美少女を撮る

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    ちくま新書「ポルノ雑誌の昭和史」の著者である川本耕次は自販機本大手アリス出版の「少女アリス」編集長だったが、それに先がけて1973年に沢渡朔による同名の写真集が出ており、沢渡氏と日本大学芸術学部の同期である篠山紀信の「激写」これら70年代の少女写真がロリコンブームの方向性を決定ずけたと思った。アリス出版は「少女激写」という自販機本も出してたらしい。

     

    沢渡朔の写真展「少女アリス」東京&京都で開催 - 40年の時を経て蘇る不思議の国のアリス(2014年11月13日 ファッションプレス)

    https://www.fashion-press.net/news/13165

     

    沢渡朔氏「少女の美しさがわからなければ写真家とは言えぬ」(2017年5月20日 週刊ポスト)

    https://www.news-postseven.com/archives/20170520_551934.html

     

    「少女アリス」のビジュアルは今イメージするところの犯罪的なロリに比べると芸術性が高い。だからボインちゃんではなくあえて胸もなければ毛もはえてないような幼女にハァハァするのが通ぐらいに思われてた可能性がある。

    というのも昔の石けんとかのCMでよくお子さんが風呂入るシーンあり、さすがに女の子の性器はないと思うのだけど胸とか尻は全然大丈夫だったはず。だから女子中高生ならともかくまだ初潮もきてない幼女の裸でハァハァする奴いるわけないでしょ普通・・てのが一般的な認識だったろう。

    それに少女アリスは写真がかなりオシャなので、ロリータファッションもこういう文学的な雰囲気に憧れて始まったものなのかもしれない。70年代においては高尚な趣味だったロリータが商業主義化(バブル化)するにつれ痛い性癖と痛いファッションに二分化したのではないかと。

     

    https://www.amazon.co.jp/dp/4579202260

     

    ピンクハウスの「ブラウス絵本」(1985)。読んだことはないけど沢渡朔や篠山紀信の写真も載ってたり、同じシリーズで篠山撮影のヘヤヌードが一世を風靡した宮沢りえもモデルになってたようだ。

    当時オリーブもリセエンヌとかいってるし、オリーブ少女とかロリータなどの少女ファッション、西洋の絵本や美少女に憧れるあまりつい日本人であることを忘れて気合いで着るみたいな精神性がありそうだ。しかしピンクハウスの設立「少女アリス」と同じ1973年らしいが、最初からこんなお姫様みたいな服だったんだろうか。

    バブル時代はロリコンだけでなく素人ぽいおニャン子クラブに対抗して美少女ブームが創出されてたそうで、オスカープロモーションが国民的美少女コンテストを始めた。1987年に美少女の代名詞的存在であるゴクミがゴクミ語録て本を出してて写真が篠山紀信、編集が中森明夫らしいのだが、中森氏は「漫画ブリッコ」誌でおたくを命名したさい「おたく雑誌GOROでやってる紀信の激写には何万って『おたく』 からの手紙がギッシリと届いてんだぜ、きっと。オエ〜〜。げんに最近出た激写の別冊のお便り欄、もうおたく手紙がいーっぱい」うんぬんと篠山紀信のアイドル写真を引き合いに出してロリコンをすごい馬鹿にしてたはずなのにその4年後にこんな本が存在するあたりつじつま合わん。

     

    https://www.amazon.co.jp/dp/4041694019

     

    https://www.amazon.co.jp/dp/4594002390/

     

    ゴクミと宮沢りえ(1985)

    宮沢りえ・中森明夫・ゴクミ(1989)

    宮沢りえ主演の単発ドラマ「オシャレ泥棒」(1989)の原作が中森明夫

     

    その美少女ブーム言うても宮沢りえはともかくゴクミにそんなに人気があったかどうか疑問であるし、オスカーの美少女コンテスト出身者も当時から剛力彩芽みたいにCMとかかなり出てたが一般人気はいまひとつだった。90年代に中森明夫が命名したという「3M」「チャイドル」て概念もまたしかりである。

    80年代はギャル(女子高生ではなく20代前半ぐらいの女)と少女に男たちの人気が二分してたと思うのだが、90年代から女子高生は汚らしい言葉づかいなど脱少女化し、ぎゃくにギャルがするような赤い口紅やストッキングやパンプスなど「大人の女性の装い」みたいなのも気持ち悪いと考えるようになった。そういう少女でも大人でもないところを目指すコギャルが男たちの性欲を一身に集めていくなか、チャイドルと聞いてもあまりピンとこなかったのである。

    だから宮崎事件でロリコン低迷したってのもあるのだろうけど、それと関係ない部分でアバヅレのような厚化粧の女子高生が若者文化ひいては日本全体を牽引してたことを考えると勝手に時代が変わってた部分もあった。しかし篠山紀信はゴクミとサンタフェでスイッチが入ったのか、一連のヘヤヌードのあとロリコン全盛期から遅れて「少女館」「神話少女」「少女たちのオキナワ」など今では発売できないような少女(JKとかじゃなくガチのロリ)のスクール水着、下着、ヌードの写真を多く撮っていたらしい。

     

    https://aucfree.com/items/230901258

     

    http://www.natsume-books.com/list_photo.php?id=291961

     

    https://k.mandarake.co.jp/auction/item/itemInfoJa.html?index=554490

    発売当時、大きく話題を呼んだ写真集「神話少女」の乱丁本。写真頁に問題はありませんが、中森明夫の寄稿文が一部印刷されていないのと、奥付が印刷されていません。本来は店頭に並ばないはずのこの写真集、どのような形で流出したかは不明です。


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      • 2019.11.19 Tuesday
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      • 20:50
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