最高のオレオ

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    昔は「ヤマザキナビスコ」言うてたのにいつのまにかヤマザキとナビスコが分裂しており、ヤマザキからオレオが発売されてない時期がけっこう長く、そのかんヤマザキのスーパーにおける影響力からかなぜかナビスコ製のオレオまであんまり見かけなくなっていたのだが、満を持してヤマザキ版オレオ「ノアール」が新発売されるとオレオも棚に並ぶようになり、そのうえヤマザキがナビスコ潰しにかかってるのかすごい種類のクッキー新発売しまくるので、ちかごろ菓子の売り場がオレオやノアールやルヴァンだらけになってる気がするのだが気のせいだろうか。というか前は「リッツ」「プレミアム」言うてた別のクラッカーがどっちも「ルヴァン」になっており、最初ヤマザキ版リッツすごい変な形で売ってたのに最近丸のまで出てきてるし、ヤマザキ版プレミアム塩なしが出てきたり最近はビスケットにとどまらずパンまでもルヴァン言い出して訳わからなさにもほどがある。

    というわけでヤマザキでは菓子が乱立気味なのであるが、ノアールのブランドを周知させるためかノアールのピコラやパンも今ではたいへん多く展開されている。ピコラ言うのは筒状のサクサク食感が楽しい菓子で、ヤマザキとナビスコが分裂してからもヤマザキからそのままの名前で発売されているあたり、ナビスコとは関係ないブランドなのだろう。

    ピコラはよく中国産のものが売られているし、エコルセっていうルマンド系菓子詰め合わせにも入ってるのでそれ自体は珍しい菓子ではない。そんななかせっかくヤマザキさんが作ってるのにそこまでオレオ感ないのが期待外れだった。

    菓子パンは入れ替わりが激しいのでもう売ってないと思うけど、ノアールのランチパックもあった。これも苦くなくて、ココア言うてもオレオじゃなくてチョコのだしみたいな奴だった。

    クッキークリームパンはオレオ味でおいしかったけど、こっちはパンがパサパサだった。オレオの苦さとランチパックのしっとり感が両立すればさぞ美味しいクッキークリームパンが誕生すると思うのだが・・・

    私は日本人にしてはめづらしく?オレオもプレミアムもモンデリーズ派であり、ヤマザキいっぱい商品出してるわりにいまいちかもしれない。と思っていた矢先、ノアールとルヴァンの薄焼きサンドが発売された。これは私がクッキーの中で一番おいしいと思ってるのに最近見かけないスリムサンドのオレオ(リッツ)バージョンであり、モンデリーズからオレオクリスピーが出たときオレオのスリムサンドかと思いきやパリパリ食感で全然違かったときのショックもあったので、このたびノアールの薄焼きサンド発売により本当にオレオのスリムサンドはこの世に存在したんだ。と感慨深かった。

    これ小分けだしスリムサンドより安かったのでぜひとも一過性ではなくレギュラー化してほしい。この薄焼きサンド発売をもってナビスコ派からヤマザキ派に寝返ったけど、ナビスコのゴールデンオレオってのもおいしかった。

    これ見るからに甘そうで絶対にまずいだろうと思いつつも、なんかすぐ消えそうな雰囲気なので一回くらい食べとこうと買ったらそんなに甘くなくて、かといって黒オレオみたいな苦さもないからすごいありがちでどうでもいい感じのおいしさなのだけど意外に似たような菓子が思いつかない。ビスケット1枚につき白身を3枚載せて食べるのが好き。

     

    オレオ写真集

     

     

     

     

     

     


    ハンバーガーショップ

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      評価:
      平山郁,森梅子,USAKICHI,阿部有軌,椎名里実
      美健ガイド社
      ¥ 648
      (2012-10)

      人々の関心が熱中症から芋やシチューに移ろう食欲の秋。マクドナルドから毎年発売される月見バーガーはメインの卵焼きがすごい人工的と思ってて積極的に食べるほどの魅力感じてなかったけど、今年採用されたバター香る黄金バンズの広告写真が私の食欲をいかんなく刺激したのであった。

      毎度ながら写り悪いけど、この光沢がおわかりいただけるだろうか。バンズは広告写真と同じように黄色いというかむしろ実物のほうが黄金に光輝いており、本当にお月様のように私には見えた。

      確か去年も月見バーガーが刷新したとかいったので食べたことがあり、それ私の中ではパッとしなかったのでどんなだったかちっとも覚えてないけど、金の月見は黄金バンズが私の好きなしっとりふわふわで、今まで食べたハンバーガーの中でもかなりおいしい。これバンズが口の水分持ってく系だったり野菜が挟まってたら卵のぷりぷりや厚切りチーズのポテンシャルここまで発揮できてなかったろうし、中にマヨネーズみたいな油脂も多量でまったく非の打ちどころがなかった。

      ブラックサンダーのマックフルーリーは去年食べたので今年は食べないつもりだったけど、最近白いブラックサンダーって言ってるからそれホワイトサンダーだろと思って頼んでみたらいちおう黒い物体も入ってた。ビスケットさくさくでオリジナルのオレオよりおいしいからまだ売ってたら食べてみてごらんなさい。

      あとダブルチーズバーガーの肉をプラス100円で倍(4枚)にしてみた。これ今年の冬に全く同じものが「ダブダブチ」(ダブルになったダブルチーズバーガーの意)って名前で9日間限定で発売されてたときに食べたことがあってその肉肉しさを忘れられずにいたら、そのあと「夜マック」といって既存のハンバーガーが夕方17時以降だとプラス100円で肉2倍にしてくれる制度が開始されたために、ダブダブチを再び食べてやろうと長いあいだ心に誓っていたのである。

      階段のように折り重なった肉やチーズ達。ひとくち目はバンズのパッサーとした存在がすごすぎて肉やチーズの味がまったくはいってこず、こんなはずでは。と、おもむろにいちばん上だけ引きはがそうとするも、チーズの接着力によってバンズとチーズと肉が三位一体となっていたため不可能と悟った。

      しかたなくつぶして食べていると、なぜか中盤あたりから4枚肉が主張し始めるという怪現象が起こり、ダブダブチを食べたあの時と同じようにわが口腔内は肉フェスと化した。マクドナルドにカスタマイズなどというしゃれたサービスがあるはずもないので一口目におけるバンズのパサパサ感との闘いをどうやり過ごすかが今後の焦点となってくるであろう。

      検索したところによるとダブダブチは420円だったらしいので、ダブルチーズバーガー320+100円の夜マックと価格もまったく同じだ。このダブダブチが好評だったためにサラ・カサノバ社長はじめとするマクドナルド首脳部は小食な日本の消費者も肉増量を求めていると確信し、ファストフードの弱点そうな夕食時間帯の客単価をあげるべく夜マック導入に踏み切った・・・かどうかはしらんけども、同様の試みとして近年ミスタードーナツが「ミスドごはん」、ケンタッキーが16時以降に食べ放題を実施していたのを見ても、軽食枠に甘んじるジャンクフード業界にとって人々がきちんとした食事や米をとりがちな夕食が伸びしろなのは間違いない。

      ただビッグマックの倍、は前からあったように思う。確認すべく今しがた「倍ビッグマック」と昔やってた「メガマック」画像検索してもやはり全く同じ物体に見えるのだが、倍ビックマック(=夜マック)のほうが120円高いし20カロリーほど熱量も低いため確証は持てない。

      そして古くくしゅくしゅソックス時代(平成初期)にも17時以降の食事政策は実施されていたらしい。そのさいはマクドナルドの癖にチャーハンやカレーライスを出していたらしく、私もずっと前パオ(包)とかいう肉まんみたいなハンバーガー出してたのは覚えてるけど、サンドイッチから離れて米や弁当みたいなの出してたのは黒歴史臭いと思った。

       

      マクドナルド マックチャオ CM(YouTube)

      https://www.youtube.com/watch?v=e_QdxK8w9sI

      「午後5時ごは〜ん♪」

      タレントショップおよびファンシーグッズ全盛期にこんな邦ちゃんグッズ持ってた。

      「5時になったら午後5時ごは〜ん♪」

      「マックチャオ。新しいおかずは?じょわーん(←中国ちっくなドラの音)マクドナルドで、晩ごはん!」

      中華にこんなベタな中国イメージ前面に出すのこの頃が最後くらいじゃないだろうか。しかし「パオ」の例もさることながら、同時期にミスタードーナツが「サンフランシスコのチャイナタウン」唄い飲茶を始めたことを思うと、中華メニューはまだありえそうな気もした。

       

      マクドナルド カレー CM【山田邦子】1993 McDonald's(YouTube)

      https://www.youtube.com/watch?v=6xj_3ycQsSA

      これバリューセットとか出てくるちょっと前らしいのだけど、迷走していたのだろうか。この頃のマクドナルドまだやさぐれてなかったっていうかむしろまだ値下げ前で今のスターバックスコーヒーくらいの格式は保ってたように思うのだが。

       

      90年代マクドナルドの迷走メニューを振り返る! ピザに中華弁当、カツカレーも登場(2016年4月9日 exciteニュース)

      https://www.excite.co.jp/News/90s/20160409/E1459848032646.html?_p=2

      山田邦子をCMに起用した中華弁当&洋風弁当

      1991年12月には、夕方5時からの限定メニューとして、中華弁当『マックチャオ』の販売を開始している。2段重ねのせいろ風の容器には、チャーハンとシューマイなどのおかずが数点詰まって730円。しっかりとした夕食を意識した強気な価格設定である。
      このメニューは全国に導入されており、山田邦子を起用したCMも大々的に放送されていた。ご記憶の方も多いのではないだろうか?

      発売当初は前年同期比で40〜50%の売上増となるなど、話題に見合う人気はあった模様。しかし、飽きられるのも早く、あっという間に伸び率は鈍化。テコ入れとして翌92年5月末には洋風弁当『ハンバーグチャオ』『カツチャオ』(各740円)を投入するも、大した話題にもならないまま8月には販売終了となった。

      店内調理にこだわったカツカレーも登場

      1992年3月には、都内の4店舗でカツカレーのテスト販売を開始している。
      マックチャオに続くライスメニュー第2弾だ。マックチャオが夕方以降のメニューだったのに対し、こちらは午前11時から午後2時までの昼限定でスタート。商品名もズバリ『お昼のカツカレー』。
      ご飯も店で炊くなど店内調理にこだわった仕上がりで、テイクアウトしやすいように深い丼型の容器となっていた。らっきょう、福神漬け、チーズと3種の薬味が付いて650円。高からず安からず、といったところか。

      4月には静岡県内26店舗でもテスト販売を開始するが、思うような結果が得られなかったようで、5月には早くも『チキンカレー』520円、『ビーフカレー』550円にリニューアルしたよう。

      販売時間帯も午前11時〜夜9時までに拡大し、8月にはマックチャオの終了に伴い全国展開を開始と、低価格に切り替えたライスメニュー路線を推し進めた。

      一時的にはチキンカレーが好調だったようだが、これといった特徴もないカレーはやはり根付かないままにフェードアウトしたのだった。

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      韓国っぽグルメ

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        韓国で一大ブームメントを起こしたハニーバターチップを最近わが国のスーパーマーケットでも見かけるようになった。あれカルビーの幸せバタ〜と同じ味と違うんかいな。

        ロッテリアにふるポテという、紙袋にスナック菓子にかかってそうな粉入れて自分でシェイクするタイプのポテトが安くなってたので初めて食べてみたところ良き。と思い、普段マックしか行かないけど今年のマック限定が去年の使い回しすぎることもあってしばらくロッテリアにはまった。パイやチーズがモチモチしており、時期によってタピオカや雪見大福を使ったメニューもあるなど、韓国人企業なせいか全体的に韓国好みのモチモチシコシコした食感が多い。

        ふるポテはカルビーとコラボしていることもあって、粉がカルビー製かつ紙袋まで可愛い。しかし幸せバタ〜(ハニーバターチップ)がヘテ製菓なのに、ライバルのロッテと組むなんてカルビーはとんだ二股野郎だ。

        マックのシャカシャカシリーズもしかり、私は味にムラがあるのが好きなのであえてシェイクせず、適当に粉かけてめちゃくちゃ味が濃いところと普通のところと粉全然かかってないところと1つのフレーバーで3種類の味を楽しむのがこだわりだ。そんな性癖なのでビビンバとか食べてもあんまり混ぜないけど、韓国でそれやったら店のおばはん勝手に人のスプーン奪いグチャグチャかき混ぜて味を均一にしてくるので困る。

        そのふるポテおよびシャカシャカポテトと同様のメニューがファーストキッチンにも存在した。写真ほとんど紙しか写ってないが、いちおうポテトとハンバーガーが中に入っている。

        これはチーズタッカルビ味だそうで、タッカルビ味の粉をまぶしたポテトをチーズソースにディップする・・・という、ちょっとややこしい方式のせいで、店のおばはんにあらかじめ粉をシャカシャカされてしまっている。けどこれ、べつに辛くもなければ鶏肉の味がするわけでもなく、このチーズだったらマヨネーズでも良いやと思うような、全体的にぼやーとした味だった。

        そういえば少女時代やマッコリが伝来した、第一次K-POPゴリ押し期には外食中食の韓国メニューもっと多くて、マクドナルドのプルコギバーガーとかコンビニの韓国風おにぎりとかとにかく規模も無理やり感もすごかった。チーズタッカルビのゴリ押しはその時に比べると全然たいしたことない。

        剛力氏も踊り出すあのランチパックからチーズタッカルビ味が登場した。パンはしっとりでさすがのランチパックだが、フィリングはピザみたいな感じだったので目新しさはなく、ランチパックではどっちかというとサーティーワンコラボの方が踊り出したかった。

        かねてよりチーズタッカルビおにぎりなどチーズタッカルビ商品を複数発売しチーズタッカルビと親和性の高い大手コンビニチェーンであるファミリーマートからチーズタッカルビパンが出ていた。作ってる会社は知らんけど同時期にチーズタッカルビ味のランチパックが出てたくらいなのでヤマザキ製とみた。

        チーズが中からとろーんじゃなく上部に焼きつけてるし、見た目パッサーしててこのパン絶対おいしくないわ。と全く期待せずに買ったけど、すぐもちもち食感に走りがちなファミマの菓子パンにありながら、しっとりふわふわのパン生地に意外性があり、フィリングもけっこうリアルにタッカルビだった。まだしばらく買えると思うのでピリ辛いのが好きな人はいっぺん食べてみてはいかがだろうか。

        ハニーバターといえば韓国っぽフレーバーの代名詞的存在だが、その影響かたけのこの里からもはちみつバターが出ていた。近年、あまおう苺味や甘酒味やチョコミント味などお菓子は同じフレーバーが乱立する傾向があるのだが、カルビー以外ではちみつバター味を出すのはまだ珍しいように思う。

        とりあえずはちみつバターという味が面白そうだから買ってみるものの、見た感じこのチョコは激甘でおいしくなさそうだ・・・と、もともとたけのこ食べる習慣がないこともあり期待していなかった。でも中のビスケットがビター系なのが幸いし、甘いはちみつチョコともバランスがよくって、オレオ的おいしさだった。

        ハニーマスタードにチキンって組み合わせが韓国ぽいので食べてみたけど、うどん離れした価格にくわえ蜂蜜に辛子に鶏肉に生野菜・・・で訳の分からない味だった。うどんはかけや温玉ぶっかけなど普通の味で食べようと心に誓った。

        韓国がヤクルト先進国となるなか、ヤクルトの祖国であるにもかかわらず遅れをとっている日本。ヤクルト的飲料のビックルから出たソーダ普通においしかったけどまだまだヤクルト味は少ない。

        韓国人はモチモチシコシコした食感が好きらしく、グミの人気が高い。わが国でUHA味覚糖が発売する新食感グミ「コロロ」も有名でパクリ臭い商品(おそらくコロロの食感フルーツ感は再現できてないと思われる)も存在するけど、今度はその味覚糖からヤクルト味のグミが発売されていた。

        その商品名から食感がむっちりらしいし、グミがビンの形しているあたりも韓国の奴と同じだ。現在日本ではチョコミント味の菓子が乱立しているのだが、チョコミントゴリ押しが終わったらヤクルト味来るか?

        ヤクルトや即席めんは日本起源でありながら、その摂取ペースはもはや韓国のほうがまさっている可能性が高い。即席めんを袋の上から割り、スープの粉をかけて生のままバリバリ食べる、そんな食べ方も韓国ではポピュラーで、最初から生でバリバリ食べることを想定した「ブショブショ」なる菓子も存在する。

        ブショブショというのは袋の上から割るときのバキバキ、もしくは混ぜるときのシャカシャカ、いづれかの擬声語であろう。めんにかける粉はスープみたいな味とは限らず、バーベキュー味のようないかにもスナック菓子な味、ハニーバターのような甘い味やワサビ味もある。

        わが国ではベビースターやラーメン屋さん太郎などチキンラーメン系の麺が最初から粉々になっている菓子と、それを食べやすいようひとくちサイズにまとめたラーメン丸やどでかいラーメンなどがあるものの、ブショブショのように見た目が即席めんと全く同じものは見たことがない。少なくとも台湾には「王子麺」「科学麺」といったブショブショと同タイプの菓子があるのだが。

        しかしこのたびベビースターからもブロック型が限定発売されており、史上初と記載されている。これまでのベビースターと違い好きな大きさに割れるという利点はあるが、けっきょくこれはしょっぱくないチキンラーメンでしかない。

        ブショブショがいいのは粉を均一にすることもできるのだが、あえて全然混ぜずに粉がいっぱいかかってるとこと全然かかってないとこ両方楽しむのがいいのであって、あのジャンクな粉が重要なのである。ベビースターはまるかじりとはいってもチキンの味が均一にしみてしまっているし何よりもうこの新しいキャラの絵があまりにも可愛くない。

         

        【辛い】インスタントラーメンみたいな韓国のお菓子[プショプショ] ×10袋!4140kcal【木下ゆうか】(YouTube)

        https://www.youtube.com/watch?v=cuf4-h2FloQ&vl=ja


        ますます多様化

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          ヤマザキビスケット社はナビスコのアメリカンで陽気なイメージをほうむり「ルヴァン」「ノアール」と、ヨーロピアンテイストにシフトしたのだが、今度はヨーロピアン気取りの先駆者であるブルボン社がルヴァンとノアール合体したとおぼしき「ルヴェール」ってネーミングでオレオを発売し、ヤマザキとナビスコの分裂以来オレオ市場は混迷をきわめている。以前からブルボンはココアなんちゃらって名前でオレオ出してたのだけど、「ルマンド」「エリーゼ」「プチ」シリーズなどの前例にならい食べきりサイズの包装に活路を見出した。


          もぐもぐタイム

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            おととしあたりから韓国で人気爆発なヤクルト味のお菓子がこのたび日本にも上陸した模様。最初しまむらでグミを見つけ、これ日本でも売ってるのか。と検索したところ、カルディーやウィゴー、ビレバンとかにもあるって書いてたので後日ビレバンに見に行ったらハングルバージョンで売ってた。

            カルディーのもハングルらしいのだが、輸入元が同じなので同じ商品なのだろう。ビレバンにはヤクルト味のアーモンドっていうのがあったのでそっちを買ってきた。

            ヤクルト味のアイスだいぶ前に食べたことがあって、それがロッテ製だったもんでてっきりヤクルト菓子ってロッテ社が展開してるのかと思ってたのだけど、グミとアーモンドにはロッテって書いてないし全部違う会社なのかもしれない。グミはハリボのコーラみたいな形をしており袋を開けるとヤクルトのいいにおいがする。

            でも今グミより豆菓子が好きなので、個人的にヨーグルトアーモンドのほうが気に入った。もともと甘い味ついたナッツ好きなのだけど、これは特にまわりにかかってる甘酸っぱい粉が濃くてとってもおいしい。

            グミといっしょに買った右端のハニーバターアーモンドは、ハニーバターってとことか袋の絵が韓国ぽいけど日本製。こっちは想定内の味だった。

            あと無印で桜味やいちごジャムの菓子など春の味覚いろいろ買ったけどほとんど食べつくし今この3つしか残ってなかった。いちごジャムのクラッカーて前プチにあったのに、それに比べると無印のはクラッカーの向きバラバラでジャムはみだしまくってて汚いしちょっとしか入ってないのに謎に高い。

            手前の桜クッキーはなぜかてんさい糖と国産小麦をアピっててマクロビ的優しさ主張してるけど、無印の菓子はかなり添加物入ってて普通に体に悪そう。私は菓子食べるにあたってそんなもん気にしてないがな。


            俺を

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              マックフルーリーのオレオ増量した超オレオ♡オレオ好きなのでもはやフルーリー抜きでもいいくらいなのだが、ここんとこマクドナルドはメンチカツだチーズだタルタルだと、限定品でデブのハートを容赦なくわしずかんでくる。

              そういえば最近ヤマザキからノワールというオレオが発売され、日本製なのでやっぱり中国製のオレオよりおいしいんだろうか。と思って食べてみたものの、私はオレオの上と下をはがして食べるのが好きなのにはがれなかったし味もオレオの方がおいしく感じられノワール派にはならなかった。ヤマザキビスケット社は「ルヴァン」「ノワール」などと、ブルボンばりのヨーロピアンなネーミングでナビスコのアメリカンなイメージを捨て去ろうとしているが、怪しげなパッケージと相まっていささか陰鬱な印象を受けてしまう。

              もちろんフルーリーはノワールではなく中国産オレオである。明日からはあまおう苺のマックフィズとマックフロートが始まるそうだ。

              ここ5,6年ほど春になると桜味がよく出回る傾向があり、マックフィズもさくらを出していた(珍しく桜餅味ではなくさくらんぼ味だったはず)と思うのだが、今年は桜にくわえてあまおう味が多い。秋によく出たさつまいも味と栗味の菓子類がそれぞれ「安納芋」「和栗」などと種類を細かく指定することで高級感を醸し出しており、苺もまた同様「いちご味」って書くよりも「あまおう苺の○○」って書くことでいちご味のチープなイメージを払拭しようとしている。

               

              マクドナルドの17年12月期、純利益最高 新商品など好調で(2月13日 日本経済新聞)

              https://www.nikkei.com/article/DGXLASFL13HJW_T10C18A2000000/


              大きいのが好き

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                評価:
                秋元康,後藤次利,萩田光雄,カラオケ
                日本コロムビア
                ¥ 3,250
                (1994-02-21)

                食品のサイズが縮むわけは?(11月20日 yahoo!ニュース)

                https://news.yahoo.co.jp/byline/inosehijiri/20171120-00078375/

                ふだん食べているお菓子やチーズ、缶詰などの大きさが、いつの間にか小さくなっていた――。こんな経験をした人は最近多いのではないだろうか。一見、これまでと同じ大きさでも、気持ち小さくなった気がし、調べてみると確かに容量が減っている。でも値段は前と同じ。ネット上では「だまされた気分」「実質的な値上げでは」との声も相次ぐ。こうした現象は、英語のシュリンク(縮む)にちなんで「シュリンクフレーション」とも呼ばれる。なぜ今、シュリンクフレーションが起きているのか。

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                ツイッター上では今、「くいもんみんな小さくなっていませんか日本」というハッシュタグへの投稿が盛り上がりをみせている。これもそう、あれもそうという情報が、証拠の写真やデータと共に、数多く寄せられている。

                俎上に載った食品は、クッキー、ガム、チョコレートなどの菓子類から、チーズ、マーガリン、牛乳、アイスクリームなどの乳製品、ウインナー、ハムなどの食肉加工品、カップ麺、カップスープなどのインスタント食品、缶詰、調味料にいたるまで、枚挙にいとまがない。どれも消費者になじみのある人気ブランドばかりだ。

                容器ごと小さくなった商品もあれば、10個入りだったのが8個入りになるなど、中身の数が減った商品もある。容器の大きさは変わらないが、開けたら中がスカスカになっていたという投稿もあった。

                投稿者のコメントには、「悲しい」「切なくなる」といった悲哀を漂わせるものもあれば、「だまされた」「ひどい」と怒りをあらわにするものも。いずれにせよ、財布を直撃された消費者のショックは相当大きい。

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                「いつの間にか小さくなった食べ物」を共有するハッシュタグがせつない(10月19日 exciteニュース)

                https://www.excite.co.jp/News/smadan/E1508400884049/

                 

                前は2-3人前だったのに! 「#くいもんみんな小さくなってませんか日本」まとめ(10月19日 ニコニコニュース)

                http://news.nicovideo.jp/watch/nw3025660

                 

                先月下旬あたりから盛り上がっているらしいTwitterのハッシュタグ「くいもんみんな小さくなっていませんか日本」、語尾に日本つけるネーミングに日本死ね的左翼臭感じて投稿を見てみたところ、幾人かがアベノミクスとか言ってたので警戒心を抱いた。くいもんみんな小さくなってく現象は「実質値上げ」「値段据え置き」とか呼ばれ、ここ何年かでいっせいに行われる傾向があるため、値上げ前にニュースになることも多いはずであり、何で今さら話題にするんだという点もいささか疑問である。

                食品の実質値上げ(値段据え置きで内容量が減る)が各社いっせいに行われ、またそれがニュースになるのは10年ぐらい前からではなかっただろうか。ガソリンとかもすごい高かった気がするので原油高はあったと思うけど、原因が何だったのか検索したところ、干ばつによるオーストラリアの小麦不作だったようである。

                 

                食品値上げ相次ぐ、森永、雪印、ニチロ、六甲バターなど(2007年12月14日)

                http://www.nikkeibp.co.jp/news/biz07q4/555379/

                森永乳業、雪印乳業、ニチロ、六甲バターは、それぞれ2008年以降に一部食品を値上げすると発表した。乳製品、冷凍食品を対象に、販売価格の引き上げや、実質値上げとなる容量削減を実施する。いずれも海外から輸入する原料の価格高騰などが要因。

                森永の値上げは2008年3月出荷分より実施する。販売価格の引き上げはアイスクリーム「エスキモー MOW」をはじめとする54品目。値上げ幅は3―20%。容量の削減は「クラフトスライスチーズ8枚」など21品目。減量率は4―20%とする。このほか家庭用チーズ2品目は10%減量したうえで価格を8―9%引き上げる。飲料/ヨーグルト12品目は価格を8%程度引き上げるなどして新商品として発売する。なお森永は2007年9月にも家庭用チーズ22品目を平均10%値上げしている。

                雪印は2008年2月より値上げする。「とろけるナチュラルチーズ使い切りタイプ」など41品目で価格を6―20%引き上げる。容量削減は「とろけるナチュラルチーズ ピザ用」など17品目を対象に2月以降順次行う。減量率は10―20%。

                ニチロは2008年2月より「あけぼの」ブランドの冷凍食品で価格を4―11%引き上げる。六甲バターは同月より「Q・B・Bチーズ」ブランドの業務用商品でプロセスチーズの価格を10―41%、ナチュラルチーズの価格を8―48%値上げする。

                また明治乳業も2008年3月より乳飲料/チーズ/マーガリンなど84品目を3―25%値上げすると発表している。

                 

                子供に人気「駄菓子」がピンチ 個数減らし、小さくして実質値上げ(2008年7月21日 JCASTニュース)

                https://www.j-cast.com/2008/07/21023553.html?p=all

                小麦粉や食用油といった原材料の高騰で、製品値上げが当たり前のようになっている食品業界だが、安さが命の駄菓子はそう簡単に値上げができない。しかし現状では売れば売るほど赤字。安くておいしいと、子供たちに夢を与えてきた駄菓子業界が、追い詰められている。
                ・・・

                    「大手は値上げし、それ以外も小さくしたり、中身を減らしたりするなどして実質ほとんどが上げている」

                と話すのは、静岡市で駄菓子屋を営む女性だ。10円から買える駄菓子は、少ないお小遣いでもたくさん買える。子供たちに人気なのは昔も今も同じで、店にも100円玉を握りしめて学校帰りに集まってくる。子供たちの味方である駄菓子も、近年の原材料高のあおりを受けている。

                   小さいドーナツが4個入った「ヤングドーナツ」を製造する宮田製菓(岐阜県各務原市)は2008年6月から店頭価格を31円から42円に値上げした。発売を開始して以来23年間同じ値段を守ってきたが、初の値上げに踏み切った。同社の担当者によると、前年に比べて小麦粉が35%増、食用油は2倍、砂糖は15%増と、主原材料価格のほとんどが上がった。もう限界といったところだった。値上げを検討する際に、「1個減らして価格は据え置く」「1個増やして50円にする」といった別の選択肢も考えたが、取引関係がある問屋の意見も取り入れて決めた。

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                   「秋にも実質的な値上げをする」と話すのは、20円のスナック菓子を製造しているメーカーだ。卸値は変えずに中身を13gから10gに減らす。ここでも原材料費は値上がり前に比べて2倍近くになった。もっとも厳しいのは、同社のような中規模の製造会社だという。大手は最新の高速マシンを導入して生産効率を上げ、人件費を減らすといった対策をしている。一方、中規模では設備投資する資金がない上に、生産量もそれなりに多いため人手がかかるのだ。1日あたり35万個の駄菓子を生産しているという同社の工場では約50人を雇っている。「価格を上げたいのが本音だが、50円や100円になっては駄菓子とは言えない」と話していて、減量は苦渋の決断だった。値上げに踏み切らない理由はもう1つある。

                    「競合がいる商品は値上げすると売れなくなる。どこまでもちこたえられるか、我慢比べだ」

                   10円スナック菓子の代表格「うまい棒」を製造するやおきん(東京都墨田区)も、「駄菓子は子供たちの夢である」という考えから、グラム数を減らして若干細くすることで価格を維持している。

                 

                上の引用記事を見ていただいても、やはり小麦、油、砂糖などが高騰していた2008年に有名な食品の値上げが相次いでおり、これが実質値上げブームのはしりだったと記憶している。このときの値上げはよく覚えており、「これは一時的なもので、また大きく太くなる」と信じてた食べ物が、オーストラリアとか言わなくなってからもいっこうに元どうりにならなかったうえにむしろ実質値上げが常態化しているため、いまだになんやねんとは思っている。

                だがくいもんみんな小さくタグに反発するのは何か左翼臭ぇということだけでなく、それらに取り上げられている大手メーカーの食品などはスーパーで値引きされるので値段があってないようなもんだし、カントリーマームとか別にそれ食べなきゃいけないもんじゃないだろっていうのもある。企業はいかにバレずに小ちゃくするかで苦労しているだろうが。

                私はポッキーやルマンドは100円といったように「このレベルの菓子は○円にならないと買わない」とか「なんとかの店が一番安いからそこで買う」という決まりが多く、大手企業の菓子を定価で買うことはまずない。だからこういう内容で絶対、カルビーのポテトチップスは昔いっぱい入ってたのに今ほとんど空気!って言われるけど、ポテトチップスはけっこう60円台とかで売ってる(定価不明)から別にそこまで高くはないっていうか個人的にお得感があるほどだ。

                 

                https://www.youtube.com/watch?v=l-AcOqJCf48

                 

                https://www.youtube.com/watch?v=xMirtlLR9rw

                 

                空気ばかりとよく値上げの象徴として取り上げられるカルビーポテトチップス(1975年発売)。1977年のCMでは「100円で、カルビーポテトチップスは買えますが、カルビーポテトチップスで100円は買えません。あしからず」と言っているように、当時90gで100円、袋に値段を記載しているうえ中身が透け透けで空気はあまり入っていない模様。

                1980年生まれの私はこの透けバージョンは見たことがなく、またいかなる変遷を辿ってきたか詳細は不明だがWikipediaによれば2007年時点で定価が145円にもなっており、内容量は90gが85gに減量され、前述の2008年の実質値上げブームの際には158円まで値上げされていたそうだが2010年に148円に値下げ、しかしその後東日本大震災に被災して値段据え置きで70gに減量、今公式サイトでポテトチップスの画像を見ると60gと表示されているのでここ10年で30gも減っていることになる。

                定価が2007年に90gあたり100円が145円になっていることを考えると、藤谷美和子がCM出演していた40年前と比較にならないほどの値上げである。だが60gのレギュラーサイズ、定価が150円だかいくらか分からないけども、少なくともスーパーではだいたいその半額以下で売っているはずなので税込み75円と仮定すると100gあたり約125円、1977年に定価で買うのより100gあたりで15円程度高くなったという感じで、私は40年のわりにはそこまで変わっていないと考えるが、これを高いとみるか安いとみるかは貴方次第である。

                というのも田舎では昔、スーパーやディスカウントやドラッグストアのような、菓子を特売で買える店は少なかった。意外に駄菓子屋などというものもなく、「よろず屋」というのか、ちょっとした菓子パンやアイスやジュースや酒や野菜や文房具や洗剤を売っているようなこじんまりした商店が多くもちろん定価だったので、90年代ごろまでさかのぼった場合は菓子の量が多かったからといってけっして今より安かったとは言いがたいのである。

                今菓子をたらふく食べたいと思ったら韓国やマレーシアの怪しい輸入品などもよくあるけども、当時はそんな選択肢もなかったのだ。そのかわり田舎の商店は店のおばちゃんが顔見知りなため、忘れ物をしたり急にフィリックスガムが食べたくなったときなどは手持ちのお金がなくてもつけ払いできたのでけっこう重宝したのだが。

                また実質値上げは小分け包装も原因の1つとしてあるだろう。これもいろんな菓子を少しづつ食べたいし湿気は許されぬという小分け原理主義者の私からいうと、値上げしてでもいいから小分けにしてほしいと願っているし、ダイエットに敏感なおなごや食の細い年寄りには特にそういう需要があると思われ、ポテトチップスも60g程度なほうが食べきれてむしろ丁度良いくらいである。

                それにしても温暖化がゴリ押しされていたころは、市販の菓子が安いのはガーナとかで子どもの労働力を買いたたいているからで、現地の子どもたちはチョコレートを食べることさえもできないのだ。と言われ、むしろ左翼によってフェアトレードなど割高な商品がもてはやされていたのに、同じ左翼でも「くいもんちいさくなってませんか」などと、かっての三一新書の原価厨みたいな問いかけがいまだになされることにも驚いたし、一番上の引用記事によれば俎上に載ったのもクッキー、ガム、チョコレート、チーズ、マーガリン、牛乳、アイスクリーム、ウインナー、ハム、カップ麺、カップスープ、缶詰、調味料とロハスからすると不健康極まりない食品ばかりだ。で何で温暖化が南北問題と関係あるかというと、温暖化ちゅうのは先進国がエネルギー使いまくってるのに、海面上昇したり熱帯雨林切り開かれたりと、環境破壊のしわ寄せの多くが後進国に逝ってるってとこからきてるので、ロハスに多い国産を食べようってのも、ニッポンだーいすきとか身土不二といったスピリチュアルな見地だけではなく、本来は世界中で搾取し環境破壊し体に悪い物作っている多国籍企業への抵抗という社会的な意味合いも強かったのである。


                トランプの夢

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                  今豆菓子をポリポリかじるのにハマっており、この菓子もてっきり中に落花生が入ってるものと思って買ったのだが何も入ってなくてがーんてなった。カンパンで有名な三立製菓なだけあり、しょうゆ味の乾パンという趣である。

                  しかしなぜこれがトランプなのだろうか。「トランプの中にひろがる夢を見ました やさしいハート じょうひんなスペード おだやかなクラブ おしゃれなダイヤ こんな夢を軽やかな歯ざわり 素朴な風味にたくしてあなたにお届けします」とだけ書かれており、日本語でおk。となった。

                  カンパンは黒ゴマの風味がほんのりだが、こちらはあおさの香りがトランプの中にひろがる夢をたくされている。


                  子どもも粗食

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                    「昼の1食程度は、おにぎりだけで十分」…週3回「ノーおかずデー」に(7月27日 Yahoo!ニュース)

                    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170727-00010001-yomidr-sctch

                    子どものお弁当、どうしよう。忙しい親は日々悩む。そんな中、神奈川県横須賀市の津久井幼稚園は10年前から、昼食を週3回、おにぎりだけ持ってきてもらう「ノーおかずデー」にしている。

                    園長の余郷有聡(よごう・ゆうそう)さん(53)は「みんな喜んで食べていて、昼食を残す子はほとんどいません」と話す。

                    以前は毎日、弁当を持参してもらった。子どもが嫌いなピーマンなどの野菜をおかずにする家庭もあったが、泣いて嫌がる子どもや、嫌いなおかずをわざと床に落とす子どももいた。

                    「野菜が嫌いでも、ほかの食品で栄養を取れれば問題ない。今は脂肪の取り過ぎによる肥満が問題。昼の1食程度はおにぎりで十分」と主張する管理栄養士の幕内秀夫さん(64)に共感し、おにぎりだけのノーおかずデーの昼食が始まった。

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                    幕内秀夫は戦後アメリカからゴリ押されたパンよりも、昔から日本人が食べてるごはんの方が優れてるからパンを朝食や給食に出すのはおやめなさいと主張をしている栄養士で、著書の表紙もほとんどごはんである。だからおにぎりっていうのは分かるけど、何でそれがノーおかずになるのかはまだ読んでない(幕内氏の存在を知った何年か前に何冊か立ち読みした程度)のでわからなかった。

                    ただ昔白米を食べていた軍人が脚気にかかったとか、昔のニュース映画でキッチンカーの栄養士さんが「塩辛い漬物にどっさりめしが一番悪い食べ方」と指導してるのを見た感じでは、日本人が栄養バランスの良いおかずを食べるようになったのって戦後、栄養改善運動や給食以降であって、それまで塩気のあるものを多少添える程度だったと思われる。肉はもちろん、卵や牛乳も高かったらしいし、そもそも冷蔵庫やスーパーマーケットが高度経済成長期以降なので、何か保存するにしてもそれこそ味噌や漬物のように塩がいっぱい入ったようなのを自宅で作って少しづつ食べるのが主であったろう。

                    じゃ幕内氏は栄養改善運動以前のノーおかず時代がいいっていう「昔はよかった」論者なのかというと、食事写真がアップされているブログを見る限りでは普通の現代的なおかずにしか見えない。肉はあんまりないけど魚をよく食べてるし、たまにウインナーとかサラダスパゲッティみたいなのまである。

                    ノーおかずとか粗食とか言うと、てっきり麦めしに梅干しにめざしくらいのレベルを想像しちまうし、実際昔の日本人の食事てそんなレベルだろうけど、そういう意味では昔ながらの食事を徹底しているわけではないようだ。さすがにパンは食べていないと思うが。

                    また上のノーおかず幼稚園の記事を読んで、なんで子供がピーマン嫌いだったらノーおかずになるのか経緯がよく分からなかった。野菜以外で栄養のとれるという「ほかの食品」をおかずにすればいいのでは・・・と。

                    それに脂肪のとりすぎによる肥満が問題だと言うのは大人の話であって、子どもは身長も伸びてるし運動量も多いので少々食べ過ぎるくらいでもよい気がした。その点、油はだめでなおかつ嫌いな野菜は食べさせなくていいとなると、消去法でノーおかずということになってしまうのだろうか。

                    でも子供は小さい頃から学校給食でパンに慣れさせられたのでパンを食べるようになった〜ってよく言われるし、日本人でも世代によってなじみのない外国の食べ物(キムチとか)、日本人はみんな食べれるけど外国の人が苦手な日本の食べ物(生卵、ごぼうとか)があることを考えると、やっぱり子供のうちから慣れる慣れないはのちの嗜好に影響するはずで、大人になって自然に食べれるかどうかはその後の話ではないか。パン業界が「米を食べると馬鹿になる」と言い、日本の食事が欧米化してもなんだかんだごはんに味噌汁が基本になっているのも、日本人が子供のころから日本人の食事はそういうもんだと慣れてるし、欧米人がアジア人ほど米や麺食べないのも子供のころから食べない食生活に慣れてるからだろう。

                    現代は健康と食事についての情報がはんらんしているが、食事というのは日本人なら日本人、子どもなら子ども、肥満なら肥満に適した食事があるのであり、万人に完全な食事があるとは思えない。マクロビオティックなんかも栄養学的にはもしかすると批判されるのかもしれないが、ピザとかバーガーとか食ってるようなアメリカンサイズの巨デブだったらマクロビやったほうが健康的だし、逆にめっちゃガリガリで食細い奴だったらピザやバーガーを食べても問題ないし、私みたいにめしをおかわりするような炭水化物大好き野郎には糖質制限を取り入れるくらいでちょうどいいのだろう。

                    健康や痩身などを目的に特定の食事法を実践している人はそれを理想とし、自分と違い何も考えず習慣や欲望のままに食べている人を情弱もしくは怠惰とみなす傾向がある。ダイエットに成功した奴がデブを見下すのと同じ心理で、人生の途中でパンや牛乳をやめて体調よくなった奴はまだそんな体に悪い食事してんのかい!と、他人まで許せなくなってしまう。

                    だから栄養改善運動も、いろんな食べ物ある今見たらあまりにも動物性すぎて古いかもしれないけど、昔の貧しかった日本ではそれくらいでよかったと思うし、終戦直後の何も食べ物がない状況での配給されたパンや脱脂粉乳ならなおさらである。何がいい食事かなんてそいつの年齢や体型や地域や宗教や時代にもよるのだから、特定の食材や栄養素を理想化したり悪とみなすことはできない。

                    しかしあんまりおかず食べないで脚気とか大丈夫なのか少々気になった。そもそも私どっちかというと幼女時代は和食が苦手で、ピーマンやトマト、コーンやグリーンピースのつぶつぶなどカラフルな野菜に憧れてたからそもそもピーマン嫌いなお子さんがたの気持ちもよくわからん。


                    戦中=和菓子×パン○

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                      評価:
                      甲斐 みのり
                      グラフィック社
                      ¥ 1,620
                      (2016-02-05)

                      前に「パンと昭和」って本の読書感想文書こうと思ったけど、パンの敵は米。っていう語りが長くなりすぎて収拾つかなくなったので書いてる途中で投稿した。私はそれまで見聞きしていた米派のパン批判にくわえ、美健ガイド社のマンガを読み、なぜ戦後に日本人がすごい欧米化したかを考えるうえで、GHQの陰謀に想いをはせずにはいられなかった。

                      また和菓子をルーツにあんぱんを看板とした戦前の○○屋みたいな名前の老舗パン屋のいっぽう、戦後の製パン所はそのほとんどが昭和20年代に創業していてなぜこの限られた時期に大量のパン屋が集中しているのか疑問を抱いたと同時に、そのうちの1つである山崎製パンだけがここまで巨大化したのも不思議に思っており、それらをどうやって調べたらいいのか分からずとほうにくれてたら今年2月に出たばかりのこの本に全部書いてあり昭和より前のパンの歴史も分かって助かった。よく科学技術を進歩さすのは戦争だのエロだの言われるが、日本におけるパン史もまた乾パンなど軍隊における非常食が起源で、幕末の兵糧パンにはじまり1885年には海軍にパンが導入されたという。

                      海軍は長期にわたる航海で新鮮な食材が不足し脚気にかかりやすかった。白米の食べ過ぎと原因が特定されていたのでパンが導入され、その結果脚気が姿を消したそうだがパン食は食べた気がしなかったためにやがて麦飯などが評価されるようになったそうだ。

                       

                      沿革(木村屋)

                      https://www.kimuraya-sohonten.co.jp/corp/history

                      明治10年 陸軍、パンを採用。「西南の役」用のパンを製造。

                       

                      銀座木村屋の歴史

                      http://www.ginzakimuraya.jp/history/

                      日露両国の関係が緊迫して衝突が必至な状況の中、日本陸軍はパン屋、菓子屋を集めて軍指定の大規模なビスケット工場の建設を計画した。
                      その理由は日清戦争後の義和団事件で日本兵は飯を食わなければならないが火を使って飯を炊くからその火を目がけて敵弾が降りそそぎ、多くの犠牲者を出した。
                      しかし欧米の兵士たちはビスケットと缶詰めだから火は使わない。日本軍は各国から近代戦争の基礎を知らないと嘲笑されたのが原因である。
                      日本軍の食糧政策の大転換により、真剣に戦時食糧の研究を始め、その実験にあたったのが儀四郎らが作った東洋製菓であった。この東洋製菓は日本の近代的ビスケット工業の始祖となった。そして研究の末、乾パンが完成した。むろんこの乾パンが日露戦争の食糧となったのは言うまでもない。
                      明治33年、儀四郎はこの東洋製菓で実験を重ねていた時、ビスケットの生地にジャムをはさんで焼く作業を見ているうちに、これをあんの代わりに酒種生地にしてみたらと思いつき、銀座の店で売り出したところ大変な評判となった。ジャムパンの完成である。

                       

                      また戦時中は米不足だったのでパンが米の代用食として推奨されたという。それらパンは興亜建国パンとか時局パンとかいったもので、NHKのドラマに出てきたのか検索するとキャプチャー画像や再現した人がおり、本の中でもレシピを元に再現されている。

                      これらは魚粉や海藻が入っていてあまりおいしくないようだし、前に引用した記事で戦前はイモのツルでできた真っ黒けのパンを食べていたという証言もあった。というわけで、アベ政治許さないの人々はパンが和菓子に書き換えられたのを戦中だと言っていたけど、米が不足していたしぜいたくは敵だったのでむしろ和菓子よりパンの方が戦中で富国強兵でネトウヨなうえ戦後にわたってさえなお駐留米国人向けの特製パンやケーキの委託加工製造を行い米軍GHQより朝鮮戦争戦地向けビスケット受注開始と軍需産業だった。

                       

                      節米料理(Wikipedia)

                      https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AF%80%E7%B1%B3%E6%96%99%E7%90%86

                      節米運動開始後の日中戦争期、節米料理として飯に米以外の具材を混ぜること(混食[1])や、米以外の食材を主食とすること(代用食[1])が奨励された[2]。

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                      代用食としては、パン、うどん、芋などが食べられた[5]。女性雑誌上ではパン類やホットケーキ、お好み焼きといった粉物が紹介された[3]。当時のグラフ誌『アサヒグラフ』でも1940年夏には節米の特集として、一般家庭の家族が楽しそうにひやむぎを食べる写真が掲載された[2]。1940年8月には読売新聞紙上に『うまくて家庭向き米飯ぬき国策料理』が掲載され、代用食としてうどん、饅頭、マカロニなどの料理が紹介された[6]。このように当時の代用食はまだ、彩りや味を考える余裕があり[6]、こうした風潮は1941年(昭和16年)頃まで続いていた[3]。

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                      戦前戦後と「暮しの手帖」のホットケーキ(むかしの装い)

                      http://blog.livedoor.jp/mukashi_no/archives/49195130.html

                      1937(S12)年の日中戦争以降の国策料理なんてのが流行っていた時期、太平洋戦争は間近ですがまだまだ余裕があり戦争気分が盛り上がっている頃です。1938(S13)年には国家総動員法が施行され統制(国などが指導・制限すること)が始まっています。実は戦前も慢性的な米不足で海外に頼っていたのですが(貧しい層は外米を多く食べていた、戦中でもないのに雑穀や芋なども多用されていて米は御馳走の場合も多かった)、1939(S14)年の朝鮮の凶作などでさらに米が不足して節米が叫ばれ節米料理が盛んになりました。節米のために登場し推奨されたのが、小麦や雑穀を使ったものや雑炊など量を増やしてごまかす調理方法でした。

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                      説明に書かれているように、戦中〜占領期と注意したいのは、レシピに小麦粉と書いてあっても実際は雑穀などを混ぜた粉中心だったということです、だから戦中(後半以降)から戦後のレシピは「粉」とだけ書いてあるものもあります。戦争後半以降の粉食は普段食べないようなものを、粉にして食べやすくした結果でもあったようです、使われた粉は、脱脂大豆の粉の豆粉、高粱やトウモロコシの粉、大麦の粉、糠やふすま、野菜や芋の粉、澱粉滓の粉、などです、米や雑穀は未精製の粒のまま配給されることもあり各自が精製・製粉しました。雑穀や正体不明の粉類は変質しやすく、管理も流通もひどい時期ですから腐ったりカビが生えたり砂の混じったものもあったようで、今の雑穀入りのごはんやブラン入りのパンとはかなり違うもののはずです。粉食は戦前から節米のために奨励されましたがその頃はわりと余裕で楽しい工夫的なものもありました、しかし戦争も後半以降は芋類や南瓜や雑穀の粒と並び、各種の粉は飢えを満たすため大切な食糧となっていきます。さまざまな得体の知れないものが混ざった粉の調理方法として、蒸しパンなどパン類、麺類、すいとん、団子・まんじゅう系、お好み焼き・おやき系、それらを芋類や野菜等で増量したタイプ、など各種のお料理が婦人誌上で工夫されています、画像でその片鱗がわかるでしょうか。当時の婦人誌のお料理は、空想の料理との批判も多いですから実際はもっと厳しかったのでしょう。ともかく、白く細かく滑らかで香りのよい現在のような小麦粉は一般にはなかったので、戦後のアメリカの白く精製された高品質の小麦粉には感動もし、ありがたがったのだと思います。麦の統制撤廃は、昭和27(1952)年でした…

                       

                      また居留地の外国人や捕虜によって製パン技術が向上したという面もあり、ロシアパンなんかは日露戦争の捕虜や革命を逃れてきたロシア人によって伝わったらしい。そういえばゴンチャロフ製菓(1923)やモロゾフ(1931)など洋菓子もこの手の話が多いように思う。

                      戦後になると深刻な食糧難を重く見たGHQが1946年2月11日に小麦粉200ポンドを放出し、これを真っ白なコッペパンに加工したものが都民1人あたり2個ずつ配給された。同年に企業許可例が廃止されたことにより、誰でも鉄板二枚くらいの小さな窯で委託加工パンがはじめられるようになったとのことだ。

                       

                      見るだけでも食欲をそそる白いコッペパン(1946)

                       

                      委託加工パンは家庭に配給された粉を持って逝ってパンを焼いてもらうというシステムで、戦前からのパン屋が作っていた配給のパンよりもそっちの方がおいしかったらしい。私がなぜこんなに多いのかと長らく疑問に思っていた終戦直後大量発生した製パン所は1946年から配給が終わる1952年までのものはすべて委託加工パン業者と思われ、1948年設立の山崎製パンもやはりコッペパンやロシアパンを委託加工していたのだという。

                       

                      パンが「おやつ」から「食事」に変化していった時代じゃ!(ヤマザキ)

                      https://www.yamazakipan.co.jp/stylebook/world/20061221/index03.html

                      パンザ博士     その後一般市民は、第二次世界大戦後に、主食としてもパンを食べるようになった。

                      ヤマザキ君     何かきっかけがあったんですか?

                      パンザ博士     戦後の食糧難の時代に、アメリカなどから救援物資として小麦粉が配給されたんじゃ。家庭に配給された小麦粉を預かってパンに加工する「委託加工所」が登場したり、小学校で、コッペパンと脱脂粉乳の学校給食が始まった。物不足の時代、パンは日本人の食を支えてくれていたのじゃ。

                      ヤマザキ君     学校の先生に聞いたことがあります!

                      パンザ博士     そして、戦後10年が経った1955年頃からは、全国に大きなパン工場が次々と建設され、パンの生産量は一気に伸びていった。その頃の生産量は、戦前の最大年間生産量のなんと6倍以上にもなったと言われておる。

                      ヤマザキ君     そんなに作られるようになったってことは、その分パンもおいしくなったってことなんでしょうね!

                      パンザ博士     そうじゃな。1964年の東京オリンピックから高度成長期に向けて、日本人の食生活は一気に洋風化していった。それに伴って、パンがおやつとしてだけでなく食事としても食べられる習慣が広まっていったのじゃ。そしていま、日本では世界中のさまざまなパンを手軽に食べられるまでになったのじゃ。

                       

                      ヤマザキのロシアパンやその巨大化バージョン「大ロシア」は今でもたまに見かけるが、ヤマザキ創業者が戦前に奉公していた中村屋でロシアパンはじめとする多くのロシア料理を作っていたそうなので、ヤマザキ創業当時からロシアパンが売りだったのもそのなごりなのかもしれない。というわけで、終戦直後はGHQがパン大好きに洗脳するためってより、食糧難で輸入小麦しか食べるのがなかった(けど戦前の代用食からしたら美味)までのようである。

                      しかしその時点でパン業界がけっこう大きくなったために、復興して米が食べられるようになると、パン業界が余剰小麦を売りたいアメリカと結託し、米を食べるとお馬鹿になる。とステマしたということなのだろう。また小麦の委託加工ってパンだけでなく、もしかして今スーパーとかによく数十円で売られてる袋入りのゆでうどんやそばをおろしてる製麺所も製パン所と同じ経緯でできてるのかな?と思ったけど、検索ワードがよくないのかそれらしいのは↓以外引っかからなかった。

                       

                      ごあいさつ(羽田製麺)

                      http://www.haneda-seimen.co.jp/company/58.html

                      弊社の創業は戦後間もない食糧難の時期、政府から各家庭に配給となったメリケン粉(小麦粉)をうどんに加工しお戻しする委託加工が商売の始まりでした。その後街の食堂にうどん、そばや中華麺を卸すようになり、徐々に中華麺・ラーメンの麺の製造が増えてきました。

                       

                      製麺所で検索するとさぬきうどんのサイトがけっこう出てくるので、ふとさぬきうどんも戦後に配給小麦やアメリカ小麦戦略で盛んになった食文化のような気がしていくらか読んでみると、全体の傾向として戦前は家でうどんを打ち、戦後は製麺所もしくは製麺所から麺をしいれてる商店でうどんの玉を買ったり給食で食べたという感じで、外で食べるにしても製麺所や製麺所が麺おろしてる食堂であって、店内でうどん打ってるセルフ方式はかなり最近の物と思われる。やはり戦後すぐに小麦をうどんに加工するシステムはあったらしいが、パンとうどんの小麦の種類が違うので配給なのか自分ちの小麦かや製麺所が製パン所のように戦後急増した業種なのかどうかまではよく分からなかった。

                       

                      丸亀市土居町・昭和23年生まれの男性の証言 戦後のうどん屋はだいたい老夫婦がやっていた(さぬきうどん昭和の証言)

                      https://www.sanukiudon-mirai.jp/showa/500

                      店でうどんを打っていたんですか?


                          いやいや、打ってない。たぶん製麺所から買うてきたやつを湯でさばいてダシをかけて出していた。玉売りもやってなかったですよ。店で粉から打ってうどんを出す店なんか、聞いたこともない。だいたい、「手打ち」が脚光を浴び始めたのは1990年代にうどんブームになってからでしょう。当時のうどん屋はみんな、座って待っとったら持って来てくれるのが当たり前やったですよ。

                      ・・・

                      映画『UDON』で小学校に製麺屋さんがうどんを運んで給食で食べているシーンがありましたけど、給食でうどんは出てましたか?


                          出てましたよ。週1ではなかったけど、月に1、2回だったかな。うどん屋さんが学校にセイロでうどん玉を持って来てね、映画『UDON』と全く同じ。うどん玉にダシがかかって、天かすとカマボコが載ってたかな。あとはパン。パンとうどんですよ(笑)。何かおかずがちょっとあったかもしれんけど。昭和30年代の前半な。栄養が云々とか、誰も言いよらんかったからなあ。まあのどかな時代やったわ。

                       

                      高松市北浜町・昭和16年生まれの女性の証言 仕事はパンづくり、趣味はうどんづくり。パン工場のまかない食はうどんだった!(さぬきうどん昭和の証言)

                      https://www.sanukiudon-mirai.jp/showa/227

                      私は昭和16年生まれで北浜町出身です。実家はタバコとかお菓子とかを扱う商店でした。近くに小さい製麺所があったから、そこでちょいちょいは出来だちを買って食べていました。製麺所の名前はちょっと覚えてないなぁ。小さい製麺所だった。戦後の昭和20年代、私が小学生の頃にはそういった小さい製麺所がたくさんあったんです。お使いで買いに行った時、麺を錬って、足で踏んでいたのを見た記憶があります。蒸籠に入れて玉売りしてる。その玉を買うて帰って食べる。値段は覚えていないねぇ。家で親がうどんを打つということはなかったです。商売をしていて忙しかったからだと思います。
                      ・・・
                      でもね、亡くなった主人は昭和14年生まれで三木町の田舎の生まれだったんですけど、その主人の小さいときのお話では、製麺所に小麦を持って行って、生のおうどんに代えてもらっていたそうです。従兄弟と一緒に買いに行って、帰りに一本そっと抜いて食べよった。それがおいしかった、という話を何回も聞きました。湯がいてないのを食べてもおいしかった、楽しみだったと。貧しい時だったんやろうね。だからおうどんは、昔はおご馳走だったんとちがいますか。お祭りとか市とか、そういうときでないと食べられない。普段は質素だったんじゃないかと思います。今から考えたら何で生うどんがおいしかったんかと思うけどねぇ。戦後間もない頃だったから。

                      ・・・


                      「パンと昭和」って本の読書感想文なのに途中からうどんの話になってしまった。しかし、アメリカ小麦戦略が語られるさいの今や日本でもパンが主食として確固たる地位に。ってな前提が私の中で受け入れられなく、給食にゴリ押されたり米(日本の心)との対立をあおるためにパンばかりが標的になってるだけで、本当に主食として米をおどかしている麺類だって小麦が材料でしかも戦後の食文化なはずでいづれ配給時代やアメリカ小麦戦略下における製麺所および中国からの引揚者が始めた支那そばの屋台やソフトメンこと「スパゲッティ式めん」、喫茶店文化(モーニング、サンドイッチ、ナポリタン)などブログに書くかどうかは別として戦後の小麦食を主食軽食にかかわらず総合的に考察して逝こうと心に誓った。

                       

                      町のパン工房“定年”迎え幕 思い出の味、30日まで 横浜(6月23日 yahoo!ニュース)

                      https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170623-00018719-kana-l14

                      創業69年の横浜市中区山元町のパン・洋菓子店「マルイベーカリー・ボヌール」が今月末に閉店する。親子、兄弟で支え合い、地元に愛された町の店だった。  

                      1948年創業。当時は客から配給された小麦粉を預かって窯でパンを焼き、加工賃をもらっていたという。親子2代にわたり、誕生日ケーキを注文する客もいる。30歳で両親から店を引き継いだ2代目店主の井上龍太郎さん(65)は「うちのケーキでなければと言ってくれる。本当にありがたいこと」と話す。

                      ・・・

                       

                      たまたま検索で引っかかったのだが、典型的な配給小麦の委託加工をルーツとする町のパン屋。もう70年も経っているうえ学校給食も米飯が見直され、昔に比べるとオシャなパン屋も多いのでこの手の店は今後激減すると思われる。


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