男もお産

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    評価:
    見城 美枝子
    文化出版局
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    (1976-10-01)

    井深大との対談で吉福伸逸の次に気になったのが見城美枝子で、井深氏と同じく胎内記憶の元祖であるトマス・バーニー著「胎児は見ている」(1982)のカバーに、これから母親になる方々におおいに参考になる育児書です。てな推薦文を寄せていた。なんで見城美枝子なんだろうと思ってたら、この人お産の学校に通ってラマーズ法で産んだんだそうだ。

    井深対談

    http://www.sony-ef.or.jp/sef/about/pdf/taidan24.pdf

    井深
      ラマーズ法は私、余りよく知らないんだけれども、お父さんが産室へ入って手伝うの。  
    見城
      そもそものきっかけは・・・。赤ちゃんを産むのに機械や、薬を使うのがこわいから、絶対生むのはいやだとか、産むというと、まず顔をしかめる場合が多いんですよね。でもそこを通らないと親になれないからということで、みんな何かがまんして通ると思うんですが、私はやはり赤ちゃんがこの世に誕生するそのときですから、一番いい形を取りたいと思ったんです。自然分娩で、なおかつお母さんとしての苦しみも乗り切れる形でやる方法。
            それで、お産というのはどういうふうにして起こるのかというのを知らないものですからお産の学校に、彼も私も一緒に毎週日曜日勉強に通って、お産のメカニズムを教えていただいたり、お産の映画を見たりしました。助産婦さんたちがいろいろ取り上げている体験談から、赤ちゃんというのはこういうふうに生まれるんだから、お母さんとしてはこういう心構えがいいですと、そういうことを全部教えてくださるんです。
    井深
      そうすると妊婦さんを相手にトレーニングをするという、そういう学校なんですね。  
    見城
      そうなんです。若い世代になればなるほど、抵抗なくご主人がご一緒にいらしてて、たとえばマッサージの練習をするんですね。一番痛くなる時期というのは、それまでに勉強しておきますから、その時期に合ったマッサージ法と呼吸法を繰り返し練習して、最後の方はご主人が抱えてくれて出産するという。そこでりきんじゃうと大変だから、そこだけはやめて、あとは全部同じことをやるんです。
    井深
      産む時にはベッドでだんなさんが手伝うわけでしょう。それ、どういう姿勢にするわけ。
    見城
      私の彼がやった場合はベッドのマクラの方に座るようにして―。  
    井深
      で、お産のあと赤ちゃんは分離?  
    見城
      それも希望なんです。  
    井深
      ああ、それは大分進歩したな。  
    見城
      ですから産んですぐにもう抱きましたし、洗ってきてからは、彼もすぐ抱きましたし、うちの彼はラマーズ法は二度目です。
    井深
      赤ちゃんを洗っちゃった?  
    見城
      洗う前に抱かしてくれるんです。胎脂がついてる状態で。だからほんと、つるつるしてるのね。ラマーズ法で産むと余りいきみませんから、出血が少ないので赤ちゃんに血がついてないんです。きれいに生まれてくるんです。最近はわりにお医者さんの方がせっかちになるというのか、どうしても会陰切開をしてしまうんですね。生まれるときにじっくりと時間をかけていれば、赤ちゃんの頭がそのまま出てくるわけですよ。ところがそれをじっくりやらないで、膣のところをハサミで切ってしまうわけです。
    井深
      大きくしちゃうわけね。  
    見城
      ところが、ほんとは女性の体というのは紙 1 枚ぐらいまで伸びて、赤ちゃんが出やすくなって、そしてしゅーっとまた―ゴムじゃないんですけど、小さくなって、そういうふうにできているんですって、メカニズムが。それをね、おもしろい話で、切ってしまうと伸びが悪くなるんですよ。二度目も結局切ることになるというふうに言われて。ですから、切らないにこしたことはないと。
    井深
      そんなことをするんですか、ハサミでね。  
    見城
      女性の側から―だからそれはやめてほしいと。できるだけ自分でがんばるから、自然に産ませてほしいというのが結びついて運動になって―。
            痛みが来るというのは―痛みというよりも、赤ちゃんが出てくるために一生懸命「うーん・・・」とやっているんだと教わるわけですね、メカニズムとして。赤ちゃんも苦しい、だからお母さんが「痛い痛い」と言うと、産道が狭まって赤ちゃんも苦しめられるから、そのときに大丈夫、大丈夫と言ってあげると、赤ちゃんがさらにすーっと早く出てくる・・・気持ちよく。出産のときに陣痛が来るとお腹がカチカチになるんですよね。それは赤ちゃんの方が力んでかたくなっているわけでしょ。ああ、赤ちゃんも苦しいなと思うので、もうすぐ、もうすぐというふうに赤ちゃんに働きかけるんですよね。
    井深
      お母さんの心理条件というのは全部赤ちゃんに反映していますから、そういうリラックスした気持ちというのは赤ちゃんに全部ツーツーだと思わなきゃいけない。
    見城
      ほんとわかるみたいですね。ですから最初のときも、彼は私がキャアキャア言うかと思ったら、一度も言わなくて、「来ました」と言うんですよね、痛みが来ると。そうすると助産婦さんが「はい」と言ってさすって、それでずいぶん気分的に楽になって―。

    今現在○○で出産しました。ってアッピールするのは、助産院とか自宅出産てとこだろうけど、このときは(対談の日付書いてないけど80年代半ばと仮定)ラマーズ法で産みました。が、自然なお産界のステータスだったと思われる。マジカルチャイルド育児法のあとがきで訳者である吉福氏の奥さんもラマーズ法で産んだって書いてたし、80年代て雑誌に津村喬が自分の子供生まれたときラマーズ法やってるとこだったけど結局しなかったみたいなこと書いてたような記憶がある。

    見城
      主人もね、2番目のときはラマーズ法初めてでしたから、一生懸命言われるとおりにして、本当に感激したんですって。オギャアと出て、とても元気で、しみじみ子供ができたという―。
    井深
      父親と子供の絆というのは、本当に立ち会うと違うそうですね。全然異質なものになってしまう。
    見城
      だから3番目も絶対立ち会う、それが父親として子供にできる一番最初のプレゼントだろうと―。忙しい人ですから、お産はいつから始まるかわかりませんので、ポケットベルを持ち歩いてくれて―。それで3番目の子は、主人が右手を持ってくれて、左手は堀口先生が握ってくださって、幸福なことに2人の男性に手を握られて(笑い)。本当に先生の手が暖かくて優しかったんです。
    井深
      出産間近になると、お母さんのお腹の中に物すごくエンドルフィンの分泌がふえるんですよね。それはだんなさんとかが手を握るとか、肩へ手をかけるだけで、それの分泌量ががぜんわーっとふえるんだそうです。エンドルフィンというのが、すべての悩みとか、痛みとか、悲しみとか、そういうものを和らげる役目をするらしい。そういう分泌を自然にするわけなんです。じゃ見城さんの場合は、右手からと左手からと2倍のエンドルフィンを得たわけですね(笑い)。
    見城
      2番目の子のときも助産婦さんが数人来てくださって、みんな手を握ったり、足もこうかかえて―みんなの人肌の中で生まれてきたので、だからとっても気持ちがよいというか。
    ・・・
    見城
      最近は痛いからと麻酔をかける人が多いそうですが全然害がないはずがないと思うんですね。
    井深
      陣痛ということがやっぱり―人間の脳は痛みとか、激痛とか、そういう刺激をうけて非常に頭をカリッとさせるわけなんですよね。そういうものによって子宮の収縮であるとか、そういうことが行われるんで、陣痛がそれだけ時間が長くて、その中に痛みがあるということは、お母さんにとって非常に意味があるということをこのごろ言われ出しているんですよね。だからお母さんが自分で痛みというものを受け入れるぐらいのつもりになってね。

    ・・・

    しかしどこで出産するかにかかわらず、ラマーズ法したかったら自分でヒッヒフーって勝手に言っとけばいいかといえばそうでもなく、おそらくラマーズ法はその呼吸のみにとどまらずそれ以上に夫が立ち会うって要素が重要視されていたとみられる。今じゃ立ち合い出産も呼吸法もめずらしくないし妊婦健診とかでも夫つきそったりしているけど、病院出産や粉ミルクがオシャだったオバタリアン世代くらいだと夫もモーレツ社員だしで全部嫁1人で出産育児になってたのが、団塊かその下くらいからじょじょに夫も手助けするニューファミリー的ノリに切り替わってきたというのがわが歴史認識だ。

    だから自然なお産というと、母親ばかりに分娩の痛みや母乳などの負担を敷いてるって批判もあるかもしれないけど、むしろ夫はじめ家族を介入させる傾向がまちがいなく強いし、そうすることで人生でなかなか経験できないせっかくのお産をメカニックで怖い病院出産じゃなく、気持ち良く感動的なドラマにしましょうという試みなのである。もちろん誰もが自然分娩や母乳がスムーズに行くとは限らないことを考えれば結果として母子の負担になってしまうことも多々あるのだろうが、やはり自然なお産というのは基本的に高度経済成長およびオバタリアン式子育ての反省なのである。

    ラマーズ法をめぐる父親の曖昧さについて考える

    http://www2d.biglobe.ne.jp/~ohta/EQG/otokomo/1-4.html

    立ち会い分娩だったと人に告げると、たいていはラマーズ法かと問い返されるほどに立ち会い=ラマーズ法という図式は定着している。私もまた「立ち会ったのならラマーズ法だよな」と友人から聞かれたものである。しかし、実はラマーズ法による分娩に立ち会ったのかどうかが私にはよく解らないのだ。

    ・・・

    むろん、現在でも陣痛促進剤などを使い「産む」よりも「産ませる」立場をとる産科はあり、「自然な分娩」を重んじるラマーズ法から見れば日本の現状はまだまだなのかもしれない。しかし、私が読んだ『初めての妊娠と出産』というような入門書をみる限りでは、日本においてもラマーズ法的な考え方は大流行のようで、そこには出産の過程を妊婦に詳しく教え、自然な分娩を重視する記事があふれていたのである。

    ・・・

    当時の資料が手に入らないので詳しいことは分からないが、アメリカ流のラマーズ法は日本への紹介当時、妙なバイアスをかけられて紹介されたみたいである。「ウーマン・リブ運動の一環とみられて白眼視された」こともあったらしい。とくに夫の立ち会いを強調したことがセンセーショナルな受け取られ方をした原因のようだ。

    ところで、私はラマーズ博士自身によって書かれたラマーズ法の日本語訳教科書を読んでみたのだが、夫の立ち会いに関してラマーズ博士は何も言ってないのである。驚いたことに、ラマーズ法の出発点では夫の立ち会いは組込まれていなかったのだ。いつ、どこで夫の立ち会いがラマーズ法の重要事項になったのだろう? 現在のラマーズ法の中で夫の立ち会いがあれほどうるさく言われていることを考えると、たいへん不思議である。しかし、この発見でようやく私は、日本の産科が夫の立ち会いに冷淡だった理由が分かったような気がしたのである。

    欧米では夫の立ち会いがラマーズ法の中で特権化された。しかし日本の産科の世界では夫の立ち会いをラマーズ法=精神性予防無痛分娩法の本質的な部分は、なかなか見なそうとしなかった。母親がリラックスして分娩に臨むというのがそもそもの趣旨だから、いやがる夫を無理やり連れてくるのはいかがなものか、母親のほうだってみっともない姿を夫に見られたくないと考える人だっている、だから夫の立ち会い分娩を日本で一般化する必要はない。少なくとも強制する必要はない。そういう考えのようだ。夫の立ち会いというのは男女の絆を神聖視する欧米社会の特殊事情に基づく一項だから、日本に取り入れる必要はないと判断されているらしい。人によって意見が異なることは言うまでもなく、さまざまな議論があるようだが一般的には夫の立ち会いは疑問視されてきたようだ。

    ・・・

    この問題を儀式の導入で解決するやり方もある。アメリカで分娩に立ち会った友人のA君の体験談では、オギャアと生まれた直後、ハサミを渡されたのだそうだ。アメリカ合衆国の一般的なラマーズ法では、父親がへその緒を切るのだそうである。そうやって分娩時、基本的に出番のない父親に象徴的な役割を果たさせ、夫を出産に「参加」させるわけである。これは明らかに儀式だ。

    ・・・

    その後、いろいろ聞くと「純正アメリカ流ラマーズ法」経験者も、その流儀を部分的に取り入れている産科も増加し、ハサミでへその緒を切ったという男も増えてきているようです。

    また、分娩室でビデオを回したという父親も多くなってきました。この点、私達がお世話になった病院の産科は保守的で、「分娩室でビデオを回すなどもってのほかです」と婦長さんが宣告したのは前節で書いた通りです。さらに分娩台を使って身体を固定して産ませるというスタイルも旧スタイルに属するようで、姿勢は産婦の自由に任せるというスタイルも最近よく聞くようになりました。

    ・・・

    二人目の出産のときは、この病院で母子同室というのをやってみました。赤ん坊を新生児室に集めて看護婦さんがケアするというスタイルではなくて、出産直後から赤ん坊と母親を同じ部屋に置くというスタイルです。これも父親立ち会いと同様、一部の希望者に対して行われていました。なぜ一部だけなのかと言えば、その産科病棟がそもそも新生児の集中ケア方式用に設計されていて、新しい方式においそれと対応できないというのです。

    ・・・

    上のはラマーズ法と立ち合い出産について引用したかったのだが、父親がへその緒を切るのと姿勢を産婦に任せるというのも確かに自然なお産でよく聞く奴である。後者はフリースタイル分娩といって黄(ファン)助産院ってとこが有名だ。

    同産院についての本「それにしても楽しいお産だったなあ 自由なスタイルで産む」が出たのが1993年、REBORNという自然なお産の情報紙が出たのもこの頃であり、80年代の自然なお産=ラマーズ法・立ち合い出産という図式からよりマニアックに進化した時期だったのかもしれない。打ち水大作戦の仕掛け人である池田正昭も、奥さんがファン助産院で出産した経験をもとにお産のイベントなどを催していたようだし、七田眞・つなぶちようじ著「胎内記憶」でも紹介されている。

     

    イベントレポート〜寺子屋かぐれ Life「お産を語るオッサンの生命倫理」(2015年9月18日)

    http://www.kagure.jp/14355/

    極度の病院嫌いの池田さんは、奥様が第一子を妊娠された際に訪れた「ファン助産院」の温かくゆるい雰囲気と、院長・杉山先生のお母さんのようなおおらかな存在に一気に魅了され、助産院の虜になります。そして、第一子が生まれたときの衝撃から、お産を語るオッサンへと大きく転向しました。その後も第二子、三子と池田さんのお子さんは全員「ファン助産院」にて産まれ、池田さんがへその緒を切られています。

    池田さんにとって、一体お産の何が衝撃だったのでしょうか?
     

    池田さんは「お産を通して愛を知った」といいます。
    その愛の定義とは?

    愛とはいのち。
    愛とはいのちをつなぐ力。

    3人のお子さんの出産に立ち会い、そう確信した池田さん。

    ・・・

    お産に“人馬一体”の極意をみるオッサンは、「3割はオレが産んだ」と思い込み、外でどんな子を見ても「オレの子かもしれない」と思えて愛おしく、オッサンの父性は世界に及ぶ深い愛に満ちあふれていると。

    ・・・

    今回配布されたレジュメの最初に、お産を語るオッサンの会への「入会の誓い」として、代表・池田さんの言葉が書かれていました。講座の最後に、池田さんが入会の誓いを明るく読み上げます。

    お産の素晴らしさに出会うことで、もはや利己心におぼれる若造ではなく、他者と積極的に関わるオッサンとなった私は、お産は真の男女共同参画の営みであることを理解し、日頃より彼女の助産夫としての役割があることを自覚し、普遍の夫婦愛と家族愛と人類愛にもとづき、陰謀に負けない明るい世界をめざして、主に小言と祈りをとおして、たまには活動への参加をとおして、お産といのちのアメージンググレイスを、伝え広めていくことを誓います。
    代表:池田正昭


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      • 2018.11.13 Tuesday
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