世代別老人服

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    サンモニ谷口真由美「拉致被害の話はもう分かってる、この局面で出すなよ!」トランプ国連演説を批判

    http://ksl-live.com/blog11201

     

    先日書いた熟女の記事を自分で読んでて思い出したのが、谷口真由美という学者である。2010年代初頭より「日本おばちゃん党」を立ち上げて脚光を浴び、サンデーモーニングなどテレビで見かけることもあるのだが(関口宏の事務所所属らしい)、全身ヒョウ柄の派手な服装と大阪弁といった庶民的な風貌で憲法とか語る面白さが左翼の間で人気爆発した。

    しかし日本人出っ歯メガネレベルのステレオタイプなおばちゃん観と肌の若さに強い違和感をおぼえ生年を確認したところ1975年で内田有紀と同い年、私の歴史観ではくしゅくしゅソックスはいていたような世代であった。なのでいくら大阪のおばちゃんといっても1975年生まれでこんなオバタリアンファッソンありえないし、そういう不自然な芸風を庶民の代表であるかのようにもてはやすのはやめたまへと願う。

    私が子供の頃の婆は、確かにオバタリアンであった。しかしいっぽうでオバタリアンとは別にサザエさんのフネ、ウメ屋雑貨店、ぽたぽたやき(せんべい)の袋にえがかれている婆など、頭をおだんごに結い、和装でかっぽう着という、ステレオタイプな婆像が存在しており、当時から「こんな婆マンガでしか見たことないよ」と思っていた。

    YouTubeとかで昔の映像見てると、着物の婆は1980年くらいまでは健在な姿で出てくるし、同様に爺も同じころまで波平とかいささか先生みたいに普段着で着物着た人がいる。それらをふまえると、松本清張(1909〜92)くらいが着物最終世代ではないだろうか。

    1992年に82歳で亡くなったという時期を考えても、90年代育ちの私が着物の爺や婆を見たことないのとつじつまがあう。とりあえずわが歴史観においては松本清張を基準に着物は1910年生まれくらいから着なくなったと仮定しておこう。

    さすがにこのタイプ(戦前着物型)の爺や婆は見かけなくなって30年程度は経っているだろうから、もうステレオタイプに使われることはないと思うのだが、比較的若々しく足腰も丈夫であろう戦後育ちのオバタリアンだって滅んだとはいかないまでももはや絶滅期に突入しており、青汁やコンドロイチンを飲んでなんとか生きながらえている。また1800年代生まれまでさかのぼると、着物のみならずヒゲを伸ばした爺っていうのもけっこういそうな気がした。

     

    https://www.amazon.co.jp/dp/4313880089


    2017化粧

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      先日2017年の服装を振り返り、そういえば化粧は何が流行したのか知らないと思った。よく考えたら服は道行く人々や店頭を見れば動向がつかめるけども、化粧は広告や使い方まで見なければ何がしたいか分からないのである。

      若人の雑誌読んだところで、日本のマスゴミのことだからここ1年はオルチャンだ3CEだと、韓国化粧品の広告と化しているにちがいない。というわけで先日、ドラッグストアにハンドクリームやトイレットペーパー買いに逝ったついででいかなる目新しい化粧品が売られているかも見てきた。

       

      じゅわじゅわ

      去年かおととしくらいに、このブログでもうじゅわ時代終わるって数回ほど書いた記憶があるのだが、カネボウ化粧品売り場で見た新発売と思われる頬紅のポスターで「じゅわっと生ツヤ」と書いていたので、じゅわじゅわもけっこうしぶといなと思った。このポスター画像だけではじゅわがツヤにしか言及していないように思えるが、モデルの長澤まさみが心なしか赤ら顔に見えCM動画を確認したところ「じゅわっと血色、じゅわっと生ツヤ」とナレーションしていたので、やはり血色もじゅわじゅわする化粧品のようだ。

       

      グラデリップ

      じゅわじゅわ黎明期にリップ&チーク(頬にも唇にも使える赤いクリーム)をヒットさせるなど、トレンド先どりという点ではキャンメイクと双璧をなし若人からの支持も熱いプチプラブランド「ヴィセ」からグラデリップ用の口紅が発売されていた。グラデリップといえば韓国であり、韓国コスメのように濃淡2トーンの口紅が韓国以外の化粧品からも発売されていたが、この透明のリップの中に口紅が入っているタイプは初めて見た。

      ただコンセプトは同じで、ティントみたいにぼかさなくても口紅を塗り塗りするだけで内側だけに濃い色がつくからグラデーションが簡単ってことなのだと思う。ティントやグラデリップはむずかしい・・・と、オルチャンをあきらめていた貴女もこれで内側からにじみでる憧れの血色じゅわ〜んなおちょぼぐちをゲット。

       

      ひと塗りアイシャドウ

      これ↑はマスカラの老舗メイベリン社から新しく出ていたスティック状のアイシャドウで、グラデリップ用口紅と同様、濃淡2トーンなのでひと塗りでグラデーションが可能という訳だ。メイベリンは韓国コスメのようなグラデリップ口紅も出していたけど、やはりこのタイプのアイシャドウは韓国のラネージュってブランド(↓下画像)が元ネタだったりする。

       

      眉ティント

      パックのように液を塗ってはがすと何日間か茶色が定着して麻呂にならないという韓国発の眉墨「眉ティント」。これまたブログですぐブーム終わるって書いたのに、前述のメイベリンからも新発売されていた。

      ふとこれいろんな会社から出てるけど全部同じ工場が作ってたりして。と原産国を見たらやっぱり韓国だったし、日本の会社ぽい「フジコ眉ティント」って奴の原産国も見てみたら韓国だった。上に貼った2トーンのアイシャドウは中国製のようだけども、去年かおととしあたりに人気爆発したクッションファンデーションも各種有名なブランドとかから出てるのにどれも韓国製だったりして韓国の会社から出てなくてもじつは韓国コスメってケースは枚挙にいとまがない。

       

      豪華付録

      雑誌の豪華付録はだいたいポーチとかカバンのような袋だったけど、最近はそれにくわえてアイシャドウのパレットや口紅など化粧品一式つけるのが流行している。それも一冊の付録で何色も入っていたりするらしい。

      化粧品の付録は、ぶんか社のギャル雑誌「ランズキ」とそのお姉さん格「JELLY」がネイルポリッシュをつけだしたのがそのはしりだった。なんで知っているかというと、ギャルに興味を抱いてこれらの雑誌を読んだりしているとき、最初は付録つけていなかったのに途中からついてくるようになり、私も最初にJELLYにエモダのネイルポリッシュがついたときに色がかわいいし本のおまけにしてはお得だと思って買ったのである。

      けっきょくそれは気に入らなくて全然使わなかったのだが、その号の売れ行きがよほどよかったのか、当時でも珍しく全然付録をつけずに本で勝負していたJELLYがエモダコスメ付録を乱発するようになって、最初はポリッシュ程度だったのがだんだんアイシャドウとかグロスとかめっちゃ豪華になってきて、もともとはどっかのデパートとかでも売ってたらしいエモダコスメはもはやJELLYの付録のイメージしかなくなった。

      やがてぶんか社以外の雑誌も化粧品の付録をつけてるようになったというわけだ。いまどきは色気ずいたJSやJCがおもちゃみたいな付録の化粧品セットを使い、憧れユーチューバーの動画を参照して日々マスカラやじゅわじゅわチークの練習をしているにちがいない。

       

      まとめ

      全体として、リップ以外にも「ティント」を売りにした製品など、今年もクッションファンデーションの時代から続いて韓国コスメのトレンドが継続しているように見受けられた。化粧品のみならず、シースルー前髪やハートマーク、過去にはセルカ棒やウェブ漫画など、韓国発のトレンドは複数あるだろうにもかかわらず、日本のマスゴミはそっちは報道せず「TTポーズ」「チーズタッカルビ」など流行ってない物ばっかり流行ってるって言い張るので気色悪い。


      80年代

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        評価:
        村上 春樹
        新潮社
        ¥ 1,000
        (2009-05-29)

        90年代末からプリウス、ソトコト、エンデの遺言とロハスブームの伏線は存在していたものの、オウム事件の影響で下火になっていたであろうニューエイジがエコや健康の名目でよみがえり急速に形になったのは2003年と思われる。2年後の2005年に愛・地球博をひかえていたし、打ち水やキャンドルナイトが始まったのも小池百合子が環境大臣になったのもほっこり雑誌の先駆けであるクウネルが創刊したのもピラティスとかいうヨガぽい体操が紹介され出したのもこの年で、2000年代をとうしてキャンドルナイト、スローライフ、ハチドリのひとしずく、ブータン幸せ説などあらゆるキーワードを提供し続けた辻信一の著書がハイペースで出版されるようになったりロハスという言葉が出てきたのもやはり同じ頃だ。

         

        打ち水やキャンドルナイトがはじまった”2003年”に何があったの?真田武幸さん×鈴木菜央のムーブメント談義 [ソーシャルアクション元年への旅](2013年7月23日 greenz)

        https://greenz.jp/2013/07/23/social_action/

         

        私はたぶんその頃あんまりテレビとかニュース見てなく、国やマスゴミの環境政策に左翼臭を感じたのは愛・地球博の後ぐらいなので最初期のゴリ押しがどんなだったのかリアルアイムでは知らない。そのため愛・地球博にも逝ってないのだが、同イベントは時代的にニューエイジ要素は相当入っていただろうと推察される。

        この時点で温暖化だのNPOのていねいな暮らしだのと社会的に素晴らしいかのようにもてはやされていたロハス(ニューエイジっぽいライフスタイル)が浸透した結果、気がつくと予防接種や砂糖や牛乳を否定したり夏でも靴下を何枚も重ねばきしてる危ない奴ってイメージのほうが定着していた。10年ほど前にエコを売りにテレビなどの露出も多かった高樹沙耶がヒッピーになっててしかも大麻で逮捕されたのはその象徴的なできごとであっただろう。

        そのかんにマスゴミのゴリ押しが環境問題を急にやめ自然な(幸せな)お産や胎内記憶、冷えとり、布ナプキンといった女性の体にシフトしていったし、またロハスは反原発運動とほぼ重複しているので2011年の原発事故の影響もあった。そのためロハスすぎて危ないとこまで逝った奴っていうのは、特に子を持つ母親がその非難の対象になることが多い。

        しかし2000年代半ばのニューエイジはまだ女性および母子の健康問題ってよりちょっと温暖化についての意識を高めようよってくらいのイメージだったため今ほどは叩かれてなかったというか、原発事故におびえるロハスをゼロリスク神話とか言ってバカにしていたような人々でさえ温暖化の恐ろしさを説くことが原発推進に有効だからとエコブームを許容していたくらいなので、今でも打ち水とかキャンドルナイトが左翼・反原発・ヒッピー・ニューエイジといった魑魅魍魎とは無関係のちゃんとしたイベントと考えている人もいるのだろう。私からすると連動しているのだが。

        なんでそんな歴史をふりかえったかというと、何かのきっかけで三一新書や日本消費者連盟などを思い出していくうち、昔はこうじゃなかったはずだけどいつからこうなったんだろう。と、石けんとか原価とか資生堂とか合成洗剤とか低温殺菌牛乳とか言ってたはずの消費者運動もしくは薬害の運動(ロハス前の90年代においては週刊金曜日「買ってはいけない」や薬害エイズ)が、いかにして予防接種や病院出産や砂糖や牛乳を否定し夏でも靴下をめっちゃはいてるスピリチュアルな母親たちってなイメージとなっていったか、その過程を整理してみようとさっき心に誓ったのだ。とりあえず現在私の歴史観においてこういう自然派ぽいライフスタイルの源流が出てきたのは昭和50年代であると考えている。

        考えるにあたってとくに本とかで調べたわけではないのが、ネットで検索したりウィキペディアとか読んでるかぎり、低温殺菌牛乳の運動とか気功とかが出てきたのがそのくらいだし、例えば大地を守る会にしても気功の紹介者である津村喬にしてももともと左翼の運動家である。またすでにヒッピーのような人はいて、メディアとしては野草社「80年代」や「自然食通信」って雑誌があったのは確認している。

         

        http://order.mandarake.co.jp/order/detailPage/item?itemCode=1042572933

         

        特別付録ソノシート「80年代」喜納昌吉とチャンプルーズが気になってYouTubeで検索したけど特に何も出てこなかった。創刊号の巻頭で喜納昌吉と対談しているのは元社民党で現世田谷区長の保坂展人である。

        そのほか執筆者として予防接種危ない界で有名な毛利子来、オウム問題で失脚していたらしいけどよみがえって先日も富岡八幡宮を解説していた宗教学者の島田裕巳、喫茶「ほんやら洞」の片桐ユズル・中尾ハジメ兄弟、あと新島淳良って人が毛沢東思想で有名な人らしいのだが、同じく執筆陣の津村喬も毛沢東だし、この雑誌には載ってないけどのちに反原発運動に傾倒しロハスとも関連の深い坂本龍一も曲の中で毛沢東の詩を引用していたりする。なので80年代の中国ブームは日中平和友好だけでなく毛沢東思想の影響もある気がした。

         

        千のナイフ(Wikipedia)

        https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%83%E3%81%AE%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%83%95

        千のナイフ Thousand Knives 9分34秒 坂本のヴォコーダー(KORG VC-10)による毛沢東の詩(1965年に毛沢東が井岡山を訪問したときに作成)の朗読で幕を開け、印象的な響きの和音が平行移動するイントロへとつながる。イントロ後の速いパッセージ部分のメロディーの音色は大正琴のシミュレート。坂本自身はレゲエや賛美歌、ハービー・ハンコックの「Speak Like A Child」にもインスパイアされたと発言している。ギターソロは渡辺香津美。後にYMOもライブで演奏しており、1981年発表のYMOのアルバム『BGM』にてセルフカバーしている。また、“トリオ・ワールド・ツアー・1996”ではピアノ三重奏のアレンジで演奏。2002年にリリースされた『US』では冒頭の詩の朗読とフェードアウト部分がカットされている。2005年9月28日に発売された坂本のアルバム『/05』ではピアノ連弾にアレンジされたヴァージョンが収録されている。2011年5月28日にリリースされた花井悠希のアルバム『譚詩曲〜11stories on Violin』には鈴木豊乃編曲による楽曲が収録されている。

         

        東風 (曲)

        https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E9%A2%A8_(%E6%9B%B2)

        坂本龍一の代表作の一つ。初収録は1978年にリリースされたイエロー・マジック・オーケストラ(以下、YMO)のアルバム『イエロー・マジック・オーケストラ』。 坂本が北京交響楽団をイメージして書いた曲である。当時文化大革命後に毛沢東の詩に曲をのせたレコードを購入し、その中に気に入った曲があり、参考にしている[1]。

         

        中国女 (曲)

        https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E5%A5%B3_(%E6%9B%B2)

        初収録は1978年にリリースされたイエロー・マジック・オーケストラ(以下、YMO)のアルバム『イエロー・マジック・オーケストラ』。
        高橋幸宏が断片的に作曲してきたメロディーに細野晴臣と坂本龍一がアレンジを施した。
        ・・・
        曲のタイトルはジャン=リュック・ゴダール監督の映画『中国女(La Chinoise)』から取られている。詳細は「ゴダール3部作」を参照。

         

        6月13日(土)新島淳良氏と緑のふるさと運動そして私の関係(2009年6月13日 島田裕巳の「経堂日記」)

        http://hitorigurashi.cocolog-nifty.com/kyodo/2009/06/613-1bcd.html

        村上春樹氏の『1Q84』の発売を通して、新島淳良氏のことがふたたび取り上げられるようになるとは思わなかった。中国で文化大革命が起こったときには、それを熱烈に支持し、その後、幸福学園運動を提唱してヤマギシ会に入り、ふたたびそこを抜けたことは、あの時代を知る人なら、承知しているかもしれない。ニュースにもなったし、本人がいろいろ書いていたので、それを読んだ人もいただろう。村上氏がちょうど早稲田大学に在籍していた時代、新島氏のヤマギシ会入りが報道されたはずだ。村上氏がそれをどのように受け取ったのか、そして今受け取っているのかはわからないが、明らかに新島氏をモデルにした人物を小説に登場させたのだから、それなりに関心があったのだろう。中国ということも、両者の共通する関心かもしれない。

        新島氏は、ヤマギシ会を出る前に、「緑のふるさと運動」を提唱した。これは、ヤマギシ会を含め、日本の共同体運動全般に呼びかけてはじまった運動で、より開かれたコミューンを作るということが目的になっていた。資金や人材を提供したのはヤマギシ会だった。

        ・・・

         

        6月14日(日)昨日の続きで新島淳良氏のその後を書いてみる(2009年6月14日 島田裕巳の「経堂日記」)

        http://hitorigurashi.cocolog-nifty.com/kyodo/2009/06/614-2002.html

        昨日の続きだ。緑のふるさと運動は、私を含め、元ヤマギシ会のメンバーのリハビリが終わると、しだいに衰退し、ついには自然消滅のような形になっていった。元メンバーは、それぞれが、実社会のなかに仕事場所、居場所を見いだすようになり、仲間との頻繁な集まりを必要としなくなっていった。たとえば、私の場合には、大学院生としての生活があり、またこれはヤマギシ会とも関連するが雑誌『80年代』にかかわったりして、出版の世界との関係もできていった。

        ・・・

         

        https://www.amazon.co.jp/dp/4880638501/

         

        引用が長すぎて読みにくくなったので続きはまた気が向いたときに書く。


        熟女時代

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          神田うの話す言葉なし、19年前ハワイで平手打ち(12月9日 日刊スポーツ)

          https://www.nikkansports.com/entertainment/news/201712090000076.html

          プロ野球ヤクルトや阪神で監督を務めた野村克也氏(82)の妻でタレントの野村沙知代(のむら・さちよ)さんが8日午後4時9分、都内の病院で死去した。85歳だった。

          98年1月に米ハワイで沙知代さんに平手打ちされたタレント神田うの(42)はこの日、沈黙した。うのは当時、野村氏が率いたヤクルト石井一久投手と破局直後で、美川憲一と旅行中だった。ショッピングセンターで偶然、沙知代さんと対面。理由は不明だが、別れ際に右手でほおをたたかれた。野村夫妻は2人の交際に否定的だった。うのは“騒動”後も沙知代さんと交流はなく、関係者によると訃報に接しても、話す言葉が見つからなかったという。

           

          当ブログでは1995年ごろ日本人の価値観が激変しギャルが時代の主役となっていく過程をたびたび回想しているのだが、ルーズソックス時代の次であるルーズソックス第二世代(90年代後半〜2000年代初頭)となるといまひとつ印象に残っていない。1995年前後はドラマやバラエティ、流行歌などビデオ3倍録画、深夜起き出し闇の中ですごい小ちゃい音でエッチな番組見るなど今テレビ見るのとは比較にならない集中力だったのでけっこう記憶にも残っているのだが、ルーズソックス第二世代に入ると第一世代のパラダイムを維持しつつ90年代前半のカオスやハレンチぷりはかなりおちついてしまったので、私も若人が好きこのむテレビや雑誌、服装、歌とかに興味なくなっていたし、今もあんまり興味ないのでもしルーズソックス時代以降の若者文化について論じようとすればまた1から調べなければいけないレベルである。

           

          ミッチー・サッチー騒動(Wikipedia)

          https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%81%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%83%E3%83%81%E3%83%BC%E9%A8%92%E5%8B%95

           

          ネットで検索したところ先日亡くなった野村克也の妻、沙知代が失脚したのはルーズソックス第二世代である1999年、今から20年ちかく前のこととあるから、今の若いもんはサッチーと言ってもわからないはずだ。発端はミッチーこと浅香光代とのバトル、ちょうど今の貴乃花vsモンゴル人チームのような感じで、熟女芸能人がミッチー派とサッチー派に分かれて罵り合う様子をマスゴミが逐一報じており、私は当時年のわりに若人の文化ちんぷんかんぷんだったけどワイドショーなど婆の見るような番組はそこそこ見ていた。

          90年代末はテレビの中で熟女ブームだったのか、「怪傑熟女」「愛する二人別れる二人」のようにトラブルを抱えた一般人がスタジオ出演し熟女芸能人軍団がバッサリ切るといった番組において、サッチーをはじめとする1930年代生まれ(当時60代ぐらい)の化粧とキャラ濃い婆がブームを牽引する存在であった。例に出した2番組はいづれともデヴィ夫人が出演しており、おそらく今のようなタレント活動するようになったのもこの時期の熟女ブームからだったし、他にちょっとしたおもしろ熟女枠で落合信子、鈴木その子、橋田寿賀子、カイヤなどもいた。

           

          サッチー vs デヴィ夫人(YouTube)

          https://www.youtube.com/watch?v=NLrZW2KerGc

           

          また熟女ではなく熟男なのだが、中尾彬が本業の俳優ではなく毒舌マフラーねじねじのイメージが定着したのもこの時期以降だろうし、みのもんたは軽妙な話術で熟女をとりまとめその支持も熱かった。熟LGBT?の美川憲一は、石井一久との交際をめぐってサッチーと犬猿の仲だった神田うのの親友なのでミッチー派だっただろう。

          熟女ブームは90年代末突然に起こったわけではなく、くしゅくしゅソックス時代である80年代末〜90年代前半からその伏線はあった。おたかさんブーム(土井たか子)、田嶋陽子が出演したニッセンのCM「見てるだけ」、漫画と実写の「オバタリアン」など、夫をぞんざいに扱ったり厚かましい婆が元気印で面白いのだっていう風潮があり、私が思うに、それまでの婆は白髪に着物で長年のアナログな家事によって腰のまがったガチの婆さんだったのが、バブル期あたりから民主主義やパンやゆたかな栄養、専業主婦業とそのコンテンツ(ワイドショー、女性週刊誌)を享受し夜にはネグリジェ着てカーラー巻いてお面みたいなパックしていた30年代生まれあたりが婆となったことで世代交代が起こり、戦後育ちの若々しくて強い熟女が当時目新しかったのかもしれない。

          また前述した女じゃないけど熟女ブームの構成員だったみのもんた、美川憲一もそれぞれくしゅくしゅソックス時代に「おもいっきりテレビ」の司会、キンチョー「もっとはじっこ歩きなさいよ」CM、おそらくそういったオバタリアン的文脈でブレイクするまで、現在のような地位ではなかったと思われる。というか、おもいっきりテレビの生電話こそ90年代末の熟女番組におけるスタジオ出演した一般人を熟女(熟男)芸能人がバッサリ切る、の電話バージョンであった。

           

          午後は○○おもいっきりテレビ 1995/5/18(YouTube)

          https://www.youtube.com/watch?v=qYuTDZlQeAg

           

          というわけで、90年代はコギャルにしろオバタリアンにしろ、女たちは老いも若いも「か弱い」「清楚」といった女らしいイメージの真逆を逝っていたのだったが、2000年代ルーズからハイソックスへの移行期に入るとサッチーは逮捕、ギャルのあいだでもモテやロリや愛されの需要が高まってきて、90年代に爆発した粗暴な女カルチャーは終結した。みのさんも地上波には出ていないようだし、おもいっきりテレビもヒルナンデスにリニューアルされ、サッチーも先日亡くなるまでほとんど忘れ去られた存在だったのである。

           

          昔この映画↑見たとき、サッチー思い出した。岡田茉利子=サッチー ジョー山中=ケニー野村 岩城滉一=カツノリ


          2017年服装

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            流行語大賞ノミネート30語 なぜ「このハゲーッ!」は選ばれなかったのか 事務局に聞いた(11月24日 産経ニュース)

            http://www.sankei.com/premium/news/171124/prm1711240003-n1.html

             

            謎の左翼用語とかがノミネートして馬鹿にされるのが年の瀬の風物詩だった流行語大賞も、今年はわりと妥当なラインナップだった。個人的に「モリカケ」「えだのん」とかが入ってくると思ったのだが。

             

            【今年の流行ワードは!?】マイナビティーンズ「2017年ティーンが選ぶトレンドランキング」を発表! (11月15日 PR TIMES)

            https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000826.000002955.html

             

            上の記事は、今年若い娘さんに流行した「コトバ」「コト」「モノ」「ヒト」のランキングで、私のような老いぼれにはほとんど何が何やらだが、「TTポーズ」「チーズタッカルビ」「電球ソーダ」「3CE」「TWICE」は韓国である。何回も言っているように、TTポーズがブームというのはTWICEが日本デビューするにあたってマスゴミが創作したにすぎず、韓国系ポーズではどっちかというと親指と人差し指で花くそ丸めてるようなハートのほうが人気あったと思う。

            7年前にKARAや少女時代やマッコリをゴリ押してきたときは吉本を中心にお笑いたちがK-POP大好きアッピールしていたけど、今年のゴリ押しはユーチューバーなどに韓国製品を紹介させるケースが多かった。3CEもそのうちの1つであろう。

            そんなわけで韓国はけっこうゴリ押しなので、何が真実なのか?どこまでがガチなのか?見極めるのが難しく、TTブームなんて嘘っぱちと言い続けている私も、韓国ブームをすべて否定しているわけではない。前から言っているように、やはり全体的に見て韓国や米国の後追い傾向は続いているし、靴下はくしゅくしゅするし、SMAPは解散するし、安室奈美恵も引退するしで、2018年もますます脱ルーズソックス化は進行していくものと予想される。

            それにともない、このブログで服やギャルのことを書く機会も減っちまった。しかし、とりあえず今年流行した(させようとした)装いを記録だけはしとこうと心に誓った次第である。

             

            キャスケット

            キャスケットというのはベレーにつばがついた、もしくはハンチングがふくらんだような形の帽子で、90年代のくしゅくしゅソックス時代にも流行した。帽子の流行の主流はベレー帽で今年はとくにかぶっている人が多いが、そこそこ定番化していたベレーに比べ、今年に入って多く出回り出したという点ではキャスケットであろう。

             

            グレンチェック

            ここ何年か、ヒョウ柄やネコグッズ、スカーフなど、3,4年前に流行らせた物を再び流行らせようとする謎の傾向があるのだが、今年の秋冬から多く出回っているグレンチェック柄もやはり3,4年前に出回っていたはずだ。私もそのときに買ったグレンチェックの服がボロボロになってきててもう着るのやめようかと思ったけど、今年も着ることにした。

             

            カラシ色

            今年の夏の流行色。若い娘さんの服装が抜け感になって以降、ピンクとか可愛い色はあんまり流行ってない。

             

            ガウン

            羽織り、またボタンを全部しめてロング丈のワンピースにもなる、丈の長いペラペラのガウンが昨年秋から出てきたが、それが春夏に大量に出回り、尻を隠せるからかけっこう年増の人が着ているのも見かけた。私もこれは良いと思いTシャツとズボンの上から羽織ってみたら、風を受けたときに正義の味方のマントかってくらいなびいてうざかった。

             

            サッシュベルト

            アパレルが流行らせようとしたけど斬新すぎていまいち流行らなかった気がする。前述のガウンについてきたので私も持っているのだが、長さの調節ができなく食べ過ぎたときに苦しそうだと思って一回もつけてない。

             

            コルセット

            サッシュベルトしかり、最近は腹を締め上げるような装い、またウエスト部分にリボンがついたズボンなども多く見受けられる。Tシャツの上から着るキャミソール、レース下着ぽいインナーなど、下着のような服が人気。

             

            カットオフ

            最近多い太いシルエットのジーパンはときおりすそが切りっぱなしになっており、白い糸がビロビロと出ていたりする。私はこのタイプを去年買い「このズボン素敵なのにすごいほつれてるなぁ〜」と、ビロビロをよくハサミで切っていて、もう祭り縫いしちまおうかくらいに思っていたのだが、今年に入ってこれが最先端オシャってことに気づいた。

             

            ぬきえり

            おそらくオフショルと同じ方向性で、最近はシャツとかジャンパーもはだけて着る人がいる。ぬきえりを最初に見たときは、なんだこの花魁のような着方?と戸惑ったけど、じっさい着てみたところ簡単に憧れの抜け感を獲得できた。

             

            後ろ前

            最近の服は2WAYといって後ろ前にも着れたりするらしく、たとえばカーディガンのボタンしめるほうやセーターの襟首のあいたほうを背中側に着てもいいということになっていたりする。いくらこれが最先端のオシャって頭ではわかっていても、そんな着方してる人いたら、私は前後ろ間違えてまっせと思ってしまう。

             

            ミュール

            ルーズソックス時代にも人気爆発したミュールだが、今年の春夏に出回ったスエード素材で厚底のそれは90年代とは見た目がだいぶ違う。90年代のはもっと華奢なデザインであり、普通のサンダルと比べてかかとに引っかけるヒモがないぶん安定感がなく階段とかだとヒールがカツーンカツーンて鳴っていたものだ。

             

            コカコーラ

            なんかやたらコカコーラのロゴが入ったTシャツや小物が出回った。サブリミナル効果でコーク飲みたくなった。

             

            ロックT

            ロックバンドのTシャツが出回ったが、ロックとか洋楽全く聞かないので誰やねんとなった。

             

            ベルスリーブ

            最近の女の服は袖がベルのように広がっていたりと、デザイン性が高いものが多い。
             

            化粧のトレンドはよくわからないのだが、イガリメイク、クボメイクときて、その次は誰メイクだったんだろうか。サロンモデルは堀北真希の妹につづき、今年はこのトリンドル玲奈に似ているしばちゃんというハーフの娘が人気出た。

            ジャンパー部門ではMA-1が中にボアのついた温かい冬仕様などもあって老若男女に人気継続中だが、去年アパレルが流行らそうとしたスタジャン、スカジャンは今年消えたぽい。あとプリーツスカートとヒョウ柄もなくなった。

             

            2018人気出る物(予想)

            ハット

            今人気のある帽子は、ベレー、キャスケット、つばが曲がったタイプのキャップで、2,3年くらい前に出回ったハットは全然見かけなくなった。しかし先ほどもちょっと言ったけど最近のアパレルは3,4年くらいで流行を使い回している(スカーフ、猫グッズ、ヒョウ柄等)ので来年あたりまたハットに人気が戻ってくる。

             

            ピンヒール

            今は厚底でボリュームのある靴が主流だ。しかし女の靴はまたきゃしゃなデザインに人気が戻ってくる。

             

            ジャージー

            くしゅくしゅソックス時代にはジャージをカーディガンのように羽織る若人がけっこういた。今のファッションがくしゅくしゅソックス時代の使い回しであることを考えると、また上着として人気出るだろう。

             

            白いヘアバンド

            くしゅくしゅソックス時代からルーズソックス時代への過渡期に一瞬だけ流行った。そのためジャージと同じ理論で再び人気出る時期に来てると予想。

             

            下衣失踪

            丈の長いシャツに短パンを合わせて下はいてないように見える韓国ファッション。私が流行る流行る言い続けて全然流行らないのだが、韓流ゴリ押し期に入った今こそ人気出る。

             

            水玉

            今水玉にはまっているので人気出てほしい。


            サプリやだ

            0

              <健康>サプリ過剰摂取は副作用の恐れ(12月2日 毎日新聞)

              https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171202-00000022-mai-soci

               

              わが歴史観においてサプリメントなる物が市民権得たのは鉄骨飲料やCCレモン、ザカルシウム、c1000タケダなど栄養を添加した(もしくはコーンフレークやカロリーメイトのごとく食事がわりをうたう)菓子類が多く出回りだしたくしゅくしゅソックス時代=90年代初頭くらいからで、当時は大塚のネイチャーメイドぐらいしかなかったような気がして検索したところ、下の引用記事によればやはり記憶どうり1993年からの発売となっている。アメリカが本場のマルチ商法ならば市販品に先がけてサプリの扱いはあったと思うが全体として市場は大きくなく、おそらく種類もカルシウムやビタミンといったベーシックなラインナップであったろう。

               

              日本のサプリ文化を作ったネイチャーメイド(All About)

              https://allabout.co.jp/gm/gc/65379/2/

              −−−ネイチャーメイドというブランドはいつ頃作られたのですか?

              ネイチャーメイドというブランドは、1971年(約40年前)に、アメリカのファーマバイト社が立ち上げたものです。ですから元々は、サプリメントの先進国であるアメリカで作られたブランドです。大塚製薬はこのファーマバイト社と資本提携しており、日本では1993年にネイチャーメイドの製品を導入し、ドラッグストアなどでの販売を開始しました。

              −−−1993年と言えば15年以上前ですよね。当時は粒状のサプリメント自体が珍しかったのでは?

              当時は、健康食品といえば高齢者向けの健康茶や食品などが中心で、粒状のビタミンサプリメントは、まだまだ少ない状況でした。ですから、1999年に発売したネイチャーメイドのマルチビタミンは、日本のドラッグストアで初めて売られたマルチビタミンになったんですよ。

              ・・・

               

              しかしいつのまにかサプリメント市場は大規模になっており、カルシウムとかビタミンCとか鉄分くらいなら私のような無知にもそれらが骨や肌や血にいいのだろうとイメージがわくけど、イチョウ葉だのセサミンだのノコギリヤシだの言われても日本語でおk。となっちまう。テレビなどで広告を目にする限り、ダイエットに敏感なおなごや体の不調が慢性化している年寄りなどをターゲットにしていると考えられる。

              しかし過去イソフラボンとか酵素とかいろんな成分が手を変え品を変えもてはやされたけど、それらが含まれる食べ物、例えば大豆なんか昔からあるわけで、別に今まで人類が摂取しなかった完全に新しい栄養素ではないだろうし、逆に未知の栄養素だったとしたら人体にどんな影響があるのだか分からなくそれはそれで食べたくないので、私はどっちにしろそんな腹のたしにもならない物をわざわざは食べたくない気がした。いやそれに、昔からある食べ物だったとしたって記事にもあるようにサプリで特定の栄養を大量摂取したときの副作用的な影響も考えられ、たとえば先ほどの例にした大豆だって個人的には大豆アレルギーなどを誘発するとも限らないことを心配し、豆乳や豆菓子などを好きこのんで食べることはあっても、体にいいとかいう理屈で積極的に摂取するのは考え物である。

              その点でニッポンだーいすき(by美健ガイド)みたいに、日本人ならパン、牛乳、肉などやめて米食えってのが一理あるのは、パンとか牛乳の歴史が浅すぎてまだ日本人の体質にどんな影響があるのか分からない(それいいだしたら白米の歴史も浅そうだしハーフはどうなるんだよって話だが)し、添加物や白砂糖、それらを使った大量生産品も同様で、もしかしたらもしかすると、そういう戦後になって広まった近代的で目新しい食べ物、目新しい生産方法、目新しい食べ方が、アトピーやアレルギーといった現代病と関係してる可能性も、なくはないかもしれない。それら今日的な問題が現代医学で解決しないかぎり、ニッポンだーいすきやマクロビオティックにみられるホリスティックな思考を完全にしりぞけることは私にはできないのだった。

              サプリメントや健康食品が一般化する以前だと、ビタミン剤が高度経済成長期に宣伝されたようで、当時アリナミンやアスパラで元気出したモーレツ社員が今イチョウ葉とかノコギリヤシ飲んでるにちがいない。フッ素危ないや予防接種危ないの先駆けだった高橋晄正も特にアリナミンをピンポイントで批判していて「アリナミン」ていう著書もあったはずなのだが画像が出てこなかった。

               

              https://www.amazon.co.jp/dp/B000J9NF2M/

               

              でもこの商品を特定しロゴをズラリと並べた表紙がまた、いかにも昔の三一新書って感じでレトロ怖いと思ったけど、よく見たらこの本三一新書じゃない。というか今フッ素危ないや予防接種危ないがニューエイジ系のような霊的な力信ずる人々と同一視されてそうな気がするが、もともとはそうなのではなく予防接種の副反応ほかスモン、サリドマイド、エイズと連続する製薬会社や厚生省に対する薬害の運動であり、高橋医師はビタミン剤に対する二重盲検をうったえ、その後代替医療として一般的だったと思われる漢方薬も効かないと批判するなどむしろスピリチュアルとは対極だったのである。


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