スピリチャルな男たち

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    評価:
    秋山 佳胤,森 美智代,山田 鷹夫
    マキノ出版
    ¥ 1,404
    (2014-07-15)

    本買うついでにほっこりした本も見てきた。まづはナカムラミツルの胎内記憶。

     

    https://www.amazon.co.jp/dp/4861130786/

     

    https://www.amazon.co.jp/dp/4861130794

     

    これアマゾンでチェックしたときには気づかなかったけど、サンクチュアリ出版から出ている本だった。よく考えるとナカムラミツルのポエムとか胎内記憶ってサンクチュアリっぽい。

    帯か何かには池川先生の推薦文もあった。ナカムラミツル、(大人向けの)絵本、胎内記憶、サンクチュアリ出版と、私の苦手な要素がこれでもかと凝縮された作品群である。

    私はキラキラネームとかどうでも良いタイプにもかかわらず、今日って字に「まいにち」ってルビふってたり、母思(ぼし)手帳とかいうそこかしこに出てくるナカムラ氏特有の当て字はめっちゃ気になってしょうがなく、ナカムラミツルのポエムまじ向いてないと痛感した。しかしそれぞれ2006年、2007年とメディアでゴリ押しされるよりもかなり前に出ていることから胎内記憶史においてはけっこう重要な資料なのではないだろうか。

     

    https://www.amazon.co.jp/dp/4906817521

     

    あと冷え取りコーナーにあったこの本、GHQとか天皇とか縄文とか胎内記憶とか私が怪しんでる思想が満載だった。もし買ったら感想文書くね。

    ちゅーか最近不食自慢する人多くないか?サンプラザ中野くんがそうなのは知ってたけど、鶴ちゃんや榎木孝明も不食自慢しているよ。(片岡鶴太郎と榎木孝明の共通点→何かポエムとか絵ー書いてる)

    オレオ一日3袋食べてもガリガリならうらやましいけど、食べなくても生きれるとか別にうらやましくないし何のためにそんなことするのか分からんしそもそも隠れて何か食っとるだろと思った。あとたけーなと思っていた冷え取りの手帳の実物が百科事典レベルでデカすぎてびっくりしたけど検索しても出てこない。

     

    片岡鶴太郎の生活がまるで「仙人」だと話題 「逆に体に悪い説」も(2016年11月11日 しらべぇ)

    https://sirabee.com/2016/11/11/20161026687/


    クッキー戦国時代

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      「リッツ」と「ルヴァン」の攻防戦、本当の軍配(2月4日 東洋経済オンライン)

      http://toyokeizai.net/articles/-/156649

      ・・・

      全国のスーパーにおける1店舗当たりの売り上げ点数を見ると、2016年12月はルヴァンが約110点、リッツが約60点。ルヴァンがリッツに2倍近い差をつけて圧倒している。事前の予測はさまざまだったものの、ルヴァンが強いことがわかる。これはもともとの流通の強さに加えて、消費者嗜好への訴求力の強さもあったのだろう。

      内容量をはじめとして商品が同一ではないため厳密な比較ではないものの、商品単価も比べてみた。2016年12月の平均はルヴァンが約181円、リッツが約187円。ルヴァンのほうが、やや安価に設定している。

      ・・・

       

      ヤマザキとナビスコがいつ頃からか分離しており、YBC社はルヴァンパーティーを開催し各スーパーで大々的なキャンペーンを張っていた。上のニュースはヤマザキがやっぱり日本人に合う。って読めるけど、そもそもYBCの大キャンペーンの陰でナビスコ製をあんまり見かけなくなってしまったってのが実際のとこであろう。

      しかしYBCはリッツの後継商品であるルヴァンは出してるけどオレオは出していない。私はリッツパーティーにも呼ばれない雑魚なので完全にオレオ派なのであるが、先ほども言ったように最近ナビスコ自体見かけなくなったので、オレオ置いていない店が結構多い。

      そこで最近食べているのがクリームオーという、どこか物悲しいパチモンだ。だいたい100円でオレオより50〜100円くらい安く、量もちょっと少ない。

      同時に食べたわけじゃないので味は比べたことないけど、少なくとも袋が妙に空けにくく、またクッキーをパクっと2つに綺麗に分けるのは至難の業で、それだけでもパチモンクオリティって感じである。だけどオレオは一袋が一度に食べるにはちょっと多いしカロリーも高いので、クリームオーに慣れるにつれ本物のオレオを見かけてもたけーなと思うだけで全然欲しくなくなった。

      それにしてもこれだけルヴァンか、いやリッツかと人々の注目を集めているのは、リッツパーティを楽しむ習慣ない私からすると驚きである。あたいもルヴァンパリピのように魚卵やチーズ載せて立食してみたいものだ。

      さてオレオに関してはクリームオーでしのぎつつYBCの動きを待つよりほかないが、こんな私もすでにYBC処女ではない。上画像のスリムなる薄焼きクッキーに夢中なのだ。

      薄焼きクッキーのサクっと間に挟まっているやや甘さ控えめなクリームの柔らか食感のハーモニーが素晴らしいし、オレオ達と違い3枚ずつの小分けになっているので湿気や劣化を気にせずひと箱18枚を何ヶ月もかけて食べることができるのも気が利いている。これはYBCだけどあんまり見かけない菓子で、ごくまれにナビスコ製のスリムも並んで置いていたりするけどそっちは食べたことない。

      ナビスコではないけど、あの洗濯はさみを挟むのに難儀するココナッツサブレーも小分けになったうえ、いろんなフレーバーが出ていて美味しそうだ。ようやく日清シスコ社にも「何ヶ月もかけて食べたい」というニーズが届いたか。

      オレオもYBC社から発売されるあかつきには、小分けにして何ヶ月もかけて楽しめるようにしてほしい。いろいろなクッキーが世の中にはあって目移りしてしまうけども、今私のお気に入りはミスターイトウのラングドシャだ。

      とかくラングドシャクッキーといえば2枚重ねになっており間にクリームやチョコレートをサンドした甘い物ばかりなのだが、これは純粋にラングドシャのホロっとした食感を楽しめる貴重な存在だし、もちろん小分けなので途中で飽きても湿気や劣化を気にせずに何ヶ月かは保管できる。私は小分け原理主義者なのにくわえてラングドシャクッキーとダイジェスティブクッキーはチョコと別々に食べるべきというのがゆずれぬ持論だ。

      甘いのが好きだった昔はアホイみたいなチョコクッキーもよく食べたものだ。これもともと全然主力商品じゃなかったけど今YBCやナビスコの間でいったいどんな運命をたどっているであろうか。


      動くくしゅくしゅ

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        評価:
        谷口宗一
        EMIミュージック・ジャパン
        ¥ 980
        (1994-03-14)

        ルーズソックス 1994(YouTube)

        https://www.youtube.com/watch?v=uf-cDYw52oQ

        くしゅくしゅ時代末期の靴下映像をYouTubeで発見。服装からおそらく1994年の夏か秋で、くしゅくしゅとルーズの比率からも先日紹介したアクロス「ヘタウマ世代」と同時期と思われる。

        左がくしゅくしゅで右がルーズと混在している。先日言及した1995年2月の「学校では教えてくれないこと」動画では女子高生の靴下が完全にルーズだったのに、同じ1994年度でありながらもこの時点ではたるませる場所もおかしくまだルーズスタイルが完成されていない。

        なおこの番組はフジテレビ系「目覚ましテレビ」で、それまでウゴウゴルーガやポンキッキなどサブカル的な子供番組を放送していたフジ系の朝が1994年4月からワイドショーとなり、始まって早々にこんな特集を組んでいるというのがもはやルーズソックス化である。今思い出したけどくしゅくしゅ時代のポンキッキは山田のぼるっていう劇団員ぽい人がすごい苦手だった。

        バーバリーはのちに安室奈美恵が結婚会見ではいていたミニスカートも人気爆発していたが、くしゅくしゅ時代末期ですでにマフラーや傘など小物で取り入れられている。しかしこの程度のくしゅくしゅ(上画像)がルーズソックスとして紹介されているのが今考えるとすごくねぇか。

        ルーズ人気が高まるにつれ需要の高まったソックタッチは、私の記憶によれば雑誌「レモン」の企画で復活した。キティちゃんと思われるポーチやシャネルの口紅もチラリと映っている。

        カバンの中からのぞくルイビトンの財布。この頃は今みたいにプチプラという物はないも同然であり(ユニクロや鈴丹はあったがすごい微妙だった)ブランドやメーカーが物を言ったし、援助交際が脚光を浴びたのも通信手段の変化だけではなくこういう高価な品を買うためもあったと思われる。

        ルーズソックスも登場ずみだが、「ヘタウマ世代」によれば1994年当時まだ上野の丸井や横浜そごうなど限られたとこでしか売ってなかったようだ。こうした動画や本を総合する限り、東京では1994年度の秋冬にくしゅくしゅからルーズソックスへ一気に転換したと思われる。

        普通のハイソックスと比べてルーズソックスの方が細く見える。という実験のシーン。確かにハイソックスは紺とか黒でないと太く見えるし、ルーズソックスだとそれ自体の太さで相対的にふくらはぎが細く見えた。

        カバンのひものを片側だけ肩にかけるのは「ヘタウマ世代」でも言及されていた。靴下だけでなく、カバンの持ち方や襟の開け方、セーターの大きさなど全体的にルーズなシルエットとなるよう着崩している。

         

        ルーズソックス 1996(YouTube)

        https://www.youtube.com/watch?v=gUiGLAXNamo

        こちらはルーズソックスが普及しコギャルとしてのイメージが確立された1996年の目覚ましテレビのようだ。ルーズソックスエリア拡大図の色よく分からないのだけど、91年4月に関東、91年9月に東北、93年9月に北海道と中部と中国と九州、94年9月に関西と四国って感じか?

        でもこれは何を元にしているのか分からぬし当てにならん。だいいち同じ目覚ましテレビで1994年の東京でくしゅくしゅがまだ全然現役なのが映っているしEGスミスが貴重品だったってんだから、それ以前のルーズソックスなどただのくしゅくしゅソックスに決まっとる。

        くしゅくしゅソックスだけど、90〜91年にここまで長くなかったんじゃ?と思っていると・・・

        92〜93年にこんなクソ長いルーズソックスがあったと主張し出しびっくりぽん。まだくしゅくしゅ時代が終わって2年しか経ってない1996年時点でこの歴史認識とは、人の記憶というものはこんなにも当てにならないものなのか。

        しかし1996年(現在)っていうのだけはまだ信用していいだろう。ゴム抜きというのか、リブがなくソフトクリームみたいにとろけたシルエットになっている。

         

        90年代「コギャル」のシンボル、覚えてる?ルーズソックスの歴史|C CHANNELライフスタイル(YouTube)

        https://www.youtube.com/watch?v=DebTKNXm2v0

        もっとすごいのがこの動画だ。92年に50cmとか1996年の目覚ましの歴史認識よりもさらに10cm長いうえ、1994年の70cmにいたっては1996年のルーズソックスより10cm以上長く、96年は100cmだったと言うではないか。

        目覚ましテレビ動画や「ヘタウマ世代」の画像などで1994年のコギャルを見てもらうと分かるように、94年はルーズは出てきているけど1300円のしかなくて全然長くないし、売ってるところも少なかったので多くがEGスミスでもなんでもない普通の白靴下を多少くしゅくしゅさせているだけなのだよ。嘘はやめたまへ。


        ルーズソックスあらわる

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          以前くしゅくしゅソックス時代のJK(1989〜94に女子高生だった1973〜76年生まれの人々)は丸文字を書かなくなってやたらカクカクした文字書いてたと回想した当ブログだが、そのカクカク文字を「長体ヘタウマ文字」と名付けスポットを当てた本がアクロス編集室編「ヘタウマ世代」。この書が世に出たのはくしゅくしゅソックス時代末期の1994年7月、まさにルーズソックス時代に向けてJKの生き様が刻一刻と変態しているただ中であった。

          くしゅくしゅJKと彼女らの書く独特なタッチ(この書で言う「ヘタウマ」)の字やイラストがちりばめられた表紙カバー。やはりくしゅくしゅ時代なだけあってルーズソックスというには及ばないものの、人によってはスカートがすでに短く、靴下の丈もだいぶ長くなって、制服の着こなしがルーズソックス的シルエットに近くなっている。

          これ↓がくしゅくしゅ時代の文字。ルーズソックス時代に入ると、ここまでカクカクしなくなった。

          今見たところであまり特徴を感じないかもしれないが、80年代までイケてる字が丸文字だったことを考えるとじゅうぶん大きな変化だったのである。80年代における「ヤッダー」「ウッソー」「わかんなーい」と色付リップのおちょぼぐちでキャピってるカワユイ丸文字口調から、「うぜー」「だりー」「ちょームカツクー」といった外資系ブランド口紅塗っったくって悪態つくふてぶてしいカクカク口調への変化が、文字にもあらわれているということだ。

          このカクカク文字が出てきたのは90年くらいと推察していた。確かに皆がこぞって書き始めたのはそのくらいらしく、この本によれば早い子は87,8年頃から書いていたのだという。

          またカクカクJKはシャーペンやカラフルなペンを使いこなすと指摘されているのだが、その点について私はカクカク文字の発達が脱ぶりっ子、脱少女趣味であると同時にゲルインキボールペンの軽い書き味とも切り離せないと考えている。ゲルインキの登場がサクラクレパスのボールサイン(1984年)であり、カクカク文字が出てくるのがその3年後というとやはりタイミング的にゲルインキがカクカク書体を生んだという歴史観とも矛盾しない。

          もともとゲルインキがカラフルな色展開だったことにくわえて、ルーズソックス時代にはぺんてるハイブリッドの「ミルキー」がJKのあいだで人気大爆発したこともギャルの文字史を語るうえで重要である。ともかく芯の丸まった鉛筆とか油性ボールペンでは鋭利なカクカクは書きにくかったのだ。


          ムートン(あるいは安価なムートン風)ブーツは、アグというブランドを中心に2000年代後半ごろから出回り楽な靴の代名詞として現在もクロックスと双璧をなしているが、くしゅくしゅ時代もまたムートンブームだったらしく写真では現在よく見かけるタイプよりも丈が長い。履いているガングロおなごの雰囲気から、ムートンってもしかしてサーファーファッションなのか?と思い調べたところ、そのようである。

           

          シープスキンブーツ

          ムートンのシープスキンで内側がモコモコしたブーツ。LA派のブーツといえばウェスタンブーツが定番だったが、最近はもっぱらシープスキンが主流。ベージュのスェードのモッコリとした足もとは幼っぽく見え、派手すぎるメイクや茶髪を中和させている。

          (107ページ)

           

          またミジェーンとともにコギャル草創期に人気あったらしい「バハマパーティー」とはどのようなブランドだったのか画像検索したところ、バハマ諸島のパリピの画像しか出てこなかった。とほほ。

           

          バハマパーティー

          渋谷ファイヤー通りにあるLAファッションのショップ。他のところに比べ、パステルカラーが多く、スポーツテイストのジャージ素材ものが多い。この店の人気は商品だけでなく、ショップのビニール袋。制服編でも述べるが、巾着型で白地にパープルのロゴ入り袋をたすきがけに持つのが、まさにわかりやすいLAスタイル。

          (107ページ)

           

          また当ブログでは以前、渋谷109はルーズソックス時代までギャルにターゲットをしぼってなくパっとしないファッションビルであったと記したが、この本によれば地下には1994年当時ですでにLA系のショップが集まっており、ミジェーンをはじめ「ロッキーアメリカンマーケット」「アサヒ」などのショップが人気で平日の夕方はコギャルでにぎわっていた。とのことで、ロッキーアメリカンマーケットで検索してみたところちゃんと渋谷109と出てくるので、今もあるのか・・・と思いきや2015年の5月で閉店したそうな。

          店のTwitterで末期の写真を見ると、舞台衣装みたいな服ばかりで全くLAにもアメリカンにも見えないのだが、店自体は109ができる前からあって37年の歴史だったとのことだ。てことは、もともと70年代のサーフィンブームのときに始まったお店なのかもしれない。

          また池袋サンシャインシティYOUも地下1階と1階が93年にリニューアルし、サーフショップ「CCC」など109地下と並んでコギャルに人気を博したようだ。93年11月の聞き取り調査によれば「よく行くのは渋谷。自分と似た感じの恰好をしている人が多いし見てても楽しい。ピンクフラミンゴとか109によく行きます。池袋だとサンシャインにしか行かない。YOUにはイケイケの服のお店がかたまってるからここに来れば全部済んじゃうから」(103ページ)とのことである。

          ちなみに2013年ごろ韓国と日本で流行したMCMもコギャルのアイテムだったという。また以前ギャルという呼称はもっぱらオッサンが使うのみでギャル本人はギャルを自称しなかったという真偽不明の説をチラリとご紹介したが、それを裏づけるような記述もあった。

           

          ・・・いま彼女たちがいうLAは、茶髪のロングヘアで、ルーズロングセーターにスパッツ、足もとはシープスキンブーツ、またはストライプのパンツにリボンパンプスといったファッションだ。真ピンクの口紅に白いマニキュアなど派手なメイクで、まさにパラギャルとかコギャルとかいわれるスタイルなのだ。しかしこの呼び名、オトナが彼女たちの派手さ、遊び人ぽさをおもしろおかしく表している、というのを察知しているようで、自分たちではあまり使わないようだ。「この格好?まぁコギャルかなー(笑)」というように自嘲的には使っていたが。

          (102ページ)

           

          94年でマイメロは先見の明ありすぎ。ルーズソックス時代に入ってキティ風にリニューアルするまでサンリオショップにマイメログッズはほぼなかったように記憶しているので、このマフラーたぶん古着とかじゃないだろうか。

          丸文字が廃れたことからもおわかりいただけるように、くしゅくしゅJKは80年代のノリを否定し70年代にシンパシーをおぼえていた世代であるから、それまでのサンリオに乱立していたファンシー系、おもしろ系よりもキティちゃんみたいにスタンダードなキャラが再評価されるようになっていた。当時18歳のフレンチカジュアル系の女の子の証言では、たあ坊や座敷豚が人気爆発したけど中学に入ったら全然使わなくなったとある。

          とするとファンシー離れは89年あたりから進行していたと考えられるが、当ブログにおいてくしゅくしゅソックス世代は1989〜94年に女子高生だったという区分であるし、上に書いたように女子高生の文字がカクカクし始めたのもちょうどそれくらいってことですべてのつじつまが合う。この本によればキャラクターはサンリオよりもソニープラザが人気だそうで、確かにルーズソックス時代に入ってコギャル=キティちゃん、もしくはマイメロというイメージが確立されるまで、しばらくソニプラに取り扱っているバーバーパパとか欧米キャラの人気が高かった。

          ソニプラがアメリカンな雰囲気にリニューアルしたのが1988年とのことで、ルーズソックスの素になっていると一部で伝えられていた「スラウチソックス」もヒット商品として名前が上がっている。私も94年ごろというと中学生で、ソニプラに通いアメリカンな文具や雑貨、お菓子買ってたために当時の感じは全然思い出せるのだが、逆にアメリカン風味にリニューアルする前の時代はどういう店だったのか分からない。

          この本では、キティちゃんとミッキーが人気というJKの証言が多いが、ミッキーはもう普遍的すぎてあまり時代を感じないので(といっても2000年ごろの熊のプーさんブームなどディズニー系でもはやりすたりがあるようだが)やはりキティちゃんがもうこの頃からジワジワ来てたってとこに注目すべきだろう。またキティちゃんブームの前一瞬だけミッフィーというキティちゃん似た兎キャラも人気あったのだが、今思うとあれがくしゅくしゅ時代=欧米キャラ(脱ファンシー)からルーズソックス時代=キティちゃん(ガラパゴス化)への過渡期だったと思う。

          ルーズソックス時代以降は圧倒的なキティちゃん(とマイメロ)一強体制だったために、くしゅくしゅ時代をいろどったバーバーパパのほかピングー、エスパパ、シンプソンズ、ケンケンなどが一気に姿を消した感があったが、そうした欧米系以外にもギターを弾くレトロなタッチのキャラがいた。もう20年ほど全く思い出すこともなかったのだが、偶然くしゅくしゅ時代の吉川ひなのがそのキャラのカバンを持っている写真を見かけて、あれ何だったんだと気になりだした。

          その後「ヘタウマ世代」買ってふとコギャルの写真(上画像)に目をやると、またしてもカバンに見覚えのあるキャラ。ギターを鳴らす音からきているのか、その名前を「ポロリン」というようである。

          ひとまず名前分かったらググれるし良かった。しかしスタンダードな欧米系キャラや固定ファンの多いサンリオと違い、ポロリンやエスパパ、ミスタードーナッツの「おもちカエル」などはくしゅくしゅ時代に埋もれたまま誰にも思い出されることはないであろう。

          「バザールでござーる」「ポリンキー」など佐藤雅彦のCMやウゴウゴルーガのキャラクターの数々もくしゅくしゅJKに人気があった。ルーズソックス時代=キティちゃん時代にいたる脱ファンシーの流れの中でじつにさまざまなキャラが現れては消えて逝ったのだ。

          ルーズソックスは制服の着こなしでしか見かけなかったが(普段着はナマ足に厚底ロングブーツやミュール)、くしゅくしゅソックスはショートブーツからチラリとのぞかせるのも可愛かった。というかこのくしゅくしゅの履き方は、編み上げやサイドゴアのショートブーツが人気爆発しているここ数年でもよく見かける。

          やはりショートブーツからくしゅくしゅをチラ見せしているが、ウエスタンブーツやつっかけを履いた者もいる。くしゅくしゅソックスにつっかけの組み合わせは2015年の春先にもアパレルが流行らせた。

          しかしこれ半袖や網状の袋などを見るに、ブーツはいてるけどじつは夏なのではなかろか?またこの写真からシャツをズボンに入れるのがダサイって認識がすでに広まっていたことがうかがえる。

          そしてようやく本題。制服におけるくしゅくしゅ→ルーズソックスへの流れである。

          91か92年くらいからふつうの靴下をたるませてはくのがJKのあいだで人気となり、95年をさかいにルーズソックスが一気に普及するというのがわが記憶にもとずいた歴史認識だったのだが、この本で94年の写真を見るとほとんどくしゅくしゅではありながらもすでにルーズソックスと呼べるレベルの靴下をはいたJKがいる。たとえば上の写真(94年2月新宿)では、一番手前のJKの靴下がまだくしゅくしゅレベルであるいっぽう、後列にいる左から二番目と四番目のJKの靴下は完全にルーズ化しているのがおわかりいただけるだろうか。

          「ボリュームソックス大集合。くしゅくしゅどころかたるみが段になっている」と解説されているのだが、まさかこのたるみが段になったほうが長らくメジャーになるとは当時の人は思いもよらなかったにちがいない。ちなみに後ろにある山一證券って会社はルーズソックス時代に亡くなった。

           

          ラルフローレンソックス

          91〜92年に女子高生ソックスの主流を占めたのが、ワンポイント付きのショートソックス。ごく普通にくるぶしの上くらいでとめてはいていた。最近ではルーズタイプが人気だが、定価2100円とやや高め。

           

          ルーズソックス

          ソニープラザで3足1200円のアメリカ製ルーズソックス、色は白が定番。くるぶしのあたりで少したるませると足首のくびれがなくストンとしたサリーちゃん足になる。制服ではないが、93年夏は霜降りのルーズに健康サンダルをあわせるのが流行した。

           

          特大ルーズソックス

          横浜そごう、丸井上野店など限られたところでしか売っていないというもっぱらの噂の超厚手ソックス。アメリカのD.G.スミスというブランドで1足1200〜1300円。

          (139ページ)

           

          私がルーズソックスを初めて見たのはたぶん95年なので、94年にルーズってあったのか。と驚いたが、94年4月の証言では「このソックスはD.G.スミスというブランドのもので上野の丸井で1300円でした。たぶんここでしか売っていないと思う」(この本はEGスミスをDGスミス、くしゅくしゅソックスをぐしゅぐしゅソックスって書いてる箇所がけっこうあるけど気にしないでおくれ)とあるので、94年時点では東京のような大都会でもまだ貴重だったようでまだ写真も少ない。てことは田舎でルーズが手に入るようになったのは記憶どおり95年と考えてよさそうだ。

          しかしくしゅくしゅ時代より前、80年代って悪い奴といやカバンをペッチャンコにし、学生服の丈を詰め、ズボンやスカートにボリューム出すような改造し、先公に刃向ったりうんこずわってたと思うのだけど、くしゅくしゅソックス時代の高校って「ぼくたちのドラマシリーズ」や内田有紀、マンガ「天使なんかじゃない」などブレザーのイメージがかなり強い。男も剃りこみとかよりロン毛やモミアゲ伸ばしたようなのが格好良かった。

          ブレザーは学ランとちがい、ズボンやスカートに柄が入っていることもあってボンタンやロングスカートではさまにならぬ。てことは制服の着こなしをくしゅくしゅ化(スカート短く靴下が長く)させヤンキーを絶滅危惧種化させた原因のひとつがブレザーではないかと思うのだが、ブレザーがいつ増えたのかとか調べてないのでこれはまだ仮説だまりである。

          また制服の違いだけでなく、わがルーズソックス世代はあまり先生も厳しくなかった。話を聞くと昔はスパルだったけど、体罰とか問題になってキャラ変えたらしい。

          だからシンナーとか夜の校舎窓硝子壊してまわるよな管理教育を舞台とした尾崎豊的反抗に戸塚宏的暴力教師ってな対立構造ってよりは、学校に化粧ポーチや写ルンですやポケベル持ってくるなど学級崩壊的なゆるい荒れ方だった。そのへんが80年代セーラー型(ヤンキー・ぶりっこ・丸文字)から90年代ブレザー型(くしゅくしゅソックス・カクカク文字・ポケベル)にいたる意識の差であり、やがて95年にコギャル文化が大爆発する流れとしてくすぶっていたのだと思う。


          アパま田吉彦

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            アパホテル中国で批判 全客室に南京大虐殺否定本(1月18日)

            http://mainichi.jp/articles/20170118/k00/00m/030/176000c

             

            アパホテルの客室に南京大虐殺を否定する本が置かれているとして、中国と左翼が批判しているとのニュースが今話題だ。同じ物かどうかは知らぬが、私もあの有名社長の夫が書いた本を読んだことがあるので「あ・・・あれが話題に」と、目ーつけてたアイドルがブレイクしだす時みたいな感慨を覚えた。

            だが人種差別したとかならまだしも、中国人に泊まってもらうからと言って中国共産党の歴史観に屈する必要もあるまい。で最近アパ以外でも聖書じゃなく竹田恒泰訳の古事記が置かれていることもあることなどもありネトウヨホテルの話でもしようと思ったけど、アパで検索するとやたら袴田吉彦の記事が出てくるので予定を変更し袴田について書くことにした。

             

            ホテルのポイントでグラドルと逢瀬!? 袴田吉彦が“アパ不貞”で完全に笑い者に(1月16日 アサ芸プラス)

            http://www.asagei.com/excerpt/73641

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            「不貞相手も皮肉なことに30歳のグラドルということですが、今回の報道で最も注目を集めているのがその密会場所。相手の女性によれば、袴田はビジネスマンご用達のビジネスホテルの“アパホテル”にばかり行きたがっていたとのこと。15年9月に出会ってからその年の暮れまで約10回ホテルに行き、その内の7回はアパホテルだったそうです。激安というわけではありませんが、芸能人の逢瀬にはかなりリーズナブルな印象。なんでもメンバーズカードでポイントを貯めるほど、同ホテルを重宝していたようですね(笑)」(女性誌記者)

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            アパホテルにはよもやのいい宣伝になったという声もあるが、あくまで健全なビジネスホテル。世間の出張組が「今回はアパだった」と言ったら、奥さまに疑いの目で見られかねない。「アパ不貞」が流行語になるわけがないとはいえ、芸能人の“火遊び”はもっと安全な場所でやっていただきたいものだ(笑)。

             

            袴田吉彦という固有名詞を聞くこと自体がずいぶん久方ぶりのような気がするが、現代の若い娘さんは御存知なのだろうか。私が最初に袴田を知ったのはTBSドラマ「いつも心に太陽を」(94年1月〜3月)だった。

             

            「 大切な君の胸へ・・・ 」 藤川賢一(YouTube)

            https://www.youtube.com/watch?v=yC80dORV6D8

            これ西田敏行と観月ありさがテレクラで出会い恋に落ちるという気色悪いドラマで、美女と野獣的組み合わせに当時「101回目のプロポーズ意識してんのか?」と思ってたけど、今Wikipediaを見たところ前年(93)に人気爆発した高校教師意識らしい。しかし当時の野島伸司は天才すぎたので格は全然違う。

            いちおう高校教師とかと同じ金曜の10時からやってたんだけども、観月ありさは「ぼくたちのドラマシリーズ」またその後「ナースのお仕事」が代表作にもなったように、どっちかというとフジテレビの中でもコミカル路線のノリだったので桜井幸子と違ってTBS金曜10時の雰囲気は皆無だった。もともと高校教師は観月氏がキャスティングされていたけど、内容が過激すぎると断った経緯があったという。

            くしゅくしゅ時代なので太眉やチョーカーなどファッションが今ぽい。画像ないけど袴田はこのドラマでいつも車いす乗ってる病弱な役で、それまで見たことないタイプの顔と苗字だったため非常に印象に残っていた。

            調べてみるとやはりこの作品がドラマデビューだったようである。それにしても当時のドラマは若い娘がおっさんとつきあってるって設定がけっこう多く(高校教師にいたっては京本政樹とか赤井英和とか峰岸徹とかおっさんばっかりで若い男は全然出てこなかった)、来るルーズソックス時代も「援助交際」イメージ、もしくは小室さんのようなJKに人気のプロデューサーなど、おっさんは性とひきかえにギャルの経済力や文化を裏で支える存在であり続けた。

            このドラマの後袴田は内田有紀主演「時をかける少女」(94年2〜3月)に未来人ケンソゴルの役で出ていたらしい。こっちは見たことないけど、くしゅくしゅ世代感覚のフジテレビドラマ群「ぼくたちのドラマシリーズ」のうちのひとつであり、袴田氏も内田有紀やいしだ壱成と並び当時の新しい俳優として売れっ子になっていったのだった。

             

            はなまるチェック(1994年)

            https://www.youtube.com/watch?v=avq_yLI2TTE

            初期の袴田氏が出ていた番組で印象深いのが、フジテレビ系「学校では教えてくれないこと!!」(94年11月〜95年9月)である。朝の番組「ウゴウゴルーガ」を踏襲したいかにもくしゅくしゅソックス時代っぽいノリだったが、短い放送期間のあいだに袴田氏ほか神田うのや吉川ひなの、ビビアンスーなど今までに見たことのないような新しい感覚の新人たちがこぞって出演しており、ルーズソックス時代の到来を感じさせられた。

            神田うのはグンゼのタイツで成功してからタカビーなセレブキャラになっているが、出始めの頃はまだそんな実績もなく「うっのでーす!!」とやたらやかましい、というかルーズソックス時代によくいた可愛いけどぶっ飛んでる系の女だった。このキャラで成功したあと、タイツで巨万の富を得るまでのあいだに石井一久とつきあって野村沙知代と闘っている時期もあった。

            この番組に出てくる素人女子高生の靴下がすでにくしゅくしゅではなくルーズと言えるレベルにまで達している。動画のタイトルに1994年とあるので、にしちゃかなりルーズだな???と思ったけど、動画をよく見るとバレンタインとか言っているので1995年の2月だろう。

            この頃のくしゅくしゅからルーズへの転換はかなり早いと思われる。髪も茶色いし地べたに座っているしで、もう95年入ってすぐに「コギャル」としての基本形が完成されていた模様。

            モテない男がロン毛のモテ男にアドバイスを受ける。モテない奴新垣氏ぽい。

             

            はなまるチェック:学校では教えてくれない (帰ってきた遅刻者チョメチョメ団)(YouTube)
            https://www.youtube.com/watch?v=ysl0WOKwtZc

            これも冬服なので同じ時期の放送だろう。女子高生はくしゅくしゅはすでにルーズ化、茶髪でメイクも濃い。

            野次馬がみんな写ルンですで撮ってる。てかこの記事全然アパも袴田も関係ねぇ。


            メロンからぶどうへ

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              DREAMS COME TRUE
              エピックレコードジャパン
              ¥ 1,149
              (1992-11-14)

              昨年クボメイクから発せられたメロンメイク(鮮やかなピンクオレンジ色の口紅やチークを使った化粧)が人気爆発していたそうだが、秋冬はぶどうメイクだったんだそうだ。それらしい用語で検索するとレブロン社の口紅の広告が出てくるので、同社が仕掛けた流行なのかもしれない。

              くしゅくしゅソックス時代まで鮮やかで落ちなさ(ラスティング)重視だった口紅が、ルーズソックス時代以降は「リップ」「グロス」のような薄ずきでツヤ重視に、ベージュやピンクのような彩度を押さえたヌーディーな色あいにとって変わられた。それが2012年ごろ、ふたたび若い娘さんが赤い口紅を塗っているのを見かけるようになったのだが、ここにきて口紅やティントの鮮やかな発色とラスティングにくわえ、ブルーグロスやぶどうリップなど青味がかった色に人気が集まっているようだ。

              上画像のディオールはバブルの頃人気爆発していた色番だという。こういう紫がかったピンクはバブルの代名詞って感じでオバサン臭いと忌避され、ここ20年以上ほどはリップメイクの主流から遠ざかっていた。

              それにしてもこういう角柱の口紅、私も90年代当時持っていたのだが現代の口紅よりも格好良くないか?昔の化粧品で紺色のケースはめずらしくなかったが(今は黒か、リボンやハートをあしらった乙女なデザインが主流)ディオールはコンパクトも六角形でその角張りっぷりがとくに素敵に感じられたものである。

               

              資生堂 レシェンテ (1992) CM(YouTube)

              https://www.youtube.com/watch?v=xcne4WLErIA

              このレシェンテってのは、たぶんくしゅくしゅ時代の資生堂の主力ブランドと思われる。モーヴとは青みの強い紫色とのことだそうだ。

              1992ってことで、牧瀬里穂が稲垣吾郎と共演したドラマ「20歳の約束」でヒューヒューだよ!って言ってた頃である。色的に秋冬のキャンペーンだろう。

               

              資生堂 Reciente レシェエンテ TV-CM 1993(YouTube)

              https://www.youtube.com/watch?v=VkLxMILmoQ0

              こちらは紫色の口紅ではないのだが、翌年の「春うらはらのベイビーリップス」はそのキャンペーンソングが印象的だったこともあり強く記憶に残っている。牧瀬氏は基本カワイイ系だったのに、資生堂のCMでは当然ながら化粧が濃くそのぶん見違えるほど大人っぽかった。

              このCMは可愛らしく春ぽいピンクの口紅をアッピールしているのだが、それとセットでエラ(Uゾーン)に塗るシェーディングと鼻すじ(Tゾーン)に塗るハイライトもセットが売られていた。つまり顔に陰影をつけてシュっと大人っぽくしているのに、口紅がピンクであどけない感じ、それが「うらはら」というわけである。

              くしゅくしゅ時代は濃い色の落ちない口紅をベタ塗りした女の記憶しかないために、今で言うコントアーって奴がこの時代にすでに提案されていたことに驚いた。それに牧瀬里穂の見た目がアリアナグランデすぎて2010年代としか思えない。

               

              資生堂レシェンテCM 90年代 YouTube)

              https://www.youtube.com/watch?v=XDVOclF0eh4

              モーヴ、ベイビーリップスと来て、93年秋の「レシェンテ」モデルは吉田美和。ドリカムファンだったこともあって記憶に残っているが、正直このCMは口裂け女としか思えなかった。

              キャンペーンソングの「go for it!」も日本語でおk。としか思えず、それ以降ドリカムは全く聞いていない。ただこの口裂けメイクこそがくしゅくしゅ時代のイメージなのである。

              ちなみに私このレシェンテというのはよく知らんのだが、昔はあまりドラッグストアーや100均やプチプラコスメっちゅうのがなかったので(あったけど今みたいな人気はなかった)化粧しだした頃は「人を彩るサイエンス」資生堂筆頭にそこそこのメーカー物を使うことが多く、今思うと高いオプチューン、ビバーチェ、PJラピス、エルセリエ、スタイリッシュ・・・といった銘柄をスーパーや稲葉さんの実家みたいな店で買っていた。コギャルにいたっては、化粧品といやブランド物(一説ではディオール、サンローラン、シャネル)が当たり前だったろう。

               

              DREAMS COME TRUE - 太陽が見てる(YouTube)

              https://www.youtube.com/watch?v=dvtpcSXZ4mM

              口紅のCMはいまひとつだったものの、くしゅくしゅ時代における吉田美和はオシャレなお姉さん的存在で女子高生から人気爆発だった。今見ると小松菜奈っぽいとも思う。

              歌詞もブルーのシャツやあの岬より遠くや夕暮れの競技場や雨が降れば川底に沈む橋といった情景があざやかに浮かんでくるようだった。だがドリカムは95年あたりからルーズソックス化が顕著となり、ファンクザピーナッツとかやり出たり髪がひっつめになったり曲も辛気臭くなって苦手になった。

              だがくしゅくしゅ時代にもみじんの違和感もおぼえていなかったわけではなく、この3人やたらニコニコベタベタくっついってっけど言うほど仲良くなさそうだしいったいどういう関係なんだろう。と不思議に思っていた。そのため吉田美和は可愛かったが、後ろの野郎2人についてはあまり深く考えないようにしていた。

               

              オーブCM(YouTube)

              https://www.youtube.com/watch?v=_p3YzoQ8s3o

              これは何年のCMか分からないが、花王「オーブ」のモデル高橋リナもカップにつかない紫色の口裂けメイクでくしゅくしゅ当時のおしゃ顔だった。80年代のアイドルの写真とか見るとおちょぼぐち(ぶりっ子)しているのに、今井美樹からの流れか?もともと口の大きい女がそれが目立つような色の濃いマットな口紅を塗ってガハっと大きく口をあけて笑うのがサバサバで格好良いっていう風潮があった。

              ドリカムの3人編成にいだいていた違和感も、吉田美和の「あたいは恋愛とか抜きで男とスキンシップできるんだよ!」っていう、サバサバアッピールが原因だったのかもしれない。そういえばルーズソックス時代以降にみられるJKのオラオラ感(女らしさダサイ、汚い言葉遣い等)も、口裂けサバサバ女の進化形だった気もする。


              うまれた

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                評価:
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                マガジンハウス
                ¥ 2,885
                (2013-09-26)

                ふと「この絵本↓生まれる。ってドラマに出てこなかったっけ」と思い・・・

                 

                https://www.amazon.co.jp/dp/4861132169/

                 

                調べてみるとまったく別の本だった。いづれも絵本で「あかちゃんからのラブレター」「ママへのちょっと早めのラブレター」とタイトルも似ているし、本が出た時期もナカムラ氏のほうが2011年2月で生まれる。(鈴木おさむ脚本)の方は2011年6月と、ほとんど同じで混同不可避。

                 

                https://www.amazon.co.jp/dp/4022508906

                 

                しかも「生まれる。」のオリジナルは「うまれる」って映画で、ドラマとはまた別なのである。ややこしいけど、とにかく赤ちゃんは空の上からママを選んで生まれてくるってことでよろしく頼む。

                 

                胎内記憶とは - 映画「うまれる」 -

                http://www.umareru.jp/umareru/memory/

                ・・・

                「親を選んで生まれてきた」という子供たちの証言は、育児に悩む母親たちに明るい希望をもたらす一方で、「科学的ではない」という当然の反論の他、赤ちゃんが欲しくて授からない女性には「選ばれていない」という気持ちが出て来てしまったり、戦場に生まれた子、貧困を極める環境に生まれた子、親から虐待を受けている子、障害を持って生まれた子たちなど、胎内記憶の解釈は様々な議論を呼んでいます。

                それらの批判に対し、池川明氏は、子供が親を選ぶ理由は以下のように主に3つあり、

                1. 優しそう・楽しそうだから
                2. 可哀想・困っていそうだから
                3. 修行になるから、自己犠牲によって人類の発展に役立つから

                虐待する親を選んで産まれるのは、『子どもをいじめたらいけないということを、命をかけて教え、両親に成長してほしいから』だと語り、障害を持ったある子どもは『難しい課題を自ら背負うことで人類の成長を促している』と解説しています。

                また、赤ちゃんを望む女性は「私は赤ちゃんに選ばれていない」と傷つく人もいれば、「じゃあ、選ばれるように頑張ろう。より良い女性になれるように毎日を生きよう」という人もおり、胎内記憶は、人それぞれの生きて来た背景や人柄、意識などによって、様々な受け取り方が出来るようです。

                ・・・

                 

                だいたい胎内記憶がテレビでいい話として紹介されるときは、胎内記憶の残っている子供が「ママがやさしそうだからえらんだんだよ」って証言していたのだが、3の修行パターン(わざわざ虐待されに生まれてきた)にかんしてはその使命のほどをお子さん本人がコメントしているわけではなく、池川先生の解説にとどまっているのが気になった。そんな使命語られたところでひえーおまえマゾかよ。by美健ガイドという感想しか浮かんでこないが。

                 

                堀北真希が第1子を出産 心配されていた山本耕史は改心しイクメンに(1月6日 ライブドアニュース)

                http://news.livedoor.com/article/detail/12502926/

                 

                そんなドラマ「生まれる。」に主演していた女優堀北真希が、昨年末第一子を出産した。そういえばイクメンという言葉、胎内記憶と同時期にマスゴミが突然ゴリ押し2010年かの左翼系イベント?流行語大賞のトップテンに入ったのだが、そのときイクメンを代表して受賞したつるの剛士は映画うまれるのナレーションも担当している。

                リアルなつるの氏はネトウヨという話もあるいっぽう、2000年代後半から2010年代初頭にかけお子さんがたに自然の楽しさを教えるいいお父さんキャラでロハス界の広報的役割をになっていた一面もある。まあ美健ガイド社しかり、ロハスだからといって左翼とは限らないのだが・・・

                 

                『2010 ユーキャン新語・流行語大賞』でトップテンに「イクメン」が選ばれたつるの剛士(2010年12月1日 オリコン

                 

                http://life.oricon.co.jp/news/photo/82598/10/

                 

                つるの剛士が”母親は家にいろ”強要の「親学」イベントに参加!「保育園落ちた日本死ね」非難の背景にあるもの(2016年12月7日 リテラ)

                http://lite-ra.com/2016/12/post-2750.html


                目指せ自撮り達人

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                  女性雑誌の付録がうざいと何回か書いている当ブログだが、普段読まない雑誌に関してはその限りではない。かねてより懐中電灯と電気スタンドの中間みたいな感じで発光する物体ないかなー。と思っていたところ、cancam誌の自撮りライトなる付録を本屋で発見。

                  ラスいちだったため瞬時に「これは誰にも渡さぬ」と思い、発見した3秒後にはレジに持って逝った。携帯に装着して自撮りしてみた感じではお目目に光が入り、毛穴のボコボコやシワたるみによる影が飛んで肌がなめらかにツヤっぽくリフトアップされたような写りとなる。

                  しかし私の若々しい画像もとくに使い道がないんで、これは自撮りではなく懐中電灯と電気スタンドの中間のように使おうと思う。クリップ式で明るさも十分なので寝床の適当な所に挟んでおくと、夜トイレ起きるときにつけるといい感じだし短い時間なら本も読める。

                  ただすぐLEDが暗くなったり切れたりする可能性はいなめない。ちなみに本誌はレコード大賞でおなじみのiKONも掲載されていたが、ファンの雑誌代も相当なものになるのではなかろうか。

                  cancamは↑の画像のような甘い服のイメージで、私的にはあんまり好みではない。そのため中身は読まずに捨てるだろうと思ったけど、やはりこういう甘めのモテファッソンは近年下火になっているのかじっさい読んでみるとけっこうカジュアルな服が多かった。

                  個人的に赤ブームだったので、赤い服の特集が嬉しい。ヘビ柄などと違って、この冬赤いセーターなんかどこにも置いてなかったし全然流行ってないのによくぞ赤い服の特集を組んでくれたと心の中で拍手を送った。


                  こういう大きいイヤリングかわいい。ちょっと高いけど。

                  cancamといえば段をつけた茶髪をクルクル巻いたような10年前のエビちゃん的イメージがつきまとっているが、最近は重めの黒髪でゆるーくしか巻いてないし、前髪を七三分けする子もほとんどいないようだ。というかみんな同じ顔に見える。

                  全体として今月号は自撮りライトがついているように、SNSの写真術が中心でファッションやヘアメイクの記事は驚くほど控えめだった。写真術を指導するカメラマンが蜷川実花の弟子ってことは、90年代ガーリーフォトの系譜は20年をへた今もインスタおよびセルフィー文化で生き続けているのだ。

                  というわけで写真記事や服などざっと見た感じ想像したよりおもしろそうだったが、1ページに1枚デカデカと写真が使われているようなのが多く、あんまり書くことないのかな?と思ったし、モデルの中にAKB一味もいて萎えた。表紙が専属モデルなだけJELLYよりはマシかもしれない。

                  最近よく雑誌に出ている2人。自撮りの女王だそうだ。


                  韓国人は韓国で

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                    【レコード大賞最優秀新人賞】桜井誠氏の「韓国人は韓国で頑張って下さい」とツイートに韓流ファンが激怒 一歩も引かぬ桜井氏に、香山リカ氏も参戦し…(1月1日 産経新聞)

                    http://news.livedoor.com/article/detail/12489064/

                    元在特会会長の桜井誠氏(44)が12月30日にTBS系で放送された「第58回輝く!日本レコード大賞」の最優秀新人賞に韓国の男性7人組グループ、iKON(アイコン)が選ばれたことについて、「韓国人は韓国で頑張って下さい」などと自身のツイッターに投稿したところ、ファンとみられる人たちから「死ね、猿」「こんなんだから日本人はクソだって思われる」などと投稿が相次いだ。

                    桜井氏はめげずにツイートを続けた。週刊文春が「最優秀新人賞はすでにiKONに内定している」と書いた通りになったことから、ネット上では、レコード大賞のあり方への議論にまで及んだ。(WEB編集チーム)

                    桜井氏のツイートは、12月30日。「『日本』レコード大賞の最優秀新人賞を韓国の『遺恨』なるグループが受賞しました。何故日本レコード大賞に韓国人がノミネートされるのか意味不明ですが、そもそもこの遺恨なるグループ自体誰も知らないという。もういい加減、作られた恨流(韓流)止めてくれませんか?韓国人は韓国で頑張って下さい」(『』以外は原文のまま)というもの。

                    これに対し、ファンとみられる人のツイートが相次いだ。「最近、KーPOP勢は賞を取れない、番組にも出してもらえない、が常でしたがそれを超えて賞をもらえたことをすごいとは思えないのでしょうか」「こんなんだから日本人はクソだって思われんだよクソが。韓国のグループだからといって賞を取っちゃいけないって誰が決めたんですかー、韓国人の方がイケメンだから嫉妬しちゃった?」(ほぼ原文のまま)

                    ・・・

                    そこに精神科医の香山リカ氏(56)が「日本レコード大賞最優秀新人賞を韓国グループIkONが取ったことを嘲笑する桜井誠氏のツイートに、多くのファンが果敢に抗議のリプライをつけている。そのすべてが正論で、『文化』や『愛』が国や民族を超える力をあらためて感じさせられた。韓流ファンがんばれ!」(ほぼ原文のまま)と「参戦」した。

                    このツイート合戦は1月1日午後4時現在も終わっておらず、桜井氏は「殺害予告があった」と主張している。

                    iKONはBIG BANGの弟分として、2015年に韓国でデビューした。日本では今年9月28日に「DUMB&DUMBER」でデビュー。10月10日にオリコン週間ランキング1位に輝く上々のデビューを飾った。韓国人アーティストとしては、歴代3組目の快挙だった。

                    もっとも翌週にはオリコンでは100位圏外に、ビルボード・ジャパンでも10月10日に1位だったものの、17日に53位、24日に66位、11月1日には100位圏外となってしまったことから、知名度が低かったのは仕方がないともいえる。

                    対抗馬と目された東海地方出身、在住の男性10人組で結成された「BOYS AND MEN」が9月5日に発売した「YAMATO☆Dancing」が初登場2位ながら、売り上げ枚数ではiKONを上回っていたため、結果に疑問の声があったのも事実。

                    週刊文春は11月17日号や12月1日号でレコード大賞の「内幕」を詳述。大賞、最優秀新人賞ともに、ほぼ的中。芸能プロの力関係で受賞が決まるという噂が根強くあることが問題の背景にあるともいえる。

                     

                    紅白は見てないけどレコード大賞はチラ見した。ただピコ太郎とパーフェクトヒューマンが出ていたのでケッと思いすぐ消し、iKONのゴリ押し疑惑は一連の報道で知った。

                    記事にもあるように週刊文春においてはエグザイル一味のレコード大賞買収の話が出たとき、新人賞がiKONであるとすでに名指しされていた。テレビには出ていなかったようだが、同じくエイベックスからデビューした男性K-POPグループEXOとともに去年2月あたりから突如として女性雑誌の表紙を占拠し始めていたこともあって、エイベックスと癒着しているであろうレコード大賞で賞をとったのも何ら意外性はない。

                     

                    https://www.amazon.co.jp/dp/4821166003

                     

                    https://www.amazon.co.jp/dp/B01LYSBUHV

                     

                    https://www.amazon.co.jp/dp/B01BGMMOUY

                     

                    iKONはBIGBANGと同じ事務所であり、そろそろBIGBANGも歳(兵役)だろうから次の稼ぎ頭を日本にグイグイと売り込んでいるのであろう。いくら過去に日帝が朝鮮を侵略したから、韓国人が日本人より格好良いからと言って、日本に音楽の道をめざす若い才能が数多くいるであろうことを考えると、こんないちレコード会社や韓国政府の私物化を許してしまって良いものなのか疑問を抱かざるおえない。

                    それにYGエンターテイメントでは、どっちかというと2NE1の路線を継承した女性グループBLACKPINKの方が注目度が高く、iKONは正直そこまで??ってイメージだ。そのBLACKPINKもナイロンという雑誌の表紙だったので、いづれエイベックスで日本デビューするのかもしれないが。

                     

                    https://www.amazon.co.jp/dp/B000JLTU6U/

                     

                    同じエイベックスでもEXOはあまり日本活動に力入れてないし、韓国の番組ではよく見る防弾少年団もエイベックスではないためかその人気に反し日本では細々としたもので、おのずとiKONの不相応なゴリ押しが際立つ1年となった。なんでこのようなことを力説するようになったかというと、私がギャル雑誌などを読みだした2,3年のあいだ、とくに2016年は服の雑誌のはずが韓流とエイベックスの広告と化してしまい、もはや日本のマスゴミ終わっとると実感したからである。

                     

                    JELLY編集部(instagram)

                    https://www.instagram.com/p/BOq3UZ3jqZr/

                     

                    とくに私が読んでいたJELLY誌はその傾向が顕著で、やたら化粧品の付録がつきだしたりモデルとしてエイベックスのアイドルがねじ込まれたときから予感はしていたのだが、上記URLの画像を見てわかるように2016年の表紙は3〜6月号が専属モデルなのに7,8月号がエグザイル一味、9〜12月号は専属モデル表紙だが韓国特集で1,2月号はまたエグザイル一味となっている。(月号表記は実際より2ヶ月ずれている模様)またiKONの新人賞を支持しているのもそうだけど、左翼がこういう論争に参戦し豪華付録のついた号を韓国特集だから売れたとか、パーフェクトヒューマンよりPSYの方が早いとか言って、ただのゴリ押しを韓国の先進性や日本批判に解釈してしまうのにも違和感しかない。

                    韓国本国ではよくわからん事務所でも曲がよかったりすると売れるし、目新しいグループが乱立してちゃんと世代交代されているためにJ-POPのような停滞感はまったくないが、日本では音楽に限らずエイベックス、ジャニーズ、吉本、アミューズといった特定の芸能事務所ばかり優遇されていて、K-POPの日本活動とて例外ではない。そもそもK-POPの日本語バージョンがよかったためしがないので、在特会ではないが私も基本的に韓国人は韓国で頑張れと思っている。


                    わがJ-POP史

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                      去年の紅白はキンキキッズやイエローモンキー、パフィー、宇多田ヒカルなどルーズソックス世代の歌手たちが多く出演していたのだそうだ。番組は見てないのだけど、それにかこつけて90年代のJ-POPについてふりかえることにした。

                       

                      第67回NHK紅白歌合戦 曲目が決定 KinKiは「硝子の少年」 イエモンは「JAM」(12月19日 毎日新聞)

                      http://mainichi.jp/articles/20161219/dyo/00m/200/009000c

                       

                      くしゅくしゅソックス時代までは90年代といってもバブルやサブカルの雰囲気を引きづっていたのだが、ルーズソックス時代に入るとそれらが一掃され消費や若者文化の主役に女子高生=コギャルがおどり出ることとなった。そんな渋谷や池袋のストリートを反映したのか当時のJ-POPって都会の雑踏をさすらう感じの描写が多かったよなと思い適当に検索してみると、今朝もミニスカートで人ごみの中走ったり(CANDY GIRL)、いくつものうつりゆく街並み眺めたり(Tomorrow never knows)、いらだつような街並みに立ったり(名もなき詩)、ウィンドウ開けて街じゅうにbangbangしたり(夢見る少女じゃいられない)、大人が誘いの手を引く人ごみすり抜けたり街じゅうで寝る場所なんてどこにもなかったり(I'm proud)、新しい朝にが動き出したり街じゅうがみんな他人に見えたり(WAKE ME UP)に飛び込めばいつもの仲間と騒げたり(STEADY)と、やたら街にくり出してんなという印象を抱く。

                      人ごみとか街並みとか何それレベルなド田舎育ちの私は東京さ怖ぇ。と思っていたわけだが、ここで重要なのは街に物があふれていて愉快だとかいうのではなく、見知らぬ人びとが多く行きかうという描写をもってもっぱらアバズレが居場所のなさや孤独、仲間を強調している点である。いくらルーズソックス世代でも、渋谷はちょっと苦手と人並みをかきわけて5秒前に初デートの待ち合わせ場所にすべり込むといったういういしい歌は人ごみ歌謡とは認められない。

                      また女性の歌は自分に正直に生きるという衝動においては殺気ずいているほどであり、平凡な毎日や味気ない大人たち、いい子な自分にNOをつきつけ、イケてる娘になるために「今日からボディをシェイプアップ誰にも負けない」(CANDY GIRL)「明日から早起きしてサボってたダイエットも始めよう!」(WAKE ME UP)などと突然減量を宣言し出すケースも見うけられる。これらの歌詞を書いていたのは小室などおっさんであることには間違いないが、コギャルをはじめとする90年代女子高生の価値観にマッチしCD全盛時代を迎えることとなった。

                      で97年くらいからルーズソックスポップ(人ごみ歌謡)の中心にいた小室さんの才能が枯渇してきたこともあって、だんだんルーズソックス第二世代に移行し1998〜99年にかけて浜崎あゆみ、宇多田ヒカルや椎名林檎といった新しい顔ぶれが出てくる。先ほどものべたようにルーズソックス時代の歌詞はおっさんが書いているのだが、ルーズソックス第二世代になると浜崎や宇多田など若い女の歌い手が自分で曲を書くようになって、ここでキッスしてくれだの電話のベルが鳴ったらどうだの・・・と、ルーズソックス時代のJ-POPに顕著だった人ごみ感はなりをひそめ、もっぱら自分のつきあっている男に対する恋の歌に終始している。

                      私個人はルーズソックス第二世代の頃、たまにモーニング娘聞くくらいでJ-POPはあまり聞いていなかった。ルーズソックス第一世代から第二世代はあまり大きなパラダイムの変化がなかったうえ、何かそういう恋の歌に対して退屈な印象を抱いていたのかもしれないし、ソフト面では幼き頃から慣れ親しんだ8cmシングルやカセットテープをだんだん見かけなくなりマキシシングルやMDに置き換わられていったのにもどこか味気なさを感じていた。

                      恋の歌以上にもう耳障りだとさえ思っていたのがフォークソングの19(ジューク)で、19みたいな歌はもともと嫌いではないはずなのだが、これを作詞しているナカムラミツルっていう人のイラストつきポエムが本当に苦手だった。それも時が立って「今見るとけっこういいかも」とかいうのも全然なく、むしろナカムラ氏が胎内記憶の絵本を書いているのを見て余計に無理になったほどである。

                       

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                      ルーズソックス第二世代においてもギャル文化はまだまだ健在でゴングロに進化したのもこの頃かと思うが、少女たちの行き場のない衝動は第二世代ではだいぶヌルくなっており、臭い感動が重んじられたりキミとか夢がどうのみたいな歌が多くて停滞ムードがただよっていた。ただ1999年にモーニング娘。がLOVEマシーン(1999)で従来のイメージを大きく変えた頃からか、ルーズソックス時代に葬られた昭和あるいはB級路線がじょじょに回帰してきて、ルーズ・ハイソのハイブリット時代(2000年代前半)になるとトミーフェブラリーの一連の楽曲(2001〜)やキタキマユ「ドゥーユーリメンバーミー」(2001)島谷ひとみ「亜麻色の髪の乙女」(2002)ゆず「恋の歌謡日」(2002)大塚愛「さくらんぼ」(2004)ケツメイシ「君にBUMP」(2004)等々、懐かしい感じの歌やカバーが人々に受け入れられるようになってゆき、徳永英明「VOCALIST」(2005)でピークを迎えた。


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