知られざる主婦史

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    生活協同組合(Wikipedia)

    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%9F%E6%B4%BB%E5%8D%94%E5%90%8C%E7%B5%84%E5%90%88

    日本の地域生協の事業の特徴として、組合員がグループを作って、そこへトラックで配達するという「共同購入事業」が挙げられる。これは1970年前後に、日本で食の安全性に対する信頼が低下した時期に、大学生協を母体として、各地に地域生協が設立する動きが広がり、その中で生まれてきた業態である。日本独自のシステムとなっている。

    ・・・

     

    一部生協がロハスに進化していく過程としては高度経済成長期下の主婦(オバタリアン世代)の共同購入にその起源が求められるというのが現時点でのわが歴史観である。Wikipediaによると共同購入は食の安全性が疑問視されていた1970年代に大学生協を母体として生まれた日本独自の形態とあるが、その前にまず物価高が問題となり奥さまがたのあいだで牛乳を共同購入で安く買おうってな運動が60年代すでに存在してて食の安全とか言い出したのはその後だと思う。

     

    コープ商品のあゆみ

    http://goods.jccu.coop/feature/promise2/history/

     

    上記サイトは牛乳の共同購入については触れられていないのだが、60年代「メーカーの管理価格に対抗して安定的により安く供給(販売)するために」70年代が「物価高騰と有害食品不安の中で共同購入の急速拡大を支える」と、60年代から70年代にかけ安さから安全性へ、消費者運動が変化する経緯が年表で分かりやすく書かれてて参考になる。そのなかで1954年「10円牛乳運動」が気になったため検索したところ生協とは異なるらしい主婦連という団体が存在し、オバタリアンが生協で共同購入するだいぶ前から主婦が牛乳とか産直とか言っていたことが判明した。

     

    主婦連のあゆみ(主婦連)

    http://www.shufuren.net/modules/tinyd4/index.php?id=2

    1954年12月 「10円牛乳運動」
    酪農民と直接手を結んではじめた「主婦の10円牛乳」。これが消費地と産地とを直結する産地直売の始まり。産地直売運動は、10年来の物価の値上がりにたまりかねた消費者の高物価に対する挑戦であるとともに、複雑な流通機構や流通マージンに対する厳しい批判だった。

    ・・・
    1956年5月 「日用試験室」
    商品が実際に価格だけの価値があるのか、安全なのか、ごまかしがないのかなど、科学的な裏付けをもたなければ問題提起も消費者の主張も通すことができない。こんなことから、1950年に日用品審査部を発足。6年後、主婦会館設立と同時にテスト設備を充実した試験室を設置。消費者団体が持つ日用品試験室としては、日本で初めてだった。
    衣食住にわたる日用品のテストを行い、その結果をもとに行政官庁や業界に改善措置の要望や提案をしてきた。

    ・・・
    1960年9月 「うそつきカンヅメ」
    「牛缶の中身が鯨肉や馬肉」だった。
    缶に牛の絵が表示されていたが、主婦連が調査したところ、約4割の缶詰の中身は牛ではなかった。缶詰協会と関係省庁を招き、ウソつき缶詰追放対策懇談界を開催。その結果、農林省は農林物資規格法の缶詰に関する政令を一部改正、厚生省は食品衛生法を改正、公正取引委員会は「不当景品類及び不当表示防止法」(景表法)を制定した。

    ・・・
    1969年10月 「うそつきジュース」
    「○○オレンジ」などの名称を使い、色、外観ともに、いかにも果汁入のように思われる各種の飲料をテストした結果、ジュースと表示しながら果汁100%のものは、わずか3%しかなく、ほとんどがごまかし表示だった。
    この結果をもとに公正取引委員会や関係省庁に要望し、ジュースという名称の定義、果汁含有率の表示を実現させた。しかし、無果汁の飲料については、「無果汁」ではなく「合成着色料」「香料使用」などと表示すればよいというものだった。


    1973年3月 「ジュース審判」
    公取委が認定した果実飲料などの公正競争規約に、無果汁飲料は「無果汁」表示をするよう要求したが公取委は聞き入れなかった。1971年4月、主婦連は不当景品類及び不当表示防止法にのっとり、「不服申し立て」に踏み切った。公取委の審決は、不服申立者である主婦連(団体)も奥むめお(個人)も「不服申し立ての資格なし」と門前払いだった。しかし、審決の5日後、公取委は「無果汁表示」を義務づけた。
    主婦連の主張は通ったものの、公取委が認定した公正競争規約が業者に有利で、消費者を欺く違法不当なものであっても、消費者個人や消費者団体は不服を申し立てられず、是正の手段はなく「お上」のすることに口出しするなということである。
    消費者の権利を無視し、納得できないため訴訟をおこした。
    しかし、東京高等裁判所(1974年4月)、最高裁判所(1978年3月)は公取委の審決を支持し、消費者個人や消費者団体に不服申したての資格なしと判決を下した。7年間の長い闘いだった。

     

    主婦連は戦後すぐの1948年と専業主婦カルチャーが花ざかる全然前に結成され、戦前の女性運動の流れをくんでいるらしく類似団体にはちふれ化粧品を世に送り出した全地婦連こと全国地域婦人団体連絡協議会(1952〜)があるとのことだ。主婦連や全地婦連について不良マッチ追放運動、「主婦の店」選定運動、カラーテレビ二重価格問題にもにわかに興味がわいたが、ロハス史的には1960年「うそつきカンヅメ」1969年「うそつきジュース」告発あたりが気になった。

    前回の生協の記事で、昔は食品公害について「ほんもの」「ニセモノ」って言い回しが三一新書とかで多用されていると書いたけど、この「うそつき」ってのも多いし、そういえばだいぶ前YouTubeで見かけた1970年ごろの動画でも、主婦がうそつき食品を商品テストに持ってきたりうそつきカンヅメの中身検証するシーンがあった。主婦連が告発したうそつきカンヅメは「牛缶の中身が鯨肉や馬肉」で、動画↓のはまぐろフレークの缶詰の中身がサワラだったと言っている。

     

    昭和45年 消費生活(YouTube)

    https://www.youtube.com/watch?v=-2sZhSf_ldE

    ウソツキ商品一掃

    1960〜70年代の消費者運動において中心的な役割を担ったオバタリアン世代

    これがまぐろとは名ばかりのうそつきカンヅメだ

     

    昭和48年 暮らしと消費(YouTube)

    https://www.youtube.com/watch?v=tA9yyAyS2R0

    これもオバタリアンとか商品テストの出てくる似たような動画

     

    うそつきジュースにしても今現在清涼飲料水は原材料や消費期限を表示し、果汁入ってないのがジュースを名乗ることはないし、ファンタとかデカデカと無果汁って書いていると思うけど、きっと昔はそんなんでもジュースを名乗っていたんだろうし牛乳もまたしかりで、高度経済成長期はそんなニセモノのうそつき食品がはびこるポイズンな世の中だったからこそ消費者の体が悪くなろうが知ったこっちゃない企業のもうけ主義に対する三一新書や生協の告発はその意義も大きかったのだろう。食品公害といえば郡司篤孝って人が昔そういう本を出していて、今検索したところによると「うそつき食品」(1969)「うそつき食品―メーカーへの告発状」(1983)「ほんとうの酒・うその酒」(1984)「コピー食品の秘密―ホンモノとの違いがわかる本」(1986)など、例によってほんとう・ホンモノ・ウソツキといった概念を多用した著書が三一新書あたりで多く見られるのだが、郡司氏の息子もまた現役で食品公害を告発している郡司和夫である。


    これ↑はだいぶ前にブログに貼った私物。画像を再掲しただけなので本自体はもはやどこにあるのか分からない。

     

    https://www.amazon.co.jp/dp/4837983170/

    内容紹介

    自分と家族の健康を守るために、これだけは知っておきたい!

    ◎肉
    ――老廃牛の肉が「霜降り牛肉」に化ける驚異のテクニック
    ◎卵製品
    ――インスタントの茶碗蒸しの原材料は「粉末卵」と「糊」!?
    ◎漬物
    ――漬け込み液は「添加物のオンパレード」状態!
    ◎インスタントみそ汁
    ――あの独特の後味は「化学調味料」によるもの
    ◎ビスケット・クッキー
    ――まずは「マーガリン・ショートニング不使用」を選んで

    がん・脳卒中・動脈硬化・骨粗鬆症のリスク、
    アレルギー、免疫力低下、「イライラ感」の増大……
    「危ない添加物」の基礎知識から、何をどう食べるか――そのノウハウまで!

     

    またロハス史というよりはオバタリアン史の範疇なのだが、食品公害と同じ頃に全地婦連や三一新書(大門一樹)が告発していたカラーテレビ二重価格問題についてもメモしておく。スーパーのダイエーがプライベートブランドからテレビを発売していたというのも初耳だし、1970年当時「近ごろの主婦は怖くなった」と思われていたであろう企業に物申す奥さまがたが20年の時をへオバタリアンとしてブレイクしたかと思うと感慨深い。

     

    企業にキバを向け始めた主婦たち(1970年少々百科)

    http://www.onfield.net/1970/12.html

    1970年は、比較的温厚だった日本の主婦たちが声を上げ始めた年です。そのキッカケとなったのは、人工甘味料のチクロカラーテレビの二重価格問題でした。少し、説明をしておきましょう。

    ・・・

    カラーテレビの二重価格問題は、メーカー価格がまだ影響力をもっていた時代ならではの問題です。当時は白黒テレビからカラーテレビへの移行期で、テレビ番組の約半分はカラー放送に切り替わりつつありました。メーカーは、消費者の旺盛な購買意欲を背景にあくまでも強気の姿勢を貫き、カラーテレビのメーカー正価を10万円から下げようとしませんでした。ところが、アメリカ市場への輸出分は遙かに安い価格で送り出していることが判明し、また、安売り家電店の店頭でも正価があってないような安売り(およそ8万円台)が横行しはじめ、「一体、カラーテレビの正しい値段は何なのよ」と主婦たちは怒り、不買運動を始めて、これが全国に飛び火したわけです。

    アメリカ市場では、不当なダンピング販売だとの指摘を受けて日本製品バッシングの走りとなりました。主婦たちの「カラーテレビなんて買ってあげない」運動はやがて小売店を動かし、メーカーや卸業者への在庫返品騒ぎに発展します。この合間を縫って11月、当時は主婦のいちばんの味方でもあったスーパーのダイエーが、今で言うPB商品として「BUBU」ブランドの13型カラーテレビを59800円で発売すると発表。これは家電販売の主導権が、メーカーから流通(小売店)へ移っていく象徴的な出来事にもなったのです。

    チクロ、カラーテレビ以外にも、主婦たちを怒らせたものは数々ありました。その筆頭は物価高です。当時のインフレ状況については別項に譲りますが、いくら給料が上がっても、公共料金も食品も何もかも値上げ値上げの連続で、収支決算では帳消しになりました。百科事典の押し売りなど悪質化した訪販セールスも新聞紙上をにぎわせました。主婦たちの堪忍袋の緒は、切れるべくして切れたわけです。

    ・・・

    こうした世論に押された政府はようやく重い腰を上げて消費者行政の見直しにのりだし、商品テストや苦情処理の受け皿として、同年10月に国民生活センターを設置。これと前後して全都道府県に消費生活センターを設置していきます。おそらく当時社長を務めていた人々は「近頃の主婦は恐くなった、しょせん女子供の意見だと無視していると、とんでもないことになるぞ」と、ようやく気づき始めたんじゃないでしょうか。

     

    http://www.watai.jp/mokuroku/sonota/shakai.htm

     

    https://www.amazon.co.jp/dp/B000J9QX62/


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      • 2018.09.24 Monday
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