こどもがいろんな努力をさせられたり、時間を費やされたりして支払うものを、小さく見てしまう。これが一つの問題です。そんなことを「なおすことについて」で書きました(野口裕二・大村英昭編『臨床社会学の実践』、有斐閣、に収録)。

                  もう一つは、「不自由」をどう考えるかということ。したいことができないのはたしかに困ったことです。でも、自分ができないことを他人にやってもらったらちょうど同じになる場合もある。もっと言えば、他人にやってもらうほうが自分としては楽かもしれない。だから「障害があっていいんだ」という障害者の言い方は荒唐無稽、苦しまぎれに聞こえるけれども、じつはそうでもないんだと思います。このことは「ないにこしたことはない、か・1」に書きました(石川准・倉本智明『障害学の主張』、明石書店、に収録)。

                   

                  脳性マヒ者団体「青い芝の会」が主張した、障害者の自己(2018年9月22日 cakes)

                  https://cakes.mu/posts/22513

                  荒井裕樹(以下、荒井) 簡単に言うと、「青い芝の会」というのは、脳性マヒ(CP:Cerebral Palsy)者による運動団体です。

                  脳が何らかの原因で損傷を受けて、その後遺症として、身体や言語の機能に障害が生じるのが脳性マヒです。障害の程度は個人差が大きくて、寝たきりの人もいれば、歩くときに足を引きずるくらいの人もいます。 発語が難しくてコミュニケーションに時間のかかる人もいれば、スラスラとしゃべれる人もいます。自分で自分の身体をコントロールしにくい「不随意運動(アテトーゼ)」を伴う人もいますね。

                  「青い芝の会」って、もともと養護学校の同窓会みたいな団体だったんですけど、1970年頃に変わっていきます。

                  きっかけは、ひとつの「脳性マヒ児殺害事件」でした。脳性マヒのある子どもの育児・介護に疲れた母親が、我が子に手をかけてしまった。この事件後、周辺住民が「母親が可哀想だから減刑してあげてほしい」と署名活動を行ったのですが、「青い芝の会」はその減刑嘆願に抗議しました。つまり「障害児を殺した親が減刑されたら、障害者には生存権がないということになる。それは許せない」ということです。

                  特に「青い芝の会 神奈川県連合会」は、激しい抗議活動をしたことで知られています。その後も、県立病院での出生前診断に反対したり、「養護学校義務化」に反対して文部省(当時)に押しかけたりと、強硬な運動を展開しました。

                  九龍ジョー(以下、九龍) 有名なのが1977年の「川崎バス闘争」と呼ばれているバスジャック。車いすの乗車拒否を繰り返していた路線バスに抗議して、バスの前に座り込んだり、消火液をぶちまけたりして、28時間にわたってバスを占拠したとか。その他、座り込みをしたり、路上カンパをしたり。「過激」といわれる活動を展開していったんですよね。

                   

                  街に出よう −福祉への反逆−(前編)

                  https://www.youtube.com/watch?v=AOq2IgmbtB8

                   

                  金井康治さんの死が投げかけるもの

                  http://www.asahi-net.or.jp/~LS9R-SITU/kanaikoji.html

                  金井康治さんは、養護学校から弟も通うことになる地域の小学校への転校を希望した。それに対する当時の足立区行政・学校(花畑東小学校)・教職員組合(都教組足立支部)の対応は、足立区が区役所前に二億円をかけて鉄柵を立てたことに端的に現れたようにすさまじいものがあった。学校は、自主登校で門前にいる金井康治さんが校内のトイレを使うことさえ拒否し、あげくにはトイレを使おうと校内に入った支援者を「不法侵入」で逮捕させ、有罪失職にまで追い込んだ。教職員組合は「障害児が入学すると学校がめちゃめちゃになる」と宣伝し、金井さんを地域の中で孤立させようとした。

                  この転校運動との関わりを伝える文章が、文集の中にもたくさんある。「となりの区で奇跡を起こしてくれた」と題された北区たんぽぽ会の山本さんの文章、「康治さんとぼくの娘と」のタイトルの山田真さんの文章などが、転校運動が障害児の普通学校就学運動に及ぼした大きな影響=親が希望すれば障害児の普通学校就学がほぼ実現するという状況を、鮮やかに書きとどめている。「涼さんの普通学級入学を認めなかったら足立区のようになりますかねぇ。……」ということばが、日本中で教育行政に携わっている人達の中から発せられていたし、そこから始まる障害児を受け容れていく学校の中から『五体不満足』の登場したのだ。

                  ・・・

                   

                  上に引用した森永ヒ素ミルク運動を批判する全障連の大会が1977年と川崎バス闘争と同じ年だし養護学校義務化反対もほぼ同時期なはずで、ちょうど障害者運動が激しくなった時期だと思った。知的や重い身体の障害持つお子さんによる普通学級はもちろんのこと、定員割れの高校に入学する↓ってのもたまにニュースになってる。

                   

                  定員割れ神戸・楠高 重度脳性まひ男性が2年連続不合格(3月20日 毎日新聞)

                  https://mainichi.jp/articles/20190320/k00/00m/040/022000c

                   

                  知的障がいの仲村さん、再び不合格 高校受験 家族「学力選抜での不合格は差別」(4月11日 琉球新報)

                  https://ryukyushimpo.jp/news/entry-901756.html

                  重度の知的障がいがある仲村伊織さん(16)=北中城中卒=が今年3月、2度目の沖縄県立高校受験に挑んだが、不合格となった。受験した1次募集の全日制、2次募集の定時制の2校はいずれも定員割れだったが、県教育委員会は「一定の点数が足りず、入学しても高校の教育課程をこなすことは難しい」としている。

                  仲村さんの家族は3月28日に県教育庁を訪れ「テストで点数が取れないことが知的障がいの特性であり、今の選抜制度では本人の努力が反映されない。2次募集でも学力選抜で定員内不合格とされることは差別だ」と批判した。

                  仲村さんは北中城村の普通小中学校で学んだ。2018年度に重度知的障がい者として県内で初めて公立高校を受験したが不合格となった。

                  ・・・

                   

                  それはそうと何で予防接種忌避と障害者解放がつながってくるのだろうか。予防接種は人工的に免疫力アップさせ病気自体かからないようにさせるのだが、ちお誌の医師などは菌やウイルス、またそれらが引き起こす病気はあるていど共存すべきものであって、自然にかかったおいたほうがいい場合もあるという立場だ。

                  戦後日本にも顕著になった自然を征服するアメリカ的な論理においては医学や科学の進歩が人間にとって役に立たない菌やウイルスを徹底的に排除し病人は投薬や訓練で「正常」に近づけようとしてるけど、過剰な殺虫や医療によって耐性ができ(もしくは免疫が脆弱になり)帰って脅威になることもあるし、もともと自然に存在してる特定の虫、ばいきん、ウイルス、障害などをこわがってそれらをこの世からなくしてしまおうと生命をコントロールすること自体が優生思想なのだ・・というのが私の解釈である。だからこそ森永ヒ素ミルク事件で被害者が「元の体に戻せ」って言ったとき元に戻すべき「正常」な身体を持たない障害者から反発があったのだと。

                  また長らく各種公害が企業との関連を否定されてたり、障害者が家やコロニーに閉じ込められたりと、わが国が戦後経済発展するなかでいなかったことにされていた人々がどんどん表に出てきたのが1970年代であって、予防接種の被害者もまた同様だったのだろう。化学者の吉原賢二がインフルエンザ予防接種を告発する前まで副反応があること自体ほとんど知られてなかったようだ。

                   

                  https://www.amazon.co.jp/dp/4880499218


                  母乳復権

                  0

                    日本でネスレといってもネスカフェとキットカットぐらいでミロも昔に比べたら細々としたもんだけど、じつは世界的にみるともっと幅広い製品つくられててネスレ製の赤ちゃんミルクも存在する。ネスレフォーミュラで検索したところ「ナン」「グッドスタート」とかいう銘柄があるようだ。

                    その中でちょっと大きなお子さん用とおぼしき「ニド」言うミルクもあるけどニドってコーヒー入れる奴ちゃうんかい。というわけで海外では売ってるらしいネスレの粉ミルク1960年代においては衛生の知識やインフラが不十分な途上国へ売り込んだところ、お母さまがた汚い水で調乳したり薄めまくるなど不適切な作り方されたために乳児が危険にさらされたこともあったという。

                     

                    ネスレ・ボイコット(Wikipedia)

                    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%82%B9%E3%83%AC%E3%83%BB%E3%83%9C%E3%82%A4%E3%82%B3%E3%83%83%E3%83%88

                     

                    そんな事実があるのになりふりかまわぬ宣伝、母乳より優れてるとか言ってたのか70年代に不買運動が起こって何年か前に「汚れたミルク」言う映画にもなってるのだが、ネスレは粉ミルクに限らずキットカット作るためにオラウータンの住かをおびやかし、チョコやコーヒーを買いたたき地域の食文化破壊しイスラエル支援し・・・と自然保護やローカリゼーション、第三世界とくにアラブ重んずるロハスからは好かれる要素なき多国籍企業のひとつだった。そんな背景があって1982年のWHOコード(母乳代用品のマーケティングに関する国際規準)で人工栄養に赤ちゃんの写真を使わないとかコマーシャル打たないなどの規制があり、液体ミルクに母乳ガチ表記あるのもたぶん影響うけてる。

                     

                    母乳代用品の販売流通に関する国際基準(WHOコード)の内容(REBORN)

                    http://www.web-reborn.com/humanbirthpark/breastfeeding/who-code-naiyou.htm


                        母乳代用品はすべて一般に宣伝してはならない。

                        母親に無料のサンプルを与えてはいけない。

                        無料あるいは優待価格での粉ミルク提供を含め、保健・医療機関に販売促進活動をしてはいけない。

                        企業が派遣する人が母親に接触してはいけない。

                        保健・医療従事者に贈り物をしたり、個人的にサンプルを渡したりしてはいけない。保健・医療従事者は母親に製品を渡してはならない。

                        赤ちゃんの画像を含め、人工栄養を理想化するような言葉あるいは画像を使用してはならない。

                        保健・医療従事者への情報は、科学的で事実に基づくものでなければならない。

                        乳児の人工栄養に関するすべての情報は、母乳育児の恩恵と優位性と、人工栄養にともなう経済コストと危険性を説明していなければならない。

                        加糖練乳のような不適切な製品は、乳児用に売り込むべきではない。
                    10
                        たとえ国がコード実施に向けて動いていなくても、製造者と流通業者はコードの条項に従うべきである。

                     

                    日本においても昔は粉ミルクのほうが良いと言われてた。というのはよく聞く話であるし、粉ミルクの会社が赤ちゃんコンクール開催し丸々太ったお子さんを健康優良児として表彰していたらしい。それでも高度経済成長期の奥さま雑誌で赤ちゃんの写真に「牛のお乳はいやでちゅ」というキャプションも見たことあるので粉ミルク推しがどの程度だったのかいまだによくわからないのであるが、母乳より太りやすいといわれてることを考えるとそれをもって栄養がゆたかと解釈されていたのかもしれないし、また70年代はDDTやBHCやPCBなど体に悪そうな物質による母乳汚染も原因にあったかもしれぬ。

                     

                    森永ひ素ミルク中毒

                    http://www.arsvi.com/d/m35.htm

                    ◆末岡陽子「日本における保健行政の変容と保健師活動」より

                    ・・・

                    1955(昭和30)年頃、各地の保健所では「赤ちゃんコンクール」が行われていた。一定時期の乳児の中から体重が一番重く、運動面の発育の早い赤ちゃんが優良児として表彰されていた。当時は、敗戦後の経済的に困難な時期からようやく抜け出した高度経済成長期の初期であり、乳業各社ははげしい陣取り合戦、開発競争をくりひろげ、合理化路線をとっていた。森永は鮮度の落ちた牛乳を原料とするために乳質安定剤として第二リン酸ソーダを添加するという、安易でかつ安全無視の技術開発を行い、その結果乳業界髄一の高度成長を遂げることになった。そして「牛乳のように腐敗の心配もなく、母乳に近い栄養を含んでいる」として、赤ちゃんから母乳が奪われ、いかにも進んだ育児法であるかのように宣伝された。
                    ・・・

                    ■引用

                    ◆2008/11 稲場 雅紀・山田 真・立岩 真也 2008/11/** 『流儀』,生活書院

                    ◇山田:森永が最初だったんだろうね。安田講堂が落ち、その主力が捕まっちゃって、残っている部分でとにかく何か運動を続けていかなきゃと思った。いわゆる活動家、当時で言えば学生と労働者が引っ張って、という運動がもうできなくなっているから、これはもう市民運動に依拠するしかないだろうという感じになった。それで高橋晄正さん☆をひっぱりだそうということになった。
                    ・・・
                    ちょうどその頃に水俣だとか森永だとか、スモンはちょっと遅れるのだけれども、いろいろな運動が出てきた。それはもうサリドマイド☆だとか、大腿四頭筋短縮症☆だとか、未熟児網膜症☆だとか、後から後から薬害を告発する動きが出てきた。今だって薬害や医療被害はあるけれど、みんな声を出して告発しないから出てこないだけだよね。
                    一方われわれの運動の流れとしては、大学が悪いだけじゃなくて、学会だってよくないじゃないか、それなら改革しようということで、学会闘争を始めた。当時の小児科学会は乳業四社――森永・明治・雪印・和光堂――が全部仕切って、医者の面倒を見てくれるというシステムになっていた。だから、その四社と縁を切れみたいなところから運動が始まった。

                    ・・・

                     

                    森永ヒ素ミルク中毒事件 資料館

                    http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinagasiryoukann.htm

                    森永ヒ素ミルク中毒事件とは、昭和30年(1955年)に日本で発生した、森永乳業の粉ミルクによる世界最大の乳幼児大量死亡被災事件。
                    猛毒のヒ素(砒素)が混入した第二燐酸ソーダ(産業廃棄物由来)を、製品が新鮮であるかのように見せかける目的で、赤ちゃん用粉ミルクに「乳質安定剤」として添加したために発生した世界史上最大の大規模砒素中毒事件です。現在の、事故米のロンダリングや、粉乳メラミン中毒事件にそのまま直結する要素をもった事件です。昨今の食の安全をめぐる公害事件、さらには科学技術と社会との関係性、御用学者の誕生、専門家を誤用する社会の側の姿勢、それを妄信する社会やメディアの側にとっての教訓が凝縮されている事件といっても過言ではありません。

                    ・・・

                    写真解説:
                    森永乳業と国、医学界が三位一体となっての14年間にわたる圧殺に屈せず、救済運動を守り続けた、岡山県周辺の少数の被害者家族たち(資料館所蔵)
                    横断幕には、「森永よ、子供を元に戻してくれ!」 と書かれている。親の願いであり、恒久救済対策案の原点といえる理念が、この時期に形成され、理論化された。

                    ・・・

                     

                    粉ミルクの販売戦略とWHOコード(REBORN)

                    http://www.web-reborn.com/humanbirthpark/breastfeeding/who-code.htm

                    産院でおみやげとして手渡される粉ミルクの缶。入院中に全員が受ける「調乳指導」という名の教室――白衣の女性は乳業会社の社員である。

                    こんな、日本中どこにでも見られる光景が、海外では広告規制の対象になっている。粉ミルクの販売戦略は、母乳が十分出たはずの人までミルク・ユーザーにしてしまうことがあるからだ。

                    規制の基盤となっているのは、WHO(世界保健機構)とユニセフによる「母乳代用品の販売流通に関する国際規準」=通称「WHOコード」である。

                    ・・・

                    今回来日したアネリス・アレインさんは、WHOコードの草稿を書いたひとりだ。当時、アネリスさんはジュネーブに住み、弁護士としてWHOの仕事をしていた。

                    「始まりはまったくの偶然で、同僚がコードの作成に関わっていたので興味を持ちました。私はアフリカに駐在していたので、法外な値段で粉ミルクが売られているのをいつも見ていたのです。私は子どもはいませんが、自分では何もできない赤ちゃんのために、誰かがやらなければならないと思いました」

                    以来アネリスさんの人生はWHOと共にある。彼女はIBFAN(乳幼児食品国際行動ネットワークInternational Baby Food Action Network 「イブファン」と読む)設立者のひとりでもある。IBFANは、世界中の母乳支援団体が集まってできているネットワークで※、WHOコードの施行と「モニタリング(遵守状況の追跡)」を任務としてきた。WHOコードが現場でどの程度守られているかをチェックし、報告するシステムを持っている。

                    「モニタリングの第一歩は、WHOコードを正しく理解することです。まず、これは粉ミルクだけではなく、ほ乳瓶や乳首などの調乳用品、それから離乳食を含むということ。それから、粉ミルクは悪いものだと言っている訳ではなく、自由選択を妨げるものではないので、お店の棚に粉ミルクが置いてあるのは違反ではありません。しかし、製品のそばに母親向けの宣伝パンフレットがあったり、缶に赤ちゃんの絵や写真があったり、「母乳と同じ」と書いてあったりすると違反です」

                    かわいい赤ちゃんの写真は日本ではあまりにも多用されてきたが、「この製品で育てれば、こんなにかわいい元気そうな子になりますよ」というメッセージを潜在意識に植えつけるので、規制されている。

                    ・・・

                     

                    そして母乳育児成功のための10ヵ条っていうユニセフとWHOによる共同声明にもとずき、長期にわたって母乳育児に積極的にとりくんだ施設を「赤ちゃんにやさしい病院(BFH)」 に認定し、日本では1991年に国立岡山病院(現国立病院機構岡山医療センター)がその第一号となった。この国立岡山病院の名誉院長が「母乳は愛のメッセージ」の山内逸郎先生で「山内逸郎博士の3.5ヵ条」を実践する「日本母乳の会」がユニセフから認定審査業務を委嘱されBFHの審査を行い認定申請を行っている。

                     

                    赤ちゃんにやさしい病院(ユニセフ)

                    https://www.unicef.or.jp/about_unicef/about_hospital.html

                    <母乳育児を成功させるための10か条>
                        母乳育児の方針を全ての医療に関わっている人に、常に知らせること
                        全ての医療従事者に母乳育児をするために必要な知識と技術を教えること
                        全ての妊婦に母乳育児の良い点とその方法を良く知らせること
                        母親が分娩後30分以内に母乳を飲ませられるように援助をすること
                        母親に授乳の指導を充分にし、もし、赤ちゃんから離れることがあっても母乳の分泌を維持する方法を教えてあげること
                        医学的な必要がないのに母乳以外のもの水分、糖水、人工乳を与えないこと
                        母子同室にすること。赤ちゃんと母親が1日中24時間、一緒にいられるようにすること
                        赤ちゃんが欲しがるときは、欲しがるままの授乳をすすめること
                        母乳を飲んでいる赤ちゃんにゴムの乳首やおしゃぶりを与えないこと
                        母乳育児のための支援グル−プ作って援助し、退院する母親に、このようなグル−プを紹介すること


                    昭和ワクチン禍

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                      アメリカのワクチン議論は9割がたイギリスの医師アンドリュー・ウェイクフィールドによるMMRで自閉症説からのはしか復活って感じで、その論文自体は1998年に出てるし、ジム・キャリーのグリーンワクチンとかいうイベントも10年ぐらい前だったので昨日今日始まった活動ではないのだが、2014年にアメリカではしかの流行があったようでそれを契機に世界的なアンチヴァクサーの問題が表面化したのかもしれない。なのでここ何年かで見かけるようになった反ワクチンだの自閉症だのって話も、アメリカの動向に影響されているところが多分にあると思われる。

                      ではわが国のワクチン議論はどうなのだろうか。とりあえず私が参照しているのは子育て雑誌「ちいさい・おおきい・よわい・つよい」(ちお)などジャパンマシニスト社ってとこから出てる出版物である。

                      ジャパンマシニスト社はもともと機械工学の専門書を出してたのに2代目に代替わり1989年「超ウルトラ原発子ども」から突如として野草社みたいなロハスや教育の左翼系出版社にイメチェンした。ちお誌は障害児運動の流れもくんでるけど、創刊は1993年「予防接種はどれをどう受けますか?」なので、時期からして予防接種禍集団訴訟で国が敗訴しMMRが問題になり予防接種法において定期接種が義務規定から努力義務規定に改正されることを受け、打たせてもいいワクチンとそうでないのを親御さんに解説するため創刊されたことがうかがえる。

                       

                      https://www.amazon.co.jp/dp/4880493996

                       

                      これアマゾンで出版時期が1995年4月てなってるけど改訂版らしい。表紙がちょうど目次みたいになってるのでそれ読むと、毛利子来の「予防接種が変わる!」、「インフルエンザワクチンは打たないで!」「もうワクチンはやめなさい」著者である母里啓子の「予防接種チェック!!」、斎藤貴男のMMR記事などがある。

                      MMRと言ってもウェイクフィールドの論文より前の話であり、またはしかではなくおたふくワクチンによる無菌性髄膜炎の副反応なので海外でポピュラーらしい自閉症説のことはいったん忘れておくれ。斎藤貴男がその危険性を明るみにしたことが大きいと思われ、近年では子宮頸がんワクチンを取材していたようだ。

                       

                      https://www.amazon.co.jp/dp/4880493090

                       

                      https://www.amazon.co.jp/dp/4797672633

                       

                      子宮頸がんワクチン問題を追う(集英社インターナショナル)

                      http://shueisha-int.co.jp/vaccine/vaccine08.html

                      ・・・

                      1980年代の予防接種法には「義務接種」の概念があった。MMRワクチンは対象外だったが、事実上の義務接種とされていた麻しんワクチンの定期接種時に無料で接種できる特典が用意されていたため人気を集め、それにつれて副反応の被害も広がっていく。おたふくかぜに感染した場合と酷似した無菌性髄膜炎の発症事例が続出した。

                      急性脳炎、小脳失調症、てんかん、知的障害……。予防接種後被害者救済制度で被害認定を受けた子は史上最多の1041人。うち3人は死亡との因果関係も認められた。1993年に接種の見合わせが決定されるまでの間、それでも厚生省(当時)はMMRの接種を中止させることはなく、いたずらに被害を拡大させる結果を招いた。

                      一方、この時期には1970年代に全国各地で提起されたインフルエンザワクチンの予防接種禍に関わる訴訟で、国側の賠償責任を認める判決が相次いでもいた。かつては文字通りの義務接種に他ならず、学校現場での集団接種が当たり前のように繰り返されていたインフルエンザワクチンが──。

                      かくて1994年に可決・成立した改正予防接種法は、「義務接種」の概念そのものを捨てた。従来の「社会防衛」重視から「個人防衛」重視へとも評された思想の転換には、しかし、反発も強かった。その反発が、やがてVPDの運動や、「子宮頸がん征圧をめざす専門家会議」の活動などとも一体化していくことになるのである。

                      ・・・

                       

                      予防接種法1948年てことは、虫わいてるからとDDTぶっかけたり下肥を禁止したりといろいろ終戦直後の衛生面で思うところあったGHQの陰謀だったのだろうが、1994年の前は1976年に改正されている。それまで罰則規定があるほど予防接種が強制的でなおかつ救済制度がなかったので、種痘とかで重大な副反応が出ても補償されることはなかった。

                      1976年改正の前後だと次男がインフルエンザ予防接種で重度の障害を負った吉原賢二東北大教授「私憤から公憤へ」(1975)、前橋市医師会のインフルエンザ集団予防接種中止(1979)などがある。そういえば前にワクチン危ないっていつから出てきた運動なのか調べたことがあり、80年代後半からインフルエンザ予防接種の本が出始めていたのだけど、それも80年代に前橋レポートやワクチントークが出てきたのがひとつの契機になっているのだろうし、わが国のワクチン議論のメインがインフルエンザなのもその名残なのかもしれない。

                       

                      https://www.iwanami.co.jp/book/b267113.html

                       

                      https://www.amazon.co.jp/dp/4916052048


                      1985年に静岡県で「どうする予防接種?」て集会があり、そこで毛利子来および1962年にジフテリア・百日咳二種混合ワクチンの予防接種で娘が重度の障害者となった藤井俊介が中心となってワクチントークが設立された。その後90年代前半ごろ国が敗訴してMMRが問題になって「ちお」創刊とも重なる予防接種法改正となる。

                       

                      https://www.amazon.co.jp/dp/4797495804

                       

                      ジフテリアというのはどういう病気か知らんのであとでWikipediaでも読むとして、1940年代やワクチンの副反応で病名だけはよく聞く。アメリカで1982年にDPT(ジフテリアと百日咳と破傷風)の副反応についてのドキュメンタリーが放送されているし、わが国では1948年に予防接種法が施行されて早々にジフテリアの予防接種が80名以上の死亡者と1000名以上の被害者を出しており、注射したとこ肉溶けてて昔のワクチンこわすぎる。

                       

                      https://www.amazon.co.jp/dp/4880493007

                       

                      ジャパンマシニスト社「新・予防接種へ行く前に」によるとジフテリアは過去の病気なので予防接種しなくていいって書いてた。同書のルーツは1994の法改正後、厚労省の啓発資料に対抗するべく出された毛利子来およびワクチントークの「『予防接種と子どもの健康』攻略本」である。

                      なんか生活クラブって生協に本の共同購入があって、そのカタログに「新・予防接種へ行く前に」もラインナップされてるらしい。生活クラブの政治団体がたぶん生活者ネットワークで、毛利医師と並び「ちお」誌の中心的人物である小児科医の山田真を呼んでワクチンの勉強会やったりしてる。

                      山田 真さんの予防接種学習会報告(2014年10月24日 江戸川生活者ネットワーク)

                      http://edogawa.seikatsusha.me/blog/2014/10/24/4679/

                      ・・・

                      山田先生のお話は、まず、「放射能の問題も予防接種の問題も同じ」ということから始まりました。「放射能はたばこより怖くない、野菜不足と同じ」などと言う東大の先生がいるが、根拠もなく言っている。10年ほど前、イギリスの学者が、「日本のレントゲンの取り方は異常。ガンが見つかるメリットよりも、それでがんになるデメリットの方が怖い」と警告してくれたが、それを一蹴した。アメリカでは乳幼児期にCTを撮った子どもの追跡調査をしている。CTは、レントゲンの100倍〜300倍の放射線量を一度に受けるが、それは知らされない。世界中の3分の1のCTが日本にある。高度な検査がこんなに簡単にできるのは日本くらい。海外では開業医が持つことはまずない。私のところにはあるが、子どもに使うのは1年に1〜2回くらい。子宮頸がん予防ワクチンの接種率も、日本はアメリカより圧倒的に高く、重い副反応を抱える女性が1100人もいるが、心因性のものと片付けられる。打つメリットの方が大きく、副反応のデメリットは考えなくていいという姿勢。タミフルも圧倒的に日本が使っている。リニア新幹線も電磁波のかたまりに乗るという恐ろしい乗り物。アメリカが軍事利用するのでは? アメリカで新薬やワクチンができると日本での状況を見てアメリカが採用を決める。日本は実験場。原発と同じ。」と。

                      ・・・

                      講演の中では、「ワクチンで予防するやり方で、病気が増えている」ことを指摘した、今では絶版となっているエミリーマーチンの『免疫複合』という本を紹介。「自己免疫疾患(免疫寛容が破綻し、自己抗原に対して免疫反応を示すことが原因となる疾病)」により、食物アレルギーが増えていることに言及。今は、アレルギー食物を除去するのではなく、徐々に慣らす方向にあり、「ワクチンはその1種類しか予防できない。本来なら、食べることで丈夫な体をつくることが大事」と話されました。

                      ・・・

                      会場からはいくつもの質問が出され、山田先生は時間超過もいとわず、個別の相談にもひとつひとつ丁寧に答えてくださいました。「予防接種をしないと、保健所から打つように言われるが、どうしたらいいか」との質問には、「個人が選ぶ権利を持っているが、人と違う生き方は許されないような状況もあり、予防接種をしないことで虐待が疑われることもある。1人で対抗するのは難しい。生活クラブが運動を広げてはどうか」と話されました。

                       

                      引用↑に出てくるエミリーマーチンの「免疫複合」とやらを検索すると翻訳がトランスパーソナル心理学の菅靖彦だった。胎内記憶関連本の訳書も多いしハクスリー「知覚の扉」の解説も書いてた気がする。


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