ギャルの生活

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    「ギャルズライフ」1982年2月号。

    けっこう有名なツッパリ雑誌らしいが、短命だったせいかその詳細はウィキペディアにも載っていない。下の引用記事によると、1978年に創刊、1984年に国会で性欲雑誌として名指しされて以降「ギャルズシティ」に名前を変えたものの、その後ほどなくして廃刊したとのことである。

    神保町裏通り日記(くだん書房)
    http://www.kudan.jp/nikki/nikki1111.html

    ギャルズライフは1980年のものが2冊。どんな内容かといえばティーン向けのファッションとかの流行物を扱う雑誌。マンガもちょっとだけ載ってます。 主婦の友社が出していました。  
    このギャルズライフに関する逸話にこんなものがあります。1984年2月14日、当時の自民党政調副会長だった三塚博が衆議院予算委員会の席上で、この「ギャルズライフ」を含むティーンズ誌5誌を名指しで「性欲雑誌」と糾弾しました。他の4誌は飛鳥新社「ポップティーン」学研「キッス」近代映画社「エルティーン」平和出版「キャロット・ギャルズ」でした。今だったらかなり喧々囂々の大問題になりますが、当時出版界もそんなに過激ではないので、学研「キッス」と平和出版「キャロット・ギャルズ」は翌日にはあっさりと廃刊宣言しちゃいました。残った3誌も誌名変更や路線変更してゆきます。結局残ったのは「ポップティーン」(現在は角川春樹事務所刊行)くらいでしょうか。  
    話しを元に戻します。「ギャルズライフ」の創刊は1978年頃(推定)で、上記の事件後「ギャルズシティ」と誌名変更します。それでも結局その後、1年余りで(多分1985年6月頃)廃刊になったようです



    このころはまだちょめちょめのことをエッチではなく、「C」と呼ぶのが普通だ。よって上画像の文中に出てくる「H」とは小笠原恵子の上を通り過ぎていった男のうちの1人のイニシャルらしいが、HとAまでいっただのBFだのとアルファベットだらけで訳わからなすぎてあんまり読む気しない。
    しかしこれどこがツッパリ向けなのよ?ってくらいイモしか載ってないし、性欲たって鑑別所がどうのシンナーがどうの言う自慢ばかりで、肝心のプレイがどうだったのかについて書かれていないではないか。そう考えると国会で名指しされた中で廃刊する雑誌もあったにもかかわらず、性欲という点ではギャルズライフよりはるかにゲスかった「ポップティーン」「エルティーン」の2誌が90年代まで生き残れていたのが不思議だ。

    この頃はまだラーメンやメンマのことを支那ソバとか支那チクとか言っていた時代なので、日本人の人権意識もお粗末なものである。以下、19歳(当時)のツッパリが語る避妊への思い。
     

    オレは、まず避妊はしないよ。膣外射精っていうの?出そうになると外に出すやつね、あれもやらない。全部中に入れちゃうんだ。オレたちの場合だと、コンドームをつけると、女のほうが「私のこと、好きじゃないんでしょ」って怒るんだ。で、自然とナマでやるようになるわけ。妊娠しちまうってことはけっこうあるよ。I・Fの場合だって、2回あった。モチロン産ませる気はない。オレたちに生活能力がないしね。金を払って堕ろさせる。ただね、遊びの場合は別だよ。できたってうわさ、聞いてもシカトだ



    しかしギャル史を探求するにあたって、これまでコギャル登場前までのギャルは20歳前後の娘と規定し、自らをギャルと自称することはなかったという仮説も紹介していたが、本書で「私は高1のギャル」「わたし高2ギャル!」と自己紹介する投書がチラホラ見受けられる。昭和50年代におけるギャルは、不良少女のことだったのだろうか。

    マンガはなぜか男同士のもの。

    写真のマンガは90年代の性欲雑誌でもよく見られた。今でもあるのか?

    若かりし頃の未知やすえ発見。

    ルーズソックス世代としては、ジェネレーションギャップを感ずるのが昭和のツッパリ文化だ。イメージ的にはチリチリパーマに改造セーラー服(短いセーラー服と長いスカートのチマチョゴリ型シルエット)であり、ブレザーでミニスカートでシャギーのコギャルとは同じ非行少女でありながら見た目も行動も対照的である。
    ツッパリギャルが暴力やシンナーやガンとばしなど分かりやすい問題行動で親や先公に刃向っていき最終的に10代で妊娠するのに対し、コギャルは大人たちの目の届かない所で春をひさぐなど不純異性交遊にふけり、若者のノリを演じて壁を作っていた。90年代前半の性欲雑誌「ルナティーン」から出た「マンゴープリンとフルーツポンチ」(1994年)を読むと、高感度消費者および性の商品として女子高生の価値が高騰するなか少女たち自身もそれらに対して自覚的にふるまう様子など、その後援助交際が問題になったルーズソックス時代の荒波を先どりした内容となっている。
     

    売春・・・ある情報通によると、女子高生の相場は、5万円だとか。とても安い給料のサラリーマンではお相手してもらえる値段ではない。ちなみに、女子大生は3万円、OLは2万円…この年代は、1〜2歳の違いで相場も変動する。女子高生は男たちにとって高嶺の花…?(19ページ)

    マゴギャル・・・女子中学生のことをマゴギャルと呼ぶが(女子高生はコギャル)、今年になり風俗産業予備軍としてマゴギャルが登場。実際、昨年12月に東京・赤坂のクラブが警察に摘発されたとき、家出中の女子中学生2人がボディコンでおさわり、のサービスをしていたとか。(21ページ)

    情事の写真・・・「部屋を1回5000円で貸して、オヤジと女子中学生にセックスさせんの。で、隠しカメラで録画しとくのよ」それを男友達に売ってるんだそう。ヤクザだってそこまではやんないだろう。いまどきのコギャル(女子高生)はスゴイことやる。(23ページ)

    売春グループ・・・新宿歌舞伎町あたりにたむろする売春グループの売春あっせんの仕組みは、コマ劇場あたりで家出少女をひっかける。少女はだいたい脅されるか説教されるかしてポケベルを持たされる。客のオジサンが待つホテルを泊まり歩くことになる。おお、コワイ。(31ページ)

    ヒミツのパーティ・・・ある情報によると、ホテルや温泉旅館でパーティが開かれる。集まったのはおじさんVSコギャル10組。その夜のメインイベントがパンツのオークション。おじさんたちの目の前で脱いでゆき、1枚いくらでセリ落していくもの。パンツって価値があるんだね。(203ページ)

    逃げるが勝!?・・・テレクラで知り合ったオジサンと喫茶店で落ち合い、お小遣いを先にもらって、ホテルへ行く約束。オジサンが喜々としてレジでお茶代を払っている間に先にドアの外へ出て、一目散に逃げだす。約30秒くらいが勝負!やっちゃいけないことだがよくある例。(217ページ)

    枕探し・・・これ、やったら窃盗にあたる。“3Pをやろうよ”と町でナンパしたオジサンと3人でホテルへ。その気になったオジサンはさっそくシャワールームへ。シャワーを浴びているあいだに財布の中から、シヘイだけをいただいて逃げるコギャルがいるそう!(231ページ)

    パンツの仲介人出現・・・ブルセラショップで、売買が厳しくなったあと、渋谷のゲーセンあたりに出現しているのがパンツの仲介人。パンツを売りそうなコに“パンツ売ってよ”と声をかける。その場で500円、1000円で買い取るのだそうだ。ホント、いろんなのが出現するよ。(235ページ)


    以上のような女子中高生がオジサン相手にパンツや体を売るという蛮行は、この後のルーズソックス時代にコギャルと結びつけて語られることが多かった。今でも女子高生好きの男が多いことを考えるとLINEなどを介して性を売りにする少女も少なからず存在するかもしれぬが、90年代の終末感とはまったく比較にならないであろう。
    いっぽうルナティーンは性欲雑誌らしく読者による体験談も載っていたものの、あまりにも荒唐無稽な作り話が多くルーズソックス時代以降この手の路線は人気低迷したと考えられる。ここに一部を紹介するが、青少年の悪影響への考慮およびあまりエロ系の単語があると投稿できないこともあり、読みにくくなるのを承知のうえでもともとの伏字○に加えこちらで多くの単語を●で伏せさせていただいた。
     

    信じられる!?父母兄弟の4人で、よ!

    初めまして・・・私は14歳の女の子です。私の家は父と母と兄と私の4人家族です。ある日、父と母が出かけていてわたしと兄の2人だけでいました。私はおふろに入りタオルをまいて出てきました。すると兄が自分の部屋から出てきました。兄は鼻息がすごくあらくて野獣のようでした。そして私にだきついてきました。最初はすごく抵抗したけど、そのうちもうどうなってもいいという気持ちになってきたんです。そしていつの間にか2人共裸になっていて兄が私の“アソコ”をなめていました。私は思わず「あーん♥」と声が出てしまいました。その時です。ドアがガチャンと開いたかと思うと目の前に父と母が・・・。そして父が「おまえら、いつからそんな関係やったんや?」と言って服をぬぎはじめました。そして母も・・・。それから4人で“H”をして楽しみました。今でも兄とはやっています。私みたいな体験をした人は教えて下さいね。
    by大ちゃんも好きやけどようちゃん命
    (218ページ)

     

    3Pでアソコがはれた私の㊙体験談

    『助けて!』と言ったって、どうしようもない話ですけど、私(17歳)みたいなつらい毎日を過ごしている学生もいるということを読者の方にも知ってほしくて・・・いいえ、私自身、もうつかれきっているのです。この悪夢のような毎日に・・・。
    まず最初に私は表向き、どこにでもいる普通の女子学生です。But学校から帰れば『コールガール』同然のようなことを強制されているのです。それも毎日2変わる私のご主人様の所へ・・・。
    ことの始まりは20歳中ばのカッコイイ3人組にナンパされた事です。カラオケや食事・・・そしてホテル・・・。「かわいいね君」「オッパイ大きいね」などと耳もとで、しびれるようなささやき。そしてディープKiss。3人の情熱的な愛撫。1人は胸に・・・アソコをピチャ2.グチュ2と舌でク●●●スを転されてイキそうな私・・・「アン・・・イイィ〜イレて〜」と叫ぶ私にバックから入ってきた1人。「ハゥ〜ンアン・・・イイ・・・イキそう・・・」「まだ2、夜は長いゼ、イカせねぇよ」「よし、3Pにしようぜ」と、オマ○コ、ア●ル、口にと穴をうめられ、あられもなくあえぎまくる私。ビデオとカメラが回っていることなど知らず・・・。朝方まで、アソコがはれるくらいやりました。それで終わるハズなんです普通は・・・。
    1週間後、TELがありました。このTELが事の始まりであると同時に、これからの私の人生の幕開けのようなものでした。「オレぇ。この前の3人組だけどよ。君とのplayをとったビデオと写真、ばらされたくなかったらスナックPまで来い。夜中の2時にな!」と一方的に切られました。え?何?何の事?とほうける私。ああ、あの夜の!「ビデオ・カメラ、そんなのあったなんて!」顔面そう白、体中に不安が走りました。やけになってはこまるので行ったんです。このスナックに・・・。30分前に着いて、店は誰もいなく、ただ2返してもらう事だけでした、頭の中は。PM2時奥からぞろ2とあの3人とその他多勢の人が出てきました。「元気?ハロー」なんてイヤラシク笑い、ふるえる私の腕を後手にしばり柱にくくりつけられました。「イヤッ、何するの。お願い帰して!」「何、甘ったれたこと言ってんだこの女。俺達とハメ2しにきたんだろ」といきなり往復ビンタ。「どうして・・・」泣く私に、1人が「良いものを見せちゃる」と、画面に写し出されたのは、AVではなく、まぎれもなく、あの時の私。「アァン・・・イイ・・・イクゥ〜」なんてそれはHそのもので「おぉーすげぇー」「ピュー2」といろ2のやじの中、その人達の視線が痛い程私をなめ回すのです。「イヤ。お願い、それを返して!何でもしますから・・・」と泣き叫ぶ私に「よし。何でもするんだな。じゃこれは返す」と言われ安どの息をもらしたのもつかのま、裸にされた私はびっくりして泣いてばかり・・・。「何でもするって言ったろ」「これからは俺の言った客の相手とハメ2しろ!」「は?意味が解ら・・・アン・・・」、いきなりバイブをおしこまれ多勢のいる目の前で「わかったか?え?」とバイブを奥の奥まで「ヒィ〜そんな事でき・・・あん・・・ないアン・・・ひぃ〜」という私に出し入れを激しく、さらにク●●●スにはメンソレータムをぬり、こねくりまわされ、これでもか2と激しくやられ、「やるな、N」「イ・・・イヤァ〜アン、アァン〜イイ・・・」と言ってしまったんです。その後は何人もの人にヤラれまくり、中で出され、Fもし、このまま死ねたらと思いました。次の日から地獄は始まり、時にはSMの女王、かんちょうも・・・心とはうらはらにイってしまう感じてしまう自分が情けないです。逃げることなどゆるされるはずはありません。ただ2男の性の言うがまま、どん2おちていく自分、汚れていく自分、もうどうすることもできない私。でも私は負けません。私はまだ若いし、信じ夢見る少女だからです。希望を持ち続けます。 byのりこ
    (223ページ)

     

    飯島愛は偉大だった

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      評価:
      飯島愛,淡谷三治,松井五郎,Bro.KORN,鳥山雄司
      BMGビクター
      ¥ 5,800
      (1993-12-01)

      私がギャル黎明期の考察において重きをおいているのが、くしゅくしゅソックス時代当時セクシータレントとして人気爆発した故・飯島愛の存在だ。現在日本人の歴史観ではジュリアナが流行したのがバブルだとか、安室奈美恵の登場によってコギャルが広まったかのような認識が散見されるのだが、ジュリアナはバブル崩壊後ですでにコギャル(高校生ギャル)が存在しており、テレビでも飯島愛がそのファッションを先取りしていたのである。

      飯島愛 Dear JK c153 (YouTube)
      https://www.youtube.com/watch?v=5jJQ8cNlzyA


      1994年10月に発売された「Dear女子高生」は飯島氏本人による作詞。コギャルのステレオタイプ(茶髪、ガングロ、ミニスカ、ルーズ)が確立する前に書かれたある意味貴重な楽曲である。
      ちなみにこの曲と同時期に始まったフジテレビドラマ「若者のすべて」で木村拓哉のロン毛(長髪)が格好良いと評判で、木村氏はコギャルたちから「キムタク」と呼ばれ始めた。木村氏と飯島氏はともに1972年生まれであり、この世代のチャラチャラ感がルーズソックス時代の方向性を決定ずけたといっても過言ではない。

      歌の内容は、彼氏のバイトしているクラブに出入りするハデな「子ギャル」たちに「おねえさん」格である飯島氏が警戒心をあらわにするというものだ。その子ギャルたちが放課後にはポケベルで「8471」(Hしない?)とやりとりするとかオリジナル名刺を配っているとか、いくつか気になる描写があった。
      「Dear女子高生」というタイトルからも分かるようにここで歌われる子ギャルとは高校生のことで、若さを売りにしたりポケベルやら名刺やらと怪しげなコミュニケーションツールで人脈を広げようとするなど、間もなく到来するルーズソックス時代のノリを示唆している。現在は年増でも見た目が若く女子を自称するけど、ルーズソックス時代の20代は完全にババア扱いで飯島氏は齢22にしてすでにセーラー服が似合わないとか水をはじくとかはじかないとかいうことをネタにしているのだから驚きだ。
      通信手段に関しては携帯電話も94年頃にはドコモのムーバとか言ってたしすでにサイズも大きくなかったけど、メール機能があるわけでもなく少なくとも96年頃まではポケットベルが主流だった。ポケベルは本来、電話番号を表示させてそいつがかけ直すという方式だったと思われるが、コギャルが0840(お早う)とか724106(何してる)などと数字で会話し出した。
      歌詞の中にある「8471」(Hしない?)も明らかにその一例なのだが、471はともかく何で8がエッチになるんだと2分くらい考え込んだけどよく分からん。詳細キボンヌ。
      というわけで90年代半ばにおける公衆電話の人気爆発ぶりはすさまじくJKが列をなし、もの凄い速さで番号を打っていた。電話ボックスにはテレクラの電話番号のチラシも貼られていて、援助交際するハレンチな者もごくまれにあった。
      LINE世代からしたら暗号とか公衆電話とか何それ面倒くせぇと思うかもしれんが携帯の通話料はかなり高かったはずだし、私なんかはポケベルも持ってなくコードレスとはいえ家の電話を家族と共有していたわけで、そんな時代からしたらすでに自分専用の小ちゃな端末でメールみたいなことやってたこと自体すごい便利だったんじゃないだろうか?ちなみに当時ファックスで手紙やりとりするっていうのも、トレンドになりかけてならなかった気がする。←ファックス紗英

      ブーツはすでに厚底。厚底は2000年代にはあんまり見かけなくなったが、ロングブーツとミニスカートのハレンチな組み合わせはその後長きにわたってギャルファッションの定番となった。

      なぜか股間を押さえる振りつけ。前年のデビュー曲「ナイショDEアイアイ」の時点ではお尻を向けてスカートをまくりTバックを見せつけるという芸をやっていたが、Tバックギャルブームって短かったしこの年にはたぶん封印していたんじゃないかと思う。

      茶髪と小麦肌とベージュ(白ピンク)口紅にくわえて、この時期になると眉もいくぶんか細くなっているような気がする。眉と唇の存在感を消すのはごく最近までギャルメイクのお約束だった。

      小学生飯島愛コンテスト(YouTube)
      https://www.youtube.com/watch?v=gWLLPTu8IwU


      この動画も1994年か。浅草橋ヤング洋品店という当時の人気お笑い番組で、確かなりきりいしだ壱成とか武田真治とか、飯島愛の企画があったのも覚えてるけど、小学生バージョンは初めて見た。
      飯島愛に憧れた小学生が厚化粧してギャルファッションに身を包み、どれだけ飯島愛になりきれているかを競うコンテストで、「ネズミっ子クラブ」のもとになった生ダラのセクシー小学生コンテストと同じノリである。コンテストに出ていた女子小学生は、90年代後半にルーズソックス第二世代となっていくのだろう。
      くしゅくしゅ時代のテレビはきわどい企画が多かった。孫ギャル(中学生ギャル)のみならず、女子小学生までもがAV女優に感化されハレンチな格好するのはいかがなものかと、今ならば誰もが眉をひそめるはずだ。
      だが当時はそうではなかった。バブルはとっくにはじけていたのだがまた持ち直すだろうと思われてそこまで深刻に考えられていなかったし、サリン事件や大震災の直前まではまだ80年代を引きづったもっとも享楽的な時代だったのである。
      そして小学生コンテスト動画は、飯島愛のようにポルノ出身の女が同性の憧れとなりえた何よりの証拠となっている。

      ギャルは何歳まで

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        先のギャルの記事でこんなコメントをいただいた。
         

        そういえばギャルの対象が大学生から高校生へと変わってからいずれこれもまた低年齢化するのだろうか
        逆転するのだろうかと考えていたのだが
        結局今のところどんな感じなのだろう
        今でもやはり高校生主体なのだろうか・・・・ なんだかそれほど・・・ってな感じもする
        というより、一時期小悪魔agehaがもてはやされ、age嬢もといキャバ嬢たちに移行していたのだろうか
        さてそのキャバも今や全く日の蔭・・・


        確かに現在われわれがギャルと言うとき、その言葉が指し示すのは女子高生に限らない。私がギャルファッションの参考にしている雑誌「JELLY」も、姉妹誌に女子高生向けの「ランズキ」があることやモデルの年齢から推察するに、対象年齢は20代前半と考えるのが妥当である。
        くしゅくしゅソックス時代(90年代初頭)における「ギャル」の意味するところは女子大生はじめ20代前半の独身女性であり、けばい女子高生はコ(子)ギャル、けばい女子中学生はマゴ(孫)ギャルということになっていた。それがルーズソックス時代に至ると女子高生がギャルの本家になったために、コギャルの「コ」もいつしか取れていく。
        茶髪、小麦肌、ベージュ口紅、ミニスカート、ルーズソックスといったギャルのイメージを完成させたのは、このときJKだったルーズソックス第一世代(1977〜80年生まれ)である。昭和の若者の流行はメディアやファッション業界が先に作り上げるという部分が大きかったが、ルーズソックス第一世代の価値観はそれまでの大人の常識や女の子らしさから大きく逸脱しており、JK自身が新しくも汚らしいファッションや言葉を次々に作り出し90年代文化の主役におどりでた。
        そのために「egg」(1995年)「Cawaii」(1996年)といった素人スナップを中心とする新しい雑誌が作り出されなければならなかったし、ルーズソックス第一世代の加齢にともないその後の20代ファッションも変化していくこととなる。まずルーズソックス第一世代の中で、高校卒業してもギャルファッションを卒業しない層が存在した。
        当初おねギャルと呼ばれていたと記憶しているのだが(おね=お姉さんの意)、ルーズソックス第一世代が20代前半になってCawaiiみたいなJK雑誌読むのがきつくなってきた・・・けどまだギャルやりたいという要望に応えてか、2000年にSカワこと「S Cawaii」というCawaiiのお姉さん雑誌が出てきた。SカワのSとはおそらくSISTERのことである。
        そのおねギャル需要に合わせるかのように、ルーズソックス第一世代のカリスマ店員が作った「マウジー」「スライ」「リエンダ」が人気ブランドとなっていく。ウィキペディアによると、Sカワの創刊号の表紙もマウジーの森本容子氏だったとのことである。
        というわけで、本来「子」に相当したはずのJKがギャルの本家となったがために、今度は20代前半のギャルが本家に対する「姉」のポジションとなった。Sカワが先がけだったとは思うのだが、ルーズソックス第一世代以降は姉妹誌が出るとき「ポップシスター」「アネキャン」「姉アゲハ」などオリジナルに姉をつけただけのネーミングが多い。
        2000年代より赤文字系(当時の言葉で言うとお姉系)ではカバーできないニッチなおねギャル市場が当たったのか、Sカワの後にもポップティーンの姉貴分「ブレンダ」(2003年)、当時ギャル化していたセブンティーンの姉貴分「PINKY」(2004年)、「ハピーナッツ」(2004年)、2006年にはRanzukiの姉貴分として「JELLY」が続き、同じ2006年ハピーナッツからはお水系の「小悪魔アゲハ」が分化した。このような雑誌の変遷からルーズソックス第一・第二世代(1977〜84年生まれ)が20代前半に相当する2000年代半ばまでのあいだに、「姉」としてギャルの最高年齢が上にスライドしていくにしたがいジャンルが細分化していったことがうかがえる。
        このように高校卒業してもコギャル草創期とはまた違った形でファッション市場を開拓し牽引していく勢いが、ある時期までルーズソックス世代には残っていた。ところが80年代後半生まれ以降は男受けやハイソックス派が存在感を増してゆき、ギャル人口減は避けられない状況となる。
        2000年代後半にはかろうじて益若つばさやくみっきーなどポップティーンのモデルが人気を博したが、2009年には老舗「Cawaii」と佐々木希を輩出した「PINKY」が休刊する。そのへんを皮切りに、2010年代に入るとギャル雑誌の休刊と路線変更があいついだ。
        こうしてさまざまな勢力がほろびた今あらためて現存するギャル雑誌を見てみると、化粧はずいぶんナチュラルになり、90年代以来ギャルのイメージと切り離せなかった茶髪と小麦肌とベージュ口紅は黒髪とおフェロチークと赤口紅にとって変わられ、服装にもこれといった独自性は見出だせなくなった。とはいえハピーナッツやアゲハが出版社を変えて復活したのを本屋で見かけたし、近年ユニセックスなカジュアルファッションが主流になっているJELLYの中から古き良きフェミニンなギャルファッションを継承する「女っぽJELLY」も出てきたので守旧派もまだまだ健在なのかもしれない。

        Sカワ2015年11月の表紙は中村アン(28歳)で「23才女子がオシャレに盛れる服!」とあり、対象年齢は明らかに高校生ではないが左上に「今イケてるコってGAL CHICだよね」と強気に「ギャル」「コ」を自称している。というわけで今の基準では、いちおう20代一杯まではギャルを名乗っても良いとみた。(このほどJELLYを卒業したモデル森摩耶はちょうど30歳である)

        ギャルの先祖

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          90年代半ばから2000年代後半まで、少女のファッションリーダーであり続けたギャルはどこから来てどこへ行くのか。が、当カテゴリー「ギャル・JK今昔」の探求するところである。そのどこから来たのかという点において、先日50代の知人より興味深い話を聞いた。
          話を要約するとこんな感じだったかと思う。90年代半ば以降に「コギャル」がギャルの名をほしいままにするまでは、女子大生(学生に限らず20歳前後の嫁入り前の娘)がギャルだった、という歴史認識はわがブログでもすでに開陳したとおりであるが、当時のギャルは自分のことをギャルと自称することはなく、あくまでオッサンなどが「若いネーチャン」のニュアンスで呼んでいたのみだったというのだ。
          つまりギャルが自らをギャルと名乗る、もしくはオッサン以外の人も若い娘をギャルと呼ぶようになったのは、コギャル以降なのだという。にわかに信じがたいが、そう言われるとそういうような気もしてきたので、そうなのだろうか。
          ところで、こんなギャル動画を見つけたのでちょっと見てくれないか。

          上岡龍太郎 関西お立ち台ギャル(YouTube)
          https://www.youtube.com/watch?v=fvhsRLSdz00


          これ「バブル当時の番組」って紹介されてるのだけども、どう見てもバブル崩壊後(くしゅくしゅソックス時代)の映像である。当時は女子高生が消費の主役として頭角を現すなどすでにルーズソックス時代の片鱗が見え始めているにもかかわらず、特徴がなさすぎてほとんどバブルと混同されているのが歯がゆい。

          日焼けした女たちが、Tバックのくいこんだ尻をブルンブルンさせながらおもしろい踊りを激しく踊っている。お立ち台とTバックってことは、1993年ではないだろうか。
          この年はジュリアナや飯島愛がよくテレビに取り上げられており、こうしたハレンチなギャルがイケてるって風潮があった。いっぽう後輩格のコギャルのあいだでもモラルの欠落が継承され、当時制服やブルマーを売る「ブルセラショップ」が話題になり始め、ルーズソックス時代に入ると援助交際が彼女たちを語るうえで欠かせない要素となった。

          上岡龍太郎「あなたたちは・・・ストッキングは履いてないんですか?」
          お立ち台ギャル「履いてないです」
          上岡龍太郎「ストッキング履いてない・・・ていうことは」
          肥後「ナマじりだよー!」

          足のすき間からストッキングごしにパンツ丸見えな女もいるいっぽうで、ストッキング履いてない女もいる。すでにこの頃ナマ足志向(ストッキングがださいという認識)が芽生えていたことを示唆しているのかもしれぬ。
          それにしても、巨乳が現在においても助平業界で安定した人気を誇っているいっぽう、尻はどうだろうか。このTバックブーム時は尻がセックスアッピールとして君臨した最期だと思えてならない。

          ヘアメイクなど見ると、黒髪・白肌・とさか前髪・赤口紅の80年代型が健在であるいっぽう、のちのコギャルとほとんど見た目の変わらない茶髪・小麦肌・ベージュ口紅の飯島愛型が追い上げてきている。95年になると眉毛が細くなり髪の毛先がシャギーになって、80年代型ギャルはほぼ絶滅した。
          しかしこの番組、放送当時は私もよく見てたんだけども夕食時にやってたわりに今見るときわどすぎるなと思う。ルーズソックス時代に入るとなぜかテレビでの女性の露出がぐんと減ったし、オウム事件の影響でオカルト番組もなくなったために、こうした倫理観の麻痺した番組を見ると、くしゅくしゅ時代らしいなーとそのおおらかさを懐かしく感ずる。
          このころくしゅくしゅソックスをはいて通学していた70年代半ば生まれのJKは「卒業したらTバックでブイブイ言わしてやるぞ」と思っていたのに、いざ卒業したらルーズソックスJKがチヤホヤされ出し何の波にも乗れなかった。

          かわいい文字史外伝

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            先日かわいい文字史を振り返ってみてふと思ったのだが、くしゅくしゅソックス時代(90年代初頭)からJKが丸文字を書かなくなり、そのかわりカクカクした文字を書くようになったのはゲルインキボールペンの普及が影響しているような気がする。自分自身がゲルインキをいつから使い始めたのか記憶はさだかではないが、少なくともくしゅ時代当時ボールペンや芯の丸まった鉛筆で書くと文字がダサくなるという認識は持っており、細いサインペンやシャーペンを好んで使っていた。
            ゲルインキはぺんてる社の「ハイブリッド」が先発だそうで実際一番よく見かけた銘柄だったが、ゼブラ社「ジェルビー」のシェアもかなりあったかと思う。ハイブリッドの発売は1989年、油性ボールペンの機能性と水性ボールペンの書きやすさをかねそなえた中性ボールペンとのことである。
            今ではゲルインキなど珍しくもないのだが、使い始めはそれまでのボールペンにはないシャープな発色とゴリッした書き味で字がうまく書けると、字の下手な私はけっこう感動したものだった。普通のボールペンとゲルインキの書き味を比較して、普通のボールペンは丸文字のようなくるくるしたタッチに、くしゅ時代以降の角を強調した文字にはゲルインキが向いているというのは何となく分かっていただけるのではないだろうか。
            それにゲルインキボールペンは「ハイブリッド」「ジェルビー」という名前からしてハイカラで、見た目もオシャだった。ゲルインキが丸文字以降の女子高生に支持されるなか、コギャル全盛期の1996年にはハイブリッドから「ミルキー」という乳白色のラインナップが発売され、そのボールペン離れした可愛い色のインクに女子中高生たちのハートはわしずかまれ手紙業界で爆発的ヒットになったはずだが、こちらはなぜかすぐに見かけなくなった。
            ハイブリッドやジェルビーのあとにパイロット社から「ハイテックC」という極細ゲルインキが発売され、それも極細が実現するシャープな書き味でかなり人気があった。しかし私の場合はこのデリケートなペン先に対して筆圧が強かったせいか10分くらい使うと書けなくなるし、確か値段もけっこう高かったのでほとんど使ったことがない。
            パイロットは「ドクターグリップ」という手の疲れないボールペンも使っている人がよくいたのだが、それも太いし重いしで逆に手ー疲れんじゃんとひそかに思っていて、いまいちパイロットとは相性が悪かったようだ。だが今は消せるボールペン「フリクション」を出しているぶん、学生に人気があるのはパイロット社かもしれない。
            こうしてみると、くしゅくしゅ〜ルーズソックス時代ってけっこう文房具戦国時代だったんじゃないだろうか。シャーペンやボールペンの指が当たる部分にクッションがつき出したのも、この頃だったような気がする。

            deepsを忘れるな

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              評価:
              伊秩弘将,水島康貴
              トイズファクトリー
              ¥ 3,900
              (1997-05-21)

              伊秩弘将がspeedのヒット後にプロデュースしていたコギャルグループ、deeps。

              逆から読むとspeedになる。デビューしたのは1997年のことだ。
              私も当時から名前は聞いたことあったけども、見るからに安っぽくspeedのイメージダウンになるとさえ思っていたし、実際そんなに売れなかったはずだ。ウィキペディアによると、その「渋谷のコギャル」然とした素人くささは彼女たちの売りだったらしい。
              かなり前に友人の家で見た全盛期のeggにこのグループの広告が出てたのをふと思い出して調べたら、この真ん中の女はeggの読者モデルであり、中学生時代からマゴギャルとしてメディアに出ていたとのことだ。マゴギャルってのはコギャル(子ギャル)って言葉ができ始めたくしゅくしゅソックス時代に現れた中学生ギャルのことだが、確かにくしゅくしゅ時のマゴギャルが潜在的なルーズソックス第一世代だったってことなのだろう。
              あともう1人がCawaii!の読者モデルらしいがどっちか分からない。しかし90年代の「オリーブ」を見たときも思ったけど、1995年以降のヘアメイクは眉毛が整えられているし口紅もベージュ系なので今見てもそこまで時代を感じない。
              むしろ今流行っているシースルー前髪や赤い口紅のほうが、古臭く感じることさえあるほどだ。それでも動画で見ると、やっぱり20年前クオリティなのだが。

              [PV] deeps "ハピネス" (YouTube)
              https://www.youtube.com/watch?v=owyHj7T5IYI


              まず歌が下手くそすぎる。当時はうまいと思っていたspeedも今聴くとけっこう違和感あるので、宇多田ヒカル以後に日本人歌手の歌唱力が底上げされたって面もあるのかもしれない。
              歌詞を読むと「ひとつになりたい」などとありがちな婉曲表現を使うわりに、ラブホがどうとか、ヤンチャしてるあいだにみんなやることやってるとか、見た目を裏切らないヨゴレ感満載な内容だった。伊秩氏の歌詞はspeedでもかなりきわどい表現が多いのだが、ここまで直接的ではなかったであろう。
              なぜコギャル全盛期で、かつ人気プロデューサーの手がけたdeepsがあまりパっとしなかったのだろうか。speedはそのダンスで見せる小中学生らしからぬ大人っぽさがきわどい歌詞ともバランスが取れており、何が正しいか分からないカオスなご時世を生き抜くルーズソックス世代以降の刹那感を体現していたと思うが、90年代J-POPはコミカルやB級っぽい路線はまったく好まれていなかったので、deepsはその安っぽさが裏目に出たんじゃないかなと分析した。
              伊秩氏とよく比較されていたのが、speedと同じ沖縄アクターズスクール出身の安室奈美恵などを手掛けた小室哲哉で、小室氏の歌詞は性的だったわけではないながらも、若い女特有の孤独をえがき出すのがうまかった印象がある。でもこれまた今読むとまったく意味不明だったりするのだが・・・

              かわいい文字史

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                女性たちの間で流行っていた「丸文字」 若い世代は使っていない?(ガールズちゃんねる)
                http://girlschannel.net/topics/489394/



                私が記憶している限り丸文字が書かれなくなったのは90年代初頭、くしゅくしゅソックス時代からだった。くしゅくしゅソックスというのは、おそらくルーズソックスの前身になったと思われるちょっとシワを作った靴下のことだ。
                最近よく出回っているサンダル用の靴下に似ているが、そもそも今のファッションがくしゅくしゅ時代のリバイバルなのだろう。これをリアルタイムで履いていたのは1973〜76年生まれ、現在38〜42歳くらいのアラフォー世代である。
                くしゅくしゅ時代はすでに「コギャル」という言葉も存在し、一部に髪の毛を脱色したり日焼けでトロピカルなアバズレ娘がいたりとその後の女子高生ブームの前兆が見られるのだが、まだ世間的な注目度は今ひとつな段階だった。今ではブームの最先端=渋谷の女子高生ってのは定番ながらも少々手垢のついたイメージであるが、80年代までちやほやされていたギャルは女子高生というより女子大生だったようだ。

                先日逝去した川島なお美も女子大生DJってのが売りだったし、ピースボート時代の辻元清美もやっぱりカフェバーやディスコに入り浸るフツーの女子大生ってのを売りにしていた。2人とも1960年生まれであり、この世代の大学生をえがいたドラマ「ふぞろいの林檎たち」もヒットしている。

                というわけで女子大生ブームというのは基本的に80年代なのだが、当時のしゃべり方や文章などは「ヤッダー」「ウッソー」などとぶりっ子かつ軽薄なノリで、今の若い娘とは声色もだいぶ違う。丸文字はそのキャピキャピ感を表現するにあたって発達していったのだと思われる。
                なお80年代におけるギャルにありがちなノリは、下記の嘉門達夫「ペンション」歌詞を参考にしていただきたい。

                ペンション(歌詞タイム)
                http://www.kasi-time.com/item-13660.html


                「by the way」「but」など接続詞が突然英語になったり、「いろいろ」「まだまだ」を「いろ2」「まだ2」といったふうに書くのも定番だった。当時の投稿雑誌のペンネームは好きな男の名前を使った「○○くん命」が多く、この世代が母親になってからは子育てブログなどで「○○ママ」と子供の名前を冠したペンネーム(ハンドルネーム)を使っているものと推察される。
                手紙の様式としては「dear○○」か上の画像のような「○○へ」の「へ」にヒゲがついてる宛名から始まり、差し出し人は「by○○(自分の名前)」最後に「PS」というショートメッセージをつけたすのが基本で、PSはピーエスでなく「ついしん」と読む。PSが何の略なのか分からず検索したところ「ポストスクリプト」だと今初めて知った。
                あと彼氏のことをBF(ビーエフ。ボーイフレンドの意)と書くのとか、キッス→ちちくり→エッチをABCで表すのも、ルーズソックス期に廃れた風習ではないかと思う。ディープキスを「D-Kiss」と表すこともあった。
                くしゅくしゅソックス時代から女子は丸文字を書かなくなり、そのかわりカクカクした文字になった。このカクカクした文字はくしゅくしゅソックスと同じく80年代とコギャルブームのはざまの一瞬しか存在しなかったため、検索しても出てこないし私もよく思い出せない。


                ガールズちゃんねるのレスで「丸字の次に流行りかけた字」と紹介されていた宮沢りえ(1973年生まれ)の字。確かにこれはくしゅくしゅソックス世代が書いていた文字のイメージに近く、不鮮明ながら非常に貴重な画像である。

                あと誤字を塗りつぶしたときに、目玉を2つつけてみの虫にするのが流行ったのもくしゅくしゅ時代だったはずだが、修正液が普及し見かけなくなった。そのほかに「連ドラ」というドラえもんをつなげて描くラクガキ?とか、手紙をYシャツみたいに折るのもけっこう人気があった。
                ルーズソックス時代が到来して以降、若い娘のキャピキャピ感はなりをひそめ「まじうぜぇ」みたいな口調になったために丸文字が使われなくなるのは必然だったが、特にその当時のギャルの文字に特徴があったという記憶はない。おそらく下に貼った浜崎あゆみの字が、標準的なルーズソックス世代の書体ではないかと思う。


                ルーズソックス第一世代にあたる浜崎あゆみ(1978年生まれ)の字。色のついた紙にミルキーっていうぺんてる社から出てた乳白色のボールペンで手紙書くとちょうどこんな仕上がりだった。

                丸文字ほどの強い個性がなくなったとはいえやはりその時代ごとのかわいい文字というべき特徴はあるはずで、とくに2000年代以降は源氏パイみたいな形のハートを多用するようになった気がする。丸文字フォントにおけるハートは丸っこく、右あたりにチョンチョンとヒゲみたいなアクセントをつけていたのだが、くしゅくしゅ時代にVみたいな形のハートが流行り、2000年ごろから先端をあまりとがらせない源氏パイ型が主流になった。


                木下優樹菜(1987年生まれ)の文字。ルーズ・ハイソ切り替え時の2003年より女子高生でハートは源氏型。

                とまぁ丸文字を使っていたのが若くてもアラフォーということを考えると、若い世代は使っていない!などと驚くのも今さら感がある。使わなくなったどころか、知らないか親が丸文字ってレベルだろう。
                あと手書きとはちょっと違うかもしれないけど、近年携帯などで普通に使われるようになった笑いを意味するwwwとか(´Д`;)(´・ω・`)みたいな顔文字は、もともと2ちゃんねるくらいでしか見たことないオタクの記号であり、インターネットに縁のない女子供はガラケー搭載の絵文字を使って文章をデコってたはずだ。おそらく10年くらい前の「電車男」「のまネコ」ブームでじょじょに風向きが変わったんだろうが、今はむしろ2ちゃんねるで顔文字使う人のほうが珍しいかもしれない。

                JELLYも韓流

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                  ギャル雑誌JELLYが最近アイドルをゴリ押しし出したのでランズキにでも乗り換えようと思っていたのだが、肌寒くなって秋服を参考したかったこともあり不本意ながら買ってきた。

                  「SNSで話題!韓国ビューティーに注目!」と題して、韓国メイクの特集が組まれていた。
                  そういえば今年からViViなど赤文字系のメイクページでよくシースルーバングやムルグァンメイクが紹介されていたが、JELLYはたいして韓国推ししてなかったのでやや意外な感じを受けた。ただ同誌は基本的にスマホでSNSを駆使するのがイケてる女、という世界観があるために、韓国メイクがインスタグラムやYouTubeで盛り上がってることを受け最先端のビューティーと位置ずけたのかもしれない。

                  やっぱりこのアイドル好きになれん。
                  ここに載ってるのではオルチャンメイク、ドファサルメイク、ムルグァンメイク、シースルーバング、ティントリップは分かるけど、BCクリーム、タンバルモリ、タルコマンメイクは初めて聞いた。もう何が何だか分からない。
                  ドファサルで思い出したけど、何で最近の化粧品の赤いのは「バーガンディー」って言うようになったんだろう。

                  これをシースルーバングと言い張るとは・・・、韓国人が見たら笑うぜ。

                  JELLYは韓国ビューティーとは別に「ジェンダーレス」という概念を提唱しているのだが、これは読んで字のごとく、性別の枠を超えたファッションのことなのだそうだ。ユニセックルってのとは違うのだろうか。
                  よく分からんけども、ジェンダーレス男子が台頭してるとのことで、その中でも「とまん」、先日テレビで話題になってるって聞いて彼に密着した番組をチェックしたところ、男なのにイガリメイクみたいに目の下を赤いほお紅してて、これ左傾化した渋谷区のステマじゃねぇのかと邪悪な気持ちでしか見れなかった。
                  現代の服装は90年代前半期リバイバルなこともあって、今から20年前にいしだ壱成と武田真治が牽引した「フェミ男」(フェミニンな男という意味)の再来という面も考えられなくもないが。

                  この人なぜか密着の途中でエチュードハウス(っていう韓国コスメの店)に寄ってたこともあって、私の脳内で韓国ステマ要員の疑惑が浮上した。さくぱんくんというジェンダーレス男子は「新大久保系男子」って紹介されてるし、IKKOほかオネェ軍団といいゲンキングといい、何でこの手の女性化した男はいちいち韓国推しなんだろうか。
                  こうしたジェンダーレス男子に対してジェンダーレス女子は神取忍みたいな感じなのかと思ったが、ただたんに男っぽい服を着るっていうだけだったので安心した。というわけで、この秋はジェンダーレスで逝きましょう。

                  おしゃPとはなんだったのか

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                    今月号のJELLYをチラ見したところ、スーパーガールズとかいうアイドルがモデルに加入していた。
                    JELLYのモデルいわゆるジェリガはegg出身が多く正統派ギャルの精神を継承していたうえ、タレントや歌手と兼業していないところを高く買っていたのだが、とうとうギャル魂をアイドル界に売り渡したようだ。
                    本件に限らず、テラスハウスやアイドルがモデルやグラビアにゴリ押されてきているのを見ると、例外なく顔面や体型に違和感をおぼえてしまう。おそらく雑誌モデルもやってるってことで、男性ファンに「われわれの○子ちゃんが女性たちにも支持されている」というきらびやかな既成事実を作り出し、また女性読者にも名前と顔を覚えてもらえるというひと粒で二度おいしい手法なのだろう。

                    謎の肩書き「おしゃP」が廃れてきた! 元祖おしゃPが続々と退職(messy 6月8日)
                    http://mess-y.com/archives/20503

                    ・・・
                    2010年5月に発売された『JJ』(光文社)7月号の表紙に、突然「おしゃPになりたい!」という文字が現れた。おしゃPとは、「洋服やライフスタイルがおしゃれなプロデューサー」の敬称で、同誌が作ったファッションインフルエンサー(=強い影響力を持つ人々)だ。  
                    ・・・
                    その多くはMARK STYLER株式会社(以下マークスタイラー)にてファッションブランドを展開していたが、今年に入ってプロデューサーの松本恵奈、串戸ユリア、クリエイティブディレクターの近瑠美が退職を発表した。  
                    ・・・
                    おしゃPブーム絶頂期には、ここぞとばかりに多くの人がブランドを立ち上げたが、元AKB48・篠田麻里子の『ricori』など、すでに閉店しているブランドも多々ある。10代〜20代前半の女性には「マークスタイラー系」と呼ばれるファッション系統が存在するほど、確実に一時代を作った彼女たちの転機……。松本と串戸は、それぞれ再スタートを切ることを発表しており、松本の新ブランド・CLANEの展示会の様子を自身のインスタにて公開した。 
                     “マークスタイラーのおしゃP”という恵まれた環境にいた彼女には、退職しても知名度は高く多くのファンを抱えている。とはいえ、CLANEの値段設定は、ジャケット39,000円、ニット22,000円、スカート24,000円、靴32,000円などと、松本の前ブランド・EMODAとの価格差は大きい。「ギャルを卒業した30代以上の女性の『特別な1枚』」というブランドコンセプトとのことだが、今までの消費者は着いてくるのだろうか。松本のファン以外は、この値段を出して彼女の服を買いたいと思うのだろうか。
                    「ギャルブランドあがりのプロデューサー」といえば、ENFOLDを立ち上げた植田みずきが有名だろう。彼女はマークスタイラーと並び「ギャルファッションの2大企業」とも言われている株式会社バロックジャパンリミテッドにて、人気ブランドSLYを立ち上げ大成功を収めた。そしてENFOLDも、いまや新宿伊勢丹や銀座三越などに店舗を構え、『ELLE Japon』(ハースト婦人画報社)や『GINZA』(マガジンハウス)に掲載されるほど、確固たるハイブランドの地位を築き上げている。CLANEとENFOLDは、価格帯やファッション系統において類似点が多い。果たして松本は植田を越えることができるのだろうか。そもそも、松本がEMODAを立ち上げた際「MURUAのパクリ」とバッシングを受けたこともあり、「また……?」と疑惑の目を向けずにはいられない。
                    ・・・


                    「おしゃP」は、2010年夏から2011年末までコンサバ雑誌の「JJ」が盛り上げようとしていた概念である。私はその当時JJを読んでいなかったため、そんな言葉があったこと自体最近まで知らなかったのだが、本当におしゃP旋風って実態あったのだろうか。
                    おそらくエモダとかムルーアは普通にギャルショップとしての地位を確立してるとは思うのだけども、そんな109系ブランドをJJが持てはやしていたのが不可解だ。可愛ゴー以降の路線を打ち出せないまま、赤文字系の中で好調なViViを意識したのだろうか。
                    突如として始まったブーム創出にくわえ、プロデューサーを「P」と略すようなよく分からない業界人ノリが女性読者にバカ受けしたとはにわかには信じがたい。げんに今のJJはおしゃP路線を廃しナチュラルやモードを取り入れた堅実で大人見えなファストファッション路線に転換している。そういう意味では、おしゃPなどとっくに廃れているだろう。
                    ちなみに上の記事にもあるようにギャルショップは大きくバロックジャパンリミテッドとマークスタイラーという会社が二大勢力らしく、JJが盛り上げていたおしゃPは「エモダ」「ムルーア」などのマークスタイラー系のようだが、もともと109系ブランドの代名詞として君臨しているのは「マウジー」「リエンダ」「スライ」を展開するバロック系だった。この3つは109がギャルショップの殿堂として不動の地位を築くなか、カリスマ店員ブームを牽引した面々がそれぞれに立ち上げたブランドで、初期はバロックではなくフェイクデリックという名前の会社だった。

                    もともとエモダの松本恵奈もリエンダの店長だったという。昔からギャルショップってのはカリスマ店員が新しくブランド立ち上げるって相場が決まってるみたいなので、そう考えたらおしゃPのようにプロデューサーが注目されることって別に目新しくないんじゃないかと思うんだけど、いったい何が売りだったのだろう。

                    ラクロスとはなんだったのか

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                      先日とあるK-POPアイドルの新曲をチェックしたところミュージックビデオのコンセプトがラクロスだった。このラクロスとかいう謎のスポーツは今でも知名度あるんだろうか?
                      なぜそんなことが気になったかというと、ラクロスって90年代初頭くしゅくしゅソックス世代のあいだでテニスに代わるJKのおシャンティな部活とばかりにもてはやされていたのだが、コギャル時代が到来するやいなやパッタリと聞かなくなったのである。

                      フジテレビ系「じゃじゃ馬ならし」(1993年7月〜9月)
                      このドラマが始まった当時、さっそくブーム取り入れたな〜。と思ったので、ラクロスがブームと言われていたのは1993年であろう。ちなみに上画像は中央が観月ありさ、その右隣が内田有紀、脇役として右端が三井ゆり、左端が本庄まなみとなっている。
                      内田有紀は当時爆発的人気でその爽やかな短髪もJKのあいだでブームになったが、これはごく一時期のものでコギャル時代が到来すると内田有紀はほとんど忘れられた存在になっていた。しかしくしゅくしゅソックス世代を考察するにあたって内田有紀は非常に重要な存在であり、またいづれ言及せねばならない。

                      有紀カット・・・これまで何故かロングヘアが流行して、あきられかけてたところに登場したボーイッシュな魅力の内田有紀。そのショートカットが女子中高生に新鮮な魅力と映った。猴紀カット瓩3人に1人程度だというから大へんなもの。タレントとしても注目度No.1だ。
                      「マンゴープリンとフルーツポンチ」(1994年) 93ページより



                      こういうブレザー着たフジテレビの学園ドラマを(トレンディードラマと比較して)オシャレだと思っていた記憶がある。桜井幸子の「高校教師」はセーラー服だったが、あれはたぶん野島伸司の意向でわざと古臭くさせていたのだろう。
                      「じゃじゃ馬ならし」には武田真治といしだ壱成が出演しているのだが、この2人は当時「フェミ男」とも呼ばれていて、モミアゲを伸ばしたりピチっとしたパンクっぽい服を着て今までのかっこいい男と全く違う雰囲気をまとっていた。
                      もともとフジで放送されていた「ぼくたちのドラマシリーズ」が若手を多数登用していて、キャラ設定などを見ても全体的に80年代ともコギャル時代とも違う、くしゅくしゅソックス世代特有のノリが息ずいていたと思う。私が記憶している限り、内田有紀がブレイクしたきっかけも同シリーズの「その時ハートは盗まれた」からで、このドラマが放送されていた当時クラスでも内田有紀の可愛さはかなりの話題になっていた。
                      ただ主役の観月ありさや一色紗英に関しては、旧態依然としたバブリーなワンレンや太眉だったこともあって、フレッシュな新人俳優というよりも宮沢りえとか牧瀬里穂と同じ電通がゴリ押してる美少女CMアイドルってイメージだったが。

                      上のラクロスのユニホームはミニスカートだが、制服のスカートはまだ丈が長く、靴下も短い。もしかすると、JKのミニ丈志向が高まる中にあってユニホームが可愛いからこその人気だったのだろうか。

                      こちらは小沢真珠出演「グリコプリッツ」CM。1994年ごろ。
                      くしゅくしゅソックス時代に描かれる高校ってやけに都会的というか、現実離れした印象がある。そもそもラクロスしてるJKをリアルで見たことないし。

                      しかし当時ダサダサJCだった私は、こんな芝生の植わったオシャなハイスクールに熊手担いで通学するブレザーJKに少なからぬ憧れを抱いていたのだった。

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