わがお人形遊び史

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    コーンフレーク全盛時代、ケロッグのCMがやたらアメリカンなノリで全然可愛くないしウザかった。と先日回想したが、そういえば90年代初頭にかけていかにもアメリカンなノリが凄い嫌いだった。アニメなんかも、日本のはドラえもんとかドラゴンボールとからんま2分の1とか面白いのに、アメリカのはトムとジェリーみたいに捕食者が小動物を追いかけて壁に激突したり崖から落ちるようなのばっかりで子ども心にすっげーつまらんと思っていた。

    あとマクドナルドも昔はもっとアメリカンなノリで、ドナルド含めなんかいっぱいいたキャラ全員可愛くなかったし、アメリカに対してもっとも可愛くないと思っていたのがバービーって人形である。リカちゃんが少女的かつ日本的な見た目に対してバービーはババ臭いわ無駄にリアルだわで、パパお人形ほしー。ってリカちゃんと間違えて買ってこられたら鬱で寝込むレベルだった。

     

    CMですよ〜168「バービー」(YouTube)

    https://www.youtube.com/watch?v=nDSTo9wooxw

     

    もうこの静止画↑切り取っただけで、いかに日本市場を無視したアメリカンなノリのCMかお分かりいただけるはずだ。しかしYouTubeでさっき関連動画見て、リカちゃんの友人であるジェニーがバービーであったことを初めて知った。

    ジェニーはブロンドだし名前からもアメリカ人の設定のような気がするが、見てのとうり本家のバービーとは全然違う日本人好みの顔面であり、リカちゃんと人気を二分したかもしかすると私世代ではリカちゃんより人気があったかもしれない。ジェニーは1982年の発売で、マテル社とのライセンス契約が切れたことにともない改名を余儀なくされたようだ。

     

    1984年CM タカラ タッチトーン バービー 人形 Barbie ソフラン(YouTube)

    https://www.youtube.com/watch?v=uwTNZpKYhoE

     

    あとジェニーの友人にティモテもいた。もちろん川のほとりでたらいに水張って髪洗う日本リーバのシャンプーから生まれたキャラで、北欧なせいかジェニーよりまたひとまわりブロンドでかなり色素薄い系である。

    持ってはなかったけどそういう人形あったって全然覚えてるので、シャンプーとともにけっこうヒットしたはずだ。でもティモテってブランド自体がかなり短命だった気がする。

     

    【懐かCM】1980年代 タカラ Timotei ティモテ 〜Nostalgic CM of Japan〜(YouTube)

    https://www.youtube.com/watch?v=KozaZ_xDjBg

     

    YouTubeで初めて見たが、ジェニーのお友達にジュリアナちゃんというお立ち台ギャルもいたそうだ。こういうお立ち台(羽扇子、Tバック)が注目を集めたのは私の記憶では1993年だけなので、ティモテ以上に短命だったと思われる。

    ジェニーにお立ち台ギャルの一面があったことにドン引きしたが、くしゅくしゅソックス時代ならこういう人形が出てきても何ら不思議ではなかった。もしかしたら10年くらい前にもリカちゃんのお友達のキャバ嬢アゲハちゃん、スジ盛りできるヘアドレッサーみたいなのが発売されていたかもしれない。

     

    【懐かCM】1993年 TAKARA タカラ JENNY ジェニー JULIANA ジュリアナ 〜Nostalgic CM of Japan〜(YouTube)

    https://www.youtube.com/watch?v=x9BfZBWwKSc


    通名と差別

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      水原希子がサントリーCMへのヘイト攻撃に屈せずメッセージ!「1日でも早く人種や性別への偏見がなくなってほしい」(9月16日 リテラ)

      http://lite-ra.com/2017/09/post-3457.html

       

      水原希子の真摯な反差別メッセージにフィフィが卑劣ヘイト攻撃! 山本一郎、ネトウヨも「本名を名乗れ」と大合唱(9月19日 リテラ)

      http://lite-ra.com/2017/09/post-3462.html

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      しかし、その水原のメッセージに、タレントのフィフィがとんでもない難癖をつけた。9月16日、水原の「一日も早く、この世の中の人種や性別などへの偏見がなくなってほしい」というメッセージを伝えるネットニュースのリツイートともに、こう投稿したのだ。

      〈偏見がなくなって欲しいと願うなら、彼女の場合は分からないけど、例えば生まれ持った名前で活動する方が素敵だと思う。それを躊躇することこそ偏見って思われちゃうからね。頑張って!〉
      〈どんな芸名を使おうが自由だけど、人種への偏見を無くしたいと呼びかけるなら、あえて自分の「人種」つまりルーツを引っさげた芸名の方が、ルーツを隠したいのはなぜ?貴女こそ偏見があるんでは?なんて意見も聞かずに済んだかも。それでも差別する奴は放っておけばいい、堂々としてたらいいんですよ。〉

      「素敵なことだと思う」とか「頑張って!」とか、さも水原に対して善意のアドバイスのようなムードを装っているが、これは完全なヘイトスピーチだ。

      山本一郎も、やはり水原のメッセージを伝えるニュースをリツイートしながら、フィフィと同種の内容を投稿している。

      〈水原希子が「人種や差別などの偏見がなくなってほしい」と語るのはごもっともだし、その通りなんだろうけど、ではなんで父親がアメリカ人、母親が韓国人で神戸に住んでいただけなのに日本人の芸名で仕事をしているんだろう。偏見どころか、日本人を名乗ったほうが日本では有利と思ったからじゃ?〉

      そしてネトウヨたちも、水原に対して、「差別問題にすり替えるな」「日本人のフリをしていることが問題」「だったら通名を名乗るな」などと大合唱している。

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      実際、日本の芸能界には在日韓国人、朝鮮人がかなりいるが、ほとんどの人はその出自を明かしていない。しかし、それは本人の意向というより、事務所サイドから強制されているケースがほとんどだ。デビューする時点で「在日だと売れないから」と日本名をつけられ、在日であることを隠すようにいわれている人も少なくない。たとえば、ある女優は、無名モデル時代には本名で活動していたにもかかわらず、本格デビューの際に在日韓国人であることを隠し、芸名を使うことを芸能事務所から命じられた。しかも、その後何度か自らの出自について語ろうとするが周囲の圧力に阻まれ、実際に語っても事務所の意向でそのくだりをカットされてしまうという事件もあった。
          こうした芸能界の在日差別も一時、解消されそうな気配があった。韓流がブームになって、ソニンのように最初から「在日」であることを公表し通名ではなく本名で活動する芸能人も現われたからだ。だが、それも近年の嫌韓ブームや右傾化、そして在特会の抗議活動によって、暗黒時代へと逆戻りしてしまった。

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      先ほどこのニュース知り、水原希子ってけっこう何年も前からCMとか出まくってんのに何で今ごろこんな炎上したんだときっかけを調べたけどよく分からなかった。水原希子は若人のあいだで有名なモデルさんである。

      水原氏は日本人のような名前と苗字なのに、在日韓国人とアメリカ人のハーフでありじつは全く日本の血が入ってないとのことで、前々からネトウヨからそのことをよく思われていないようだった。おそらくネトウヨのあいだでは、多くの在日韓国人が通名(日本人風の名前)名乗るのは、なりすましや偽名といった、悪い意味にとられていると考えられる。

      私は韓国に対しては「日本人に偽装してるな?」と思ったことが何度かあるのだが、そういう「ザパニーズ」とか言われるたぐいの韓国人が世界(アメリカ等、日中韓あたりの区別ついてない奴)に対して行う偽装と、在日の通名が混同されているような気がした。通名は朝鮮人が後ろ暗いことがあって名乗り出したというのではなく、創氏改名とかいう朝鮮式の名前とは別に日本式の名前をつける制度がルーツと思われる。

      左翼のあいだではこの創氏改名を押しつけられたとか、名前を奪われたとか、戦後は差別が凄かったので朝鮮人ということを隠さざるおえなかったとかいう歴史観なのでほとんどが民族名を名乗っており、日本式の名前でさえ漢字をハングル読みさせている人もいるほどだ。昔の人は韓国人の名前を「ぼくせいき」「きんだいちゅう」「ぜんとかん」などと日本の漢字と同様に読んでいたのを覚えているかもしれないが、今「パクチョンヒ」「キムデジュン」「チョンドファン」みたいなハングル式に読むようになったのも、崔昌華っていう在日の牧師さんが運動で勝ち取ったものである。

       

      行動する預言者 崔昌華――ある在日韓国人牧師の生涯

      https://www.amazon.co.jp/dp/4000229354

      内容(「BOOK」データベースより) 闘い、行動し続ければ世の中は必ず変わる。―崔昌華(一九三〇‐九五)は、在日韓国人・朝鮮人の人権獲得のために、語り、書き、祈り、奔り続けた。日本の植民地支配と朝鮮戦争下での激動の少年~青年時代、苦難のすえの渡日、「金嬉老事件」での命がけの犯人説得、名前の民族語音読みを求めてのNHK提訴、家族とともに闘った指紋押捺拒否…。書き下ろしによる決定版評伝。東アジアの現代史を奔り抜けた数奇な生涯を初めて描く、傑作ノンフィクション。

       

      というわけで民族名を名乗るにあたってはそういった政治(左翼)的な背景が強くあるために、チャンネル桜などを見ていると拉致問題や慰安婦問題で著名な西岡力は韓国語を話せるにもかかわらず韓国人の名前を日本式に読んでいる。あと例であげられているソニンは、デビューが確かにユンソナやBOAと近く記事中でいわれているように韓国ブーム草創期だったこともあるかもしれないが、在日であることを隠している女優というのも同じ時期のデビューのはずで、やっぱりソニンは朝鮮学校とか行ってるような家系のためにそういう名前だったんじゃないだろうか。

      今回の件で本名を名乗れと在日につめよるネトウヨを左翼メディアが批判していることに混乱してしまうが、基本的に民族名は本来ネトウヨの嫌いないわゆる「反日勢力」の主張である。通名を名乗っている在日は日本の文化や歴史に抵抗する傾向は低く、ほんとは左翼だってそれを知っているはずなのだが、ネトウヨによる絵に描いたような差別によって「本当は民族名を名乗りたいのだが、差別の激しい日本社会がそれを許さないために通名で民族的なルーツを隠さざるおえない」という左翼的な在日像がより強化される結果になってしまった。

      しかし私的には「金海」「金本」「張本」など、日本人ではそうそうお目にかかれないような通名が存在することから、ネトウヨや左翼に共通する「朝鮮を隠すため」ってネガティブな通名観が疑わしく、金とか張を二文字にしただけなんじゃ。って思っている。また朝鮮式の姓は結婚しても女の苗字が変わらないなど日本式と違うらしいので、在日のように日本の生活が長いのだったら通名でもいいんじゃなかろうか。

       

      通名禁止、40年前から「左」が主張と実践(辻本武)

      http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/01/05/6681269 

      1970〜80年代の古い話をします。  

      在日韓国・朝鮮人が通名(日本名)を名乗ることについて、差別的な日本社会が在日の民族性を否定するために通名を強制している、だから在日は通名を捨てて本名を名乗り、自らの民族的アイデンティティを確立せねばならないという主張がありました。いわゆる「本名を呼び、名乗る運動」です。この考え方は解放運動と結びつき、在日が本名を名乗ることは日本社会の差別に対して闘うことのように考えられました。

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      このような「本名を呼び名乗る運動」は、さらに「通名禁止」を実践するところまで現れました。一部の公立学校(解放運動や日教組の影響の強い)では、入学してくる在日生徒の名前を、保護者や本人の了解なく、本名を強制的に使うところが出てきました。また一部の大学(左系が強いR大など)でも、今もそうだと思われますが、通名で入試を受けて入学してきた在日を、本人・保護者の了解なしに強制的に本名を使っていました。

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      このように「本名を呼び名乗る運動」というのは、‘日本社会の差別性=保守的・右翼的体質が在日の民族性を否定するために通名を強制している、だから在日が通名を捨てて本名を名乗ることは日本社会に対し闘うことなんだ、君も在日なら共に闘おう’という考え方だったのです。正に左翼運動の一貫だったのです。

      つまり「通名禁止」は「左」が主張し、そして場所によってはそれを実践していたということです。

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      体にいい牛乳

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        「牛乳は超危険!」って本当? Google検索最上位に出てくる記事を検証してみた(9月13日 ねとらぼ)

        http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1709/13/news079.html

         

        コーンフレーク全盛期を回想していてふと、私が子供のころ牛乳が体に悪いなんて誰も言ってなかった。と思いだした。自然派などのあいだでは牛乳が悪いのではなく、ロングライフ牛乳が危険で低温殺菌が安全という説だったのだ。

        もしかすると現代の若人は牛乳はモー毒や戦後GHQによる日本人の健康をむしばむための陰謀を知っていても、ロングライフ牛乳危険説は聞いたことなかったりするんだろうか。これ「あぶない化粧品」「原価」みたいなもんで、2000年ごろにはほとんど聞かなくなっていたように思う。

        2000年ごろは日本消費者連盟および三一新書的な消費者運動が廃れ、大企業と闘わないという建前のロハスやニューエイジがマスゴミにゴリおされたため、自然派のイメージはオシャでスイーツな感じに変化した。私がマクロビオティックという食事法を知ったのもその頃であるし、乳製品とか白砂糖が否定されるのもけっきょくマクロビオティックが市民権を得た影響な気がする。(砂糖病=シュガーブルースの著者もマクロビ)

         

        【第15話】反対から創造へ《牛乳編》(大地を守る会)

        http://www.daichi-m.co.jp/history/2606/

         

        【第16話】反対から創造へ ―低温殺菌牛乳の実現!(大地を守る会)

        http://www.daichi-m.co.jp/history/2917/

         

        ロングライフ牛乳危険説、もはや検索してもあんまり出てこないのだけど、唯一第一を守る会のサイトは写真も多くてけっこう詳しい。で前の記事でパスチャライズ牛乳ってのはたまにあるけど低温殺菌の牛乳はあんまり見かけないって書いたが、どうもパスチャライズ牛乳が低温殺菌のことらしい。

        低温殺菌うんぬんと関係ないのはホモジェナイズの方だった。ホモジェナイズは液体の成分を均質化することで、その処理をしていないノンホモ牛乳は上のほうにクリームが溜まるということである。

        だからたぶん、パスチャライズかつノンホモが自然に近く理想的なのである。私はパスチャライズ牛乳全然飲んだことあるのだけど、普通の牛乳と変わらない味とすごく飲みにくいのがあって、後者だけを低温殺菌だと思っていた。

        この違いについて調べてみると、飲みやすいほうは72度15秒(HTST)、飲みにくいのは65度30分の殺菌(LTLT)だった。Wikipediaを読むとやはり厳密には後者のみが低温殺菌牛乳と定義づけられるらしい。

         

        低温殺菌牛乳(Wikipedia)

        https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%8E%E6%B8%A9%E6%AE%BA%E8%8F%8C%E7%89%9B%E4%B9%B3

        殺菌方法

        低温保持殺菌(LTLT法)
            摂氏63〜65度で30分間加熱殺菌する方法(パスチャライズドという。フランスの細菌学者ルイ・パスツールが考案した加熱殺菌法であるパスチャライゼーションが由来)。72度前後で15秒間程度殺菌する方法を含む立場も見られるが、あまり一般的ではない。むしろ、この場合は高温殺菌方法に分類するのが一般的である。
        ・・・

         

        それに対し普通の牛乳は120〜130度で2〜3秒(UHT)、ロングライフ牛乳は130〜150度で1〜3秒となる。ロングライフ牛乳は1976年、雪印の試験製造に始まり、翌77年には明治や森永が販売開始、1985年に法改正され常温保存できるようになった。

        反ロングライフ牛乳運動が盛り上がったのはこの1977から1985年のあいだのようで、ロングライフ牛乳が輸入され国内の酪農を脅かすと言われたり、「要冷蔵」規定の撤廃を阻止すべく厚生省前に座り込んだりや署名活動などが行われたそうだ。そして低温殺菌牛乳もこの頃で、日本初のパスチャライズ牛乳の木次乳業が1978年、大地を守る会は1981年とそれぞれ低温殺菌牛乳を商品化させている。

        というわけで、ロングライフ牛乳も低温殺菌牛乳も約40年ほどしかないようである。低温殺菌牛乳自体がロングライフ牛乳反対運動の中で生み出されていったものなので、もし飲むときはそんな歴史に思いをはせておくれ。

        このロングライフ牛乳反対運動関連と思われる書物には日本消費者連盟編「ほんものの牛乳がのみたい」(1980年)「ロングライフミルクここが問題―つぶすな日本の酪農」(1984年)高松修著「牛乳戦争!―ホンモノの牛乳を飲む法」 (1983年)「怖い牛乳 良い牛乳―お宅の牛乳は安全ですか」(1986年)小寺とき著「おいしくて安全な牛乳のえらび方」(1990年)森まゆみ著「自主独立農民という仕事―佐藤忠吉と「木次乳業」をめぐる人々」(2007年)などがある。やはり反対運動当時の本は日本消費者連盟だった。

        私が「そういえば昔の意識高い系って」と、90年代を回想するとき、必ず出てくるのが三一新書と日本消費者連盟だ。とにかくロハス以前の消費者運動といえば三一新書と日本消費者連盟なのである。

        日本消費者連盟はついこのあいだニュースになってたように「香害」、つまり柔軟剤の人工的なにおいがまるで公害のようだという概念を一部石けんメーカーや週刊金曜日とともに世に広めており、思いっきり商品名特定して大企業相手に○○は危ない!買ってはいけない!ってやってた昔に比べるとネタギレ感が否めないと思った。実際アマゾン検索してみると、最近日本消費者連盟の名前で出たのが「孤立し漂流する社会を生きる私」(2016年)とかいう憲法9条まもろう的な本しかないのだが、それが化粧品や洗剤と何の関係があるのだか表紙見ただけではまったく謎である。

        ちなみに上にロングライフ牛乳反対運動の参考としてurl貼ってる宅配の大地を守る会も左翼系であり、年逝ってる人には歌手の加藤登紀子と獄中結婚した学生運動の人がやってたってのでけっこう有名らしい。大地を守る会は2000年代にロハス化し、ホワイトバンドの人にロゴとかをオシャな感じにされてキャンドルナイトの呼びかけ人とかもやっていたので私にはそっちのイメージが強い。


        K-ナプ

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          韓国の女性たち、怒り心頭 生理用ナプキンに化学物質で健康被害(9月6日 ニューズウィーク)

          http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/09/post-8372.php

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          特に今回問題となっているリリアン生理用ナプキンは、製品の質もさることながら、「なぜか使うと生理期間が短くなる」「量が減る」といった効果があるということで、ネット上ではその"不思議な効果"が一部の使用者の間で話題となっていた。

          ある掲示板では2か月の間に200を超えるリリアンユーザーの声が集まり、なかには「3日で出血が止まったものの、別の商品に変えた途端またすぐに出血が始まった」という意見や、「使用後、数か月生理が止まった」という女性も現れた。その後、リリアン使用時の"不思議な効果"は"健康被害"と呼ばれるようになり他の掲示板サイトにも飛び火。多くの女性の体験談が今回の返金騒動にまで広がっていく。

          そもそも韓国の生理用品は日本に比べるとかなり高額である。2004年に韓国は生理用ナプキンを付加価値税の免税対象商品にしたにもかかわらず、1枚の価格平均は331ウォン(約32円)。日本やアメリカの約17円に比べ1.8倍も高額なのだ。2016年には、低所得層の女子学生達が生理用ナプキンが高くて購入できないため、仕方なく靴の中敷きをナプキン代わりにして使用しているというニュースが報道された。この出来事は多くの女性に衝撃を与え、SNSを通じてまたたく間に多くの人の間に広まっていった。

          そんな中、今回問題となっているリリアン製品は、比較的低価格で大型マートやコンビニエンスストアなどでは1+1(1つ購入するともう1つおまけで付いてくる)イベントを良く頻繁に行っていることで有名だった。高価な生理用ナプキンを安く購入しようと多くの女性が買い求めて使用しており、リリアンのシェアは生理用ナプキン市場全体の20%にも及んでいた。

          使用者たちからの多くの被害の声を受け、食品医薬品安全処はリリアン生理用ナプキンに対し品質検査を行った。その結果、下着とナプキンを固定するための接着部分に揮発性有機化合物(VOC)というペンキや接着剤、洗剤などに含まれている物質が発見された。これが原因だと言われているが、揮発性有機化合物(VOC)について、その成分分析方法が未だ確立されておらず、分析には時間がかかりそうだと発表した。

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          アンネちゃんが軽くなる(止まる)不思議なナプキンが、韓国にはあるのだという。私は茶のしずく事件が起きたときに「経皮毒は実在した!」と思ったが、やはり今回も同様の感想を抱いた。

          かねてよりの高額とこの健康被害により韓国女子はディーバカップを使うようになったとこの記事には書かれている。ディーバカップって奴よく便利ってなこと日本のネット記事も見かけるが、使う場所が場所だけに体の中入れちまう奴洗って繰り返し使いたくないし、私ならかりに使ったとして小心者ゆえ結局パンツにナプキンはっちまうと思った。

          しかし韓国女子がナプキンの代わりに使ってるという靴の中敷きって、汗くらいしか吸わなそうだしナプキンより高いんじゃないかと思うのだが、これも洗って繰り返し使えるんだろうか?そんなん貼るくらいなら、古着やボロタオルで布ナプキンでも作りなはれと思った。

          ちなみに美健ガイド社によれば生殖器の経皮吸収率は非常に高い。元ネタはたぶんステロイド軟膏の吸収率であり「ステロイド 吸収」を画像検索すると下と全く同じデーターの図が出てくるのであるが、腕の内側を1とした場合生殖器は42倍という数字からステロイドといってもアトピー自然療法みたいなのより、石油や化学物質の紙ナプキン危険ってな根拠に使われているのだ。

          美健ガイド社「出口のない毒経皮毒」より

           

          韓国の生理用品なんて使う奴いないから大丈夫と思うかもしれないが、確かよもぎ温座パットっていう、下半身に貼るカイロみたいなナプキンがあってそれが韓国起源だった。エレキバンの会社もよもぽかっていう類似商品を出すなど、日本でも人気が高いのである。

          かねてより靴下から生姜から「あたため」ブームに警戒していた私は、これを知ったときそんなとこまであたためるとは。と驚いたけど、今回の生理止まるナプキンのニュースを聞き、あたためうんぬんを別にもう韓国製自体に不信感が・・・韓国製化粧品の肌荒れ被害とかも全然報道されずむしろ最近おなごのユーチューバーがこぞってティントとかクッションファンデとか紹介しまくっててそんなに宣伝して本当に大丈夫なのかい?と韓国離れが進行している今日この頃であった。


          トニーの過去

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            評価:
            アラン・パーカー
            JVCエンタテインメント
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            (2001-10-26)

            コーンフレーク世代の私はケロッグといえばやたらアメリカンなノリと体型の虎が現れコーンフレーク食べたお子さん力が湧いてきてグーレイトォッ言うイメージが強く、子供心に全然可愛くなかった。しかしYouTubeで歴代のCM動画を見る限り、どうもあんなノリになったのはバブル期以降で、それより前の虎はもっと可愛らしい絵柄でトニーではなくとらチャンって名前だったようだ。

            そして私が子供の時のコーンフレークはだいたいプレーン(味なし)、フロスト(砂糖)、チョコ味、いちご味あたりのコーンフレークが鉄板だったが、とらチャン時代はシュガーポンやハニーポンといったシリアルが主力で、これはコーンフレークではなかったらしい。40代より上はあまりシリアル食べない気がするので、シュガーポン時代はまだシリアルが朝食としては根づいてなく、お菓子だったんじゃないかと思って調べてみると、やはり目新しさやおまけに釣られてごくまれに買ってもらう感じだったようだ。

            私が中学生くらいのときには普通に朝コーンフレークを食べることもあり、それはケロッグが子供番組でトニーのCMを流しまくって、シスコ以外にもいろんな国産シリアルが参入したことで、ルーズソックス世代あたりからシリアル文化が定着し購買層の年齢が上がるにつれ現在のグラノーラ人気に発展したと思った。またバブル期からくしゅくしゅ時代にかけては、今と違ってレンジでチンとかカロリーメイトみたいに、栄養を添加したような食品で軽く済ますほうが文明的って思われていた気がする。

            そのなかでも大塚製薬のザ・カルシウム、サントリーの鉄骨飲料がさかんに宣伝されていたように、骨粗鬆症の危険とカルシウムの重要性がうたわれていたのがこの時期だった。なので、コーンフレークがいくらお菓子だと言われようとも、牛乳をかけていることによってカルシウムが容易に摂取できていることを考えれば、私にとってこのうえない健康的な朝食だったのである。

            牛乳はモ〜毒(猛毒)とかGHQの陰謀と言われるようになったのは、わりと最近、ここ10年くらいか?の風潮で、私が記憶している限りくしゅくしゅ時代はコーンフレーク全盛期であると同時にカルシウム全盛期であり、牛乳や乳製品が体に悪いとは聞いたことなかった。意識高い系のあいだでは、LL(ロングライフ)牛乳が危なくて低温殺菌がいいっていうのはあったけど、これも「原価」「炭酸で骨溶ける」同様、最近あんまり聞かなくなった説だし、そもそもロングライフも低温殺菌もあんまりメジャーじゃない気がする(パスチャライズ牛乳てのはよくあるが)。

             

            【第15話】反対から創造へ《牛乳編》(大地を守る会)

            http://www.daichi-m.co.jp/history/2606/

            日本にLL牛乳が誕生したのは1976年。雪印乳業の試験製造に始まり、翌77年には明治、森永といった大手乳業メーカーも発売を開始した。その直後から消費者団体から批判の声が上がり始めるのだが、ここに生協運動の草分けと言われた兵庫県の大手生協が販売を始めたことによって、「よつば牛乳」の共同購入グループが猛反発し、以後、生産者(酪農家)・消費者を巻き込む形でLLミルク反対運動が広がっていった。

             

            背景をちゃんと説明すると長くなるが、当時は一大生産地である北海道の牛乳が、酪農の近代化(機械化と大型化)路線によってダブついていて、常温流通と長期保存可能な牛乳(=安い牛乳)によって販売を増やしたいとの大手乳業メーカーの思惑がはたらいたと言われる。また常温流通は牛乳の輸入に道を開くという指摘もあり、危機感を抱いた関東の酪農家による「缶詰牛乳(LLミルク)絶対反対!総決起集会」が開かれ、「牛乳の南北戦争」と呼ばれる事態にまで至るのである。

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            しかしアメリカから来ておまけで子どもたちの心を掴む手法、砂糖や牛乳まみれで、いかにもロハスから否定されそうな朝食であるにもかかわらず、これにかんしてはハチミツ同様、シリアルがとくに良いとか悪いとか言われてる様子がないのは不思議だ。おまけで子どもを釣ってアメリカンな食文化を刷り込むってのはマクドナルドだとすごいおどろおどろしく語られているのだけども、マクドナルドはパンや砂糖ではなく、もっぱら肉食の代名詞として否定されているのである。

             

            いいなCM ロッテ シリアルアイス 安室奈美恵 (SUPER MONKEY'S)

            https://www.youtube.com/watch?v=YP1hY44i3E4

             

            コーンフレーク全盛期にはシリアルアイスというコーンフレークのくっついたアイスもあり、CMではまだスーパーモンキーズだった安室ちゃんが「ミスターUSA」とこれまたアメリカンな歌を歌っていた。安室氏はマスカットガムなどブレイク前からロッテのイメージが強く、ルーズソックス時代以降もCMに出演していた。


            DAYONEその後

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              評価:
              木暮晋也,小泉今日子,DR.CHEEK,菊地成孔,かせきさいだぁ,中森泰弘,ハラミドリ,エリー・グリーンウィッチ,HICKSVILLE,朝本浩文
              エピックレコードジャパン
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              (1996-08-21)

              市井由理、約20年ぶりに公の場 キレキレのラップを披露(9月3日 Yahoo!ニュース)

              https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170903-00000546-sanspo-ent

              「DA.YO.NE」などのヒット曲で知られるEAST END×YURIの市井由理(44)が3日、男性4人組ヒップホップグループ、MAGiC BOYZの初アルバム「第一次成長期〜Baby to Boy〜」の発売イベントに登場。約20年ぶりに公の場に姿を見せた。

              市井は「DA.YO.NE」でNHK紅白歌合戦に出場するなど、女性ヒップホップアーティストのパイオニア的存在。絶頂期の1997年に英国への留学を機に芸能活動を休止していた。

              市井が参加したのは、マジボの新曲「パーリーしようよ」。マジボの4人から「ヒップホップのレジェンドから学びたい」とオファーされ、「私がデビューした頃と同じ年代の子たち。やってみようと思った」と活動再開の理由を説明した。

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              【MAGiC BOYZ×YURI】パーリーしようよ【MV】(YouTube)

              https://www.youtube.com/watch?v=WOmTcrk5bDY

              高校生3MCトーマ・リュウト・マヒロ、小学生1DJジョーからなるHIPHOPグループ MAGiC BOYZ  

              「パーリーしようよ」は、PES (RIP SLYME)プロデュースの楽曲で、いつまでも仲間と一緒にいたい・パーティーしていたいという、楽しい時間が終わってしまう少し切ない気持ちを夏の終わりに重ねて表現した、MAGiC BOYZ と同世代も市井由理と同世代も共通で、誰もが共感できる、ちょっぴりエモーショナルな楽曲。  

              ミュージックビデオは、新進気鋭の映像監督かとうみさとが手掛け、MAGiC BOYZメンバーのひと夏の思い出がぎっしり詰まった見所満載の映像に仕上がっており、彼らを優しく見守るような、市井由理20年ぶりの歌唱シーンも必見。

               

              EAST ENDプラスYURIというグループは、イーストエンドという男2人か3人組に元東京パフォーマンスドールの市井由理を迎え、ジョージベンソンをサンプリングした「DAYONE」というチャラい感じのラップで人気を博した。市井と親交のあるRIP SLYMEのPESが作詞作曲とあるように、ルーズ・ハイソのハイブリッド世代の人気グループだったリップスライムはイーストエンドの流れをくんでおり、現在大塚愛の夫であるSUやライムスターの宇多丸がDAYONEのミュージックビデオに出演しているし、市井氏もいっとき猿の絵のついた服屋のNIGO(現在牧瀬里穂の夫)と夫婦関係にあり、去年くらいにリップスライムの人がやってるラジオにイーストエンドのGAKU MCが出演していたのも聞いた。

              DAYONEが発売されたのはくしゅくしゅ時代末期の1994年の夏で、同じ東京パフォーマンスドール出身の篠原涼子による小室ソング「恋(いと)しさとせつなさと心強さと」とほぼ同時期、私の記憶によればいづれもいきなり人気が出たのではなく、ジワジワとクチコミで売り上げを伸ばしていったように思う。くしゅくしゅソックス時代はアイドルがパッとしない時代だったこともあって東京パフォーマンスドールにはヒットがなかったのだが、市井・篠原両氏だけでなく、穴井由子をバラエティでよく見かけるようになったり、大阪パフォーマンスドールのメンバーが今田耕司、東野幸治とともにDAYONEの大阪弁バージョン「SOYANA」を発表したこともあって東京パフォーマンスドールも一瞬だけ注目された。

              しかしルーズソックス時代に入るとロックバンドが復権、J-POPは街じゅう、欲望、仲間たち、本当の自分・・・みたいな、孤独や激しい衝動をテーマとした歌に人気が集中し、DAYONE以降もいい感じやな感じ、MAICCAなどくしゅくしゅ時代の軽薄さから脱却できなかったEAST ENDは、脱B級化著しいルーズソックス時代の荒波は生き残れなかった。また篠原涼子も小室さんが朋ちゃんにハマりだしたせいかかなり早い時期に小室ファミリーから外れたために恋しさ〜以降のヒットはなく、ルーズソックス時代にはごっつええ感じくらいでしか見かけなかったし、忌野清志郎とのデュエットで裸同然になったりキッスしまくるなどやけっぱちのように思えた。

              篠原涼子がその後女優でブレイクしたいっぽう、市井由理はNIGOとも離婚して本当に何をしているか分からなかったのだが、くしゅくしゅ時代再来のあおりでこのたび20年ぶりに公の場に姿を見せたのだという。EAST ENDはというと、ラップ担当のGAKUがミスチルの桜井和寿と親交が深く、小林武史がやっていたap bankっていうロハスな運動にも取り込まれてキャンドルナイトの歌なんかも歌っていたし、10年ぐらい前東京FMでロハスな人ばっかり出てくるラジオもやっててその番組で冷えとり服部みれいを知った。

               

              https://www.amazon.co.jp/dp/4902256398

               

              GAKU-MCの本にキャンドルナイトと関係のあるセヴァンスズキやマエキタミヤコの名前もあった。この本が出ているA-Worksって会社のもとになってるのがナカムラミツルの胎内記憶の絵本とか出してる「本を読まない人の出版社サンクチュアリ出版」。

               

              よくあるご質問(サンクチュアリ出版)

              http://www.sanctuarybooks.jp/q_a/q_a_sonota.php

              “A-Works”と“サンクチュアリ出版”の違いは?

                  サンクチュアリ出版は、現・A-Works代表の高橋歩が、「自分の本を出して世の中に広めたい」という理由で1995年に立ち上げた会社です。しかし1998年、高橋歩が世界一周冒険旅行に旅立つのをきっかけに、サンクチュアリ出版は当時営業部長だった鶴巻謙介に譲り渡されました。そのままサンクチュアリ出版は存続。一方、2003年に「書籍だけではなく、様々な作品を自由に生み出していきたい」という高橋歩の新たな想いからA-Worksという別の会社が誕生しました。
                  <A-Works>と<サンクチュアリ出版>はどちらも独立した会社であり、A-Works刊行物の営業・販売面をサンクチュアリ出版が代行している、という良きビジネスパートナーです。
                  *A-Works→http://www.a-works.gr.jp/


              わがシリアル史

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                パンの特性上、主食として米と競い合うのはもっぱら朝食と給食であるが、朝食において現在パンや米をおどかしつつあるのがシリアルではないだろうか。パンがいくら欧米化と言われてもやはり明治もしくは広く食べれるようになった戦後以来の歴史があり、ラーメンのように日本人好みに進化して定着したのに比べ、シリアルはいまだにアメリカのイメージが強いし、どう考えてもお菓子とそんなに変わらないような食べ物なのに牛乳と組み合わせ「栄養」「食事」としてのメリットを強調されているのはアメリカ小麦戦略期におけるパンのゴリ押しをも彷彿とさせる。

                そんなシリアルは2010年代以降だろうか、売り場のほとんどをグラノーラを占めるようになった。私は味のないコーンフレークがけっこう好きなのだが、たまにケロッグの鶏の奴が置いてあるくらいで、そんな高いメーカー物いらねぇと思っても現在はプライベートブランドがフロストとチョコ味を出している程度で、味のない奴は香りの弱い柔軟剤を見つけるくらい困難な状況となっている。

                フロストやチョコは牛乳がほんのり甘くなるのが良いというファンがついてかろうじて生き残っているのだろうが、味のない奴だって余計な甘みがないぶんヨーグルトやパフェと食べたらちょうどよく、さくさくした軽い食感と素材本来の甘味がおいしいと、現代のお子様がたは思わないだろうか。グラノーラ全盛期によってコーンフレークがすみに追いやられた今、小中学生を過ごしたくしゅくしゅソックス時代(1989〜94)にコーンフレーク全盛期の洗礼を受けたコーンフレーク世代の私はこれ以上ない寂しさを覚えるのであった。

                 

                ブラウンシュガーCM【チャーリー・ブラウン】1993 カルビー(YouTube)

                https://www.youtube.com/watch?v=gFHuCM0v1qo

                私がくしゅくしゅ時代にもっとも食べていたのはカルビーのコーンフレークである。YouTubeで動画を見ると1991年時点ではアメリカ意識したようなケロッグのでき損ないみたいなキャラがデザインされており、明石家さんまがCM出演していたことが確認できるが、そのバージョンは全く記憶にないのでおそらくこのスヌーピーにリニューアルしたことが現在のフルグラ人気にも通じるカルビー社製シリアルの地位を決定ずけたにちがいない。

                カルビーのシリアル=スヌーピーのイメージは根強く長年採用されていたが、あるときから外箱を廃した簡易包装となり、グラノーラと違って中身割れるだろ。と心配したものだが(そんなこと言ったらポテトチップスも外箱ないけど)、グラノーラ人気が決定的になると袋からスヌーピーの絵も消え「ブラウンシュガー」「トッピンチョコ」から「毎朝フレーク」とかいう味も素っ気もない名前になり、今やカルビーはコーンフレーク事業から撤退してしまった。CMを見ると5つの味を展開していたようだが、右2つの味のない奴とはちみつ&りんごはどうもスヌーピーの絵がついていないせいか?まったく記憶になくカルビー製のはブラウンシュガーやトッピンチョコ、いちご、またこの動画にはない「チョコパフィ」というチョコ味のポン菓子のような奴など、フルグラ全盛期の今見ると、お子様向けの味つけが多かったように思う。

                フルグラは2000年代初頭にフルーツグラノーラの名前で売り出し、その頃から私もこういう甘い菓子みたいなコーンフレークよりフルーツグラノーラ、ケロッグでは玄米フレークやオールブランなど歯ごたえのあるシリアルを好むようになり、トニーの出てくるようなCMも見かけなくなった。スヌーピーやトニーのコーンフレークで育ったルーズソックス世代が大人になるのとともに、シリアル市場も子供向け一辺倒から変化していったのかもしれない。

                 

                【懐かしいCM】ケロッグ コーンフロスト(1988)|JAPAN commercial

                https://www.youtube.com/watch?v=6B1OD1FRqoI

                われわれルーズソックス世代にはなじみ深いのがケロッグのCMである。日曜の朝のイメージがあるので、ビックリマンだかタルルート君だかアニメの提供だったんじゃないかと思うのだが。

                ケロッグは虎の他に猿もいたけど、やたらアメリカンなウザいノリと絵柄で、スヌーピーと違いあんまり可愛いとは思わなかった。なのでケロッグにかんしてはお子様向けのよりも鶏の奴とか玄米フレークとかの方がなじみ深い。

                 

                【なつかCM】1977年夏(1977/07-08)

                https://www.youtube.com/watch?v=tmSc2N6hTcg

                YouTubeで昔のCM動画を見てみると、全く同じ構図ながらアニメが水島新司なうえに虎の絵柄も非常に大味で私の知っているグーレイトォッ!ていうアメリカンなノリがウザいケロッグとは全く違うイメージだ。それよりこの動画、古いVHSを発掘〜って書いてるのけど、70年代ってまだ全然ビデオ普及してなく、機械はもちろんテープも高いので、家庭用のビデオがあったとして上から新しい番組録画されてたりCMがカットされてたりする(今見るとCMの方が貴重)もんなのに、CMめっちゃ録れててすごいと思った。

                70年代はハニーポンとかシュガーポンていうシリアルが主力だったようだ。いちおう90年代まで生きながらえていたらしいけど全然聞いたことない。

                これはおまけがついているなど完全にお子様向けだったようである。ポンって名前ついてるからポン菓子ぽい?見た感じ牛乳入れるとプカプカ浮く系シリアルと思うのだが。

                 

                【懐かCM】1982年 Kellogg's ケロッグ コーンフレーク 〜Nostalgic CM of Japan〜(YouTube)

                https://www.youtube.com/watch?v=mAi99bbABgI

                おそらく鶏バージョンの奴と思うが、80年代はいっとき白人女性のパッケージになった時期があったらしい。着物のオッサンが「アメリカ式もいいが日本人は朝くらい・・・」と言いながらもコーンフレークをうまいっというCM。

                このオッサンくらいの世代だと朝シリアルを食べる習慣はまずないと思われる。当時は子供でも今ほどなじみがなかったんじゃないかと思うのだが、味のない奴はこうやって大人向けにも宣伝していたのだろう。

                 

                懐かしいCM 永谷園 「ドラえもんシリアル」(YouTube)

                https://www.youtube.com/watch?v=vr4GNe6_uUQ

                現在のシリアル市場はおそらく本家アメリカのケロッグと、日本人好みのカルビーが二強で、あと老舗シスコーンブランドを守り続ける日清シスコが後を追うような感じに見受けられるが、コーンフレーク全盛期のくしゅ時代には永谷園製のコーンフレークが存在し、ドラえもんの絵がついていたためか可愛さ重視の私はスヌーピーの次くらいによく食べたように思う。お菓子メーカーはともかくふりかけという完全異業種の参入であり、フロストとチョコの二つの味がブレンドされていたり、ビスケットが入っていたりなどコーンフレーク界の異端児だった。

                ケロッグやカルビーがキャラクターを前面に出しながらも中身はただの甘いとうもろこしだったわけだが、ドラえもんシリアルはビスケットを入れさらにドラえもんの絵がついているなど芸が細かく、また牛乳で湿ったビスケットの食感がマックフルーリーやクッキークリームのアイスがなかった時代にはずいぶん新鮮に感じられた。そんな私はドラえもんシリアルなき今、オレオを一口サイズに砕いて牛乳をかけシリアルのように食べたりもする。

                まさに応募者全員サービスのこのボールで食べていたので、懐かしさはカルビーの比ではない。永谷園がコーンフレークを発売していたことなど誰もが忘れた頃、ケロッグのシリアルにドラえもんの絵が使われているのを見たときは、お前さんがケロッグに寝返っても永谷園のことは忘れないよと心の中でつぶやいた。

                永谷園といえばいわずとしれたふりかけとかお吸い物の会社であるが、ルーズソックス時代には「トッピー」という、パンにかけるふりかけも作っていて篠原ともえがCM出演していた。90年代の永谷園は、ふりかけとかお吸い物(つまり和食)はダサいぜ。とばかりに、シリアルやパンといったヤングで欧米な朝食にアプローチしていた時期だったのだろう。

                 

                日清シスコ Ciscorn  原由子  1992 「眠れぬ夜の小さなお話」から「友達でいようね」(YouTube)

                https://www.youtube.com/watch?v=ziHINg-SrKc

                お菓子のチョコフレークも1968年以来の歴史があるということなので、シスコ社は国内シリアルの最古参メーカーと思われるのだが、私はシスコーンを食べた記憶がまったくない。90年代初頭のシスコーンは箱に絵がついてないようなので、他メーカーに比べると見劣りしたのだろう。

                そのかわり原由子がシスコーンのCMに出演していたのは覚えている。やたら可愛い声の歌をバックに「おいしいだけじゃないんだよ〜♡」と、やたら可愛い声のナレーション、それが原坊の声なんだと言われればそれまでだが、本人が出演しているので「この声と見た目が合ってないおばちゃんいったい何」と思っていた。

                そして四半世紀をへてYouTubeを介しふたたびこのシスコーンのCMを見たけど、やはり当時と感想は同じで、原坊本人が出演していることに強い違和感をおぼえる。また関連動画で見かけて知ったのだが、この頃日清シスコだけでなく日清製粉からもミッキーマウスの絵のついたコーンフレークが発売されていたらしく、日清という同じような2つの会社からコーンフレーク出しててややこしいなと思った。

                日清製粉にしろ永谷園にしろ、今ではシリアル作ってない大手が参入していたり、スナック菓子のイメージの強いカルビーがスヌーピーのシリーズで勢いずくなど、やはりくしゅくしゅソックス時代はコーンフレークが急成長した時期と考えられる。今ならば手をかけた和食で自分で漬物つけたり箸置きに箸置いて真上から撮ったようなのがていねいでオシャって思われてるけど、くしゅくしゅ時代は浮ついてるので、コーンフレークやカロリーメイトみたいに栄養添加したお菓子みたいなのを食事にするほうがアメリカ人のようで格好良いと思われてそうな気がした。


                ソックタッチ紆余曲折

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                  女子高生「くしゅくしゅ」靴下が流行 スカート丈巡る攻防 生足見せで、足長効果?(8月23日 Yahoo!ニュース)

                  https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170819-00000001-withnews-soci&p=1

                   

                  ギャルが滅亡したので女子高生からパンとか洗剤の話題に移行したものの、ここ最近ネットの記事とかで女子高生の靴下の短さが話題にのぼるようになり、そういうの読むと何で今の服装がくしゅくしゅソックス時代(1989〜94年)の使い回しだと何回も言ってたのにくしゅくしゅソックス人気再燃を予測できなかったのかと、おのれの先見性のなさを嘆かずにはいられない。左翼は「今は戦争前夜に似てる」っていうけど、そんなの戦後つねに言ってるだろうからあてにならぬし、私に言わせれば今は戦争前夜なんかじゃなく第二次くしゅくしゅソックス時代なのである。

                   

                  「オバさんには若者が理解できない」女子高生のときの言葉が"ブーメラン"すぎて痛い(7月26日 HUFFPOST)

                  http://www.huffingtonpost.jp/2017/07/26/jk-socks_n_17584434.html

                  ■靴下事情は「ブーメラン」のように繰り返す…?

                  女子高生の靴下の長さは、短くなったり長くなったり、時代によって流行を繰り返してきたようだ。

                  それを如実に示すのが、靴下がずり落ちるのを防ぐために使う商品「ソックタッチ」だ。ソックタッチは靴下が長い時代には売れ、短くなるとに売れなくなる傾向がある。

                  90年代は女子高生の間で、丈の長いルーズソックスが大流行したことで、ソックタッチも20年ぶりのヒットとなった。当時の新聞記事を引こう。

                   

                      七〇年代にヒットした液体靴下止め「ソックタッチ」が、再び女子高生に売れている。九〇年代になってから年間一万本ほどしか売れなかったのが、昨年秋から火がつき、今年になって百万本売れているという。女子高生の靴下のたけが長くなり、再び必要になったためらしい。

                      「ソックタッチ」は白元(東京)が七二年に発売、ピーク時の七六年には年間一千万本売れた。しかし八〇年代後半以降は生産を中止、九二年まで在庫を年一万本のペースで細々と売っていた。

                      ところが昨年秋から急に人気が復活、昨年だけで二十万本売れた。今年一月から生産を再開し、四月までに百万本を売っているが、生産が追いつかない状態だ。

                      なぜ売れ始めたのか。同社の宣伝担当者は「女子高生の靴下の丈が長くなったため」とみる。「ルーズソックス」という、履いたときに緩くしわが残る長めの靴下が、昨年から流行している。レナウンによると「靴下を止める位置にこだわって、おしゃれをしているようです」という。

                      (液体靴下止め「ソックタッチ」が再び人気(生活予報)|朝日新聞朝刊 1994年4月27日)

                   

                  決められた制服、決められた規則で過ごさなくてはならない多くの女子高生にとって、オシャレの余地はとても狭い。

                  靴下は大切な自己表現のアイテムであり、前の世代と"違うスタイル"を模索し続けるためのひとつの象徴なのかもしれない。

                   

                  私はくしゅくしゅソックス時代に思い入れが強いため、記事そのものよりも引用されている1994年のソックタッチにかんする新聞記事を興味深く読んだ。ソックタッチは白元から発売されていた、靴下がずり落ちてこないように足に塗るロールオンタイプのサラサラした糊のことである。

                  私のおぼろげな記憶によると、ソックタッチが再発されたのは学研から出ていた雑誌「レモン」の企画だった。もしかしたら同時期に同級生と回し読みしていた(自分では買ったことない)ルナティーンやエルティーンのような、エッチ系の雑誌だった可能性もあるが、いづれにせよ私は再発を特集した雑誌記事で初めてソックタッチの存在を知ったのである。

                  記事にもあるように、三つ折りソックスの台頭により80年代後半には生産が中止されており、くしゅくしゅソックス時代は在庫を細々と売っていた。これが年1万本のペースで売れていた(最盛期である1976年の1000分の1)とのことだが、前述のレモンか何かにくしゅくしゅソックスを止めるために当時の女子高生はあまり出回っていないソックタッチを探すのに苦労していると書いてあり、私にはその在庫のスヌーピーの絵が可愛かったため印象に残っている。

                   

                  https://rakuma.rakuten.co.jp/item/f7654577759047205012

                   

                  検索するとフリマに出品されている画像が出てきた。20年以上前のソックタッチと紹介されていたが、まちがいなくこのデザインが再発前くしゅくしゅ時代に出回っていた在庫のはずなので、かれこれ30年物であろう。

                  再発されたソックタッチはピンクを基調とした、ルーズソックス世代にはよく知られたあのデザインで、私はスヌーピーが好きだったため在庫の奴の方が可愛かったのに・・・。と残念がった。しかし1994年といえばくしゅくしゅからルーズへの過渡期、ソックタッチはバカ売れし、記事によると92年まで年1万本だったのが94年の1月に生産を再開し4月までたった4か月間に100万本を売り上げたというのだから、生産が追いつかなかったのも無理はない。

                  前述の雑誌記事は、読者が白元の社長にソックタッチをまた売ってくれるよう直訴しに行くというもので、94年1月に生産が再開されたということは1993年なのだが、ルーズソックス時代にコギャルが消費文化の主役としておどり出るようになる前から、このように女子高生が商品の企画にたずさわったり、また女子高生のクチコミ(ウワサ)によって売れる商品などがよくあったようだ。たとえばクレヨンしんちゃんを見た女子高生が食べたいと言って本当に商品化されたというチョコビや、現在もよくある菓子の中に一つハート型を入れたような奴(見つけたらラッキー)の原型であろうコアラのマーチの「眉毛コアラ」などである。

                  だからソックタッチがルーズソックスによって人気が再燃したというだけでは、くしゅくしゅ人気を受けて白元が「よしソックタッチをまたはやらすぜ」と、再び生産を再開し何か品薄商法でもやってるみたいに読めるが、そうなのではなく、当時くしゅくしゅブームなど知るよしもない大人たちがもうソックタッチなんてオワコンと思っているところに、そんなことないからとにかく売れや!と突然現れたくしゅくしゅJKにそそのかされ、半信半疑で作ってみたら本当に人気大爆発した・・・という経緯が重要なのだ。もちろんその筋書きも含めて白元の女子高生マーケティングだったと深読みできなくもないのだが、事実くしゅくしゅからルーズソックスにかけての女子高生は大人にとっては予測不可能な存在であり、やりたいことは自分たちで勝手に作るといったエネルギーに満ち溢れていたのである。

                  写ルンですなんかも同様で、今写ルンですブームはフィルムメーカーや雑誌が先導して無理くりブーム創出している部分が少なからずあるのだが、オリジナルである90年代のカメラブームは、やはりくしゅくしゅJKが自分たちの日常を写真に収め始めたというところに起源があり、それがルーズソックス時代のプリクラ人気や写メール以降の自撮り文化にもつながっていく。エッグやカワイイといったギャル雑誌もコギャルが出始めてからけっこう後になって作られたのであり、ようはコギャル草創期は大人が仕掛けるより先に、女子高生が流行やウワサを作っていたという点において特異なのである。

                   

                  靴下を45年間とめ続ける「ソックタッチ」その波瀾万丈な歴史とは? 廃番乗り越えルーズで復活…いまは(7月31日 Yahoo!ニュース)

                  https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170728-00000002-withnews-bus_all

                  一昔前は「紺ソ」、そのまた前はルーズソックス。靴下がずり落ちないように、多くの女子中高生たちが使っていた「ソックタッチ」。なんとこの商品、45年前からあるんです。プチソックスと呼ばれる短い靴下が流行しているいまは、知らない人も多いかもしれません。ソックタッチをつくるメーカー「白元アース」(東京)の担当者に歴史を聞きました。第3次ソックタッチブームも、近いかも?(朝日新聞記者・船崎桜)

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                  ミニスカートが日本に上陸した70年代、若い女性たちが好んではいたのはハイソックスでした。当時は、ポロシャツにミニスカートにハイソックスという「ハマトラ(横浜トラディショナルの略)ファッション」が大ブーム。

                  長い靴下が落ちてこないようにきっちりとめられるソックタッチはすぐに人気商品になり、年間1千万本も売れたこともあったそうです。
                  一時は廃番、でもブームは再びやってきた

                  80年代になると、ふくらはぎ丈の靴下を何回か折りたたんではく「三つ折りソックス」が流行り始め、第1次ブームは終わりを迎えます。ソックタッチは、廃番にまで追い込まれました。

                  しかしその約10年後の1994年、ルーズソックスの大流行にあわせて、復活。第2次ブームがやってきます。
                  竹内さんは「ルーズソックスをはく子の親が第一ブーム世代で、ソックタッチの存在を思い出してくれて、会社に問い合わせがたくさんあったようです」

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                  2017年の今、街中を歩く女子中高生の足元は、足首ほどの短い紺や黒の靴下が多くなっています。それを伸ばさずに「くしゅくしゅ」させてはくのがおしゃれ、という人もいるようです。

                  そうなると、なかなかソックタッチの出番はなさそうですね・・・。昨年春には、3色のパッケージのうち黄色がなくなり、2色になりました。

                  竹内さんに聞くと「残念ながら、たしかにブームのころと比べると売り上げ個数もケタが違います」

                  「でも、ファッショントレンドは移り変わります。粘り強く販売を続けていれば、第3次ブームがきてもおかしくないと思っています」

                  余裕の笑顔です。

                  ・・・

                   

                  90年代は女子高生自身が茶髪やルーズソックス、細眉、汚い言葉遣いなど独自の文化を完成させてしまったのだが、ハイソックス時代にはまたマスゴミ主導になっていたように思う。そもそもハイソックスは、まだルーズソックスが主流の2000年頃から、マスゴミが「ルーズソックスはもう古くて次世代はハイソックス」とけっこう煽っていたのだ。

                  くしゅくしゅソックスからルーズソックス時代にかけては、大人がどんだけ仕掛けたところで女子高生がそれに乗っかってくることはほとんどなかったために、ルーズソックスもいづれは廃れるときがくるだろうがまだまだ先のことだろうとたかをくくっていたら、思いのほか早くハイソックス時代が到来した。しかしそれでも、ミニスカートと長い丈の靴下(もしくはロングブーツ)、ジャストサイズか小さめの服、重ための黒髪より毛先を軽くした茶髪、眉や唇の色を押さえ目元を強調した化粧というバランスは10年以上変わることがなかったのである。

                  それが変化したのは2010年代初頭だろう。今では靴下は短くなるし、ブーツもロング丈よりはショート丈、服はオーバーサイズに、目元より太眉や口紅の目立つ化粧が主流となった。

                  今小さめの服を着ていたり、露出している人は若い人より30代が多いというのをどっかで読んだのだが、それは一理あるかもしれない。ルーズソックス時代にもソバージュやウエスト絞ったおばちゃんが馬鹿にされていたが、それと同じでいやブカブカの服とか赤い口紅なんて絶対バブリーでおかしいだろと若い時の感覚のまま全くやらないでいると取り残されてしまうので、ルーズソックス世代には難しい時代なのだ。

                  さっきも言ったけど、今の服装はくしゅくしゅソックス時代の使い回しである。時代が20年代周期で回ってくることを考えると、2010年代からその兆候が出てきたのは何らおかしいことではなく、くしゅくしゅソックス時代にもやはり70年代ブームがあったのである。

                  しかし、なぜくしゅくしゅが回帰するまでミニスカートと長い丈の靴下(もしくはロングブーツ)、ジャストサイズか小さめの服、重ための黒髪より毛先を軽くした茶髪、眉や唇の色を押さえ目元を強調した化粧というルーズソックス時代に確立された「イケてる女の子」のバランスは長らく変わらなかったのか。今思うと80年代のファッションが奇抜すぎて、20年をへてもアラレちゃんメガネ以外にあまり現代人に取り入れられるような物がなかったことが、2000年代にファッションが大きく変化しなかった一因のように思う。

                  では今後、若い娘さんの服装や靴下はどうなって逝くのかだが、20年周期理論にもとずいてくしゅくしゅソックスがルーズソックスに巨大化するかというと、私はその線は低く、むしろもうソックス履いてないくらいが可愛くて最終的に肌色のストッキング履き出す(靴はローファーではなくスニーカー)と考えている。ストッキングはルーズソックス時代にはタブー視されるほど忌み嫌われたものだが、5年くらい前に一瞬だけ絵のついたストッキングが脚光を浴びたことがあり、おしゃれのためにストッキングを履く前例は一応あった。

                  そしてだんだん細く見えるほうがいいということで、色は濃く、光沢のあるものかシアータイツが好まれるようになる。そのためソックタッチは残念ながらまたしばらく細々と在庫を売り続ける冬の時代を迎えることだろう。


                  消費者今昔

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                    評価:
                    船瀬俊介
                    イースト・プレス
                    ¥ 1,620
                    (2016-04-17)

                    先日ちふれ化粧品が炎上したときに、そういえばそもそもちふれが安さを売りにしてたのって、大企業の製品(化粧品でいったらおもに資生堂)は広告費をかけまくっているから不当に値段が上乗せされているのであって、本当はもっと安く品質のいいものを作れるのだという、消費者運動のノリではなかったかと回想した。ちふれだけではなく80年代あたりに出てきたプライベートブランドもそんな感じで、西友のプライベートブランド「無印良品」(1980年)も初期の売り文句は「わけあって、安い」だった。

                    20年以上前ワラ半紙でできたような無印の茶色い文房具がけっこう人気あったのだけど、それもノートは文字かけりゃ十分でコクヨなどのメーカー品みたいに真っ白い必要はないっていう発想だったんだと思う。広告費や見た目などブランドイメージにコストをかけるメーカー品に対する「無印」だったということなのだろう。

                    しかしコスト削減のためであったとおぼしきワラ半紙や装飾を廃したシンプルさがゴチャゴチャしてなくてオシャと解釈された結果、ちふれ化粧品や暮らしの手帖がそうであったように、無印ももともとあった消費者運動的コンセプトがどっか逝き、いち雑貨屋としてスイーツ化した。また2000年代以降はダイソーやユニクロなど中国産あたりの安物がクオリティを上げてきたり、プライベートブランドがはんらんするようになり、今や安くて良い品を求める消費者に意識高い系のイメージはまったく持たれなくなっている。

                    むしろ安物は海外で労働力を買いたたいたりなど安いなりの事情があるのであって、エシカル消費やフェアトレードなど、本当に品質が高く社会的に良いものはそれなりの値段なのだというのが、意識高い系のイメージになっているのではないだろうか。しかし90年代くらいまでは、安くて良いものを求めるのが賢い消費者で意識高いってノリが確かにあった。

                     

                    https://www.amazon.co.jp/dp/4380800059/

                     

                    http://www.watai.jp/mokuroku/sonota/shakai.htm

                     

                    https://www.amazon.co.jp/dp/B000J9QX62/

                     

                    三一新書で原価本を著している平沢正夫と大門一樹は、「化粧品の秘密」という共著もある。また平沢氏が予防接種やフッ素、マイルーラなどを告発していた高橋晄正と「薬・この危険な副作用―あなたは知らない」を出していたり(これは三一新書ではなくワニの本)、また大門氏の「原価の秘密」に「現金正価800円薬の原価12円50銭」と、高橋氏が批判していたアリナミンが表紙に載っているなど、原価系の著者がある部分で製薬や化粧品会社を相手にしていることがうかがえる。

                    化粧品といえば日本消費者連盟の「あぶない化粧品」もあるし、高橋氏と日本消費者連盟は80年代ともにマイルーラを告発しており、化粧品、マイルーラといえば合成洗剤批判および石けん運動ともつながってくる話だ。そんな本ばっかり出していた三一新書も最近おとさたないが、少なくとも90年代まではあぶない化粧品系の本がド田舎の小さな書店でも普通に見かけたくらいポピュラーで、原価の話をする人も炭酸は骨が溶けるっていう人と同じくらい存在した。

                    マルチやってる人もけっこう原価の話をしていて、今にしてみるとマルチの化粧品って上の方の人に吸い上げられるぶん大手企業以上にぼったくってるがな。と思うのであるが、本人的には広告してないからそれだけ良いものなのだっていう理屈だったのかもしれない。また石けん運動が言っていた合成洗剤が口や皮膚から血液に入り、肝臓、脾臓、腎臓などに障害を起こすってのもいつしか経皮毒と呼ばれるようになり、これまたマルチが大手企業を批判するときの根拠になるなど、無印やちふれがスイーツ化したいっぽうで、先鋭化した消費者運動のノリがもはや悪徳商法やオカルトのイメージと重なっているのは皮肉なことである。

                     

                    ニュースキンのセミナーに行ってきた。(2009年4月25日 闘病日記)

                    http://d.hatena.ne.jp/a_kaede2/

                    ニュースキンの企業理念や、ビジネスモデルなどはいたるところでコンテンツにあがっているのでそちらを参照されたし。

                    ディストリビューターのリーダー格のお宅で開かれたセミナーに参加してみた。

                    入ると広いリビングには15人くらいの30歳〜75歳くらいまでの女性陣が思い思いに過ごしていた。ホームエステをしたり、

                    雑談したり様々。

                    私が着くと、10人くらいがテーブルを囲んでニュースキンの入門編的なセミナーが開始された。

                    いろんなコンテンツで書かれている実験を織り交ぜた「アレ」である。

                    ・製品に対する原材料費の割合について

                    他社製品とニュースキン製品を比べると販売価格に対する原材料費の割合が全く違うという説明。

                    資生堂のTSUBAKIを例にだして販売価格の大部分が広告宣伝費である(TSUBAKIに関しては初期宣伝費50億をかけ、100億を売り上げる目標)、『不良化粧品一覧―資生堂よ、反論せよ 平沢 正夫 (著) 』を手にし、18000円の美容クリームが

                    材料費60円にも満たないことを説明。

                    その点、ニュースキンの「リジューベネイティングクリーム(7707円)」を大手メーカーのルートに乗せて販売するとその販売額は20万円近くになるという説明。

                    製品の原材料に対するこだわりと品質のよさをPRする内容。

                    −疑問1 平沢氏の本の信憑性を確認する。

                    −疑問2 材料費だけでなく人件費はフォーカスしないでよいのか?

                    ・・・

                     

                    検索して見つけたマルチの原価トーク、2009年時点でも相当古い三一新書を引き合いに出してマルチのクリームが大手メーカーのルートに乗せると20万円とかおもしろすぎる。日本消費者連盟からアムウェイ批判する本も出てるというのに、もともと左翼だったはずの三一新書や石けん運動がすたれてからというもの、原価にしろ経皮毒にしろ逆にマルチの大手企業批判、もしくは美健ガイドの「ニッポンだーいすき」的世界観にその姿を残すのみとなっている。

                    美健ガイド社子ども法廷シリーズ4「出口のない毒 経皮毒 - 石けん・合成洗剤編」より


                    合成洗剤史

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                      1932年P&Gから世界初の家庭用合成洗剤「ドレフト」が発売されて19年後の1951年、日本の合成洗剤が登場した。石けんvs合成洗剤の闘いは、1956年にライオン油脂から発売された台所用洗剤「ライポンF」にまでさかのぼる。

                      ライポンFが発売された1956年は「もはや戦後ではない」といわれ、高度経済成長期が始まったばかりくらいの時期である。当時アメリカ小麦戦略まっただ中、日本じゅうをアメリカ資本の入ったキッチンカーが砂ぼこりをあげながら爆走し、栄養士さんたちが日本人にもっとバランスよくおかずを食べよと、それまで辛い漬物だけでどっさりめしを食べていたノーおかずの日本人に動物性のたんぱく質や脂肪など栄養ゆたかな料理を伝導した。

                      そんな食生活の急激な欧米化から生野菜の寄生虫や農薬、油汚れへの対応が急務となり、業界新聞で行われた厚生省や洗剤メーカーの座談会をきっかけに、わずか3カ月のあいだに日本食品衛生協会の推奨第1号品として食器・野菜洗い洗剤ライポンFは世に出た。そんなある日、東京都衛生研究所臨床試験部長・柳沢文正(1912〜1985)は、胃腸の調子の悪いとのことでキャベツのしぼり汁(キャベジン)を飲むように言った女性が、その後胃腸の調子はよくなったけど肌が荒れ疲れやすくなったことを不思議に思った。

                      聞くとキャベツをひと晩ライポンFの溶液に漬け込んでいたというので柳沢先生がライポンFとは何ぞや、と買ってきて調べてみた結果、アルキルなんとかかんとか(ABS)がすごい体に悪いことが判明した。ちなみに柳沢先生は合成洗剤告発の他にガン患者の血液が酸性なのでアルカリ性食品の酢が体にいいっていう健康法の本を出す一面もあったようだ。

                      そして翌1962年には誤飲事故が起こった。YouTubeのCM動画で見たバージョンは液体だったけど、これは1959年に発売されたものでそれまで粉末のみだったようである。

                      この粉末状のライポンFを粉ミルクの缶に詰め替えていたため奥さんがミルクと間違えてライポンFを作ってしまった。それを赤ちゃんが間違えて飲むと思いきや、嫌がって飲まなかったのでおかしいと口をつけた父親が死亡した。

                      この誤飲事件は遺族が国とメーカーを訴えたけど、けっきょく1967年に合成洗剤が原因と認められないとの判決が出た。しかしそのかんに、合成洗剤排除運動がかなり過激化したらしい。

                      そうした運動の影響もあるのかどうか、70年代にはABS=ハード型洗剤はLAS=ソフト型洗剤にとってかわられるようになった。しかし今度は洗濯洗剤に含まれるリンと水質汚染(富栄養化、赤潮)の関係が疑われ、80年代からは洗濯洗剤の無リン化が進んだ。

                      ・・・というのが前回までのあらすじである。その後どうなったかというと、昔は公共広告機構あたりで水質汚染のCMとかよくやってたがここ20年ほどは環境といえば温暖化だし、石けん運動を盛り上げていた日本消費者連盟も香害とか共謀罪とか言っててネタギレ感が否めない。

                      だがそのいっぽう、石けん自体は安くて良いものだと自然派以外にもファンが多かったり、経皮毒、化学物質過敏症、胎盤からシャンプーの香りなど、真偽は不確かながら合成洗剤追放運動をベースにしたと思われる説がごく一部で既成事実化するなど、その影響が完全に失われたわけではないようだ。ただこの場合一部の助産院や美容院、ロハス野郎、マルチ商法などのあいだでクチコミ的に広がっているようで、その都市伝説感において三一新書あたりが表紙に洗剤の写真載せまくっていた60〜70年代の消費者運動に比べるとそのノリはやや異なる。

                      例として戦後は化学物質などで環境や人体が汚染されまくっているけど欧米化する前の日本はよかった、と、科学を否定し日本の精神性(お米、風呂敷、打ち水、モッタイナイ等)を礼賛するノリになっていくのはロハスにもありがちな奴である。今や三一新書の継承者はアべ政治許さない精神を炸裂させてる日本消費者連盟でも週刊金曜日でもなく、むしろ「ニッポンだ〜いすき!」な美健ガイド社なんだろう。

                       

                      環境汚染 合成洗剤(YouTube)

                      https://www.youtube.com/watch?v=9xOm1zQ4tjk

                      「私たちが、日常なにげなく使っている合成洗剤。その洗剤が自然を破壊し、人体にも被害を与えて、大きな社会問題にまで発展しています」

                      今にもふしぶしの皮が破れて出血しそうなすごい手荒れの写真にギャアアーとなった。しかし私、とある歴史あるオリーブ石けんが体に合わなかったので手洗いに使ってたとき、これに近い状態にまで荒れたことがある。

                      その前にもオリーブオイルで荒れたことがあるので、石けんというよりオリーブオイルが合ってないのかもしれない。なのでこんな怖い写真見ても、自然だから石けんだからお肌に優しいとは限らないョ。と思ってしまう。

                      瀬戸内海の赤潮!って、なぜかこのくだりだけ画面全体が赤くなって赤潮なのかどうかよくわからぬ。

                      「つぎの実験を見てみましょう。石けん50ppmが入っている水槽の中で、アユとフナは元気に泳いでいます。いっぽうの水槽ではLASを石けんの10分の1、5ppmのうすい濃度にしてアユとフナをはなしました。およそ1時間後、まずアユが呼吸不能になりました」

                      合成洗剤の水槽に入れられたお魚さんたちのあまりにも苦しく恨めしそうな断末魔の表情にガクブル。この2つの水槽にそれぞれ合成洗剤と石けんを入れてお魚さんたちを放つ実験はひろく石けんの優位性の根拠となっているらしい。

                      「本来、川や湖の中のリンや窒素などはバクテリアやプランクトンを増やし、それを魚が食べて育つ、いわゆる自然の浄化作用によって水を美しくたもっているのです。ところが最近住宅や工場が密集してきたため、合成洗剤のリンなどを含む栄養がある排水が増え、自然の浄化作用では浄化しきれない、いわゆる富栄養化となり、赤潮やアオコが発生し社会問題に発展したのです」

                      「そのためメーカー側ではいち早くリンを使わない無リンの合成洗剤を開発し、無リンは無公害であるかのようにテレビなどで大々的に宣伝しています」

                      60年代はライポンFなど食器洗剤のABSの人体に与える影響が柳沢先生から告発されたが、やがて使用されなくなり、今度は洗濯洗剤のリンが水質汚染の原因としてやり玉に上がるようになった。今でも細々と存在する合成洗剤を追放して石けんを使おうってな運動は、洗濯洗剤が無リンになる前の70年代にその起源が求められる。

                       

                      合成洗剤が引き起こす人体への悪影響 マウスの実験(YouTube)

                      https://www.youtube.com/watch?v=2-h5leeb_3g

                      「合成洗剤は口や皮膚から血液に入り、肝臓、脾臓、腎臓などに障害を起こします。このところ増えてきたアトピー性皮膚炎は遺伝的に出やすい体質とされていますが、合成洗剤による母親の肝臓の障害が原因ともいわれています」

                      合成洗剤が口や皮膚からしみこんで内臓に悪さするっていうのは、現代の経皮毒とか胎盤からシャンプーの香り説に受け継がれていると思われる。アトピーの原因も公式には分かってないと思うのだが、戦後に患者が増えたことから一部では合成洗剤や添加物との関係がほのめかされている。

                      「なかでもシャンプーは、ASがもっとも多く含まれています。皮膚に浸透する力が強いASを頭にすりこむのはどうでしょう」

                      どうでしょうと言われてもどうかわからんけども、ともかくこのシャンプーに恋コロンって書いてるのが気になった。あとこの前のシーンで閲覧注意な肌荒れ画像をバックに、おむつにしみこんだ合成洗剤がおむつかぶれを起こすので石けんにきり変え・・・みたいなくだりがあったので、この動画まだ布おむつの時代なんだな。

                      「一部の避妊薬には合成洗剤と同じ成分のものが使われています」

                      私はティセラ世代なので前述の恋コロンシャンプーは全く知らないのだけども、マイルーラはよく雑誌広告で見かけたので懐かしい。当時私が読んでいた雑誌、ぴょんぴょんとかレモンに避妊薬の広告が載っていたと思えないので、やっぱり回し読みだったエルティーンとかルナティーンみたいなエッチ系の雑誌だったんだろうか。

                      マイルーラはやっぱり三一新書あたりで二重盲検法の必要性やフッ素危険説を訴えていた高橋晄正が批判しており、2001年に製造中止になった。タンポンしかり、こういう女性器に何か入れる系って昔は結構ポピュラーだったと思う。

                      マイルーラと障害、流産の関連について私は分からないけども、三一新書あたりが告発していた高度経済成長期をピークとする公害や薬害は全体的に赤ちゃんの被害が目立つ。森永ヒ素ミルクが一番有名で、そのほかにも胎児性水俣病、サリドマイド児とかカネミ油症の黒い赤ちゃんとか、あとライポンFの誤飲ももとは粉ミルクの缶に洗剤を詰め替えていたのが原因だし、公害じゃないけど病院出産がポピュラーになり始めて取り違えが起こったりとか、日本が豊かさを享受するかげで多くの赤ちゃんも急激な変化のなか犠牲になった。

                      そんな時代があったからこそ、製薬、洗剤、化粧品メーカーはおのれの金もうけのためなら人体や青いお空を汚してもええんかいっていう、三一新書的市民運動も存在意義があったのだ。しかし今や、大企業を批判する奴は左翼ということにくわえて、何か怪しい陰謀論にとりつかれてるオカルト野郎やマルチ野郎くらいにしか思われていない。

                       

                      15年ぐらい前に避妊でマイル−ラを使っていましたが最近、売っていない様な気がします。もう売っていないのですかね?(Yahoo!知恵袋)

                      https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1118476991

                      ベストアンサーに選ばれた回答

                      backyard117さん

                      2008/8/1712:38:56

                      1983年5月の発売、2001年3月製造中止。になっています。

                      その経緯については

                      マイルーラは主成分をノノキシノール(ポリオキシエチレンノニルフェニルエーテル(非イオン系界面活性剤のひとつでいわゆる合成洗剤)とする膣用避妊薬で女性が性交渉前に膣に挿入し、侵入した精子を溶かして殺す殺精子剤です。女性週刊誌で大量宣伝し、手軽に入手できることから、女子高校生や中学生にも使用が及びました。1983年、日本消費者連盟と「薬を監視する国民運動の会」の高橋晄正さんがマイルーラの毒性を調査、告発し、朝日新聞に掲載され社会問題化しました。
                      ・・・
                      これらの問題はきれいな水といのちを守る合成洗剤追放全国連絡会や、厚生省交渉実行委員会などの運動に広がり、マイルーラの毒性を考える会が結成されるなど大きな社会運動に発展しました。しかし期待に反し、会社は強気で販売を中止しませんでした。
                      そんな中、1986年にアメリカでの殺精子剤裁判(ノノキシノールと同系列の非イオン界面活性剤であるオクトキシノールを使用し、口蓋裂、右手の異常、左手の欠如、左鎖骨形成不全、等を伴った女児が誕生し、製造販売をしたオルソ社を告訴。)で、地方裁判所も連邦裁判所も因果関係を認め賠償命令を出しました。
                      新たな問題として浮上してきたのが環境ホルモン作用です。主成分のノノキシノールは体内で代謝されノニルフェノールになります。これは化学工業製品や農薬に含まれる環境ホルモンとして知られていますが、体内で内分泌かく乱作用を示すなど大問題となりました。運動団体の指摘で当時の厚生省もようやく重い腰を上げ、大鵬薬品にマイルーラの主成分のノノキシノールの代謝実験を命じました。
                      市民運動や内部の労働組合の運動、殺精子剤裁判の判決、環境ホルモン問題などを通じ、最高の売上げがあった販売初期に比べ約3分の1に売上が落ちこみ、ついに大鵬薬品は2001年3月に坂売中止を表明しました。

                       

                      ところで先日ブログで紹介した日本消費者連盟の香害110番の続報、200件以上相談が集まりやはり行政やメーカーへ働きかけがなされるらしい。また合成洗剤を入れた水槽お魚さん死ぬって言ってたシャボン玉石けん社も同様のアンケートを実施していたとのニュースもついでに見つけたので、人工的を毒と見る石けん運動が柔軟剤ブームの今「香害」という概念に活路を見出していると思った。

                       

                      人工的な香料が原因で体調不良に 「香害」に切実な声(8月15日 ライブドアニュース)

                      http://news.livedoor.com/article/detail/13474417/

                      香り付きの柔軟剤が人気を博している。しかし、柔軟剤制汗剤などに含まれる人工的な香料が原因となり、体調不良になる人たちも増えているようだ。日本消費者連盟が7月26日と8月1日の2日間、香りに関する悩みを聞く電話相談「香害110番」を実施したところ、全国から213件の相談が寄せられた。9割以上が女性からの相談だった。
                      ・・・

                      人工的な香料が原因で体調不良を引き起こすことを「香害」と呼ぶ。誤解されがちな点だが、香害に体臭は含まれない。

                      ・・・

                      香害に悩む人たちにあらわれる症状は様々だが、頭痛、吐き気などの症状が持続するため、それまでの生活が困難になることもある。中には、化学物質過敏症と診断される人もいる。寄せられた相談には「これは公害問題だと知らせて欲しい」という訴えもあった。

                      日本消費者連盟は今後、行政、メーカーへの働きかけを行なっていくという。

                       

                      「香害」で吐き気や頭痛を経験したことがある人の割合は?(8月17日 exciteニュース)

                      http://www.excite.co.jp/News/column_g/20170817/Cobs_1660730.html

                      シャボン玉石けんはこのほど、「香りに関する意識調査」の結果を明らかにした。同調査は7月15日〜20日、20代〜60代の男女598人を対象にインターネットで実施したもの。

                      同社によると近年、「洗濯用洗浄剤の匂い」に対する相談が国民生活センターに多く寄せられているという。「香りで吐き気がする」「柔軟剤のニオイで気分が悪くなる」といった相談内容だが、このように人工的な香りによる健康被害(めまい・頭痛・吐き気といった体調不良など)が「香害」と呼ばれていることを知っているか尋ねたところ、61%が「知らない」と回答した。

                      他人のニオイ(香水や柔軟剤、シャンプーなど)を不快に感じたことはあるか聞くと、79%が「ある」と答えた。

                      これまでに人工的な香りをかいで、頭痛・めまい・吐き気などの体調不良を起こしたことがあるか尋ねると、51%が「ある」と回答した。

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