これが不自然育児だ

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    当ブログでいくどとなく幸せなお産(自然なお産)というものが5,6年前マスゴミでゴリ押されてたって書いてるが、そのバリエーションには助産院、吉村医院、自宅出産、水中出産など多岐にわたり、たいていは助産院と吉村医院で自宅とか水中はさすがにディープすぎるのか私がテレビを見た限りでは取り上げられていなかった。要するに医療を介さない昔ながらの自然な出産や自然育児が幸せであると言う訳なのだが、その逆の不幸せなお産や不自然育児とはどのようなものなのだろうか。

     

    分娩台・帝王切開・陣痛促進剤・会陰切開・新生児室

    自然派が嫌う、もしくは助産師ができない医療行為などが主にこの5つであると思う。美健ガイド社のマンガ「赤ちゃんからのメッセージNテ時して欲しいことして欲しくないこと」(2009年)によれば、帝王切開はもともと個人の権利優先の産科医が休暇を優先するためのシステムであり、20年前に若い母親や一部のアホな芸能人(絵からして松田聖子?)によってファッション化しブームになったと書かれてあるが信じるか信じないかは貴方次第です。

     

    粉ミルク

    自然派が母乳大好きなのはそこそこ有名な話で、じゃ母乳でない奥さんはどうするかというと母乳マッサージというのがあってそのゴッドハンドにもみしだかれたら出るようになると言う。これはテレビでもやっていて、一部助産師は何人赤ちゃんを取り上げたとか、母乳ピューピュー出るマッサージとかでカリスマ視されていたけどそれが誰だったのかまでは全然覚えていない。

    ただ母乳マッサージにおいて助産師が奥さんの欧米化した食生活をスパルタ指導することがままあるようで、それがただでさえ弱っている奥さんの精神状態を追いつめているのではないかと一部疑問視されている。桶谷式ってのがたぶん一番有名だが、数年前は神藤多喜子というアーユルヴェーダーな助産師によって、おそらく母乳やロハスから派生したとおぼしきふわふわおっぱいを作るおっぱい体操とやらもテレビ雑誌などでさかんに紹介された。

     

    紙おむつ

    紙おむつはここ30年とかで普及したものであり、それまでは布が普通らしかったので布でも何らおかしいとは思わないが、月経でいう布ナプキン・経血コントロールと同様に、布はモグリでおむつなし育児(しっこコントロール?)が真の自然派だ。しかし月経と違い紙おむつを使っているお子さんがたもいづれ時が来ればおむつなしになるのではなかろうか。

     

    GHQ

    日本人のライフスタイルを一気に欧米化した元凶がGHQだろう。だから戦前を美化するのは右翼に限らず、ロハスもそういう面はかなり強い。

    ただGHQによって「産婆」は消されたけど、「助産婦」として残ったことは奇跡的であるとどっかで読んだことがある。だからこの貴重な助産院文化を盛り上げていこうというのが2010年ごろのゴリ押しだったのだろう。

    「出産を産婆さんから取り上げ、二度と白人様にさからえない腑抜けな日本にしてやるぜ・・・」

     

    助産婦の戦後の歴史(babycom)

    https://www.babycom.gr.jp/birth/osan/oso15.html

    その“産婆”が、“助産婦”に変わったのは、一九四七年(昭和二二年)。“婆”という字が、おばあさんを思わせるので古くさいから変わったという説もあるが、実際は、戦後のアメリカの占領下で、看護職の法律ができたときに、名称も今風にと変化したものだ。
    敗戦後。負けた国、そして先進国ではなかった日本をたて直そうと、アメリカはGHQ(連合国最高司令官総司令部)を日本に派遣してきた。そのGHQの政策に、日本の産婆たちはそれまでの伝統を大変革させられる危機に迫られてしまうことになる。
    興味深いことに、憲法が制定されるのとほぼ同時期に、産婆は助産婦へと改名されている。日本に“助産婦”が誕生したのが四七年五月一日、その二日後の、五月三日が『憲法記念日』の初日である。

    すでにご存じのとおり、この当時のアメリカのお産は、病院での麻酔分娩が主流。助産婦はいなかのほうの移民のお産に登場するくらいのもので、「出産の将来はわが手にあり」と産科医たちは左ウチワ状態。助産婦は、消え入る寸前のカゲロウみたいな存在だった。助産婦の社会的地位が低かったそんな国が、手本になろうというのだから、日本の産婆はたまったものではない。不幸はここから始まった。
    まず、GHQの公衆衛生福祉局の女性担当官がやってきて「助産婦は、看護婦、保健婦と同じ看護関係者ですね」と、三つの職種を簡単にまとめてしまった。実はこの女性、なんと看護婦で保健婦 。日本の助産婦のことはもちろん、助産婦そのものに対する理解に欠けていたのだろうと想像できる、その職歴である。
    「三つの看護職をまとめた協会をつくろうと思うの。そういうわけで、産婆さんたち悪いんだけど、日本産婆会を解散してくれないかしら」
    さあ、これは大変。当時、日本の赤ちゃんの九割が自宅で生まれていたのだから、それを一手に握っていた産婆たちの勢力は、看護婦よりずっと強かった。日本産婆会は大騒ぎになった。
    しかし戦争に負けた弱み、結局、助産婦、看護婦、保健婦はそれぞれの協会が統合され、「保健婦助産婦看護婦法案(保助看法)」と呼ばれる法律がつくられた。このときから、産婆という特殊技能をもった職業は、日本の中でも看護の領域に入れられてしまったのだ。
    それまで、産婆は、産婆としての独自の教育を受けていたのだけれど、その法律では、まず三年間の看護教育をみっちり受けた上で、さらに助産婦としての教育を受けられるとされた。それ以降、教育を受けた助産婦たちは、みんな看護婦の資格をもつことになる。

     

    洋食
    欧米的もしくは合成化学物質っぽい食べ物は奥さんの乳を詰まらせ、お子さんの健康を害する。牛乳、白砂糖は厳禁で肉は控えめに和食中心の生活を。

    https://www.amazon.co.jp/dp/4894720086

     

    予防接種

    あまり積極的に打つのはよくないとされ、なるべく本物の病気にかかる方が体が強くなるという。今流行っているはしかは生ワクチンだったが、不活化ワクチンと呼ばれるもののほうが不自然とされている気がする。

     

    でこれら美健ガイド社のマンガシリーズを多く監修しているのが真弓定夫という小児科の先生なのだが、真弓氏が顧問をつとめる「自然育児友の会」っての住所がナマケモノ倶楽部のカフェで、このナマケモノ倶楽部は地球温暖化のゴリ押し期にキャンドルナイトやスローライフやブータン幸せ説やハチドリのひとしずくやセヴァンスズキ伝説のスピーチを世に広めた憲法9条好きの団体である。ブータンはチベット系らしいが、胎内記憶でもチベット仏教とか言ってるし、温暖化ゴリ押し期にチベット仏教を「懐かしい未来」と称してNHKのエコ番組で坂本龍一の作った曲をチベット族の美人女性歌手が歌ったりなどしていた。

    というわけで私はネトウヨがチベットやブータンに肩入れしているのや、戦前美化がイコール右翼の陰謀とされているのを見るたびに「違う違う、そうじゃ、そうじゃない」と、心の中で口ずさんでいる。下画像はナマケモノ倶楽部の辻信一と、経血コントロールを提唱する三砂ちづるの共著。

     

    https://www.amazon.co.jp/dp/4087813436


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      • 2017.05.30 Tuesday
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