宮殿

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    カンブリア宮殿 Ryu's Eye (生活クラブ連合会 顧問 河野栄次)

    https://www.youtube.com/watch?v=Qh6ZUWVoAkQ

    この前テレビ東京の番組で生活クラブやってたらしい。↑パスチャライズ牛乳(低温殺菌)

    できることなら生協の記事書く前に見たかった。岩根夫妻ともう1人若い男の子が創業メンバーだったみたいなのを本で読んだことあるので、それがスタジオ出演してた河野栄次顧問だったんだろう。

     

    [昭和44年10月] 中日ニュース No.824 1「“チクロ”ショック!」(YouTube)

    https://www.youtube.com/watch?v=W-bVRLDBswk

    主婦つながりということでオバタリアン動画鑑賞。チクロというのは昔菓子などに広く使われていた人工甘味料で、発がん性と催奇性が指摘され、日本ではこの動画の1969年に使用禁止になったことで大騒ぎになり姿を消した商品もあるが海外ではまだ使用されてる。ってWikipediaに書いてた。

    こんにち人工甘味料といえばアスパルテームやエリスリトール、トレハロースなどが思い浮かび、なかでもダイエットで人気なアスパルテームは本当に体に悪そうな甘さなのだが、チクロにかんしては砂糖よりも廉価で美味だったとする意見がある。ほかにズルチン、サッカリンなどの甘味料がかってポピュラーだったという。

     

    第4回「チクロは旨かった」の巻(まぼろしチャンネル)

    http://www.maboroshi-ch.com/old/sun/pha_12.htm

    子どものころ、粉末ジュースも瓶入り清涼飲料も現在のものよりおいしかった気がする。ヒトは自分の子ども時代の文化と風俗至上主義に陥りがちであるが、食べ物の味は確かにいまより昔のほうがうまかった。昔の味を知らなければ別にどうってこともないのだけれど。
    たとえそれが人工ものであってもだ。飲料がおいしかったのは、人工甘味料にチクロを使っていたからだ。以前、「あなたの希望を叶えます」的な趣向を持つテレビ番組で、故林家三平の奥さんが、夫がテレビで宣伝していた渡辺製菓の「しるこの素」を再現して欲しいという企画があった。試作品を食べた奥さんは「なにかが足りない」とひとこと。甘味がチクロじゃないからだということになり、名古屋にある製菓メーカーの社長が、記念にチクロを金庫にしまってあるということで、それをみせてもらっていた。私以外にも「チクロ」のほうが砂糖よりもうまいことを覚えている人がいるのだなと嬉しくなった覚えがある。発がん性があろうとなかろうとうまいものはウマイ。ダイエット飲料に使われている「ステビア」や「アスパルテーム」の薄っぺらい味ではあの味はでない。

    「チクロ騒動でデパートにはすばやく自然食品コーナーが出現しました」

    「危険なチクロの使用はパンから味噌、しょうゆまで加工食品27品目にもおよぶとあって、台所をあずかる主婦にはショック」

    このあとマウスの実験の映像が出てきて、胎児が奇形になることが分かった。みたいなこと言ってるのだが、この頃って合成洗剤にしても危険な化学物質といえばとにかく奇形児。しかし私が日本消費者連盟の本にガクブルしてた30年くらい前だと「発がん性」はあっても、すでに奇形児とは言ってなかったと思う。

    どうもチクロといえば粉末ジュースらしい。粉末ジュースってのも、ウソツキ食品全盛期にはジュース名乗ってたけど途中で三一新書あたりからお前はジュースなんかじゃねぇと言われ、通称として残ってるだけなのだろう。

    「東京の主婦連本部には、不信にとりつかれた主婦が食品検査の依頼にあとをたちません」

    ウソツキ食品全盛期の昭和40年代は消費者運動の映像に絶対主婦と商品テストが出てくる。これはオバタリアンではなくマンガでよく見るタイプの明治生まれ婆さんだが。

    主婦連は戦後すぐから存在し、前述の生活クラブ始め生協に影響を与えていると思われる。また動画の中で日本酒の防腐剤についても言及されているがこれはたぶんサリチル酸のことで、やはりチクロと同じ昭和44年に全廃された。

     

    酒文化研究所

    http://www.sakebunka.co.jp/archive/20kuriyama/20kuriyama02.htm

    −この世紀に、腐造が多くたいへんリスキーだった清酒造りが安定したものに変わり、産業化していきました。
    栗山 本当に安定したと確信がもてたのは今世紀後半の昭和44年からでしょうね。
    −と言うのは?
    栗山 業界としてサリチル酸の全廃を達成できたからです。この時は、マスコミや世論のはげしい声に呼応して全国の蔵元が防腐剤の使用を止めたのです。
    しかし、当社はそれより60年も前の、明治44年、今世紀前半に「防腐剤ナシ」の商品を本格的に売り出しています。これは非常な冒険でした。その頃はまだ業界全体の技術レベルも上がっていない。それをあえて発売にふみ切ったのは、「お客さんが安心して飲める酒でなければならない」という、今でいう消費者志向の信念がすでにあったからだといえるでしょう。
    ・・・
    しかし、「防腐剤ナシ」の出荷では、ずいぶんと失敗もしています。東京に着いたらほとんど腐っていたケースさえあったという。当時、火落菌というのは何千種もあるということは学会でもまだわかっていませんでした。私が業界に入った50年前でさえ、学会での研究発表も、研究者それぞれが違う菌でやっていました。だから、殺菌温度60度、5分でよいというのも、たまたまその研究に使った菌がその条件で死んだだけの話。さすがその頃になったら「先生の使ってるのはどんな菌か」くらいは質問がありましたが、当時はまだスライドがないから「黒板に絵を描きます」という程度(笑)。後に、乳酸菌研究の大家・北原覚雄先生が膨大な数の火落菌を分類されて、それぞれに属する菌がわかり、その対策も系統的にできるようになっていった。
    それから10年ほど経って、昭和36年、サリチル酸を飲食物に使っては駄目だというWHOの勧告もでてきた。ついで昭和44年のチクロ騒ぎの時に、マスコミが清酒のサリチル酸も取り上げてしまったから、さあ、たいへんなことになった。

     

    [昭和45年5月] 中日ニュース No.853 1「安売りとはいうけれど」(YouTube)

    https://www.youtube.com/watch?v=nDc8bs1rVwY

    チクロショックの翌年の動画にも主婦連が出てきた。トレードマークのしゃもじにチクロ、不買、とかなんとか書いてる。


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      • 2018.05.28 Monday
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