母乳と産婆

0

    ロハス史振り返るシリーズで7,8回書いたように、戦後ありがたってきたアメリカの文明よりも自然や昔の知恵こそがガチ。というロハス的価値観が完成されてくるのは1980年代というのがわが持論なのであるが、ヒッピーが目をつけたラマーズ法のブレイクによって産婆や助産院が見直されてきたのと同様、粉ミルクがオシャな時代から母乳に移行してくるのも1980年ごろと考えられる。そもそも人によって程度の差はあれ助産師が母乳至上主義みたいなことになってて、自然なお産をマスゴミがゴリ押してた2010年前後も、助産師のゴッドハンドによる母乳すごい出るマッサージだの、デカパイになるマッサージだのが、テレビや雑誌で頻繁に紹介されていた。

     

    2012年2月29日放送 22:00 - 22:54 フジテレビ ザ・ベストハウス123(TVでた蔵)

    https://datazoo.jp/tv/%E3%82%B6%E3%83%BB%E3%83%99%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%8F%E3%82%A6%E3%82%B9123/548260

    15秒で母乳が溢れる!奇跡のゴッドハンド 平田喜代美

    厚生労働省の調べによると、出産後の母親の48%が母乳が出ない・不足気味と悩んでいる。母乳が出ないため乳腺炎になりやすいというリスクがある。母乳専門のコンサルタントをしている平田喜代美を紹介。

    キーワード
        乳腺炎厚生労働省

    福岡市にある、平田さん経営の施設の待合室には連日母乳が出ないという女性でいっぱいになる。マッサージを受けた女性はおさえなくても母乳がでるようになったとコメントした。

    母乳が出ない女性達を救うゴットハンドによるマッサージ。マッサージを初めて15秒で噴水のように母乳が出てきた。マッサージで母乳が出る仕組みが解説された。

    母乳が出ない女性にはある共通点がある。母親が食べたものが母乳になるが、刺激物や高カロリーのものばかり食べているとまずい母乳になってしまう。子供が乳首を吸わなくなり、母乳が出ていないと勘違いをする母親が多い。 平田喜代美さんは「おっぱいの事は学場所がないから、それを伝えていきたい。ものを言わないで体中で悲鳴を揚げている赤ちゃんたちの代弁者としてしっかりお母さん達に伝え続けていきたい。」と話す。

     

    これ↑はごく一例だが、この頃特集された助産師はしばしばゴッドハンドと形容され、マッサージに限らずこれまで○人の赤ちゃんをとりあげたからゴッドハンド・・・ってな使われ方もしていたように記憶している。あと自然なお産で子供が「産まれる」ことで○○(絆とか)が「生まれた」みたいな言い回しも多かった。

    番組に出演していた平田喜代美は美健ガイド「おっぱいはえらい!!―母乳育児を取り戻そう!」の監修も務めている助産師で、プロフィールによると「1981年10月平田母乳育児コンサルタント開業」とあるので、やはりここでも1980年ごろと呼べる時期である。平田氏は桶谷式に影響されて母乳の相談やマッサージを始めたのだった。

     

    https://www.amazon.co.jp/dp/4894720930

     

    【福岡・福岡市】平田喜代美(ひらた・きよみ)助産師(西日本新聞)

    http://www.nishinippon.co.jp/nnp/lifestyle/shoku/koushi/k01/post_1.shtml

    母乳育児が、昭和四十年代ごろから牛乳を元にした人工ミルクに取って替わられたことが、どこかで現代の病理現象と結びついていると私は感じている。
    母乳育児は母子で心を通わせることで、子どもには人間への基本的な信頼感をはぐくみ、母親には母性愛を呼び起こす大切な営みなのだ。
    引きこもりや不登校、いじめなど、子どもを取り巻くさまざまな問題は、乳幼児期に母乳育児を受けなかったことが遠因となって起こっているのではなかろうか。母親の乳幼児虐待も、根っこには人工ミルクの授乳による母子分離のケースがあると思う。

    「人間が人間のお乳を飲むという原点を取り戻すことが地球を救う原点」とアピールし、母乳育児を指導する助産院「おっぱい110番」を開業して、二十年以上が過ぎた。母乳育児の大切さが少しずつ理解されてきたように思う。産婦人科の病院などにも母乳外来を設けるところが増えてきている。
    「おっぱい110番」には開業以来、これまでに約一万人の母親が訪れた。母親に対し、よい乳質のお乳をたくさん出してもらえるように桶谷式マッサージを乳房に施し、和食中心の食生活を指導する。乳児が歩くようになるまでは母乳をしっかりと飲ませてもらい、二歳前後で断乳して母子分離をしてもらう。
    この間、心身の発達やアレルギー、しつけなどの育児問題だけでなく、夫婦や嫁姑(しゅうとめ)間の人間関係なども含め、さまざまな悩みの相談にも応じてきた。
    母親たちの学習グループの活動が元になって、育児大学講座とゼミを開設。日本の伝統食作りを習い、オモチャづくりなどを楽しんでもらうなど、総合的に育児を支援している。

     

    平田氏の主張では母親が欧米化した油っこい食事をとると母乳がドロドロして詰まり、和食はサラサラで美味ってな感じで、これオリジナルの桶谷助産婦が言い出したことなのかもしれないけど、NHKでアメリカ小麦戦略を特集した「食卓のかげの星条旗 〜米と麦の戦後史〜」が放送されたのも1978年だったりするので、それまでのバランスや動物性たんぱくを重視した「栄養」を見なおし、日本人なら肉や乳じゃなく野菜や米(玄米)食べようよ。と、戦後しばらくパンに押されていた和食やマクロビが見直されたのもやっぱり1980年代なんじゃなかろうか。生協が牛乳、卵、肉を重視しているのを見ても、専業主婦文化花盛りの1960〜70年代ごろはまだ欧米化な食事は悪ではなく、ダイエットにしても生野菜サラダをいっぱい食べるとかそういう方向性だったと思うのだよね。

    なお母乳出なかったらミルクでいいって助産師さんもいるようだが、平田氏にかんしては食事指導等かなり厳しいだろう。というわけで桶谷式もやはりラマーズ法同様、助産婦界で同時期に人気爆発したイメージがなんとなくある。

     

    「−母子一体性の原理− * 桶谷式と私 」

    http://www.oketani-kensankai.jp/html/meet-episode6.html

    恩師、桶谷そとみ先生との邂逅から早25年になります。今の私があるのは、先生のお陰と心から感謝しています。

    30年前、「桶谷式」は、世間に一大センセーションを巻き起こしました。「痛くなく、母乳がよく出る」とのキャッチフレーズの下、医学界を始め助産師界、いろいろなマスコミ界の注目する所となりました。
    私も、早速桶谷式の門下生としてお許し頂き、1985年から2年間、先生から直接御指導を頂きました。
    先生はまさに、母子の為に、母乳哺育の普遍化の為に、又、私達助産師の育成の為に一生を捧げられた方でした。
    その情熱は、時にお母さんや助産師を感動させ、涙を誘う事も度々でした。

     

    桶谷式乳房治療手技研鑽会が作られたのが1980年、「桶谷そとみの母子一体性の原理」って本が1983年に出ており、また上記引用に30年前桶谷式が一大センセーションを巻き起こして1985年から桶谷先生の指導を仰いだってな助産師さんの記述があり、いつの時点から30年前なのか分からないのだがわが歴史観にもとずき80年代初頭に桶谷式がさかんに紹介されていたにちがいないと勝手に解釈した。また助産婦にかぎらず山本高治郎著「母乳」(1983)山内逸郎著「母乳は愛のメッセージ」(1984)内藤寿七郎著「赤ちゃんの命を守る母乳のはなし わが子の一生に影響する乳児期の栄養法」(1984)根津八紘著「母乳で育てる! オッパイの出し方・飲ませ方」(1985)など、80年代前半より母乳本の出版があいついでいることがインターネット検索で判明した。

     

    https://www.amazon.co.jp/dp/4787702009/

     

    また桶谷助産婦に師事していた山西みな子「母乳で育てるコツ」上画像の増補改訂版は2002年に出ているが、オリジナルは1984年となっている。その前年、山西氏の指導を受けた自然育児友の会が発足しており、この会は美健ガイドでおなじみ真弓定夫先生が顧問だったり、2000年代には愛・地球博に参加したり、反原発イベントであるキャンドルナイトを日本で始めた辻信一の「カフェスロー」に事務局が移転したりと完全にロハスに進化した。

     

    特定非営利活動法人自然育児友の会

    https://fields.canpan.info/organization/detail/1161375223

    1983年
    自然な育児をめざす母親たちのサークル「Natural Aid Circle」としてスタート。

    自然育児相談所の山西みな子先生に母乳育児の指導をうけた母親たちが、中心となって、毎月一回集まりながら手作りの会報を発行した。

    母乳育児のお母さん同志の知恵のつたえあいからスタートした会は、自然にのびのびと子どもを育てたい育児サークルとして
    都内のお母さんたちの間で少しづつ広がっていく。

    2000年からは、自然育児にかかわる人とモノが集う「マザリング・フェスタ」を、年一回開催。
    (会場は、早稲田奉仕園、日赤看護大学、三鷹産業プラザ等。2009年は、府中市ルミエール府中で開催の予定。)

    2000年10月
    事務局を豊島区に置き、NPOとして、より広く社会にむけて、母乳育児の講座や、自然育児についての情報発信をはじめる。

    2005年6月、愛・地球博「地球市民村」に参加。米NPOアタッチメント・ペアレンティング・インターナショナルと協働して、親子の早期の絆作りの大切さを伝える「赤ちゃんと絆館」を出展。
    この年、事務局を三鷹市に移転。

    2006年8月 「子育てはスピリチュアル 親子合宿」(ファシリテーター:井上ウィマラ氏)をスタート。以後、毎夏行う。

    12月、音楽イベント「スローマザー・ギャザリング」開催。このイベントでの出会いをきっかけに、カフェ・スロー(府中市)の一角に、事務局を移転。赤ちゃん連れが遊びに来ることができる子育て広場をスタート。


    2007年5月 代々木オリンピックセンターにて、「お泊りミーティング」を開催。(翌年から、毎年母の日に開催。)

    2008年 6月 国分寺市に事務局を移転。

    他のNPO・市民活動団体との協働、他の学協会との共同研究・協働の実績
        
    ・米アタッチメント・ペアレンティング・インターナショナルとの協働
    ・津田塾大学 三砂ちづる教授の研究プロジェクト
    赤ちゃんにおむつはいらない〜失われた身体技法を求めて〜』に協力


    スポンサーサイト

    0
      • 2018.05.28 Monday
      • -
      • 00:06
      • -
      • -
      • -
      • -
      • by スポンサードリンク

      コメント
      コメントする








         
      この記事のトラックバックURL
      トラックバック

      profile

      calendar

      S M T W T F S
        12345
      6789101112
      13141516171819
      20212223242526
      2728293031  
      << May 2018 >>

      selected entries

      categories

      archives

      recent comment

      recent trackback

      search this site.

      links

      others

      mobile

      qrcode

      PR

       

       

       

       

      powered

      無料ブログ作成サービス JUGEM