ほんものを求めて

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    ミヨシ石鹸
    ¥ 675
    (2002-07-04)

    マクロビオティック人気の影響か戦後欧米化の象徴としてパンや白砂糖と同じく自然派界からはモー毒視されることも多い牛乳だが、そういうのは私が知る限りここ10年程度の風潮であり、粗悪なうそつき食品(by郡司篤孝)やニセモノ食品がはびこった昭和の時代にはむしろ三一新書や当時の子育て世代だったオバタリアンが「ほんものの牛乳」を求め価格や成分にダメ出しする消費者運動が主だった。という話はさっき書いたとうりである。高度経済成長期下における物価高や食品公害を受けオバタリアン世代の奥さまがたを共同購入や産直にかりたてるきっかけが牛乳だったからか、今現在も生協の主力商品は牛乳が多い印象を受ける。

     

    http://www.tokai-denshi.co.jp/app/experiences/view/21

     

    たとえばこのパルシステムっていう生協のトラックに書いてるかわゆい牛さんはパルシステム独自ブランドのこんせん72牛乳っていう72度の低温殺菌牛乳(普通の牛乳は120度くらいで殺菌)のキャラだ。あと画像から産直いきいき品質や、石油由来ではなくてんぷら油のリサイクルで宅配していることをアッピールしていることがわかる。

     

    誕生までに、8年もの時間を要しました。(こんせん72牛乳)

    http://item.pal-system.co.jp/milk/konsen72/

    いまでこそ、パルシステムを代表する商品のひとつとなった『こんせん72牛乳』ですが、72℃15秒殺菌に至るまでには、実に8年もの歳月がかかりました。
    いまでは考えられないことかもしれませんが、1970年代は、ヤシ油や加工でんぷんを加えた加工乳までが牛乳として販売されていた時代。「安心して飲める、ほんものの牛乳がほしい」という組合員の声にこたえ、1979年に開発がスタート。1981年に産地を限定した『こんせん牛乳』が生まれました。
    初代『こんせん牛乳』の誕生後も、「生乳本来の味わいの牛乳を食卓に」という同じ思いのもと、生産者、組合員が殺菌温度を下げるために努力を重ね、1987年にようやくHTSTで作り上げたのが、『こんせん72牛乳』なのです。

     

    ほんもの実感!」くらしづくりアクション(パルシステム)

    http://www.pal-system.co.jp/about/honmono/?item

     

    パルシステムには牛乳だけでなく、「水ばしょう」という独自ブランドの石けんもあるようだ。下の引用は生協OB協会が編著の「パルの素〜いま、伝えたいメッセージ〜」 (200 6年9月発行)から転記したものだという。

     

    何かがおかしい

    http://www.palsystem-shizuoka.coop/syouhin/pdf/sekken.pdf

    現在のパルシステムにおいて輝き続けるロングセラー、オリジナル石けん「水ばしょう」 私たちの生協が「石けん派生協」の異名を取り、時代をリードしてきたことを知っているだろうか。 海も、川も、山も、空も、公害ですべておかしくなってしまっていた1970年代、まだ何百人、何千人の小さく弱かった私たちの生協を一つにまとめ、社会的な発言力を勝ち得てきた主役がこの「水ばしょう」を中心とした石けんなのだ。

    ・・・

    1960年代初めに10%程度だった電気洗濯機の普及率が1970年代までのわずか10年間でなんと90%にまで達しようとしていたそんな時代、急速なライフスタイルの変化とともに生活の至る所に浸透し始めていた歯磨き粉、液体シャンプーやリンス、漂白剤などといった新しいタイプの化学物質が、私たちの身体に何か害を与えつつあることは、文字通り肌で感じられた。

    ・・・

    現在のパルシステムの前身にあたる各単協は、ほとんどがこの頃に出来ている。生協の成り立ちには様々な理由があるが、他頁でも取り上げる牛乳、卵、そしてこの石けんの取り扱いに端を発しているものも多い。

     

    石けん運動については比較的最近記事にしたためロハス史コーナーでは雑な説明ですますと、高度経済成長期(1950年代後半くらい)にアメリカ小麦戦略の陰謀により日本人は生野菜や油の多い欧米化な食事を食べるようになったり、また電気洗濯機を使いだしたので、そんなライフスタイルの変化にともない合成洗剤も人気爆発し1960年代に入ると石けんは主役の座を奪われることとなる。しかしライオンから出ていた野菜洗いライポンFの毒性に気づいた柳沢先生が中心となり、合成洗剤の危なさを告発しだした。

     

    https://www.amazon.co.jp/dp/B000JAF7OU/

     

    その後70年代に入るとABS=ハード型洗剤はLAS=ソフト型洗剤にとって変わられたのだが、今度はリンと水質汚染(富栄養化、赤潮)が問題になって、たぶんこのリンが問題になったときに盛り上がったのが石けんでシャンプーや食器洗いや洗濯しようっていう石けん運動で、現在もシャボン玉石けんとかパックスナチュロンみたいな合成洗剤敵視する石けん会社のノリにその時代の名残りを見ることができる。しかし80年代に無リン洗剤が主流になっても石けんで洗いませう。と宗教的になってきたことで、だんだん運動も盛り下がっていったのではないだろうか。

     

    https://www.amazon.co.jp/dp/B000J86L1U/

     

    [4]合成洗剤v.s.石けん論争の経緯

    http://www.detergent.jp/oya/x004.html

    ・・・

    このように、1970年代までの合成洗剤をめぐる情勢は、環境関連では合成洗剤有害説が通って改善策が図られましたから洗剤反対の消費者グループの勝利として捉えられますが、人体への毒性に関する有害説は、何れも科学的な論争で打ち勝つことができませんでした。特に催奇形性に関する論争は、特定の研究者から再現性のない結果が連続して出されるという問題ある結果を導きました。そして1980年より、合成洗剤に反対する消費者運動は、環境面での成果をもとに、より良い洗剤ならば合成洗剤でも認めるという方針のグループと、あくまで石けん以外の合成洗剤は一切認めないとするグループとに二分されることとなりました。

    1983年には「洗剤の毒性とその評価」が発行されました。これは、界面活性剤の毒性に関するレビューで、公正を期するためにそれまでに合成洗剤論争に関連していた人物は除き、熊本水俣病や新潟水俣病を指摘してきた市民派学者をメンバーに加えた執筆者グループで仕上げた超大作で、洗剤関連の毒性についての専門家レベルの情報の決定版ともいえるものです。この書籍の発行後、専門家レベルからの毒性問題指摘はほとんど見られなくなりました。

    ・・・

    一方で、1990年以降、石けん製造・販売企業がリードするゲリラ的な合成洗剤有害説が幅を利かせるようになってきました。その特徴は、せっかく築いてきた洗剤に関する「市民科学」を打ち壊すようなレベルの低いもので、石けんの純分が高いものが安全性や環境面で優れているといった根拠のない情報や、石けんの有害性はゼロであるとする情報等、今までの洗剤論争の意味は何だったのかと落胆させるばかりの内容です。

    現在、インターネット等の媒体を介した、機能水や健康食品、民間療法などの悪質商法の問題が表面化しつつあります。これらの商法の一環として合成洗剤有害説は扱われるようになってしまったといえるでしょう。従来の合成洗剤有害説は、科学的な正誤は別として、基本的には消費者の安全を第一としたコンシューマリズム、または科学技術第一主義に対する反発等のポリシーが核となっていました。しかし、現在の合成洗剤有害説は、石けん等の販売組織が営利目的で発信するもの、またその情報に踊らされた消費者の発する情報が大部分を占めています。洗剤に関する科学の危機的状況にあるといえるでしょう。

    ・・・

     

    上の引用記事によると科学的見地にかんがみて合成洗剤でも優しい成分ならおk派と、石けん以外許さぬ派が二分したのが1980年だそうで、これは高橋晄正と日本消費者連盟の決別とも同じ時期である。60〜70年代には三一新書やオバタリアン世代の主婦による反公害(薬害、環境汚染、食品公害など)だった消費者運動が1980年ごろに科学を重視する派とそうでない派が分裂、そうでない派にヒッピーのノリが入ったりスリーマイル島からの反原発運動が出てきたりと現在のロハスに近いノリになってくる。ってのが私の歴史観だ。

     

    「石油ショックというのは、当時の我々の生協(北多摩生協)の経営にとっては非常に大きくて、あれで何とか回せるようになったというのが実感ですね。北多摩生協は組合員で2.5倍、事業高で3倍伸びたんですよ。あれがなかったら、恐らくつぶれていたでしょうね」 (元北多摩生協専務理事中澤満正氏)

    「洗剤がなく、トイレットペーパーがなく、誰でもスーパーにいきましたよね。でも私、全然行った記憶がないんです。生協に入っていたら、並びにいかなくてもいいという意識はありました」 (元あけぼの生協理事)

    (合成洗剤追放と石けん普及用に)センセーショナルな『奇形児出産?』というテーマの写真を使ってビラを作り、自由が丘駅頭で訴えたのと、1 973年の石油ショックによる合成洗剤買い占めとがちょうど同じ頃でした。ビラを取る人たちが真剣に読んでくれたのには感激しましたね」 (元あけぼの生協理事)

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     「水ばしょう」を結束の核として 、当時の事業連では合成洗剤追放と石けん利用の運動を拡大していった。1980年11月12日には「すべての合成洗剤を追放する生協組合員集会」を開催、会場の全電通会館は加盟の20生協組合員5百名の熱気で埋め尽された。 この時のスローガンは、

    1、合成洗剤の製造、販売を中止させ、企業の責任を追及しよう。

    2、環境汚染をなくし、豊かな自然をとりもどそう。

    3、無リン洗剤も危険、石けんを使おう

    4、買わない、使わない、贈らない、三ない運動を拡げよう

    の4つで、運動の学術的支柱、柳沢文徳氏の講演、ゼッケンやプラカードを掲げたデモ行進を伴った事業連初の大イベントとなった。 翌1981年3月16日には、お中元やお歳暮で家庭に眠っている合成洗剤を生協内で石けんと交換し集め、日本石鹸洗剤工業会に「合洗はいらないので引き取ってくれ」と訴える 大デモンストレーションを決行した。この時集められた合成洗剤は3トンにものぼり、 トラック3台に積み上げて、150名の組合員とともに有楽町の都庁前から日本橋の日本石鹸洗剤工業会事務所まで行進した。工業会と「受け取れ」「受け取らない」の押し問答ののち、なかば強引にも事務所前にうずたかく積み上げて「お引き取り」願った抗議行動のパフォーマンスはテレビをはじめマスコミでも大きく取り上げられ、当事者のみならず世間に広くこの運動と私たちの存在を知らしめるエポックとなった。

    ・・・

    続いて事業連では、合成洗剤追放運動のスローガンに「作らせない、売らせない」を加え、大手チェーン、スーパー店頭での合成洗剤販売中止を狙った運動戦略に出る。これが 「西友交渉」と呼ばれる次のデモンストレーションだ。ターゲットになった西友ストアは 当時、有リン洗剤の販売中止や有機農産物の販売など、チェーンストアのなかでは比較的に環境問題に理解のある経営をしていると見られた。そこで私たち生協は各地域の西友ストアの店頭に押し掛け合成洗剤の販売中止を訴え、本店との交渉でチェーン全体への圧力をかけ、最終的にはチェーンストア・百貨店全体への波及をはかった。 この交渉も最終的には西友本店店頭に合成洗剤 の返品を迫り音を上げさせる戦略であったものの、双方とも紳士的な態度を貫いた結果か、当初の狙いほど先鋭化した運動にはならなかった。しかし、その後環境への配慮をうたうスーパー・百貨店が徐々に増えてきた現実をみるにつけ、一般の小売店とて利益の追求のみならず環境問題にも目配りをしなければ消費者から背を向けられるかもしれないという危機感を多少なりとも植え付けることくらいはできたのではないだろうか。

     

    これ↑は前述のパルシステムの石けん「水ばしょう」についての文章である。石けん運動が具体的に何をやっていたのかまでは知らなかったのだが、奇形児出産って怪しすぎるビラ配るなど合成洗剤をこの世から抹殺せんといわんばかりの過激ぷりに、やっぱりオバタリアンパワーやべぇとの思いを新たにした。

    このパルシステムってのは生活クラブと並んでけっこう生協の中ではかなり先鋭的なほうではなかろうか。ほかに石けん推しの生協のグリーンコープも検索したら北朝鮮にカンパとかいろいろ出てきた。

     

    グリーンコープ、通販カタログで福島除く「東北5県応援」の表記で謝罪(2016年6月15日 HUFFPOST)

    http://www.huffingtonpost.jp/2016/06/14/green-coop-apologizes_n_10470990.html

     

    でふたたびパルシステムの石けんの記事に戻ると、この水ばしょうっていうパルシステムオリジナルブランドじゃなくっても、洗濯用粉石けんてわりとどこでも売ってると思うのだが、蛍光剤か何かが入っていなくて白い服が黄ばむってのはけっこう聞く話だ。もちろん合成洗剤を使って肌が荒れるならそこまでしてでも石けんを使う価値はあるのだろうし、じっさい私も体洗い用にかんしていうとボディソープがダメなうえ何の成分が原因なのか調べる気もしないのでかってはこの手の石鹸を長年愛用していた。

    しかし合成洗剤がLASや無リンと進化するなか石けんは黄ばみ問題が解決されないまま、それが原因で子どもがいじめられても「家族を思えばこそ石けんを使うという気持ちが通じた」って精神論に行ったとこを見ると、石けん洗濯が一部マニアにしか受け継がれてないのも無理ないと思った。近年洗濯洗剤や柔軟剤の「香害」という概念を広めているが、これはもはや人工的な匂いじゃないって以外に合成洗剤に勝る点がないってことなんじゃないか。

     

    「運動会があるとね、生協家庭の子どもたちって分かる。真っ白な体操着が並んでいるなかでちょっと黄ばんで見えるの 。石けんのせいなのね(笑)......」(元タマ消費生協理事)

    「中学校の制服は冬は上着を着ているけれど、夏は白いシャツでしょう。蛍光漂白されていないと、教室で何となく黄色く目立っちゃうのね。その子が20歳過ぎてから『つらかったけど、どうしても言えなかった』と(笑)。まじめな厳しいお母さんだったから言えなかったって。こっちはそんなこと全然考えていなかった」(元立川生協理事)

    「子どもがいじめにあったんです。靴下が白くなく黄色いからって。悩みました......」(元 下総生協理事)

    「うちの娘も『ぬか臭い』と言われたことがあって、親としてもこのまま頑張って使い続けるか、どうしよう、と悩んだこともありました」(元柏市民生協理事)

    「髪の毛がちょっと赤くなりますよね。子どもの通う中学の先生が『染めているんじゃないか』ということがあったので学校に説明に行きました」(元柏市民生協理事)

    「一番の問題は歯磨き粉。主人が、石けん臭さというより、“石けんで歯を磨くこと”に抵抗を感じたらしく自分で市販のものを買ってきた。『石けんで磨くと食べ物の味が変わらないんだ』って、いくら話しをしてもわからないわけですよ。そのうちに面倒くさくなったんでしょうね、私のをちょっと借りて使ってみたら、そんなに違和感がないとわかったようで......」(元柏市民生協理事)

    石けんカスが原因で洗濯物が黄ばむことを子どもが気にするという話はあちこちで聞かれた。しかし、その子どもたちが親になり、やはり石けんを使っているという声も多く聞かれた。「家庭のことを思えばこそ石けんを使うのだ」という気持ちは十分に通じていたのではないだろうか。

     

    以上一部生協において牛乳と石けんが重視される意味とその時代背景をご紹介したが、上記のパルシステムの引用記事によれば卵も生協との成立に関係しているらしい。そういえば「たまごの会」っていうのがあったな。と思って検索したところ、たまごの会の農場の開設は1974年、抗生物質を用いない卵を目的としたらしいので、たぶん三一新書とか郡司先生あたりの本で卵が薬漬けで危ないって話も当時あったのだと思う。

    それと急に思い出した話があるのでまた牛乳の共同購入の話に戻るのだが、パルシステムこんせん72のような独自ブランドと違って四つ葉牛乳ってのも生協界でけっこう存在感を示しているので下に引用しておく。というわけで消費者運動の主役が三一新書やオバタリアンだったころは牛乳がモー毒どころかむしろほんとうの牛乳を「飲みたい」って運動のほうが主流であり、ロハス化するには1980年代まで待たなくてはならなかったというのがわが歴史観なのであるが、このとき高橋晄正が日本消費者連盟と決別した時の理由に世代交代があったことからも、たぶんロハスっていうのはモーレツ社員を支えるオバタリアンより下の世代、学生運動やベトナム反戦運動に影響されたインテリ団塊世代のノリな気がした。

     

    共同購入グループについて(よつ葉乳業)

    http://www.yotsuba.co.jp/group/about/

    1972年、安全な、おいしい牛乳を求める本州の消費者グループの手によって「よつ葉牛乳」の共同購入運動が始まりました。以来、よつ葉乳業は消費者と手を携えて牛乳をつくり、届けてきました。

     

    共同購入グループ・団体のご紹介(よつ葉乳業)

    http://www.yotsuba.co.jp/group/about/introduction/group.html

    ■昭和47年、「子供達にごまかしのない本物の牛乳を飲ませたい」と始まった共同購入の会です。現在、取扱い品目は牛乳・乳製品をメインに日常の食卓に欠かせない基本食品を約300アイテム、乳幼児から高齢の方まで対応できるよう、牛乳だけでも4種類(ノンホモ牛乳、HTST牛乳、UHT牛乳、部分脱脂乳)の共同購入を行っています。
    ■あなたの食卓においしさと健康をお届けします。子供達の健やかな成長のために、大人の活き活きとした毎日のために、本物の牛乳の共同購入をしませんか!

    ■南房総の養鶏農家との出会いがナチュラルコープの「食べ物運動」の第一歩でした。陽光を浴びる開放鶏舎、自家配合飼料で育つ鶏の卵は、真っ暗な鶏舎に閉じ込め、薬漬けになった鶏のものとは比べ物にならない味!それから1年後に出会った北海道よつ葉牛乳、子供に安心して飲ませることのできる牛乳、乳製品の本物の味・・・・・20年前のことです。私たちの食べ物が、どのような環境、経緯を経て今ここにあるのか?ほとんど知らないという事実、ホルモン剤、抗生物質、農薬漬けの動植物。私たちの産直運動は、現実を知ることから生まれました。そして結論は、消費者が生産現場と直接結びつき、安心できる食べ物を造る生産者−生産地−加工場のネットワークを作り上げていくということ。卵と牛乳から始まった産直運動は徐々に生産者や生産地を結びつけ今では北海道から沖縄まで広がりました。そして、組合員理事を中心に、各専門委員会、地区の委員、組合員の「意見の見える」生協としてあり続けます。
    ■県内に数ある生協の中で規模は小さいのですが、「夢は大きく、活動は豊富、安全な農産物へのこだわり」はどこにも負けません。あなたもごいっしょに!

    ■20年前PCB汚染で世の中の食物の安全性が不確かな時に、子供達に安全で安く美味しい牛乳を飲ませたいとの願いからよつ葉牛乳を知りました。子供ばかりではなく成長期にも、また老人には特に骨粗しょう症予防のためにも必要な製品です。

    ■当会の母体は、1972年に「よつ葉牛乳」の共同購入運動から始まりました。酪農最適地である北海道産の現地でパック詰めされた、安全でおいしい牛乳を広めたいという一念で共同購入を進めてきたのです。今では無農薬、有機栽培の農産物にこだわっている生産者との産直活動にも広がってきています。
    ■食べ物・飲み物に含まれる慢性毒性の化学物質が、身体のみでなく、脳神経を痛めることがわかってきました。当会は、「ほんもの」を求めることが、単に安くて良いものだけでなく、本当に安全なものを作って下さる生産者の方々と手をつないでゆく消費者でありたいという信念でおります。同じ思いを持った皆さん、いっしょに進みましょう。
    ■当会は安心・安全な食の大切さを基本としてきましたが、現在は慢性毒性の化学物質より恐ろしい放射能物質の影響を無視できなくなっています。これを最低限にとどめるためには、厳格な検査が必要ですが、当会では思いはあっても不可能でした。その検査機器を所有して全品目の検査をしている(限度1Bq/kgが上限です)「オルターの会」と提携することにしました。

    ■設立23年。LL牛乳の反対運動、提携米ネットワークによる米の減反反対裁判運動を支持。国内における北海道地区に対する思いは強く、一年に一度、組合員の皆さんと北海道を必ず訪ねています。
    ■厚木から海老名に事務所を移して3年目。安全で安心できる商品を供給し続けて23年。より信頼を深めるために、今後も一貫した姿勢を保ちます。

    ■昭和47年頃、異種脂肪混入の牛乳が問題となり、北海道の酪農地帯から牛乳を持ってくる運動を知った。共同購入するには近所をまとめて、班を作らなければならず「食べ物の安全性」を柱に勉強会を開き、月1回の栄養教室を開いた。主目的は、料理には乳製品を使うこと。「バランスのとれた食生活」は老人にも人気で、年10回の講習会は25年続いている。

    ■最近の乳業メーカーの事故を新聞で読んだ限りでは、消費者に対してきちんと説明できなかったことが驚きでした。私たちの消費者団体は、よつ葉牛乳を常にチェックしています。工場には物が言える態勢です。

    ■「安心して食べることができるものがほしい」「地に足の着いた運動をする必要がある」ということで始まりました。牛乳については、他の団体の皆さんやよつ葉乳業さんと協力してHTST牛乳(72℃15秒殺菌)、ノンホモジナイズ牛乳の開発をし、また遺伝子組換え飼料を使わない牛乳を実現してきました。今後もより良い品質を求め、皆さんと協力して、そして楽しんで取り組んでいきます。

    ■1977年、母乳・牛乳の農薬DDT汚染を知り、汚染の少ない北海道のよつ葉牛乳の共同購入をはじめ、産地訪問、学習会などを通してたべもの全体の関心が高まる。一部生協のLL(ロングライフ)ミルク導入問題を機に、殺菌温度が酪農・乳業・牛乳に大きな意味を持つことが分り、パスチャライズ(72℃15秒殺菌)、ノンホモ牛乳を実現。この30年間、日本の畜産(北海道の酪農)は、輸入飼料への依存を高め、安全性・自然との関わりから遠ざかっています。 青草をたっぷり食べた牛乳や牛の肉を食べものとして再評価し、土・草に根ざした牛乳つくりに、取り組んでいきたい。

    ■そのほか、「お米」の食管制度・減反反対運動に取り組み「提携米」を実現。生産者と共に「第1次産業の復興」に取り組んでいます。「いのち・自然・くらし」をテーマに、国内産自給・安全安心を軸に、具体的行動として消費者と生産者の提携を深めてゆきましょう。


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