ギャルは何歳まで

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    先のギャルの記事でこんなコメントをいただいた。
     

    そういえばギャルの対象が大学生から高校生へと変わってからいずれこれもまた低年齢化するのだろうか
    逆転するのだろうかと考えていたのだが
    結局今のところどんな感じなのだろう
    今でもやはり高校生主体なのだろうか・・・・ なんだかそれほど・・・ってな感じもする
    というより、一時期小悪魔agehaがもてはやされ、age嬢もといキャバ嬢たちに移行していたのだろうか
    さてそのキャバも今や全く日の蔭・・・


    確かに現在われわれがギャルと言うとき、その言葉が指し示すのは女子高生に限らない。私がギャルファッションの参考にしている雑誌「JELLY」も、姉妹誌に女子高生向けの「ランズキ」があることやモデルの年齢から推察するに、対象年齢は20代前半と考えるのが妥当である。
    くしゅくしゅソックス時代(90年代初頭)における「ギャル」の意味するところは女子大生はじめ20代前半の独身女性であり、けばい女子高生はコ(子)ギャル、けばい女子中学生はマゴ(孫)ギャルということになっていた。それがルーズソックス時代に至ると女子高生がギャルの本家になったために、コギャルの「コ」もいつしか取れていく。
    茶髪、小麦肌、ベージュ口紅、ミニスカート、ルーズソックスといったギャルのイメージを完成させたのは、このときJKだったルーズソックス第一世代(1977〜80年生まれ)である。昭和の若者の流行はメディアやファッション業界が先に作り上げるという部分が大きかったが、ルーズソックス第一世代の価値観はそれまでの大人の常識や女の子らしさから大きく逸脱しており、JK自身が新しくも汚らしいファッションや言葉を次々に作り出し90年代文化の主役におどりでた。
    そのために「egg」(1995年)「Cawaii」(1996年)といった素人スナップを中心とする新しい雑誌が作り出されなければならなかったし、ルーズソックス第一世代の加齢にともないその後の20代ファッションも変化していくこととなる。まずルーズソックス第一世代の中で、高校卒業してもギャルファッションを卒業しない層が存在した。
    当初おねギャルと呼ばれていたと記憶しているのだが(おね=お姉さんの意)、ルーズソックス第一世代が20代前半になってCawaiiみたいなJK雑誌読むのがきつくなってきた・・・けどまだギャルやりたいという要望に応えてか、2000年にSカワこと「S Cawaii」というCawaiiのお姉さん雑誌が出てきた。SカワのSとはおそらくSISTERのことである。
    そのおねギャル需要に合わせるかのように、ルーズソックス第一世代のカリスマ店員が作った「マウジー」「スライ」「リエンダ」が人気ブランドとなっていく。ウィキペディアによると、Sカワの創刊号の表紙もマウジーの森本容子氏だったとのことである。
    というわけで、本来「子」に相当したはずのJKがギャルの本家となったがために、今度は20代前半のギャルが本家に対する「姉」のポジションとなった。Sカワが先がけだったとは思うのだが、ルーズソックス第一世代以降は姉妹誌が出るとき「ポップシスター」「アネキャン」「姉アゲハ」などオリジナルに姉をつけただけのネーミングが多い。
    2000年代より赤文字系(当時の言葉で言うとお姉系)ではカバーできないニッチなおねギャル市場が当たったのか、Sカワの後にもポップティーンの姉貴分「ブレンダ」(2003年)、当時ギャル化していたセブンティーンの姉貴分「PINKY」(2004年)、「ハピーナッツ」(2004年)、2006年にはRanzukiの姉貴分として「JELLY」が続き、同じ2006年ハピーナッツからはお水系の「小悪魔アゲハ」が分化した。このような雑誌の変遷からルーズソックス第一・第二世代(1977〜84年生まれ)が20代前半に相当する2000年代半ばまでのあいだに、「姉」としてギャルの最高年齢が上にスライドしていくにしたがいジャンルが細分化していったことがうかがえる。
    このように高校卒業してもコギャル草創期とはまた違った形でファッション市場を開拓し牽引していく勢いが、ある時期までルーズソックス世代には残っていた。ところが80年代後半生まれ以降は男受けやハイソックス派が存在感を増してゆき、ギャル人口減は避けられない状況となる。
    2000年代後半にはかろうじて益若つばさやくみっきーなどポップティーンのモデルが人気を博したが、2009年には老舗「Cawaii」と佐々木希を輩出した「PINKY」が休刊する。そのへんを皮切りに、2010年代に入るとギャル雑誌の休刊と路線変更があいついだ。
    こうしてさまざまな勢力がほろびた今あらためて現存するギャル雑誌を見てみると、化粧はずいぶんナチュラルになり、90年代以来ギャルのイメージと切り離せなかった茶髪と小麦肌とベージュ口紅は黒髪とおフェロチークと赤口紅にとって変わられ、服装にもこれといった独自性は見出だせなくなった。とはいえハピーナッツやアゲハが出版社を変えて復活したのを本屋で見かけたし、近年ユニセックスなカジュアルファッションが主流になっているJELLYの中から古き良きフェミニンなギャルファッションを継承する「女っぽJELLY」も出てきたので守旧派もまだまだ健在なのかもしれない。

    Sカワ2015年11月の表紙は中村アン(28歳)で「23才女子がオシャレに盛れる服!」とあり、対象年齢は明らかに高校生ではないが左上に「今イケてるコってGAL CHICだよね」と強気に「ギャル」「コ」を自称している。というわけで今の基準では、いちおう20代一杯まではギャルを名乗っても良いとみた。(このほどJELLYを卒業したモデル森摩耶はちょうど30歳である)

    ギャルの先祖

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      90年代半ばから2000年代後半まで、少女のファッションリーダーであり続けたギャルはどこから来てどこへ行くのか。が、当カテゴリー「ギャル・JK今昔」の探求するところである。そのどこから来たのかという点において、先日50代の知人より興味深い話を聞いた。
      話を要約するとこんな感じだったかと思う。90年代半ば以降に「コギャル」がギャルの名をほしいままにするまでは、女子大生(学生に限らず20歳前後の嫁入り前の娘)がギャルだった、という歴史認識はわがブログでもすでに開陳したとおりであるが、当時のギャルは自分のことをギャルと自称することはなく、あくまでオッサンなどが「若いネーチャン」のニュアンスで呼んでいたのみだったというのだ。
      つまりギャルが自らをギャルと名乗る、もしくはオッサン以外の人も若い娘をギャルと呼ぶようになったのは、コギャル以降なのだという。にわかに信じがたいが、そう言われるとそういうような気もしてきたので、そうなのだろうか。
      ところで、こんなギャル動画を見つけたのでちょっと見てくれないか。

      上岡龍太郎 関西お立ち台ギャル(YouTube)
      https://www.youtube.com/watch?v=fvhsRLSdz00


      これ「バブル当時の番組」って紹介されてるのだけども、どう見てもバブル崩壊後(くしゅくしゅソックス時代)の映像である。当時は女子高生が消費の主役として頭角を現すなどすでにルーズソックス時代の片鱗が見え始めているにもかかわらず、特徴がなさすぎてほとんどバブルと混同されているのが歯がゆい。

      日焼けした女たちが、Tバックのくいこんだ尻をブルンブルンさせながらおもしろい踊りを激しく踊っている。お立ち台とTバックってことは、1993年ではないだろうか。
      この年はジュリアナや飯島愛がよくテレビに取り上げられており、こうしたハレンチなギャルがイケてるって風潮があった。いっぽう後輩格のコギャルのあいだでもモラルの欠落が継承され、当時制服やブルマーを売る「ブルセラショップ」が話題になり始め、ルーズソックス時代に入ると援助交際が彼女たちを語るうえで欠かせない要素となった。

      上岡龍太郎「あなたたちは・・・ストッキングは履いてないんですか?」
      お立ち台ギャル「履いてないです」
      上岡龍太郎「ストッキング履いてない・・・ていうことは」
      肥後「ナマじりだよー!」

      足のすき間からストッキングごしにパンツ丸見えな女もいるいっぽうで、ストッキング履いてない女もいる。すでにこの頃ナマ足志向(ストッキングがださいという認識)が芽生えていたことを示唆しているのかもしれぬ。
      それにしても、巨乳が現在においても助平業界で安定した人気を誇っているいっぽう、尻はどうだろうか。このTバックブーム時は尻がセックスアッピールとして君臨した最期だと思えてならない。

      ヘアメイクなど見ると、黒髪・白肌・とさか前髪・赤口紅の80年代型が健在であるいっぽう、のちのコギャルとほとんど見た目の変わらない茶髪・小麦肌・ベージュ口紅の飯島愛型が追い上げてきている。95年になると眉毛が細くなり髪の毛先がシャギーになって、80年代型ギャルはほぼ絶滅した。
      しかしこの番組、放送当時は私もよく見てたんだけども夕食時にやってたわりに今見るときわどすぎるなと思う。ルーズソックス時代に入るとなぜかテレビでの女性の露出がぐんと減ったし、オウム事件の影響でオカルト番組もなくなったために、こうした倫理観の麻痺した番組を見ると、くしゅくしゅ時代らしいなーとそのおおらかさを懐かしく感ずる。
      このころくしゅくしゅソックスをはいて通学していた70年代半ば生まれのJKは「卒業したらTバックでブイブイ言わしてやるぞ」と思っていたのに、いざ卒業したらルーズソックスJKがチヤホヤされ出し何の波にも乗れなかった。

      かわいい文字史外伝

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        先日かわいい文字史を振り返ってみてふと思ったのだが、くしゅくしゅソックス時代(90年代初頭)からJKが丸文字を書かなくなり、そのかわりカクカクした文字を書くようになったのはゲルインキボールペンの普及が影響しているような気がする。自分自身がゲルインキをいつから使い始めたのか記憶はさだかではないが、少なくともくしゅ時代当時ボールペンや芯の丸まった鉛筆で書くと文字がダサくなるという認識は持っており、細いサインペンやシャーペンを好んで使っていた。
        ゲルインキはぺんてる社の「ハイブリッド」が先発だそうで実際一番よく見かけた銘柄だったが、ゼブラ社「ジェルビー」のシェアもかなりあったかと思う。ハイブリッドの発売は1989年、油性ボールペンの機能性と水性ボールペンの書きやすさをかねそなえた中性ボールペンとのことである。
        今ではゲルインキなど珍しくもないのだが、使い始めはそれまでのボールペンにはないシャープな発色とゴリッした書き味で字がうまく書けると、字の下手な私はけっこう感動したものだった。普通のボールペンとゲルインキの書き味を比較して、普通のボールペンは丸文字のようなくるくるしたタッチに、くしゅ時代以降の角を強調した文字にはゲルインキが向いているというのは何となく分かっていただけるのではないだろうか。
        それにゲルインキボールペンは「ハイブリッド」「ジェルビー」という名前からしてハイカラで、見た目もオシャだった。ゲルインキが丸文字以降の女子高生に支持されるなか、コギャル全盛期の1996年にはハイブリッドから「ミルキー」という乳白色のラインナップが発売され、そのボールペン離れした可愛い色のインクに女子中高生たちのハートはわしずかまれ手紙業界で爆発的ヒットになったはずだが、こちらはなぜかすぐに見かけなくなった。
        ハイブリッドやジェルビーのあとにパイロット社から「ハイテックC」という極細ゲルインキが発売され、それも極細が実現するシャープな書き味でかなり人気があった。しかし私の場合はこのデリケートなペン先に対して筆圧が強かったせいか10分くらい使うと書けなくなるし、確か値段もけっこう高かったのでほとんど使ったことがない。
        パイロットは「ドクターグリップ」という手の疲れないボールペンも使っている人がよくいたのだが、それも太いし重いしで逆に手ー疲れんじゃんとひそかに思っていて、いまいちパイロットとは相性が悪かったようだ。だが今は消せるボールペン「フリクション」を出しているぶん、学生に人気があるのはパイロット社かもしれない。
        こうしてみると、くしゅくしゅ〜ルーズソックス時代ってけっこう文房具戦国時代だったんじゃないだろうか。シャーペンやボールペンの指が当たる部分にクッションがつき出したのも、この頃だったような気がする。

        deepsを忘れるな

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          評価:
          伊秩弘将,水島康貴
          トイズファクトリー
          ¥ 3,900
          (1997-05-21)

          伊秩弘将がspeedのヒット後にプロデュースしていたコギャルグループ、deeps。

          逆から読むとspeedになる。デビューしたのは1997年のことだ。
          私も当時から名前は聞いたことあったけども、見るからに安っぽくspeedのイメージダウンになるとさえ思っていたし、実際そんなに売れなかったはずだ。ウィキペディアによると、その「渋谷のコギャル」然とした素人くささは彼女たちの売りだったらしい。
          かなり前に友人の家で見た全盛期のeggにこのグループの広告が出てたのをふと思い出して調べたら、この真ん中の女はeggの読者モデルであり、中学生時代からマゴギャルとしてメディアに出ていたとのことだ。マゴギャルってのはコギャル(子ギャル)って言葉ができ始めたくしゅくしゅソックス時代に現れた中学生ギャルのことだが、確かにくしゅくしゅ時のマゴギャルが潜在的なルーズソックス第一世代だったってことなのだろう。
          あともう1人がCawaii!の読者モデルらしいがどっちか分からない。しかし90年代の「オリーブ」を見たときも思ったけど、1995年以降のヘアメイクは眉毛が整えられているし口紅もベージュ系なので今見てもそこまで時代を感じない。
          むしろ今流行っているシースルー前髪や赤い口紅のほうが、古臭く感じることさえあるほどだ。それでも動画で見ると、やっぱり20年前クオリティなのだが。

          [PV] deeps "ハピネス" (YouTube)
          https://www.youtube.com/watch?v=owyHj7T5IYI


          まず歌が下手くそすぎる。当時はうまいと思っていたspeedも今聴くとけっこう違和感あるので、宇多田ヒカル以後に日本人歌手の歌唱力が底上げされたって面もあるのかもしれない。
          歌詞を読むと「ひとつになりたい」などとありがちな婉曲表現を使うわりに、ラブホがどうとか、ヤンチャしてるあいだにみんなやることやってるとか、見た目を裏切らないヨゴレ感満載な内容だった。伊秩氏の歌詞はspeedでもかなりきわどい表現が多いのだが、ここまで直接的ではなかったであろう。
          なぜコギャル全盛期で、かつ人気プロデューサーの手がけたdeepsがあまりパっとしなかったのだろうか。speedはそのダンスで見せる小中学生らしからぬ大人っぽさがきわどい歌詞ともバランスが取れており、何が正しいか分からないカオスなご時世を生き抜くルーズソックス世代以降の刹那感を体現していたと思うが、90年代J-POPはコミカルやB級っぽい路線はまったく好まれていなかったので、deepsはその安っぽさが裏目に出たんじゃないかなと分析した。
          伊秩氏とよく比較されていたのが、speedと同じ沖縄アクターズスクール出身の安室奈美恵などを手掛けた小室哲哉で、小室氏の歌詞は性的だったわけではないながらも、若い女特有の孤独をえがき出すのがうまかった印象がある。でもこれまた今読むとまったく意味不明だったりするのだが・・・

          かわいい文字史

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            女性たちの間で流行っていた「丸文字」 若い世代は使っていない?(ガールズちゃんねる)
            http://girlschannel.net/topics/489394/



            私が記憶している限り丸文字が書かれなくなったのは90年代初頭、くしゅくしゅソックス時代からだった。くしゅくしゅソックスというのは、おそらくルーズソックスの前身になったと思われるちょっとシワを作った靴下のことだ。
            最近よく出回っているサンダル用の靴下に似ているが、そもそも今のファッションがくしゅくしゅ時代のリバイバルなのだろう。これをリアルタイムで履いていたのは1973〜76年生まれ、現在38〜42歳くらいのアラフォー世代である。
            くしゅくしゅ時代はすでに「コギャル」という言葉も存在し、一部に髪の毛を脱色したり日焼けでトロピカルなアバズレ娘がいたりとその後の女子高生ブームの前兆が見られるのだが、まだ世間的な注目度は今ひとつな段階だった。今ではブームの最先端=渋谷の女子高生ってのは定番ながらも少々手垢のついたイメージであるが、80年代までちやほやされていたギャルは女子高生というより女子大生だったようだ。

            先日逝去した川島なお美も女子大生DJってのが売りだったし、ピースボート時代の辻元清美もやっぱりカフェバーやディスコに入り浸るフツーの女子大生ってのを売りにしていた。2人とも1960年生まれであり、この世代の大学生をえがいたドラマ「ふぞろいの林檎たち」もヒットしている。

            というわけで女子大生ブームというのは基本的に80年代なのだが、当時のしゃべり方や文章などは「ヤッダー」「ウッソー」などとぶりっ子かつ軽薄なノリで、今の若い娘とは声色もだいぶ違う。丸文字はそのキャピキャピ感を表現するにあたって発達していったのだと思われる。
            なお80年代におけるギャルにありがちなノリは、下記の嘉門達夫「ペンション」歌詞を参考にしていただきたい。

            ペンション(歌詞タイム)
            http://www.kasi-time.com/item-13660.html


            「by the way」「but」など接続詞が突然英語になったり、「いろいろ」「まだまだ」を「いろ2」「まだ2」といったふうに書くのも定番だった。当時の投稿雑誌のペンネームは好きな男の名前を使った「○○くん命」が多く、この世代が母親になってからは子育てブログなどで「○○ママ」と子供の名前を冠したペンネーム(ハンドルネーム)を使っているものと推察される。
            手紙の様式としては「dear○○」か上の画像のような「○○へ」の「へ」にヒゲがついてる宛名から始まり、差し出し人は「by○○(自分の名前)」最後に「PS」というショートメッセージをつけたすのが基本で、PSはピーエスでなく「ついしん」と読む。PSが何の略なのか分からず検索したところ「ポストスクリプト」だと今初めて知った。
            あと彼氏のことをBF(ビーエフ。ボーイフレンドの意)と書くのとか、キッス→ちちくり→エッチをABCで表すのも、ルーズソックス期に廃れた風習ではないかと思う。ディープキスを「D-Kiss」と表すこともあった。
            くしゅくしゅソックス時代から女子は丸文字を書かなくなり、そのかわりカクカクした文字になった。このカクカクした文字はくしゅくしゅソックスと同じく80年代とコギャルブームのはざまの一瞬しか存在しなかったため、検索しても出てこないし私もよく思い出せない。


            ガールズちゃんねるのレスで「丸字の次に流行りかけた字」と紹介されていた宮沢りえ(1973年生まれ)の字。確かにこれはくしゅくしゅソックス世代が書いていた文字のイメージに近く、不鮮明ながら非常に貴重な画像である。

            あと誤字を塗りつぶしたときに、目玉を2つつけてみの虫にするのが流行ったのもくしゅくしゅ時代だったはずだが、修正液が普及し見かけなくなった。そのほかに「連ドラ」というドラえもんをつなげて描くラクガキ?とか、手紙をYシャツみたいに折るのもけっこう人気があった。
            ルーズソックス時代が到来して以降、若い娘のキャピキャピ感はなりをひそめ「まじうぜぇ」みたいな口調になったために丸文字が使われなくなるのは必然だったが、特にその当時のギャルの文字に特徴があったという記憶はない。おそらく下に貼った浜崎あゆみの字が、標準的なルーズソックス世代の書体ではないかと思う。


            ルーズソックス第一世代にあたる浜崎あゆみ(1978年生まれ)の字。色のついた紙にミルキーっていうぺんてる社から出てた乳白色のボールペンで手紙書くとちょうどこんな仕上がりだった。

            丸文字ほどの強い個性がなくなったとはいえやはりその時代ごとのかわいい文字というべき特徴はあるはずで、とくに2000年代以降は源氏パイみたいな形のハートを多用するようになった気がする。丸文字フォントにおけるハートは丸っこく、右あたりにチョンチョンとヒゲみたいなアクセントをつけていたのだが、くしゅくしゅ時代にVみたいな形のハートが流行り、2000年ごろから先端をあまりとがらせない源氏パイ型が主流になった。


            木下優樹菜(1987年生まれ)の文字。ルーズ・ハイソ切り替え時の2003年より女子高生でハートは源氏型。

            とまぁ丸文字を使っていたのが若くてもアラフォーということを考えると、若い世代は使っていない!などと驚くのも今さら感がある。使わなくなったどころか、知らないか親が丸文字ってレベルだろう。
            あと手書きとはちょっと違うかもしれないけど、近年携帯などで普通に使われるようになった笑いを意味するwwwとか(´Д`;)(´・ω・`)みたいな顔文字は、もともと2ちゃんねるくらいでしか見たことないオタクの記号であり、インターネットに縁のない女子供はガラケー搭載の絵文字を使って文章をデコってたはずだ。おそらく10年くらい前の「電車男」「のまネコ」ブームでじょじょに風向きが変わったんだろうが、今はむしろ2ちゃんねるで顔文字使う人のほうが珍しいかもしれない。

            JELLYも韓流

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              ギャル雑誌JELLYが最近アイドルをゴリ押しし出したのでランズキにでも乗り換えようと思っていたのだが、肌寒くなって秋服を参考したかったこともあり不本意ながら買ってきた。

              「SNSで話題!韓国ビューティーに注目!」と題して、韓国メイクの特集が組まれていた。
              そういえば今年からViViなど赤文字系のメイクページでよくシースルーバングやムルグァンメイクが紹介されていたが、JELLYはたいして韓国推ししてなかったのでやや意外な感じを受けた。ただ同誌は基本的にスマホでSNSを駆使するのがイケてる女、という世界観があるために、韓国メイクがインスタグラムやYouTubeで盛り上がってることを受け最先端のビューティーと位置ずけたのかもしれない。

              やっぱりこのアイドル好きになれん。
              ここに載ってるのではオルチャンメイク、ドファサルメイク、ムルグァンメイク、シースルーバング、ティントリップは分かるけど、BCクリーム、タンバルモリ、タルコマンメイクは初めて聞いた。もう何が何だか分からない。
              ドファサルで思い出したけど、何で最近の化粧品の赤いのは「バーガンディー」って言うようになったんだろう。

              これをシースルーバングと言い張るとは・・・、韓国人が見たら笑うぜ。

              JELLYは韓国ビューティーとは別に「ジェンダーレス」という概念を提唱しているのだが、これは読んで字のごとく、性別の枠を超えたファッションのことなのだそうだ。ユニセックルってのとは違うのだろうか。
              よく分からんけども、ジェンダーレス男子が台頭してるとのことで、その中でも「とまん」、先日テレビで話題になってるって聞いて彼に密着した番組をチェックしたところ、男なのにイガリメイクみたいに目の下を赤いほお紅してて、これ左傾化した渋谷区のステマじゃねぇのかと邪悪な気持ちでしか見れなかった。
              現代の服装は90年代前半期リバイバルなこともあって、今から20年前にいしだ壱成と武田真治が牽引した「フェミ男」(フェミニンな男という意味)の再来という面も考えられなくもないが。

              この人なぜか密着の途中でエチュードハウス(っていう韓国コスメの店)に寄ってたこともあって、私の脳内で韓国ステマ要員の疑惑が浮上した。さくぱんくんというジェンダーレス男子は「新大久保系男子」って紹介されてるし、IKKOほかオネェ軍団といいゲンキングといい、何でこの手の女性化した男はいちいち韓国推しなんだろうか。
              こうしたジェンダーレス男子に対してジェンダーレス女子は神取忍みたいな感じなのかと思ったが、ただたんに男っぽい服を着るっていうだけだったので安心した。というわけで、この秋はジェンダーレスで逝きましょう。

              おしゃPとはなんだったのか

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                今月号のJELLYをチラ見したところ、スーパーガールズとかいうアイドルがモデルに加入していた。
                JELLYのモデルいわゆるジェリガはegg出身が多く正統派ギャルの精神を継承していたうえ、タレントや歌手と兼業していないところを高く買っていたのだが、とうとうギャル魂をアイドル界に売り渡したようだ。
                本件に限らず、テラスハウスやアイドルがモデルやグラビアにゴリ押されてきているのを見ると、例外なく顔面や体型に違和感をおぼえてしまう。おそらく雑誌モデルもやってるってことで、男性ファンに「われわれの○子ちゃんが女性たちにも支持されている」というきらびやかな既成事実を作り出し、また女性読者にも名前と顔を覚えてもらえるというひと粒で二度おいしい手法なのだろう。

                謎の肩書き「おしゃP」が廃れてきた! 元祖おしゃPが続々と退職(messy 6月8日)
                http://mess-y.com/archives/20503

                ・・・
                2010年5月に発売された『JJ』(光文社)7月号の表紙に、突然「おしゃPになりたい!」という文字が現れた。おしゃPとは、「洋服やライフスタイルがおしゃれなプロデューサー」の敬称で、同誌が作ったファッションインフルエンサー(=強い影響力を持つ人々)だ。  
                ・・・
                その多くはMARK STYLER株式会社(以下マークスタイラー)にてファッションブランドを展開していたが、今年に入ってプロデューサーの松本恵奈、串戸ユリア、クリエイティブディレクターの近瑠美が退職を発表した。  
                ・・・
                おしゃPブーム絶頂期には、ここぞとばかりに多くの人がブランドを立ち上げたが、元AKB48・篠田麻里子の『ricori』など、すでに閉店しているブランドも多々ある。10代〜20代前半の女性には「マークスタイラー系」と呼ばれるファッション系統が存在するほど、確実に一時代を作った彼女たちの転機……。松本と串戸は、それぞれ再スタートを切ることを発表しており、松本の新ブランド・CLANEの展示会の様子を自身のインスタにて公開した。 
                 “マークスタイラーのおしゃP”という恵まれた環境にいた彼女には、退職しても知名度は高く多くのファンを抱えている。とはいえ、CLANEの値段設定は、ジャケット39,000円、ニット22,000円、スカート24,000円、靴32,000円などと、松本の前ブランド・EMODAとの価格差は大きい。「ギャルを卒業した30代以上の女性の『特別な1枚』」というブランドコンセプトとのことだが、今までの消費者は着いてくるのだろうか。松本のファン以外は、この値段を出して彼女の服を買いたいと思うのだろうか。
                「ギャルブランドあがりのプロデューサー」といえば、ENFOLDを立ち上げた植田みずきが有名だろう。彼女はマークスタイラーと並び「ギャルファッションの2大企業」とも言われている株式会社バロックジャパンリミテッドにて、人気ブランドSLYを立ち上げ大成功を収めた。そしてENFOLDも、いまや新宿伊勢丹や銀座三越などに店舗を構え、『ELLE Japon』(ハースト婦人画報社)や『GINZA』(マガジンハウス)に掲載されるほど、確固たるハイブランドの地位を築き上げている。CLANEとENFOLDは、価格帯やファッション系統において類似点が多い。果たして松本は植田を越えることができるのだろうか。そもそも、松本がEMODAを立ち上げた際「MURUAのパクリ」とバッシングを受けたこともあり、「また……?」と疑惑の目を向けずにはいられない。
                ・・・


                「おしゃP」は、2010年夏から2011年末までコンサバ雑誌の「JJ」が盛り上げようとしていた概念である。私はその当時JJを読んでいなかったため、そんな言葉があったこと自体最近まで知らなかったのだが、本当におしゃP旋風って実態あったのだろうか。
                おそらくエモダとかムルーアは普通にギャルショップとしての地位を確立してるとは思うのだけども、そんな109系ブランドをJJが持てはやしていたのが不可解だ。可愛ゴー以降の路線を打ち出せないまま、赤文字系の中で好調なViViを意識したのだろうか。
                突如として始まったブーム創出にくわえ、プロデューサーを「P」と略すようなよく分からない業界人ノリが女性読者にバカ受けしたとはにわかには信じがたい。げんに今のJJはおしゃP路線を廃しナチュラルやモードを取り入れた堅実で大人見えなファストファッション路線に転換している。そういう意味では、おしゃPなどとっくに廃れているだろう。
                ちなみに上の記事にもあるようにギャルショップは大きくバロックジャパンリミテッドとマークスタイラーという会社が二大勢力らしく、JJが盛り上げていたおしゃPは「エモダ」「ムルーア」などのマークスタイラー系のようだが、もともと109系ブランドの代名詞として君臨しているのは「マウジー」「リエンダ」「スライ」を展開するバロック系だった。この3つは109がギャルショップの殿堂として不動の地位を築くなか、カリスマ店員ブームを牽引した面々がそれぞれに立ち上げたブランドで、初期はバロックではなくフェイクデリックという名前の会社だった。

                もともとエモダの松本恵奈もリエンダの店長だったという。昔からギャルショップってのはカリスマ店員が新しくブランド立ち上げるって相場が決まってるみたいなので、そう考えたらおしゃPのようにプロデューサーが注目されることって別に目新しくないんじゃないかと思うんだけど、いったい何が売りだったのだろう。

                ラクロスとはなんだったのか

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                  先日とあるK-POPアイドルの新曲をチェックしたところミュージックビデオのコンセプトがラクロスだった。このラクロスとかいう謎のスポーツは今でも知名度あるんだろうか?
                  なぜそんなことが気になったかというと、ラクロスって90年代初頭くしゅくしゅソックス世代のあいだでテニスに代わるJKのおシャンティな部活とばかりにもてはやされていたのだが、コギャル時代が到来するやいなやパッタリと聞かなくなったのである。

                  フジテレビ系「じゃじゃ馬ならし」(1993年7月〜9月)
                  このドラマが始まった当時、さっそくブーム取り入れたな〜。と思ったので、ラクロスがブームと言われていたのは1993年であろう。ちなみに上画像は中央が観月ありさ、その右隣が内田有紀、脇役として右端が三井ゆり、左端が本庄まなみとなっている。
                  内田有紀は当時爆発的人気でその爽やかな短髪もJKのあいだでブームになったが、これはごく一時期のものでコギャル時代が到来すると内田有紀はほとんど忘れられた存在になっていた。しかしくしゅくしゅソックス世代を考察するにあたって内田有紀は非常に重要な存在であり、またいづれ言及せねばならない。

                  有紀カット・・・これまで何故かロングヘアが流行して、あきられかけてたところに登場したボーイッシュな魅力の内田有紀。そのショートカットが女子中高生に新鮮な魅力と映った。猴紀カット瓩3人に1人程度だというから大へんなもの。タレントとしても注目度No.1だ。
                  「マンゴープリンとフルーツポンチ」(1994年) 93ページより



                  こういうブレザー着たフジテレビの学園ドラマを(トレンディードラマと比較して)オシャレだと思っていた記憶がある。桜井幸子の「高校教師」はセーラー服だったが、あれはたぶん野島伸司の意向でわざと古臭くさせていたのだろう。
                  「じゃじゃ馬ならし」には武田真治といしだ壱成が出演しているのだが、この2人は当時「フェミ男」とも呼ばれていて、モミアゲを伸ばしたりピチっとしたパンクっぽい服を着て今までのかっこいい男と全く違う雰囲気をまとっていた。
                  もともとフジで放送されていた「ぼくたちのドラマシリーズ」が若手を多数登用していて、キャラ設定などを見ても全体的に80年代ともコギャル時代とも違う、くしゅくしゅソックス世代特有のノリが息ずいていたと思う。私が記憶している限り、内田有紀がブレイクしたきっかけも同シリーズの「その時ハートは盗まれた」からで、このドラマが放送されていた当時クラスでも内田有紀の可愛さはかなりの話題になっていた。
                  ただ主役の観月ありさや一色紗英に関しては、旧態依然としたバブリーなワンレンや太眉だったこともあって、フレッシュな新人俳優というよりも宮沢りえとか牧瀬里穂と同じ電通がゴリ押してる美少女CMアイドルってイメージだったが。

                  上のラクロスのユニホームはミニスカートだが、制服のスカートはまだ丈が長く、靴下も短い。もしかすると、JKのミニ丈志向が高まる中にあってユニホームが可愛いからこその人気だったのだろうか。

                  こちらは小沢真珠出演「グリコプリッツ」CM。1994年ごろ。
                  くしゅくしゅソックス時代に描かれる高校ってやけに都会的というか、現実離れした印象がある。そもそもラクロスしてるJKをリアルで見たことないし。

                  しかし当時ダサダサJCだった私は、こんな芝生の植わったオシャなハイスクールに熊手担いで通学するブレザーJKに少なからぬ憧れを抱いていたのだった。

                  ガウチョ

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                    JELLY6月号は安井レイと坂本礼美の双子コーデ(ペヤルック)

                    このぶっといズボンはガウチョというらしい。
                    2015年春現在ファッション業界が無理やり流行らそうとしている服部門第1位(2位コンフォートサンダル、3位白い靴下)なので服屋ではよく見かけるのだが、じっさいに着ている人はそこまで多くない印象である。
                    出始めなので「これ、かわいいのか・・・?」って、消費者が戸惑っている段階なのかもしれない。

                    そしてもっと戸惑ったのが「二日酔いメイク」。
                    オイリー肌、ベトつかせた髪、にじんだアイメイクがセクシー・・・って、それ二日酔いというより風呂入ってないメイクじゃないんかと。

                    ウエットヘヤーはジェルやポマードでセットする。
                    一歩間違うとシャンプーしてない人みたいになりそうな危険なブームだ。

                    それにしてもハンサム、ハンサムってJJもよく服のことをハンサム連発しているんだけども、どういう意味なんだろうか。たぶんガーリーじゃない(甘くない)、モノトーンやカーキの服装じゃないかなとは思うのだが確信が持てない。
                    ハンサムのほかには「こなれ」っていう言葉もよく見かける。

                    最近ジェリガに加入した香川沙耶もみほっこや矢野安奈と同様フィリピン系だったらしく、ギャル雑誌のフィリピンハーフ率の高さをうらずけている。香川氏は純アジア系というにはあまりにもスタイル良すぎるし、顔も別段フィリピンぽくないので意外に感じていたところ、もともとスペインが混じっているとのことでそっちの血だろうなと納得した。
                    ちなみに今産休の矢野安奈はフィリピンハーフの男性と結婚したらしい。

                    知られざる109史

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                      最近、藤田ニコルっていうポップティーンのモデルが「ギャルの神様」としてバラエティ番組に出ているらしい。

                      従来の基準からいうと青文字系じゃないか?この髪の色と前歯の感じは・・・
                      なんというか現在のポップティーンを見ていると、JKのメイクやファッションがあまりにも多様化しすぎててどういう系でやっていこうとしてるのかよく分からない。藤田氏のような原宿風味な子がいるいっぽうで、別の看板モデルには確か八重歯装備で金髪にルーズソックスというヤンキーと区別のつかない古風な白ギャルもいた、名前知らんけど。
                      そんなわけで現代の迷走中のギャル業界にも興味はつきないのだが、私がギャルの歴史にもっとも関心があるのはコギャルブーム前夜のJKの動向である。
                      これについて、あるときギャルの代名詞でもある渋谷109についてふと疑問がよぎった。

                      コギャルブーム到来が1995年あたりなのだが、109はその全然前から渋谷に存在しているのだ。ではコギャルブーム前の109っていったいどういう存在だったのであろうか。
                      ウィキペディアによればもともと西武系のファッションビルであるパルコおよび公園通り(パルコ=公園の意)に対抗して東急本店通り(現在の文化村通り)に人々を吸引する意図で1979年にオープンしたのが109である。
                      70年代は西武系の商業施設が若者文化としてブイブイ言わせだした頃なので、その当時は東急も西武を意識していたのだろう。文化村ってのも、どことなく西武テイストで80年代残滓な雰囲気をかもし出している。
                      今ファッションビルの代表格といえば109やルミネが思い浮かぶが、もともとファッションビル業界を牽引していたのは丸井とパルコであり、70年代から若者文化としてのファッション、とくにDCブランドが幅をきかせるにしたがいそうしたテナントが入ることによる家賃収入にくわえて、デザイン性に富んだ既製服をクレジットカードで買わすっていうビジネスモデルだったらしい。
                      ウィキペディアでは、以前の109は20代後半から30代が対象だったがその後方針を転換した。くらいにしか書かれていないが、当時の状況について、内部の人が語った貴重な証言を発見した。

                      キーパーソンが語る渋谷の未来
                      http://www.shibuyabunka.com/keyperson/?id=35

                      ・・・
                      シブヤ109は昭和54年にオープンし、あらゆる世代をターゲットとした全方位型の商業施設として、ずっと営業を続けてきました。しかし、平成8年ごろには売り上げがガタガタで、生き残りのためには大改革が求められていました。しかし、そんな時でも、女子高生向けにルーズソックスなどを販売していた地下1階の店舗だけはとても繁盛していたんです。そこで、ここは思い切って女子高生世代にターゲットを絞ってはどうかということになりました。大きな賭けでしたよ。スタッフが全国を回って、ギャル系といわれるような「とがった」ファッションのブランドを集め、徐々に店舗を入れ替えました。すると、平成9年には売り上げが20〜30%ほど上がったため「この方向で間違っていない」と確信し、さらに改革を推し進めたのです。これが新生SHIBUYA109の「第1ステージ」の時期にあたりますね。
                      ・・・
                      当初は、少し不良っぽいというか、母親が娘を行かせたくないようなイメージがありました。ガングロと呼ばれる女子高生たちが集まっていましたからね。それが平成11年ごろから、「EGOIST」などのブランドから「カリスマ店員」が登場し、それがブームになって、SHIBUYA109の全国的な知名度が一挙に高まったんですね。我々はこの時期を「第2ステージ」と呼んでいます。このころからお客様と同じ年代の販売員たちが、単に販売するだけでなく、企画から関わり、雑誌やテレビなどのメディアにも登場するようになりました。それによってお客様と読者モデルとしてメディアに出ているような販売員の間に一体感が生まれていったんです。
                      ・・・


                      私がこれを読んで意外だったのは、109がギャルショップに転換する時期とコギャルブームにややタイムラグがあったことである。平成8年ってコギャル全盛期なのだが、その頃の109はというとまだ方向性が定まっていなかったのだ。
                      じゃーその頃すでに創刊していた「egg」(1995年)とか「cawaii!」(1996年)って、いったいどんなブランドを掲載していたのだろうか。私の見立てではサーファー系だったんじゃないかと思うのだが、とにかく109はルーズソックスの売り上げを受けてJK向けにすると決めてからは全国をまわってギャルショップを集めたのだという。
                      そして109が女子高生に追随する形で、ギャルショップとしてのイメージを確立したのは1999年頃だったと。
                      このときのカリスマ店員ブームってのは私も覚えている。カリスマ美容師とかカリスマっていう言葉が使われ出した頃で、カリスマ店員の代名詞はエゴイストの中根麗子だった。
                      当時の中根氏は、ガングロで厚底ブーツに金髪で下着みたいな服を着ていたように記憶している。エゴイストという店は今でも全然あるのだが、中根氏はその後バロックジャパンリミテッドという会社で新ブランド「リエンダ」を立ち上げて、今ではギャル系の代表的なショップとなっている。
                      このバロック社はリエンダの他にも「マウジー」「スライ」などカリスマ店員が作ったブランドによって、2000年代よりギャルショップの中では圧倒的な存在感を放っている。かの木下優樹菜もマウジー109店の店員であり、バロックからブランドを立ち上げた1人である。


                      マウジー時代の木下優樹菜。なぜ名前が韓国人風なのかは不明。

                      リエンダ、マウジー、スライを作ったのはルーズソックス第一世代に相当する世代であり、もともとがショップ店員だったことをふまえると、服飾関係の専門学校とか行ったわけではなく完全にストリートのギャル出身だろう。それ以前のトレンドはマガジンハウスなど一部の業界人が主導し、欧米文化やモードに追随する面が強かったと考えられるのだが、ギャル文化は消費者側である女子高生がほとんど1から作り上げたという点で従来のファッションの文脈とは完全に断絶しているように思われる。
                      コギャル以前のJKは今ほど新しい文化を作るとか消費を牽引するというイメージはなく、ティーン向け雑誌も初Hがどーのとか、エロ本みたいなのばっかりでけっしてファッション性が高いものではなかった。それが95年あたりをさかいにJKの世界観というのは様変わりするわけだが、それが急すぎてどうしてそんなことが起こりえたのか今考えると謎が多いのだ。

                      ECDのロンリーガール feat.K-DUB SHINE(YouTube)
                      https://www.youtube.com/watch?v=CQzH1ENCHhc

                      コギャル全盛期の渋谷を歌ったJ-POP。
                      黒肌、茶髪、細眉、地べた座り、汚い言葉、ブランド物、援助交際などだいたい当時の女子高生のベタなイメージを押さえている。

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