うやまう

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    2000年代初頭より始まったハッピーマンデー制度により敬老の日や体育の日がいつなのかよくわからなくなったが昔は9月15日の固定だった。それよりもっと昔だと敬老の日を「としよりの日」と呼んでた。

     

    昭和33年09月23日 としよりの日 0105(YouTube)

    https://www.youtube.com/watch?v=J-zivIOdTWM

    「9月のとしより福祉週間に川崎市でもいろいろの催しが行われましたが、まず15日には市内の寿司商組合や芸妓連中が末長の市立養老院を慰問しました。おすしやさんが腕によりをかけてのプレゼントに恵まれぬ100名のお年寄りたちはおおよろこび」

    養老院とは老人ホームのことで、1963年の老人福祉法で改称されたらしい。「としよりの日」もこのとき「老人の日」になってるがその後「敬老の日」に改称された・・と、Wikipediaには伝えられている。

     

    [昭和35年9月] 中日ニュース No.349_5「としよりの日によせて」(YouTube)

    https://www.youtube.com/watch?v=vGOXSaDze34

    この時代の爺さんがたは明治生まれでつるっぱげと和装が鉄板なのだが、それにひげ伸ばした泉重千代型もけっこういた模様。なお今あまり生き残ってない大正生まれは当時40代ぐらいとまだ働きざかりである。

    「東京では年に一度の敬老金が配られましたが、わずか2000円のおこずかいなのにみんな押しいただくようによろこんでいます」

    こういう婆さんはいまだマンガにえがかれてるのだが、明治世代ファッションゆえ私が子どもの時(30年ぐらい前)でさえリアルで見たことないレベルである。30年前80歳超の老人はけっこう珍しかったしいても今よりだいぶ老けてた。

    「ここ京都は鴨川のほとりに10年前から風変わりな老人が住みついています。なかみちえいたろうさんという今年76歳の老人で、年がら年じゅう鴨の河原で石ころを拾っています。妻にも子にも次々と先立たれひとりぼっちになったなかみちさんはこうして仙人のような生き方を選びました。気に入った石が集まると川の水できれいに洗い橋の下の家に持って帰ります」

    「愛知県半田市グァム島さながらのほら穴に年老いた夫婦が住んでいます。このおださん夫婦も戦争でわが子と財産を失いよるべのない身を18年、皮膚を土色にして生きてきました。この悲惨な境遇を見るに見かねた町の篤志家がバラックを贈り老夫婦はほら穴を去ることになりました。老いて変わらぬ夫婦愛のきずなこそ18年のどん底生活を支えてきたものといえましょう」

     

    [昭和36年9月] 中日ニュース No.401_1「としよりの日」(YouTube)

    https://www.youtube.com/watch?v=lr1LepHnDmc

    「9月15日のとしよりの日を迎えて今年も各地で敬老の集いが行われました。折も折浅草では不遇の親子をめぐって下町らしいあたたかい人情がみられます。気の毒なこの親子を見かねた中山さんはとりあえず少年を自宅に引きとり自分の経営する中華料理店で店の手伝いをさせることにしました」

    「さらに人々の善意は両眼失明の父親にも注がれ近く手術をすることになったのです。その前夜これも厚意あるお風呂屋さんのはからいで10年ぶりの入浴。そのうえ衣類まで与えられていよいよ入院。こうして元軍人だった頑固者の老人も浅草っ子の善意に見守られながら再出発することになったのです」

    現代の敬老の日・・って若い者が若々しい年寄りを囲み、これからも長生きしてねってなノリだと思うのだが、昭和30年代における「としよりの日」だと年寄り=かわいそうな人々っていう障害者とか発展途上国みたいな位置づけで、そういえば初期の24時間テレビの動画見たときも寝たきり老人が10年20年風呂に入らないって言ってた。当時は障害児に対しても「異常児」「精神薄弱」「不幸な子どもが生まれてこないでほしいのはみんなの願い」とかいってたが、やはり高齢者に対しても「恵まれぬ」「気の毒な」「衣類まで与えられて」「頑固者の老人」など言い回しにほぼ配慮がない。

    「元軍人といえば大垣市に住むしもようきちさんは今年81歳。皇国の興廃をかけた日本海海戦に旗艦三笠の乗組員だったというのが自慢のたね。としよりの日を祝って今日も庭先の掲揚塔にZ旗をかかげ遠ざかる明治をおしんでいます」

    この爺さんは日露戦争時で25歳ぐらいなようだ。昭和36年当時すごい長寿って言われてるのがだいたい明治初期生まれで江戸時代生まれもいるにはいたけどもうだいぶ少なくなってる。

     

    昭和36年09月26日 としよりの日 0155(YouTube)

    https://www.youtube.com/watch?v=XKwpQSqDIVk

    「また東田町の高橋しちじさんは明治2年生まれで91歳。老いてますます元気なおももちで祝いの品を受け、長生きはするものと悦にいっていました」

     

    昭和40年09月28日 としよりの日 0218(YouTube)

    https://www.youtube.com/watch?v=fl0F3C8eDSI

    「また野川に住む小久保りのさんは明治3年生まれで95歳。老いてますます元気なおももちです。市長さんからお祝いの品を受け、長生きはするものと長寿を喜んでいました」
    明治○年生まれ〜老いてますます元気なおももち〜祝いの品を受け〜長生きはするもの〜と、東田町の高橋しちじさんと川崎ニュース内でナレーションの文章が使い回されていることに気づいた。「長生きはするもの」とかじっさいは言ってない可能性もある。


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      • 2019.10.16 Wednesday
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